SS『ウマ娘達の軌跡』

  • 1二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 14:50:29

    以前挙げていたものを改訂して挙げる

  • 2二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 14:52:50

    『第1話』

    その日、海外から集まったウマ娘の陣営達は、騒然とした雰囲気でレース前の会見場に集まっていた。

    「日本のウマ娘は不誠実だ。」
    「敬意を表して優秀なメンバーで参戦した我々を失望させている。」
    そんな不満に満ちた声が、会場の中で多く聞こえた。

    本来和やかな雰囲気であるはずの会見場は、かなり険悪な雰囲気になっていた。

    そんな雰囲気の中、不意に一人のウマ娘が、マイクの前に立った。
    そして、場内にいる海外のウマ娘達を見渡し、静かな口調で言った。
    「私が日本の代表ウマ娘です。総大将として、あなた方をお相手します。」

  • 3二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 14:57:44

    JC杯。
    日本で初めて誕生したこの国際大レースは、今年で3回目を迎えていた。

    過去2回、日本代表ウマ娘はその総力を結集し、海外から参戦した強豪ウマ娘達を迎えうっていた。
    だが結果は、2回とも最高着順が5着という惨敗。
    国内では頂点を取ったウマ娘達が海外勢に為すすべもなく敗れていく有様を前に、“日本勢は海外勢に永遠に勝てない”という悲観的な声すら上がっていた。

    だが、第3回目を迎えたこの年、人々はこのJCに大きな期待を寄せていた。
    その理由は、この年史上3人目の3冠ウマ娘となったシービーの存在があったからだ。
    彼女ならば、惨敗続きだったJCで海外勢を相手に勝てるかもしれない。
    誰もがそう思い、シービーへ夢と大きな期待をかけていた。
    また海外勢も、日本で誕生した歴史的ウマ娘を相手に闘うことを非常に楽しみにして、続々と日本へと渡って来ていた。

    しかし、その国内外の大きな期待に反して、シービーはJCの出走回避を表明した。
    理由は3冠制覇による疲労や脚部不安の為ということだったが、そのことは大きな失望を招いた。
    国内のファンだけでなく、海外勢も大きな不満を持った。

    レース前のこの会場が騒然としていたのも、シービーの不出走に対する海外勢の不満によるものだった。

    そうした中で、一人の日本ウマ娘が発した前述の言葉に、海外勢達は一気に注目した。

  • 4二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 15:00:56

    「日本の総大将?」

    そう名乗ったウマ娘を前に、海外勢のウマ娘はそのウマ娘の経歴を調べ始めた。
    なるほど、そのウマ娘は直前にあった日本国内の大レースである天皇賞・秋で優勝している。
    それを見れば確かに日本の代表的強豪だろう。
    だが…
    「それ以外の実績は乏しいわ。」
    「それに年齢も年齢ね。」
    海外勢達から、冷笑するような声が聞こえた。
    彼女はもう5年目、引退間近の年齢だった。
    また実績も天皇賞・秋以外、目立ったものはない。
    正直、今回の日本代表ウマ娘の中では3番目くらいの実績だった。
    そんなウマ娘が、3冠ウマ娘のミスターシービーになり代わって総大将と言い張っている。
    海外勢からは滑稽に映り、国内勢からも異様に映った。
    「いい度胸じゃない、総大将の実力とやらを楽しみにしてるわ。」
    海外勢は、冷笑しながらそのウマ娘に言った。

    「ええ、見せつけてやるわ。」
    冷笑する海外勢に対し、彼女はそう静かに言い返すと、マイクを返して会場を出ていった。

  • 5二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 15:06:33

    そして迎えた、JC杯当日。

    レースの人気は日本勢への期待の低さからか、1〜5番まで海外勢が占めた。
    日本勢はカムイオーが6番、ティターンが8番、シャダイが9番人気と続き、「総大将」宣言をしたウマ娘は10番人気だった。
    「どーやらあまり期待されてないようね。」
    「見せてもらうよ、総大将サン。」
    レース直前、その人気低さをを見た海外勢達は、彼女に対し揶揄うように言った。
    彼女は無言で何も答えず、淡々とゲート前で準備を行っていた。

    「気にするなよ。」
    その様子を見て、彼女の同期の好敵手で、日本勢の実質大将的存在であるシャダイが彼女に声をかけた。
    「…別に気にしてない。」
    彼女がそう答えると、シャダイはつと耳元に口を寄せ、小声で言った。
    「お前は、とにかく無事に最後まで走りきれ。それだけで良い。」

    「…。」
    シャダイの言葉に、彼女はつと睨むような視線を見せた。
    シャダイは彼女の強い眼視線とその脚元を見つめながら小声で続けた。
    「お前の気持ちは日本の仲間達は皆強く感じとっている。だから…」

    「シャダイ。それ以上は何も言わないで。」
    シャダイの言葉を彼女は遮り、それから断固とした口調で続けた。
    「このレースは、例え死んだとしても勝つわ。」

    「…。」
    絶句したシャダイに背を向けると、彼女は再び準備を始めた。
    やがて、ファンファーレが鳴った。

  • 6二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 15:12:37

    レースがスタートした。

    日本勢人気最上位のカムイオーが思い切った逃げ戦法に出て、レースは比較的早く進んだ。
    日本勢の大将的存在のシャダイは他の海外勢と共に4、5番手の好位でレースを進めた。
    そのすぐ後ろに、“総大将”を名乗ったウマ娘がつけていた。

    やがてカムイオーは失速、第4コーナー前で後続勢に先頭を明け渡した。
    同時にシャダイも一気に進出し、直線に入ると海外勢のデュノールやアイストと共に先頭に躍り出た。

    「頑張れシャダイ!」
    大観衆からシャダイへの大声援が聞こえた。
    惨敗続きのJC、誰もが日本勢の勝利を望んでいた。
    シャダイはその声援に応えようと必死にスパートをかけた。

    だがやはり実力差か、残り400を過ぎたあたりから少しずつ海外勢に引き離され始めた。
    更に外から海外勢のネーラまで来て、シャダイをあっさり交わした。
    「…くそ…」
    必死に走ってるのにいとも容易く引き離される現実に、シャダイは唇を噛んだ。
    「あーあ…」「…やっぱり駄目か。」
    海外勢が次々と先頭に立ち日本勢が後退していく光景に、大観衆からは声援が消え、無念と失望の声が溢れ始めた。
    「だらしないな日本勢サンよ。ファンが泣いてるよ。」
    ネーラが呆れたように笑った。
    「…。」
    シャダイは何も言い返せなかった。

