- 1◆9Pu1FeTvVk24/11/24(日) 22:47:21
息を吐いた傍から冷えて固まってしまうんじゃないかと思うような、そんな寒い日のことでした。
例年より長い気がする夏を終えて、私……ダンツフレームが通うトレセン学園は、11月を迎えていました。……一年を四季で括れば、今はまだギリギリ『秋』にあたるはずなんだけど……ニュースによるとコチラは一足早くに12月下旬の寒さを取り込み始めてるみたいです。
道理でさっきから頬に当たる風が冷たいな~なんて思っていました。
不意の風に首元のマフラーを押さえながら、私はとある商店街を歩いていました。目的はこのあたりにあるスポーツ用品店に蹄鉄を買いに行くこと……だったんですが、その店が予想外の臨時休業をしていて……。あえなく、トレセン学園へとんぼ返りしてる最中です。
トレーニングやら買い物やらで何度も通る度に、すっかり顔馴染みの人が増えてしまった商店街。そんな道を歩いているからか、今も左右から『お、ダンツちゃーん!今日は魚は買わんのかー?安くしとくよー?』とか『隣にいるのはトレーナーさんか?今日も仲良いねー!』という声が聞こえてきます。
その声に手袋をつけた手を振り返すことで答えていると、
「ホントにさっむい……気を抜いたら風邪引いちゃうね……」
私と同じようにマフラーを巻き直しながら、隣を歩いていた男性が言いました。 - 2◆9Pu1FeTvVk24/11/24(日) 22:48:50
その人は……先程の言葉にも出ていた、私のトレーナーさんです。
今日も私の目線より一つ上の位置から、いつも通りの柔らかな笑みを向けてくれてます。
「ダンツは大丈夫?寒かったらいつでも言ってね、上着ぐらいなら貸せるから」
「い、いえいえっ!」
言うが早いか既にコートのファスナーを下ろそうとしてるトレーナーさんを慌てて制止します。
「大丈夫ですよっ!ウマ娘は体温が高いですから、これくらいへっちゃらです!」
強がりとかじゃなく本心で言うと、トレーナーさんは「そっか、良かった」と微笑んでくれました。……それは本当に、打算も何もなく私を心配してくれていたんだとわかる笑みで。
トレーナーさんのそんな顔を見ていると、私の体温がほんの少し上がるのを感じました。……いつもよりワンテンポだけ、鼓動が早くなります。
それを隠すように「えへへ」と笑ってみたら、トレーナーさんはまた笑い返してくれました。そして私の鼓動はまた早くなる。
……こんな何ともない時間が、トレーナーさんの笑顔が、私は好きでした。 - 3◆9Pu1FeTvVk24/11/24(日) 22:50:37
「しかし……本当に寒いね」
大気がイタズラでもしたのでしょうか。突然ぴゅう、と鋭く風が吹いてトレーナーさんはマフラーで口許を覆いました。
その拍子に彼のマフラーが目に入ります。私のピンク色の物とは違う、青色のマフラー。相当使い込んでいるのか、青の色はもうくすんでしまっていますし、生地もあちこちほつれてしまっていて、防寒性も劣化してるように見えます。
『これ、もうさすがに買い替えなきゃかなぁ……まぁ今年はまだ頑張ってもらうけど』なんてトレーナーさん自身も言ってたのを覚えてます。
……なので、その。
(クリスマスまでになんとか間に合わせたいですけど……)
「? ダンツ、どうしたの?」
「い、いえいえっ!なんでもないですよ!」
一昨日に通販で買った青の毛糸玉のことを、私は記憶の底に隠しました。
「えぇ?ちょっと気になるなぁ。何を考えてたの?」
不審に思ったらしく、トレーナーさんが私の顔を覗き込むようにしてきます。
不意にトレーナーさんとの距離が近くなって息が詰まったのと、嘘がよく表情に出る(ポッケちゃん談)とのことから、私は思わず目を逸らしました。ですがそのせいで、トレーナーさんは余計に「ん~?」と顔を近づけてきますっ……。
彼の匂いが鼻腔をくすぐり始める。そうして頭の中がどうしようという文字で埋まっていって……次第に目がぐるぐるとしてきました。……だけど、そうして視界が動いた拍子に……私はあることに気がつきました。 - 4◆9Pu1FeTvVk24/11/24(日) 22:52:23
「あれ、トレーナーさん……手袋してなかったんですか?」
浮かんでいた思考が霧散して口をついた言葉に、トレーナーさんは口を「あ」の形にしていました。
そう。今のトレーナーさんの手には、ポッケちゃんやタキオンさんの間でも当たり前の持ち物となってる手袋が着けられていなかったんです。コートとマフラーの用意は完璧だったので、つい見落としちゃってたみたいです……。
