『“白いちっち”ってなんだよ

  • 1二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 21:11:26

    “シャン化”ってなんだよ』

    その一通の手紙を残して親友は消息を絶った。

    八月の話だ。
    その日は昨日以上の降雪量で、町中のみんなが雪かきの辛さに喘いでいた。
    まだ14になったばかりだったおれは父親の言う通りスコップを握り、腰まで積もったフカフカ雪をひたすら側溝に捨てる作業に務めた。それの繰り返しだった。

    はじめは勇ましく脳内に響いていた“ビンクスの酒”も“新時代”も、30分もすれば肉体と精神の疲労によって敢なく沈黙し、気付けばおれは何も考えることなくただ言われるがまま命令をこなす奴隷のようになっていた。

    除雪作業に人の心はいらない。

    おれは一時的に心を持たないパシフィスタとなることで最悪の事態を免れたが、雪の壁に隔たれた通りの向こう側からは「ウア゛アアアアアアアア!!!」と雪に狂わされた八百屋の親父の叫び声が断続的に上がっていた。

  • 2二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 21:17:34

    何この…本当に何??

  • 3二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 21:22:32

    南半球…?

  • 4二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 21:23:12

    どうリアクションしたらいいかわからんから続きはよ

  • 5二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 21:24:25

    怪文書?

  • 6二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 21:24:29

    一時間もすればこの道も通れるようになるだろうという期待は、突然海上にて発生した時化に影響され発生した大吹雪により失せる。
    おれと父親の雪かきは振り出しに戻ったが、嘆く時間すら惜しいと言わんばかりに雪のハリケーンが近付いていたので慌てて家に入った。

    隣の家の爺さんは屋根の雪下ろしでドジを踏んで逝ってしまった。

    おれの住む島、セッカ・チ島は四季を二日で巡り終える。
    まず一日目の午前に春、そして午後に夏が来る。二日目の午前に秋、午後には冬。三日目の午前はまた春に……時折島の外からやってくる海賊や旅人たちはこの周期についていけず二日ともたず出航してしまう。

    この島の短い歴史においても、このルーティンが崩れたことは無いと言う。
    しかし、最近進んだ研究によればこの島は近々雪にのまれて凍り付くと言う。

    全く正反対の言説を唱えたのはおれの目の前に居るこの男、クラウ・クラブ。
    どこからかふらりと現れてはいつの間にか島に住み着いていた男だ。

    学者だと名乗るその男に最初は好意的だった住人たちだったが、なんでも住む場所を追われたとか政府は我々の命を狙っているとか、口を開けば陰謀論が飛び出すような人間なので、いつしか誰もまともに取り合わなくなったらしい。

    今ではおれとおれの親友でもあるクラブ博士の一人息子くらいしか相手にしていない。

  • 7二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 21:26:15

    釣りタイトルのクソスレだと思ったのに文豪かよ

  • 8二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 21:26:37

    なんか続いたぞどうすんだよこれ

  • 9二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 21:43:41

    「この島は雪に沈む!!いや、雪が島を沈めるのじゃァッ!!!」

    泡を食いながら熱弁するクラブ博士は、かれこれもう三回は同じ話を繰り返している。

    父親のコーヒーが冷める度に淹れなおしている親友はキッチンとダイニングをもう五往復はしていた。
    おれは茶請けに出されたクリームブリュレを頬張りながら適当に相槌を打つ。

    右から左へ抜けていく博士の話にうんざりして、バレないよう横目に窓の外を眺める。
    今朝は満開だった桜が少しずつ散って徐々に絨毯を敷き始めていた。
    時刻を確認するために時計を見れば、あと二時間ほどで正午になるようだった。

    親友がコーヒーを持ち戻ってきたところで、クラブ博士の話もまた振り出しに戻る。

    「この島は雪に沈められるッ!!」
    「その話はさっきも聞いたよ親父」

    コーヒーカップを置きながら笑う親友は島に住む人間の中で唯一この男を見くびっていない。父親がどれだけボケた話をしようが常に穏やかだった。

    穏やかな男はおれの隣に腰掛け、申し訳なさそうに笑う。父に向けた笑顔と違い眉の下がったそれは親友が町の人間に向けて常に浮かべる表情だ。

  • 10二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 22:02:02

    やっぱシャン化は良いな笑顔になれる

  • 11二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 22:03:53

    『よそ者なのにすみません』

    おれとの初対面時にそう言ってのけたコイツは、その後おれにぶん殴られることによって矯正に成功した。

    島に住む以上盗みでも働かない限り仲間である。

    『いっしょの島に住むんだからそういうの嫌だ』と一喝した時のコイツの顔と言ったら、鼻水と涙とよく分からない液体でグシャグシャに崩れていた。

    その顔を見て爆笑したおれはたまたまその現場を見かけた自分の父親の手によって半殺しにされ、後日菓子折りを持参して謝罪に出向くこととなる。

    しかし無駄な犠牲ではない。

    何故ならおれの骨折と引き換えにコイツは徐々に眉を下げず笑うようになっていったからだ。
    思ってもない謝罪を口にすることも、全て自分が悪いんですと鬱屈した表情も浮かべなくなった。

