人恋し、秋【♀トレウマ・SS】

  • 1二次元好きの匿名さん24/11/26(火) 23:47:30

     紅葉が少しずつ数を減らし、雪の便りが届き始めた今日この頃。トレセン学園には今日も風の子達がターフに奏でる情熱の律動が響く。
     白熱の天皇賞・秋を超え、ジャパンカップまであと僅か。そして、その先に待つのは年末の大一番・有馬記念。トゥインクル・シリーズの夢が中山レース場・芝2500mに集うその日を待ちわびる声が、既にあちこちから聞こえ始めていた。
     その声に応えるように、参戦が有力視されているウマ娘達は誰よりも早くあの急坂と短い最終直線を駆け抜けるべく、冷たい風をモノともせずに蹄鉄の音を轟かせる。

     そんな情熱迸るターフから一足先に撤収したサイレンススズカは、髪をなびかせいそいそと廊下を歩いていた。
     ウマ娘という種族は本能レベルで走る事を愛するが、中でも彼女は特筆すべき領域に居ると言って良いだろう。誰よりも速く先頭を駆け、他を寄せ付けない逃げて差す走りから付いた異名は"異次元の逃亡者"。
     時に畏敬の念を込めた視線で見られる彼女だが、その本質は走る事が大好きな一人のウマ娘である。静かで、どこまでも綺麗な景色を追い求め、彼女はただ一人、只管に駆け抜ける。
     時にそれが行き過ぎてエアグルーヴにお説教を賜るお茶目な一面も、彼女の魅力の一つ。

     そんな彼女にも、トゥインクル・シリーズを駆け抜ける日々の中で新たに愛したものがあった。リズム良く白い息をこぼしながら、スズカの口元はふわりと微笑みを湛えていた。
     そうしてトレーナー室の前にやってきた彼女は、少しだけ息を整えると、扉をそっと三回ノック。
     どうぞ、という優しい声を聴くだけで、スズカの胸元には暖かな想いが灯った。逸る気持ちを抑えつつ、扉に手をかける。

  • 2二次元好きの匿名さん24/11/26(火) 23:48:46

    「戻りました、トレーナーさん」
    「おかえりなさい、スズカ」

     ふわりと漂ってくる、この部屋の主お気に入りの紅茶の香り。
     いつしかスズカにとっても、この香りは大好きなモノの一つになっていた。

    「今来た所ですか?」
    「ええ、エアコンも付けたばかりだから、まだコートは着てた方が良いかも」
    「走ってきたばかりなので、大丈夫ですよ」

     そう言ってコートをハンガーに掛けて振り返ると、彼女は自らトレーナー室に持ち込んだカフェテーブルにスズカを誘った。

    「今日はごめんなさい、急に一人にしてしまって」
    「いえ、大丈夫です。エアグルーヴとフクキタルが色々と手伝ってくれましたから」
    「それは良かった、後で二人と、二人のトレーナーにお礼を言わなくちゃね」

     スズカの実績が積み重なるのに比例して、担当トレーナーの仕事量も増していくもの。トレーニングメニューをスズカに預け、急遽外部の対応に当たっていた彼女は、スズカの報告を聞いてほう、と安心したように息を付いた。
     お揃いのカップに紅茶を注ぎ、スズカに差し出す。カロリーの管理があるので、お茶菓子を出すかどうかの判断は慎重にすべきだろう。

    「さあ、どうぞ。ターフは寒かったでしょう」
    「そうですね、少しずつ……でも、走っている内に気にならなくなりました」
    「ふふ、スズカらしいね」

     そう言ってにこりと微笑む彼女に、スズカも嬉しそうな笑顔で応えた。
     このトレーナー室にカフェテーブルを持ち込んだ事について、ここでスズカとお茶したりできたら嬉しいなって、と彼女はまるで年頃の少女のように笑っていた。
     担当ウマ娘とのコミュニケーション、という意味で言ったのかもしれないが、スズカにとってはそれ言葉がとても、とても特別な意味に思えた。
     故に、こうしてふう、ふうとカップに息を吹きかけて、ふくよかな香りの紅茶を一口含むこの瞬間を、スズカは愛おしく思う。

