- 1二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:16:16
「なんだか、随分とご機嫌だね?」
ふと、俺は隣にいる彼女に対して、そんな風に問いかけていた。
肌に感じる湿った空気、鼻腔をくすぐる石のような匂い。
途切れることなく水が弾ける音が響き渡り、傘を持つ手は震えそうなほど冷たい。
今日は、久方振りの雨の日だった。
何かと忙しい日々の中、せっかくのお出かけにも関わらず、この天候。
さぞや彼女も残念がっていることだろうと思ったのだが、その予想は大きく外れていた。
「…………そう、かしら?」
黒鹿毛のサイドテール、前髪には特徴的な小さい流星、右耳には煌めく王冠。
担当ウマ娘のサトノクラウンは、深緑の瞳を大きく開いて、きょとんとした表情で聞き返した。
どうやら、本人には自覚がなかったようである。
「ああ、さっきから尻尾が良く動いてて、良く当たってる」
「真係!? やっ、やだっ、本当に動き回ってる……!? すぐ抑えるから……っ!」
「それは良いんだけど、なんだか足取りも軽いというか、なんというか」 - 2二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:16:30
────まるで、踊っているように見えるんだよね。
俺は、正直な感想をクラウンへとそのまま伝えた。
トレーナーという職業柄、ウマ娘の脚の動きは普段からついつい追いがちである。
それ故に、今日の彼女への違和感は良く目に付いた。
雨の中踏まれる、軽やかで優雅なステップ。
時折、わざと水溜まりの方へと足を踏み入れて、ぱしゃりと上がる水飛沫。
それはまるでステージ上の演出のように、華やかで賑やかで、楽しげであった。
自らの尻尾と格闘していた彼女、俺の言葉を聞いてぴたりとその動きを止める。
そして少し恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを浮かべた。
「それは多分、『これ』のせいね」
そう言って、クラウンはひょいっと足を上げてみせる。
健康的な太さを保ちつつ、しっかりと引き締まっている、美しい脚。
しかし、彼女が示しているものが脚そのものでないことは、さすがにわかっていた。
彼女の脚の先を包んでいるのは、黒色の、シンプルなデザインのロングブーツ。
それは雨水を弾いており────いわゆる、レインブーツと呼ばれるものであった。 - 3二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:16:46
「ここのところずっと良い天気だったじゃない? だから、なかなか使う機会がなくって」
「なるほど、でも素敵なデザインだし、普段から使ってても違和感なさそうだけど」
「Non、やっぱりレインブーツは雨の日に履いてこそ、でしょう?」
クラウンは、何故か得意げな表情で、そう言った。
そういう美学があるらしい、まあ、なんとなくわからなくもない。
言われてみれば以前、サトノダイヤモンドからそういう話を聞いた覚えがあった。
────クラちゃんは、レインブーツを集める趣味があるんですよ?
その時は流していたが、実際に目の当たりにすると、妙に気になってきてしまう。
「クラウンはさ、小さい頃からレインブーツを集めているのか?」
「…………私がレインブーツを集めていること、トレーナーに話していたかしら?」
「あっ」
「ダイヤの仕業ね、まったく」
「ごめん、ちょっと前に聞いてしまって」
「良いわよ、別に隠しているわけじゃないもの、貴方の言う通り小さい頃から集めているわ」
困ったような表情で苦笑いを浮かべながら、クラウンはちらりとブーツを見やる。
改めて見てみれば、そのブーツは良く手入れをされているものの、若干の摩耗を感じさせた。
どのくらいのコレクションがあるかは知らないが、一つ一つ大切に使っているということだろう。
彼女は少し遠くを見つめながら、懐かしむように口を開いた。 - 4二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:17:12
「こう見えて、私は小さな頃は結構なお転婆で」
「……」
「……どう見ても小さな頃からお転婆だったとしか思えない、とでも言いたげね?」
「いっ、いや、そんなことはないよ?」
「…………それで、雨の日だろうとも気にせず、外で遊んだりしていたの」
クラウンは不満げに唇を尖らせながらも、話を続けてくれる。
今でこそ、大人びたしっかり者のお姉さんといった印象だが、それは妹分であるサトノダイヤモンドの影響が大きいのだろう。
時々見せる年相応の一面から、元々は活発的なタイプであったことは、何となく想像がついた。
「雨の中駆けまわったり、派手に転んでみせたり、全身泥だらけにして帰って来るのが日常茶飯事」
「ははっ、親御さんも大変だね」
「係呀、それで見かねた両親がプレゼントしてくれたのが『これ』だったというわけ」
クラウンはブーツの爪先をとんとんと叩く。
直後────ほんの数歩ではあるものの、大きな歩調で駆け出した。
水を跳ね上げさせながら、淀みない足取りで、しなやかに。
そして、くるりと振り向いた彼女の顔には、屈託のない笑顔が浮かんでいた。 - 5二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:17:33
「走りやすい、滑らない、靴下も冷たくならない! 初めて履いた時、それはもう感動したわ!」
「それ以来、レインブーツが好きになったってわけだ」
「That's right! 今思えば、私が道悪を得意になったのは、このおかげだったのかもしれないわね」
冗談めかした言葉を紡ぎながら、クラウンは俺の下へと戻って来る。
しかし、なるほど。
レインブーツは、俺が創造していたよりも強い影響を与えていたようである。
道悪巧者、というのは彼女にとっては強みの一つ。
ウマ娘サトノクラウンが大舞台へと至るための、ドレスコートの一部といえる。
つまるところ。
「レインブーツは、クラウンにとってのガラスの靴だったんだね」
シンデレラが王子に見初められたのは、本人の器量があってこそ。
けれど、お城の舞踏会という煌びやかな場に立つには、ドレスやガラスの靴が必要だったのだ。
クラウンの両親の慧眼に感服しつつも、何気なく隣に視線を向ける。
すると彼女は、ぽかんとした、素の表情で俺をじっと見つめていた。
やがて目尻を下げ、口元をきゅっと引き締めて、身体をぷるぷると震わせ────吹き出すように破顔した。
「……ぷっ、あはっ、あはははっ! あっ、貴方、真面目な顔で何を言うかと思えば……っ!」
「……そんな変なこと言ったかな」
「ふっ、ふふっ、sorry、変ではないわよ、ただ急にロマンチックなことを言い出すから」
「…………」
「いいわね、私のガラスの靴、それじゃあさしずめ、貴方はお城の王子様かしら?」 - 6二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:17:51
クラウンは口元を緩めた悪戯っぽい笑顔と揶揄うような目で、そう問いかけた。
……まあ確かに、物思いに耽り過ぎて、ポエミーなことを言ってしまったような気はする。
恥ずかしさを誤魔化すように苦笑いを浮かべつつ、俺は頬を掻いた。
そのことが更にツボに入ったのだろうか、彼女はくすくすと肩を震わせながら、正面へと回り込んでくる。
「それじゃあ王子様、今日のエスコートを────えっ?」
雨音に混じって、少し間の抜けた小さな声が、鼓膜を揺らす。。
その瞬間、クラウンがぐらりと大きくバランスを崩し、その身を傾け始めた。
「……クラウンッ!」
反射的に持っていた傘を投げ捨てて、彼女の名前を呼びながら、前へと踏み出す。
直後、倒れ行くクラウンが、ぽふんと胸の中に飛び込んで来た。
華奢な身体をしっかりと抱き止めて、ほっと一息。
「ふう、間に会って良かったよ、大丈夫? 怪我とかはない?」
「……」
「……クラウン?」
「ふえあ!? あう……もっ、無問題ッ! 好呀ッ! 好多謝你ッ!」
「あっ、ああ、大丈夫なら良いんだけど」
クラウンは目を白黒させながら、矢継ぎ早に言葉を口にする。
触れている彼女の身体の熱が徐々に上がっていくのを感じ、頬もみるみる赤くなっていった。
もしかして、風邪でも引いているのだろうか、それでふらついてしまったのだろうか。
俺は原因を探るべく、腕の中にいる彼女のことをじっと見つめる。
すると、彼女はその視線から逃れるように、ふいっと目を逸らした。 - 7二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:18:08
「……トレーナー、その、もう離してくれても大丈夫だから」
「あっ、ごっ、ごめん!」
「唔緊要、嫌では、なかったから」
……ずっと抱き締める形になっていたことを、すっかり忘れていた。
今更になって、クラウンの柔らかさと温もり、そして甘く爽やかな匂いが神経を刺激する。
俺は謝罪を口にしつつ、慌てて両手を離した。
────けれど何故か、彼女との距離は一向に変わろうとしない。
「……クラウン、手」
「えっ? あっ……!」
クラウンの両手が、俺の服をきゅっと掴み続けていたから。
それに気づいた彼女は、更に色濃く、顔を真っ赤に染め上げるのだった。 - 8二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:18:23
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- 9二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:19:11
近くにあった公園の東屋。
椅子に腰かけたクラウンは足を延ばし、残念そうな表情でその先を見つめていた。
そこには、ソールが無惨にも剥離してしまったレインブーツ。
「哎呀……それなりに使い込んでいたし、もう限界だったのね」
「まあ、このくらいだったら直すことも出来るんじゃないかな」
「そうね、今度お願いしてくるわ、ただ、今の時点ではどうしようもないわね」
トレーナー室であればちょっとした補修道具もあるが、流石に今は持ち歩いていない。
今日は市場調査という名目で、駅から離れたところに出来たショッピングモールに行く予定だった。
そこまで行ければ、応急処置をするなり、新しいものを買うなり出来るのだけれども。
クラウンはおもむろにスマホを取り出して、耳をぴんとさせてから、にやりと笑った。
「それじゃあ、お城までのかぼちゃの車を用意しましょうか、ちょっと距離は短いけど♪」
「……むう」
どうやら、まだ引っ張るつもりのようであった。
タクシー呼ぼうとしているのか、楽しげな様子でスマホを操作するクラウン。
そんな彼女を見ていると、むくむくと対抗心が湧きだしてくる。
もうすでに、恥はかいているのだ。
だったら────見合わぬ王子様を貫き通してみるのも、悪くはないかもしれない。
そう思い、そっと彼女のスマホの画面を手で伏せ、芝居がかった声で言葉を紡ぐ。
「カボチャの車よりもぴったりな乗り物がありますよ、お姫様?」
「えっ?」 - 10二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:19:31
ショッピングモールへと近づくに連れて、周囲の人の数は少しずつ増えて来た。
それに伴って喧騒も大きくなり────突き刺さる視線の数も、また多くなってくる。
「トッ、トレーナー! みんな見てるっ! やっぱり恥ずかしいわよコレ!?」
「……危ないから、大人しくしていてくださいね、お姫様?」
「くうっ……點解會……!」
クラウンは、どこか悔し気な表情で眉を顰める。
こちらも大分恥ずかしいのだが、それ以上に良い気分になれていた。
俺は今、右手で彼女の背中を、左手で彼女の脚をそれぞれ支えて、身体の正面で抱え上げている。
いわゆる、お姫様抱っこというもので、彼女のことを運んでいるのであった。
そして当の本人は顔を朱色に染めながら、ジトっとした非難めいた視線をこちらに送り続けている。
まあ、その割には、じっと大人しくしてくれているけれど。
「…………重く、ないかしら?」
やがて、クラウンは諦めたように呟いた。
その瞳は微かに潤み、不安げに揺れ動いている。
俺はそんな彼女を安心させるように微笑みを向けて、言葉を返した。
「このくらいなら、全然平気、キミこそ大丈夫?」
……実際には腕が結構キツイのだけれど、このくらいは見栄を張りたかった。
しかし、クラウンにはお見通しなのか、彼女はそれを見て小さくため息をつく。
そして静かに両手を俺の首の後ろへと回して、身体を密着させてきた。
少しだけ、腕の負担が軽くなる。 - 11二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:19:57
「……大丈夫よ、麻煩你啦」
「……着いたら、新しいレインブーツを探さないとね」
「ふふっ、なんだかあべこべね、王子様がシンデレラじゃなくて、ガラスの靴を探すだなんて」
クラウンはそう言って、くすりと微笑む。
刹那、返しの言葉が頭に浮かんだのだが、それを口に出そうか一瞬迷う。
かなり恥ずかしい台詞ではあるけど、まあ、今更といえば今更か。
俺は意を決すると、彼女の耳元にそっと顔を寄せて、小さな声でそっと囁いた。
「────シンデレラは、もう見つけてあるからね?」
クラウンの身体が、ぴくんと震えた。 - 12二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:20:52
お わ り
タイトルと実在の曲は一切関係ありません
しかしウマ娘世界のかぼちゃの馬車はやっぱ人力車なんだろうか・・・ - 13二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 09:51:58
さすがのクラトレ
公衆の面前で恥ずかしげもなくお姫様抱っこするのすごく凄い
これにはクラちゃんもイチコロ - 14124/11/11(月) 19:33:03
年上に翻弄されるクラちゃんは万病にきく
- 15二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 19:55:51
やっぱクラトレはこれくらいのイケメン具合じゃないとな
- 16二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 01:07:48
周囲の人は何の撮影か或いはよほどのバカップルか困惑してそう
- 17二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 01:23:12
お姫様抱っこのときは傘は差してない?
翌日、濡れたせいで風邪を引いたクラトレがクラウンに揶揄われながら看病してもらってる光景を幻視した - 18二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 01:48:10
通行人Aになってウマッターによいものを見たって写真投稿したい
- 19二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 09:23:11
とても良い雰囲気でした
- 20124/11/12(火) 09:24:44
- 21124/11/12(火) 09:25:07
そういう雰囲気が出せていれば幸いです
- 22二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 09:25:56
っぱスパダリ…すき
- 23124/11/12(火) 19:14:06
翻弄される系のトレーナーも良いけどこういうのも良いよね・・・