    だがその時。
    一人のウマ娘が、シャダイの外を駆け抜け、前をゆく海外勢に猛然と襲いかかっていった。
    「…え⁉︎」
    シャダイも大観衆達も、その姿に眼を見張った。
    そのウマ娘は、“総大将”を名乗ったウマ娘だった。

  • 7二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 15:18:53

    総大将”ウマ娘は、内をゆくデュノールとアイストの海外勢二人を瞬く間に交わした。
    「え⁉︎」「マジ⁉︎」驚く海外勢を無視し、彼女は単独先頭に立ったネーラに一気に競りかけていった。

    「あら、来たのね!」
    残り200m、自身に一気に並びかけてきたそのウマ娘に、ネーラは驚きつつも笑った。
    「どうやら総大将と名乗ったのは口だけじゃなかったようね!他の無様な日本ウマ娘と比べ、大したものだわ!」
    「…。」彼女は言葉は何も答えず、ネーラを交わそうと必死に競りかけ、末脚を繰り出した。

    だがバ体を競りかけられながらも、ネーラだけは交わされなかった。
    「…アハハ、必死だね。でも悪いけど、あんたはもう一杯一杯じゃない。」
    蒼白な表情の彼女を見ながら、ネーラも必死に粘りつつ、それでも余裕を見せていた。
    「アタシも結構きついけど、まだ余力がある。あんたの末脚じゃ私を交わせないよ。デュノールもアイストも一杯になったようだし、優勝は私のものだわ!」
    残り100m、勝利を確信したネーラはそう叫んだ。

    だが、彼女は脚を緩めなかった。蒼白で息絶え絶えになりながら、ネーラになおも食らいついていた。
    「…あんた、諦めなよ。」
    なんだか不気味になりだしたネーラは、怪訝な表情になった。
    「充分頑張ったよ。この走りっぷりなら充分日本の皆は称賛するよ。これまで惨敗続きだったのに、ここまで走ったんだから。」

    「…ネーラ、」
    ずっと黙っていた彼女が、ふっと蒼白な表情の口元に微笑を浮かべた。
    「私はね、命を懸けて勝ちに来たんだよ…」

    「…は?」彼女の言葉に、ネーラは思わず表情を変えた。
    それと同時に、「もうやめろ!」
    後ろから、シャダイの悲痛な叫び声が聞こえた。
    …?シャダイの叫び声を聞き、ネーラはハッと彼女の脚元に眼を向けた。
    そして、「…は?」思わず愕然とした声が洩れた。
    何故なら、末脚を繰り出し続ける彼女の右脚が、明らかに腫れ上がっていたから。

  • 8二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 15:25:02

    「あんた何やってんの⁉︎」
    ネーラは思わず叫んだ。
    彼女の脚の腫れは、明らかに深刻な故障を示しているものだった。
    レースを闘う敵とはいえ、見過ごせる程度のものじゃなかった。
    「脚がやばい状態じゃん!どう見ても重傷だよ!今すぐ止まらないと脚が壊れるよ!」

    「…分かってるよ。」
    制止させようとするネーラに対し、蒼白な表情のうちに苦痛を色を見せつつも彼女は微笑して答えた。
    「でも、止まる訳にはいかないのよ、絶対に。」

    「は?」
    「場内のこの大歓声、聴こえるでしょ…」
    茫然としたネーラに、彼女はつと大観衆に眼を向けた。
    『頑張れ、頑張れー!』『勝て!勝ってくれー!』
    場内は、ネーラに必死に食い下がる彼女への大声援に満ちていた。
    「私に対する声援だけじゃない…この日本ウマ娘界の未来の為に、誰もが声援送ってるんだわ。JCという重い扉を開いて、新たな時代の到来を望んで…」
    「…。」
    「…今、その扉に手がかかるところまできたのよ。…だから、絶対に止まる訳にはいかないの…」

    「…あんたが壊れてもか?」
    「私はこのレースが死に場所と決めているわ…次世代のウマ娘の為に、このレースを勝つ…それが私の、レースに生きるウマ娘としての…最後の使命なのよ!」
    最後は叫ぶように言うと、彼女は腫れた脚を蹴りあげた。
    「うぐう…」
    残り50m、苦痛に顔を歪めながら、彼女はネーラに再び並びかけた。

  • 9二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 15:30:11

    …なんてウマ娘…
    異国の同胞の、悲壮な決意と走りに、ネーラは思わず寒気が走った。
    これが、日本総大将…

    だけど…
    「そう…、でもね、アタシも絶対に負けられないのよ!」
    寒気を振り払い、ネーラも表情を蒼白にさせた。

    昨年、ネーラはこのJCで4着に敗れた。
    レース後帰国して目の当たりにした、ネーラの勝利を期待していた祖国アイルランドのファン達の失望した表情が、未だに彼女の脳裏にショッキングな印象として強く焼きついている。
    …もう祖国のファンにあんな表情は絶対にさせたくない…
    ネーラは心の底からそう誓い、再びこのJCに参戦した。
    レース前には体調を崩しかけたが、それも気力で乗り越えた。
    絶対に、栄光を祖国へ。
    その決意は、決して揺るがなかった。
    そして誰よりも強い闘志をもって、このレースに挑んだ。

    「…来いよ、日本総大将!」
    目前に迫ったゴール目掛け、ネーラも最後の力を振り絞って彼女を振り切りにかかった。
    「アイルランドの総大将も決死で相手してやるわ!差せるものなら差してみろ!」
    「負け…るか!…」
    脚が軋む音を響かせ、彼女も最後の気力を振り絞ってスパートした。

    ゴールまで残り僅か、二人は最後の競り合いを演じた。
    「日本の未来に…光を!」
    「アイルランドに…誇りを!」
    二人は並びかけたまま、ほぼ同時にゴールを駆け抜けた。

  • 10二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 15:33:52

    ネーラと彼女は、同時にゴールを駆け抜けた。しかし僅かにネーラが、先にゴール板を通過していた。

    やった!僅かな差での優勝を確信し、ゴールを駆け抜けたネーラは拳を突き上げた。
    この1年間、悔しさに耐えた苦労が報われた…祖国に栄光を持ち帰ることが出来る!
    その嬉しさを、ネーラは噛み締めた。

    一方、
    「…く…」
    僅かな差での敗北を悟った彼女は唇を噛み締め、腫れ上がった脚を庇いながらコースの内柵にもたれかかって身体が倒れるのを防いだ。
    「大丈夫か⁉︎」後からゴールしたシャダイが、すぐに彼女のもとに駆け寄った。
    「…平気…よ…」「無理して立つな!脚に負担が…」
    「良いよ…ここで腰ついたら皆が心配しちゃう。」
    「でも…脚が…」シャダイは泣きそうになった。
    もう彼女の脚の怪我は、二度と走ることが出来ない怪我だと明白だったから。
    「泣かないで…シャダイ…」長い間闘ってきた盟友に彼女は微笑して言うと、そっと身体を抱きしめた。

