〈続きから〉【SS】阿慈谷ヒフミ♂主人公のギャルゲーブルアカ

  • 1二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 00:47:27
  • 2二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 00:48:05

    「ここから先は、もうゲヘナの自治区ですね」
    電車を降りて歩くこと数十分、ようやくゲヘナに入ることができた。
    「ていうか、何であんなとこで電車降りたの?試験会場近くまで乗って行けばよかったじゃない」
    「それは無理だよ。ゲヘナの公共交通機関は信用ならないから」
    治安がトリニティの数倍悪いゲヘナでは、公共交通機関はよく止まる。止まるだけならいいのだが、週に数度の頻度で爆破されたりテロの標的になったりする。おまけに乗務員の勤務態度も悪い。前に来た時は難癖をつけられまくって、危うくハスミ先輩のお世話になるところだった。
    「ここがゲヘナか。初めて来たが、なるほど、聞いていた通りの場所だな。危険な雰囲気だ」
    「そうですね。廃墟も多いですし、道路の補修もされていないようです」
    「まあ、ここはゲヘナの中でも僻地だからね。中心部に行けば、ほとんどが新しい建物だよ」
    「そこもトリニティと違いますね。トリニティは古い建物を出来るだけ残そうとしますから」
    「うん。ゲヘナでは建てられた物が5日間同じ形を保つのが難しいと言われてるからね。直すより潰して建て替えた方が楽なんだって」
    「……本当に、常識はずれな場所ですね」

  • 3二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 00:48:56

    さて、今は大通りを歩いているけれど、これはあんまりよくない。なぜなら……
    「っ!!みんなこっち!」
    特徴的な帽子を見つけて、みんなを路地に押し込む。
    「ヒフミ、一体?」
    「しー、静かに。あれを見て」
    こちらに歩いてくる、生徒のグループを指差す。全員が同じ帽子、同じ制服を着て、腕に赤い腕章を付けている。
    「なるほど、風紀委員か」
    「ゲヘナの治安維持組織ですね。トリニティでいう正義実現委員会のようなものでしょうか」
    「風紀委員はトリニティ生を目の敵にしてるから、見つかったらとても面倒なことになる。できる限り避けて進もう」
    大通りは避けた方がよさそうだ。路地を選んで進むことにしよう。まあこれはこれでまずいんだけど。

  • 4二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 00:49:52

    「おうおう、止まんな!」
    「てめえら、誰の許しを得てここ歩いてんだ?ここら一帯はあたしらのシマだって知らねえのか?」
    僕たちの前に、何人もの生徒が立ち塞がる。染めた髪、着崩した制服、マスクにピアス……
    「これは、お手本みたいな不良さんたちですねぇ」
    「えっと、その、私たち、そんな怪しい者じゃなくて……」
    コハルさんが対話を試みる。
    「は?知らねえよ。とりあえず金目のもん置いてきな」
    「あれ?こいつらトリニティの奴らじゃね?」
    「ひゅ〜〜〜、ならたんまり金持ってるだろうなぁ!」
    「ひぃっ!」
    慌ててハナコさんの後ろに隠れるコハルさん。
    「あのー、私たち、ゲヘナに試験を受けにきただけなんですが……」
    「はぁ?頭おかしいの?」
    「何でトリニティ生がゲヘナでテストなんざ受けんだよ」
    「わぁ、ド正論」
    「時間の無駄」
    タンッッ
    「ぐはぁっ!」
    アズサさんが先頭のスケバンに対して発砲する。
    「アズサ!?何やってんの!?」
    「いえ、アズサさんが正解です」
    「ヒフミ!?」
    「郷に入っては郷に従え。ここはゲヘナです。ここの流儀に従いましょう。先生、指揮をお願いします」
    「はぁ、平和的解決は出来なさそうだし、しょうがないか。みんな、構えて」
    口々に何か叫びながら向かってくる不良さんたちに銃口を向ける。さあ、戦闘開始だ。

