【トレシャカSS】月光下に繋いだ手

1◆q.2J2dQVmm2K24/11/17(日) 21:45:18

「へたくそ」

　真冬の夜の澄んだ空気に、オレの声が良く響く。吐き捨てたその言葉は、目の前で不恰好なステップを刻む男……オレのトレーナーに向けたものだ。
　未だ熱の冷めやらぬダンスホールから、喧騒が微かに聞こえてくるここは……学園の中庭。街路灯の明かりが当たらない薄暗い芝生の上で、オレとトレーナーは手を取り合い、ノートPCから流れる自作の曲に合わせて踊っていた。
　他に誰もいない、吹きさらしの舞台。十二月の夜の風は肌を刺すように冷たい。だというのに、触れたトレーナーの手は火傷してしまいそうな程に熱かった。
　何をそンなに緊張してンだか。誰かに見られている訳でもねェ。強いて言えば、頭上で輝く月ぐらいか……なンていうのは、少々詩的過ぎて柄じゃねェか。

2◆q.2J2dQVmm2K24/11/17(日) 21:45:47

　運動神経は決して悪くはないはずだ。それなのにステップがぎこちないのは、初めて聞く曲だからだろうか。
　確かに、誰かに聞かせるつもりじゃなかった"偶然"生まれたこの曲は、オレとお前しか知らないし、お前以外に聞かせるつもりもない。
　だがそれだけではない気がする。手を繋いだその瞬間から抱いていた微かな違和感。
　手だ。コイツ、オレと手を繋いでいない。指先でオレの手を摘まむようにしているだけ……指を引っ掛けているだけじゃねェか。
　どうりで踊りにくい訳だ。手に触れ過ぎないようにと、コイツなりに考えた結果なンだろうが、正直どうでもいい。別に減るもンじゃねェし、今更気にもしない。それなのに遠慮しているかのようなトレーナーに、オレは何故か少し腹を立てた。
　トレーナーを睨む。すると、さっきオレに「へたくそ」と吐き捨てられ小さく呻いていたコイツは「ごめんな……」と困ったように笑った。
　その瞬間、オレはトレーナーの手を強く握った。

3◆q.2J2dQVmm2K24/11/17(日) 21:46:17

「えっ……！？」

　驚きの声を上げたトレーナーを無視して、踊り続ける。

(クソッ……コイツ、無駄に手ェデカくて握りづれェ。背も無駄に高ェし、ホント……踊りにくくて仕方ねェ……)

　それに、元々冷え性気味なオレの指先はすっかり悴んでしまい、余計握りづらい。
　いい加減我慢出来なくなったオレは、トレーナーを睨み付けながら言い放った。

「手の繋ぎ方、キモいンだよ……もっとしっかり握れ」
「……！ああ……」

　トレーナーはオレの言葉に目を丸くした後、強く握り返してきた。　
　冷たい指先にじんわりと熱が伝わり、縮こまった指がほぐされていく。正直……とても心地良い感覚だった。

4◆q.2J2dQVmm2K24/11/17(日) 21:47:28

　月光なンかじゃ、冷えた指先は温まらない。だがコイツは……コイツの手は、凍ったようなオレの指先を、あっという間に溶かしちまった。いや、それだけじゃない。オレの──

「……」
「曲……終わっちゃったな……」
「……ああ」

　ノートPCから流れていた音楽が止まり、辺りは静寂に包まれる。ダンスは終わった、後はPCを片付けてさっさと帰る……はずが、何故だか今は、そんな気になれなかった。

「シャカール、一緒に踊ってくれてありがとう。風邪引くといけないから、早く戻ろう？」

　そう言ってトレーナーは繋いだ手を離そうと力を抜いた。
　オレはトレーナーの手を、無意識の内に握りしめていた。逃がさないように、しっかりと。

5◆q.2J2dQVmm2K24/11/17(日) 21:48:01

「シャ、シャカール？」

　トレーナーの呆気に取られたような声に、ハッと我に返る。瞬間、顔に熱が集まるのを感じ、そっぽを向いた。

「どうしたんだ……？」

　横目でチラリとトレーナーを見ると、訳が分からないといった様子だ。

……分かンねェだろうなァ、鈍感なお前には。なンでこういう時に限って、いちいち言葉にしなきゃ伝わンねェンだよ、お前。
でも、言えるかよ……
心地良い熱を、逃がしたくないだなンて。
まだお前と……手を繋いでいたいだなンて。
言えるワケねェだろ……バァカ……

「シャカール、あの……」
「……ッうるせェ、黙ってろ……」

　ようやく絞り出した声は、とても小さくて。それでも、澄んだ空気によって良く響いたのだった。