- 1リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:24:25
本スレ
ここだけダンジョンがある世界の掲示板 第5755層|あにまん掲示板何度か騎手代理としてレースに出たことはありますよbbs.animanch.comこのスレは「ここだけダンジョンがある世界の掲示板」の番外編みたいなものです。
イベントとは名ばかりのSS投稿スレ。
感想・合いの手などはご自由に書き込んで下さい。
ここまでのあらすじ
冒険者、リモンチェッロが自身に呪いをかけた黒幕にして初恋の人でもある謎の人物を倒すため、かつて解決したはずの異界へともう一度乗り込む
- 2リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:25:14
これまでのあらすじその二
一話 山村の異界
極東で発生した連続神隠し事件の調査のためとある山に訪れたリモンチェッロ。調査をしようと踏み入った彼女だったが、次の瞬間謎の異界に囚われる。
囚われた異界は怪鳥の伝説、磔にされた人形等数々の怪異にまみれた謎の山村だった。
そこから脱出するために調査するリモンチェッロだったが、その結果この異界こそが稀人──外の人間を捕らえて生贄とする神隠し事件の真相であることが発覚したのだ。
紆余曲折の末数百年神隠しを続けた怪異を討ち取り行方不明者を救助したリモンチェッロ。しかし異界は何故か残っていた。
不審に思いつつも核となる怪異を討ったならもう長くは持つまいと判断し、不要な混乱を避けるため表向きには崩壊したということにしつつ異界を封印するのだった
二話 赤の異界
近年流行り始めた怪しい新興宗教、金の羽修道院の調査にやって来たリモンチェッロ。修道院は表向きには花を愛で金鳥と呼ばれる不死鳥を崇める平和な場所に思えたが、その実狂気に陥った教祖によって信仰者は死後あの世を模した不死の呪い渦巻く異界に囚われるようになっていた。
その事実を突き止めたリモンチェッロは自分だけでは異界を討つことは不可能だと判断し多くの冒険者に助力を求める。結果、頼れる冒険者達の力も借りて無事異界事件は収束したのだった
閑話 初恋の話
新年ということで実家を手伝うために里帰りしたリモンチェッロ。久しぶりに会う妹とはややぎこちない名がもなんだかんだで仲良く会話していたのだが、話は途中で恋バナに移り変わる。
妹とその婚約者との仲をからかいつつ自身の初恋について思い出すリモンチェッロだが、それを聞いて何故か妹は怪訝な表情に。
それに対しリモンチェッロが何故かと問いかければ、フローレンスにリモンチェッロの語る初恋の人に当てはまる人物は居ないと返された。
そのことに得も言われぬ違和感を覚えつつ、結局里帰りはそのまま平穏に終わったのだった。 - 3リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:25:55
三話 水墨画の異界
冒険者としての栄達祝いにと新聞記者をやっている学生時代の友人から美術館の入館券をもらったリモンチェッロ。なんでも今回は極東画展を行っているらしい
軽い好奇心と共に美術館に赴いたリモンチェッロだが、またも異界に巻き込まれる。なんとそこは、世に疲れた人が逃げ出すためにととある画家が作り上げた絵の中の理想郷だった。
善良な画家や異界の住人達に癒され無事水墨画の世界から脱出するリモンチェッロだったが、現実世界に帰還したのち、画家の師匠だという人物の肖像画を前に不思議な胸騒ぎを覚える。
画家の師匠の肖像画は、どこから見てもあの日出会った初恋の人と瓜二つの見た目をしていたのだ。
四話 福神の麻薬
学生時代にわけあって共闘した元マフィアの暗殺者、現喫茶店の店主である知人に呼ばれルルマリーナに赴くリモンチェッロ。そこで彼女はルルマリーナで最近流行り始めている薬物について聞かされる。
元呪術師でもあった喫茶店の主からあれは間違いなくろくでもないものだ、元暗殺者で信用のない自分の代わりにあれがろくでもない証拠を集めてくれと頼まれたリモンチェッロは不審に思いつつも依頼を受注。ルルマリーナのマフィアを追うことに。
その後なんとかマフィアを討伐し、麻薬の原材料として利用されていた名もなき福神の救助にも成功。これで終わりかと思いきや、誰も居ないはずの戦闘跡地に人影が。
なんとその人物はかつてのリモンチェッロの初恋の人であり今回の事件の黒幕であると発覚、そしてリモンチェッロにも彼女を怪異に作り変える種を植え付けたのだと明かしたのだった - 4リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:26:11
閑話 犯人の話
初恋の人の正体に傷つきながらもその悪行を見過ごせないと彼を追うことにしたリモンチェッロ。まず手始めに手がかりである可能性が高いさる画家について調査を始めたのだが、なんと画家は既に死んでいること、彼の魂は冥府に渡っていることが発覚。これでは彼と画家は別人ということになってしまう、一体どういうことなのか
五話 画家の故郷
せめてなにか手がかりはないかとかつて滅ぼされた画家の故郷に向かうリモンチェッロ。そこは現在死んだ村人達の怨念渦巻き退魔連盟によって封印された忌地だった。
調査を進めても何も見つからず、それどころか忌地となった原因である怨念すらほとんどない。もしや時間経過で怨念は薄れ犯人の手がかりも無くなったのかと考えたが、そんな彼女の前に現れたのは黒い蛇のような異形の怪異だった。なんとそれは、村人達の怨念が初恋の人によって改造された被造怪異だったのだ。
なんとか怪異を討ち取り初恋の人の悪行を食い止めたリモンチェッロだったが結局有力な証拠は見つからずじまい、調査は振り出しに戻されるのだった - 5リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:26:50
· · ·ここから本編· · ·
- 6リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:29:10
────春が終わった、十歳の初夏の日だった。暑かったとか陽射しとか、そんなことは何も覚えていない。ただ、少しだけ風が強かった。
生まれつき、あまりにも目が強かった私は人生のほとんどを神殿の中で送っていた。そのまま外にでられればまともな人生を送れまいと、神殿の者たちの判断によって長い時を掛けてチューニングされたのだ。
それについて、特に思うところは無かった。むしろメディウリアの名を継ぐ者としてそれほどの力を持つことを誇りにすら思っていたと思う。いつか、力を制御出来るようになって世のため民のために目を使うのだと。
だからチューニングのための修行も苦ではなかった。家のため、民のためと目を制御し、技を研ぎ澄まして、何年も世俗からは切り離されて、けれど世を恨むことはしなかった。
そうして、ようやく目を制御できるようになった頃。これから私は人のためになることをするのだと決意を新たにして───けれど、私は選ばれなかった。
メディウリアの宝剣に選ばれたのは、次の当主として巫女の力を望まれたのは、私ではなく妹の方だったのだ。
