【SS】旧理科準備室の怪奇事件簿

  • 1◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:29:34

    ゲーム内グッドエンディングで後輩の相談に乗るようになった結果、オカルト絡みの事件に巻き込まれるようになったカフェのお話です。

    書き溜めしてあるので一気に投下します。
    長いですが、よろしければお付き合いください。(約12,500文字ですので、読了目安時間は25分です)

  • 21/◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:30:09

     一面に立ち込めた霧を、胸元のカラビナに結わえたイエローのサイリウムが照らしている。
     暦の上では秋とはいえ、まだまだ暑さの残る時節というのはどうも山の木々の間では一足先に過ぎ去ってしまった話らしい。麓の世界ではしつこく居残っている蝉の声はしんと止み、聞こえるのは自分の呼吸と踏みしめる足音、それから、後ろを歩くもう一人の立てる同じような音のみである。
     視界と一緒に物音まで霧に遮断されてしまっているのだろうか。
     青鹿毛のウマ娘、マンハッタンカフェは立ち止まってほうと息を吐くと、足元を確認した。

     春には桜を目当てに初心者も登るハイキングコースだから、足元の低い位置に色褪せたトラロープが貼られているのだけれど、この視界ではふとした瞬間に見失ったり、踏み外したりしてしまうかもしれない。
     霧に包まれるまでは絶えず喋り続けていた彼女が黙り込んでいるのも、自身の足元に注意を向けているからだろう。

     両の足を包む新品の登山靴。もう少し平地で馴らしてからのほうが良かったかな。
     などと込み上げる雑念を、瞼にかかった髪の毛といっしょに振り払って顔を上げた。そのとき、霧のヴェールの向こうに何かがあることに気づく。

     人影。

     それが身じろぎ一つせず、佇んでいる。

     反射的に頭上の両耳を影に向ける。右側の耳元でカチャリと耳飾りが触れる音がした。
     生き物の気配は無い。かといってあの子たちの類でもない。

     一歩、二歩と近づくと、凹凸のないのっぺりとした顔がそこにあった。

  • 32/◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:30:26

     「かかし……ですか?」

     放課後を迎えた旧理科準備室の窓は換気のために開け放たれていて、サーキュレーターが換気扇代わりに室内の空気を茜色の空へと飛ばしている。窓の外からはだいぶ寂しくなった蝉の声を押しのけるようにして、練習に打ち込むウマ娘たちの声が響いていた。

     「そーなんスよ!」
     「こういうコトはここに聞くのが一番だ~って、ポッケさんが」
     
     その「ポッケさん」は今、グラウンドの声の一部(人一倍の声量で檄を飛ばす彼女の声は「一部」としてしまうにはためらわれるくらいハッキリと聞こえるのだけど)になっている。彼女はトレセン学園入学以前から彼女を慕うウマ娘たちに囲まれていて、今、私の前で身を乗り出して事態を説明している2人組もそんな取り巻きのウマ娘たちの一員だ。

     突き刺さるような真剣な眼差しから一度身を退いて、手元のマグに意識を落とす。
     相談を聞いている間、相槌代わりに飲もうと思って用意したコーヒーがまだなみなみと揺れている。

     「……わかりました……詳しく説明してください」

  • 43/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:31:09

     「―― それで?どんな噂だったんだい?」

     アグネスタキオンがワークチェアの背もたれを軋ませ、仰向け45度の角度で覗き込んでくる。その背後で陽は水平線の向こうに落ちて暫く。私の対面はクラスメイトで友人のジャングルポケット、ダンツフレームの二人に変わっていた。

     「……その山のかかしは、近くにある集落の人々が設置したものだそうです」
     タキオンが私の元に舞い込んできた相談事を傍聞きしていて、興味を惹かれた時だけ話に加わってくるのは今に始まったことではない。同じ空き教室を棲家にしている以上やむを得ないことと割り切っている。
     私は努めて調子を崩さないようにしながら話を続けた。