  • 5二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 00:50:27

    「それならバカスカストリートあたりに縄張り持ってる奴らがやってるはずだ……」
    「なるほど、そんなに遠くはないですね……」
    「もういいだろぉ!知ってることは全部話した!これ以上は何も知らない!」
    「本当ですか?もし嘘だったなら……」
    「本当だ!もう許してくれよぉ……」
    突きつけていた銃を下ろすと、スケバンが震える足で立ち上がる。
    「クソっ覚えてろぉ〜〜〜!!!」
    「いつでもどうぞ〜」
    叫びながら走っていく人影に手を振る。まあ二度と会うことはないだろうけど。
    「さて、聞きたいことも聞けましたし、そろそろ行きましょうか」
    「「「……」」」
    「みなさん?」
    振り返ると、ハナコさんとコハルさんと先生がじとーっとした視線を、アズサさんがキラキラした視線を向けてきていた。
    「素晴らしい尋問だ。ヒフミには諜報員の才能があるな」
    「すごく手慣れてる感じでしたね……経験があるのでしょうか?」
    「捕まえた方がいい……?ハスミ先輩に相談……?」
    「うーん、先生としては、後でお説教かな」
    そんなに特別なことはしてないんだけどな……?

  • 6二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 00:52:27

    目的地に向かって歩く。
    「それにしても、ヒフミが逃げようとした子を捕まえて銃を突きつけた時はどうしようかと思ったよ」
    「あはは……すみません、聞きたいことがあったもので」
    「で、何を聞いてたのよ」
    「そうですね、順番に話しましょう。どうやらすごく厄介なことになっているみたいですから」
    ゲヘナでは今晩、全域にわたって外出禁止令が出されているらしい。それに合わせて風紀委員会の巡回も強化されているようだ。さらに、温泉開発部や美食研究会といった、ゲヘナのテロリスト集団が各地で暴れているらしく、普通の方法で今夜のゲヘナを渡ることは容易ではなさそうだ。
    「外出禁止令……偶然、ですよね?流石にナギサさんでも、ゲヘナの政治を動かすほどの力はないですし……」
    「そうだね。でも、誰も守らないとはいえ外出禁止令まで出すなんて普通じゃない。風紀委員会、ヒナにもあとで聞いておかないと」
    恐らくナギサ様にゲヘナの風紀委員会を直接動かす力はないだろう。でも、この情勢下だ、何かしらの働きかけができる可能性がある。これ以上の何かがないとも知れない。気を引き締めていかなくては。

  • 7二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 01:31:05

    「この辺りです」
    「ここどこ?ここに何かあるの?」
    「ええ、ここはバカスカストリートというらしいです。ここはこのゲヘナ郊外で、今月最も拉致・誘拐事件が多発している地域です」
    「ヒフミ?今なんて」
    その時だ。ギャリギャリギャリ、と不快な音が遠くから聞こえる。
    「ああ、来たようです」
    ものすごい音を立てて、一台の車がこちらに走ってくる。大型の黒いバン、なのだろう。確信がないのは、所狭しとステッカーや落書きでカラフルに彩られていて、地の色がほとんど見えないからだ。
    「ッ!」
    アズサさんが銃を構える。が、それを制する。
    「アズサさん、みんな、躊躇わないで僕に続いてください。行きますよ」
    キキーーーッ!バンッ!
    バンが目の前で止まり、中から数人の生徒が飛び出してくる。銃を構え、戦闘体制のようだ。
    「お前ら、この銃が火を噴く前に、さっさと車に乗りな!」
    「ありがとうございます!失礼しまーす」
    「そうか、嫌ならしょうがねえ。力づくでってあれぇ!?」
    「何が何やら……」
    「うふふ、面白そうですねぇ♡」
    先生やハナコさんが次々に飛び乗ってくる。5人全員が乗ったことを確認し、扉を閉める。
    「全員乗りました。出してください!」
    「おうよ!しっかり捕まってなぁ!」
    急発進する車。後ろの窓から何か叫んでいる人たちが見えるが、まあ知ったことではない。