そのあとのことはよく覚えていない。生まれて初めて神殿の外を出た私は一心に走った。走って、街の門を越えて檸檬畑の木かげで泣いていた。悔しさと悲しさと、言葉にはできない想いがあふれて涙がしくしくと止まらなかった。
そんな時、話しかけて来たのが彼だった。 - 7リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:29:25
【スクロールのログ追跡機能がオンになりました】
- 8リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:31:01
【びょうびょうと、閉じたはずの異界に湿度も熱も持たない空風が身体に強く吹き付ける】
【水月のように虚ろな日輪、乾いて埃っぽい極東造りの簡素な家々、うすぼんやりと歩き回る残骸達。そしてセピア色に沈んだ甘い森の空気
数年ぶりに訪れた異界はこれっぽっちも変わりなく、その事実がこれ以上なくリモンチェッロの判断ミスを突きつけていた】
「………っ、ふー……」
【無事異界に侵入したあと、リモンチェッロは大きく息をついた】
【元々、この異界を鎖したのはリモンチェッロである。一昨年の夏、とある行方不明事件を追った彼女はこの異界に辿り着いた】
【そうして、一見にはただの寒村にしか見えぬこの異界で、彼女はおぞましい闇を見た。
血に濡れた悪習を見た。
救えない残骸を見た。】
【その果てに異界の主と目される存在を討滅し、けれどこの異界は消滅しなかった】
【その時はただ、核を持たずとも存続できる場所なのだろうとしか考えず、時間と共に消滅すると信じてここを閉じたけれど───今も、この異界は続いている】 - 9リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:32:45
【あの時、もう少し真剣にこの異界を砕こうとしていたならばこんなことにはならなかったのだろうか。犠牲は減っていたのだろうか。……あんなことを知らずに済んで、思い出は美しいままだったのだろうか。
何度も何度も、彼の姿が、真実が頭の中で回っている。もしかしたら、私は何も知らずに済んだんじゃないか、なんて───もはや、意味もない空想。あるはずも無いもしもだ。
それなのに思考は止まらない、彼の記憶が頭の中を回り続ける。
まるで壊れた記録水晶のように、思考は歪んだリフレインを繰り返して
そして】
「まさか、君がここまでたどり着けるなんて思わなかったよ」
【声が、聞こえた】 - 10リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:35:19
【ふっと顔を上げると、そこには見知った顔がいる。
極東風の顔立ちに、極東人には珍しいふわりとした亜麻色の髪。どこか浮世離れした風情の、モダンな和装の青年。
リモンチェッロが追っていた男、おそらくこの異を作り上げた男だ】
「一年ぶり、かな。こんなに早く再会するとは思わなかったよ」
「……私としては遅すぎるくらいなんですけどね」
【ははは、リモンチェッロの言葉に男は朗らかに笑った。
まるで反抗期が来た姪っ子に仕方がないなと首を振るような、いっそ暖かみさえ感じる笑顔だ】
【───あるいは、彼にとっては事実そのようなものなのかもしれない。子供の頃から気にかけていた少女の成長を素直に喜ぶような、そんな裏表の無い顔だった】
「ここまで来れたのなら、当然私がこれまで何をしたのか、そして何者なのかもわかっているのかな」
「─────えぇ、推測ですが」
【悠悠と微笑う青年に警戒の眼差しを崩さず、リモンチェッロは調査書を紐解くように口を開いた】
「あなたは、これまで多くの地を渡ってきた。そして種を撒き、事物を歪め、多くの怪異を作った。……恐らくは“神”や“救世”にまつわる怪異を
そうして、たくさんの、数え切れないほどにたくさんの人を殺した」
「それが、多分あなたにとっての救世だったから」
【一言一言区切るように、そこまでのセリフを言い切ったリモンチェッロは苦々しげに息を吐いた
青年は何も言わない、ただ微笑んで少女の推理を見守っている】 - 11リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:39:59
「────雪村は、孤独を抱えた男だった。幼い頃、突発的な怪異災害によって故郷を滅ぼされ、助けを求めた麓の村には切り捨てられて、ようやく近在の山寺に拾われたあとも過去は重たく影を落とした
そんな彼が、御仏に救いを求めたのはある種必然だったのだと思う」
【っ、と息を整えながら、リモンチェッロは一度瞬きをした
男は、変わらず興味深そうにこちらを見ている】
「彼は、山寺に拾われたあと仏法に帰依した
そして、寺で教養や礼儀を教わり───果てに、仏画師となった」
【そこにどんな思索があったかは分からない。単に絵が好きだったのか、それとも何か切っ掛けでもあったのか
だが、多くの選択肢がある中で雪村が仏画師の道を選んだこと。それは事実だ
そして、彼に絵師の才があったことも】
「絵師の才があった彼は、その後多くの御仏を描いた
その中でも特に知られたのが───連作、救世絵図だ」
【雪村が描いた中でも飛び抜けて有名だったのがこの救世絵図だ。仏門の高次存在の中でも明確に“人を救おうとしている”菩薩と、それにすがる世俗の人々を描いた絵は彼の過去故か不思議なほどに煽情的で多くの人々を魅了した。
記録には計九作が遺されたとされるこの連作救世絵図だが、実はこの作品には未完成の最後の一枚がある。
そして、リモンチェッロはその未完成絵画に目をつけた】 - 12リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 20:58:38
「強い念を受けた器物が、百年の時を経ずに付喪となるケースはそれなりに確認されています。ましてその性質上強い情念を受けやすい芸術作品は怪異化する事例が富に多い。なにかと曰くのある画家の、最高傑作とまで謳われた絵なら何かを得る可能性は十分にある」
【あえて、感情を切り離したように淡々と推測を語り続けるリモンチェッロ。毅然と自身を見据える少女を前にして、怪異は変わらずただ興味深そうに微笑んでいる】
「最後の救世絵図は、最後の連作として雪村から多くの情念を与えられていた」
【雪村の救われたいという願いと、彼が奥底に秘めた世界への憎悪。それら二つを受けた最後の救世絵図は変異した。そして、絵として最初から持っていた救世を望む念と雪村の負の念が絡まり合い、その性は神ではなく怪異へと堕ち果てて───】
「貴方は、そうして描かれた〈救世〉と〈雪村の復讐〉が混ざり変異した、雪村を追い詰めた世界へ復讐するための、雪村のためだけの救世主だ」
【───これが、私の推理です】
【そう言い添えたリモンチェッロの目には、わずかに不安が滲みながらも目をそらすまいとする強い意志が感じられた】
【それを前にして、男はにっこりと微笑み返した】 - 13リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 21:14:56
「……なるほど、いい推理だ。流石は調査を主とする冒険者だと言っておこうかな?