    やがて、救急車が彼女のもとに到着した。
    場内の観衆も、歓声から徐々に不安の声が大きくなった。
    彼女はシャダイらの腕を借りながら、ゆっくりと救急車に乗り込んだ。

    そして、彼女を乗せた救急車がコースを去って行く時。
    『よく頑張ったよー!』『ありがとう!』『日本の誇り!』
    労いの歓声と、それと混じって彼女を呼ぶ歓声が大きく場内に響き渡っていた。
    「キョウエイプロミスー!」

    「…プロミス先輩…」
    その光景を、場内の一箇所でじっと観続け、首を垂れて涙を浮かべているウマ娘がいた。シービーだった。
    「…。」そしてその項垂れている様子を、後ろからじっと見つめているシービーの同期がいた。

    『第1話・完』

  • 11二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 16:36:19

    『第2話』

    …なんだろう
    場内のどよめきと歓声が聴こえ、彼女は思わず後ろを振り返った。
    …え?
    従来の戦法をまるで無視した2冠ウマ娘が迫ってくるのが見て、彼女は眼を見張った。

    「…あんた、バカなの?」
    「ごめんね。私、こんな闘い方しか出来ないの。」
    京都の坂で駆け上がってきた姿を見て彼女が呆れたように言うと、シービーは照れたように笑った。
    「型にハマるレースなんて、私は出来ないのよ。」
    そう言うと、シービーは彼女を追い越していった。
    「…やれやれ、ダービーの再現のつもりかしら。参ったわね。」
    シービーに並びかけられた先頭勢のエースが、こちらも呆れたように笑った。
    「あら、もう諦めちゃったのエース。京都新聞杯の雪辱を期してたんだけど。」
    「どうやら、私にはちょっと距離が長かったみたいだわ。」
    「そう、残念ね。決戦はまたの機会にしよう。」
    エースもかわし、シービーは先頭のヤシマに迫った。
    「やあヤシマ、追いついたよ。」
    「嫌になるなあシービー。これだから稀代のスターは困るよ。」
    並びかけられたヤシマは苦笑した。
    「ド派手な走りっぷりばかりしてさ、もう少し他の同期にも華を持たせてくれよ。」
    「あはは、なら真似すればいいじゃん。」
    「出来ないよ。あんたみたいな走りして勝てるほど、私達は天才じゃないんだ。」

    「違うよ。」
    ヤシマを交わして先頭に立ったシービーは、坂を下りながら笑って言った。
    「私はね、勝つ為にこれが最善策だと思って走ってる。それだけよ。」

  • 12二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 16:43:15

    「へえ…最善策か。なら勝ってみなよ!」
    その言葉と共に、シービーの後ろから、一度交わされた彼女が再び迫ってきた。
    「3冠がかかるこの歴史的なレースでその戦法とったこと、後悔させてやるわ!」
    「あらまた来たのね。悪いけど京都新聞杯の二の舞はさせないよ。」
    「分かってるわ。アタシだって、本番でアンタに勝たなければ何にもならないことは分かってたし。この舞台であんたを捻じ伏せて、この世代の真の最強は誰だか教えてやるわよ!」
    「凄い闘志ね!良い同期に恵まれて私は幸せだわ!」

    坂を下り、シービーと彼女は並びかけたまま京都の長い直線を迎えた。
    「いくよシービー!」
    「かかってきな!」
    彼女は内に向かって末脚を繰り出しシービーは真っ直ぐ中央へ脚を弾ませ、ゴール目掛けて加速した。



    …あれから一ヵ月。
    彼女は、年末の中山、有馬記念のターフにいた。

    「…シービー、見てて。」
    冷たい寒風が吹き荒ぶターフで、彼女は同期の3冠ウマ娘の姿を思い浮かべていた。
    「アタシは絶対に、アンタの強さを証明してみせるから。」
    そっと脚元をさすりながら呟き、彼女はゲートへと向かった。

  • 13二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 16:48:06

    ***

    一ヵ月前に開催された第3回JC。
    1、2回に続き惨敗が予想された日本勢だったが、古豪キョウエイプロミスが頭差の2着に奮戦し、初の連対という好成績を叩き出した。
    プロミスはレース中に古傷が悪化し引退を余儀なくされたが、総大将として日本ウマ娘界の未来の為に競走生活を捧げた激走をみせた彼女には、日本中が惜しみない賛辞を送った。

    その一方で、JCを回避したシービーに対する世間の声は厳しかった。
    3冠ウマ娘という歴史的な実績を挙げ国内最強の身であったのに、疲労を理由にして海外との対決を避けた。
    そう世間から受け取られたのだ。
    シービーの実力を疑問視する声も多くなり、3冠という栄光に相応しいウマ娘が疑問だとかひ弱な世代に誕生した3冠ウマ娘だという声すらも挙がった。

    そういった声が多い中、さし迫った年末の有馬記念。
    シービーは、再び脚部不安を理由に回避した。
    年末のグランプリすら出ないという3冠ウマ娘に対し、世間の不満の声は更に大きくなった。
    やはりシービーは軟弱じゃないか。そういった失望の声が、巷に満ち出していた。

    ***

    …シービーがひ弱?軟弱?3冠ウマ娘に相応しくない?…ふざけるなよ。
    同期の3冠ウマ娘がそう貶される中、彼女は悔しさに震えていた。
    世間はもう忘れたのか?ダービーを、そしてあの菊花賞のシービーを。

    「…忘れたのなら、思い出させてあげるわ。」
    ゲートに入った彼女は、眼を闘志に光らせた。

    直後ゲートが開き、有馬記念がスタートした。

  • 14二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 16:54:28

    レースがスタートした。
    彼女は持ち味のスピードを生かすべく、先行勢につけた。

    「随分落ち着いてるな。」
    後ろから声をかけたのは、この有馬記念が引退レースの先輩シャダイだった。
    「ええ、世代の代表として、みっともない走りは出来ませんから。」
    彼女は背を向けたまま答えた。
    「ほう、君は随分な尖り者と聞いていたが、大した心がけを持っているな。」
    「当然ですよ。シャダイ先輩に引導を渡してこれからは我々世代の時代だということを、ファン達にも誇示しなければなりませんから。」
    「ファン達に、か。」
    シャダイは察した。
    「どうやら、ファンに世代を貶されたことをかなり気にしてるようだな。」
    「…ええ。」
    彼女は正直に頷いた。
    「だってシービーは、私達のヒーローなんですから。」