  • 8二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 01:32:52

    「へへ、今回も上手くいったなぁ」
    「そうですね。手こずらずに済みました」
    「誘拐犯が板についてきた気がするよなぁ。ところで、お前誘拐されてんだろ?自由に喋りすぎじゃね?」
    「あはは……そうですね」
    「しっかり縛っとけよ」
    仲間に言ったのだろうその言葉に、返す者はいない。
    「は?ちょっと待て、お前ら」
    振り向こうとしたスケバンのこめかみに銃口を押し付ける。
    「振り向かず、ハンドルは離さず、アクセルはそのままで」
    「ふざけんな!てめえらよくも」
    引き金を引く。
    「黙って走ってください」
    「ってえな!誰がそんな」
    引き金を引く。
    「ぐぅぅっ!許さねえぞおま」
    引き金を引く。
    「こんなことして、タダで済むと」
    引き金を引く。
    「ちょ」
    引き金を引く。
    「やめ」
    引き金を引く。
    引き金を引く。
    引き金を引く。
    「……」
    ようやく静かになったスケバンに、静かに声をかける。できる限り低く、ゆっくりと。

  • 9二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 01:33:15

    「第15エリア77番街までお願いします」
    「な、なんなんだよぉ……」
    「突然すみません。足が欲しかったもので」
    「クソっ、どうしてこんな目に」
    「無駄話はよしてください。僕が運転してもいいんですよ?」
    「ひいぃっっ!わかったから銃おろせって!」
    よし、これくらい脅せば大丈夫だろう。多分従順に従ってくれるはずだ。
    不意にちょんちょんと肩をつつかれる。
    「はい、何ですか……」
    振り向くと、微笑んだ先生の顔。何だろう、微笑んでるのにすごい迫力だ……
    「ヒフミ」
    「な、何でしょうか先生」
    「あとでお説教ね」
    「そ、そんなぁ……」
    「……ハスミ先輩にも報告しとくから」
    「ヒフミくん、経験豊富、なんですね……?」
    「ヒフミ、すごく勉強になった。ぜひもっと教えてくれ」
    だから、そんな特別なことしてないのに……。

  • 10二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 07:38:48

  • 11二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 12:56:07

  • 12二次元好きの匿名さん24/12/06(金) 00:12:07

    走り慣れたドライバーさえいれば、深夜のゲヘナを飛ばすのはなかなか悪くない。目的地までこのまま行ければよかったんだけど……
    キキッと音を立ててバンが止まる。
    「着いたの?」
    「いえ、問題発生です」
    巨大な川に架けられた橋の手前、道路を塞ぐように立つたくさんのゲヘナ生が見える。護送車も何台か停まっているようだ。
    「風紀委員の検問でしょうか」
    「元より外出禁止令が出てますからね……あんまり守られてはいないみたいですが」
    「どうするよ?私もうここまででいいか?」
    「いえ、このまま行きましょう」
    ドライバーさんの問いかけに答える。試験会場までまだ距離がある。ここで足を失うわけにはいかない。
    「正気か!?あいつらの目を誤魔化せるわけないだろ!?」
    「無理でしょうね。だから正面突破です」
    「無茶苦茶言うな!出来るわけないだろ!?」
    「……へぇ、自信ないんですか?」
    「あ゛!?」
    「その程度のドラテクで、よくゲヘナの走り屋やってこれましたね。ああもう結構ですよ。ここからは僕が運転しますから」
    「待てよ」
    運転を代わろうとする素振りを見せた僕を制し、ハンドルを握り直すドライバーさん。
    「言ってくれるじゃねえか……見せてやるよ、ゲヘナで20本の指に入ると言われた私のハンドル捌きをなぁ!!」
    ……計画通り!
    「ヒフミが悪い顔してる……」
    「お説教の時間は伸びる一方だね」
    「ブッ飛ばすぜベイベー!!!」

  • 13二次元好きの匿名さん24/12/06(金) 02:14:17

    実際、彼女のドラテクは大したものだ。道を塞ぐ風紀委員とバリケードを蹴散らし、検問を突破して見せた。けど、ここからはちょっと不味そうだな……そろそろ中心街だ。
    ドゴオォォォォン……ダダダダダダッ!!
    各地で爆発音が響き渡り、後ろからは銃を乱射する音が響く。
    「それにしてもこの車、いい車ですね。愛車ですか?」
    「……なかなかわかってるじゃねえか」
    「あはは……ありがとうございます。でもこのままだと廃車になりますよ?」
    「はぁ!?」
    「中心街に入って、追っ手の数が増えてます。温泉開発部の動向も読めないですし、ここらで追っ手を減らさないと。と言うわけで、死ぬ気で撃ってください」
    「クソ、何で私が」
    「愛車をスクラップにしたくなければ頑張ってください。ああ、運転は代わりますよ」
    「クソがァァァァ!!!」
    「私も援護しよう」
    「いえ、アズサさんは撃たないでください」
    「何故だ?」
    「僕らは誘拐された被害者なので、関門を突破しようが道路を爆走しようが問題はありません。でも風紀委員を撃っちゃったら2校間の問題です」
    だから本当は僕が運転するのは御法度なんだけど、まあちょっとぐらい大丈夫でしょ!中型車の運転は久しぶりで、テンションが上がってしまうなぁ。
    「飛ばします。しっかり捕まっててください!」

