(SS注意)ひみつ

  • 1二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 23:27:11

    「……あれっ?」
    「えっ……?」

     二人分の驚愕の声が、その場に小さく響き渡った。
     程良く冷たいプールの中、周りの皆は何事もなかったようにトレーニングを続けている。
     わたし達以外の、ここにいる誰もが気づいていない。

     たった今────運命をも踏み越えるような、大偉業が成し遂げられたかもれないということを。

     微かに震える身体をぎゅっと抑え込み、わたしはお腹の奥底から声を絞り出す。

    「ねっ、ねえ、ダッ、ダンツちゃん、今、勘違いかもしれないんだけど~?」
    「……はっ、はい、わたしも、にわかには信じられないですけど、多分、きっと」

     鹿毛のふんわりとした髪、ぷにぷにの柔らかぼでー、もみあげには白い流星。
     同室で、追試に向けての練習に付き合ってくれているダンツちゃんは目をぱちくりとさせていた。
     まるで、二足歩行するお好み焼きを目の当たりにしたような、そんな表情で。
     そんな顔も、してしまうだろう。
     実際にやったはずの自分にだって、信じられないのだから。
     大きく、深呼吸を一つ。
     わたしは、頭の中で思考を巡らせながら、一言一言区切りつつ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

  • 2二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 23:27:25

    「わたし、いま、ビート板なしで、ちゃんと、泳げてた……?」
    「はい、はい……っ! ほんの数メートルでしたけど、ちゃんと真っ直ぐ、泳いでましたよ……っ!」

     ダンツちゃんは目を潤ませながら、ぎゅうっと、わたしの両手を握りしめる。
     暖かくて、柔らかくて、心地良くて、少しだけ痛い。
     けれどその痛みこそが、これが夢の出来事でなく、紛れもない現実だと教えてくれた。
     途端、胸の奥から────熱い何かが、込み上げてくる。
     それは、初めてレースで勝利することが出来た日に感じた、途方もない達成感。
     いつの間にか表情筋からは力が抜け落ちて、すっかりと緩み切った顔を晒してしまう。
     でも、それを見たダンツちゃんも、嬉しそうに顔を綻ばしてくれる。
     そして気づいたら、周囲の視線など気にせず、大きな声を出していた。

    「やっ、やった~っ!  やったやった、やった~~~~っ!」

     わたしはダンツちゃんに手を握られたまま、その場でぱちゃぱちゃぴょんぴょんと跳ねまわる。
     後になれば顔を赤くしてしまいそうだけど、この歓喜の想いは、抑えきれそうになかった。

    「ふふっ、ミラ子先輩やりましたねっ! わたしも嬉しくて……やった、やったぁ~っ!」

     ダンツちゃんは、まるで自分の事のように喜びながら、わたしに合わせてぴょんぴょんと跳ねる。
     ────すると、わたしの目の前で大きな二つの膨らみが、たぽんたぽんと水面を暴れ回った。
     
    「…………うわ、すごー」

     わたしは、ちょっとだけ冷静になった。

  • 3二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 23:27:39

    「あー、そうだ、ヒシミラクル」
    「ほぁ? どーしました、トレーナーさん?」

     放課後、わたしがいつものようにトレーナー室のソファーで寛いでいる時。
     トレーナーさんは視線を彷徨わせながら、どこか気まずそうな表情で、呼びかけて来た。
     わたしはゴロリと寝返りを打って、正面から顔を向ける。
     どうしたんだろ、もしかして今度のお出かけ中止とかかな…………それは、かなり、残念かも。
     しかし、トレーナーさんの口から出て来たのは、思わぬ言葉だった。

    「その、バンブーメモリーから聞いたんだが、また水泳の追試があるんだって?」
    「へっ?」
    「だから、嫌だとは思うんだけど、今度、一緒に練習をした方が良いんじゃないかな、って」

     そう言いながら、トレーナーさんは苦笑いを浮かべる。
     …………はて?
     先日のダンツちゃんとの練習の結果、わたしは少しだけ、泳げるようになった。
     勿論、長い距離はまだまだ無理だけれど、追試くらいなら何とかパス出来ることだろう。
     だから心配しなくても、今更、練習なんて必要ないのだけれど────。

  • 4二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 23:27:52

    「……あっ」

     そして、わたしはあることに気づいて、ぽかんと口を開けてしまった。
     そうだった、まだ泳げるようになったこと、トレーナーさんにお話していなかったな。
     わたしの背中をずっと押してくれて、ずっと厳しくしてくれて、ずっと信じていてくれた人。
     そんな大切な相手に、このことを話していないだなんて、どうかしていた。
     
    「ふっふ~ん♪ トレーナーさん、実はですねぇ~……──」
    「……ヒシミラクル?」

     ドヤ顔を浮かべつつ、衝撃の真実を明かそうとして、わたしは口を噤む。
     せっかくの、ビックニュース。
     聞けばきっと、トレーナーさんもダンツちゃん並みに、いや、それ以上に喜んでくれるに違いない。
     でも、練習の場で、いきなり泳いでみせたら、すごいびっくりして、もっと喜んでくれるんじゃ。
     よし────このことは、当日まで秘密にしておこうっと。

    「……いえ、なんでもないでーす、じゃあ明日、一緒に練習をお願い出来ますか~?」
    「えっ、あっ、ああ、それはもちろん、だけど」

     わたしは平静を装いながら、そう伝える。
     するとトレーナーさんはきょとんとした、困惑の表情を見せた。
     それはそうだろう、いつもだったら駄々をこねて、逃げ出すなりしているのだから。
     不思議そうに首を傾げながらスケジュールを書き足す彼の背中を、わたしはにやにやしながら見守っていた。

  • 5二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 23:28:06

    「ふんふふ~ん♪ ふふふ~ん♪」

     わたしは更衣室でトレーニング用の水着に着替えながら、鼻歌を奏でていた。
     通りすがりのクラスメートが「ついにおかしくなっちゃった」と気の毒そうな顔をしていたが、気にならない。
     いつもだったら遺書をしたためるような気持ちで着替えていた────だけど、今は違う。
     水着が軽い、こんな気楽な気持ちで泳ぐなんて初めて、もう何も怖くない。
     こんな水泳専用ボディでカナヅチを名乗るなんて各方面に失礼だよね~?
     
