【SS】カスミ「温泉開発……悪くはないな」

  • 1124/12/15(日) 19:07:04

    諸君、人の話を聞くのは好きかな? 私は大好きだ!

    何せ人の語る言葉には必ず想いが存在する。意図せず吐いた言葉の一つだって抱えた想いや思想に思考、それらから導き出された混合物とも言えるだろう。
    もちろん嘘を吐く者だっている。嘘を吐く相手が目の前の人物なのか自分自身に対してなのか、そもそもの望みと反対のことを自分の望みだと勘違いしている連中も当然存在する。

    しかし、しかしだ。それでも口に"できる"言葉というのは意図や意志、思考に思想が堆積して出来上がるものであり、突然彼方からの電波に脳を汚染でもされない限りは来歴なき言葉なんて吐けないものさ。

    ああ、いや、これは決して語った言葉が語った人物の思想である、なんて極端なことを言いたいわけじゃない。
    その考えを知っているか知らないか、ただそれだけで、それ以上を決めつけるだなんて愚の骨頂と言わざるを得ないな。この世には理解できるが共感ができないものもあるし、理解はできないが何となく共感できるものだってある。どちらもできない場合もあれば、どちらもできる場合だってある。

    ただそれだけの話なのに、それが自分の思想であるだなんて決めつけるのは早計なんじゃないかと私は警鐘を鳴らしてやりたいね!

    おっと、話が逸れたかな? では話を戻そう。君たちは人の語る言葉が好きかな?
    人には言葉を騙り、言葉で隠し、言葉で自分を隠して騙る者がいる。分厚い理性の岩盤で覆い隠して、本当の願いすら見失った者がいる。

    実に哀れな存在とは思わないかい?
    取れない葡萄を酸っぱい葡萄だと思い込む狐ぐらい悲しい存在だ。

    だから私は、その分厚く頑丈で意固地な"岩盤"とやらを"爆破"したいのだよ。

    金の卵を産む雌鶏を欲望のままに潰す行為を私は肯定しよう。そうしたいのならそうすればいい。
    葡萄が取れないのならその木をへし折ればいい。もっと人は自分の欲望のままにあるべきだ。だってその方が楽しいだろう? じゃあやるべきだ。一時の愉快は一生の不愉快よりも優先されるべきで、私は理性の贅肉を削ぎ落す手伝いをしてやりたいのさ。

  • 2124/12/15(日) 19:07:47

    ――その想いは、今でも変わらない。

    そして、私は知らなかったんだ。
    この世にはごく稀に、壊すべきでないものが存在するのだと。

    私は人の利害関係をまとめ上げるのが得意だ。きっと誰よりも私の方が上手くやれる。我々の間に仲間意識なんて特には無かったが、それでも角がへし折れた彼女は足を洗ってしまった。だったら多少派手めに動いたって構いやしない。あの猫かぶりも当分は潜伏中だ。"教授"の秘密は暴かれない。

    ずっとやりたかったことがあった。
    私だったらギャングをまとめて犯罪結社連盟を作り上げることが出来るし、あの時は実際にそうして見せた。ゲヘナ学園そのものを陥落させて、混沌に満ちた自由な自治区にしてやることだって容易なのだと、本気でそう思っていた。

    だから私は自らの知性を試すべく、知略と謀略と策謀の限りを尽くしてゲヘナ学園へと挑んだんだ。


    …………。


    さて、物語を語るに当たって、初めにネタばらしをしよう。
    この物語の結末は、突然現れた空崎ヒナが何もかも滅茶苦茶にして終わりを迎える。
    私の知略も謀略も策謀も、その全てが圧倒的で純粋な暴力ただひとつで無に帰した。

    私は爆破が好きだ。その結果自分が報いを受けようとも、爆破の瞬間が見られたのなら満足できる。
    だから自分が自分の行動の果てに後悔するだなんて思ったことすらなかった。そして私は後悔した。

    傍から見れば諧謔的な遁走劇がこの物語の結末だ。
    驕った小娘が惨めに逃げ惑いながら敵に回してはいけない存在があるのだと分からせられる話でしかない。

  • 3124/12/15(日) 19:08:21

    さて、最初の問いに戻ろう。
    諸君、人の話を聞くのは好きかな?


    もし好きならどうか聞いて欲しい。去年のゲヘナで何があったかを。
    そして如何にして、この鬼怒川カスミが15歳の時に温泉開発部に入ったのかを。

    -----

  • 4二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 19:09:13

    もう好き
    何やこの語彙と教養の無呼吸連打

  • 5二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 19:10:33

    なんかすごい物語が始まりそう
    なんとなくだけど雷帝を討ての人?

  • 6124/12/15(日) 19:14:03

    >>5

    何故分かった!? 夢見ホシノの再録をようやく書き終えたので、今度はカスミの話です。

    エタらないよう頑張りますので宜しくお願いしまァす!!

  • 7124/12/15(日) 19:15:14

    そこは打ちっぱなしの殺風景な部屋だった。
    家具らしい家具は特になく、唯一あるのは壁掛けテレビとソファだけ。
    部屋の片隅にはATMが置かれているが、当然札束が入っているわけでも無ければセントラルネットワークに繋がっているわけでもなく、ただの置物に過ぎなかった。

    部屋に入った私は飛び込むようにソファへ座って、それからリモコンを手にテレビを付ける。
    流れだしたのはクロノススクールのトップニュースだった。

    【昨日午後6時40分ごろ、トリニティ自治区の学生支援センターにて、大規模な詐欺集団が逮捕されました】

    ニュースキャスターに読み上げられたのは、学生証を転売するべく詐欺に加担していたトリニティ生の逮捕劇であった。
    捕まったのは20名。個人情報もろとも学生証を騙し取ってはブラックマーケットで売り払っていたらしい。
    学生証を盗られた生徒は個人口座をロンダリングなどに使われたらしく、それはもう根深い社会問題に発展しそうな勢いだ。

    「いや、怖いね! 詐欺集団だとさ。捕まった彼女たちは裁判中らしいが……あれはもう無理だな。上手く行っても飼い殺しだろうね」

    けらけらと笑って見せながら、私は部屋の入口へと顔を向けた。
    私と一緒にここまで来てくれた、ギャングの幹部に。

    「ですが、その……あれは"教授"が手引きしたのでは?」
    「ん? そうだな。しかし彼女たちも本望だろう。もう買わないと言ったのに欲を抑えきれなかったんだ。やりたいようにやって、その結果捕まった。それだけじゃあないか!」
    「…………」

    幹部は身じろぎもしないまま、呆れたように溜め息を吐いた。
    あれは私の"悪癖"に対して理解も共感もできないという感情の発露である。そしてその悪癖は自分たちに牙を向くようなものではないと、向けられたとて捻じ伏せられると信じている。実に良いことだ。

    「ああ、そうそう。約束のものだったね」

    そう言って私はソファのクッション部分を外す。その中には紙袋がひとつ、取り出してから幹部へと渡した。
    幹部は中身を覗いて確認すると、約束のものを得たと言うように頷いた。

  • 8124/12/15(日) 19:15:42

    「確かに。では報酬と、それからあなたに"預ける"現金は3時間後に」
    「ははっ、これからも困ったことがあったら相談してくれ! 24時間対応のサポートセンターみたいなものだしな! ハーッハッハッハ!!」

    そうして幹部は去っていった。紙袋に入った20人分の学生証を手に。

    さて、と私はテレビを消してソファに寝転がる。
    トリニティでは派手に稼いだ。金をじゃない、信用をだ。おかげで裏社会とのコネは以前に増して遥かに増えた。

    (退学生徒ならともかく、大人社会に食い込むのは骨が折れたな)

    私は懐から一枚のカードを取り出す。キャッシュカードを模したオモチャのカードで、トリニティで活動していたときに偶然手に入れたものだった。
    しかし、この中身はオモチャで済ませて良いものでは決して無い。この陳腐で薄っぺらなカード一枚でキヴォトスを滅ぼせる代物だ。

    「さぁて……そろそろトリニティも潮時だし、次は何処に行こうか」

    むむ、と思考を巡らせて、そうだと手を打った。

    「確か……去年頃に起こったクーデターで山ほど退学者が出ていたな」

    ゲヘナ学園。治安が著しく悪化しているあの学校なら、もっと色々出来そうだ。何より、クーデター後に標榜された校風が実に気に入っていた。
    自由と混沌。それはまさしくこの鬼怒川カスミのためにある言葉というもの。

    (せっかくだから、ギャング共に学園を乗っ取らせてみるか……)

    前代未聞の大事件になるだろう。特にゲヘナのギャングたちはクーデターをきっかけに大打撃を受けているのだというから、それはもう鬱憤が溜まりまくっているに違いなかった。

    「いよぉし! それじゃあ早速、ゲヘナに行ってみるか!」

    後に、トリニティ自治区にて空きテナントが一件ガス漏れで爆発したと通報があったが、そこから居なくなった者の存在に気が付く者は誰一人として居なかった。
    -----

  • 9二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 19:20:22

    >>6

    なんでもなにも、あんたほどの文章を書けるようなSS書きがあにまんにそう何人もいてたまるか!

  • 10二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 19:23:46

    要するにここにはあんた未満の腕前の奴らしかいないからすぐ分かるって言いたいんだよ

  • 11二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 19:26:05

    このレスは削除されています

  • 12二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 19:29:42

    >>10

    言わんとする事はわかるけどその言い方は品がないからやめときなー…

  • 13二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 19:32:09

    まあ>>9の発言内容はつまりそういう事だからね

  • 14二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 19:35:48

    マジレスするなら文章力に加えて文体の雰囲気とか奇抜な独自解釈・独自設定の入れ方、主舞台がゲヘナであること、主役となるキャラの軽妙な語り口から始まるプロローグ、章区切り記号の一致とかいろいろ判断材料はある
    まあ何が言いたいかって言うとこの1の書くSS(ショート…?)は面白いってことだ

  • 15124/12/15(日) 19:37:22

    褒めてくれて嬉しいぜ……!
    相対評価だと気楽に喜び辛いから絶対評価で褒めてくれるともっと嬉しい!

  • 16124/12/15(日) 19:37:40

    「あの、サツキ先輩、ちょっと聞きたいんですけど……」
    「どうしたのイロハ。そんなに顔をしかめちゃって」
    「マコト先輩のことですよ……」

    私はげんなりと肩を落としながら、万魔殿の資料室で溜め息を吐く。
    私が入学してからもうじき一か月が経つであろう、四月の終わりのことだった。

    万魔殿はゲヘナの生徒会で、いわゆる"お役所仕事"をやるような部活だと聞いていた。
    堅苦しくて融通も利かず、逆に言えば杓子定規な仕事だけで適当にやれる部活なのだと思っていたのだ。

    それがどうだ。そもそも面接の時から様子がおかしかった。

    「キシシッ、万魔殿に無能は要らん。成績上位者の中でも選ばれたトップクラスの人材が必要なのだ」
    「まぁ、はい。そう聞きました」
    「ではどうやって選別するか……イブキ!」
    「はい!」

    なんか、面接側の席についていた小さな子が元気よく手を挙げた。
    可愛い。ぎゅっとしたらよく眠れそう。そんな感想が一瞬頭を過ぎったが、そもそも何故こんな子がここに居るのだろうか?
    ゲヘナが飛び級制度を採用しているのは知っている。それでも大きく見積もったところで良くて中学生。小学生だと言われても納得できるような子がそこに居た。

    「えっと、イロハ先輩の好きな食べ物はなんですか?」
    「え、あ……まぁ、プリンとか嫌いじゃないですね」
    「わぁ! イブキとおんなじだぁ!」

    可愛い。本当に可愛い。なんだかもうそれだけが正義なような気がしたが、いやいやと首を振る。
    いまこの子は私を何て呼んだ……?

  • 17124/12/15(日) 19:49:43

    「あの、質問いいですか?」
    「いいよ~! 何でも答えるよ~!」
    「ええと……イブキ"先輩"、ですよね? ゲヘナ学園二年生の」
    「ううん、違うよ~。イブキねぇ、来年入学するんだ~!」
    「そうなんですかぁ……」

    (……部外者では?)

    可愛さに絆されかけたが、ゲヘナ高等学園の生徒ではないと言うことであれば益々そこにいる意味が分からない。
    まぁ、いいか。可愛いし。考えるのが面倒になって聞き流すことにする。

    「じゃ~あ、次の問題です!」
    「質問じゃなくて問題なんですね」
    「ここに! アイスクリーム2コと、プリン1コがあります。全部で何個でしょうか~?」
    「…………三個、ですかね?」
    「ぶぶー! 残念! 正解は~……『おやつが3コもあったらすっごく幸せ~』だよ!」
    「……なるほど」

  • 18124/12/15(日) 19:49:57

    なんかもう、それでいいや。私はそう思った。
    だって可愛いし。それが一番なんじゃないかと納得した。

    「それじゃあ、最後に~?」

    そう言ってイブキが私の前まで歩いてくる。それから小さな手を私に差し向けた。
    何か渡さなきゃいけないものでもあっただろうかと一瞬考えたが、そんなものは無かったはずだ。
    よく分からないままその手を握ると、イブキはぎゅっと掴み直して花丸の笑顔を私に向けた。

    「えへへ、あっくしゅ!」
    「――――ッ!!」

    雷に打たれたかのような衝撃が走った。
    震える手でイブキの頭に手を伸ばす。ふわふわとした髪が指の間をすり抜ける。まるでお人形さんのようで、私は夢中で頭を撫でていた。

    「んゅ……くすぐったいよ~」
    「っ!!」

    ぎゅっと抱きしめると、お日様のような匂いがする。これは、これは何という事だろう……!