けれど、二つ程訂正点がある」
【自身の核心を正面から問いかられたというのに、男はさして気にした風も無く言葉を紡ぐ。一部の怪異にとってはそれだけで致命となり得る正体当てだが、彼にとってはそうでもなかったらしい。
それどころか、男はさらに自ら言葉を重ね始めた】
「まず一つ目。たしかに私には絵画に宿った付喪の御霊が含まれるが、それだけがすべてではないよ」
【つい、と気取った仕草で指を三本立てる男。その仕草といい口調といい、見るものが見ればどことなくリモンチェッロに似ていると感じる風情があった。
そして、事実リモンチェッロの仕草や口調は元を辿れば彼を真似たものだ。かつての憧れが、まるで鏡写しの自分のように悠然と語りかけてくる】
「君なら、魄というものを知っているだろう?人が死した後に残る魂の片割れ、心の部分。俗に言う死後に残る恨みや憎しみの部分だ。」
【無論、知っている。むしろ怪異や霊に携わる者であれば常識と言ってもいい知識だ。語る言葉に、リモンチェッロはもしやと眉を上げる】
「ふふ、そのもしもだとも……私はね、観清の魄/恨みの感情と付喪の霊が混じり合い生まれた存在なんだよ
年老いて心臓発作により死んだ観清は、最後に絵画と魄を遺した。
遺された二つは何らかの要因によって混じり合い……そして、傍らに残る観清の骸へと宿り、新生した。
私は、私/救世絵図だけで成るわけでも観清の怨み/救世絵図だけで成るわけでもない、双方が合わさって産まれた存在なんだよ」 - 14リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 21:41:04
「そして、二つ目。別に私は観清のためだけに動いているわけではないよ?むしろ、観清以外のためにこそ動いていると言っていい」
「……それは、どういう」
「そのままの意味だよ。私の振る舞いはすべて与えられた役目の通り、救世の名の通りに人々を救うためのものだ」
【正体の告白、そして続けられる不可解な言葉にに困惑するリモンチェッロを置いて男は語り続ける。そうして続けられた言葉に、リモンチェッロは思わずと声を荒げた】
「っ、なら、何故たくさんの怪異を生んだのですか。貴方が生んだ怪異はたしかに救世や神にまつわるものばかりだったけど、その性質はどれも救世とは程遠い、いたずらに災禍を産むものばかりだったはずだ!」
「災禍……えぇと、そんなつもりは無かったんだけど」
「だったらどうしてあれほどの死者を……」
「だって、死んだ方が救われるだろう?」
【動転して詰め寄るリモンチェッロに、男はわずかに困ったように苦笑する。そうしてなんでもないように嘯かれた言葉に、リモンチェッロは今度こそ思考が止まった】 - 15リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 22:12:56
「そ、れは……死は救いだと、そういう言説でしょうか」
「いいや、私だって自分の意志で生きたいと思う者は生きた方がいいと思うさ」
【辛くこぼされた言葉は、なんでもない調子で返された。変わらずわずかな困り顔のまま、男は滔々と自身の考えを述べる】
「死は最後の救いだ。だからこそ今すぐにそれを与えられて喜ばない者は当然いるだろう。そもそも、私だって救いを求めず自分の足で立つ者にそんなものを与えるほど人を見ていないわけじゃない
だからこそ、救いを求める者にきちんと与えてあげたいんだ」
【穏やかな、あるいは慈愛に満ちたとすら言えるほどに和らいだ瞳で、彼は一切の迷いも見せずに困惑したリモンチェッロを見下ろしている】
「君は私が観清のために動いていると言ったけどね、さっき言った通り観清はもう救われている
……君も知っているだろう?彼は既に成仏し、無事に冥府に渡っている。生前の恨みつらみはすべて忘れてね」
「そう、彼は救われている。救いを願い、果てに私という偶像に魄を───負の念を明け渡すことで」 - 16リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 22:49:11
「私は、観清に救世を願われながらもそれがなんであるか分からなかった。ただの絵に過ぎないかつての私に人の世の業など遠い煙と変わりなく見えていたんだ
けれどあの日、心臓発作によって死に、魄を私に受け渡した観清を見てコレだと思ったよ
あの日の観清の顔は誰よりも晴れがましく、救われていたんだ。これこそが……死と、それによる魄の切り離しこそが一番の救いだったんだ
事実、怨霊だなんだというのは怨みを遺すから成るものだろう?そんなもの、切り離してしまえば幸せになれるんだよ」
【陶然と、我こそが真理を得たと言わんばかりの男にリモンチェッロは思わずたじろぐ】
【狂っている。思わず喉からその一言が出かけるが、男のそれは狂気ともまた違う異常を孕んでいた】
「だからね、助けを求めている人だけ救いを得られるようにしたんだ。君のような、誰かを救いたいと思っている人に手伝ってもらってね
いつか止む雨より雨を防ぐ傘の方がありがたいように、今苦しんでいる人には一秒先の幸せよりも一秒でも早い救いを得て欲しいんだ。痛みは忘れて、早く楽になってほしい
その点死んでしまえば苦しみは無くなり次の幸福を望む機会だって得られる、救いとしては最上だろう?」
【まっすぐな目だった。真理を得た確信に蕩けながらも狂気故の歪みはない。彼は最初から“こう”なのだ、仏画の付喪と死人の怨みという異常なモノが二つ合わさって産まれた彼は、狂うまでもなく最初から破綻している。見た目は人と変わらぬように見えて人間の狂気とはまるで違う、根本からどうしようもなくねじ曲がった戯言がこの男は怪異なのだと何より雄弁に語っていた】 - 17リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 22:59:03
「────それじゃあ、改めて自己紹介をしよう」
【男の怪異としての本質に当てられ無言でた当てられたリモンチェッロを他所に、男はゆると手を広げた】
「と言っても、“私”という個を表す名前は無いのだけれど……ここはあえて、観清/私が私/最後の救世絵図に付ける予定だった題名でも名乗ろうか。
かつて、観清/私が私/最後の救世絵図に題そうとしていた名は《倣尊星》。雪村観清が持つ救われたいという切なる祈りと、彼を救わなかった人々への憎悪によって新生した、君たち人間を救うための怪異だよ」
【悠悠と、まさしく救世主然とした超越的微笑をもって男───倣尊星は自身の名を告げる
目には一切の揺らぎは無く、明らかに正気のその瞳こそが彼との間にある断絶を知らしめる。この男は人ではない、対話によってわかり合いない、どうしようもない異形で怪異なのだ】
「……なるほど、貴方の正体については理解しました。それでは、今度は私から質問してもよろしいでしょうか?」
【“だからこそ”、リモンチェッロは彼に問いかけなければならないことが二つある】 - 18リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 23:19:14
「ん、いいよ。何を聞きたいの?」
【こてり、幼気にも見える仕草で首をかしげて倣尊星は少女を見下ろした。相変わらず、成長した幼子を見守るような穏やかな眼差しだ】
「それではお言葉に甘えて……貴方は、救世を成すために救いを与えんとする者たちに力を与えた。これは事実ですね?」
「もちろん、ウソを付く理由も無いからね」
【破顔する倣尊星にリモンチェッロは一つ頷いた。
これに関してはリモンチェッロも異論は無い。彼が力を与えたのは救世を望む者たちであり、発生した怪異も基本的に-ドラッグを求めるチンピラ等一部怪しい部分はありつつも-救いを求める人々にその異能を振るっていた。だからこそ発覚が遅れ、ここまで被害が広がったわけだが……そこはさておき】
「なら……一つ目。貴方は、なぜ雪村の故郷の人々を怪異に作り変えたのですか?彼らは怨嗟を叫んでいましたが、救いを望んだわけでも救世を志したわけでもなかったはずだ」
【ぴん、一本の指をしっかりと立てながら、さっきまでの動揺を抑え込んだリモンチェッロは始めの毅然とした眼差しを取り戻した】
「うん……そうだね。たしかに彼らは私が力を振るう対象には当てはまらない。けど、彼らを怪異にしたのはそれが救いに繋がるからだ」
【ゆるゆると口許に手を当てて、倣尊星はさして動揺した風もなく答える】 - 19リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 23:33:59
「救い……?」
「そう。君も知っていると思うけれど、彼らは厳密には観清の故郷に人々本人というわけではない。あくまで彼らが遺した怨嗟だ」
【ある意味で私と同じようにね。倣尊星は軽やかに自信を指さした】
【あの忌地にわだかまる怨念は、たしかに死んだ村人達の霊魂そのものではない。あくまで様々な霊的要因により遺されただけの怨念だ。
だが、それが何故救いに繋がるというのか。疑問を発する前に言葉が続けられる】
「けど、それじゃあ救われないだろう?」
「……それは、何に対しての言葉ですか?」
「もちろん、彼ら怨念に向けた言葉だ。
彼らはあんなに苦しみ悲しんでいるというのに、怨念だから、魂を持たないからという理由でいつまでも救われない。そんなのあまりに哀れだ。ただ苦しむだけの存在なんて」
【心底からの哀れみを載せた声色。本当に、彼はかの村にわだかまる怨念達に慈悲を向けているのだ。たとえその出力が余人のそれとはあまりに食い違っていたとしても】
「だからね、怪異としてまとめて魂を作ってあげることにしたんだ。そうすれば自然消滅以外よりもっと幸せな結末を得られる。君も同じ状況なら似たようなことをするだろう?」
「……そう、ですね。ええ、同じような結論をするでしょう。似たようなことを、既にやったこともあります」
「そうだろうね、君は私が選んだから」
【わかってもらえて何よりだ。そう破顔したあとで、倣尊星は目線を傾けた。それで、もう一つの質問ってなんなのかな】
【言葉より語る瞳にリモンチェッロはすいと身じろぎした。ここまでは想定通りの流れだ、だからこそ───次の質問-本命-を問いかけられる。】 - 20リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/23(土) 23:52:02
「二つ目。貴方は、なぜ山雪村に手を出したのですか」
【二つ目の質問をリモンチェッロがいい終えると同時、倣尊星の瞳が明らかに揺らいだ】
「……なぜ、とは?」
【先ほど見せた動揺/人間味を一瞬にしてしまい込む男の姿に、リモンチェッロはこここそがウィークポイントであると確信した】
【そも、山雪村とはなにか?