  • 14二次元好きの匿名さん24/12/06(金) 02:14:36

    「ようやく着いた……」
    「追っ手も上手く撒けたようだ。今のうちに中に入ろう」
    中に入ると、錆びた机と椅子の上に問題用紙が積まれていた。
    「本当にあった。環境はいいとは言えないけど、なんとか頑張りましょう!」
    「……こで……んだ…な?」
    「…あ、……こみに………、こ………んせん………………らしい」
    外に人の声?
    「まずい!全員退避!」
    アズサさんの声に反射的に外に飛び出す。次の瞬間、
    ドガアァァァァァァァンン!!!!
    目の前で廃墟が爆散した。問題用紙も一緒に。

    第2次特別学力試験結果
    ヒフミ 用紙紛失
    アズサ 用紙紛失
    コハル 用紙紛失
    ハナコ 用紙紛失

  • 15二次元好きの匿名さん24/12/06(金) 13:30:18

    保守

  • 16二次元好きの匿名さん24/12/07(土) 00:21:52

    夜が明ける頃、僕たちは合宿所に帰ってきた。かなりギリギリだったけど、なんとか捕まらずにゲヘナを抜けることができたのは幸運だった。
    「……」
    気まずい沈黙が流れる。体はくたくたに疲れて、精神もとっくに限界で、だけどこのままにしておけない問題が山積みだった。
    「えっと……こんなに早く、ここに戻ってくる事になるとは思いませんでしたね。あんなに感動的なお別れをしたのに……」
    「あはは……そうだね」
    ハナコさんがとりあえず口を開くも、続くことはなく、再び沈黙が場を制する。『本題』のことを誰もが意識しながら、誰もそれに触れることができない。
    「……ここまできたら、ちゃんと話さないといけないね。これまでのこと、これからのこと」
    沈黙を破ったのは先生だった。そして語り始めるのは、補習授業部について。

  • 17二次元好きの匿名さん24/12/07(土) 11:29:22

    「それで、どうするのよ」
    持てる全ての情報を出し合ったあと、口火を切ったのはコハルさんだった。
    「トリニティのお偉いさんが本気で私たちを退学させようとしているんだったら、私たちにできることなんてないじゃない!」
    「落ち着いて、コハルさん。一応、1週間後の特別学力試験が最後のチャンスだよ」
    「しかし、ここまでありとあらゆる手で邪魔をされてしまいますと、確かに厳しいかもしれませんね」
    「無理、絶対無理よ……ここまですっごい頑張ったのに、これ以上なんて……」
    コハルさんの言葉に涙声が混じる。
    「頑張ったもん、私……バカだけど勉強して、だけどあれじゃ、勉強したって……」
    「コハルちゃん……」
    そうだ。勉強をすれば、成績を上げることはできる。でも、そもそも試験を受けられないなら、何ができるのだ?
    「それでも、諦めるわけにはいきません。何か手を打たないと……」
    「ぐす……なんで私たちがこんな目に……私たち悪くないのに……どうして」
    「私のせいだ」
    今まで沈黙を貫いてきたアズサさんが、一言だけ、言葉を発した。
    「アズサちゃん?」
    「みんな、聞いてくれ。私は、みんなに話さないといけないことがある。これまでずっと、隠してきたことだ」
    「アズサ!」
    先生が少し大きな声を出す。先生の顔には、ほんのわずかに焦りが浮かんでいた。
    「いいんだ。私はここで、話しておくべきだと感じた」
    「そう……それがアズサの選択なんだね」
    「先生?アズサさんと何の話を」
    「私なんだ」
    アズサさんはそう切り出した。悲痛な決意をその目に宿して。
    「桐藤ナギサの探している、トリニティの裏切り者とは、私のことだ」