    ***

    彼女は、世代でも特に優れたスピードの持ち主だった。
    デビュー戦では同期の新入生王者に圧勝するなど、早くからその素質の片鱗をみせていた。
    だがコーナー周りが苦手で大きく膨れる悪癖があり、成績はなかなか安定しなかった。
    更に故障もあり春のクラシックは棒に振る悔しさを味わった。

    彼女が不在の春のクラシックは、ミスターシービが皐月・ダービー共に衝撃的な強さで制した。
    泥沼のような不良馬場の中で他を振り切った皐月賞、勝つのが不可能な筈の最後方スタートから全員を差し切ったダービー。
    その双方のレースとも、彼女は現地で見ていた。
    …凄い、こんな凄い同期がいるなんて!
    彼女の心は躍ると同時に、シービーを己がライバルと見据えた。
    そして稀代の素質に恵まれた者同士として、秋に決戦をしたいと心から思った。

  • 15二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 17:02:18

    そして迎えた秋、彼女は前哨戦の京都新聞杯でシービーと初対決した。
    結果は彼女が2着でシービーは4着だった。

    レース後、彼女はシービーに話しかけられた。
    「君強いね。12番人気なのにここまで速いなんてさ。普通に同期のトップレベルだよ。」
    彼女のことを殆ど知らなかったらしいシービーは、感嘆の表情を浮かべていた。
    「そりゃ、以前までのアタシはスピードだけのバカだったからね。コーナー周りの課題を克服すりゃ、このくらいの走りは楽勝よ。」
    「強気だね。こりゃ、今日優勝したエースだけじゃなく、新たな強敵が出現したと受け止めないとね。」
    「当然よ。故障さえなければ、アンタじゃなくアタシが春の王者だったんだし。」
    「アハハ、言ってくれるわね!」
    シービーはおかしそうに、いや嬉しそうに笑った。
    「菊本番を楽しみにしてるわ!私は万全に仕上げて3冠に挑むから、覚悟しときなよ。」
    「アハッ、それはこっちの台詞よ。菊は私が勝って、世代の頂点になってやるわ!」


    そして迎えた秋本番の菊花賞。
    いつも通り彼女は先行勢、シービーは最後方でレースを進めていた。
    だが2コーナーを過ぎたあたりで異変が起きた。
    シービーが淀のタブーを破り、坂の上りでぐんぐんと進出を始めたのだ。
    大観衆も他の出走者達も呆気にとられた。
    周囲が驚く中、シービーは坂の下りで先頭に立つと、そのまま直線に入った。

    そして直線に入ると、逃げ込みを図るシービーに先行勢で粘っていた彼女が猛然と襲いかかった。

  • 16二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 17:16:23

    負ける筈ない!直線を向いた瞬間、彼女はそう信じた。
    掟破りのレースをしたシービは坂の下りでかなり脚を使った。京都の長い直線を逃げ切れる余力など残っているわけない。対する私は、定石通りの先行策から淀みなくレースを運び、イメージ通りのレースが出来ている。勝てる!勝利を確信して、彼女はシービーに迫った。

    だけど…「…なんで?」
    手応えある末脚を繰り出したのに、シービーの背に届かない。
    おかしい、こんな筈はない…。もうシービーは限界な筈だ。
    逃げ切れる訳ない、逃げ切れる訳ないのに…限界な筈のシービーの脚は、まだ弾んでいた。
    「なんで、どうしてよ⁉︎」
    届かない、影を越せないシービーの姿に、彼女は理解出来ず叫んだ。
    「なんでアンタにまだ、そんな力が残ってるの⁉︎」

    「アハハ、驚かないでよ。」
    内ラチ沿いに走る彼女に、中央を走るシービーは美しく汗を光らせながら答えた。
    「言ったでしょ?私は勝つためにこの戦略を選んだと。これでしか勝てないと信じて走ったってね。とはいえもう一杯一杯だし、代償もかなり大きそうだけど。」
    「え…?」「でも構わないわ。」
    シービーは、目前に迫ったゴールへ眼を向けた。
    「3冠という偉大な夢、そしてそれを長い間願ってきたファンの皆の夢を叶える為ならね!」
    そう言い残すと、シービーは余力を振り絞って末脚を弾ませた。
    彼女以下を引き離し、シービーは史上3人目の3冠のゴールを駆け抜けた。

    …負けた。
    「…なんで⁉︎」
    3冠ウマ娘となったシービーと降り注がれる大歓声を前に、敗れた彼女は愕然とターフに膝をついて叫んだ。
    絶対勝てると思ったのに…
    「…いい勝負だったね。」シービーが側に来て、彼女に手を差し伸べた。
    「なんで…負けたの?いや、なんでアンタは勝てたの?」「運が良かっただけだわ。」
    信じられない様子の彼女に、シービーはえへっと笑い、そして続けた。
    「まあ、勝ちを真剣に目指したのと、夢をたくさんのせて走れたからかな…最後まで脚がもったのはそのお陰だよ。」
    …夢?
    彼女はただ、3冠となったウマ娘を見上げるしか出来なかった。

  • 17二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 17:23:42

    ***

    …アタシには、夢とかファンとかよく分からないわ…
    菊花賞のことを思い返しつつレースを進めながら、彼女は呟いた。
    私はただ勝てばいい、勝負に負けたくない。
    それだけしか考えていないから。
    …だけどさ、なんか我慢出来ないんだよね。アンタが、逃げたとかひ弱とか言われたのがさ。
    そのひ弱に負けた自分も貶されてると思う面より、ただアンタがそう言われたことが。
    だからアタシは見せつけてやるよ。アンタの強さと、その夢をね。
    「…バカだと思うけどね。」
    ふっと彼女は自虐的な笑みを浮かべた。
    そして目の前に、4コーナーが迫ってきた。
    彼女にとって魔のコーナー。その領域を、彼女は抜群の上手さで内ラチ沿いに周りきり、直線で先頭に立った。

    「やるじゃないか。」
    先頭に立った彼女に対し、大外から追い込んできたシャダイが眼を見張った。
    「君はコーナーが苦手と聞いていたがそれは違ったようだな。実に上手いじゃないか。」
    これは差し切りは厳しいなと、シャダイは舌打ちした。
    すると、
    「…まさか。」
    自虐の笑みを残したまま、彼女は答えた。
    「無理した結果上手くいっただけですよ。…もうアタシも、先輩と同じくターフとはお別れです。」
    「…どういうことだ?」
    「でもこれで良いわ。…アタシの、ウマ娘としての誇りを守る為ならね。絶対に守りたいものを守る為なら、これが最善だと信じたから。」
    彼女はそう言うと、ゴール目掛けて加速した。