    「えへへ」
     
     わたしの泳ぎを見て、喜んでくれるトレーナーさんを想像して、口元が緩む。
     今後は、プールから逃げて追いかけ回されるようなこともなくなる。
     泣きそうになりながら泳ぎの練習をするわたしに、日が暮れるまで付き合ってくれることもないだろう。
     手を握って支えてくれることも、溺れかけたところを抱きしめてくれることも、プールの後のゴホウビも。
     あの手この手でプールに誘ってくれることも、やるやらないのちょっと楽しかった押し問答。
     ────ぜーんぶ、もう、なくなっちゃうのかな。

    「……あっ、あれ?」

     さっきまで軽やかだった身体が、鉄のように重くなってきた。
     それは多分、お好み焼きの食べ過ぎ────ではない、と思う、多分。

  • 6二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 23:28:33

    「股関節から足を動かして、力を抜いて柔らかく!」
    「うわあん、こっ、こうですか~?」
    「そう、今日は良い感じだぞヒシミラクル! これならいけるんじゃないか!」
    「だだっ、ダメですよ、手を離さないでくださいね!? フリとかちゃいますから~!」
    「……………………えい」
    「……わぷっ!? ごぼがばっ!?」
    「うわ!? やっぱりダメだったか! ごめん、掴まって!」

     支えを失い、水中で藻掻くわたしに、トレーナーさんは慌てて駆け寄ってきた。
     それを見つけたわたしは、縋りつくように、彼の身体にぎゅっと抱き着く。
     がっちりとした感触と塩素の匂い、そしてほっとするような暖かな温もり。
     ……顔を見られないように、彼の肩に顎を乗せながら、そっと囁く。

    「……おにー、あくまー、えいごのせんせー」
    「いや、本当にごめん、なんかいつもより綺麗なバタ足だったから、行けなそうな気がして」
    「…………もう少し、このまま休ませてくれたら、許してあげまーす」

     さすがは、鋭い。
     わたしのことを、ずうっと、見てくれているだけはある。
     生半可な偽装では、きっと、程なくして見破られてしまうことだろう。
     だから────身勝手で、ワガママで、良くないことだと知りつつも、もう少しだけこうしていたかった。
     わたしは身体をトレーナーさんに預けて、そっと目を閉じて。

  • 7二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 23:28:48

    「…………あれ、ミラ子先輩?」

     その声を聞いた瞬間、全身の血の気が引いた。
     わたしの視線の先には、こてんと可愛らしく首を傾げながらこちらを見る、ダンツちゃんの姿。
     その顔には『泳げるようになったのに、なんでまた練習してるんだろ』と書かれているようだった。
     
    「……っ!」
    「ちょっ、ヒシミラクル? 少しくっつきすぎというか、その、だな?」

     まず、トレーナーさんが振り向かないように、片手でぎゅーっとホールド。
     そして、もう片方の手で人差し指を立てて、ダンツちゃんに向けて、口を『し』と発するような形にした。
     彼女は、不思議そうな顔でじっとわたしを見つめ────やがて、耳と尻尾をピンと立てる。

    「…………あはは」

     ダンツちゃんは、困ったような苦笑いを浮かべるのだった。

  • 8二次元好きの匿名さん24/11/15(金) 23:31:06

    お わ り
    同室同士で水着姿でぴょんぴょんしているのを真横から眺めていたい

  • 9二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 00:01:32

    サプライズで泳げるの見せるのがもっと喜んでくれそうだからなの可愛いね…


    あと特大の死亡フラグからのミラミラ亭で草

    >こんな水泳専用ボディ

    本末転倒!あなた陸上競技者!

  • 10124/11/16(土) 00:43:00

    >>9

    ミラ子の等身大っぽいところ可愛いですよね・・・

    多分泳げることで無意識に浮かれてたんじゃないですかね(すっとぼけ

  • 11二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 07:51:34

    魔法少女Mさんからのミラミラ亭でだめだった
    ダンツにバレて必死に隠そうとするミラ子かわいいね…

  • 12二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 08:31:14

    臨場感モロ出しの文章力
    絶景かな

  • 13二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 09:05:27

    水面を叩くダンツのあれ
    興奮しちゃうねぇ

    泳げるようになったよ!すげぇ!さすが俺の愛バだ!もう俺はプールトレーニングいかなくてもいいな(豹変) よりも甘やかされるほうを取ったかミラ子
    キャワワ

  • 14二次元好きの匿名さん24/11/16(土) 16:17:29

    ミラ子の正統派トレウマは俺に効く

  • 15124/11/16(土) 21:03:02

    >>11

    誤魔化しミラ子は万病に効きそう

    >>12

    雅だなあ

    >>13

    脱プールよりも甘やかされるのを取るミラ子可愛いね・・・

    >>14

    ギャグも良いけどやっぱこういうのも良いですよね

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