- 1二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:10:09
そよそよと吹く風が少しずつ冷たく感じられるようになりつつある今日この頃。トレセン学園のターフには、そんな秋の気配を感じさせない熱気が迸る。
その中心に居た二人のウマ娘が殆ど同時に併走用のゴール板を駆け抜けた瞬間、周囲で観戦していたウマ娘達からは感嘆の声が上がった。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……ふう……!」
ターフに視線を落としながらも、ヴィルシーナは素早く息を整え、空を仰ぐ。火照った身体と汗を纏った肌に、秋風がなんとも心地良い。惜しむらくは、併走トレーニング中はこの心地よさを味わう余裕が無いことだろうか。
「トレーナーさん、タイムは?」
どこか自信ありげな表情で振り返ったヴィルシーナに、トレーナーも満足げな笑顔で応える。ストップウォッチのタイムは、見事それまでの自己ベストを更新していた。培った努力の結晶を前に、凛と引き締まっていた彼女の表情が俄かに輝く。
「やった……!」
「あらあら、可愛らしいこと」
不意の声に、ヴィルシーナは年相応の少女らしい顔をすぐに仕舞い込んだ。桜色の頬を更に紅潮させて声の主を睨むが、その程度で怯む相手ではないのは彼女が一番よく知っている。
「まあ、そんなに怖い顔をなさらなくてもよろしいでしょう。身体が、脚が、走りが、昨日のそれより更に研ぎ澄まされる。より強い貴方になってゆく。これほど喜ばしいことがあるかしら?」
「……ええ、そうですね。研ぎ上げたこの走りで、ようやく貴方に私の背中を見せつけて差し上げる事ができますもの」
「ふふふ……よろしい。そうして極限まで磨かれた貴方となって、ようやく私が打ち砕く価値が産まれるというものですから」
それまで全力で併走していたとは思えない余裕を見せつけるジェンティルドンナに対し、ヴィルシーナは一歩も退かずに対峙する。しかし、ここに至って周囲のウマ娘達は一区切りついたとばかりに自身のトレーニングへと戻っていった。
デビュー前には大層驚かれたこのやり取りにも、随分慣れたものである。とは言え、ジェンティルドンナと対等に張り合うウマ娘など一握りしか居ないので、それでも凄まじい光景ではあるのだが。 - 2二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:11:04
「ハイハイ、二人ともその辺にしなよ」
「相も変わらずと言ったところかな。まあ、そこが二人の魅力でもあるんだけどね」
手をパンパンと打ち鳴らす音が、痺れる様な空気を和らげる。それぞれのトレーナーが、睨み合うヴィルシーナとジェンティルドンナの元へとやってきた。
「魅力と言うには、ちょっと覇気がビリビリすぎる気もするけど」
「気力万全であればこそ、良い走りが出来るというものだよ。現にあちこちで素敵な特集記事も組まれているのだからね」
「新聞ならともかく、殆ど個人のブログとかでしょ? そういうのに限って変なアングルの写真動画が多いし、シーナの印象的にも困るんだけど」
「友よ、安心したまえ。わたくしが君の不興を買う話題を口にした時には」
「既に手は打ってある、でしょ? 相変わらずおっかないんだから」
快活でさっぱりした印象のあるヴィルシーナのトレーナー。同姓からラブレターを貰う程度には人を引っ張り、優しさで包み込む人徳を持った気風の良い美人だ。
そして、いつも穏やかな笑みを浮かべているジェンティルドンナのトレーナー。温厚篤実の四字が服を着ているかのような佇まいとは裏腹に、様々な権謀術数を張り巡らし、底知れない迫力をその笑顔の裏に隠した女傑でもある。
そんな対照的な二人だが、これで結構ウマが合うようで、ライバルでありながらも良好な関係である。担当ウマ娘と共に切磋琢磨する二人に、ジェンティルドンナとヴィルシーナも信頼を寄せていた。
「あら、私は悪い気はしなくてよ? ヴィルシーナさんとターフで並んだ時の写真は、ファンの皆様の方が撮るのがお上手ですもの。ほほほ……」
「……貴方に言われるとどうも釈然としませんわね」