それは、今二人がいる異界のかつての名であり、リモンチェッロが最初に解決した異界事件であり、始めて遭遇した倣尊星による怪異事件の発生地点である】
【かの村は異邦の旅人をマレビトと称し贄とする異常な村だったが、別に救いを求めたわけでも救世を志したわけでもない。そもそもマレビトを贄とするようになったのも倣尊星の干渉あればこそだ。ここだけは唯一、明確に彼の存在理由とは反する理由で歪められている】
【加えて、山雪村は生前の雪村にとって因縁の村だ。彼は幼い頃、村を魔物に襲われた際に一番近くにあって日頃村と交流もあった山雪村に助けを求め、断られている。怨霊を元とする怪異が生前浅からぬ因縁を持つ地を異界に変えたと言えば理解できる話だが、それはあまりに倣尊星の行動原理からかけ離れている】
「貴方は、なぜここを異界にしたのですか?」
「………………」
【再度問いかけるリモンチェッロに、倣尊星は少しだけ不快そうに表情を硬めた】 - 21リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 00:17:11
「……別に、ここも例外では無いよ。私の友人になり得る子がいて、救けを求める人々がいた。それだけだ」
「そう、なんですか?」
「そうだとも。君もすべてを調べられたわけじゃないんだろう?」
【また元の調子に戻って、けれど言葉選びに若干のぎこちなさを感じさせながら倣尊星は答えた。
たしかに、リモンチェッロには数百年前の出来事を調べる術が無い以上それを言われてしまうと何も答えようがない。揺らがない怪異が揺らいだことこそが何よりの証拠だが、逆に言えばそれ以外に詰められる要素は無かった】
「この村は私とは関係ない要因で飢饉により滅びかけていた。それにより救いを求める人々と村人を救いたいと考える青年がいたから少し手助けした、それだけだよ。
ここに現れた君に会いにきたのも閉じた場所に人が来たから見に来ただけだ」
【ざっくばらんに切り上げた倣尊星に、リモンチェッロはそれ以上を問うでもなく口を閉じた。これが人間相手ならもう少し踏み込んだが、怪異となるの下手に刺激してどうなるかわからない。ここは一旦対話法を変えようと考えたあたりで、今度は倣尊星が口を開いた】 - 22リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 00:45:47
「さて、君の質問に答えたのだし、私から聞いてみてもいいよね?」
【ずい、言葉と共に倣尊星は一気に身を寄せてリモンチェッロの瞳を覗き込む。これまで一定の距離を保っていた中での急な接近と近づいた瞳にリモンチェッロは思わず息を呑んだ】
「き、きたいこと……?」
「そう。といっても君と違って一つだけだけれど……
君は、私と来てくれるのかな?」
【じっと、倣尊星の瞳がリモンチェッロの瞳と絡み合う。髪と同じ金とも茶色ともつかない奇妙な瞳があえかにも妖気を纏い、まるで視界すべてを埋め尽くすようだ。生々しく移り変わる瞳の中の光に、思わず頬が少し赤くなった】
「私はたくさんの人を救けたいと思っている。だから、同じ道を進んでくれる友人はいくらいても良いと思っているんだ。
……これまでたくさんの友人達と出会ったけれど、私にここまで近づいてきたのは君が初めてなんだ。かつて友達になりたかった君が、ここまで私に手を伸ばしてくれてとても嬉しい。だから、君とも救世の道を歩きたいんだ。ねぇ、私と来てくれるかい?」
【一歩、さらに深く踏み込む倣尊星に視界がぐるりと回って───】
「っ、いいえ。私は貴方とは歩めません、私は既に私の道を定めています」
【けれど、その言葉に乗ることはなく断りの言葉を斬り捨てる。それを聞いて、倣尊星は少しだけ寂しげに笑ったあと】
「そっか。それじゃあ、殺すしかないね」
【リモンチェッロの首に、そっとその両手を添えた】 - 23リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 01:21:43
「貴方は……てっきり、人を殺さないものかと」
「普段はね。けれど、流石に君を見逃すわけにもいかないだろう?」
【彼の行動原理を思えば直接殺されることだけは無いだろう。自分でその原理の矛盾に踏み込んでおきながら本気でそう思っていた愚かしさを内心で唾棄しつつ無言で戦闘態勢に移ると、倣尊星が肩をすくめる】
「私は救世の徒として振る舞うモノだ。だからこそ君を見逃してはならないことは理解しているよ
君は……君たち冒険者は、私の救世を止めようとするだろう?それは困る、まだ出来ることはたくさんあるんだ。ここで君を返してしまえば困ったことになる。だから私は君を殺すか、そうでなくても無力化しないといけない」
【残念だけれど、そう告げられた言葉に背筋が泡立った】
【つまりこの怪異は人の世の仕組みを、そしてそれがどんな効果をもたらすかを理解しているのだ。自身の行動原理に逆らえる柔軟性と高度な知性に、目の前の男が数百年の時を暗躍する怪異であることを改めて理解した】
「……であれば、お互い殺し合うしかありませんね」
「ああ本当に、残念なことだ」
【直後、二人の間に橙色の炎が弾けた】 - 24リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 09:47:11
【ぱちり。倣尊星が指を弾いたとたん橙の炎が爆ぜる。反射的に身を引くリモンチェッロだが、火の粉が一つ髪に触れた】
【奇妙な炎だ。一撫ででは花すら焼けぬほどにやわいのに、消えない。ゆっくりと、しかし舐めるように確実に触れたものを焼いていく。土も、空気も、髪も、魔力も───魔力も?】
「───っ!」
【瞬間、リモンチェッロは反射的に自身の髪を斬り落とし、さらに数m後方に下がる。使い魔たる影鰯との契約で実質的に無限に魔力を引き出せるとはいえ、流石に魔力を燃やされるのはマズイ。それは、日頃同じ戦術-マナイーター-を使うからこその判断だった】
「炎なんて、使えたんですね」
「私の力ではないけれどね。友人から借りているんだ。君のような術師は霊力を減らされるとまずいんだろう?」
【なるほど、振りまいた呪いを通じて自分が怪異化した怪異の力を使えるということか】
【倣尊星の言葉を正確に解釈しつつ、リモンチェッロは内心で毒づいた。魔力ごと何もかも燃やす低音の炎など、仮にも救世を望むモノが発現する異能ではない。もっとも、リモンチェッロが知る限りでは彼の手により産まれた他の怪異達も大概冒涜的な異能に目覚めていたのだが】 - 25リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 10:46:37
【とはいえ、まずい。
倣尊星は多くの怪異を生み出した危険怪異だ。生み出した怪異らの異能を借りれるとなるのどんな力が飛び出すか分かったものではない。相手が倣尊星だけならもし戦闘になっても余裕を持って抑えられると考えていたが、こうなるとそうも言っていられなくなる】