    安いもんだ、骨の一本くらい。

    あの最悪のファーストコンタクトから親友にまで発展できたのかについては話すとあまりに長くなるので割愛する。

    ハッキリしていることは、おれと親友は生涯の友であるということ。
    そして、おれにとって自称・歴史を求める天才学者クラブ博士の話よりも、ただの料理人であるその息子の話の方が大いに価値があるということだ。

    「ごめん、いっつもこんなんで……」
    「慣れてるから気にすんなよ。それよりマーマン、この菓子美味いなァ!」
    「ありがとう。自信作なんだ、焼く前にちょっとだけジャムを練り込んでてね……」
    「ちゃんと聞かんか貴様らァ!!!」

  • 12二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 22:09:15

    時々多方面の語録を巻き込んでるのは何なんだ…

  • 13二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 22:09:53

    文豪だ!!囲め!!!

  • 14二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 22:34:52

    クラブ博士が語るには、この島の気候は狂っているらしい。

    ここが偉大なる航路に浮かぶ島でなければ全くその通りである。しかしここは偉大なる航路後半の海、新世界。狂ってるも何も……べつにいーんじゃねェのか?
    非常識が常識とされる海だ。

    たとえそう疑問に思っても口にしてはいけない。
    博士は自分の言論に少しでも異を唱えられたと感じると実力行使に出る。そしてそういうところが他の町民から遠巻きにされている所以でもある。

    「庭の木を見ろ!もう葉桜に変わっている!!
    去年までこの時間はまだ桜の花も咲き誇っていたにも関わらず!!」

    シルクハットを被ったハトのハト時計は10時50分頃を示している。
    そんなことを言われても去年の桜がいつ葉桜になったかなんて覚えてないし、そもそもこの島の植物は一生が速い。桜ひとつとっても蕾から萎むまでがとにかく速い。
    一週間前ならいざ知らず、よく一年前の桜の記録なんてあるなァと半ば呆れてしまう執念深さである。

    「それで、桜が散ったらなにがおかしいんだ?」
    「桜が散るのは当然の事!だが開花から散るまでの周期が徐々に速くなっている……つまり雪に沈むんじゃァ!!!」
    「意味わかんねェよジジイ!!」

    話が進まないと踏んでか、親友が咳払いをひとつして場の空気を正す。
    博士の話。
    おれがまともに聞こうとしてもおれと相性が悪いのか最後まで会話が成り立たない……博士もおれに聞かせる気があるのか無いのか、突拍子も無く結論へ飛ぶからタチが悪い。

    「親父。昨日おれに聞かせてくれた話をしてあげてくれよ、シャクはまだ何も聞いてないんだから」
    「一理あるのぅ。でははじめから話すとしようかの」
    「『ハイ、お願いします』」

    不服そうなおれの口をカパカパと動かしながら声を真似たマーマンが答えた。

  • 15二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 23:30:13

    「最も強い四季はどれじゃと思う?」
    「え?」
    「最も強い四季はどれじゃと思う?」
    「なんだその世界最強の剣士議論みてェな……」
    「直感でいいよ、ほら早く」

    焦れたマーマンからもせっつかれ、渋々意味のわからない質問に脳味噌を使う。

    四季の強さ議論ってなんだよ。

    浮かんだ疑問は置いておいて、やはり強さと聞けばライバルとの決闘やまだ見ぬ強者たちへの挑戦を連想してしまう。

    「夏だと思う」
    「へ〜!どうして?」
    「ギラギラ暑いし一昨日は熱中症で一人逝ったし、あと世界最強の剣士の鷹の目は夏に麦わら帽子で畑作業してるのが似合いそうだから」
    「なにそのイメージ……あと世界最強の剣士は赤髪な?」
    「何を言ってやがる…どう考えても一人でふらっと現れては不定期に海賊船を沈めてる鷹の目だろ、こないだもガレオン船を三隻沈めた記事が出てた!」
    「ナワバリにこもってても実力衰えず、あっちこっち神出鬼没にレベリングしてる鷹の目と互角以上に渡り合える赤髪の方が強いと思うけど?」
    「一番強いのは冬じゃ」
    「「誰だよソイツ!!」」
    「季節の話じゃ言うとるだろうが!!」