  • 3二次元好きの匿名さん24/11/26(火) 23:51:48

    「……今日も美味しいです」
    「良かった」

     そう言って、嬉しそうに微笑む彼女を見つめていると、スズカの胸の奥から暖かな想いが一気に溢れ出す。
     カップを置いて、腰掛けていた椅子をスッと持ち上げ、彼女のすぐ側に持っていった。

    「スズカ?」
    「……トレーナーさん。やっぱり、少し寒いので……」

     そっと、肩を寄せる。彼女の胸のリズムが、少しだけ早くなった。それを悟られないようにしつつ、彼女はスズカを優しく受け入れた。

     唯一無二の走りに魅せられ、彼女はスズカの手を取った。そうして、彼女はスズカのポテンシャルを見事開花させ、共にトゥインクル・シリーズの一歩目を歩み出すに至る。
     スズカの愛する静かで、どこまでも綺麗な先頭の景色を、彼女はスズカにプレゼントし続けた。二人で一緒に走りだしてから、ずっと。何度も、何度も。
     共に駆ける日々の中で紡がれていったスズカの想いは、天皇賞(秋)を先頭で駆け抜けた日の夜、遂に二人の間にあった線を飛び越えた。

    『トレーナーさん。貴方に、伝えたいことが……ある、んです』

     不意に手を取られ、驚く彼女に向けられたその言葉は、どこかぎこちなくて。けれど、その瞳には、何かを決意した時の輝きが煌めいていた。

  • 4二次元好きの匿名さん24/11/26(火) 23:52:45

     彼女もまた、スズカの瞳に宿った想いを悟り、スズカの言葉に努めていつもと同じように真っ直ぐに向き合った。

    『……私、トレーナーさんの、ことが……』

     紅のさした頬と、潤んだ瞳。淑やかに、美しく紡がれた想いに、彼女は思わず息を呑んだ。
     そして、彼女は気付いてしまった。自身の胸に灯った、いや、恐らくはずっと灯っていた、スズカへの真っ直ぐで、どこまでも綺麗な自身の想いに。
     だから、彼女は迷わずスズカの想いに応えた。

    『ありがとう、スズカ。私も、どこまでも綺麗な景色へ向かって走る、貴女の事が────』

     一瞬、瞳を見開いて。それから、ゆっくりと笑みを浮かべたスズカの瞳から、想いの詰まった一等星がこぼれ落ちた。溢れ出たその想いはスズカの背中を押し、彼女の元へスズカを飛び込ませる。両手で互いを包みながら、スズカは目の前の彼女を見上げて、微笑んだ。

    『トレーナーさんっ……!』

     出会ってからずっと共に歩んできた彼女にとって、その笑顔は今までで最も美しい笑顔だったと、今でも思っている。

     そうして想いを結んだ二人は、今はまだトレセン学園のトレーナーと、専属契約を結んだウマ娘という立場を守っていた。
     けれど、トレーナー室のような二人きりになれるほんの僅かな時間を見つけては、こうして静かに暖かな想いを分かち合っている。
     そして、それが済んだらトレーナーと担当ウマ娘に戻る、という日々を過ごしていた。

    「うん……ラストスパートの切れ味は前より鋭くなったと思う。併走相手のおかげかな」
    「エアグルーヴが迫って来る感覚は、どんなに離れていても分かります。だから私も、譲れない、という気持ちが、湧き上がるのかも……」
    「……今度また、併走トレーニングをお願いしてみるわ。エアグルーヴの走りは、きっと貴女の力を、今まで以上に磨いてくれる」

     併走トレーニングの動画を見て、力強い笑みを浮かべる。そんな彼女の言葉に頷くスズカの表情は、先頭の景色を追い求めるウマ娘・サイレンススズカのそれにすっかり戻っていた。
     ここに至り、彼女には少しばかり安堵の想いが胸に過ぎる。

  • 5二次元好きの匿名さん24/11/26(火) 23:54:13

     共に想いを告げる前から薄々感じ取ってはいたが、スズカは想いを寄せる相手へのコミュニケーションがかなり積極的な子だ。
     ターフでも基本的に走る時以外はずっと側に居るし、トレーナー室でミーティングやティータイムを過ごす時も、向かい合わせではなく隣に椅子をくっつけて身体を寄せてくる。
     最近は、二人でいるとき尻尾を私の脚とか腰とかに絡ませていることもあった。これについては、多分無意識かな。
     そして、この傾向は先日晴れて想いを結んだ日以降、殊更顕著になりつつあると思う。