【恵の光弓-ヴォルヒ・エヴルギア-と魔杖クレセント、それと幾本かのペーパーナイフを構えつつ。リモンチェッロは一本のポーションを煽った。
事前に死不能の銀女史から購入した魔血のポーションだ。これで少なくとも存在変質だけは抑え込める】
【慣れた仕草でもって戦支度を数瞬で終わらせたリモンチェッロだが、既に次撃が迫っている。
ざざ、と砂嵐のようなざわめきが空間を揺らしたかと思えば、空気が唸りながら不可視の捻れが奔る。とっさに結界を張りつつ横に跳ぶと、後の地面には無理やり捩じ切ったような跡が残されていた】
【本当に、どんな異能に目覚めたんだ。もはや呆れすら感じつつ、リモンチェッロは数発ほど光氷の矢を放つ
弓が持つ光の魔力と冥府の霊気を混ぜたそれは風を切りながら倣尊星に迫るが、それらはいつの間にか出現した烏の群れによって防がれた】
「……本当に、多様ですね……!」
「ありがとう、頼りになる友人がたくさんいてね」
【すごいでしょう?倣尊星が自慢げに、楽しさすら滲ませながら指を振るうと、それに合わせて鳥の群れが飛び立つ。まるで弾丸のように迫る鳥の大群にリモンチェッロもまた魔力推進によって飛ぶように退避した】 - 26リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 11:04:00
【先ほどまでの距離が嘘のように引き離された彼我の距離を前に、リモンチェッロは思考する】
【異界に突入する際、怪異を産む怪異である倣尊星にさしたる戦闘力は無いだろうと推測していたがそれはあながち間違いでも無かったらしい】
【たしかに無数の怪異を操るような戦い方は脅威だ。しかしあまりに戦闘慣れしていない。
考えてみれば当然だが、彼は仮にも人を救うための存在だ。ともすればまともな戦闘行為自体これが初めてということもあり得る。
数百年暗躍を続けただけあって適切に手札を切る知恵こそあるが、戦闘のテンポがあまりにも常人のそれだ。戦いの場で勘を磨いた者が手にする思考の鋭さが欠けている。
先の対応にしてもそうだ。油断していたリモンチェッロが戦支度を整えるまでの数瞬。ほんのわずかな時間といえど、戦い慣れしたものなら無限にも思える隙があったのに彼はそれを活かせなかった】
【負けることは無いだろう。確信する、意識を戦闘に切り替えたリモンチェッロが倣尊星に敗北することは無い。
けれど、今のままでは勝つこともできない。すべてを焼く炎と飛び回る烏、そして見も知らぬ数多の怪異によって守られる倣尊星を相手にこれ以上距離を詰めることはできない。
千日手だ。めまぐるしくそこまで思索を広げたリモンチェッロは、苦々しく口許を歪めていた】 - 27リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 11:19:58
【そこまで考えた所で、地面を葦の葉が這う。石を削ったかのように硬質な葦がリモンチェッロを囚えようと迫るが、これも特に苦戦した風もなく凍らせて防いだ】
「……遠いなあ」
【どうしようか。途方に暮れた顔で指を伸ばす倣尊星は、退避したリモンチェッロによって伸びた距離にどうしたものかと頭を捻った。
向こうの攻撃はこちらに届かないが、どうやら自分の友人達の手も彼女には届かないらしい。これではお互い何もできない。
なんとなく、その事実だけは理解して】
「ああ、それならこうしよう」
【そういえば、自分はこの異界の主だということを思い出した】
【ぱちん。軽く拍手すると同時に暮れた山村の異界が鳴動し、リモンチェッロと倣尊星の距離が”ねじ曲がったように“縮まっていく】
「───っ?!」
「うん、来てくれたね?」
【空間が歪むことで自身の下に引き寄せられたリモンチェッロを見て、どうやら自分の考えは間違っていなかったらしいと理解した倣尊星は一つ頷いた。
異界の主として空間のすべてを掌握していた彼は、そのまま近づいてきたリモンチェッロにまたすべてを焼く炎を見舞った】 - 28リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 13:24:07
【とっさに魔杖を振るい、炎との間に氷壁を出す】
【対処にこそ間に合ったが、しかしそんなこと気にもならない焦燥が神経を焦がす。この窮状で倣尊星は異界を掌握することを理解した───つまり、彼は戦闘を学び始めている。これほど規模の大きい怪異が戦闘行為を学習すればどうなるか、なんてリモンチェッロにも想像できなかった】
【空間を操ることを覚えた以上今後何をするかわからない。このままではまずい、それだけは理解したリモンチェッロは反射的に翔び上がる。
魔力放出や身体強化、重力操作を併用した全力の撹乱機動だ】
「……はやいなあ」
【困り顔で異界を手繰る倣尊星だが、その反応速度はやはり上級冒険者の戦闘速度には遠く及ばない。一処に留まらず高速で跳び回るリモンチェッロに目すら追いつかず途方に暮れている。
さてどうしたものか。考えてみた倣尊星は、ためしに友人からの借り物と異界捻転を組み合わせることにした】
【つい、と両手を絵を描くように指を動かすと同時、左手の動きに合わせて烏が飛び、右手によって空間が捻れる。挟み込むように迫る二つの攻撃に動きが揺れたリモンチェッロに、怪異はどうやらこれで良さそうだと学習した】 - 29リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 14:03:14
(まっずい、思想が捻れている以外は思ったより思考回路が歪んでない)
【じわじわと戦術を理解しつつある怪異に、リモンチェッロは彼の凶悪性をより強く認識した】
【倣尊星の思想はたしかに狂気としか言いようがが無いほど破綻しているが、あくまで彼にとってはそれが正常なだけだ。思考の論理性は失われていない。
つまり、彼は当たり前のように思考して成長できるのだ。ここで彼を倒せなければ、自分は単なる討伐失敗どころか特級規模の怪異に戦闘行為を学習させた戦犯になってしまう】
【考えていれば、既に次の手は迫っていた。
くわんと響く耳鳴りと共に、燃え広がった橙の炎に追い込まれて空間が捻れていく。
三方向を塞がれたリモンチェッロは瞬間的に魔杖を薙刀形態へと変形。契約を通じて影鰯の力を呼び起こし、その魔力を刃へと纏わせる】
【果ての海-オケアニス-───術を用いてすべてを喰らう影鰯の特性に指向性を持たせ、あらゆるものを斬り喰らうようにした術式魔剣。今回はとっさの展開だったためせいぜい多少空間を削り空間捻転の被弾を遅らせる程度の出力だったが、リモンチェッロにとってはそれで十分だった。のだが───】
「───あっ」
【果ての海が繰り出されたとたん、倣尊星が思わずといった様子で声を上げた。戦闘前の諮問の時よりも鋭く差し迫った動揺の声色だった】 - 30リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 14:29:05
(…………「あっ」?)