訝し気な顔で睨むヴィルシーナに対し、ジェンティルドンナはとても楽しそうに笑みを浮かべて応える。こういう時、ヴィルシーナの表情はなんとも複雑なものに変わっていくのが常だ。
その様子を眺めるジェンティルドンナのトレーナーに、少しばかりの苦笑が浮かぶ。 - 3二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:12:09
自他ともに認める絶対強者であるジェンティルドンナは、トゥインクル・シリーズに燦然と並び立つライバルさえ"最強を証明するに相応しい存在"と称する。そのおかげで畏怖される事も多いが、蓋を開けてみるとこれが結構素直で可愛らしい一面も多い。
例えば、先程ヴィルシーナを可愛らしいと言ったが、あれにも恐らく煽りや発破の意図は全く無い。自己ベストを更新して喜ぶヴィルシーナを、心から可愛いと思っての発言に違いないのだ。惜しむらくは、ヴィルシーナにはそれが伝わらないことかな。
多少の事では揺らがない精神性が損に働くことがあるとは。いやはや、近くに遠くに見ていると日々ウマ娘達の新しい一面が垣間見える。これだからトレーナーはやめられないね。
思い至った彼女がふふ、と笑みを零すと同時に、ヴィルシーナのトレーナーがもう一度パンと手を打った。
「それじゃあ、今日のデータは会議が終わったらすぐそっちに飛ばしとくから、クールダウンは念入りによろしくね!」
「分かりました」
「ジェンティル君、フォームとコーナーインの脚運びについてそれぞれ意見と提案がある。LANEで併走時の動画と一緒に送るから後で確認してね。では、すまないがわたくし達は失礼するよ」
「ええ、結構よ。では、また後程」
本来なら、トレーニングを済ませた後はそれぞれトレーナー室でミーティングを行う所だが、本日は緊急のトレーナー会議の為、ミーティングは省略となる。
二人はクールダウンと後片付けを済ませると、校舎へと脚を向けた。 - 4二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:13:31
*
「それにしても、何事かしら。緊急のトレーナー会議だなんて」
「さあ。どうせ理事長がまた突発的に何か思いついたか、よからぬ事件でも起きたかでしょう」
「そうね……せめて後者でない事を祈りますわ」
「どうかしら。先程の写真の話もそうですけど、近頃はおかしな輩も多いと聞きますもの」
そう言って、ジェンティルドンナは小さくため息を付いた。それに対してヴィルシーナの表情には驚きが過る。
彼女が私の前でこのような不快感を示すのは珍しい、出自や性格的にそういった存在には興味を示さないタイプと思っていた思っていたが、近しい人が迷惑を被ったのだろうか。
例えば自身のトレーナーか、或いはルームメイトのブエナビスタさんか。しかし、自分に置き換えてみればおかしな話でもない。シュヴァルやヴィブロスがそういった目で見られる可能性も、ゼロとは言えないからだ。
気にしすぎても良くないけれど、それでも少しは気を引き締めないと。そう考えたヴィルシーナが背筋を伸ばしつつ視線を正面に戻した、その時である。
「あっ」
二人は同時に声を上げ、脚を止めた。その表情は、先程とは別の意味で非常に渋く、端的に言えば物凄くイヤそうな顔をしていた。
それもそのハズ、二人の目線の先にいたのは、浜辺に打ち上げられたクジラのように力なく横たわるゴールドシップである。秋風が運ぶ落ち葉の波に揺られるその姿は、何とも言えない哀愁を誘う。
周囲の様子から察するに行き倒れてしばらく経ったとかではなく、ついさっき、もう少し言うなら二人が来るのを見計らってこの場に横たわったのは間違いないだろう。
何があったかは不明だが、触れても触れなくても面倒な事に巻き込まれるのは火を見るよりも明らかである。二人は経験上、そう確信していた。 - 5二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:15:29
「……ジェンティルドンナさん」
「ええ、ヴィルシーナさん」