    そう、守りたいもの…
    アタシがどうしても守りたいのは、同期の3冠ウマ娘の心。
    …私はね、もうシービーが泣くところなんて見たくないんだよ…

  • 18二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 17:35:19

    シービーが3冠を達成し、ファンのその偉業への歓喜に包まれた。
    なのにその後のJCをシービーが回避した途端、その声は急速に小さくなった。

    JC目前、そのことに憤慨したアタシはアンタと話したわね…

    「ファンは馬鹿ばっかりだよ。夢を叶えたらすぐにそれ以上の夢を見てそれを要求する。」
    「それは当然だよ。そしてそれを叶えるのがウマ娘のアスリートとしての役割だし。」
    「とはいえねえ、3冠の代償として脚をどれだけ使ったか、その想像くらいはして欲しかったわね。」
    「あれ、あなたは気づいてたの?」
    「気づくよ。ていうか菊で走った同期も全員気づいてるよ。第一、アンタはアタシにそれらしきこと言ってたじゃない。」
    「…そうだったけ?」「呆れた。」

    「まあでも…責められるのは仕方ないよ。JCに対するファンの思いは本当に強いんだし。なのに当年の3冠ウマ娘が回避したんじゃ、みんながっかりするよ。」
    「でもアンタはファンの大きな夢を叶えたじゃないか。なのに責められるのは仕方ないなんておかしいよ。」
    「いいんだよもう。…私だって本当は出たかったけど、いかんせん脚がね…。菊花賞と違って勝てるイメージが湧かなかったし、無様なレースは出来ないから…ごめんね。」
    「…なんでアタシに謝るの?」
    「同期の皆にも迷惑かけちゃったんだもん。“ひ弱な3冠ウマ娘とその世代”…そう非難されるのはそういうことでしょ?」
    そう呟いたアンタの表情は、凄く寂しそうだった。
    「…やめてよ。」
    アタシは背を向けて、それきり別れた。

    アンタのそんな表情見たくなかったし、それにJCに対してはアタシも負い目…いや同期全員が負い目を持っていた。何故なら、クラシックでの激闘による疲労や故障で、同期は誰もJCに出なかったから。エースもヤシマもビンゴもモンスニーもコバンも、そしてアタシも…。
    クラシック勢不在のJC。その非難と負い目を、シービーは一身に背負った。

    そして迎えたあのJC。
    プロミス先輩が競走生活を犠牲に激走した姿を見たシービー。
    その時アンタが流してた涙を、アタシは見た。
    あれは感動だけじゃなく、自分への自責が流させた涙だった。
    …アンタはこれ以上ない位後悔したんだろうね。
    なんで脚の不安だけで気弱になってしまったんだろう、ファンの夢を諦めてしまったんだろうって…

  • 19二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 17:44:30

    …でもシービー、アンタは間違ってないよ。
    彼女は、心からそう信じていた。
    あの菊花賞で、アンタはそれだけのレースをした。正直壊れてもおかしくない位の走りをして、偉大な夢を叶えたんだ。その代償があったことは、もうどうしようもないんだよ。だから、アンタは間違ってない。
    …だから、もう泣かないでくれ。
    アンタは偉大なウマ娘なんだ。同期の誇りなんだ。脚を治して、もう一度ターフに咲き誇ってくれ。
    「アンタの誇りは、このアタシが守るから!」

    彼女は、唇を噛み締めながら最後の力を振り絞った。シャダイら後続勢が殺到してくるが、彼女は遂に影を踏ませなかった。ゴールを先頭で駆け抜け、彼女は有馬記念を制した。

    「…はあ…はあ…よしっ…」
    優勝の喜びを表しながら、彼女はやがてターフ上で脚を止めた。
    「…おめでとう。」
    彼女に敗れたシャダイが、心配そうな表情で側に来た。
    「先輩…ありがとうございます。…そして、長い間お疲れ様でした…。」「ああ。…いやそれより、」
    シャダイは、彼女の脚元に眼を向けた。
    「君…まさか…」「…良いんです。」
    シャダイの言葉を遮るように彼女は唇元に指を当て、ふっと微笑した。
    …守りたいもの、これで守れたから…

    …さよなら…ターフ、同期の皆…そしてシービー…
    彼女は、観客席の一部分に眼を向けた。
    また、このターフに戻ってきて。アンタは、私の夢だから…

    「リードホーユー…」
    観客席の一部分では、シービーが身体を震わせながら彼女の勇姿を見守っていた。
    「…リード、ありがとう。」シービーの傍らには、同期の何人かも集まっていた。
    その中で、シービーの肩を抱くように立っていた一人のウマ娘が、ぽつりと呟いた。「次は、私が…」

    『第2話・完』

  • 20二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 17:46:13
  • 21二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 17:55:16

    君怪我とか悲壮感強調するの好きね
    オリウマ娘ばかりで感情移入できない

  • 22二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 18:15:22

    思い入れのある競走馬を描いてるだけ

  • 23二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 20:26:26

    『第3話』

    あーれ、3番人気か。
    ターフビジョンで自分の人気を確認したエースは苦笑した。
    ラストランくらいは1番人気が欲しかったけどなー、ま、仕方ないか。
    相手に3冠ウマ娘が二人もいちゃあねえ…。

    「やあエース、随分と調子良さそうだね。」
    2番人気のシービーが、いつものように気さくに声をかけてきた。「当たり前よ。ラストランで調子悪かったらバカじゃん。それに、ただで引退するつもりでもないし。」「あら、勝つ気ね?」「勿論よ。私を誰だと思ってるの。」
    「世界のエース、ですね。」
    二人の側に来たのは、1番人気のルドルフだった。
    「やあルドルフ。なんか今日は私への視線が厳しいね。」「当然です。初めて敗北を与えられた借りを、必ずお返しする決意で来ましたから。」「あら怖いね。とはいえ私も、たった1度あなたに勝った程度で満足してないし。2戦2勝になれば。私が強いと胸を張れそうだ。」「真剣に勝つ気ですね、感謝します。」
    「あなたの為だけじゃないよ。シービーとも決着をつけないと。…これまでの対戦成績、私の一つ負け越しだし。」「あらそうなの?全然知らなかった。」「酷いなあシービー。3冠ウマ娘との対戦は意識して当然じゃない。」「アハハ、ごめん。」

    笑った後、シービーは改めてルドルフとエースの二人を見た。
    「それにしても夢みたいだね。こんな凄いメンバーと闘えるなんてさ。」
    3冠&天皇賞覇者シービー。無敗3冠ウマ娘ルドルフ。宝塚・JC覇者エース。確かに夢のような対決だった。