【挟撃をくり抜け着地したとたん、リモンチェッロの脳裏にさきのつぶやきが反響した。
あの声にはあきらかに動揺の色が載っていた。ではなぜ彼はあのタイミングで動揺したのか?
そこまでの行動とあの時の差は果ての海の発動だ。では果ての海と他の行動の差は?】
(───空間操作、つまり異界への直接干渉か)
【動揺の理由に思い至ったリモンチェッロは、そのまま一度まばたいた】
【他の行動はあくまでもこの異界内に収まるものだが、あれだけは空間───つまりこの異界そのものに干渉していた。おそらくそれが動揺の理由だ】
【では、なぜ異界に干渉されたことで彼は動揺したのか?そこに思考の糸を伸ばそうとした矢先、リモンチェッロの頭に一つの疑問が思い浮かんだ】
【それはかつて、赤の異界と呼ばれる異界を砕いた時のことだ】
【かの異界もまた倣尊星によって作られた異界だったが、主は彼ではなかった。あくまであの地の主達は取り込まれた信仰者達の魂であり、彼らを解放することで異界は無事砕かれた。一連の事件で冒険者達の助力を得た唯一と言っていい事件だ、よく覚えている】
【あの時も今回も倣尊星によって作られた異界だが、あちらは主が彼ではなく、こちらは彼が主だ。その差異の意味を考えて、先ほどの諮問時に見せた動揺も合わせて考えたならば───】
「……試してみる価値はある、か」
【そこに、逆転の一手がある】 - 31リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 16:12:14
「……うん?」
【さっきの少し危なかった攻撃から、なんだかあの少女の動きが鋭くなった気がする】
【実際にどうなのかはさておき、少なくとも倣尊星の目にはそう映った。もしかしたらなにか……奥の手のようなものを使ったのかもしれない。】
(こういうときは、警戒した方がいいのかな)
【軽く首をかしげて一歩後ろに下がる。なにかあるのかもしれないし、自分は人間の彼女と違って疲労は覚えないのだからゆっくりやろう】
【……危ないから退いておこう、というのは戦闘慣れしない者が至りがちな結論だが、倣尊星もまた戦闘慣れしないものらしくその拙い結論に至る。あるいは彼に戦についての知恵を持つ友人がいればまた話は変わったかもしれないが───この時、彼は判断を間違えた。リモンチェッロが動きを変えた時、彼はなんとしても彼女を止めなければならなかったのだ】
【倣尊星の目にはそれ自体が奥の手らしく見えた行動の変化だが、実際のところそれ自体は単なる準備にすぎない。より精確に言えば、準備を行うと決めたことで行動が変化しただけだった】
【先ほどまでのリモンチェッロはなんとか相手に斬り込めないかと思案していたが、現在は思いついた“逆転の一手”のために思考のすべてを準備と逃走に割いている。その結果行動に迷いが無くなり、一見には動きに鋭さを帯びたように見せかけていたのだ】 - 32リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 19:01:27
【かくして、リモンチェッロの準備が整った】
【戦闘の偽装を行う必要が終わり、光弓と魔杖をしまい込む。ついで構えたのはペーパーナイフ───術式符を装填し、儀礼短剣へと調整したものだ。
先の逃走中に注ぎ終えた魔力で青く輝く刃をかかげ、ぐっとかがみ込んで後方へ跳躍。怪訝に顔を歪める倣尊星を置いて遠く異界のどこかまで。
狙うは彼方、この地であってこの地でない場所。異界の内部からならどこだっていい】
「《攻勢霊媒:魔炎神威-アポクルスティック・ネオ-》 今ここに、始原の劫火は再臨する!」
【異界の中央部付近にて、唱歌は高らかに歌い上げられる。すでに異界の主からは遠く離れた、たとえ空間が捻れたとしてもそう簡単に手出しはできない。
青い魔力発光現象が水光のように揺らめき、少女の掌へと束ねられていく。
急な行動に倣尊星はまだ状況を理解できておらず、怪異の異能もまだ遠い】
「燃えろ-フローガ- 燃えろ-メガス- 燃えろ-ケーオー-」
【束ねられた水光の魔は浄められ、加速度的に人ならざる神威を宿す。無垢な青は苛烈な蒼へと染まっていき、揺らめく光は炎の激しさを叫び始めた。異界の主が慌てて手を伸ばすが、もはや儀式は完成しかけている】
「混沌より分かたれた幽冥、あるいは地の底に燻る忌まわしの澱火
私は審判者、汝の名の下に決を下すもの 汝の敵を指し示すもの」
【神威の蒼炎が猛り狂い、少女の歌と共に短剣へと凝縮していく。高まる熱は余波すら空を焼くほどで、術者たるリモンチェッロすら掌が焦がされていく。異界の主がようやく少女の狙いに気づきかけるが、もはや止める手立てはない】
「故に、今一度の間招かれよ」
【狙うは一点、この異界の核そのもの。霊視によってこの世界を支える彼の地を見つけ出し、探検を高く振りかぶって────】 - 33リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 19:02:49
「魔境を砕け────《我が鋒を討て、燐火-タルタロスブレイカー-》!!!」
【そして、蒼き審判の炎が奔る】 - 34リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 19:22:35
【さて、ここからはリモンチェッロも未だ知り得ない情報だ】
【山雪村と倣尊星の、誰も知らない因縁の話である】
【先も言った通り、山雪村とはかつて助けを求める雪村を無碍に扱い、彼に世界に対する絶望と救世への渇望を植え付けた原因である】
【友好的だった村の人々に裏切られ、それどころか村を襲う魔物を寄せ付けぬために粗雑に扱われた幼き雪村観清の悲しみは深く、その念は晩年まで彼の心を冷たく閉ざし続けた。心臓発作により若くして死ぬまで悲しみを抱え続けた彼の念は、当然彼の魄を受け継いだ倣尊星にも受け継がれ、平等な救世を希む彼に唯一明確な負の感情をもたらした】
【人としての怨みの念と、怪異としての自身を歪め得る感情への危機感。その二つが合わさった彼は、唯一山雪村に対してのみ救世ではなく私怨を理由に魔の手を伸ばしたのだ】
【そして飢饉に乗じて山雪村を狂わせた彼だったが、話はここで終わらない。
彼は未だ燻る雪村の負の念と自身が救世を求めるように狂わせた村の人々を見て、それを利用しようとしたのだ】
【救世の徒として生々しい負の念は弱みとなり得る。しかし雪村の救世を望む心は自身の巡礼の助けとなるだろう。そう考えた彼は、雪村の魄を異界の核に埋め込み、村人達の念と合わせて救世を望む心を増幅する仕組みを作り上げた。
そして、彼は雪村の魄を通じて山雪村を自分、ひいては自分が力を与えた怪異達を強化する救世機関としたのである。
それによって自身の片割れを宿した山雪村が、自身のもう一つの怪異としての核-しんぞう-となることを理解しながら】
【これこそ救世の怪異の救世主らしからぬ冷たい策謀と個人的な怨みの象徴。山雪村が、山雪村だけが破綻した救世主の唯一の人間らしい部分-じゃくてん-】
【戦い慣れしていない救世主は、かつて惑わした少女との戦いの中で知らぬ間に自分の弱点を晒していた】 - 35リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 19:26:04
【そして、リモンチェッロによって矛盾を暴かれた異界は崩壊を始める】
【降された審判の火によって世界は灼けて、核は微塵に砕け散った】
【虚空に穿たれた穴は蒼く燃え上がり、宙に不可視の罅が入り始める】
【罅は風よりも早く異界全域に広がっていき───硝子が割れるような音が辺りに響いた】 - 36リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 19:26:31
【スクロールのログ追跡機能が断絶しました】
- 37リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 19:40:27
───硝子の異音が響いたと同時、異界は寂れた山村の姿を失った。
空間は歪み、辺りは捻れた光が乱反射して夕暮れのように朱く染め上げられている。
無理やり砕いた影響か、倣尊星との距離は遠く離れている───だが、もはや気にする必要はないだろう。かなりの高確率で、遠からず彼は消滅する。魂すらこの世界に遺すことなく。
「……っ、ふー…………」
暮れる世界を眺めながら、リモンチェッロは低くため息をついた。
どうやら自分の推理は間違っていなかったらしい。怪異の心臓か、あるいはそれに近しいだろう異界の核を砕いたことで倣尊星の反応は今も加速度的に弱まっている。
このまま行けば、彼は問題なく消滅するだろう。心臓の半分が砕けた状態で異界の崩壊に巻き込まれるのだ、耐えられるわけがない。おそらく時空の狭間に呑まれて彼の存在は跡形もなく消え失せる。
運が良ければ生き延びるかもしれないが、可能性は低い。たとえそうなったとしても彼の拠点たる異界は砕けたのだ、帰還して冒険者ギルドに報告すれば義理は十分果たせるだろう。
だから、私はもう帰ってもいい。
「………………っ」
──────本当に?