    「それで、URAファイナルズが終わったら、大阪杯、それから宝塚記念を目指そうと思うんだけど、どう?」

     例えば、こうして隣り合ってミーティングをしていると、スズカは急に反応が薄くなる事がある。不思議に思ってスズカの方を振り向いてみると、スズカはどこかほわんとした顔でこっちを見つめていて。
     ほんのりと紅くなった頬と、しっとりと熱っぽさを感じる瞳を見つめていると、私は思わずドキッとしてしまう。
     そうして思わず目が離せなくなっていると、スズカはそっと瞳を閉じて、私の方にそっと顔を近づけてくるのだ。

     せめて卒業するまでは、と何度もスズカに、もちろん自分にも言い聞かせてるんだけど、こう自然に迫られると中々心臓に悪い。

  • 6二次元好きの匿名さん24/11/26(火) 23:54:51

    「こら」
    「あっ……」

     なので、おでこをツン、と指で突いてみると、スズカはいつも少しだけ残念そうにぷく、と頬を膨らませる。
     これがまた、何とも可愛らしくて、また心臓に悪い。

    「……トレーナーさん」

     普段ならこれで引き下がってくれるのだが、今日は随分諦めが悪いようで、両の手で私をギュッと包み込もうとする。
     この関係を数歩先に進ませようとしてくることに比べれば、このくらいまだ可愛いものだ。

    「トレーナーさんは、意地悪です」
    「今はまだ、ね?」

     そう言って、人差し指を口に持っていくと、スズカはもう少しだけ頬を膨らませ、頬も紅くして私をギュッとして顔まで埋めてくる。
     そんなスズカの可愛らしさに、私の自制心はほんのちょっぴり紐が緩む。まあ……ここまでされて何もお返ししないのも悪いし、ちょっとだけなら。

     そんな風に思い至った私は、左手をそっとスズカの頭に乗せ、優しく撫でてみる。スズカは、一瞬目をぱちくりと開いてこっちを見ていたけど、すぐにふわりと微笑んで瞳を閉じ、両耳を横にぺたんと垂らしていた。
     心地よさそうに撫でられているスズカを見ていると、つい、もう少しだけ自制心の紐を緩めたくなる。例えば、そのほっぺをもう片方の手でむにむにしてみたり、とか。
     考えるより早く、私の右手はそっとスズカのほっぺに触れ────。

  • 7二次元好きの匿名さん24/11/26(火) 23:57:09

     刹那、暖かくて甘い空気で包まれていたトレーナー室を、鋭いノックの音が切り裂いた。
     規則正しく、中の人がしっかり聞き取れるようハッキリとした音に驚き、スズカと彼女はそれまで身体を寄せ合っていた状態から一瞬で身体を離した。その拍子に椅子とテーブルが盛大に鳴ったが、これがノックの主に聞かれてないことを祈る。
     慌ててどうぞと彼女が言うと、それに応えるように失礼します、というエアグルーヴの凜とした声が響く。

    「ミーティング中失礼する。スズカ、忘れ物だ」

     エアグルーヴの手には、きちんと折り畳まれたスズカのマフラーがあった。
     スズカはあっ、と驚き混じりの声を上げると、パタパタとエアグルーヴの元へ急ぐ。

    「ありがとう、エアグルーヴ。助かったわ」
    「相変わらずだな。あんなに焦って校舎へ走らなくても、トレーナーは逃げたりせんぞ?」
    「えっ?」
    「……っ!」

     察するに、トレーニング後、一刻も早くトレーナー室へ行きたかったスズカは、片付けを終えてすぐにコースを離れてしまったのだろう。走って暖かくなったのもあり、マフラーがなくても気にならなかったのかもしれない。
     あるいは、それが気にならないくらい、トレーナー室へと急ぎたかったのかもしれないが。

