- 1二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 04:05:16
童心。たったの二文字で表される言葉に、いったいどのくらいの意味が籠められているのか。具体例を一つひとつ挙げていけば、キリがないだろう。子どもらしさの心情は多岐に渡る。ときに矛盾する。敢えて具体例を挙げるとするなら、「子どもは純粋だから嘘をつかない」という論理と、「子どもは純粋だから嘘をつく」という論理は、それぞれが独立していた場合、誰にとっても妥当な主張でしかない。
子どものみを対象にする限りではないが、創作には正解がない。学生の頭を悩ませるテストの解答も、今となってはこれ以上にわかりやすいものはなかったと思える。ライスシャワーは首をひねり、眉間にしわを寄せて、文机とにらめっこしている。絵などまだ描(か)けるはずはない。自分は何を描(えが)きたいのか? そこが決まらなければ、創作などできるはずもなかった。
絵本作家としてデビューしたのはいいものの、それがゴールではなかったのだということを、いつもいつも思い知らされる。強いて喩えるなら、まず何かを描き、それを完成させるという段階は、選抜レースに挑むことに等しいのだろう。仮にトレーナーに見初められたとして、メイクデビューはゴールではない。目標を立て、なりたい自分の理想像を明らかにし、そこへ続くだろう道をひたすら駆け抜けていく。誰かに認められるということは、きっとスタートでしかないのだ。重賞を制覇し、それでも受け入れられなかったライスだから、そのことはよくわかる。そこから「どうしたい」のか。問題はその点にある。
特にこれといって催促されないのは、信頼の証と見るか、それとも期待されていないだけなのか。ライスはため息をつく。昔ほどネガティブにはものを考えなくなった。これが学生の、それも無二の友人の栄光を遮った時分の頃なら、話は違っていただろう。ひどく落ち込み、立ち直れたかどうかもわからない。しかし、とライスシャワーは思う。自分にはトレーナーがいる。あの頃とは違い、彼は夫として今日もトレセン学園に勤めているが、支えられ続けていることに変わりはない。むしろ、今では自分も少しは彼を支えられているだろう。きれいに空になったお弁当箱を洗い、しっかりアイロンをあてたシャツに、毎朝心地好さそうに袖を通す彼を見ていると、そう思える。だからライスは、存分に悩むことができる。 - 2二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 04:06:17
>>1 続き
「おかあさま」と、5歳になる愛娘がこちらに近寄ってくる。「おしごと、たいへん?」
ライスはペンを置き、くるりと椅子を回して、彼女を迎え入れた。絵本に夢中になっていると思っていたが、悩んでいる自分がふと見えて、気を遣ってくれたのだろう。なんと優しい子だろうか。ライスは彼女を抱え上げ、膝の上に乗せると、笑顔で向き合いながら、ひょこひょこ動く耳と頭をやさしく撫でた。
「そうだね。ちょっとスランプかも」
「すらんぷ?」
「そう。絵本を描くのが難しくなっちゃった。どうしてだろうね?」
「うーん」
彼女は腕を組み、首をひねった。たまにやって来る担当編集の真似をしているのだ。ライスはそれがおかしくて、ますます頬がゆるんだ。愛する夫との間に生まれた娘が、目の前ですくすくと育っている。彼女はいつもライスの想像を超えて、奔放な生命力を証し続けていた。大きなウマ耳と髪質は自分に似ていて、やわらかく笑む目もとは夫に似ている。人見知りをせず、誰とも臆することなく接していって、すぐに仲良くなってしまうところは、自分にも夫にも似ていない。
これを子どもの特権ととるべきか。
それとも、娘の個性とするべきか。
ライスにはうまく判断できない。童心。児童書の作者ならば、この二文字は誰よりも深く知悉していなければならないだろう。しかしライスには自信がない。かつて自分は「子どもっぽい」と評されることがままあった。今もそうかもしれない。しかし、それは一定の成熟を迎えた者が持つ「子どもっぽさ」であって、目の前で愛娘が無邪気に試みているような、本当の子どもの振る舞いではなかったはずだ。「子どもの嘘」と「大人の嘘」、そして「子どもっぽい大人の嘘」は、それぞれ違った性質を持っているはずだ。
ライスは娘を抱きしめた。小さな背中をぽんぽんと軽くたたいた。彼女は抵抗しなかった。小さい。あたたかい。そこに彼女がいる。夫との愛の結晶が、こうして息づいている。なぜだろう。ライスは無性に泣きたくなった。それを止めることはできなかった。目尻からあふれた涙が、熱く頬を伝って、誰よりも優しく、強い女の子になるだろう彼女の肩にぽつりと落ちた。
「おかあさま、どこかいたいの?」
「そんなことないよ。嬉しいんだよ」
「うれしいのになくの?」
「違うよ。……嬉しいから、泣くこともあるんだよ」
- 3二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 04:06:26
しかしなぜこんな時間にSSを?
- 4二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 04:06:50
>>2 終わり
ささやかと呼ぶには、あまりに身勝手な祈りだったかもしれない。ライスは想像した。いつかこの子が大人になったとき、自分の存在を強く認めてあげられるような作品を残そう。それが誰に受け入れられなくてもいい。ただ、今ここで自分の魂を受け継いでくれた彼女が、道なき道を切り開いて進んでいけるような、そんなお話を描こう。生き残った──ライスはそう感じた。命を繋いだ自分が、こうして大人になり、子どもを残した今、できることはそれくらいだろう。あなたが生まれたことを祝い、こうして生きていることを喜ぶ作品が、たった一つだけでもあっていい。タイトルは決めた。『ハッピーバースデー』
- 5二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 04:11:34
今書けたからやで
おやすみ
あるいは、おはよう
今日はライスの誕生日なんやってね
淀の近くに住んどったけど、彼女を、彼を知ったのはつい最近やわ
仮にssを小説に分類するのなら、それは存在しない物語を描く試みで、ならばライスシャワーが子を成したとしても、決しておかしくはないでしょう
そんな感じです