知らず、リモンチェッロは両の手を握り締めた。 - 38リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 19:48:03
「……危険な、怪異が消滅するんだ。十分なことだろう」
誰ともなくつぶやいた声が、どこか言い聞かせるような色を帯びる。
そもそも、ここまで乱れた空間で魂にまでダメージを負った相手の救助など不可能だ。リモンチェッロ自身すら、先の蒼炎によって負った利き手の傷を思えば完全に安全に脱出できるかは危うい。尋常な手段で彼を救助することはできないだろう。
それでも───見捨てるのか。私は。
呆然と今も崩れ行く亜麻色の影を見つめながら、少女は完全に固まっていた。
見捨ててもいいのか、私は。だって
本当だったらこの煩悶すら無駄な時間だ、今すぐ脱出の準備を始めなければいけない。歪んだ世界はぎらぎらと異様に輝き、何もかもが朱く燃えているようだった。けれど──────けれど
だって、彼は私の初恋の人なのに - 39リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 19:48:41
────春が終わった、十歳の初夏の日だった。暑かったとか陽射しとか、そんなことは何も覚えていない。ただ、少しだけ風が強かった。
生まれつき、あまりにも目が強かった私は人生のほとんどを神殿の中で送っていた。そのまま外にでられればまともな人生を送れまいと、神殿の者たちの判断によって長い時を掛けてチューニングされたのだ。
それについて、特に思うところは無かった。むしろメディウリアの名を継ぐ者としてそれほどの力を持つことを誇りにすら思っていたと思う。いつか、力を制御出来るようになって世のため民のために目を使うのだと。
だからチューニングのための修行も苦ではなかった。家のため、民のためと目を制御し、技を研ぎ澄まして、何年も世俗からは切り離されて、けれど世を恨むことはしなかった。
そうして、ようやく目を制御できるようになった頃。これから私は人のためになることをするのだと決意を新たにして───けれど、私は選ばれなかった。
メディウリアの宝剣に選ばれたのは、次の当主として巫女の力を望まれたのは、私ではなく妹の方だったのだ。
そのあとのことはよく覚えていない。生まれて初めて神殿の外を出た私は一心に走った。走って、街の門を越えて檸檬畑の木かげで泣いていた。悔しさと悲しさと、言葉にはできない想いがあふれて涙がしくしくと止まらなかった。
そんな時、話しかけて来たのが彼だった。 - 40リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 20:04:17
あの時、彼は自分を元冒険者だと名乗った。傷が原因で引退し、このあたりの農場にやって来たのだと。
それに、自分がどう答えたのかは覚えていない。ただ、あの頃の私は世界に裏切られたように感じていたからきっとろくな返答はしていなかっただろう。
そうやって泣きじゃくる私に、彼はただ隣に座ってくれた。
泣いて、泣いて。いくらか落ち着いてきたあと。私は彼に自分のことを話した。
強い力を持っていたことが誇りだったこと。いつか人の役にたちたかったこと。自分ではなく妹が選ばれて悲しいこと。選ばれた妹を寿いでやれない悔しさ。このまま当主になれなければ自分の十年が無駄になるのではないかという恐怖。私を選ばなかった宝剣への恨み言。
延々と零れる悲哀を彼は余さず聞いてくれた。
そして、いくらか話して落ち着いた頃。今度は彼の話を聞かせてもらった。私の目でも視れない世界の話を。
千の春風が歌になって踊る草原や追憶を繰り返して橙に燃える花の丘、崖に響く高らかな喇叭の音。
そして、おとぎ話にも聞かない広い世界の物語に胸を高鳴らせ、私が泣いていたことすら忘れた頃、彼は柔らかに微笑んだ。
─いつかきっと、君は誰かを救けられるような立派な女の子になれるよ。
その言葉が、本当は彼が私に与えた呪いだったかもしれない。そもそもあの時彼がどうして冒険者を名乗ったのかもわからない。
けれど、その一言は私にとって光になった。
あの日だけの一瞬の出会いだったけれど、その言葉を胸に抱いて生きて、なにかに導かれるように彼と同じ冒険者になって───そして、私はここにいる。
彼が、彼との出会いが私の人生を変えた。
あの初夏の風とただ一言は、間違いなく私の救いとなっていたんだ。 - 41リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 20:09:07
ふと、あの夏の日が遠ざかる。
視界が朱く眩んだ。世界は暮れて、風はない。あたりにはただ耳障りな硝子の割れる音だけが響いている。
そうだ、私はもう冒険者なんだ。立場がある。自分の感情で家を飛び出す幼子ではいられなくなってしまった。
だから、もっと理性的に考えるべきだ。そうするべき、そうするべきなのだけど
「……ッ、クソッ!」
硝子の音にも負けない悪態が辺りを揺らした。
私はこの状況で深追いすべきではない/だからどうした
私は生還を優先すべきだ/だからどうした
私はそもそもまともに助ける手立てを持たない/だからどうした
あるだろう、まともじゃない手ならずっとこの手に。
いくら悪人だからって、いくら助ける理由が無いからって一生の光-はつこいのひと-を見捨てろって言うのか。
「─────ふざっけんなバーカ!」
たとえどれほど愚かでも、そんな正論-りゆう-で止まれるか。
虚空に向かって叫びながら、リモンチェッロは一振りの氷の剣を取り出した。 - 42リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 20:21:24
それは、もしもの時に用意した最後の手段だ。
どうしても勝たなければならない相手や成さねばならないことを成し遂げるために用意した使えばただでは済まない鬼札。
それを、私はただの私情で使い潰そうとしている。
けれど構うものか。きっと、ここで止まれば一生後悔する。
「私は翼 私は負う者」
響く声は先の唱歌より遥かに淡く、けれど湧き上がる力は先の審判と比べてすら途方もないほど強い。
あきらかにリモンチェッロの力だけでは足りない。それどころか人のそれにも余るような異常な霊気の奔流。
「海の約定は失なわれ 天の誓いを忘れても 果てを目指して土を踏む」
それは、言ってしまえばただの変身術式だ。
人を、捨ててしまうための。
「架した願いは誤てど すり抜けた星を掴むため」
冥界の冷気によって凍えた血が剣の形を取ったもの、それとリモンチェッロ自身に流れる冥府の血を辿って儚い門に手をかける。
溢れる冥域の魔力は死の色を帯びてたとえ冥府神の巫女といえど生者に耐えられるものではないが気にせずそれを押さえつける。
「終わらぬ青を腕に抱き 搖れる水面に手をかざそう」
愚行によって両の手が生命の赤を失い青褪めた色に染まるが、気にしない。最初からこうなることは分かっていた。
ただ、今は集めた冥府の力を氷の剣へと注ぎ込んでいく。 - 43リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 20:26:11