「ああ……ちょっとトレーナー室に忘れちゃってたみたいで……まぁ行き帰りだけなら短いし大丈夫かなって」
あっけらかんと答えるトレーナーさんに私は無意識に一歩前に出てしまいました。
「大丈夫じゃないですよぉ!寒いですしっ……トレーナーさん指が冷えちゃったら、この後お仕事ができないじゃないですか!」
外気に身一つで晒されているその手は、指先がリンゴのように赤くなってしまっていました。
トレーナーさんの大事な手が……!と思わずわなわなとしてしまいます。
「いやいや、これぐらいなんともないって。大袈裟だよダンツ」
「なんともあります!大袈裟じゃないですっ!」
冷たいでしょうのに、困ったように笑うだけのトレーナーさん。
……こんな時のトレーナーさんの笑顔は、好きじゃありません。 - 5◆9Pu1FeTvVk24/11/24(日) 22:55:12
意思とは無関係に、頬に空気が溜まります。私のことはすっごく心配するのに、自分のことには無頓着なトレーナーさん。そんな彼に少し怒ってしまいそうになりながらも……同時にトレーナーさんがそのつもりならと私は妙案を思い付きました。
「じゃあ、こうしましょうトレーナーさんっ」
私は前に踏み出していた一歩に続いて、更にもう一歩踏み込んで。手につけていた手袋を素早く外してから。
「トレセンまで、手を繋いで歩きましょう!」
「えっ??」
トレーナーさんの左手に、自分の右手を重ねました。
「ウマ娘は体温が高いですから!私と手を繋いで歩いてたら、きっとトレーナーさんも暖かいと思いますよ!」
「……うーんと」
このまま我慢してもらうのは嫌。私の手袋を貸すのはサイズが合わないかもしれない。
ならこれしかないと思って。私としては間違いなく名案でした。
……なのに、何故かトレーナーさんはいつになく困ったような顔をしています。
どうしてでしょう?ハテナマークばっかりが浮かぶ私を余所に、トレーナーさんは繋がれた掌に視線を集中させています。
その視線を追っていって……私はようやく、ようやく気づきました。
「えっと……手を繋ぐって、ダンツは良いの?」
「わひゃあっ!!?」
トレーナーさんが指摘すると同時に、私は変な叫び声を上げながら思わず手を離してしまいました。
ボンッ!と顔から音がしたのが自分にもはっきりと聞こえました。踏み込んでいた足も、あっという間に二歩下がります。 - 6◆9Pu1FeTvVk24/11/24(日) 22:56:43
「うおっ、ダンツなんか顔がリンゴみたいになってるよ?」
ウマ娘に思い切り手を振り払われたからか、少し肩を押さえているトレーナーさん。でも今の私には……そんなトレーナーさんを心配している余裕も言葉も気にしている余裕はありませんでした。
動作確認をするように指を動かしてみます。掌には、まだ微かにトレーナーさんの温度が残っていました。
ごめんなさい急に手を離してしまって嫌だったわけじゃないんです。あっいえそれより先に急に手を繋いじゃってごめんなさいですよね嫌じゃなかったですか。違うんですトレーナーさんにも暖まって欲しくて咄嗟に思い付いたのがこれだったんです。悪気は無かったんです。ごめんなさい距離感も考えず急に踏み込んでしまって……
色々な思考が浮かんでくるけれど、舌が絡まってしまって言葉になってくれません。結果的に私は魚のように口をパクパクとさせることしかできませんでした。
そのまま十秒、二十秒と時間は過ぎていきます。
……そうして残ったのは、ただ『踏み込み過ぎてしまった』という失敗だけ。
「……っ」
赤かった顔がみるみる青くなってしまって。沈黙の重さに耐え切れなく、私は下を向くことしかできませんでした。
(どうしようどうしようどうしよう)
目に涙が浮かんでしまいそうになります。でももう何もかも手遅れ。
『トレーナーさんに嫌われてしまった』という言葉が、私の脳裏をよぎ────
「ダンツフレーム」
────そんな思考を切り裂くように、トレーナーさんの声が耳に届きました。 - 7◆9Pu1FeTvVk24/11/24(日) 22:59:43
肩を震わせながらもおそるおそる顔を上げてみると……そこで見えたトレーナーさんは、とても優しい目で、私を見ていました。
そのままゆっくりと、左手を開いて私に差し出して。
「じゃあ、手を繋いで帰ろっか」
私が下がった分の距離を、代わりにトレーナーさんが詰めてきました。一歩下がってしまいそうになりながら、私は目を丸くしてしまいます。