  • 18二次元好きの匿名さん24/12/07(土) 14:41:01

    「アズサさんが、裏切り者……?」
    突然の告白に面食らって、思考が止まってしまう。
    「私の出身校は、アリウス分校という。今は書類上の身分を偽って、トリニティに潜入している」
    「あ、アリウス?なにそれ……」
    「アリウス分校……かつてトリニティの連合に反対した、分派の学園です。その反発のせいでトラブルになり、追放された後はキヴォトスのどこかで身を潜めてひっそりと暮らしていると聞きましたが……」
    「私はアリウスとしての命を受け、この学園に潜入した。私に下された任務は、ティーパーティーの桐藤ナギサ、彼女のヘイローを破壊することだ」
    「ッ!?」
    ヘイローの破壊。キヴォトスに住む者なら誰もが知っている、その言葉が表す意味。それを為すのがアリウスとかいう学校の目的?
    「アリウスは、ティーパーティーを消すためにならなんでもする。手始めにティーパーティーのミカを騙して、私をこの学園に潜入させた」
    「……ミカさんは、確かに政治に向いていないと言われていましたが……恐らくは全てが終わった後、全ての罪をミカさんに着せる……そういう計画でしょうか」
    「そして、私はアリウスの舞台を率いて、ティーパーティーのセイアを襲撃した」
    「セイアちゃん……!」
    今度はハナコさんの目の色が変わる。
    「アズサちゃんが、セイアちゃんを……殺したんですか?」
    「……ああ、私が殺した。」
    「そう、ですか……」
    「だから、補習授業部が作られて、みんなが退学させられようとしている原因は、全て私にある。恨んでくれて構わない」

  • 19二次元好きの匿名さん24/12/08(日) 00:12:15

    三度、沈黙が場を支配する。アズサさんは俯いていて表情が見えない。ハナコさんは何か1人で呟いている。コハルさんはどうしていいかわからない様子だ。先生は、珍しく険しい表情で立ち尽くしていた。
    「と、とりあえず、一旦寝ない?」
    この空気感を終わらせるべく、僕はそう提案した。
    「昨日は徹夜してしまったわけだし、みんな疲れているだろうし。明日は休みだから、起きるのが少し遅くなっても大丈夫だろうから」
    「……そうですね。気持ちと情報を整理する時間が必要でしょう」
    「……私をどうにかしなくていいのか?」
    アズサさんがそう問いかける。その顔には不安と、少しの驚愕が見て取れる。
    「なにもしないよ。アズサさんは僕らの仲間だ。何があってもね」
    「そうか……」
    再び俯いてしまうアズサさんに、何か言おうと思って、でも何も言えなくて、僕は部屋を出た。

    「ヒフミくん、起きてください」
    「ぅ〜ん?」
    頭の上から降ってくる声で目が覚める。薄く目を開けると、こちらを覗き込む若草色の瞳と目が合う。
    「ハナコさん?」
    「ぐっすり眠っているところを起こすのは忍びないのですが、そうも言っていられません。アズサちゃんがいなくなりました」
    「!?」
    濁っていた意識が一気に覚醒する。
    「それだけではありません。これを見てください」
    混乱したまま、ハナコさんの差し出してくるスマホを覗き込む。
    「これは……」
    緊急連絡の文字が目に飛び込んでくる。
    「ティーパーティーの執務室が爆破された……実行犯は2年、白州アズサ……!」

  • 20二次元好きの匿名さん24/12/08(日) 02:09:08

    「はぁあ〜、やっと終わった〜」
    「お疲れ様でした。大変でしたね」
    約2時間にわたる事情聴取から解放され、取調べ室を出た僕を、ハナコさんが出迎えてくれた。
    「早いね、ハナコさん。お疲れ様」
    「こういう類の物事には慣れていますから。それより、コハルちゃんがまだ帰ってこないのですが……」
    その時だ。ダダダダダっと廊下を走ってくる音がしたかと思えば、目の前のハナコさんが思い切りつんのめった。ひしっとハナコさんの背中に抱きついているのは……
    「コハルさん?」
    「うぅ……ぐす……」
    「あら、コハルちゃん、泣いて……」
    「泣いてないもん!泣いて、ないし……」
    「そうですか……ところで、コハルちゃんを尋問していた役員は誰ですか?個人的にお話をしたいのですが」
    「僕も手伝うよ」