互いに顔を見合わせ頷くと、次の瞬間二人は脚を揃えて回れ右。校舎へ向かって競歩もかくやというスピードで優雅かつ迅速にその場を離脱しようと急加速を試みた。
だが、そんな二人の制服を後ろから伸びてきた手が捉える。
「おい。無視すんじゃねーよ」
すっかり聞き慣れたその声の主に対し、二日酔いの仁王像のような顔で振り返ったジェンティルドンナとヴィルシーナだが、その手の主が珍しく随分とふてくされた様子だったので、一旦その表情を収める。
「アタシとオメーらの仲じゃねーか。話くらい聞いてくれても良いだろうがよ。つーか聞け。さもないと先生呼ぶぞ。オメーらがいじわるするんだって全力で泣き喚くぞ」
そうしてグイグイ制服を引っ張ってくるゴールドシップに二人は改めて梅干しを口に突っ込まれた不動明王のような顔を向けるが、それで引き下がる相手でないのは二人もよーく分かっていた。
どう考えても何某かに巻き込む気満々の彼女を軽くあしらってこの場を離れる事は出来なくも無いが、仮に冗談だったとしてもこんな人目につく所でジェンティルドンナが冷たいだのヴィルシーナが無視しただのと喚かれては迷惑千万この上ない。
二人はもう一度互いのしかめっ面を見合わせると、揃って大きな溜め息を付く他なかった。
*
「最近付き合い悪ぃんだよ、アタシのトレピッピがさぁ」
「倦怠期ではなくて」
「即答やめろよ、傷付くだろ」
真顔で答えたゴールドシップだが、ジェンティルドンナはどこ吹く風である。ヴィルシーナは、トレピッピことゴールドシップのトレーナーについて記憶を辿った。
確か、ゴルシさんより背が少し高く、相応に良い体格をしていて、並ぶと中々に画になる人だ。普段からゴルシさんに担がれたり、あるいは自らゴルシさんを先導して学園を飛び出したりしているが、実際に話してみるとそのようなハジケた印象は全く無く、むしろ非常に真面目で誠実そうな印象を受ける男性だと記憶している。
初めは驚いたが、むしろ実直だからこそ、ゴルシさんのスタイルに寄り添い付いていく事が出来るのだと、納得したのを覚えている。
頷きながら記憶を辿るヴィルシーナを他所に、ジェンティルドンナは溜め息を付いた。 - 6二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:18:52
「どんなに美しい美術品も、人の心も、手入れを怠れば色褪せ朽ちるモノよ」
「おうおう、アタシとトレピッピに限ってんな事ある訳ねーだろ。いつだって出会った時のトキメキハートをシューティングスターし合ってるっつーの」
とにかくさっさとこの場を解散させたくて全力塩対応のジェンティルドンナに対抗するゴールドシップ。このままでは埒が明かない。
「……ゴルシさん、まずは何があったのか聞かせて貰える?」
見かねたヴィルシーナが少しでも話を進めようと口を開くと、ゴールドシップがずいと顔を近づけた。
「よくぞ聞いてくれた! 何を隠そう今日はトレピッピと中津川の栗きんとんと高遠の新蕎麦ハシゴする計画だったのだ! なのによぉ、アイツ理事長の呼び出しだからって断りやがったんだぜ!?」
「ああ、今日の会議、やっぱり理事長の思い付きでしたの」
「アタシと仕事のどっちが大事なのよッ!!」
「どちらにせよ仕事ですわね」
「そもそも、今日の今日起きた事じゃないの……」
さめざめと涙を流す(フリをする)ゴールドシップと相変わらず塩対応のジェンティルドンナに挟まれ、ヴィルシーナは居心地が悪くて仕方が無かった。
とは言え、兎にも角にも話を前に進めなければ。その一心で少しばかりゴールドシップに寄り添う対応をする事にした。
「……例えば、あなたのトレーナーさんを会議の前に連れ去ってしまえば良かったのでは?」
「おっ、良いセンスだなヴィルヴィルちゃん。後で本場パリ仕込みのガレット焼いてやるよ」
「結構です。あとその呼び方も遠慮致します」
「一個残念なトコがあるとすりゃ、その手は既に実践済みってトコだな。あんときゃ参ったぜ、たづなッピと学園中を追いかけっこする羽目になっちまった」
「ああ、あの騒動も貴方でしたのね。記憶が正しければ、私のトレーナーとたづなさんが貴方を挟み撃ちにして捕まえたとか?」
「だからまた別の手が要るっつー訳よ。トレピッピにもそこそこマジで説教喰らったしな」