    「……スズカ?」
    「あの、これは、その……も、もう! エアグルーヴ!」

     そんなスズカの気持ちは、エアグルーヴにはずっとお見通しだったようである。顔を真っ赤にしたスズカがエアグルーヴをぽこぽこ叩く姿が可愛らしくて、つい笑みがこぼれる。

    「もう、トレーナーさんまで……!」
    「ごめんね、スズカ。けど、そこまで思って貰えたら、トレーナーとしては嬉しいわ」
    「うう……」

     ついに紅く染まった頬を手で隠して俯いてしまったスズカに、エアグルーヴは珍しく楽しげな笑みを向けていた。

  • 8二次元好きの匿名さん24/11/26(火) 23:59:14

    「では、私はこれで失礼する」
    「うん、私からもありがとう、エアグルーヴ」
    「なに、礼には及ばん。どうしてもと言うのなら、スズカとの併走トレーニングでも組んで貰おうか」
    「……! うん、もちろん!」

     一瞬驚きの表情を見せたスズカに対し、エアグルーヴは不敵な笑みを浮かべ、踵を返した。

    「今日は先を行かれたが、次はそうはいかんぞ、スズカ」
    「……ええ。勿論よ、エアグルーヴ」
    「ふっ……」

     尚も不敵に笑い、自身の向かうべき場所へ力強く歩む女帝の背中を見送っていると、彼女が不意に脚を止めた。

    「ああ、それと」

     何かを思い出したように振り返ると、エアグルーヴはスズカと彼女を交互に見据え、今度は困ったように笑った。

    「……仲が良いのは結構だが、節度は弁えろよ? 生徒会副会長の耳に入ってしまうような事は、控えて貰えると助かる」

     そうして、再びエアグルーヴは踵を返し、去って行った。
     しばらくポカンとその背中を見つめていたが、二人はすぐに顔を真っ赤にした。決して咎められる事はしていない……と二人は思っていたが、例えば二人から漂う同じ紅茶の香りか、それともノックした扉の先から聞こえた慌てた椅子の音か。
     少なくとも、エアグルーヴには概ねお見通しだったようである。二人は頬を赤く染め、しばし見つめあう。

    「……お互い、もう少しだけ、我慢だね」
    「……はい」

     残された二人は、揃って自制心の紐を少しだけきつく結びなおすと、未だ頬を赤く染めたまま、困ったように笑い合うのであった。

  • 9二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 00:04:15

    以上です、ありがとうございました。
    二人になると全力で甘えてくるスズカさんとそれに頑張って耐える♀トレからしか摂取出来ない栄養素がある。この尊さはDNAに素早く届く。人に甘える時の仕草ってなんであんなに胸を打つんでしょうね……。

  • 10二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 00:24:31

    寝る前の♀トレスズSS助かる。今夜は良い夢が見れそうだ……

  • 11二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 00:41:33

    すき

  • 12二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 07:15:25

    朝イチに摂取する押せ押せ甘えんぼスズカと平静を装って耐える♀トレは活力になるなぁ

  • 13二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 07:29:32

    やはり百合は良い 活力が湧いてくる

  • 14二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 07:55:13

    「…」「…」

  • 15二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 12:16:42

    おでこコツンされてほっぺ膨らましちゃうスズカさんかわよ

  • 16二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 17:43:18

    >「トレーナーさんは、意地悪です」

     「今はまだ、ね?」

    意地悪でなくなった時、♀トレはどうなってしまうのか。想像しただけで尊みが溢れ

  • 17124/11/27(水) 22:17:58

    皆様、読んで頂きありがとうございます。


    >>10

    ♀トレスズ等、♀トレウマは安眠効果もあるとされる。


    >>11

    ありがとうございます、これからもそう言って頂けるお話を目指します。


    >>12

    グイグイ来るスズカに耐える♀トレは初冬の冷えに効く。いつか風邪も治せるようになる。


    >>13

    ♀トレウマもウマウマもそれぞれ非常に優秀な栄養を多く含むのでどちらもオススメです。

  • 18二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 22:18:53

    このレスは削除されています

  • 19二次元好きの匿名さん24/11/27(水) 22:20:21

    このレスは削除されています

  • 201(連投すみません)24/11/27(水) 22:21:23

    >>14


    >>15

    スズカさんの子供っぽい仕草からしか摂取出来ない栄養素がある。

    この可愛さはDNAに素早く届く。


    >>16

    夢の先を見てしまったか……お前も仲間だ……J( ˘ω˘)し

スレッドは11/28 10:21頃に落ちます

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