     かかしは廃棄品のハギレをずた袋の型に詰め込んだだけの簡素な人形に、これまた廃棄品の服を着せて作られている。
     そのほとんどは村の中に置かれているのだけれど、何体かはこの村の管理する登山道に配置されていて、今回の相談はチームの合宿でこの登山道を特訓に使用することが決まったために持ち込まれた。
     山道は体幹を鍛え、孤独と向き合うという点でいいトレーニングになることは確かだ。企画した側からすればガス抜きを兼ねた一石二鳥のつもりだったろうに。

     「ポッケ君の友人だからと言ってみんな同じチームではないんだね」
     「ったりめえだろ?んな大所帯、トレーナーがパンクしちまう」
     「あ、これかな?村のホームページが出てきた」
     「ほお?これはまた、ずいぶんとレトロなデザインだねえ」
     ローテーブルに置かれたダンツのスマートフォンには、タキオンの言う通り、一昔か二昔前を思わせるデザインのホームページが開かれていた。

     了解を得てからスマホを受け取り、そこに書かれていた文字を追いながら先ほど聞いた話を反芻する。

     『始まりは過疎により減っていく日常風景を埋めるためでした。しかし、次第に数が増え、メディアにも取り上げられるようになると、村興しに活用しようという動きが生まれます。そうして考えたのが、かかしに実在のモデルをつけることでした』

     「……それも、多くの人に知ってもらいたい……"探されている"ひとたち」

  • 54/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:31:27

     有名人や話題のキャラクターを選ばなかったのは、話題性より社会貢献ということだろうか。とタキオンが呟く。その辺りは想像するしかない。どうあれ、かかしはそれぞれ「行方不明になった実在の人物」を元に、背丈や服装を似せて登山道に置かれることとなった。ご家族や友人から依頼を受け、地元警察とも連携しての事業である。
     春には桜が咲き誇る景勝地だから、それなりの露出は期待できるだろう。

     「だけど、そんだけでもなんか……不気味だよな」
     ポッケの尖った耳先がへなへなと地面を向き始める。

     「ふむ、前置きは理解できた。その先がそのホームページには載っていないことなんだろう?」
     勘がいいのか、横で話していた内容を覚えていたのか、タキオンが先を促す。
     私は、ひとつ、深く呼吸してから答えた。
     「……はい……噂によると、行方不明者が出るより先に……かかしが増えていることがあるそうです」


     かかしには実在のモデルが居るのだから、当人が発見されれば役目を終える。情報提供の呼びかけのため個人情報を一緒に掲示していることもあって、そうした場合には速やかに撤去しなければならない。(役目を終えたかかしは服装を変えて村の中に再配置されるそうだ)
     そのため、かかしは数と設置場所をしっかりと記録され、管理されている。見覚えのないかかしというものはあり得ない。

     にも関わらず、ある日現れたかかしは誰にも詳細がわからなかった。

     悪戯か勘違いかと不思議がっていると、村役場に新たな設置依頼が来て、詳細を聞けばその行方不明者は増えたかかしと同じ特徴を有していることがわかる。

     いつ、誰が置いたのか分からない。予言のように、啓示のように、それは現れていた。


     だいたい、そんな話だ。

  • 65/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:31:41

     「な、なあ……」
     ポッケは私たちの手前必死に押し殺しているものの、それでもなお声を震わせていた。こういったたぐいの話が苦手なのだ。それも、かなり。実を言うと今日合流が遅れたのも、オカルト絡みの話題に尻込んだせいではないか、というのが私の邪推だった。
     「どういうコトなんだ……?そのかかしが行方不明になった奴の成れの果てなのか?」
     「犯行予告とか?これから拐いますよー。みたいな?」
     私からスマホを受け取りつつ、ダンツが体ごと首を傾げる。豊かな胸の上で制服のリボンが苦しそうに身悶えした。

     「……いえ、それだと……すぐに連絡が来るのはおかしいのではないでしょうか」
     「いいや、いい着眼点だと思うよ」
     タキオンがワーキングチェアを離れツカツカと歩み寄ると、ポッケたちは自然に身を捩って距離を取った。しかしそれだけではソファに十分な空きができなかったので、作られた空間には誰も腰を下ろさず、ただアームレストにタキオンの手が置かれたのみに留まる。