「幽き門よ、開け 今こそ彼らを召し連れよ」
魂が歪む。体が歪み。もう後戻りはできない。
わかっている。
「三位の鎖を手繰る者に真なる楽土をお見せしよう」
これは単なる激情だ。上等な覚悟なんて伴っていない。きっといつか後悔するだろう。
わかっている。
「貴き者よ、赦したもう 今こそ彼らを召し連れよ」
大体一時の恋のために人生を捨てるなんて間違ってる。あのベルトルート元公爵子息にも自分でそう言ったはずだ。
わかっている。
「これより我が身は暁星に捧ぐ贄となる
──────『祭儀を報せる星光ーペーラステール・アルキュオネーー』」
それでも私は、初恋の人を救けたい。
衝動に突き動かられるままに、私は自分の胸に氷の刃を突き刺した。 - 44リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 20:33:59
痛みは無かった。ただ、ぐるりと世界が逆巻くように揺らいだ。
気がつけば、背には青い翼が生えていた。私の真名-カササギ/アルキュオネ-と同じ、抜けるような蒼の翼。
けれど、そんなことは今はどうでもいい。
さっきまで生えていなかったはずの翼なのに、手足よりも体に馴染む。人のそれからすげかわった本能に従えば、翼は勝手に開いていった。
当たり前になったソレに身を委ねて、音もなく私は飛び立つ。
景色がめまぐるしく切り換わっていく。ほとんど壊れきった世界で、新しい翼は迷いなく空を駆け抜けた。
速く、迅く、風よりももっと。
目指すはかつて繋いだ彼のその手。
時間の感覚すら曖昧になった異界の中で、私は一心に空を裂いて───そして、今にも消えそうな彼の手を掴み取った。 - 45リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 20:39:21
「──────は?」
手を掴み取った私を見て、彼は目を見開いていた。
その魂は既に崩れかけていたけれど、新しく手に入れた力でなんとか舗装する。よかった、これで彼を救けられる。
彼は、そんな私の行動をただ呆然と見つめている。あの夏の日どころかさっきまでの応答ですら見られなかったような、心底から驚愕しきった顔だ。
「なんで、私を助けたんだ」
ふと、愕然とした彼の声がこぼれた。
「──な、んで……」
なんで、と言われても─────だって
そりゃあ、たしかにこの人は悪い怪異だった。
たくさんの人を騙して、殺して、数え切れないほどの災禍を呼んだ厄災だった。
それはどうしようもない事実だ。
「すき────だったんですよ、あなたのことが……!」
それでも、この人は私の初恋だった。
この人と出会って恋をして、私は前に進めたから。だから、そんな人が誰も知らないところで消えるところなんて見たくなかった。 - 46リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 20:51:45
「貴方が、何をやったのかは理解してる。わかってる……ッ、それでも、貴方のことが好きだったから!
貴方は知らないだろうけど、貴方は私の初恋だったから!」
たとえどれほど凶悪な怪異だったとしても、私が彼に恋をした事実は、彼に救われた事実は消えてくれない。
恥知らずにも、私の胸底には未だにあの日の光が輝いている。
その光を与えてくれた人に、私は消えてほしくなんて無かった。このままただの怪異として消滅してほしくなかった。
だって、これまで私は色んな人を冥府に導いてきたのに、なんで好きな人だけ諦めなきゃいけないんだ。
どうしようもない人に、終わった人に、審判という最後の救いを与えるのが冥府の役目だっていうのに、初恋の人にそれを与えるななんてどうして納得できるっていうんだ。
たとえ怪異でも、魂があるなら救いは与えられるべきだ。
どうしようもない悪いやつだったとしても、好きな人には救われてほしいと思うだろう。
私は貴方に幸せになってほしい。歪んで人とは相容れないとしても、たとえそれが押し付けにすぎなくったって
「お願いだから、ちゃんと地獄におちてください。ちゃんと、罪を償ってください……」
────ああ、そうだ。結局のところ、理由はそんなものだ。
私が彼を助けたかったのは、初恋の人が理解不能なバケモノとして終わる様を見たくなかったからだ。彼にはただの人間と同じように、その罪を受け留めて前に進んでほしかった。
たとえそこにどんな理由があっても、彼が幼い私を救ったことも、私が彼に恋したことも事実だから、ただの悪党みたいに終わってほしくなかった。
私は恋した男に、死という当たり前の幸福を押し付けたかった。それが、余人の目にはどれほど愚かしく映ろうとも。 - 47リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 20:55:19
「───ハ、ハハ─────」
彼が、笑っている
私の、対話よりも切実で、独白よりも押し付けがましい言葉を聞いて
困ったような、戸惑うような顔で笑っている。これまでのようなど表情よりも、ずっと熱を感じる顔。まるで人間のように生き生きとした顔───なんて思うのは、恋する故の幻覚だろうか。
腕の中の少しずつ崩れていく背中は遠い記憶よりもずっと小さくて、ああ、そういえば私は女にしては上背がある方に育ったのだったと。そんな、今更な事実を思い出した。
「そんな、ことの………」
震える声と共に彼は私をみている。
がらがらと崩れ行く異界の中で、彼にすがりつく私の周囲だけが静まり返っている。燃えるような異界の残骸に照らされる彼の体は、もはや半分ほどしか残っていなかった。
「そんな……ことのために、人生を棒に振ったのか きみは」
肺すら残っていない体だ。消え入るような音が、きっと一言つぶやくだけでも辛いのだろうと暗に伝えている。それでも、彼は言葉を紡ぐことをやめない。
私は、何も言わず彼の言葉を聴いている。
「ばかじゃ……ないのか」
ぽつりと吐き出しながら、彼の顔がくしゃりと歪む。怒ってるんだが泣いてるんだがよくわからない顔だった。
少なくとも、私に人生を捨てさせようと画策していた男がしていい表情ではなかったと思う。
その顔を見て、私は何か言い返してやろうかと思ったのだが……気がつけば、腕の中には砂しか残っていなかった。 - 48リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 20:56:02
しばらく腕の中の砂を眺めたあと、私は何も言わずに顔を上げた。
彼の居なくなった異界の赤色は、まるで朝焼けのように燃え上がっている。
この先の空にはきっと、変わり映えのしない青空が続いているのだろう──なんて、少しだけ体が軽くなった気がした。
─────────end - 49リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/24(日) 20:56:52
- 50リモンチェッロ◆jll4miuyLM24/11/27(水) 19:01:25