    「キキッ、合格、だな」

    そしてハンコが押されて私は万魔殿へと入部した。
    ――と、入学時のことを改めて思い出して首を振る。

  • 19124/12/15(日) 20:06:44

    「いやいや、おかしいじゃないですか……。なんか色々雑過ぎません?」
    「イブキちゃんを大切に出来る子かどうかが大事なのよ」
    「ま、まぁそれはそうかも知れませんが……そもそも、マコト先輩いま何やってるんですか? 仕事だけ私に押し付けてどっかに行ったんですけど」
    「あ~うん、それは……」

    サツキ先輩が遠い目をして苦笑いを浮かべる。その理由を私は噂で知っていた。

    「聞くところによれば、風紀委員長にする嫌がらせの道具を買い集めに行ったそうじゃないですか。なんかどんどん万魔殿の倉庫が変なもので埋まっていくんですけど。この前だって不良生徒を集めてミントの種とか集めていたようですし」
    「風紀委員会の花壇に投げ込んでやるって張り切ってたわね……」
    「あの人、万魔殿の議長ですよね? ゲヘナの代表ですよね? 何でなんですか? というより何なんですか?」
    「うぅ~ん、それは……」

    何とも歯切れの悪いサツキ先輩に対して、別に怒っているわけでは無い。ただ、次から次へと仕事を増やすあの人のことが知りたいだけである。というより、何かしらの事情が無くては留飲も下らない。いや別にそこまで怒っているわけでは無いのだが……。

    「何て言えばいいのかしら……。万魔殿の議長がマコトちゃんであることに皆が賛成したから、って言えばいいのかしらね」
    「何かしら凄い功績でも上げたってことですか?」
    「それは……まぁ、私もよく覚えていないのだけれど……、とにかく、マコトちゃんは凄いのよ!」
    「……具体的に?」
    「ふ、不透明なカリスマ性?」
    「覆い隠されてますけど」
    「ま、まぁ! でも、マコトちゃんは人を見る目だけはあるから!」
    「バンドマンにDVされてる彼女みたいな発言ですねそれ」
    「イロハなら出来ると分かっているから頼まれるのよ! その辺りの匙加減だけは本当に上手いから、そこだけは信じてあげて!」
    「はぁ……まぁ、いいですけど」

    半目で仕事に戻って押し付けられた書類を片付けに掛かる。
    内容は、ゲヘナ自治区内における銀行の引き出し額を地域別にまとめる作業だった。

    -----

  • 20二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 20:09:20

    ここまで読む限り世界観は雷帝SSと繋がってる感じかこれ
    あっちを読んだ後だとそりゃイブキを大切にできる人材集めるわ…ってなるけれど

  • 21二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 20:17:20

    >>20

    前のレスにもあったけど雷帝SSってのがあるのか。まだ閲覧してないから貼ってくれると嬉しい。

  • 22124/12/15(日) 20:39:31
  • 23124/12/15(日) 20:40:24

    「噂はかねがね聞いているよ。確か……トリニティのブラックマーケットを派手に盛り上げたそうではないか」
    「全く耳が早いな! それに盛り上げた、という表現も実に的確じゃあないか。私はあくまで賑やかしだからな」

    ゲヘナ自治区、表通りのオフィスビル最上階。
    ワインを手に葉巻をくゆらす"如何にも"な人物こそがゲヘナ自治区を拠点とするマフィアの最大手、レルモ・ファミリーのドンたるセナート・レルモである。

    「教授、聞けば君は金貸しをやる傍らで預かる方も請け負っていると聞く」
    「ああ、表に出来ないツテがあってね。私の身に危険が及ばない限り、余計な手数料も必要ない安全な保管先を持っているとも」
    「なるほど。つまり、君を拘禁しようものならトリニティを根城にするマフィアたちがこぞって取り返しに来る、ということかね?」
    「理解が早くて助かるよ、ミスター・セナート」

    金を預かり金を貸す。これは表社会の銀行と張り合えるほどの資金を持つことが前提となる。
    そして私と取引している反社会勢力はそれなりの数が存在している。言ってしまえば私を中心とした火薬庫がこのキヴォトスに誕生したのだ。
    全員が牽制し合い膠着する渦中。下手に手を出せば潰し合いが起きる。故に、誰も手が出せないという奇妙な安全保障の中を歩いていた。

    そしてそれは、それだけの拮抗状態が生み出せるという実力の信用にもなる。

    「カイザーがボってる預かり手数料……結構いい商売をしているそうじゃないか! 私なら無償で受け持てるし、何なら遥かに安い利息で金を貸すことだって出来る」
    「見返りに何を望む?」
    「情報と暴力。私は見ての通りか弱いただのいち生徒だ。襲おうと思えば誰だってすぐに出来る。もちろん今この瞬間だって」

    この口答は目の前のミスタに随分とウケたようだった。
    くつくつと喉を鳴らしたマフィアのドンは、試すように私へ銃を向けた。

  • 24124/12/15(日) 20:53:49

    「ではこうしたら、どうかな?」
    「……君はこう思っている。直接自分が引き金を引く相手じゃないってね。隣の部屋に待機させている部下たちで取り囲めばいい。それ以上の手間は必要ない。そう考えている」
    「随分と強気だな教授。私が小賢しい小娘に対してどうやって自分の立場を教えてやるのか知らんわけでもあるまい?」
    「だからさ。君は侮る相手には容赦せずとも、そうでなければ今どき珍しいほどに誠実な人物だ。かつてのストリートの住人らしく、ね」
    「くっくっくっ……どうやら舌は回るようだな、貴様は」

    銃は収められ、どうやらテストは合格のようだった。

    「それで、貴様は何を望む」
    「何って、さっきも言った通り――」
    「――舐めるなよ小娘」

    私の言葉を遮って、レルモ・ファミリーの親玉が睨みを利かせた。

    「さっき貴様は言ったな。見返りは情報と暴力で良いと。では何を為すための情報が必要で、何に対する暴力が必要なのか。裏社会に対する自衛であれば金を人質に膠着状態を作り上げたのだろう? 貴様には目的があるはずだ」
    「……失礼した、ドン・セナート。あなたを前にあまりに道化を演じ過ぎてしまったようだな」

    私は真顔でそう答えた。
    そして、何かを掴むように両手を伸ばす。

    「私が望むのはゲヘナ学園」
    「なに?」
    「生徒が統治するなんておかしいじゃないか。あなたのような大人が統治したのなら、一体ゲヘナで何が起きると思う?」
    「くくっ……なるほど」
    「大量の退学者、枝葉のように分かれて今なお衰退しつつある弱小マフィア、制御の利かないバイカーギャング。それら全てをひとつにまとめたら、それはそれは楽しそうじゃないか!」

  • 25二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 20:58:01

    このレスは削除されています

  • 26124/12/15(日) 20:59:00

    私の提案は甘露のように見えただろう。
    学園都市、生徒が支配する表社会。その構図を逆転させるなど、表と裏に深く浸透しきったカイザーですらも行えない不可侵領域だ。

    それを、崩す。
    これまで辛酸を舐めさせられた裏社会の大人たちが、生徒たちに反旗を翻す。
    社会基盤の発破解体。夢物語と思われたそれを考えるだけで、私は背筋にぞくぞくとしたものを感じた。

    「さぁ、全部ぶち壊そう。なに、私たちはそれが出来るのだ。今までやってこなかっただけで。どうせやらないだろうと高を括った学園に、社会に、そしてこのキヴォトスに刻み付けようじゃないか」

    この世界は簡単に崩れゆく砂上の楼閣に過ぎないのだと。
    悪魔が笑いて世界転覆の筋書きがここから引かれる。まずは退学者たちの統率から、随意に。

    -----

  • 27124/12/15(日) 21:30:12

    「イブキよ、何か欲しいものはあるか?」

    ショッピングカートを押しながら、私はカートにしがみ付くイブキへと声を掛けた。

    「ううん! 大丈夫だよ、マコト先輩も買いたいもの買ったぁ?」
    「ああ、とりあえずはな」

    もうすぐゴールデンウィークだ。その前に、と万魔殿入部を祝うケーキやら何やらの予約がてらにショッピングモールへと足を運んでいた。

    「キキキッ、これで我が万魔殿への忠誠は約束されたも同然……。みな滂沱の涙を流しながらこの羽沼マコト様へ平伏すること間違いなしだ」
    「ぼうだ?」
    「感動してボロボロ泣くだろう、という意味で使っているな。学園に戻ったら辞書を引くと良い」
    「分かったー!」

    元気よく返事をするイブキに癒されつつも、ともかくだ。
    入部祝いとは別に万魔殿発足記念の準備もあらかた済ませて残っているのは、空崎ヒナへどう嫌がらせをするかというものだった。

    「粘着手榴弾はやったし、次は何をしようか……」
    「イブキ、べたべたはもう嫌だよ……?」
    「あぁ! 済まないイブキ! 大丈夫だ、もうやらん! もっとこう、シンプルなものにしよう、な!」

    花壇にミントを撒く準備は出来ているが、何事も先の先を取るかのように準備が必要だ。

    (風紀委員会本部にローションでも撒くか? 階段は流石に危ないから部屋に撒く感じにして……)

    なんてことを考えた、その時だった。
    私の携帯が鳴る。表示名は空崎ヒナ。私の天敵だ。普段であれば。

    「イブキ、済まんがトイレに行ってくる。待っててくれ」
    「はーい!」

  • 28二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 21:35:44

    このレスは削除されています

  • 29124/12/15(日) 21:38:02

    カートを端へと寄せてそそくさとイブキから離れる。私の声が聞こえないぐらいの距離まで速やかに。
    そして着信音が切れるのを待って、私はすぐさまかけ直した。

    「キッキッキ……お前から私に電話をかけてすぐに取ると思ったら大間違いだぞ空崎ヒナよ」
    『それ、ただあなたに通話料が発生してるだけじゃないの……?』
    「やかましいわ!」

    電話の向こうから聞こえたのはうんざりとしたようなヒナの声だった。
    ゲヘナ風紀委員委員長、空崎ヒナ。今は所用の為に3月からトリニティ自治区へ調査に向かわせたままのゲヘナ最高戦力である。

    「それで、どうせ大した手掛かりは見つからなかったという報告なのだろう?」
    『……まぁ、そうね。外れだったわ』

    現状風紀委員会はヒナひとりに対してのその他全体の戦力差はヒナより劣っていた。
    とはいえ、ヒナ個人を動かす理由が"私"には存在し、ヒナ自身それを認めている。
    結果、極めて面倒ながら私が風紀委員会を直接指揮しているのだが……あの乳がはみ出しかけたヒナの補佐役にやいのやいのと噛み付かれながらの状況だ。いや、ヒナをわざわざ遠方に追いやったのは新入生たちに私の印象を強く植え付けるためでもあったのだが、それはさておき。

    『マコトが言っていた例の指南役、もうトリニティには居ないみたい』
    「というと……少なくとも実在はしたか」
    『ええ、犯罪コンサルタント。通称"教授"』

    事の発端は三か月前ほど前のこと。トリニティ自治区のブラックマーケットにて不穏な動きがあった。

    曰く、願いを叶える悪魔が現れた。
    曰く、「何がしたい?」と聞き回っては歪んだ形で必ず遂行する。
    曰く、謎の資本力を持ち、出所不明の金をばら撒く正体不明。
    曰く、曰く、曰く――

    大量の噂話が個人の輪郭を隠し切っており、流れる噂は私たちにとって決して無視の出来ないものでもあった。

  • 30124/12/15(日) 21:45:47

    (願いを叶える――まさか、な)

    かつてゲヘナを、いやキヴォトスすらをも破滅へと導きかけたかの災厄を思い出して、私たちはすぐさまその調査へと乗り出した。
    もちろんかの存在が帰って来たとは思っていない。どちらかと言えばそうでないことを証明するための行動だった。そして、予想通り違った。帰って来ていたとして、犯罪コンサルなんて呼ばれるはずがない。あれはもっと次元の異なる存在なのだから――

    「まぁ、良い。せっかくだ。そのままトリニティの反社会勢力の情報を集めてこい」
    『ええ……。始業式以外ゲヘナに帰っていないんだけど……』
    「もう少し働け。何が有ろうとゴールデンウィークが始まる前には全て切り上げる。テストもまだ先だろう」
    『はぁ……別に良いけど』
    「嫌と言ってもお前には帰って来てから1週間は強制的に登校禁止にするがな! 登校禁止最終日に『明日は学校行かなきゃなぁ』などと憂鬱な気持ちで満たされるがいい!!」
    『はいはい。そっちの方は任せた』

    程なくして通知が切れる。奴め、今でこそ学年は一緒だが私の方が年上だということを忘れているらしいと鼻を鳴らした。

    (――とはいえ、厄介だな)

    もちろん空崎ヒナのことではない。
    本来ならばもっと簡単に追跡できるはずの厄ネタ。それが未だ見つからないという事実に頭を抱えながら、私はイブキの元へと戻っていった。

    -----

  • 31二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 21:51:36

    >>22

    さんくす。今から読んでくるぜ

  • 32二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 21:51:42

    この謎に包まれた巨悪が今やちいかわってマジ……?