「当たり前じゃない……」
ゴールドシップが自分の知らない所で起こした出来事を聞いていると、思わずその場にいなくて良かった、とヴィルシーナは思ってしまう。
そんな彼女の思いを他所に、ゴールドシップはジェンティルドンナに詰め寄った。 - 7二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:20:59
「つかさぁ、たづなッピも大概だけどオメーのトレーナーも普通におかしいからな? 何だよあの瞬間移動みたいな動き」
「あら、私のトレーナーはそんな特技を隠し持っていましたの? 武道の経験はだいたい一通り、と伺っていましたけれど……ふふ、今度正式に手合わせ願おうかしら」
自身のトレーナーを褒められて(?)気を良くしたのか、ジェンティルドンナの表情にようやく笑顔が戻る。それに対し、ゴールドシップは未だにぶーぶーと文句を垂れ流していた。
とは言え、一先ずこの場の雰囲気が和らいだので、ヴィルシーナの胸にも安堵の思いが溢れる。同時に、戻ってきたヴィルシーナの冷静さは、ふとゴールドシップの言動についての考察を始めた。
ゴルシさんは自身のトレーナーが突然の会議に出席する事になり、恐らくは渋々トレーナーを手放した事で手持ち無沙汰になったのだろう。トレーニング中に絡まれる事もあるが、それでもゴルシさんが彼抜きでトレーニングをする姿は、最近見ていない気もする。
しかし、それで時間を潰すなら例えばトーセンジョーダンさんやナカヤマフェスタさんのように普段からつるむ相手の元へ行けば良いのでは、と思う。後は、文句は言えど決して無下に放り出したりしないメジロマックイーンさんとか。
それが、たまたま出くわしたからと言って、声を掛けても余り好意的な目で見てこないジェンティルドンナさんへ態々愚痴を仕掛けるだろうか。
もし仮に、今偶然通りかかった私とジェンティルドンナさんでも良いから、どうしても今日急にトレーナーが自分を放って仕事に行ってしまった事を愚痴りたくて仕方なかったのだとしたら、どうだろう。すると、ある可能性が浮かび上がる。
仮にこれをゴルシさんをよく知る人に尋ねたとて、あのゴルシさんに限って、と思う方が殆どのハズ。
けれど、相手は普段からゴルシさんとよく分からない事に盛り上がり学園を飛び出すトレーナーさんだ。その行動に隠された誠実さに気付かないゴルシさんではないと思う。
いつまでもどこまでも真っ直ぐに自分と向き合い、一緒に楽しんでくれる相手が側に居て、特別な感情を抱く可能性も決してゼロでないとは思う。
もしそうなら、この場を一気に片付けられる算段を立てられるかもしれない。 - 8二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:23:08
「ヴィルシーナも黙ってないで何とか言えよぉ。このおドンナちゃんとドントレ何とかしてやろう同盟組もうぜ? ティアラの夜明けは近いぜよ~」
「いい加減おやめなさいな。まあ、お強い方と組み合う方が私はやり甲斐がありますけれど。ほほほ……」
諫めはするが、ジェンティルドンナの口調からも大分棘が抜けている。これなら、多少荒唐無稽な事を言っても問題あるまい。
そう思い至り、ヴィルシーナはゴールドシップの方へ振り向いた。そして、務めて冷静に尋ねる。
「ゴルシさんは、トレーナーさんの事が好きなのね」
ゴルシさんがひょいと否定すればそれまで。それで話題が愚痴から別の話題に移ればそれで時間が稼げる。トレーナー達の会議が終わるまであとどれくらいかは分からないが、もうそれなりの時間は経っている事だし、もう少しだけ付き合うとしよう。
そう考えたヴィルシーナだが、予想に反して即答は帰って来なかった。それどころか、ゴールドシップは目を見開いて固まってしまっている。
「……ゴルシさん?」
恐る恐る尋ねてみると、ゴールドシップはハッとしたようにヴィルシーナに向き直る。
「す、好きって、んなモン、お前……! そりゃ、アイツはアタシのノリに、何でもハイレベルに付き合ってくれるけどよ……!」
どういう訳か、ゴールドシップの口調が一気にしどろもどろになっていく。困惑と羞恥が入り混じった複雑な表情で、頬の色は鮮やかな紅葉のように色付き始めた。
普段のゴールドシップなら、絶対に見れない表情である。これはもしかして、もしかすると。
「……ゴルシさん、貴方」
「だぁーもう!! ヴィルシーナお前、もうちょいデリカシーってやつを考えろよな!? 妹二人にも同じノリで言ったら即嫌われんぞ!?」
ゴールドシップの事だし、何を言われても驚くまいと高を括っていたヴィルシーナと、二人の様子を交互に眺めていたジェンティルドンナは鳩が豆鉄砲を食ったように目を見開いていた。
正直、この跳梁跋扈する破天荒からこんなにも分かりやすい反応が出ようとは、流石の女王二人も想定の範囲外であった。 - 9二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:24:19
「オメーら今滅茶苦茶失礼な事考えただろ。ゴルシちゃんだってな、恋に恋する女の子なんだぞ」
頬を真っ赤に染めてこちらを睨むゴールドシップに対し、二人は思わず顔を見合わせた。
恋に恋する女の子は、何の前触れもなくかつて深海に沈んだ大陸と超文明の遺産だの、人造の天使を生み出す禁忌のプロジェクト『光の翼計画』を追うだの、天空要塞ウートガルザ・ロキ攻略戦が発令されただの、土星の輪っかでレースだのと言って突然トレーナーと学園を飛び出したりはしないと思う。
しかし、それらの突っ込みは一旦胸の内に仕舞い込む事にする。
そんな事より────何も言わずとも視線から思考回路がリンクしたヴィルシーナとジェンティルドンナはふう、と一息付いて互いに頷くと、揃ってびっくりするくらい悪い笑顔でゴールドシップの方へと振り向いた。
「いや、なんちゅう顔してんだよお前ら!? それ絶対他所でやるなよ!? ファンが減るぞ!!」
「ご心配なく、ここでしかお見せしませんので」
「それよりも、折角だからその話もう少し詳しく聞かせて下さる?」
そう言ってベンチから立ち上がった二人の女王に対し、ゴールドシップもハッとして応える。
「成る程な、お前ら最初からそう言う魂胆かよ……そっちがその気ならこっちにも手があるぜ! 逃げるんだ」
「ほほほ、そうは問屋が卸さなくてよ」
「チックショォォォォォォ!!」
その場を飛び出そうとしたゴールドシップであったが、この場においては相手が悪かった。
敷き詰めたタイルを砕く勢いの踏み込みを見せたジェンティルドンナの両脚は一瞬でゴールドシップとの距離を詰め、哀しいかなゴールドシップが逃げの一歩目を繰り出す間も無く羽交い締めにしてしまった。
そも、魂胆も何も話を聞いて欲しくて二人を待ち構えていたのはゴールドシップなので、自分で仕掛けた罠に自分で飛び込んだようなモノであるのだが。 - 10二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:25:17
「さあ、観念して貴方のトレーナーさんへの想いの丈を叫びなさい」
「そうしたら、あるいは離してあげるかもしれませんわよ?」
ヴィルシーナはともかく、珍しくこの手の話題に完全に乗り気になったジェンティルドンナの両腕から逃れられる人間、いやウマ娘など居るだろうか。
もう少し言うと、ハチャメチャに周囲を振り回すこの破天荒が恋心を暴かれあたふたしているというこの状況を面白がらないウマ娘も、学園内では少数派であろう。
「さあ、どうなさいますの?」
「うるせーうるせー!! 好きってだけで十分だろうが! 大体そう言うお前らはどうなんだよ!? お前らだってトレーナーの事少なからず思う事あんだろうが!」
「ええ、それは勿論」
ゴールドシップにとっては乾坤一擲の返しをしたつもりだったのだろうが、そんな付け焼き刃で切り傷を付けられる程この二人は甘くない。
二人の女王は、堂々と自身のトレーナーへの想いを応える。
「この私を相手に一切物怖じする事無く、深い経験と知識に裏打ちされた提案の数々。私としてもとてもやりがいを感じていますの。社交の場においては礼儀と権謀術数を以て私の家族とも対等以上に渡り合う底知れぬ胆力。ふふ……彼女が差し出すなら、私からその手を取ってもよろしくてよ」
「信頼を分かち合い、心に寄り添う事で得られる安心感。正直言って、これ程のトレーナーに出会えた事にいつも感謝していますわ。将来の伴侶として一緒にいられるなら、それはとても素敵なことでしょうね」
どこまでが冗談でどこまでが本心なのかはともかく、恥ずかしがる様子一つ見せずに言い切った二人は、さあ次はゴールドシップの番とばかりに悪ーい笑顔を向けている。
ここに至り、ゴールドシップも観念したように項垂れた。
「……分かったよ」
小さく呟くと、ゴールドシップは一度大きく息を吸い込み、そして、ゆっくりと吐き出した。 - 11二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:26:09
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- 12(※11はミスです。すみません24/11/05(火) 22:27:21
「まあ、最初はな。ヒマそうにしてるヤツがいるなーくらいなモンだったんだよ」
そこから語られたのは、トレーナーを巨大な麻袋で捕獲して無人島へ連れ去ってからの日々の事。突拍子もないノリに、自ら飛び込んでくれるようになってからの日々の事。そうして一緒に笑い合う日々が、いつしかどうしようもなく手放せなくなっていった事。
そして、自分の中にあったその感情を自覚した日の事。普段のゴールドシップからは先ず聞けないような(物理的な問題含む)出来事と心の移り変わりの数々を、驚くほど静かに語ったのである。
「そういう訳だからよ、アタシがラストランのその先、いやその100年先、否更に100万光年先! 26次元を跳躍した宇宙の果てに共に立つのはアイツしか居ないんだって思った訳さ……」
「宇宙だなんて、ゴルシさんは意外にロマンチストなんですね」
「んだよ。悪いか」
「いいえ、素敵よ」
ゴールドシップの話を聞いたヴィルシーナは感慨深く頷き、ジェンティルドンナはやれやれ、とばかりに溜め息を付いていた。
「後はそういう事を本人に面と向かって言えればより素敵でしょうね」
「うるへーな、ゴルシちゃんにだってな、乙女心ってモンがあんだよ」
そう言って頬を膨らませたゴールドシップを前にしても、ジェンティルドンナは変わらず余裕の笑みを浮かべている。それが面白くなかったのか、ゴールドシップは膨らんだ頬のままジェンティルドンナに詰め寄った。
「おうおうなんだその顔は、舐めんなよジェンティルドンナ! ゴルシちゃんが本気になりゃな、トレピッピに愛の告白の一つや二ついくらでもやってやらぁ!」
「あら、そう。ではどうぞ?」
そう言って手を明後日の方向に向けたジェンティルドンナに、ゴールドシップも、ヴィルシーナも不思議そうな声を上げる。
まさか。そう思いながら二人がゆっくりとジェンティルドンナの手が差した方に顔を向けると、どこか気恥ずかしそうにしている男性────ゴールドシップのトレーナーと、先程のヴィルシーナと同じくらい悪い顔をしているヴィルシーナのトレーナー、そして涼しい顔で佇むジェンティルドンナのトレーナーの姿があった。 - 13二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:28:22
「……トレピッピ?」
「ああ、うん。会議室から出たら、随分と楽しそうな声がしたものだから、つい」
「……聞いたのか?」
「うん、まあ」
そう言って、ゴールドシップのトレーナーは照れくさそうに頭を掻いた。立派な体格に反してほんのりと桜色に染まった頬が、何ともいじらしく可愛らしい。
そんな彼の後ろで、ヴィルシーナのトレーナーがうんうんと頷いた。
「いやぁ、驚いた。まさかゴルシのトンチキの数々は愛情の裏返しだったとはな!」
「ふふふ……友よ、物事は上辺だけで判断してはいけないよ。行動や言葉の裏を読めば、二手三手先を手中に収める事だってできるんだ」
「なるほどな、勉強になる。しかしこのままゴルシちゃんのラブ・ストーリーが完結するとなると、トレーナーとしてはちょっと困った事になるな」
「それは確かに! わたくし達はトレーナー、担当ウマ娘との恋愛は許されないよ」
信じられないくらいわざとらしく掛け合う二人のトレーナーに、ヴィルシーナとゴールドシップのトレーナーは苦笑し、ジェンティルドンナは楽しそうに笑う。
そしてゴールドシップは、呆然と成り行きを見守る他ない。
「これがバレたらゴルシちゃんもトレピッピ君も、たづなさんに目を付けられるんじゃないか?」
「有為転変、命運尽きたるとは正にこのコトだよ。おや、ちょっと待って。それでは、ここでその推移を見守ったわたくし達も、共犯になってしまうという訳だね?」
「なるほどそういうコトになるな……お前どっちに着く?」
「ゴルシ君達に着く」
「よし決まり。そういう訳で、ここでの事は黙っててやるし何かあっても庇ってやるから盛大にやんな!」
「骨は拾ってあげるからね」
軽妙なやり取りがあっという間に完結し、いよいよゴールドシップは決断を迫られる格好となる。
この場にいる全員の視線がゴールドシップに向いた、その瞬間。 - 14二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:29:15
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「ご、ゴールドシップ!?」
ゴールドシップはクラウチングスタートの体勢から本番のレースもかくやという勢いで飛び出すと、そのまま目の前のトレピッピを抱えてそのまま全速力で走り去っていった。
そんな二人を見送って唖然とするヴィルシーナを他所に、二人のトレーナーは実に晴れやかな表情で空を仰いだ。
「……行ってしまったな」
「ふふ、ブーケトスを忘れるとは、ゴルシ君も可愛いトコロがあるんだね」
「……帰って来たら、優しく出迎えてあげましょう。ね?」
自身も煽った自覚があるので、少し控えめに進言したヴィルシーナであったが、二人のトレーナーは実に楽しそうな笑顔でそれに応えた。
その後ろで、ジェンティルドンナは自身のスマホを眺め、意味ありげに口角を上げる。そこには、顔を真っ赤にして自身のトレーナーを奪い去るゴールドシップと、驚きつつもどこか嬉しそうな表情でゴールドシップに担がれるゴールドシップのトレーナーが動画で映っていた。
満足げなトレーナー達と苦笑するヴィルシーナの裏で、これでしばらくはゴールドシップさんと楽しく過ごせそう、とジェンティルドンナは嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。 - 15二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 22:32:25
以上です、ありがとうございました。
自分から言うならともかく人に自分の気持ちを言い当てられると照れが勝つゴルシちゃんが見たい一心で書いたのですが、ここまで長くなったのは想定外です。
思わず乙女な一面が出ちゃったゴルシちゃんからしか摂取出来ない栄養素がある。このギャップはDNAに素早く届く。 - 16二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 23:11:02
良ssをありがとう…
乙女ゴルシが身に染みる…今日は良い気分で寝られそうだ… - 17二次元好きの匿名さん24/11/05(火) 23:47:39
照れゴルシも中々だけど対ゴルシに関しては迷わず団結するジェンヴィルも良きだった
- 18二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 07:12:50
乙、朝から良いモン見た
普段のノリでいられなくなるくらいあたふたするゴルシからしか得られない栄養は間違いなくある - 19二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 09:13:30
戻って来た途端知り合い連中から散々に煽り散らかされるゴルシちゃんが見える見える……
- 20二次元好きの匿名さん24/11/06(水) 13:07:17
開き直ってそれまで以上にトレピッピにべったりになっちゃう可能性も捨てがたい