    「お二人には負けません。」ルドルフは闘志を滾らせ、先輩二人にそう告げた。
    「おいおい、私達ばかり気にしてると他のコに脚元掬われるよ。ガイセンやマッハちゃんもかなり気合入ってるみたいだし。」「いえ、今回はお二人だけ…いや、とにかくあなたにだけは負けません。」
    ルドルフの眼光は、エースに注がれていた。
    「ハハ、光栄だね。無敗の3冠ウマ娘の標的にされるなんて名誉だわ。」エースは嬉しそうに笑った。

    やがて、ファンファーレが鳴った。
    「ルドルフにエース、健闘を祈るわ!」「ええ。」「最高のレースをしよう。」
    最後に言葉を交わし、三人はそれぞれゲートへと向かった。

    光栄だな、本当に…。ゲートに入ったエースは嬉しさに満ちていた。偉大なウマ娘に、相手として認められるなんて。それ程のウマ娘になれたんだ、私は…

  • 24二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 22:23:54

    つまんね

  • 25二次元好きの匿名さん22/03/04(金) 22:31:05

    >>20

    何か問題が?

  • 26二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 02:14:32

    好き

  • 27二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 10:16:01

    保守

  • 28二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 17:36:43

    いいと思うよ。好き

  • 29二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 20:03:31

    応援してるで〜

  • 30二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 20:24:22

    ざっと過去の有名どころを調べただけで分かることなんてたかが知れてるから、こうやって紹介されることで得られる情報はダンチよね
    特に昔の馬たちは話題に出づらいからそこを語ってくれるのは特にありがたい

  • 31二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 20:34:30

    >>20

    >>21

    >>24みてーなアホどもはほっといてな


    応援するよ

  • 32二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 21:02:01

    ほしゅ

  • 33二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 22:54:51

    ***

    エースは、デビュー当時はそれほど期待されたウマ娘ではなかった。
    だがデビュー戦を圧勝で飾り、その後も持ち味の柔軟なスピードを生かした走りで好成績を続け、クラシックに参戦した。

    そして迎えたクラシック第1戦、皐月賞。
    泥沼のような不良馬場の中、びちゃびちゃの泥まみれになりながらエースは先頭でレースを懸命に引っ張った。
    だが直線を迎えると、もう脚がもたなくなった。

    「…こんな馬場じゃレースにならないよ…」
    エースが思わずそんな嘆きを洩らした時、
    「そう?楽しいじゃない。」
    そんな声をかけながら傍らを駆け抜け一気に先頭にたったのが、シービーだった。

    「…楽しい?どこが?」
    「必死に走ってる姿をみんなに見せれるんだからさ。」
    沈んでいくエースにそう言い残すと、シービーは泥を跳ね上げて加速し、競り合いを制して優勝した。

    レース後、シービーは全身泥まみれなのにそれを全く気にせず観客の歓声に応えていた。
    「泥、拭ったら?」
    「いいの。最っ高に気持ちいいし。」
    「泥が気持ち良いって…せっかくの美貌が台無しだよ。」
    「何言ってるのよ。これはレースを走ったウマ娘の勲章みたいなものじゃん。むしろウマ娘の美しさをより映えさせているものと、私は感じるよ。」
    エースの問いかけに対し、泥にまみれた表情の中でシービーは惹きつけられるような美しい笑顔を魅せていた。
    …なんてウマ娘だろう。
    その笑顔にエースは胸をうたれると同時に、彼女に勝ちたいという思いが強く芽生えるのを感じた。

  • 34二次元好きの匿名さん22/03/06(日) 09:27:21

    その一ヵ月後、エースはトライアルを制して、クラシック第2戦のダービーに挑んだ。

    そしてそのスタート直後。
    無難なスタートを切ったエースは、いきなり観衆の大きなどよめき聞いた。
    後ろを振り向いて、驚いた。
    「何やってんのシービー…」
    「えへへ、やっちゃった。」
    スタートに失敗し、最後方スタートになったシービーは照れ隠しの笑みを見せていた。
    「こりゃあまずいね。確か後方スタートのダービー勝者は殆どいないんだっけ。参ったなー。」
    そう嘆きながらも、シービーは最後方につけて淡々とレースを進めていた。
    「いいのそれで?私達先に行っちゃうよ。」
    「いいよいいよ。こうなった以上、あとは一瞬の勝機にかけるしかないし。」
    苦しいレース運びを強いられる形になったのに、シービーの表情は笑顔のままだった。

    そして、4コーナーを迎えた時。
    「いくよ!」
    後方から徐々に上がり始めていたシービーは、突然ものすごい勢いで脚を繰り出した。

    「うわっ!」エースは思わず驚いた。
    シービーは脚を弾ませて、前にいたエースらを巻き込むように大外に持ち出して豪快に捲りかけてきたからだ。
    更に直線に入ると、シービーは豪脚を弾ませたまま、今度は大外から袈裟斬りに内に切れ込んだ。
    勢いに圧された先行勢を瞬く間に交わし、シービーは一気に先頭にたった。

    「はあ⁉︎」
    彼女の破天荒な走りに驚きながら、エースは慌てて外からシービーに迫っていった。

  • 35二次元好きの匿名さん22/03/06(日) 13:09:19

    「あなた、なんて走りするのさ!」
    とんでもない戦法を使ったシービーに、エースは驚き呆れた。
    「ごめんよ。ちょっと今やばかったね。妨害ギリギリだったわ。」
    「…いいよ、別に。」
    冷や汗かいているシービーに迫りつつ、エースは言った。
    「まだゴールまで大分距離あるし。それにあなたは今の強引な走りでかなり脚を使ったから、ゴールまでもたないだろうしさ。」
    「アハハ、それはどうかな!」
    エースの言葉に、シービーは冷や汗を拭うと、とびきりの明るい笑顔を見せた。
    …何この余裕。
    エースはすぐに彼女を抜き返そうと末脚を繰り出した。

    だが、驚いたことにシービーの脚色は鈍らなかった。
    先程あれほどの豪脚を使ったというのに、全くスピードが落ちない。
    それどころか逆に、後続を引き離していく。
    …何なの、このウマ娘。
    先に力尽きたエースは茫然としたまま、シービーが先頭でゴールを駆け抜ける姿を見ることしか出来なかった。