     「この怪談の恐ろしいところは、まさにそのタイミングにある。尋常な手合いには実現不可能な状況、その不条理さに感じる拒絶感、嫌悪感こそが肝だ」
     「あー?」
     「つまりだよ、ポッケ君。一見不可能そうな事だから何か超常的な力によって実現されているように感じてしまう、というだけなんだ。逆に説明がつきさえすれば、恐怖は感じなくなるはずだ」
     「ンまぁ、それができるならそうだろうけどよ……」
     「できるとも。カフェの言った通り、問題はタイミング……もっというなら事の起こる早さではなく順番にある。”本来なら制作依頼を受けてから作られるかかしが既に存在している”それだけなら不可解で理不尽だが、かかしが作られる前にはもう一つ、これらより前の段階があるだろう?」

     ポッケは首を捻ったが、ダンツはすぐにひらめいたようだった。けれど、それをすぐには口に出さず、自力でひらめくのを待っていると、数秒後にはポッケの口から回答が吐き出された。
     「そもそも……行方不明者が出るほうが先……それが第一ステップってことか?」
     「そうとも」
     タキオンが嬉しそうに人差し指を立てる。

  • 76/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:31:58

     「つまり、
     ①作成依頼が届く。
     ②かかしを設置する。
     これが自然な流れ、通常で正常な手順としてあるから、
     ①にかかしが設置されている。
     ②依頼が届く。
     だと不可解に感じるんだ」

     話しながら人差し指の隣に足していた中指を再び折る。

     「ところが、
     ①行方不明者が発生する。
     ②作成依頼が届く。
     ③かかしを設置する。
     を正常な順序として念頭に置くとどうだろう?②と③が入れ替わったとしても……不可解さは消え、別のものが見えてこないかい?」

     「つまり……かかしを置いたのは行方不明を先に知っている人物!」
     「家族か友人、あるいは本人だろうね」
     「なるほど!……ん?」
     一息の間にポッケの顔が怖気から喜色から疑問へと変わる。
     「なんだってンな事を?」

     「さあね」
     タキオンは肩を竦めると、それを調べるのは彼女の仕事だよ、とでも言うように視線を私の方に流した。
     元からそのつもりではあるのだけれど、ここまでハナ先を突っ込んでおいてそのような態度を取られるとなんだか癇に障る。

     「ねえ、これ見て」
     ダンツが再びスマートフォンを机の上に広げる。
     「いろんな都市伝説の起源や由来を調べてる個人サイトみたい」

  • 87/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:32:16

     眼の前に現れたかかしの、のっぺりとした顔を見つめる。

     このハイキングコースを登り始めて出会ったかかしはこれで4体目。最初こそ愉快なリアクションを付近一帯に響かせていた彼女も、今は静かに息をのむ程度に収まっている。

     「なあ、コイツは……その、どうなんだ?」
     「ただのかかしですね……場所も……このかかしではなさそうです」

     鹿毛のウマ娘、ジャングルポケットはその答えを聞いて口からだあと緊張と警戒を吐き出した。彼女が同行することになったのは完全な成り行きというやつで、向けられた期待の目を裏切る事ができなかったからに他ならない。

     「なんつーか、今んとこ薄気味悪ぃだけだな……」
     「……世間では心霊スポットと呼ばれていても……実際は単に不気味な場所、雰囲気の暗い場所なだけ、ということは……よくありますから」

     役場で貰ったA4用紙の案内地図に印を付けて、視線を前に戻す。

     表情どころか顔のパーツすらも無い、のっぺらぼうのかかし。
     それは村の中に置かれたものも同じなのだけど、あちらは農作業だとか、休憩する姿だとか、生活を模したポーズがつけられていた分、なにか生気のようなものがあった気がする。
     対して、この行方不明者のかかしたちときたら。ポーズは腕を締めて棒立ち、使われている布は風雨にさらされてボロボロとかなり不気味だ。聞いた話では一応定期メンテナンスはしているはずなのだけど。

     首元には情報提供を呼びかけるカードがかけられていて、個人情報の他にモデルの人物の顔立ちや当時の様子を伝えている。

     「……Y県の〓〓〓〓さん。当時57歳。情報の掲示を始めてから5年、行方不明からは8年経過……撤去されていないということは、ご家族からの失踪宣告はまだのようですね……」
     「いたたまれねえな……つか、さっきもその話しなかったっけ?その、なんたら宣告のくだりさ」
     「ええ、登り始める前に……役場で」

  • 98/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:32:29

     登山届は登山口に備え付けられたポストに投函すれば事足りる。けれど今回、私は直接村役場に届け出ていた。かかしを管理している役場なら、その詳細情報や地図が貰えるかも知れないと期待してのことである。

     その際に交わした話だ。
     そこは公民館と一体になった古めかしい役場で、ダルマストーブがやかんを沸かす中、受付には村唯一の若者で唯一のウマ娘だと名乗る20歳くらいの女性が座っていた。

     失踪宣告は行方不明から7年が経つと、その人を法的に死亡したものと見なせる制度である。
     かかしでの啓発活動が始まってから今年でちょうど7年なので、最近は特に意識することが増えた、と彼女は語っていた。

     実在のモデルが居て、その人物はもうこの世に居ないかもしれない。法制度でもその公算が大きいと考えられる時期だ。憶測が恐怖を掻き立て、かかしをより不気味に見せてもおかしくない。

     それが遅れて役場に入ってきたポッケの声の大きさに耳を絞って縮こまりながら話してくれた彼女なりの見解だった。
     都市伝説は聞いたことがあるけども、ホームページやSNSの運営は意外にももう一人の職員であるおばあちゃんが担当していて、ネット対応は一任している。という話は意外性があって面白かった。

     「で?目当てのかかしはもうすぐか?」
     「……どうでしょうか……実物を見てみないと……」

     都市伝説には、その起源となった”心霊写真”が存在する。
     その写真が撮られた場所こそ、この霧深い山で私達の求めているものだった。

  • 109/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:32:44

     ダンツが見つけた記事では、匿名掲示板で起こった一悶着(「祭り」と呼称されていた)を紹介していた。

     「始まりは7年前の『心霊写真が撮れたんだが』ってスレッド?みたい……」

     スマホの前に集まった頭の数が多すぎると判断したのか、ダンツは机の上に置いていたスマートフォンを再び手に取ると、眉間にシワを寄せながら読み上げ始めた。

     「えーっとね……その人は去年の旅行で撮った写真をあらためていて、心霊写真らしきものを見つけたみたい。そこでインターネット大手掲示板『ばちゃんねる』?で見てもらおうとスレッドを立てたのね?スレッドはその真偽を巡って盛り上がったけど……スレ住民?の言葉がキツくて辟易したのか、はたまた個人情報の特定を恐れたのか、投稿者は姿を消します。その後も考察を始める人、乗っかって怪談を始める人などが登場してスレッドは続き、半年が経った頃、とうとう撮影場所が特定されます。再びの盛り上がりを見せたスレッドは有志を募って現場を訪れることになりました」

     その現場というのが、今回の依頼になっている山だった。

     「そして、村興しとして設置されていたかかしが見つかり、心霊写真はこれが映り込んだものと判明しましたとさ、めでたしー、めでたし」
     「めでたか無いだろ」
     そう言いつつも、枯れ尾花を見つけたポッケの顔色は少し良くなったのが見て取れる。

     かかしは当時設置が始まったばかりで、まだほとんど知られていなかったのだろう。と、その記事は締めくくられていた。

     「それじゃあ、そこから発展して、
     ①かかしが見つかる。
     ②それが行方不明者をかたどったものと判明する。
     という流れを、おもしろおかしく翻案したのが”都市伝説”というわけか」

  • 1110/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:32:58

     それなら確かに、かかしのほうが先だったと言えなくもない。ようはその掲示板の住民が知った順番ということだ。
     「つまり、誰かがしたくてそうしたわけじゃなく、たまたま最終怖い話っぽかったから、怖い話に作り変えられたんだな?」

     実際には無かったのなら、誰がなんのためにかかしの事前設置を〜などと考える必要もない。

     「う〜ん、だけどこれ、その時の写真なんだけど」
     ダンツがそう言って画像ファイルを表示する直前、再びポッケの体がこわばるのが見て取れた。

     1枚目はほぼ一面薄いグレー。その中央上寄りに光がひとつ、浮かんでいる。
     2枚目もやはりグレーのもやに包まれているものの、中央では一人の男性がポーズを取っており、その足元に影が映り込んでいて、赤丸が付けられている。

     先端が少し垂れた両耳。ウマ娘の頭のシルエットに見える。

     男性のほうは顔にボカシがかかっていた。気持ち薄そうな生地ではあるものの、登山に適した服を着ている。準備して出かけたのだろう。
     「どっちも三脚に固定して撮られたみたい。1枚目はフラッシュを焚いたら霧で乱反射しちゃってそうなったんだって……撮影前と撮影後に周囲を見た限りでは、自分以外には誰も居なかったって言ってる」
     「だから、マネキンがあったって話だろ?」
     「それならどうして肉眼で気づかなかったのかなってハナシになるの。マネキンを見ていたらこれを見たって心霊写真だ〜なんて思わないでしょ?カフェちゃん何かわかる?」
     「これだけではなんとも……」

     「一つ、推論だがね」
     タキオンがいたずらっぽい笑みを浮かべる。
     「説明できるよ」

  • 1211/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:33:15

     私は少し慎重に辺りを見回していた。
     傾斜の雰囲気、少し開けた木々の配置……
     5つめのかかしもウマ耳はついていなかった。しかし、なんとなくだけれど、心霊写真の場所に似ている気がする。

     背後では少し遅れて足を止めたポッケが疲労と霧の圧迫感にあえいでいる。
     ウマ耳を外した、もしくは外れた形跡はあるかしら?と、もう一度かかしとにらめっこをしていると、とんとんと肩を叩かれた。

     振り返ると、霧の向こう、ルートを外れた場所にかすかにではあるものの影が見える。頭上にはピンと立った両耳。

     「……見つけました」
     「ん?マジか。よく見つけたな、こんなの」

     そのかかしは、ルートから5mほど外れた下り斜面の途中、わざと目立たなくしたかのように存在感無く佇んでいた。霧と対象物の無さで大きさは定かでないけれど、ハーフパンツのオーバーオールは幼さを感じさせる。
     それが、のっぺらぼうの顔を霧に濡らしてひっそりと寂しく立って居る。

     間違いない。ここがあの写真の撮られた場所だ。
     私はスマホを手に、ポッケの方に向き直った。タキオンの「推論」を実証するためである。
     「さっそくですが、まずはフラッシュを焚いて……ポッケさん、そこにお願いします……スマホのライトをカメラ側に向けておいてください」
     「お?おう……」

     パシャリ
     スマホのフラッシュ設定に難儀したがなんとか撮影すると、ほとんど白に近いグレーの画面が映された。その中にもひときわ白く、ポッケのスマホの光が入っている。

     「ネットのやつとおんなじ感じだな」
     ひとまず、再現は成功と言っていい。

     「……それではポッケさん……今度はスマホをこちらに」
     「どうするんだ?」
     そう言いつつも手を伸ばしたポッケから、彼女のスマホを受け取る。

  • 1312/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:33:32

     「……撮影者も……1枚目が失敗だったことには気がついたのでしょう……フラッシュを焚くのはやめて、こうしたんです」

     しゃがみ込んでポッケのスマホを地面から10cmくらいの場所に構える。
     「1枚目の光……あれは、おそらく撮影者が頭に固定するタイプのライトを装着していたのだと思います……道中、本人の視界も随分と悪影響を受けていたことでしょう……」

     タキオンによると、原理は自動車のフォグランプと同じ。低い位置に置かれた光源は、その光が対象物に届くまでに通過する霧の層が少ないため、乱反射を抑え、より遠い視界を確保できる。

     黄色ならなお良し。
     私は、胸元に結わえたサイリウムを一瞥した。

     逆に、視界と同じような高さに光源があれば乱反射の量は最大になる。レンズとフラッシュの高さに差異がないカメラでも、ヘッドライトでも同じことだ。地形が作用して地面スレスレには特別霧が薄い層ができていたのかもしれない。と、タキオンは続けた。

     「撮影者は頭のライトを地面に置いて2枚目を撮影したんです……それが、フォグランプの働きをしてより遠くまで写す結果になった……本人はその後すぐライトを頭に戻したのでしょう。肉眼で影に気づくことはありませんでした……」

     霧の中でヘッドライトを装着していることを考えると、撮影者にフォグランプの知識があったかは怪しい。むしろ逆に無知だった証拠のように思える。おそらく撮り直す際にはフラッシュより弱い光源、程度に考えたのではないか。
     兎にも角にも、こうして"心霊写真”は撮影された。

     「なあ、もしかして……それも前に聞いたか?」
     「……ええ……タキオンさんが説明していましたよ」
     ポッケが「難しい事はあんまり頭に残らねェんだよな」と頭を掻く。

     パシャリ

     「どうだった?」
     「……これで、証明できました……都市伝説の発端……心霊写真は光源を低く置いたこと、たまたま背後の霧の奥に映り込むものがあったことによる……偶然の産物です」

  • 1413/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:33:48

     廊下に取り付けられたスピーカーから17時を告げるチャイムが鳴り響いている。
     旧理科準備室のスピーカーはというと、表向きは空き教室であるためかいつの間にか壊れて鳴らなくなったまま放置されていた。この部屋を使い始めたころにはまだ、ノイズのひどい声で働いていた覚えがある。

     私は、耳の向きを正面に座る2人のほうへと戻した。
     「―― 以上が、都市伝説と……その起源にまつわる心霊写真……その検証結果です。登山道も見て来ましたが危険は……霧の他は一般的な山の危険以外、見当たりませんでした」
     隣で腕を組んでいたポッケもふんとハナを鳴らす。
     「俺も見てきたが、何事も無かったぜ。カフェもこう言ってるし、保証する」

     「よかったぁ」
     「さっっすがポッケさん!」

     彼女ら2人は最初の相談の後、ポッケに「相談したが反応が芳しくなかった」「ハキハキしていない」「あれはダメかも知れない」などと泣きついたらしい。私としてはそんなつもりは無かったのだけど、どうも普段からポッケの姉御肌に触れている彼女らからすると私の受け答えは消極的対応に見えたようで、これからは相談を受ける時の姿勢に気をつけるべきだと自省した。

     そうして、涙目の彼女らに胸を叩いて「自分がなんとかする」と言ってしまったポッケは、おっかなびっくり私と2人で顔と名前のないかかしの待つ山へと向かったのである。

  • 1514/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:34:02

     「それだけじゃあ無かったんだろう?」
     タキオンがそう切り出したのは、今回も依頼人の2人が帰ったのを見計らったタイミングだった。
     「ん、まぁな」
     「……ですが、彼女たちには話さないことにしました……どこまで行っても推論ですし……」
     「その方がいいだろうってな。俺もそう思うぜ」

     今回の件は偶然の重なり合った上に成り立っていて、霧立ち込める箱の底に悪意は見当たらなかった。だから、黙っておいたほうが良いだろうと決めたのだ。
     ポッケとその意思共有をしたのは、登山ルートの佳境。頂上にたどり着いたときのことだった。

  • 1615/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:34:24

     山頂までは霧も届かないのか、道中とは打って変わって開けた視界に迎えられた。空を覆っていた雲もいつの間にか薄く引き伸ばされたようにかすかなものとなっている。

     依頼のあったあの日、旧理科準備室で「なぜ、都市伝説が生まれたのか」まではおおよそ見当をつけることができたし、"心霊写真”が撮られた理由についてもタキオンがホワイトボードを引いて説明してくれた。

     でも、それでは不十分なのだ。
     まだ大きな謎が1つ、霧の底で息を殺して寝転がっている。

     「……ポッケさん」
     「あん?」
     「……都市伝説の成り立ちは、7年前の掲示板での騒動……ですが、発端をたどれば一枚の心霊写真にたどり着きます」
     「まあ、そうだな?」

     スレッドの発端になった写真、撮影者は途中で姿を消してしまったのでその詳細は語られず、撮影場所の特定までには半年を要した。
     「……逆に言えば、探せる程度の情報は……あのスレッド内に残されていた……ということです」
     「で、探した結果、ニセモノだったって話だろ?」

     「ええ……心霊写真は勘違いということになりました。映り込んでいた影と、現場を訪れた人々の見つけたかかしが……同じ場所にあったので」
     私は今は眼下の光景になった登山道のほうを見遣った。山の奥だからか、秋の気配が茶色く湧き立っている。
     「……ですが、思い出してください……映り込んだものがかかしだと断定されたのは、”特定された場所にそれがあったから”です……これはおかしいんです」

     スレ主が消えてから、撮影場所が特定されるまでは半年。しかし、それは「写真が撮影されてから半年」ではない。

     「撮影者が映り込んだ影に気づいたのは、“昨年の写真をあらためていた時”……ですから、撮影の翌年です……合わないんです。かかしの設置開始時期と」

     役場でも確かに聞いた。かかしの設置開始からはちょうど失踪宣告が有効になる7年が経過している。つまり、スレッドが立ち、半年をかけて場所の特定に漕ぎ着けたのと同年である。

     「……つまり、心霊写真に映り込んだかかしは……設置される前年からそこに存在していたことになってしまいます」

  • 1716/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:34:43

     ポッケが顔を青くしてうめき声をあげる。
     認知されるより早くに、かかしが置かれていた。
     これでは、真相を解き明かしたと思っていた都市伝説がもう一度現れたようなものだ。しかも今度は写真という証拠まで存在している。

     実を言うと、私がここへ来たのは、実証実験のためだけではなくその矛盾に気づいたからだった。見極める責務があった。
     「……ですが……さきほど確信しました。映り込んだのは……本物なんです」
     「本物の……幽霊?」
     掠れた声が風に負け、それともかかし?というのは唇の動きだけだった。

     ゆっくりと左右に頭を振る。
     「……いいえ、かかしのモデル……その人です」

     都市伝説の成り立ちについて立てた仮説と同じである。順番の問題だ。
     「かかしには……必ずモデルが存在します。実在の行方不明者なのですから……それなら、かかしの前に、行方不明者発生の前に……必ず本人の存在があります」

     かかしが他のものと同じく失踪時の服装であるなら、彼女の服装は初等部から中等部くらいのローからミドルティーンに思えた。
     今も生きているのなら、村に居るのなら、そこで最も若い働き手になっているだろう。

     「私の推測では、私たちは彼女に出会っています」

     村唯一のウマ娘だと、彼女自身が言っていた。
     「……くだんのかかしは地図に載っていませんでした……単なるミスと片づけてしまうには妙なことです……何か、できることなら知られたくなくて、それでも存在を知った上で探しに来た人物には見つけてもらわないといけない……そんな事情があったのではないでしょうか」
     「えーっと、前半はよくわかんなかった。後半は俺らみたいな、”都市伝説を知った上で確認に来る連中”の対策ってことか?」
     「ええ……おそらく……」

     秋の山々を覆った霧が低く流れている。
     エンゼルラダーが幾筋か降り注ぎ、それを背にポッケは固唾を呑んで次の言葉を、納得できるシナリオを、私の考える答えを待っている。

     「ここからは随分と勝手な……私の推測です。それに……事実確認をしようとも思いません」

  • 1817/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:35:00

     写真の撮影時期は語られていないが、撮影者の服装と、何より今日と同じように霧が出ていたため、秋に差し掛かったころなのではないかと思う。ハーフ丈のオーバーオールは霧の冷たさが身にしみたことだろう。

     「彼女は何かから……逃げ出してこの山に迷い込み、村の人達に保護されたのではないでしょうか」
     おそらく、酷い家庭環境から逃げてきたのだろう。そうでなければ、保護された時点で早々に送り返されていただろうから。

     「ポッケさんの声に酷く驚いた……いえ、怯えた様子でした……」
     耳を絞り、縮こまるのは驚いただけの反応にしては大仰だ。何か過去の傷に響くものがあったのだろう。
     「なんか……すまねえ事したな」
     不可抗力なので仕方がない。とフォローを入れる。

     「保護されてからしばらくして……あのスレッドです……彼女が写真に映り込んでいたことがわかります……」
     SNS担当というあのおばあちゃんが見つけたのだろうか。
     「村の人達は彼女を匿い続けるため、心霊写真の正体を新たに用意することにしました……真相が知れれば連れ戻しに来るかもしれません……それは避けるべきだと、村の総意で決まるほどの事でした」

     そうして7年前、かかしの展示が始まった。
     本当の理由を森ではなく村の中に隠して。

     「なるほど、現場が探せるだけの情報があるなら」
     「村の人達はすぐに気づいたのでしょう……もしかしたら、スレで無関係な怪談話をしていたのも、彼らだったのかもしれません……」
     結果的にスレッドは生き残り、現場の特定、かかしの発見へと漕ぎ着けることとなり、事態は終息へと向かった。
     特定したのが準備を万端に整えた村側だったのか、機の熟したスレ住民たちだったのかは今となってはわからない。

     ただ、一連の流れが都市伝説として残ってしまったのは計算外だったように思う。
     そのせいで今でもかかしを撤去できずに居るのだから。

  • 1918/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:35:16

     「なあ、どうする……?」
     この推論が事実であるなら、どこか然るべきところに通報するのが筋だろう。警察とか。
     しかし、
     「……今のお話は、私の想像です」

     大声に対する怯えが取れた後の彼女は、村のことを話すとき、楽しそうに笑っていた。おばあちゃんも優しい笑みでそれを見つめていた。
      ”心霊写真”に写りこんだ彼女の耳より、その後彼女をモデルに作られたかかしの耳の方がピンと張って元気そうだったのは、かかしが作られるまで長く見積もって1年半の村の生活で健康状態が大幅に改善したから、というのは希望的観測に過ぎるだろうか。
     「ですから……このまま放っておいていいのだと思います」

     ポッケは深くため息をついて頷いた。
     空の他には何も同じ高さに無い、山頂での出来事だった。

  • 2019/19◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:35:33

     「お疲れ様!山登りはどうだった?」

     土産話をまるっと聞き逃すタイミングで、ダンツフレームが元気に胸を揺らしながら扉を開けた。
     旧理科準備室の窓はいつもの放課後と同じように開け放たれていて、暗幕がサーキュレーターを押し返して吹き込んだ風に乗ってはためいている。

     私はというと、心地いい程度の筋肉痛。それから、同じ話をもう一度する気にはならないくらいの充足感。
     「気分転換には……なりましたね」

     「それで?心霊写真の謎は?」
     「事前に予測した通りだったようだよ。かかしは確かにそこにあったそうだ」
     ダンツの質問にはタキオンが答えた。このまま彼女に任せてしまおう。
     グラウンドから聞こえる練習の声に加わってくると宣言したポッケの背中を見送って、私はソファの背もたれに深く、深く身を沈めた。

    Part.15:顔も無く、名も無く、
    おしまい

  • 21◆C/LYSh87ko24/12/14(土) 20:36:19

    あとがき

    お付き合いいただきありがとうございました。

  • 22二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 20:45:06

    絵うまいな、おい(最初の感想)
    SSはゆっくり読みます...

  • 23二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 20:45:38

    金曜の人オッスオッス!久しぶり

  • 24二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 20:48:26

    ドラマ相棒のようなミステリーで楽しませてもらいました……!

  • 25二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 20:52:09

    推測とはいえ本当に怖いのは生きた人間ってことかな

  • 26二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 21:11:22

    ミステリータキカフェの人でSS書いてる?の人!
    素敵だぁ…

  • 27二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 21:20:55

    最後にタイトルが出る演出すき!

  • 28二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 21:54:45

    良いSSだった
    謎が解けたと思ったら一つ残ってたのとか、最後で腑に落ちる感覚があるとミステリ読んだなって気になるわ

  • 29二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 23:26:00

    良かった。過去作も読ませてもらいます

  • 30二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 23:38:10

    こういうミステリー書ける人って尊敬するわ……乙です
    あと、お元気そうで何よりです

  • 31二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 05:28:22

    自分の曖昧過ぎる記憶だと少なくとも2年以上前からこの小説の構想されてませんでした……?
    お疲れ様です

スレッドは12/15 17:28頃に落ちます

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