  • 33二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 22:00:29

    「教授」ね…
    元々は特定の個人を指すわけじゃなく、複数人の犯罪コンサルタントがシェアしてた名義ってことなのか…?

  • 34124/12/15(日) 22:04:26

    かつてゲヘナには、雷帝と呼ばれた生徒が存在した。
    科学者して発明家、政治家にして暴君。しかしてその真なる正体を知る者は片手以下。
    雷帝が作り出したとされる発明品はいずれも常軌を逸していた。それは倫理か、単純な破壊力か、それとも莫大なる影響力か。
    雷帝が卒業した今となっては、彼女の作りし発明品はこう呼ばれている。雷帝の遺産と。
    かつてを知る万魔殿議長、並びに万魔殿の部員たちは、風紀委員会委員長たる空崎ヒナ助力の元、多くの遺産を破壊し続けてきた。

    しかして未だ、かの厄災の足跡は残っている。
    未だ見つからぬ雷帝の遺産がひとつ。"魔法のカード"。
    一体どこの誰が望んだのかは分からないが、その玩具のように陳腐なキャッシュカードには頭が悪いとしか思えない現金を引き下ろすことが出来るのだという。

    その額、五千兆円。
    如何なる原理にて引き出せるのかも分からない。明らかに擦り出された既存の額面を遥かに超えたそれは、キヴォトスの貨幣経済を根底から破壊しかねない核兵器に他ならない。
    羽沼マコトが、空崎ヒナが、あの日を知る万魔殿の部員が知るところに依れば、それは現金を引き出す機能しかなく、更に言えばオモチャのような見た目であるがために大人であれば興味も持たずに捨て得るもの。

    ――故に、未だ見つからないというのはただひたすらに不気味であった。

    いち生徒が云百万単位の買い物をすれば一発で所在が分かる。
    いち生徒の口座額が一度に増えればそれだけでも分かる。常識を超えた額を前に自らの常識を投げ捨ててしまうなんて普通のことなのだから。

    けれども、もし。
    けれども、もしそれを手にしたのが天才的な頭脳を持つ知的犯罪者であったのなら。
    凡百の人間とは異なる方法を用いて如何なる者の予測を飛び越えた混沌を求める可能性がある。
    その価値を知るが故に、ゲヘナのみならずキヴォトスを転覆させかねない大事件を起こす可能性がある。

    それは脅威だ。必ず排除せねばならない脅威の権化。
    全身全霊で叩き潰さねばならないパブリックエネミー。

    その敵がたった今ゲヘナ学園に紛れ込んでいるなどと、それを知る者は本人以外に存在し得なかった。

    -----

  • 35124/12/15(日) 22:44:44

    ブラックマーケットを訪れる生徒はどの自治区であっても本来であればごく少数。生徒にとっては馴染みのない場所だ。
    しかし、退学者と不良生徒で溢れる今のゲヘナにとっては違う。仕事を求めて武力を差し出す生徒の何と多いことやら。加えて彼女たちは欲に満ちていた。今日を凌ぐ屋根と壁を。安心と安全を。
    そして彼女たちは知っていた。それらが金によって保障されるということを。

    「よくぞ来てくれた諸君! 我々は君たちのような清貧を知る者たちを待っていた!」

    集まったのは不良生徒、その数50名余り。稼ぎの良いバイトを口伝で繋いで集った兵隊候補だ。
    そのうちのひとりが私の口上に眉をひそめて口さなく吐き捨てた。

    「清貧? ここはゲヘナだ! トリテニィじゃない!」
    「おおっと失礼した。つい最近までトリニティで"仕事"をしていてね。おこぼれにあずかりたい新参の弱者は捕まってしまったが、生き馬の目を抜くような君たちならば問題ないだろう」
    「それで、アタシたちに何させようってのさ」

    そうだそうだと口々に追随するものが現れる。私は抑えるように両手を広げて、朗々と声を張り上げた。

    「退学ってのは辛いものじゃあないか! 口座は凍結されて、現金でしかあらゆる決済が許されない。かと言って持ち歩くには財布をパンパンにしなくっちゃあならないし、それだって何かあれば一度に失くしてしまうかもしれない」

    皆が私の話を聞いていた。当然まだ訝しむような目だ。だからもう少し"怪しませる"。

    「私は金貸しをやっていてね。当然預かることだって出来る。顧客はもちろんキヴォトス各地のマフィオーソ達だ。レルモ・ファミリー、佐古組、バイカーギャング『ブルータルカイ』……私に対する信用はいま君たちがいるストリートが証明してくれるとも!」
    「な、なぁ……これってやばいんじゃ……」

    誰かが言った。私はその人物に目を向ける。それからゆっくりと首を振った。

    「どうして分からない! 彼らは決して理解の出来ない強大な何者かでは無いんだ! 現に彼らは私を信用していて私に金を預けている。15歳の私にだぞ!? 私と君たちの違いは何だ? ええ? いいか、我々は、"私たち"は共に学園に相反する友じゃあないか。この中に一切の罪すら犯したことが無いものがいるのか? ストリート暮らしの、我々の中に、未だ潔癖を貫けたものがいたのか?」

  • 36124/12/15(日) 22:44:54

    私の言葉に異を唱える者はいなかった。
    当然だ。前科を持つ者"だけを"ここに集めたのだから。途中声を発した生徒も全て仕込み、偽物――いわゆるサクラだ。しかしこの瞬間、この状況においては偽物だって真実に変えられる。

    状況は全て私の手の平の上。私は嘆くように、憐れむように演説を続けた。

    「だったらきっと今なんだ! 学園至上主義のこの社会に反意の矛を向け、皆が一丸となって戦えるのは! 退学処置? 私たちはそこまで悪いことをしたのか!?」

    皆が私を見ていた。弁舌尽くして皆の敵を作り上げる。"これほど簡単なことはない"――

    「さぁ取り返そう! 私たちが奪われた全てを! 一番金を持ってる奴らの元へ、今こそ鉄火の銃声を! 賛同できないのであれば今すぐここから去って欲しい。ここから先は"善い子"にはちょっとばかし刺激の強すぎる――"悪い子"のお話だ」

    ここにいるのは最初の50人と何人か。
    そしてここからゲヘナの治安は爆発的に悪化する。種火を持ってここに来た。これが第一の爆破であった。

    -----

  • 37二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 22:59:12

    弁の立つ扇動者っていうならミノリやトモエとかもそうなんだけど、こいつは根底に悪意がある分性質が悪いな…

  • 38124/12/15(日) 23:17:51

    マコト先輩への不信感は拭えぬまま、それから数日が経った頃だった。
    私はというと、仕事を誰かに押し付けるという方面へとその技能を発展させていった。何せひとりで処理できる数じゃない。そうそうに諦めて暇そうな部員を捕まえてはひたすらに手分けして作業を進めていた。

    違和感に気付いたのはそんなときだった。

    「あの、これ、計上おかしくありません?」
    「え?」
    「なんかやたら高いんですけど。この三地区だけ」

    回収した資料をまとめていると、ゲヘナの一番街と八番街、十三番街だけやたら商取引が活発――というよりも異常であった。人口密度からして各地域に差異が出るのは分かる。けれども、それを加味したうえでも見込み推移から二千万以上の異常値を出していたのがその三地区だった。

    そのことを指摘すると、手伝ってくれた万魔殿部員が首を傾げる。

    「でも、回収した帳簿とは一致してるよ?」
    「それはそう……なんですか……。いえ、ありがとうございました」
    「何かあったら言ってね! 手伝うから!」

    そう言って去る同期の背中に眺めて、私は額に手をやった。
    面倒だ。この違和感を抱え続けることすら面倒。かと言ってスルーして良いものか……。
    丁度その時だった。マコト先輩がイブキと共に万魔殿に現れたのは。

    「キキッ、今日も仕事に精が出るなぁ?」
    「マコト先輩……」
    「お疲れ様! イロハ先輩!」
    「お帰りなさい、イブキ」

    駆け寄って来たイブキを抱き上げると、イブキは楽しそうに私へ抱き着いた。
    癒やしだ。万魔殿唯一の。

    遠慮なく頬を緩めていると、マコト先輩は私のまとめた資料を一目見て自らの口元を撫で上げた。

  • 39124/12/15(日) 23:18:12

    「どうされましたか?」
    「……いや。この資料だが、サツキに回しておけ」
    「はぁ」
    「それとイロハよ。お前は今よりゲヘナ自治区で確認されている反社会勢力の資料を作れ」
    「……えっ!?」
    「イブキ、お前はイロハの手伝いだ。キキッ、私にはやるべきことがあるのでな」
    「いってらっしゃーい!」

    それだけ言うと、マコト先輩はまた何処かへと行ってしまった。
    残ったのは私とイブキ。思わず顔を見合わせる。

  • 40124/12/15(日) 23:18:23

    「……どう思います、イブキ」
    「うーんとね、マコト先輩、イロハ先輩のこと大好きなんだと思うよ!」
    「うっわぁ……」

    それはない。というよりあの人イブキ以外見ていない気しかしない。
    イブキはそのことを知ってか知らずか、無邪気な笑顔を私に振り撒いた。

    「マコト先輩は~最近はぼんやりしてるけど、ほんとはすっごく優しいんだよ!」
    「本当ですかぁ?」
    「ほんとだよ! イブキ、嘘つかないもん!」
    「ふふっ、そうですね」

    抱き上げたイブキを撫で上げる。まるで猫のように身を震わすその姿に頬が一層綻んでしまう。

    ……ふと、先ほどのイブキの言葉に引っかかりを感じた。

    《最近はぼんやりしてるけど……》

    ("ぼんやり"してなかった時期があったんですかね。あの人に)

    想像は出来なかったが、考えるだけ面倒なのも間違いない。
    私は資料をサツキ先輩のデスクへ置くと、ゲヘナのギャングに関する報告が積み重なった机へと向かって行った。

    -----

  • 41二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 07:30:32

    保守

  • 42124/12/16(月) 08:02:22

    ゲヘナの各地で銀行強盗計画が進行していた。五月の初めの頃である。
    ゴールデンウィークが始まった瞬間に起こす大規模強盗。連休は万人にとって不平等でありながらも職務に殉ずる者たちの想いは平均化される。気が緩む。どれだけ気を張っている者であろうとも。

    次に私が行うのはギャング共の懐柔だった。レルモ協力のネームバリューは確かで、声を掛ければすぐさま会合の約束を取り付けられた。

    「ふんふーん」

    鼻歌混じりに向かうはゲヘナに作ったセーフハウス。必要最低限のものしか置いていない空っぽの空間。
    テレビジョンが何処ぞの音楽番組を流している。まぁまぁふかふかなソファはスツール程度の役割しか保証されていない。そして置物と化している形ばかりのATM。かろうじて電源のみを入れた他は何も入っていない筐体に私は"カード"を差し込んだ。

    「如何なる場所でもATMというガワさえあれば引き落とせる。ははっ、相も変わらず"気味が悪い"」

    画面に映ったのは四千兆円以下略。一基20万までの制約すらも飛び越えてひとまず500万ほど指定すると、"虚無から"現金が生成された。
    記されたロット番号は今まで刷られた現金からランダムで出力される。完璧にして完全なる偽札だ。ロットでの判別すら認めない常軌を逸した"魔法のカード"。

    検証の結果に分かったことは単純で、まずATMというガワがあれば引き出せるということ。そしてその現金は無から生み出されるということ。吐き出された現金は汚しも込みで本物と完全に区別が付かないということ。
    それが、およそ五千兆円。全て使うつもりでばらまけば、確実に狂気のインフレを起こして貨幣経済を破壊できる。生産物の製造スピードが有限である以上、このカード一枚で急激な物価高を引き起こせる。

    ――だからこそ、これは極力隠匿するべきだ。

    既に裏社会へ百億弱ほどばら撒いている以上、このカードの存在を知っている者には察知される可能性があった。
    故に、ダミーとしてインフレが起こることを前提とした現物への換金を三地区へと向かって促していた。ギャングの統率とは言ったものの、そこらの不良と変わりない程度の木っ端は簡単に誘導できた。奴らが捕捉されても誘導した"教授"の存在にまでは誰も辿り着けない。

  • 43124/12/16(月) 08:03:11

    噂に噂を重ねたプロバビリティ。蓋然性を伴いながらも生半可なアンテナばかりを張り巡らせる情報弱者共であれば必ず引っかかる罠を仕掛け、そして彼らはちゃんと引っかかってくれた。如何にゲヘナが有能であろうとも、私たちの元に辿り着く頃にはこちらの手勢が揃っているという算段である。

    (そもそも、このカードの本髄は引き出すことじゃあ無い)

    誰が見ても玩具じみた陳腐なカードであっても、私にとっては何よりの宝物に見える。
    約五千兆円確実に引き出すというのは分かり易い財力の象徴ではあるが、その真価は引き出すことではなく"入金できる"というところにあった。

    (入金した金は虚空へ消え去り電子上での額面が増える。再び引き出せばランダムなロットで排出される。誰にも真贋の判別が出来ない現金を自由に扱える)