    「…あなたの脚どうなってんの?」
    レース後、青息吐息のエースは、美しく汗を拭うシービーに愕然とした様子で尋ねた。
    「あの展開で…あんな無茶な豪脚使って…それで勝つのなんて…異次元だよ。」
    「やだなあ。そんなんじゃないよ。」
    シービーは照れくさそうに答えた。
    「窮地に立たされたからあんな走りになっちゃっただけだよ。4コーナーなんて正直強引過ぎて、失格にされてもおかしくなかった。勝てたのもたまたま脚が最後までもっただけ。」
    「…たまたま?あんなたまたまがあってたまるもんか。」
    「じゃあ、勝負への執念というべきかな。」
    シービーには珍しい、強い口調で言葉が飛び出した。
    「レース前から、どんな展開になろうと必ず私は先頭でゴールする。そう心に誓っていたから。」
    「…あなたがそんなことを言うなんて珍しいね。」
    「エース。私は誰よりもレースを楽しんでるけど、同時に誰よりも勝負に真剣なのよ。」
    そう言った時のシービーの瞳には、普段の天然な明るさだけでなく冷徹な勝負師の光も宿っていた。

  • 36二次元好きの匿名さん22/03/06(日) 17:53:46

    ***
    …あの頃は、自分に勝ち目はなかったな…
    エースはそう振り返る。
    勝負への執念が、シービーに比べてはっきり足りていなかった。
    だから前哨戦こそ強かったけど、本番では全く駄目だった。
    秋のクラシックも、前哨戦の京都新聞杯こそシービーを破って優勝したけど、本番の菊花賞では屈辱の20着。お互い距離が厳しいはずなのに、優勝したシービーとはあまりに対照的だった。

    あれ以降、私は勝負弱さを克服する為に懸命に走った。
    そして年明け後は連勝を重ね、遂に宝塚記念を優勝してG1ウマ娘になった。
    シービーが不在だからその実績に疑問符がつけられたけど、私はもう自信をもってたよ。
    次にあなたと対決した時は、例え大レースでも負けないって。

    そして迎えた今秋。およそ一年ぶりに復帰したあなたと、毎日王冠で対決した。
    南関東から参戦したサンオーイを含めて繰り広げたあの死闘は、今でも肌が震えるぐらい覚えている。
    復帰レースとはいえ、あなたの豪脚は物凄かった。
    上がり3ハロン33秒7って一体なんなのよ…
    だけど私も負けなかった。
    “シービーがいない間だけの覇者”なんて評判を蹴散らす為にも、強いあなたに勝たなければと覚悟を決めてたから。
    差し切られそうになりながらも粘って粘って、そして私はあなたも南関東3冠ウマ娘もねじ伏せて優勝した。
    この勝利で、ようやく私の強さが本物だと認められた。

    …だけど、迎えた本番の秋天。
    私はスタートで失敗し、レース展開をうまく運べずに敗れた。
    敗れたとはいえ必死に打開策を模索して、展開がうまく運べない中でやれるだけのことはやってゴール直前までは先頭を明け渡さなかったから、これまでの無気力な負け方とは違うという思いはあった。
    でも、世間の評判はまた後退した。
    優勝したのはシービーで、粘ったとはいえ私は5着。
    “エースは本番で弱い”“やはりシービーの方が強い”…その評価が、ほぼ確定されてしまった。

    屈辱の中、私は大きな決心をした。私はその決心を、シービーに伝えた。
    「今年で引退?」「うん。JCと有馬記念を最後に、私はターフを去るわ。」

  • 37二次元好きの匿名さん22/03/06(日) 20:34:11

    「なんで?故障したわけでもないし、衰えたわけでもないじゃない。むしろ全盛期じゃ…」
    「全盛期だけじゃ足りないのよ。私より強いウマ娘に勝つ為には。だから、退路を断つことにしたの。」

    「凄い覚悟決めたね。…でも、相手はもう私だけじゃないよ。」
    「分かってるよ。」
    シービーや海外勢だけじゃない。
    一つ後輩で史上初の無敗3冠ウマ娘となったルドルフが、JCへの参戦を表明していた。
    それに有馬記念も、この二人の3冠ウマ娘は出走してくるだろう。
    「でも決めたわ。ウマ娘の誇りにかけて、あなたもルドルフも破って栄光を手にするとね。…それに。」
    エースは、シービーの脚元に眼を向けた。
    「あなたも限界が近いでしょ。あなたがまだ最強である内に、私は勝ちたいの。」

    「…参ったね。」
    シービーはやや動揺した頭を掻いた。
    「分かった。あなたの決意を受け入れるよ。私も覚悟をもって、好敵手の最後の相手をするわ。」
    「ありがとう。」

    シービーに決意を打ち明けた後、私は来たる大舞台に向けて一心に調整に励んだ。

  • 38二次元好きの匿名さん22/03/06(日) 21:41:31

    そして、迎えた第4回JC杯。
    シービーもルドルフも私も参戦した。
    初の日本ウマ娘の勝利を大きく期待するように、海外勢の強豪をさしおいてシービーが1番人気、ルドルフが4番人気だった。
    二人に引き換え、私は10番人気。実績よりも大一番で弱い印象が強いことが、その数字に表れていた。
    …でもそんなことはもうどうでもいい。退路は断った。覚悟を決めてこのレースに挑むんだから、人気はいらない、結果だけでいい。

    そしてレースは始まった。
    私は無事好スタートを決め、得意の逃げに出てレースを進めた。海外勢がシービーやルドルフにマークを集中しているのを感じると、向こう正面でゆっくりペースをあげ、後続に15バ身近い差をつけた。
    そんな私を見て、観衆や出走者達は私が玉砕覚悟で逃げをうったとみているようだった。
    玉砕?冗談じゃない、私はもてるだけの能力と知能を全て出し切ってレースを進めていた。
    玉砕出来る余裕なんて、もうないんだ。

    そして3コーナーあたりから後続勢が一気差を詰めてきて、4コーナーから直線を向いた時はもう私のリードは殆どなくなっていた。
    その時観衆から聞こえたのが、「よく頑張ったエース!」という声だった。
    よく頑張った?私はもう一杯一杯に見えたのかしら…
    「…グランプリウマ娘を舐めるなよ。」
    思わずそんな呟きをもらしながら、私はスパートをかけた。

    スパートをかけた私は、交わそうとする後続勢に影を踏まないまま、ゴールまで残り200mを切った。
    「嘘だろ⁉︎」「まさか逃げ切るの⁉︎」
    後続勢・大観衆のどよめきが聞こえ出した。
    …当たり前よ、私は勝つ為に参戦したんだ。相手がシービーだろうがルドルフだろうが海外の強豪だろうが、このレースに懸ける思いはその誰よりも強いわ。
    「…目に焼き付けろよ!日本初のJC制覇を果たすのはこのエースだ!」
    そう叫びながら、ラストスパートをかけた。
    海外勢のタイムとルドルフが懸命に追い詰めてきたけど、私は影を踏ませなかった。
    そして私は、日本ウマ娘悲願のゴールを駆け抜けた。