  • 16二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 23:31:35

    白熱しかけた最強議論は強制的に打ち切られ、不完全燃焼を抱えながらも異論を呑み込んでやり過ごすしかなかった。

    ここは博士の家で、おれは家主の息子の招待客で、ゲストといえどホストを立てねばならないマナーくらい知っていたからだ。

    「おまえも昨日見たじゃろ、雪嵐」
    「アレは酷かったなァ、せっかく家の周りはスッキリしたのに振り出しに戻され放題だった!」
    「本来ならこの島で発生する雪嵐なんぞすぐにおさまる小さ〜〜いものなんじゃ。それが昨日の冬は異例の豪雪のせいでブクブク肥え太りよってからに!アレほどの被害が!」
    「隣の爺さんが死んだくらいじゃん。しかもアレべつに雪嵐関係無ェし」
    「隣の爺さんとタメの私に気を遣わんか貴様ァ!!!!数少ないゲートボールする仲じゃったんじゃぞ!!」
    「半分ボケてて要介護だった人だよね。おれが雪下ろしに行けてればよかったんだけど……」
    「台風が来りゃ畑の様子を見に行くし川が氾濫すりゃ見物に行くような人だぞ、止めても聞かねー爺さんだったしよォ……」
    「人間誰しも好奇心には敵わぬ!!」

    居心地悪く思ったのか若者によるあの爺さんもうたまらんねん談義を切り上げさせた博士は、話している内にいつの間にか天高い場所に座していた太陽を憎々しげに睨め付けた。

    もうじきセミが鳴き始めるだろう。

  • 17二次元好きの匿名さん24/11/07(木) 23:35:32

    ONEPIECEをベースにしてるとは言えど不思議な世界観で楽しい
    続けよ

  • 18二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 00:06:09

    「シャクの答えも間違ってはおらん……」
    「え?」
    「冬が最も強い。が、夏も強い。特にここ半年は酷いもんじゃ、間接している季節が割りを食うとる」

    夏が近付くにつれ日差しが強く差し込んできて鬱陶しい。
    察したマーマンが腰を上げるより一瞬速く博士が席を立った。

    おれは何か博士らしくない雰囲気を感じて、太陽の視線を遮るためのブラインドを下ろしながら語る背中を見つめる。

    「まず春が死ぬじゃろう。桜が咲かなくなり、植物が芽を出さず、この島に生息している虫の数が減る」
    「次に秋が死ぬ。木は紅葉せず、冬眠の間も置かず、全てを雪で覆う冬が来る」
    「いずれこの島は四季を失い、最終的には冬島か夏島へと変貌する。残念だが、これが真実である」

    「……なんで?」

    この世界の滅亡でも知らせるような低く嗄れた声は、おれをまるで高名な学者の背中でも見ているような気分にさせ、世界とまでは言わずとも、この島の終わりを告げた。

    「ある日、庭の桜を見ていると一足速く葉桜になっている枝があった。その五日後、そのせっかちな枝は二本に増えていた。

    おかしいと思いここ数年の桜の枝すべてを観察し記録をつけていた。

    記録を付ける間にも島の異常気象は起こり、それは時折死人を伴った。
    虫の大量発生、異常な気温上昇、来たのか来てないのかハッキリしない秋、そして少しずつ、だが着実に増えていく降雪量。
    これらは全て最近に起こっていること。

    私がこの島に来てから今日に至るまで、一度も起きたことの無い現象じゃ。

    この島は秒単位で正しく四季を巡らせている」

  • 19二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 00:11:30

    な島の中に縮小されてるがやけに耳が痛い話題だな…

  • 20二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 00:34:55

    「午前零時に桜は蕾を付け始め、正午にそれらが葉桜へすげかわり、また午前零時を迎えては一様に紅葉し、正午になれば枯れ木は雪を被る。

    この島に住んどる者ならよくよく分かっていることじゃろう」

    博士の言葉はひとつを除いてすべて正しい。

    確かにこの島は四季の巡りが速いが、それは寸分の狂いも無く厳正に移り変わるものだ。
    一秒でも早く次の季節が来たなと思ったならば時計の故障を疑え、と常套句にもなっている。

    狂いが無いからこの島に人が住めているし、生物は適応して生存できているし、植物がみのり育つ。
    季節に気まぐれが無いから生きていけるのだ。

    だがそれが狂うとなればこの島に生息する生き物はバッタバッタと死んでいくだろう。
    新たな環境に適応するのがはやいか、世代交代が間に合わず絶滅するがはやいかのチキンレースとなってくる。

    「でも博士、ひとつ間違ってるぜ」
    「なんじゃとォ!!!?私の言論の正当性に難癖付けようってか!!?」
    「ちょっと親父……」
    「博士が来てからじゃねェ。博士が来るよりずっと前から、この島に異常気象なんか一度も起こったことはない」

  • 21二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 00:44:46

    博士の仮説が当たっているとしたら、この島を捨てるかこの島と心中するか選ばなければならない。

    冷房の効いた室内にいても聞こえてくるセミの鳴き声をぼんやり聞きながら、いつの間にか置かれていたアイスコーヒーに口を付ける。

    博士が居てよかったな、と初めて思った。

    規則正しい島に住んでいるからといって、住人まで規則正しくなるわけではない。
    ある程度の季節差ボケは文字通り“島が治してくれる”ので、四季の移り変わりを時報代わりにしている者も居ると聞く…。

    この島に長く住んでいる者ほど季節に違和感を抱かない。
    まさか島が間違っているなんて夢にも思わない。

    島外の人間は寄り付いたとしてむちゃくちゃな気候についていけず飛び出すように出ていくし、同じ理由で移住を決める人間も見たことが無い。

    少なからず島の外へ出ていく者も居たが、帰ってきた者は居ないらしい。
    十中八九海の藻屑となったか、そうでなければ現地で家族でもできたか、もしくは外の四季に慣れてしまいそこに定住してしまったか。

    島の中で唯一外を知っている住人だからこそ気付けたのだろう。
    そう思うと、この親子は一体どこから来て、なぜこの島に住み着いたのだろうかとはじめて疑問が浮かんだ。

    「でもさ、解決策はあるんでしょ?」

    どことなく沈んだ空気を打ち破るためか、明るい声色で親友はニカリと笑う。

    向かいに座っている博士の後ろにあるホワイトボード。
    その真正面に立ち、おれにとってはラクガキにしか見えない図解や数式をすべて消して、キュポンと蓋を開けたマジックペンを滑らせる。

  • 22二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 00:44:58

    間違っていたらすまないが
    あんたもしかし梅雨ごろにコンポートに素晴らしい解釈で傑作を書いていた文豪さんか?

  • 23二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 00:46:41

    語り手の名前がシャクなのはシャンク化に関係ある伏線か?
    とりあえずとても読みやすいし雰囲気が良い

  • 24二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 01:32:13

    >>22

    あれほどに素晴らしい文章は書けぬ…読んでいて涙した…ポロッ

    話の構成力においても敵わぬと聞く…

    しかし私は…さてはコンポート傑作SSの方ではないかと思われたこと…心より誇らしく思います




    「親父が言うには、この島を捨てなくても共存できる道があるかもしれないんだって」

    「机上の空論じゃ……」

    「またそんなこと言って〜」


    あらかた盛り上がって体力が尽きたのか語気の弱い父親を小突き、親友はおれに背を向け何事か綴る。


    …………シ?なんて書いてあるんだ。


    角度が悪いかと体を傾けようとするより親友が書き終わる方が速かった。

    白いホワイトボードの真ん中を整った字が陣取っている。


    「“シャン化?”」

    「そう!“シャン化”!!」


    バン!と音が鳴るほどの勢いでホワイトボードを叩く親友。揺れるボード。

    指に触れられ四角目が僅かに欠けた化の字。


    何を言ってやがる……。


    「あのさ、詳しい実態は判明してないんだけど、でもこの島を救うキーワードらしいんだよね!」

    「まだ確定しとらんわいバカ息子」

    「明るい話があるのに隠すのも変じゃない」

  • 25二次元好きの匿名さん24/11/08(金) 01:35:07

    けたけた笑うのはなにも愉快だからじゃない。

    出自故か、はたまた生来の気質かは分からないものの、親友は幸か不幸か人の顔色を読める側の人間だった。

    おれの顔に差した影を感じ取ったのだろう。
    親友の気遣いに気付き申し訳無さを覚えるも、それ以上の感謝の念を抱き親子の会話に参戦する。

    「その“シャン化”ってのがどう島を救うんだ?」
    「いいやまだ仮説も立ってなければ根拠も無いんだ」
    「?……ならなんで島を救えるって分かった?」
    「そんなことすぐわかるだろ?」

    「何故なら父は“歴史の本文”の解読者!!おれ達は歴史に選ばれし子羊!タイヨウの民だ!」

    嫌なスイッチを押してしまったと気付いた時には遅かった。

    アクセルを踏み抜いた親友による父がどう凄いのかなにを成してきたのかマシンガントークをかまされ、話が終わる頃には短針は一周しており、渦中の人物は私室に引っ込んでしまっていた。

    「あ、でも“シャン化”自体はちゃんと存在してるみたいだよ」
    「……どういうモンかも分かんねェのに?」
    「おれもそこが疑問。存在はしてるはずなのに実態が見えないって、質量のある物とは思えない」

    幽霊みたいだ、と続けながらホワイトボードの裏、色々な書類に埋もれた長机を漁る親友。

    幽霊、幽霊ねえ。
    ホワイトボードの“シャン化”をぼーっと眺めながら、探し物をしているらしい親友の大きな独り言を聞き流す。

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