  • 21二次元好きの匿名さん24/12/08(日) 13:11:23

  • 22二次元好きの匿名さん24/12/09(月) 00:50:19

    久方ぶりの部室に入った僕たちは、コハルさんが落ち着くのを待ちつつも話し始めた。
    「尋問……事情聴取は如何でしたか?」
    「まあ、そんなに大したものじゃなかったよ。アズサさんの居場所をしつこく聞かれたけど、知らないものは知らないし……」
    「そうですね。恐らくあちらも、私たちがアズサちゃんと通じていると本気で疑っているわけではないでしょう。最悪でも20分あれば必要な情報は聞き出せます。つまり尋問が長引くのは、ひとえに尋問官の趣味というわけですね」
    この学園の悪いところだ……
    「しかし無駄に長引かせて頂いたおかげで、こちらの知りたいことも聞くことができました。まず、アズサちゃんの行方についてですが、正義実現委員会ですら全く掴めていないということです。そして同じようにナギサさんもまた、行方が知れないそうです」
    「ああ、そうらしいね。聞いたら「どういう意図だ」ってすごく詰められたけど」
    意図も何も、心配だから聞いただけなのに。
    「そして私たちは、どうやら完全に容疑者から外されたみたいですね。尋問も形式的なものでしたし、今拘束するどころか見張りもつけずに放置されていることが何よりの証拠です」
    盗聴機なんかが仕込まれている可能性は否定できないけれど……僕とハナコさんのダブルチェックを掻い潜るほどの諜報能力が向こうにあるとは思えない。
    「このことから、ナギサさんは危険な状態にあるわけではないと推測できます。このような中途半端に甘い判断をするのはあの猫ちゃんでしょうし。自分の意思で身を隠し、しかし外界との連絡を絶ってはいない……臆病な割には周到……いえ、疑心暗鬼なだけでしょう」
    「すごいね、ハナコさん。まるで探偵みたいだ」
    「ふふ、初歩的なことですよ、ヒフミくん。ヒフミくんならば、すぐにできるようになります」
    その時だ。ガラリと部室の扉が開かれて、ビクリと体が反応してしまう。まずい、話に熱中しすぎたか。
    「や、みんな。遅くなってごめんね」
    入ってきたのは先生だった。ふう、可能性はゼロに近いとはいえ、周囲の警戒はしておかないとだね。

  • 23二次元好きの匿名さん24/12/09(月) 12:38:09

  • 24二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 00:18:10

    「お待たせ。大変なことになってるね」
    「先生。大丈夫でしたか?」
    「うん、まあね。事情聴取の長さに辟易はしたけど……ハナコ、そんな顔しないで。私は大丈夫だから」
    「ごめんなさい。先生もお忙しいはずなのに……」
    「いいんだよ。要人の暗殺未遂ともなれば警戒するのも当然だしね。特に私は全くの異分子だからねぇ……」
    どうやら先生も、あの事情聴取を受けていたらしい。ハナコさんの頭をぽんぽんと撫でて、やれやれと首を振る。
    「おっと、そうだ。ここに来た目的を忘れるところだった。ヒフミ、話がある」
    「はい?」
    急に呼ばれた。僕と話すことが先生の目的らしい。面倒に巻き込まれることを承知で渦中のトリニティに戻ってきた理由は一体何なのか。