  • 39二次元好きの匿名さん22/03/06(日) 22:38:59

    やった!ゴールを駆け抜けると同時に、私は真に掴んだ栄光の味を噛み締めた。
    それも歴史的な名誉も掴んだ。

    「まさか…負けるとは…」
    生涯初の敗北を喫したルドルフが愕然と立ち尽くしている姿が眼に入った。
    「…おめでとう、エース。」
    シービーが、笑顔を見せながら側に来た。
    「ありがとうシービー。珍しく全然来なかったけど、やっぱり脚が?」
    「ううん、ただの作戦ミスだよ。1番人気なのにみっともないレースしちゃった。」
    シービーは悔しげな表情だった。
    「でも良かったよ。エースが勝ってくれてさ。これで日本勢が勝てなかったらそれこそお先真っ暗だったし。」
    「うふふ、道中はそんなこと考える余裕なんてなかったけどね。」
    自分の栄光だけを求めて走っていたし…。
    「でも、あなたやルドルフみたいに、歴史に名を残すようなウマ娘になりたい思いはあったから、それも叶えられて良かったわ。」
    「そっか。」
    私がそう言うと、シービーはまたにっこり笑った。
    「次は有馬記念だね。私、今回みたいなレースは絶対にしないわ。最高に仕上げて、あなたの最後の勇姿を見届けてあげる。」
    「…私もよ。」
    手を差し伸べたシービーに、私はそれを握り返して答えた。
    「もう一度、あなたとルドルフに勝ちにいくわ。真の最強は誰か示す為にね。」

    ***
    そして今、エースはそのラストラン、有馬記念を迎えていた。

    ゲートに入ったエースは、一度深呼吸して眼を瞑った。
    大丈夫、心は落ち着いている。
    万感の思いが込み上げる中、エースはそう自分に言い聞かせた。

    そして、レースはスタートした。

  • 40二次元好きの匿名さん22/03/06(日) 22:47:21

    >>31

    アホが何か言ってる(笑)

  • 41二次元好きの匿名さん22/03/07(月) 09:02:25

    発走した有馬記念。エースもルドルフもシービーも無難なスタートを切った。
    エースは先頭に立ち、ルドルフはそれを追う先行勢、そしてシービーは後方と、それぞれの定位置に立つ展開となった。

    そのまま、一周目の正面直線に入った。
    だが2コーナーに向かうあたりで、早くもレースが動き出した。
    「あら、もう来たのルドルフ。」
    「言ったでしょう。私の標的はあなただと。」
    ルドルフが、エースのすぐ後ろの2番手にあがってきていた。
    「“皇帝”と呼ばれるあなたらしくなく、闘争心剥き出しじゃない。」
    「今回のレースはその称号も無敗の3冠という名誉も考えていません。ただあなたに勝つことだけを考えています。」
    「アハ、まるで刺客ね。」
    「ええ、刺客です。」
    「恐らく史上最強の刺客だね。…本当に名誉だよ。」
    笑顔一つ浮かべないルドルフに、エースは苦笑した。

    そのまま向こう正面から3コーナーに向かっていると、シービーが後方から徐々にあがってきているのが見えた。
    「あら、あなたも早いわね。」
    「JCの時は遅すぎたからね。同じ轍は踏まないよ。」
    「でも大外じゃなく内からとは珍しいじゃない。」
    「内からじゃなきゃ、あなたとルドルフには絶対に届かないと思ったからね。」
    「そ。…じゃあ私も、最後のスパートをかけるとしようか!」
    3コーナーから4コーナーに入ると、エースは加速を始めた。
    「逃しません。」
    「私もいくよ!」
    ルドルフの冷徹な声とシービーの明るい声も聞こえる中、エースは先頭を守ったまま直線を迎えた。

  • 42二次元好きの匿名さん22/03/07(月) 12:10:21

    最後だな…
    大歓声の中、直線を迎えたエースはラストスパートをかけ続け、逃げ切りを図った。
    「やはりお強いですね。あなたをマークして正解でした。」
    残り200mで、ルドルフが一気に交わしにかかった。
    「申し訳ないが、あなたに有終の美は飾らせません。」「差せるものなら差してみなよ!」
    エースは、JCの時のような粘り腰で懸命に差し返した。
    だが…「もう折り込み済みです。」「くっ…残念ね。」
    残り100m、エースはルドルフに先頭を明け渡した。
    …有終の美は無理だったか。
    無敗の3冠ウマ娘の本気を見せつけられ、エースは悔しそうに唇を噛んだ。
    …でも、まだ終わってないわ。
    ルドルフに続いて後方から追い込んできた宿敵を前に、闘志はまだ消えていなかった。
    「シービー、あなたにだけは負けないわ!」「いいね。最高の相手だったよあなたは!」
    残り50m、シービーとエースは最後の死闘を繰り広げた。
    そして、エースが1バ身リードを守りきったところがゴールだった。
    1着ルドルフ、2着エース、3着シービー。

    …終わった、か…
    ゴール板を駆け抜けた後、エースは脚を止めて場内を一望した。
    夢の実現と、宿敵との対決の為に走り続けた2年3ヶ月、本当に幸せだった…。
    自然と、涙が込み上げてきた。
    「…お疲れ様でした、エース先輩。」勝負を終えたルドルフが、いつもの穏やかな表情に戻って握手を求めてきた。エースはその手をしっかりと握り返した。「ありがとねルドルフ。あなたのような偉大なウマ娘と2度も真剣に闘えたこと、誇りに思うわ。」「あら、私とはどうなの?」ルドルフに続いてきたシービーが揶揄うように言った。「あなたは別次元よ。あなたは私にとって、最高の友で、…最高のライバルで、……最高のウマ娘だった…」最後の言葉は、涙に詰まった。
    「…さよなら、シービー…」我慢出来なくなり、エースはシービーに抱きついた。
    「…うん。お疲れ様、エース。」シービーは明るい笑顔のまま、エースの身体を優しく抱きしめていた。

    エース抱きしめつつ、シービーは胸の中で呟いた。
    …私はもう少し闘うよ。夢の為に、世代の名誉の為に…
    シービーの視線は、大歓声に応える後輩の3冠ウマ娘に注がれていた。

    『第3話・完』

  • 43二次元好きの匿名さん22/03/07(月) 12:22:56

    ありがとう

    素晴らしいSSだったよ

  • 44二次元好きの匿名さん22/03/07(月) 19:04:15

    これは名作。シービー世代面白いわ。ピロウイナーやコバン、ギャロップのも見てみたくなる。

  • 45二次元好きの匿名さん22/03/07(月) 19:58:14

    >>44

    いずれ続きを書く予定

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています