- 1◆tPQUN8bj1k24/12/14(土) 22:42:51
夏にしては控えめな温度。野晒しにされたアイスクリームでも十五分は持つかと思えるような、そんな暑さの夜でした。
現在私────ドリームジャーニーは、トレセン学園恒例の夏合宿へと来ています。平時よりもレベルが高く負荷の大きいトレーニングを積み、力を大きく伸ばすのが目的。
かくいう私もゴールドシップさんやナカヤマさん、そしてオルと共に日々過酷なトレーニングに励んでいます。
その証とでも言いましょうか。こうして夜道を歩いていると……足先や太ももに筋肉痛にも似たような、仄かな痛みが走っています。もちろん骨折由来などのものでないことは確認済みですし、想定の範疇の結果でもあるので問題はありません。
トレーナーさんにも言ってはいませんし悟らせてはいません。余計な雑念を与えるわけにはいきませんからね。
(体を痛め付けているのだから、全く痛みが無いのはそれはそれで問題……。今夜の休息で、問題なく回復できる範囲だ)
軽く脚を揉みつつそう思っていると……いつの間にか目的の場所に到着していたらしい。歩を止め、片手に持っていた団扇で体を扇ぐ。
トレセン学園指定のジャージ……ではなく、合宿所でレンタルしてもらえた浴衣の隙間に風が入り込んできます。
予め着る機会があればと調べておき、そして選べる物の中から最も私のイメージに合うだろうと見繕っていた浴衣。
……そもそも私が今日の夜を合宿所ではなく外で過ごすことになった理由。それは、この合宿所の近くで行われている夏祭りの中での、花火を見るため。
そしてちょうどここは……その夏祭りの会場から少し外れた場所。打ち上げられる花火が、よく見える地点だ。
「…………」
夜空を見上げる。
これから花火という絵が描き込まれる予定のキャンバスには、幾つもの星も浮かんでいました。空に花火の下書きをするついでに……私の隣にも、とある下書きをします。
もうすぐここに来るであろう……私のトレーナーさんの姿を。 - 2◆tPQUN8bj1k24/12/14(土) 22:43:51
今夜、夏祭りに参加してリフレッシュしよう。それ自体、提案してくれたのはトレーナーさんでした。
『ジャーニーは最近トレーニングとか、この夏にレースがある娘への遠征用意の手配とか色々忙しかったでしょ?だからちょっとリフレッシュも必要かなって』
あの人らしく、私のことを気遣ってくれたそうです。下心の無い純真な瞳が、よく印象に残っていました。
「ふふッ……」
無意識的に声が出てしまい、反射的に口許を押さえる。
……誰かに聞かれていなかったでしょうか。耳と鼻を総動員して、人の気配が無いこと確認し、そっと胸を撫で下ろす。
どうも最近は、彼のことを思うとつい微笑みが漏れてしまうようです。
自分の一挙手一投足には注意を払っているつもりでしたが……オルに指摘されるまで、自分にこんな癖が増えていたなど気づいていませんでした。
(私もまだまだ……ですね)
────このことを『問題』だと思えない点も含めて、ね。 - 3◆tPQUN8bj1k24/12/14(土) 22:45:45
それはさておき。
浴衣の帯に挟んでいたスマホを取り出し時刻を確認します。
……集合時刻の、三十分前。
それを確認するとスマホを元の場所に戻し……団扇で風を撫でつける。
『早く着きすぎたか』とは……私は思いません。
トレーナーさんがこの手の待ち合わせ場所に来るのは、決まって二十分前。それはこれまでの経験や、私以外の方との待ち合わせを調査した結果からも間違いありません。
どうも彼は『人を待たせる』という行為に、過剰に気を遣ってしまうタイプのようです。……その気質自体は素晴らしいものですし、まだ私がとやかく言うものでもないと思います(無論、この先少しずつ矯正する必要はあるでしょうが)。
となれば私がここで本来取るべき行動は……約十五分前にここに着くように、調整して移動すること。
トレーナーさんと私の着く時間があまりにタッチの差になってしまうと、彼は私に遅れまいと更に向かう時間を早めるかもしれない。しかしそれが五分の差であれば……彼は今の二十分前到着の選択を正解と考え、その時間から動くことはないでしょう。
そして同時に五分が、トレーナーさんを一人きりで待たせてしまうことへの、私の中の限度一杯の時間でもあります。
だからこうすれば、お互いに気を遣わず全てが上手くいく。
にもかかわらず……どうして私はトレーナーさんより十分も早く着いてしまっているのか。彼に余計に気を遣わせる、愚かな行為だというのに。 - 4◆tPQUN8bj1k24/12/14(土) 22:48:02
「ふふッ。その理由を知りたいかい?それはね……」
なんとなく自分のその思考が赤ずきんの問い掛けと重なり、私はつい狼の真似をしながら口を開いていました。
────それとほぼ同時に、ウマ娘の耳が背後からの足音を捉えます。……この体重の掛け方、歩幅のリズム……間違いありません。
私のトレーナーさんです。
振り返ってみると、ちょうど私とトレーナーさん、目が合いました。慌てたように彼はこちらへ走ってきます。
「ゆっくりで良いですよ。私も今来たところですから」
聞こえているかはわかりませんが、一応。
パタパタと団扇と尻尾を振りながら、私は彼に言葉を投げ掛けました。
────どうして、こうなることがわかっていたのに私はトレーナーさんよりも早く来てしまったのか。
(それはね……貴方を待つ時間が好きだから、ですよ)
数分後、夜空に満開の花が咲き始めました。 - 5◆tPQUN8bj1k24/12/14(土) 22:48:54
「綺麗だったね、ジャーニー」
「えぇ、とても。……せっかくですし、お祭りの方にも行ってみましょうか。ゴールドシップさんやナカヤマさんも顔を出すそうですし」
「そうだね、何か面白いものがあるかもだし。……あ、それとさジャーニー」
「はい?」
「もしも歩いてる中で脚が痛くなったら、ちゃんと言ってね?」
「…………」
「ジャーニーが特に何も言ってこないから、きっと筋肉痛程度だとは思うけど。それでも心配だからさ……って、ジャーニー?どうしたの?」
「……ふふッ。いいえ」
「やはり貴方は、好ましいお方だ」 - 6◆tPQUN8bj1k24/12/14(土) 22:51:09
- 7◆tPQUN8bj1k24/12/14(土) 22:51:58【SS注意】あたたかい手|あにまん掲示板 息を吐いた傍から冷えて固まってしまうんじゃないかと思うような、そんな寒い日のことでした。 例年より長い気がする夏を終えて、私……ダンツフレームが通うトレセン学園は、11月を迎えていました。……一年を…bbs.animanch.com【SS注意】オルフェーヴルがトレーナーを見限る話|あにまん掲示板 ────何故、自分は隠れてしまったのだろう。 冷静になってみて、脳裏に浮かぶのはそんな言葉だった。 秋が薄まり、仄かに冬が到来し始めているトレセン学園。校内に漂う空気は本格的に冷たくなり、正門前や中…bbs.animanch.com
直近の作品です。時間があればこちらもよろしくです
- 8二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 22:55:30
良いトレジャニだったのでお気に入り行きにしといた
- 9二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 22:59:48
私「が」待つ理由かぁ……なるほど乙です
- 10◆tPQUN8bj1k24/12/14(土) 23:07:13
- 11二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 23:45:03
良いトレジャニやったやで
- 12二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 00:06:06
いいものをみせてもらった
- 13◆tPQUN8bj1k24/12/15(日) 00:29:12
- 14二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 10:34:47
良いトレジャニだった
5分以上待たせていられない姉上可愛いね - 15二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 10:51:18
やはりジャーニーも乙女なんですねえ
このあとトレーナーにおんぶしてもらってそう - 16◆tPQUN8bj1k24/12/15(日) 18:27:46