  • 25二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 12:00:20

  • 26二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 23:11:44

    「ヒフミ。君の意志が知りたい。君はこれから、どう行動するべきだと思う?」
    「それは……」
    「アズサはああいう選択をした。ヒフミはどんな選択をするのかな?」
    「……」
    僕がすべき選択。合理的に考えれば、アズサさんが捕まるまで何もせず、身の潔白を証明するべきだろう。いくらアズサさんでも1週間続けて正義実現委員会から逃げ続けることはできないし、アズサさんの目的がアズサさんの話した通りナギサ様の暗殺なら、長引かせるのは悪手だ。アズサさんが捕まってからナギサ様に直談判すれば、退学を免れることはできるだろう。
    「……」
    できるけど……!
    「ヒフミ」
    先生が再び僕を呼ぶ。優しい、頼れる大人として僕に語りかける。
    「一番大切なことはね、『ヒフミがどうしたいか』だよ。大丈夫、ヒフミがどんな選択をしようと、私はヒフミの味方だから。そしていざという時は責任をとる。そのために、先生はここにいるんだからね」
    僕のやりたいこと……僕のしたいこと……そんなものは決まっている。
    「もう一度、アズサさんと話がしたい。僕にはどうしても、アズサさんがナギサ様を暗殺しようとしているとは思えない。きちんと話して、アズサさんを支えたいと思う」
    トリニティの裏切り者であるアズサさんに協力するということは、トリニティを、ナギサ様を裏切ることになる。それでも諦めたくはない。
    「……ヒフミくんなら、そう言うと思っていました。私も同感です。アズサちゃんは優しい子ですし、本心で暗殺なんて企てるようには思えません」
    「わ、私も!私バカだからよくわかんないけど、アズサを助けたい。だってアズサは、私の、仲間……だし……」
    「私たちの、ですよ、コハルちゃん」
    ……なんだ。みんな同じ気持ちだったのか。巻き込むのは悪い、なんて思っていた。けど、それは僕が仲間を信じていなかっただけだ。みんなアズサさんを大切に思っている。
    「考えはまとまったみたいだね?じゃあ私も、君たちの選択を尊重しよう。準備はできている?」
    腹は決まった。後は動くだけだ。目配せして、頷き合う。
    「さあ、行こう」

  • 27二次元好きの匿名さん24/12/11(水) 02:21:15

    視点切替 →アズサ

    『今までの潜入任務、ご苦労だった、アズサ』
    「うん。でもすまない、最後の最後で失敗した」
    『構わない。元よりお前の任務は既に終了している。更にお前の機転で桐藤ナギサの居場所は大方割れている。決行は明日だ。所定の場所で指示を待て』
    「……ああ」
    明日か。よかった、なんとか間に合う。
    『忘れていないだろうな、アズサ。「vanitas vanitatum」……』
    「……全ては虚しいもの。どんな努力も、成功も、失敗も……全ては最終的に、無意味なだけ。……一度だって、忘れたことはない」
    『……そうか。しっかり準備をしておけ』
    通信が切れる。そう、サオリの言う通りだ。全ては虚しい。明日の計画が成功したところで、最後は何も変わらないのかもしれない。
    「アズサさんはそれでいいの?」

  • 28二次元好きの匿名さん24/12/11(水) 12:35:29

  • 29二次元好きの匿名さん24/12/11(水) 23:46:39

    「ッ!!!」
    声とは逆の方向に飛び退きつつ、戸口のトラップを作動させようとして、聞こえた声の耳慣れた響きに気付く。逆光のシルエットは、数日振りの懐かしい形をしていた。
    「ヒフミ!どうしてここに……?」
    「ごめんね、アズサ。ちょっとしたズルをさせてもらったよ」
    「先生まで……」
    ヒフミに続いて、先生が入ってくる。私がこの遺跡に潜伏していることは正実ですら見抜けなかったのに、先生にはお見通しだなんて……
    「私もいるわよ、一応……」
    「そして私も、です。補習授業部全員集合、ですね♡」
    「コハル!ハナコ!」
    もう二度と会わないはずだった人達に会えて、目頭が熱くなるのを感じる。でもダメだ。私にはまだ、やるべきことがある。銃を構え直して戸口の方を狙って叫ぶ。
    「何をしに来た!答えによっては、警告なしで発砲する!」
    銃を向けられているというのに、みんなはひどく冷静だった。先生ですら、身を守ろうともしない。
    「今日はね、アズサさんに会いにきたんだ。話がしたくて」
    「……話すことなんて何もない。そちらだって、テロリストと話すことなんてないはず」
    「それだよ」
    向けられた銃口を全く気にしない様子で、目の前の男、ヒフミは話し始めた。

  • 30二次元好きの匿名さん24/12/12(木) 11:29:39

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています