- 1二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 21:00:21
「トレーナーさん! 今日は何の日か知ってますか?」
朗らかな秋の昼下がり。柔らかな陽の差し込むトレーナー室で書類に目を通していた俺の耳に、弾むような声が飛び込んできた。
ドアの方を見やると、担当ウマ娘のサクラローレルが、いつものいたずらな笑顔でこちらを見つめている。彼女が着ているのは、ふんわりと揺れるピンクのカーディガンに、レースのあしらわれた白のキャミソール。シンプルながらも彼女の優しく明るい雰囲気がよく表れていて、いつ見ても目が奪われてしまう。手にはいつものハンドバッグに、いつもの……いや、見慣れない柄の袋がひとつ。
「あれ? 今日はトレーニングの日じゃないけど……」
「ふふっ、会いたかったので来ちゃいました♪」
そう言われて、自然と心が温かくなる。素直に気持ちをぶつけてくれるローレルの笑顔に、思わず口角が上がってしまった。
「そっか、ありがとう、ローレル。えっと、確か『今日は何の日か』だっけ? 今日は11日だから……」
正直なところ、俺は「〇〇の日」とか、そういうのに疎い。でも、幸いながら今日は11月11日。さすがにあの有名なものくらいは知っている。
「今日はポッ——」
「そう、『チーズの日』ですよね?」
俺の答えは、彼女のはずむ声に見事かき消されてしまった。思わず、「へ?」と間抜けな声が漏れる。 - 2二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 21:01:26
「……チーズの日? そんな記念日もあるのか?」
「はい♪ 実は、日本で最初にチーズが食べられたのは11月のことなんだそうです」
「へぇー……。でも、何で11日なんだ? 別に何日でも良いような……」
「おおっ、鋭いですねトレーナーさん! それが、特に深い意味は無くて……。単に11と11で覚えやすいから、らしいです」
「ははっ、確かに一回聞いたら忘れないかもな」
「ですよね! ということで——」
ローレルははしゃいだ様子で紙袋をがさがさと探った。
「じゃん! チーズ、持ってきました! これから一緒に食べませんか?」
そう手渡されたのは、見慣れないパッケージの箱。白と紺を基調とした洒落たデザインが施され、見るからに高級そうな代物。表面には金色の文字で『Camanbert』と書かれていた。
「え、こんな高そうなものを……?」
「ふふっ♪ 昨日、バクちゃんたちとデパートに行った時に買ってきたんです!」
「そうなのか……。何だか悪いな、ごちそうになっちゃって」
「いえいえ、いつもお世話になってるトレーナーさんへのお返し、ということで♪ さあさあ、封開けちゃっていいですよ?」
ローレルに促されるまま、慎重に包装紙を剥がして箱を開ける。すると、純白のカマンベールチーズが、小さく整然と並んでいた。どれも綺麗に小分けされていて、自然と手が伸びる。辺りにふんわりと広がるミルクの香りに、出勤で凝り固まった心も少しずつほぐれていくようだった。
「本当にありがとう、ローレル。じゃあ早速、いただきます」
軽く手を合わせてから、チーズを口に運ぶ。ひと口頬張った途端、優雅に広がるまろやかな香りと、クセのないほのかな塩味が口内を満たしていく。普段口にするベビーチーズやスライスチーズとは全く異なる深み——その中心はとろけるように柔らかく、筆舌に尽くしがたい余韻を舌先にそっと残した。
「美味しい! 味もまろやかですごく好きなんだけど、中が少しとろっとしてるのもまた堪らないな」
「はい、そうなんですよ! 気に入ってもらえたみたいで何よりです!」 - 3二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 21:02:35
未体験の美味しさに気をよくした俺は、そのまま二口目を——
「あ、トレーナーさん、ちょっと待ってください!」
と、ローレルが制止したかと思うと、そのまま再び紙袋の中に手を突っ込む。まるでひみつ道具でも取り出すかのように、彼女の顔には得意げな笑みが浮かんでいた。
「ここで、ローレル先生の魔法のひと工夫です! はいこれ、チーズと一緒に食べるために買ってきました!」
満面の笑みとともに手渡されたのは、一口大にカットされたりんごのパック。つややかにみずみずしく光る表面が、切りたての新鮮さを雄弁に語っている。また、その甘酸っぱい香りはほのかに鼻をくすぐり、食欲を更にかきたてた。
「……りんご? チーズとりんごを一緒にって、あんまり聞いたことないな」
「ふふっ、そうですよね? でも、フランスではフルーツと一緒にいただくのが定番なんですよ♪」
そう言うと、ローレルは机上のフォークを手に取り、軽くりんごに刺して—— - 4二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 21:03:23
「はい、トレーナーさん、あーん」
そのまま俺の口に差し出した。フォーク越しに彼女が見せる表情は、いたずらっぽさと愛情が混じり合い、どこか夢幻的な輝きを宿していた。そんな彼女の妖しく細めた瞳に絡め取られ、一瞬理性がぐらりと揺らぐ。
「い、いや、ローレル! 自分で食べるから大丈夫だよ……」
「ふふっ……。じゃあ『今は』やめておきますね♪」
「今じゃなくてもダメだからね……」
「はい、気をつけます♪」
ローレルはくすくすと笑いながらフォークを引っこめ、そのまま自分の口に運んだ。みずみずしい果肉が彼女の唇をかすめ、ほどなくしてしゃり、しゃりと軽やかな咀嚼音が響く。その様子に触発されるように、俺は改めてりんごを口に入れた。
すると、さっぱりしたりんごの酸味が、チーズのコクのある味わいと絶妙に絡み合い、驚くほど調和していく。甘酸っぱい果汁がチーズの塩味を包みこむように広がり、口内に爽やかな風が吹き渡るような後味を残した。俺は思わず目を見開き、驚きを隠せないままローレルを見つめる。
「……おお、すごく美味しい! びっくりしたよ」
心からの感嘆の声を漏らすと、ローレルは誇らしげに微笑み、どうですかと言わんばかりに胸を張った。 - 5二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 21:04:27
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「いやぁ、本当に美味しかった。ありがとう、ローレル」
「ふふっ、そんなに気に入っていただけるなんて、私も嬉しいです」
チーズとりんごの絶妙なマリアージュを最後の一口まで堪能した俺は、ふぅと満足気に息をつく。
「にしても、『チーズの日』とはな。俺はてっきり『ポッキーの日』のことを言ってるのかと」
「あっ、トレーナーさん? 今なんて言いましたか?」
「え? 俺は『ポッキーの日』しか知らなかったなぁって」
そう答えるや否や、ローレルは目を輝かせ、またまた紙袋に手を入れて——
「なんと、ポッキーもちゃんと用意しています♪」
彼女が取り出したのは、赤と茶のコントラストが特徴的な、細長いポッキーの箱。
「……まさか、こっちも用意してくれてるなんて」
「ふふっ、食べたいですか?」
「もちろん!」
「じゃあ……はい、トレーナーさん、どうぞ♪」
その言葉とともに、ローレルはポッキーの端を咥えてこちらに差し出した。少し細めた瞳でまっすぐこちらを見つめ、からかいつつも誘うような視線。まるで、「いつでも来ていいですよ♪」と言わんばかりだ。
「……ローレル。これはその、さすがにやりすぎだと思うな」
わずかに熱を帯びる頬を意識しながらも、そう切り出す。……でも多分、俺がこういうことを言っても、あと一、二回はからかい返してくるだろう。そんなことを思っていたのだが。 - 6二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 21:05:20
「……やっぱり、そう、ですよね……」
瞬間、ローレルの笑顔が曇天のように消え、冷たく悲しげな声が耳に届いた。ほどなくして——
——ポキッ
一気に静まり返ったトレーナー室に、ポッキーの折れる音がわずかに響いた。眼前には、先程までの元気はどこへやら、伏し目がちの少女が一人。彼女は折れたポッキーを少しずつ、惜しむように噛んでいる。……まずい。やってしまった。
「ごめんローレル、今のは——」
「良いんです。私とポッキーゲームなんて嫌でしたよね……」
「違う、そんなことないよ、ローレル。君はすごく魅力的な子だから、嫌だとかそういう意味で言ったんじゃない。むしろ君の仕草にドキドキさせられたくらいだ。でもそういうことじゃなくて、俺はただ——」
そこまで一気にまくしたてて、はっと気づく。ローレルの肩が小刻みに震えていることに。
「……ぷっ、ふふっ、あははっ!」
とうとう堪えきれなくなった彼女の澄んだ笑い声が響く。その笑顔は、いたずらに成功した子供そのもの。……やられた。完全にしてやられてしまった。 - 7二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 21:06:17
「えっと、ローレル……?」
「あははっ……はぁっ、はぁ……。トレーナーさんがそんなことを思っていたなんて♪」
「違うんだローレル、今のは——」
「いえ、違わないですよね? トレーナーさんの本心が聴けてよかったです♪」
ようやく笑いの波が引いた様子の彼女は、再び太陽のような笑顔を浮かべ、新しいポッキーを袋から取り出し——
「嫌じゃないって言っていただけたので……今度こそ、『これ』、やってくれますよね?」
と、再びポッキーを咥えたまま顔をこちらに向けた。先ほどよりも挑戦的で、少し鋭い目つき。その瞳の奥に輝く光に、なぜか逃げ道を封じられた気がする。ああ言ってしまった手前、やるしかない……のか。
意を決した俺は、もう片方の端を咥え、少しずつ食べ進めていく。サクッ、サクッと小気味良い音を立てながらポッキーが短くなるのに比例して、鼓動もどんどん速くなっていく。そして、ローレルの顔がゆっくりと迫る。気を抜くと吸い込まれてしまいそうな、桜を宿した瞳。小さくすぼめた、薄紅色の唇。いつも意識しすぎないようにしているそれらが、今は文字通り目と鼻の先にある。普段なら落ち着くはずのポッキーの優しい甘さも、緊張に縛られた今では霞んで感じられない。
……そろそろ、限界かもしれない。これ以上は危険だ。いや、もう少し粘らないとまたからかわれるだろうか。でも……。そんな堂々巡りの思考に囚われたその時。
ぽりっ
と音を立てて、ローレルの顔が離れていく。少しだけ間を置いてようやく、彼女が先に口を離したことを理解する。わずか一分、いや数十秒だろうか、ともかくそれほどの短い時間の出来事だったにもかかわらず、心臓はうるさいほどに高鳴り、汗が一気に噴き出てどっと体が重くなる。
「あっ……。ふふっ、私の負け、ですね……♪」
「そう……みたいだな。ともかく、残りは普通に——」
「いえ! 負けたまま終わりたくないですから♪」
ローレルは、再戦を望む子供のように瞳をきらきらと輝かせ、袋から新たにポッキーを取りだした。
「さっきはつい『うっかり』口を離してしまいましたが、次は負けませんよ?」
……ポッキーは、一箱に三十本以上入っているという。 - 8二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 21:07:07
以上です。ありがとうございました。
- 9二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 22:01:29
すき
- 10二次元好きの匿名さん24/11/11(月) 22:51:33
不意の飯テロに心の億泰がざわめくッ!
- 11二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 00:16:56
チーズにフルーツに甘々からかいトレロレだと…
こんなの酒の肴テロよ!すき(ワインを用意する音) - 12二次元好きの匿名さん24/11/12(火) 11:10:53