「えっ……トレーナーさん?今なんて……」
「だから、一緒に帰ろって。手を繋いでね」
あっさりとそう言うトレーナーさんの顔には……侮蔑や嫌悪の感情は見当たらなくて。
「い……いいんですか?」
「だってダンツから言ってくれたんでしょ?ダンツが善意で言ってくれたなら、甘えようかなって」
「…………」
「……それとも、ダンツは嫌?」
「い、いえ!そんなことはないですっ!あの、その……えっと……」
予想外の展開の中で、私は必死に言葉を組み立てる。
その間に青くなった顔はまた赤くなって、温度も上がっていきます。もう火が出てるんじゃないかと言うほどでした。目玉焼きだって焼けるかもしれません。 - 8◆9Pu1FeTvVk24/11/24(日) 23:01:05
思考が絡まって、中々言葉は形になりませんでした。それでもなんとか……今だけは、これだけはちゃんと伝えないといけないという一心で。
「手……繋ぎたいです」
ようやく外に出せた私の言葉に、トレーナーさんは小さく頷いてそのまま自分の手を私の手に重ねました。
呼吸が止まりそうでした。
お父さん以外で初めて触れる、男性の方の手。トレーナーさんの手は……ちょっとゴツゴツして、しっかりとしていました。
大きくて、冷たくて、私の手もすっぽりと覆ってしまえるほどで。
「じゃ、帰ろっか」
「……はいっ!」
そして、とても温かい手でした。 - 9◆9Pu1FeTvVk24/11/24(日) 23:04:01
終わりです。
エアメサイアのシナリオでウマ娘は平熱が高いという情報が新たに出たそうなので、ついに『ウマ娘は暖かいからと暖を取る』という概念、シーンが大手を振って書けると思ったのが切っ掛けでした。
ダンツフレームの一人称視点を書いたのは初めてだったので違和感とかあれば申し訳ないです。
ここまで付き合ってくださった方がいればありがとうございます。 - 10◆9Pu1FeTvVk24/11/24(日) 23:05:04【SS注意】オルフェーヴルがトレーナーを見限る話|あにまん掲示板 ────何故、自分は隠れてしまったのだろう。 冷静になってみて、脳裏に浮かぶのはそんな言葉だった。 秋が薄まり、仄かに冬が到来し始めているトレセン学園。校内に漂う空気は本格的に冷たくなり、正門前や中…bbs.animanch.com【SS注意】オルフェーヴルがトレーナーを賭ける話|あにまん掲示板 ────切っ掛けは、単純なものだった。 季節が秋から冬へと変わり始める頃。とはいえ善戦している太陽のお陰で時期の割には暑過ぎず寒過ぎずの気温となっているような、そんなある日の昼休み。「なんだそれは」…bbs.animanch.com
直近の作品です。もし良ければこちらもよろしくです
- 11二次元好きの匿名さん24/11/24(日) 23:10:07
あぶないな
もう少しで魂が戻ってこなくなるところだった - 12二次元好きの匿名さん24/11/24(日) 23:13:33
ほう
手つなぎダンツフレームですか
大したものですね
トレーナーのことを考えるダンツフレームは極めて体温が高いらしく寒い日に一緒に寝たがるヒシミラクルもいるくらいです
それにクリスマスプレゼントの手編みマフラー
これも即効性のトレウマ食です
ダンツの好意を察して自分から手を繋ぎたがるトレーナーも添えてスパダリバランスもいい
それにしても実装前だというのにこれほど真に迫った心理描写ができるのは超人的なSS力というほかはない - 13二次元好きの匿名さん24/11/24(日) 23:29:21
すばらしい、実にすばらしい
ダンツフレームの可愛さがこれでもかと描写されているし、その可愛さを引き出すにふさわしいスパダリトレーナーっぷりで、手編みマフラーのサプライズプレゼントを計画するのも納得の関係性が短い中でも伝わってくる
本当にすばらしい、ありがとう、今夜はよく眠れそうだ - 14◆9Pu1FeTvVk24/11/25(月) 00:17:43
- 15二次元好きの匿名さん24/11/25(月) 09:51:10
「踏み込んだ」みたいな描写がキャラソンを連想して良いね
- 16◆9Pu1FeTvVk24/11/25(月) 12:12:06
ありがとうです!少し意識してたので気付いていただけて嬉しいです!
- 17二次元好きの匿名さん24/11/25(月) 18:36:16
読ませてもらいましたが激しく乙でした 消えてなくなりそうになりました