    現金を消して保管できる。そして引き出すときには判別不可能な偽札に置き換えられる。背後には巨大な資金。つまるところそれは、個人が銀行の役割を持てるということだった。
    もちろんロンダリングは必要だ。洗浄しなければ目を付けられる。けれど私は洗浄先の口座をトリニティで散々掻き集めている。じきにそれはこのゲヘナにおいても行っていく予定だ。

    虚無から生み出した貨幣を表社会へと引っ張って来られる。これを最強と呼ばずして何と言おう。

  • 44二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 08:03:25

    このレスは削除されています

  • 45124/12/16(月) 08:07:27

    「フロント企業でのバイト履歴をでっち上げよう。全部合法化してやればいい。所詮現行法だなんてマジョリティの定めたルールでしかない」

    だからこそマジョリティから外れマイノリティにも属さないイレギュラーを前にすれば、如何なる法とて無力に過ぎない。

    「ギャングへの買収額はこのぐらいで、後はネームバリューで傘下にいれようじゃあないか」

    続けて金を引き下ろす。向ける先は不良生徒でもギャングでもない。ゲヘナの治安維持組織。
    風紀委員会、計一億二千万。万魔殿、計二億八千万。救急医学部、計九千五百万――。

    内緒のお話を沢山すればいい。一人当たりの金額で生じる不和は、不満の矛先を失えば簡単に身内であるはずの同学部員へと向けられる。
    人間の欲望はどこまでも深く、醜く、そして分かり易い。

    「ふーん、ふーん、ふーん」

    鼻歌混じりに紙袋に山吹色のお菓子を詰め込み続ける。
    教えてやろう。この世には銃口を介さない"実弾"があるということを、そしてその脅威を。
    全ての虚飾は引き剥がされる。薄汚い欲望だけが世界を回す。嘘に塗れた理性を何処まで保てるものなのか、私はそれが知りたかった。

    -----

  • 46二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 15:07:28

    保守

  • 47二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 16:18:58

    これってもしかして…雪の中に捨てて殺、害を狙ったのって……マコトかヒナ……?
    この2人のどちらか、若しくは2人ともカスミを永遠に口止めしようとしてた……?

    いやだったら最初に温泉開発部を逮捕した時に処刑すればいいし違うか…

  • 48124/12/16(月) 19:48:03

    「イロハちゃん! 頼まれてた資料作ったよ!」
    「ありがとうございます。では約束のものを……」
    「ありがとう! 助かったよ~!」

    資料を受け取る代わりに私のノートを受け取った同級生が走り去っていくのを見て、私は少しばかり上機嫌だった。
    マコト先輩から振られた仕事を、私の取っている授業のノートと引き換えに誰かにやってもらう。それをダース単位で手広く行えば、私個人の作業時間はほぼゼロにまで持って行ける。
    それに与える報酬は勉強だけでなくてもいい。例えば猫が集まるスポットだとか、美味しいアイスの店だとか、お勧めの小説やその新刊情報だとか、とにかく相手が欲しいものであれば何でもいい。

    (いずれ議席に就くことが出来たら、私はもっとサボれる……!)

    仕事を振られる上で一番面倒なのはやはり、相手の意図を考えなくてはいけないことだ。
    言葉足らずで空いた主語を当て嵌め間違えたりしたときは目も当てられない。組織全体の長だなんて面倒だが、一部門のトップになれれば私が仕事を振る側になる。自分の裁量が増えれば最適化を図れるし、何か都合の悪いことが起こったらそれこそ組織全体の責任だとかに投げ込める。

    (悠々自適な万魔殿ライフ……。ふふ、悪くはないですね……)

    左団扇の生活を妄想して笑みを浮かべる。しかし、そんな時は長くは続かなかった。
    廊下の向こうから部員に囲まれて何かを話しているのは面倒な上司であるマコト先輩だ。目が合えばまた何か仕事を振られるかも知れない。私は気付かれる前にとすぐさま踵を返して――その時だった。

    「地獄に落ちろ! 羽沼マコト!」
    「んなぁっ!?」

  • 49124/12/16(月) 19:48:28

    窓ガラスを突き破って投げ込まれたのは手榴弾だった。
    部員たちが咄嗟にマコト先輩の前で壁となって、爆発。何人か吹き飛ばされて、マコト先輩が叫んだ。

    「くそっ! 動ける者は襲撃犯を追え! お前は行くな傷だらけじゃないか! 救急医学部で休んでろ!」

    慌ただしく駆け出す部員たち。ひとり残されたマコト先輩は制服の裾を払いながら頭をがしがしと掻いていた。
    流石にこんな事態を見てしまった以上、そそくさと隠れるのは忍びない。諦めてマコト先輩の方へと近寄る。

    「大丈夫ですか? なんか暗殺されかかってましたけど」
    「ふん、あれぐらい去年だったら日常茶飯事だったわ」
    「どんだけ治安悪かったんですか……」

    何か凄い事件が起きていたらしいことは聞いた事があったが、わざわざ藪を突く必要もないと聞き流していた。
    しかし実害を見るに、マコト先輩がとにかく誰かの恨みを買っていることだけは分かった。

    「しかし、最近学校の中での襲撃は無くなったから油断していたな……。卒業まで大人しくしていろと言うのに」
    「相手の目星がついているんですか?」
    「ゲヘナの三年、旧生徒会の残党だ。とはいえ、チンピラ程度の連中でな。大した脅威ではない」
    「はぁ……」

    豪胆というか何と言うか。というか今、学校の中ではって言わなかったかこの人。

  • 50124/12/16(月) 19:48:40

    「あの、自宅では襲われがちなんですか?」
    「ん? ああ、今でもたまに火炎瓶投げ込まれたり襲撃されたりはあるな」
    「えぇ……」
    「なに、案ずるな。奴ら、私に恐れを為しているのか夜にひとりでいる時にしか襲ってこんわ。少なくとも、お前たちが狙われるようなことは無いようにしている」
    「している、とは……」

    思わず聞き返そうとマコト先輩を見て、一瞬で悟った。これは突いちゃいけない藪であると。

    「いえ、忘れてください」
    「キキッ、まぁ今年が終わるまでの辛抱だ。面倒事は避けたいのだろう?」
    「な――っ」
    「今からイブキの迎えに行く。お前も来い」
    「――はい」

    歩き出したマコト先輩の後ろについて歩きながら、内心私は冷や汗をかいていた。

    (もしかして仕事を他の人に振りまくってるの、バレてます……?)

    何考えているのか分からないマコト先輩のことが一層分からないまま、私はゲヘナ中学行きのバス停へと向かって行った。

    -----

  • 51124/12/16(月) 21:30:18

    白昼堂々たる万魔殿議長への襲撃作戦は、手榴弾が投擲されたその瞬間から既にその目的を果たしていた。
    万魔殿の部員たちが蜂の巣を突いたように犯人を探している。そんな光景を私はのんびりと眺めていた。

    「なあ、そこの風紀委員!」
    「はい、私ですか?」

    振り返るとそこには万魔殿の部員が立っていた。
    服の端が煤けており、先ほどの爆発に巻き込まれた生徒のひとりであることが伺い知れる。

    「頼み辛いんだが、その、先ほど万魔殿の議長が襲撃されてな。もし良ければ風紀委員会に協力を頼みたいんだ」
    「……? 別に良いですけど……というか、普通に頼めば良いのでは?」
    「ん、ああ、よく見たら一年か。まぁ、それはそうなんだが……」

    首を傾げる私を見て、その部員が肩を竦める。

    「ほら、聞いた事あるだろ? うちの議長が風紀委員長のこと嫌ってるって」
    「あぁ……あの白くてふわふわした方ですか。私もまだ一度しか会ったこと無いんですよね……」

    入学式のときに風紀委員会代表として挨拶していたのを思い出す。
    けれども、それ以上の思い出は特に無かった。何せ四月も終わったと言うのにずっと学校に来ていないのだ。
    二年のアコ先輩は「あのバカ狸の陰謀です!」と叫んでいたけれど、何のことやらさっぱりのまま、とりあえずで訓練や警邏を行っているのが現状だ。

    「まぁとにかく、私から風紀委員会へ直接協力を仰いだって知られたら怒られ……はしないけどちょっとムッとされるから避けたいんだよ。何であんなに嫌っているのか分からないけど」
    「分かりました。それとなく話してみますね」
    「ありがとう! そっちも大変だろうけど、お互い頑張ろうな!」

  • 52124/12/16(月) 21:30:31

    そう言って万魔殿所属の先輩は去っていった。
    そんな後ろ姿を見ながら私は、風紀委員会本部には向かわず学校を出る。
    歩いて、路地の物陰へ。そしてそこには予定通り、居た。"教授"と呼ばれている生徒が。

    「首尾は順調のようだね。おかげでゲヘナの治安維持組織の構図が見えてきたとも」

    小柄な教授が私の肩をぽんと叩く。そのまま私の肩に腕を回して密着し、私の手に三万円を握らせた。

    「大丈夫。キヴォトスじゃあ手榴弾を投げ合うなんて普通のことじゃあないか!」
    「はい、そうですよね」

    昏く笑ってお金を握りしめる。これはちょっとしたバイトみたいなもので"普通のこと"で、もう既に私の頭の中には「今度は何を買おうかな」ぐらいの気持ちしか残っていなかった。

  • 53124/12/16(月) 22:05:15

    始まりはたった数日前のことだった。

    私が同期の友達と一緒に巡回をしていた時のこと。騒ぎを聞きつけて二人で一緒にその現場へと向かっていた。
    ゲヘナ自治区では至る所で喧嘩やら何やらが起こっている。すぐ収まるような喧嘩なら特に止めたりもしないのがゲヘナの特徴で、それよりも大きめな事件――例えばテロリストによる爆破騒動や強盗などが発生したときのみ応援を呼んで数の力で一網打尽にする、というケースが極めて多かった。

    一日のうちに何度も起こる諍いや事件の数々は、疲れはするけど退屈はさせないものに過ぎない。
    いや、多分本当に辛いものは先輩たちが分担してやっている気もするけれど、そこに関しては不満はなかった。

    あったとすれば、放課後の時間がほとんど委員会の活動で消費されることだ。
    おかげでバイトも出来ない。多少委員会からお金は出るけれど雀の涙。最低自給を遥かに下回るような活動手当では欲しいものだってまともに買えない。それだけはちょっとだけ不満だった。

    それでもちょっと不満なだけ。文句を言いあって笑うだけの種に過ぎなかった。
    けど、その日は違った。騒ぎの元に駆けつけて見たものも、そこに居た者も、何もかもがいつもと違ったのだ。

    「んん? おや、風紀委員会じゃあないか!」

    燃え盛る民家を背後に"何か"が嗤ってこちらを見た。
    その向こう、民家の周りに居るのは子供ではない。明らかにカタギではないブラックマーケットの大人たちだ。

    「ほ、放火……っ!?」
    「つ、通報しないと……!」

    私たちは予想もしなかった光景に動揺しながらも無線機に手を掛ける。
    その手を無邪気に押さえたのは嗤う悪魔――いや、この場でただひとり犯行グループ側に立つ何処かの生徒だった。

    「まぁまぁ、そう慌てることはない。ちょっと言い訳させておくれよ」
    「い、言い訳……?」

  • 54124/12/16(月) 22:05:26

    得体の知れない相手に対する警戒心は解かずに、それでも未だ動揺を抑えきれない心が相手の言葉をオウム返しに聞いていた。
    それはにやりと笑みを浮かべた。

    「そう、君たちはここへ来るまでにこう思ったはずだ。またいつもの騒動だろう、どうせゲヘナの生徒が暴れているのだろうとね。けれども実際は違った。生徒では無く大人が、それも裏社会の大人たちが民家に火を放っていた。そりゃ驚くさ。私だって驚く。そしてこうも思ったはずさ。見間違いなのでは、と。ああ、私もそう思う。そこでふたつ言わせてもらおう。これは見間違いでも何でも無くその予想は当たっているし、そしてそれをどうして私が君たちに話したのだと思う?」
    「え、え……?」
    「おっと失礼、つい一度に話し過ぎてしまったね。けれどもこちらにだって事情があるんだ。どうか話を聞いてはくれないだろうか?」
    「あ、まぁ、うん……」

    それで少しばかり冷静さを取り戻す。確かに"言い分ぐらい"は聞かないと……。
    それによく見れば目の前に居るのは私よりも背の低い子だ。もしかしたら年下なのかも知れない。"そんなに警戒するのもおかしい"じゃないか。

    すると"その子"は良かったと言わんばかりに頷いて言葉を紡いだ。

    「彼らは確かに裏社会の一員だ。これまでブラックマーケットを中心に存在していた"表にはいられなかった"大人たちだ。けれども彼らだって君たちと同じように生きてるし、同じようにこの世界で過ごしている。ほら、君たちだって、喧嘩するときなんかはよく、銃で撃ち合ったり爆弾を投げたりして遊んだだろう?」
    「うん……そう、だけど……」
    「それと同じさ。今燃えてる家は喧嘩相手の家でね。手榴弾を投げ込むか火を付けるかでたまたま火を付ける方になった。それだけなんだ」
    「ちょっと待ってよ!」
    「うん?」

    一緒に来ていた友達が声を張り上げた。目の前の子はそこで初めて私の友達に気付いたみたいな顔をして視線を向ける。

    「いくら喧嘩だって言ってもその人、今あの中にいるんでしょ!? 流石に火事は死んじゃうんじゃ……」
    「はぁ、そんなわけないだろう? ちゃんと留守だよ。君だって知っているだろう。キヴォトスじゃあ"死体が出る"のはご法度だって」
    「う……そ、それは、そうだけど……」

  • 55124/12/16(月) 22:30:51

    実際これまでキヴォトスで誰かが死んだなんて話を聞いた事は無い。
    行方不明者に対して「死んだんじゃ……」なんて噂話が立つぐらいで、実際の死亡事故や事件を直接耳にしたことすらない。

    「全部噂の域を出ないのだろう? もし本気で殺すのなら沈めるか埋めるか以外の手段を選ぶ人間はそうそういない。それに焼き殺す? あるわけがない! 想像しただけでも怖気が走るなぁ! 君は違うのかい?」
    「そ、そんなわけ……」
    「だから私たちもそうさ。とはいえ、これだけ派手にやってしまってはなぁ……。確かにいずれ誰かに通報されたって仕方がない」

    うんうん、とその子は頷いたし、実際私たちは発見してしまっている。一年生の私たちが。
    するとその子はぐい、と私たちの肩を掴んで耳元で囁いた。

    「なぁ、ちょっとこの放火については見なかったことにしてくれないか?」
    「えっ……?」
    「そ、そんなこと……できるわけ――」
    「いいじゃないかこのぐらい。だって、"君たちでも簡単に見つけられるぐらい"派手な事故じゃあないか。君たちが通報しなくたって誰かが通報してくれるさ」

    そして目の前に差し出されたのは一万円紙幣が五枚、合わせて十枚。私と友達、二人の前に差し出される。

    「君たちは二人でこれを受け取って帰ってもいい。なに、この事故については君たちじゃない誰かが上手いこと捜査するだろうし、それを今ここで見逃したって君たちは悪くない。悪いのは犯罪者だ。ちょっと見なかったことにするだけ。それの何がいけないんだい?」
    「で、でも……っ」
    「おっと――」

    風が吹いて、私の目の前で一万円が三枚飛ばされて今なお燃える民家の方へ。灰となって上空へと舞い上げられた。

    「春嵐ってやつかな。風が強いね。おや、奇数枚になってしまったな。お札は半分に引き裂いても残った部分で換金できるから後で二人で分けるといい。それでもひとり三万と五千円。まぁ一か月バイトして貰える平均ぐらいか」
    「け、けど――」

  • 56124/12/16(月) 22:53:07

    友達が声を上げた瞬間、ひときわ大きな風が吹いた。
    そしてどうして私は、目の前の子の手を握っているのだろう。大事そうに、これ以上飛ばされないように。

    「だ、大丈夫だよ……! だって、先輩たち二年生だよ!? 私たちが気付けるような事件ならきっとすぐ気づくって!」
    「え、で、でも!」
    「私は! まだ一か月も経ってないけど皆がどんなバイトするかって話を聞きながらずっと羨ましかった! だって風紀委員会じゃ全然そう言うこと出来る時間ないじゃん!」

    もう自分でも何を言っているのか分からなかった。ただ考えることすら出来ないままに、感情が赴くままに叫んでいた。

    「こ、高校生になったら自由に使えるお金が増えるって思ってたけど全然そんなことないし、先輩たちも皆納得してるし……。わ、私は欲しいものがあるの! 休日にスイーツ食べに行ったりしたいの!」
    「だ、だって、私たちは、その、ふ、風紀を……」
    「誰かがやってくれるって! 私たちじゃなくても! 誰かが!!」
    「――っ」

    私はもう友達のことなんて見ていなかった。ただ目の前の人にだけ視線を向ける。

    「だ、誰にも言いません。ちゃんと約束させます。だから、その――」
    「……素晴らしい。協力、感謝する」

    そうして手渡される現金に胸が弾むのを感じた。
    きっとこの騒ぎに駆けつけられたのは奇跡なんだって、本気でそう思った。

    「ああ、そうそう。もし君が金欠なのであれば、ちょっとしたお手伝いが他にもある。良かったらここに連絡してくれ」

    私の友達と肩を組んでいたその人が私に名刺を差し出した。
    電話番号だけが記された簡素な名刺。それを見て私はその人の呼び名を知った。

    「……"教授"?」
    「それで良いとも。ありがとう二人とも。我々の利害が一致して本当に良かった」

  • 57124/12/16(月) 23:01:06

    それから、午前と午後とで毎日"お手伝い"を頼まれていった。
    もちろん参加できない時もあったけれど、それでも教授は何も言わずにまた頼み事をくれた。
    お手伝いに参加する子は私以外にも何人かいて、みんな特に緊張もなく言われたことをして、お金を貰って。拍子抜けするぐらいにそれだけだった。

    《皆やってることさ。わざわざババを引いたって仕方がないだろう? 少なくとも君たちは自分の意志でここにいるのだから》
    《もしかしたら君たちのことを愚か者だなんて言う輩もいるかも知れない。けれどもどうだ? 実を手にしているのは彼女たちではなく君たちじゃないか》
    《机上の空論だったら誰でも言える。実績を残して実利を得た君たちが賢いのは自明の理だろう? だから君たちは自覚しなくてはいけない。馬を水辺に連れて行くことはできても、その水を飲ませることはできないのだと》
    《私たちは彼女たちを導くことはできる。けれども、その先どうするかは彼女たち次第だ。君たちがこちらを選んだように、我々は強制なんて出来ないのさ》

    そうだな、と私は共感した。そして理解する。私はちゃんと考えてここにいるのだと。
    誰かに流されてここにいるわけじゃない。流されがちだった私が初めて自分で選んだその道には、多くの同胞が手招いていた。

    私が教授と出会ってから、まだ一週間も経っていない。
    けれども私も、何より私の友達だって今は一緒に教授のお手伝いをしている。

    私も嬉しい。その上お金も貰える。教授も喜んで、また私たちに仕事を回す。
    誰も不幸にならない完璧なサイクルを回し続けているのだと心底そう思った。

    「"みんなの為に"、ちょっとばかし手伝ってもらいたいことがあるんだが……」
    「はい、教授……何でも!」

    ああ、私は絶対に、間違ってはいない。

    -----

  • 58二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 03:43:38

    ドツボに嵌っとる…改めてカスミはブルアカの世界観で野放しにしといていいキャラじゃない

    五千兆円引き出せるカードとか一見ギャグなように見えてとんでもないけど、あの雷帝のことだしこれといった悪意があったわけじゃなく、本当に軽い気持ちで「五千兆円ほしい!」って言った誰かの願いを叶えるために作ったんだろうなあ

  • 59二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 05:31:26

    >>58

    だから圧倒的な暴の前に叩きのめされたあと、純朴な善意に触れさせる必要があったんですね(ヒナとメグを見つつ)

  • 60124/12/17(火) 08:59:28

    高校から中学へバスが走る。ゲヘナ中学の最寄りのバス停で降りると、私たちに気付いたイブキが背伸びをしながらこちらに向かって手を振った。

    「せんぱ~い! こっちこっち!」
    「待たせたなイブキよ。隣にいるのは友達か?」
    「うん!」

    イブキの隣には二人の中学生がいた。マコト先輩――というより高校生を前に緊張しているのか先ほどからもじもじと忙しない様子だ。マコト先輩はそんな二人の元へ行き、膝を下ろして目線を合わせてこう言った。

    「イブキと共に居てくれてありがとう。少々お転婆な部分もあるが、これからも友達でいてやって欲しい」
    「は、はいぃぃぃ……!」

    イブキの友人は顔を赤らめて頷くが、マコト先輩は挨拶だけ済ませるとそのまま立ち上がり、イブキの方へと向かった。

    「じゃあね~! また明日~!」
    「う、うん……ま、また明日!」

    (マコト先輩、クソボケ過ぎません?)

    あれは絶対勘違いさせるやつだなと内心思う。イブキと別れた友人たちがもう既に何かを話しながらはしゃいでおり、所々で「あの先輩」というワードが聞こえるあたり、既にマコト先輩のことはイブキの友人間では周知されているようだった。

    「何をしている! 行くぞイロハよ!」
    「あ、イロハ先輩も来てくれたんだ~! 早く早く~!」
    「ああ、はいはい。行きますよ」

    そして私はバスに乗り込む……わけではなく、聞けば最近オープンした喫茶店へと向かうのだという。
    手を繋ぐマコト先輩とイブキの後ろを歩きながら、ふと遠くの景色を見やった。何やら煙が上がっている。

    (そういえば最近、やたらと事故が多いような……)

  • 61124/12/17(火) 08:59:44

    乱闘騒ぎや爆破事件など、人の起こした騒動については基本的に風紀委員会が処理しているため基本的には万魔殿がその対応をすることはない。全てが終わった後に報告書が来るぐらいだ。
    けれども事故は違う。ガス管の破裂や自然火での火災などといった事故に関しては、現場対応は共同で行えど最終的な対応は万魔殿で取り仕切っている。ざっくり言えばインフラ整備や啓蒙広告を展開するなど、その辺りの処理は私たちの領域だ。

    とはいえ、事故の対応自体はそうそうあるものでもない。
    建物の倒壊だって何かしらの事故が起こる前に事件に巻き込まれて壊れるからだ。
    他学区から来た保険屋は半年でゲヘナから逃げ出す、なんて笑い話があるぐらいには酷い有様である。

    にも関わらず、二、三日ほど前から毎日のように何かしらの事故が各地で発生し続けている。
    古い民家が全焼したときも事故として報告が上がって来たし、郊外の商店が爆発したときだって店主がうっかり商品を爆発させてしまったのだのと報告書にまとめられていた。

    「どうした、イロハよ」
    「え、ああ……」

    気のせいだろうか。
    何だか胸がざわついた。

    いまゲヘナで起こっていることが、悪意を持った誰かの手引きに依るものであると考えるのは妄想が過ぎるのだろうか。

    「あの、マコト先輩。その……最近事故多くないですか?」
    「キキッ……お前も気が付いたか。流石だな」
    「えっ、知ってたんですか?」
    「当然だろう? 遍く大地を千里先まで見通すと噂されているこの羽沼マコト様が、その程度のことに気がつかんと思ったか?」
    「いえ、そんな噂は聞いた事ないですけど……」

    大言壮語が過ぎるものの、それでもちゃんと把握しているのは何とも言えない気持ちになった。

  • 62二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 09:00:17

    このレスは削除されています

  • 63124/12/17(火) 09:01:17

    「それにな、今から行く喫茶店もただイブキと一緒に話題のモンブランを食べに行くためだけではない! あくまでモンブランが最優先だが、そのついでに行わなくてはいけないことがあるのだ」
    「と言いますと?」
    「万魔殿に有益な情報をもたらす者から話を聞く。それから、万魔殿へのスカウトも行う」
    「スカウト……? って、誰なんですかそれ」

    万魔殿への加入方法に面接以外の経路があったとは初耳だった。
    それに議長自らスカウトに赴くとは一体どんな人物なのか。

    マコト先輩は特に意味も無く妖しげに口角を上げて、その人物の名前を口にした。

    「元宮チアキ。お前と同じ、ゲヘナ学園の一年生だ」

    -----

  • 64二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 09:53:50

    ここでチアキがきたかぁ
    これほど目利きなマコトのスカウトとなると、こっちも只者じゃなさそう

  • 65二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 10:57:43

    前作も読み返したくなってくるな

  • 66二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 17:16:29

    保守

  • 67124/12/17(火) 19:39:50

    二人組の風紀委員、その片割れと共に私は閑散とした路地を歩いていた。

    「いやぁ! ゴールデンウィークも直前だってのに誰一人歩いちゃいない! まるで人類が滅亡した後のようだな! ハーッハッハッハ!」
    「別に何でも良いけど。私には関係ないし」
    「……そうだな。君自身が望むものと比べれば、世界が滅亡しようと関係ないものな」
    「……だって、あの子には私しかいないし、それ以外なんてどうでもいいよ」

    何とも面白いものだ、この風紀委員コンビは。片やお金欲しさに友人を巻き込んで、片や巻き込まれた側にも関わらず、それどころか「あの子のことを分かってあげられるのは私だけだから」などと見事な依存っぷりを見せてくれた。

    いや、その依存心も元は自覚すらしていなかったようで、ちょいと突いたら見事に決壊してこんなんになってしまった。

    「く、……ふふ、ふはは……」
    「どうしたの? 急に笑い出して……」
    「い、いや、何でもない。それより、聞きたいことがあったんだ」
    「聞きたいこと?」

    そう、現状ゲヘナの治安は急激に下落の一途を辿っている。
    今はまだ一部の風紀委員が頑張っているようだが、明後日から始まるゴールデンウィークを境にそれすら決壊していくだろう。
    何せ一般の生徒は授業もなく自治区内を好き勝手回る連休だ。裏のお手伝いでもやらないかなんて幾らでも声が掛けられる。それに浪費の時期だ。金が必要な生徒がどれだけ出て来るかなんて想像するまでもない。

    その上で、だ。こんな状況において未だ姿を見せていない不確定要素がゲヘナには存在した。

    「なぁ、風紀委員長って一体どんな奴なんだい?」
    「風紀委員長?」

    聞かれて中空に視線を漂わせる。それから零すように口を開いた。

  • 68124/12/17(火) 19:40:20

    「私も一回した見たこと無いんだけど……」
    「ふんふん」
    「白くて……ふわふわしていて……」
    「ケセランパセランか?」
    「噂じゃ口からビームを吐くらしいよ」
    「それもう人間じゃないだろ」
    「『その者、嵐の中にて悪魔たちの祈りにより招来しゲヘナの王冠を抱きし魔王』……」
    「誰が語り継いでるんだそれ……」
    「それを調伏して生徒会長になったのが、万魔殿議長の羽沼マコトらしいよ」
    「突然えらく具体的になったなぁ!?」

    荒唐無稽も過ぎれば滑稽というべきか、どう考えても議長に対する権威付けに失敗したような話である。

    なんだ? ケセランパセランがビームを放ちながら襲ってくるのか? というかここで議長の名が出てくるのも唐突すぎて笑えない。
    そもそもこいつが見たという白くてふわふわした風紀委員長は本当に風紀委員長だったのか? 急場で用意されたエキストラか何かだろ絶対……。

    ともかく、あまり考えなくても良さそうだということが分かっただけでも収穫だろう。

    「っとと、確かこの路地を抜ければ……」

    話に夢中で道を間違えかけたが軌道修正。細い路地を抜けていくと、そこは遺棄された工場跡地であった。
    締められた鋼鉄の搬出口はわざわざ開けて中を見ようとしなければ鍵が掛かっていると思うだろう。

    「おおい! 私だ! 開けてくれ!」

    私が声を上げるとゆっくりと扉が開いて行く。
    そして私たちを出迎えたのは無数のヘッドライトの光とバイクのエンジン音。
    それから大柄な大人が私たちの元まで歩いてきた。

  • 69124/12/17(火) 19:40:47

    「よぉ教授! 来てくれて済まねぇな! あんたを待ってたぜ」
    「こちらこそだミスタ! ようやく顔を合わせられて嬉しいとも!」

    私は近付いて握手を交わす。それからここまでついて来てもらった風紀委員へと振り返った。

    「紹介しよう。彼はゲヘナで活動するバイカーギャングのリーダー。ダンプ・"ノンストップ"・リカレロ。見ての通り熱い男でね、ストリートの風でありながら"そのついでに"密売などの副業も行っている。ブラックマーケットに流れる盗品は彼ら失くして欲するものへと辿り着かない」
    「副業つっても、最近は俺らじゃなくて新入りにやらせているけどな!」
    「新しい風を向かい入れた、だったか。後進の育成も欠かせないとは恐れ入った!」

    そして私は彼に合わせて高笑いをする。

    バイカーギャング『ブルータルカイ』は他のギャングたちとは毛色が違う。
    基本的にヤクザやマフィアなど裏社会の大人たちは、落伍した生徒たちを私兵か傭兵にするところに留まり、自らのビジネスには直接触れさせないのが通例だ。

    しかし彼らは違う。
    積極的に"講師"として密売のルートやヴァルキューレからの捜査を逃れる術を表で生きていけなくなった生徒たちに教えているのだ。
    まぁもちろん、それには高額の授業料が必要となるし、実践レベルにまで講義が完了する頃には首まで借金でズブズブだ。容易には抜け出せなくなるが、それでも彼らの門扉を叩く者は後を絶たない。

    なにせ彼らの縄張りはゲヘナ全域と言っても良い。密売に長けているということは他組織の使うであろうルートも熟知しているということ。新参の密売人は彼らの顔を立てずしてゲヘナで商売を行うことは出来ないし、そうして築き上げられた広大な犯罪ネットワークは他自治区の介入を許さないほどに堅牢である。

    「さて、ミスタ。頼んだ物を調達する道中に何か問題はなかったかな?」
    「へっ、あんたが『調達出来たか?』なんて下らねぇこと聞くような奴じゃなくて良かったぜ」
    「当然だろう? 出来ないなんてあるのか? ゲヘナ最速の君たちに?」

    おどけながらそう言って見せると、リーダーは愉快そうに手を叩いた。

  • 70124/12/17(火) 19:41:32

    「っはぁ……、もっと早くあんたに会っていればなぁ! でよ、あんたの計画ってのに乗れば俺たちがそれこそ学園なんて気にせず走れるってわけか?」
    「そうだとも! 私の案に"乗って"くれるならね」
    「嘘じゃねぇだろうなぁ?」

    リーダーは威圧するように私たちへ睨みを利かせた。隣の風紀委員が小さく悲鳴を漏らした。

    「あんたが来てからまだ五日だろ? 本当に出来んのか? 一週間で学園を落とすなんざ」
    「ん? もう少し"ゆっくり"進めた方が良かったかな? これは失礼した。君たちが"乗る"ものに遅いものは不義理だと思ったんだが……」

    対して挑発するように笑って返す。
    先に折れたのはリーダーだった。

    「…………けっ。随分と場慣れしてるじゃねぇか」
    「重要なのは相手に侮られないことと嘘を吐かないこと、そうだろう? 信用と利害のみが私たちを結び付けてくれる」
    「ガハハ! 解ける時は一瞬だってな! おい、お前ら!」

    合図と共に工場の奥から姿を現したのは注文していた武装ヘリ六機。それから大量の武器と弾薬が積まれたトラックがやって来た。首尾は上々だ。

    「んで? そっちの風紀委員会はどうなんだ?」

    自分のことかと勘違いした風紀委員がびくりと身体を震わせるが、違う。風紀委員会の戦力のことである。

    「弱くは無いが想定以上でも無い、ってとこだな。今は内憂の鎮圧に成功しているが、それだって明後日には逆転する。噂の風紀委員長も荒唐無稽な噂のひとつだった。ゲヘナ学園の占拠に失敗の要因は見当たらないさ」
    「だったら問題ねぇな。あんたとの連絡手段はどうする? 計画が動き出す前にホットラインが欲しいんだが……」
    「ああ、だから連れて来たんだ。ほら」

  • 71124/12/17(火) 19:42:03

    「…………え、私!?」

    愕然とした様子の風紀委員の肩を大きく叩いた。

    「何かあったらこの子に言ってくれ。モモトークだったら流石のゲヘナも内容を傍受できないだろうしさ!」
    「そりゃいい! この二日間、よろしく頼むぜ嬢ちゃん!」
    「ね、ねぇっ――」
    「ああそうそう。この子、本当に裏のこと何も分からない一般人だから、裏の流儀だとかも分からないんだ。失言したら"優しく"教えてやってくれ。今から連絡手段を探すのは面倒でね」
    「無理! ねぇ……! 本当に無理! 無理だからぁ……!!」

    風紀委員は置いてかないでほしいと言わんばかりに私の袖を掴んだ。
    それを見て私は額に手を当てて唸って見せる。

    「……あー、済まない。やっぱり彼女は無しでいいかな?」
    「そいつぁしょうがねぇなぁ。誰だって向き不向きはあるしよぉ……。なぁ?」

    意図を察したらしいリーダーが私に合わせて大きく肩を竦めた。
    風紀委員も理解が徐々に追い付いてきたらしく、恐怖で強張った頬が少しずつ緩み始める。

    「じゃあ連絡役はこの子の友達にしよう!」
    「っ――!?」
    「もうひとりいるのか! 流石だな!」
    「や、やめ――」
    「早速連絡してみようか! きっとすぐに来てくれ……どうしたんだい?」

    震える手で私の手を掴む風紀委員。呼吸が浅いのは恐怖のせいだろう。

  • 72124/12/17(火) 19:42:22

    「や、やります……わた、私が、連絡役……」
    「んん? 本当に出来るのかい? 逃げ出したいぐらい怖いんだろう? 別に誰も怒りはしないさ。怖いものは怖いんだから」
    「で、でも――逃げたらあの子が代わりなんでしょ!? じゃ、じゃあやるしかないじゃない!!」
    「……あのさ、それって本当に君がやりたいことなのかい?」
    「え……?」

    急に梯子を外されて戸惑う彼女。
    まぁそうだろう。だってそのままやると言って終わる流れだったのだから。

    だから私は言葉を続けた。

    「確かに君にとってその友人は何よりも大切な存在なのかも知れない。けれど、この場所に残されるのだってそれと同じぐらい怖いことなんじゃないか? 失言ひとつで殴られたり蹴られたりするかも知れない。基本的には怒鳴られるだろうね。きっと今まで生きて来て一番怖い目に遭うだろう。それ、君の友達でも良くないか?」
    「い、嫌だ――!」
    「ふむ……どうして?」

    覗き込むように顔を見る。瞳に映った私が見える。
    彼女はなけなしの勇気を振り絞るように私を見つめ返した。

    「私、あの子に嫌われなくない! 他のどんな誰にだって嫌われても良いけどあの子にだけは絶対に嫌! 私が一番怖いのはそれだけなの! ……だから、それと比べたらあんた達なんて怖くない!」

    彼女はもう、震えていなかった。
    ちゃんと自分の足で立っていた。私はその光景に思わず笑みを浮かべていた。

    「……素晴らしい。リーダー、連絡役は彼女で良いね?」
    「ふん、そうだな。随分と面白かったぜ、教授」
    「君も、その勇気を讃えよう。後は任せるよ。何かあったら私に連絡するんだ、いいね?」
    「……分かったわ!」

  • 73124/12/17(火) 19:43:02

    そして私はひとり、工場を後にした。
    彼女をここに連れてきたのは友人への執着があったからだ。
    連絡役に誰かひとりを置きたかったのだが、大切な友人を引き合いに出せば絶対に逃げないと信じていた。

    その点、金じゃ駄目だ。幾ら積まれたってあんなところに居られるわけがない。
    何より逃げられる。後金だろうが金を諦めればその場で逃げられる。報酬なんて鎖にすらならない。
    いつだって鎖となるのは人への情だ。これだけはそうそう容易には断ち切れまい。

    そしてその情こそが恐怖に沈みかけた心を奮起させたのだ。
    いや、素晴らしいものが見れたと感動すらしている。まさかあそこであんな啖呵を切るとは。

    「ああ、いや。あそこで、じゃないな。あの場所で、だな」

    嘘を吐く。相手を侮る。それも木っ端の不良にでは無く強大なギャングのリーダーに対して。
    これほどの禁忌がどこにあろうか。少なくとも彼女はあの場所でそのうちのひとつを破ってしまった。

    「ま、指一本ぐらいはへし折られるだろうなぁ」

    私だったら死んでもあんな場所に居続けたくないけれど。ともかく、次だ。

    「残りは佐古組だな! さぁ、ゲヘナ占領まであと少しだ!」

    後ろの方で悲鳴のようなものが聞こえた気もするが、きっと気のせいだろうし興味も無かった。

    -----

  • 74124/12/17(火) 20:13:33

    ※先に弁明しておきますが、性欲を満たすような暴行が起こると流石に一線越えてしまうのでそういうのはこの世界に無いです。
    ※あと大人はともかくカスミも滅茶苦茶悪い奴として書いてますが、あとでちいかわになるようなことされるので見逃してください……

  • 75二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 20:17:41

    まあカスミはやるかやらないかで言ったらこういう事する奴だろうし…
    流石に閲注案件ではなかったか。安心…してもいいものか
    この風紀コンビの今後も気になるなあ…

  • 76二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 20:44:59

    イロハ視点のマコトの底知れなさがかっこいい!ヒナの情報がここまで出回ってないの偶然か仕込みかどっちかな

  • 77二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 20:46:58

    このスレ主のマコトはマジ傑物だかんね…
    まさかマコトがいれば大丈夫!って安心感を覚える日が来るとは思わなんだ

  • 78二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 21:06:44

    今のところA級ヴィランなカスミの独壇場なんだけどなぁ

  • 79二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 21:08:11

    >>74

    あぁ良かったろ…

    もし『ある』と書いていたら『看板に不足あり』とこのスレを通報連打しなきゃいけなかったわ

  • 80124/12/17(火) 22:51:44

    万魔殿にスカウトされるような逸材に興味を持ちながらも喫茶店に入ると、店内は新しくオープンしたばかりのはずなのにずっと昔からあるような古めかしい様子だった。
    思わずきょろきょりと辺りを見渡していると、店長と話していたマコト先輩が振り返ってにやりと笑みを浮かべた。

    「驚いたか? ここは昔風のコンセプト喫茶なのだ!」
    「なんで敢えてそんなコンセプトを……」

    立派な口ひげを蓄えた店長がニコニコと笑いながらコーヒーミルを回している。
    ……いや、よく見たら本当に回しているだけで別に豆を挽いているわけでもない。需要が謎だ……。

    そうして店内の奥へと案内される。
    テーブル席にひとりの生徒が座っており、私たちに気が付くと笑顔でぶんぶんと手を振った。

    「あ、マコト先輩! 待ってました~! そっちは噂のイブキちゃんですね! いや~本物は写真よりも可愛いですね~!!」
    「お、おぉ……」

    矢継ぎ早に放たれるパッションに思わず狼狽えた。
    私には無いアウトドア性が激しく光っていた。私のようなインドア派とは違う人種だ。「うぉぉ」と眩しい者を見るように目を閉じる。

    「お前が元宮チアキだな。どうやら面白い情報を持っていると聞いたぞ?」
    「またまた~! 大体知っているって聞きましたよ~?」
    「キキッ、あくまで確かめだ。それに私が知らんものがあるかも知れん。故に聞かせてもらおう、お前が何を知って何を聞いたのかを」
    「わっかりました! でも友達から聞いた話、って体でお願いしますね。流石に私も友達は売りたくないですし……」

    それから聞いたのは現状のゲヘナを巣食う病の状況だった。

  • 81124/12/17(火) 23:35:15

    「救急医学部ですけど、二、三日前から薬棚の中身をブラックマーケットに横流ししている方がいらっしゃるようですね。他にも部活動外で治療行為を行ってお金を貰っている方が何十人か……大体15人ぐらいですかね」
    「えっ……?」

    つい声を上げてしまって、恥じるように押し黙る。

    (救急医学部が? あの?)

    全く予想だにしない方向から来たその情報に驚いた。
    それから元宮チアキは特に気にせず言葉を続けた。

    「風紀委員会では70人ほど収賄してますね。もっと言えば10人は積極的に闇バイトに手を出してます」
    「なるほど……。ふん、不甲斐ない奴らめ」
    「ちなみに万魔殿も30人が受け取ってますね。流石にバイトに加担している人は分からなかったですけど……」
    「勝った! 二倍以上のスコアだな!!」
    「い、いやいやいや――!!」

    何故マコト先輩が平然としているのかが分からなかった。
    いや、だって、買収されているんですよね? ゲヘナに侵食しようとしている正体不明の敵の魔の手が。

    「マコト先輩、これ、っていうか、どうしてあなたがそんなこと知っているんですか!!」

    鋭くチアキへ視線を向ける。
    するとチアキは頭を掻きながら素直に答えた。

    「友達から聞いたんだってイロハちゃん。ほら、内緒のお話だって誰かに言いたくなっちゃいたくなるものじゃない? ……って、ああ、ごめんね! イロハちゃんのこと沢山聞いてたからつい友達になっていた感覚でいちゃった! 元宮チアキ、一年生! よろしく!!」
    「…………」

    私は頭を抱えた。
    いや、意味が分からない。マコト先輩の反応も、チアキが知っている情報も。
    店長が来て私たちの前にこの店自慢のモンブランケーキを置いていく。イブキが一口食べて「美味し~!!」とはしゃいでいた。あなただけです。こんな訳の分からない魔窟で信じられるものは。

  • 82124/12/17(火) 23:44:19

    そんな混沌と困惑の坩堝の中でまず声を上げたのはマコト先輩だった。

    「イロハよ、お前が入学してから今でもよく話す相手は何人ぐらいだ?」

    不意に振られた設問に思考を向ける。
    何人? 持続的な関係でいえば万魔殿が中心だが、そもそも私自身そういうタイプではないのだから例え多くとも十人ぐらいだろうか……?

    「え? えぇ……と……」
    「チアキはな、入学してから一か月も経たない今において、ゲヘナ学園のほぼ全ての部活を巡っているぞ」
    「っ、はぁ……!?」

    何百――とは言わずとも現時点において百近く存在する部活動のほとんどに顔を出している、というのはそれこそ常識を超えていた。少なくとも私の常識には無い。
    そんな私の反応を見てなのか、チアキは照れ恥ずかしがるように頭を掻いて笑った。

    「いや~、どういう人がいるのかなって思ったらつい、って感じですね。でも、流石に生徒会を見られる機会はなかったんで助かってます!!」
    「あ、あの、さっきの――その、離反者と言いますか、闇バイトへの加担者ですけど、それはどうやって……?」
    「……へ?」

    元宮チアキは私の質問をまるで理解できないように首を傾げた。
    そしてこう言った。

    「だって、"友達だったら内緒の話とかする"ものじゃない?」
    「……あぁ、確かに。そうですね」

    決して納得したからの言葉ではない。分からないから合わせただけだ。
    割と致命的な内緒話を聞き出せるというのは確かにあまりに突出した才能だろう。
    そして今更ながらに思う。万魔殿とはただ優秀であるだけではなく突出した何かを持った怪物の集まりなのだろうかと。

    心の内にほんの少しだけ劣等の影が差した。
    チアキはそんな私に気が付かぬまま、カバンから何かのリストを出した。それはゲヘナの全部活における裏社会での金銭の授与が認められた私的ファイルだ。

  • 83124/12/18(水) 08:20:02

    マコト先輩はその数字を見ながらしばし沈黙を保つ。そして口を開いた。

    「現状で四百人。明日には六百から八百ぐらいには増えていそうだな」
    「そんな増えますかね~?」
    「キキッ、最悪――いや、最善は予測した方が良かろう」
    「あ、あの、なんでそんな平然としてるんですか? めちゃくちゃ入り込んでるじゃないですか! ああもう、疑心暗鬼になりそうですよ……」

    事の重大さを誰も分かっていないのか、それとも私が大げさなのか。
    マコト先輩はそんな私の様子を見て溜め息を吐いた。

    「イロハ、お前は真面目が過ぎるぞ。風紀委員会の連中でもあるまいし。まぁ、聞いただけの話で判断すれば勘違いするのも仕方ないが……」
    「勘違い?」
    「そうだ。別に奴らは犯罪結社の手に下ったわけではない。これが何らかの思想に同調した集団であったのなら確かに脅威だが、所詮は利害関係だけで繋がっているだけに過ぎん。まぁ本人すら事の重大さを知らぬまま都合よく動かされているのだろう。だったら話は簡単だ」

    マコト先輩はコーヒーカップを手に取って一息に呑む。それからモンブランの片端をフォークで掬って私に向けた。

    「無意識に加担している悪事を悪事であると自覚させる。そして手を引くきっかけを与え――お前何食べてるんだ!?」
    「え、私に一口くれるのかと……」
    「同じのがお前の前にもあるだろう!? 全く……」

    マコト先輩が文句を言いながら、流れるようにチアキのスカウトへと話を移していく。
    ふたつ返事で承諾したチアキがイブキの可愛さを伝えるための週刊誌の発行案を出して、マコト先輩もまたふたつ返事で承諾していた。

    その光景を見て、何故だか少しだけ胸がざわついたことに気が付いて、しかしその理由はよく分からなかった。

    -----

  • 84124/12/18(水) 09:34:20

    佐古組。それはゲヘナで最も古い歴史を持つヤクザである。
    組長の海老丸は不動産関連で集めた莫大な資金力を持つフィクサーの顔も持ち、ゲヘナどころかキヴォトスの裏社会に多大な発言力を持つことで知られていた。
    そして何よりの特徴として挙げられるのは、生粋の子供嫌いであるということだ。その子供の定義は少々独特ではあるが……。

    「まぁ、座れ」
    「……失礼する」

    通された部屋は百鬼夜行でよく見るような和風の座敷で、私は言われた通り座布団の上に正座で座る。
    テーブルの上には今しがた運ばれてきた懐石料理が並べられていた。
    組長が部下たちに退出を命じて、私たち以外の全員が部屋から退席する。残ったのは組長と私、ただそれだけだ。

    しばらく様子を伺うように視線が交錯して、それからどちらともなく忍び笑いを漏らし始めた。

    「くくっ、いや、組長も大変だな! 今更ではあるが!」
    「部下の前じゃったからな。お前と話す様子を見られでもしたら示しがつかんよ。ほれ、腹も減ってるじゃろ?」
    「ああ、夕食はまだだったからな! 頂こう!」

    私は正座を崩して懐石料理に箸を伸ばした。
    組長にとっての"子供"とは"金を持たない人物"という意味である。そして"子供"には人権が無いと本気で思い込んでいる生粋のクズで、それから金の亡者であった。

    佐古組の影響範囲がゲヘナに留まらない以上、付き合い自体はそれなりに長く時に敵対することもあった。
    しかし、敵対しようが何であろうが、金こそ正義のこの老人からすれば巨万の富を掴んであろう私のことを無下にするはずもなく。それが今の関係性だ。

    それからしばし贅を尽くした料理に舌鼓を打っていると、最初に話を切り出したのは組長からだった。

    「それで、どこまで集められた?」
    「計画に必要なものはほぼ全て。武器も弾薬も十二分に手配させていただいた。あとは拠点があれば完成だ」
    「ならば儂が管理しているグランドタワーをくれてやる。全面防弾仕様の要塞じゃぞ?」
    「ハハッ! 最高じゃあないか!」
    「とはいえ、戦車の主砲でも撃ち込まれ続けたら流石に耐え切れんぞ? ゲヘナ学園には戦車部隊があると聞くが……」

  • 85124/12/18(水) 09:34:33

    風紀委員会はあくまで治安維持を目的とした警察機構だが、万魔殿は軍隊を保有している。戦車に武装ヘリ。位置生徒会が持つにはあまりに過剰な武力が目下の問題ではあったが、それについては既に解決案を用意していた。

    「それについては気にしなくてもいいさ。何人か拉致してグランドタワーにまとめておけばいい。人質ごとビルを倒壊させるような気質で無いのは調査済みだ」

    私たちは裏社会の人間だからこそ好き勝手に出来るが、ゲヘナ学園は違う。
    表であるが故に、常に自分以外の何かを守らなければいけない。情で繋がれた鎖の重みが使える手段を限らせるのだ。

    加えて私にはまだ秘策が残っている。

    「ああ、そうそう。あと決行日の直前ぐらいかな。トリニティのギャングたちも大量にゲヘナへ侵攻するから驚かないでほしい」
    「な、なんじゃと!?」

    組長が私に向ける目が一瞬にしてその色を変えた。

    「もちろん私たちとは敵対しないさ。あくまで打倒ゲヘナ学園を掲げて集まる義勇の軍だとも」
    「い、いったいどうやって……」
    「"魔法"をね、使うんだよ」
    「……相変わらず、恐ろしい小娘じゃな」
    「よしてくれよ、照れるじゃないか」

    からからと笑ってお茶を飲む。ことりと湯飲みを机に置いて、今度は私から口火を切った。

  • 86124/12/18(水) 09:35:06

    「明日にはゲヘナに張り巡らせた"お手伝いさん"達を使って疑心暗鬼を爆発させる。念には念を入れて、中枢の機能は崩しておこう」
    「ほぅ? どうやって?」
    「密告される、って思わせるのさ」

    私たちの依頼を受けて金銭を受け取る"お手伝い"。わざとそんな呼ばせ方を徹底していた。
    罪の意識をなるべく減らして、みんなやっているからと安心感も与え続けて――いやいや、よく考えてみろよ。闇バイトだぞこれ、と。その事実を突きつける。

    「買収されている一部の生徒の名前が載ったリストを作って学園内にばら撒くのさ。もちろん派手にじゃない。教室の片隅や下駄箱付近、何でもいい。丸めて一見ゴミに見せかける。中身を開いて読まなければそのまま捨てられるだろうけど、開いて読んで、しかもそれが買収された生徒が読んだら気が付くような内容にする」
    「なるほど。偶然見つけた、と思わせるわけか」
    「そうさ! リストを掴まされるのが誰かも分からないし誰も気が付かない可能性だってある。そんな状況下で気付いてしまえば、それが誰かの罠であるなんて思いもしないだろうさ!」

    偶然に頼るが必勝だ。何故なら買収されている生徒は既に何百といる。学園全体で見れば一割にも満たない数だが、分布でみれば当然偏りがあるのだから割合で見るのは愚かでしかない。
    駄目押しに密告者への警戒をそれとなく煽る。その上でリストの中身も設置する場所に応じて変えていく。もちろん買収されていない生徒の名前も紛れ込ませる。

    そうして万魔殿および風紀委員会に対して内憂の存在を暴露する。
    一斉捜査が始まるだろう。何せ部内の情報をどこまで垂れ流されているのか分からないのだから。

    それが私の仕掛ける第二の爆破。学園内では混乱が生じるだろう。
    そしてその隙を突いて生徒を拉致する。我々の拠点を守る盾として。

  • 87124/12/18(水) 09:57:22

    「とまぁ、そんな感じで明後日に繋げていくんだが……何か質問はあるかな?」
    「いいや。むしろ儂からすればお前さんが怖いよ」
    「おや、組長にも恐れるものがあったのか」

    おどけて返すが、組長はそうではないと首を振った。

    「お前さん、失敗したら殺されるじゃろうな」
    「……だろうね。苦しいのは嫌だが、すぱっと死なないのがキヴォトスだ」

    普通であればまず退学処置が下される。
    けれども私にそれは何の刑罰にもならない。何せそもそも偽造した学生証で複数の高校に籍を持っているのだ。
    既存の法では裁きようがない以上、もうそれは殺すしかないだろう。

    「ま、その時はその時だ! 散々好き勝手やって来たんだ。最後は笑って地獄へ落ちることにするさ!」
    「……狂っておるな。何がお前さんをそれほどまでに掻き立てる?」
    「何が、か……」

    ふと、考え込んでしまった。それから呟いたのはきっと、私の本心だった。

  • 88124/12/18(水) 09:57:32

    「……宝物を、探しているのさ」
    「宝じゃと?」
    「…………」

    私はこれまで、多くのものを暴いてきた。
    心の奥底に隠された願いを、奥底に仕舞い込まれたそれがどんなに醜悪なものであろうが、それがどんなに輝かしい善意の欠片であろうが、何一つ見境なく暴き続けた。

    結果として狂気に陥る者を多かったが、そうでない者もいた。
    ただ一様にして皆、それほどまでに心を駆り立てる何かを見つけてきたのは間違いない。

    私がやっていることはあくまで"出来るからやっている"というだけだ。
    もちろん楽しいが、私はまだ心の底からやりたいことは見つけられていない。

    「……まぁ、つまりは。我々ではない。私のための、私のエゴで色んなものをぶっ壊してやりたいのさ」

    それが見つかるまでは無差別に。誰がどうなろうと知ったことじゃない。
    狂奔の果てまで爆破し続ける。自分自身が爆死するそのときまで、ずっと、ずっと――

    -----

  • 89二次元好きの匿名さん24/12/18(水) 16:29:27

    保守
    登場人物がみんな強そう

  • 90124/12/18(水) 19:10:03

    マコト先輩たちとはその場で解散となり、私はその足で帰路に就く。
    途中で本屋などに寄っていたのもあり、時刻は21時を過ぎていた。

    (私は、イブキと仲良くできるって理由だけで面接に受かったんですかね……?)

    これでも自分は優秀だと思っていた。
    私の通っていた中学の中では少なくともそうであったし、当たり前のようにそのことを受け入れていた。
    だからエリートのみが入れる狭き門なんて言われていた万魔殿の面接だって臆することなく申し込んだし、つい最近までは雑な面接も含めて名ばかりの部活ではないかと若干の失望すらあった。

    それがたった数日で変わってしまった。
    マコト先輩は私の想像する全てに対して、まるで未来でも見えているかのように手を打っていた。
    チアキだって私にはない才能の持ち主だ。私には絶対に真似できないことを彼女は出来る。

    自分は何でもかんでも器用にこなしているとばかり思っていたが、本当にそうなのだろうか。
    所詮は井の中の蛙でしかなく、そんなことにすら気が付かなかった私の姿がいったいどれだけ滑稽だったことか。

    「……めんどうですね」

    取り留めなく流れる雑念が面倒に感じて来て、こんな気持ちを払拭するにはどうすれば良いのかとつい考えてしまう。

    (せめて、手柄のひとつでも立てられたら……)

    なんてことを考えていた時だった。
    シャッターが下りた店の前で、数台のバイクを止めた大人たちが座って談笑していた。
    ただのバイカーだろうと思い通り過ぎようとする。しかし、向こうもこちらに気が付いて私に声を掛けてきた。

  • 91124/12/18(水) 19:10:27

    「よぉ! 下見か? 精が出るなぁ!」
    「え……」

    一瞬、聞き違いかと思って顔を向ける。いや、私に言っている。下見? 何の……。

    (まさか……、闇バイトを仕切っているギャングか何かですかね……?)

    何か情報を聞き出せるのではないか。そんな考えが過ぎった時には既に身体が動いていた。

    「まぁ、そんなところですよ。皆さんもお暇では無いでしょうし」
    「いいんだよ。今日やることはひとまず終わったからな。ま、これも明後日まで辛抱だけどよ」
    「ふふ……私も楽しみです」

    私は全力で話を合わせにいった。
    何を言っているのか分からずとも、曖昧な受け答えをしながら妙な藪だけ突かないよう、細心の注意を払い続ける。

    「……そういえば、この時間でも私みたいなのっているんですかね?」
    「あぁ? ってそうか。俺らとは違ってお前らはあんまり聞かされてねぇもんな」
    「おかげで面倒ですよ。すれ違った相手がどっちなのか分かりませんし」
    「ははっ! まぁ怖いわな! ってか、いま暇か? ちょっと頼みたい仕事……じゃなかった、"お手伝い"があんだけど」
    「お手伝い……ですか」

    来た、と――そう思った。
    危ない橋を渡っているという自覚はある。それでも何かを掴みたかった。自分が優秀だと思える何かを。

    「まぁ、今日はもう疲れたので早く帰りたい気持ちではありますが……」
    「やるのは明日だから安心しろって! ちょっとばら撒いて欲しいリストがあるんだ。土壇場になって辞めるとか言い出した奴がいてなぁ……流石にレルモだの佐古だのに人員借りにいくのはちょっとよ……」
    「個人的に、ってわけですか。私の方と競合していなかったらやりますので、ちょっと見させてください」
    「悪いな! ついて来てくれ!」

  • 92二次元好きの匿名さん24/12/18(水) 19:18:34

    イロハ……大丈夫かなあ……

  • 93124/12/18(水) 19:45:30

    バイカーたちのひとりがよっこらせと立ち上がってシャッターを開けた。
    どうやらここは隠れアジトのひとつだったようで、帰り道にそんな場所があること自体に思わず身震いした。

    店内は遺棄された店舗のひとつだったようで、空の陳列棚がずっと並んでいる。
    足元に落ちているのは空の酒瓶。キヴォトスでは許可を受けた専門の業者からでしか手に入らない大人の嗜好品だ。

    店の奥には下り階段が設置されており、バイカーに着いて降りていくと、古びた倉庫のような扉があった。
    扉が開いた瞬間に聞こえたのは、猥雑な音楽と下品な笑い声。それから生徒のすすり泣くような声だった。

    「おい! 出来ねぇってじゃあどうすんだよ、ああ!?」
    「も、もう辞めたいんです……! ごめんなさい……や、辞めさせてください……!!」
    「じゃあ誰が代わりにやってくれるんだぁ!? 今すぐここに呼んで来い!!」
    「あしっ、明日には――」
    「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!」

    酒瓶が投げつけられて生徒の顔のすぐ横にある壁へとぶち当たる。硝子の割れる音に一層びくりと身体を震わせる。その様子を周囲のバイカーたちが囃し立てるように笑っていた。
    そこに蔓延する悪意は今まで私が見たことも聞いた事もないもので、背筋に怖気が走ってしまう。

    「あ、リーダー。代わってくれそうな子連れてきましたー」
    「ん? 誰だそいつは」

    先ほどまで怒鳴っていた大人が私の方を見る。思わず恐怖で手が震えたが、ぎゅっと握りしめて表情だけでも平静さを装った。

    「個人的に頼まれたので来ました」
    「うちのとこじゃねぇな。レルモと佐古、どっちだ」

    レルモ、佐古。その名前に覚えがあった。
    つい最近マコト先輩に頼まれた仕事で知ったのだが、どちらもゲヘナで活動が確認されている反社会勢力である。
    レルモ・ファミリーはゲヘナ自治区において最も有名なマフィアであり、佐古組は不当な方法で土地を買い上げては転がしている古いヤクザ。となれば今目の前にいる彼らの正体もおのずと絞られる。

  • 94124/12/18(水) 20:02:03

    バイカーで先の二組織に匹敵するのは密売と強盗を専門とする運び屋集団のブルータルカイだろう。
    そしてそれだけ強大な組織だ。癪に障った瞬間に何をされるか分からない……。

    緊張で生唾を飲む。嘘はバレたらマズい……。

    「……私は、個人的に頼まれたので来ました。それ以上のことは聞かれてしまえば必ず誰かの礼儀を欠きます。ですので、聞かないで下さい」
    「…………」

    リーダーは瞬きひとつせず、じっと私を見ていた。私の額に汗が垂れる。震える手を握りしめる――

    「……そうか。じゃあ頼むわ。おい! 役立たずの癖にいつまでそこにいるつもりだ!! 今すぐここから出ていけ!!」
    「はいっ、はいぃぃぃいい!!」

    テストは合格のようだった。
    先ほどまで怒鳴られていた子は逃げ出すように部屋から出ていく。残った生徒は私ひとり――ではなかった。

    「あの、そこにいる子は?」

    私の視線に気が付いた生徒が小さく悲鳴を上げた。
    彼女は風紀委員会の制服を着ており頬にシップが貼られている。それと右手の小指と薬指を固定するように包帯が巻かれていた。

    私の質問には紙束を持ってきたバイカーが答えてくれた。

    「ああ、俺たちと教授との連絡役だよ。ほら、モモトークだったら通信局がゲヘナの管轄じゃないから傍受できないだろ?」
    「なるほど……」

  • 95124/12/18(水) 20:02:13

    小指は折られたのだろうか。顔も一発打たれたようで痛々しいが、それ以外には特に外傷は見受けられない。
    今すぐ彼女を助けることは私にはできない。目を逸らして紙束を受け取る。

    「どのあたりに設置するとかは一番上の指示書を読んでくれってさ。なるべく目立たないように、でも目に入るように、ってのが教授の注文だ」
    「ありがとうございます。それでは――」
    「待て」
    「っ!」

    リーダーが突然口を挟んだ。私の方に近づいて来て、顔をぐいと近付けてくる。
    まさか私が間者だとバレたのだろうか……。

    「あの……、どうされましたか?」
    「報酬はどうする」
    「……あぁ、お手伝いの、ですね。私はいいので、今度私が困ったときに誰か貸してください」
    「ガハハ! いいねぇ! 分かった!」

    それだけ言ってリーダーは席へと戻っていった。
    私もまた、無事に店から出られて、そのまま今度こそ帰路に就く。

    「…………ふぅ」

    誰も居ない路上で息を吐く。
    生きた心地がしなかった。純粋な悪意というものを知らなかったが故に、私は裏社会を甘く見積もっていた。
    けれども、情報は確かに集めることが出来た。

  • 96124/12/18(水) 20:02:25

    (今すぐマコト先輩に――)

    そう思って携帯に触れて、不意に手が止まる。
    私がさっきした行為はどう考えても渡るべきでない橋を渡るものだった。
    結果として得たものはあったが、こんなのギャンブルみたいなものだ。絶対に怒られるし止められる。

    すぐに連絡してマコト先輩が動いてくれればさっきの子はすぐにでも助けられるかも知れない。
    けれど他は? さっきの話じゃ巨大な犯罪組織が三つも共同で動いていることになっている。
    下手に動けば残りの二組織に逃げられるのではないか。そしてその時捕まっている子がいたらもう助けられないのではないか。

    (……明日、誰かから聞いた体で全部話した方がいいですね)

    得た情報はちゃんと渡す。けれども渡し方を間違えれば取り返しのつかないことが起きるかもしれない。
    少なくとも、マコト先輩が知っている状況が必要なのだ。後の判断はマコト先輩に任せた方が絶対に良い。

    (私、役に立てましたかね……?)

    その答えは誰にも知る由もなく。

    -----

  • 97二次元好きの匿名さん24/12/18(水) 20:17:04

    これは…吉と出るか凶と出るか

  • 98124/12/18(水) 20:33:03

    翌朝、万魔殿に向かった私は足早に歩きながら執務室まで辿り着くと、一度深呼吸してから扉を開け放った。

    「失礼します」
    「ぅおぉあ!? ってイロハか……。入る時はちゃんとノックしろ! いきなりなんだ!?」
    「さっき校門のところで闇バイトの子に会いまして?」
    「闇バイトぉ?」

    呆れたような声を出すマコト先輩の前に、昨日手に入れた紙束をどさりと置いた。
    マコト先輩は一番上の指示書を手に取ってしげしげと眺めながら、「ふむ」とだけ言って丸めてゴミ箱へ投げ捨てる。

    「これ、あれか。例の収賄騒ぎで金を受け取った生徒のリストだな?」
    「え、そうなんですか?」

    私も昨晩、指示書とその下のリストには目を通していた。
    しかし名前ぐらいしか書いておらず意味がよく分かっていなかったのだ。それを、一目で……。

    「私も昔これと似たようなことをやったことがある。どうせ密告されるだなんだのと疑心暗鬼にさせて混乱させようって寸法だろう。何なら丁度今日適当にでっち上げるつもりだったわ」
    「でっちあげる……って、マコト先輩が?」
    「そうだ」

    マコト先輩は下らないものでも見るかのように紙束を見た。

    「そもそも、こんな手は勘付かれたら簡単に潰せるようなただの嫌がらせだ。ちょうど昼頃にイブキに任せるつもりだった。他には?」

    (イブキに……、何を……?)

    確かにイブキは可愛いし、あの年齢にして私たちぐらいの学力はあるし、とても可愛い。
    けれどもそれ以上の何かがイブキにもあるのだろうか? 予想もつかずに口ごもるが、他にも伝えるべき情報があった。

  • 99124/12/18(水) 20:44:59

    「あと、闇バイトを斡旋している組織が分かりました」

    レルモ・ファミリー、佐古組、ブルータルカイ。
    三つの名前を挙げるとマコト先輩は露骨に嫌そうな顔をした。

    「また面倒な奴らが……しかも末端ではなく親玉か」
    「……あの、もしかして関わったことあるんですか?」
    「まぁな……遺産がら――まぁ、聞くな。ただ、マークはしていた」

    本当にこの人、今までどんな生活を送って来たのだろう?
    マコト先輩がどんどん分からなくなっていく。サツキ先輩が言っていた不透明なカリスマとは案外的を射ているのかも知れないと思った。

    「それと、ブルータルカイで風紀委員が捕まっていました。殴られていたようですが、まだ無事です」
    「……おい、何だか実際に見た風に言うんだな?」
    「っ……」

    (――しまった、油断した!)

    そう思った時には既に遅く、吐いた言葉は戻らない。私は慌てて付け加えた。

    「……昨日、うちの近くをバイカーギャングが練り歩いていたんですよ。その中に引きずられて歩く子が居たような気がして、闇バイトの子に聞いたら教えてくれたんです」
    「……そうか」

    少し考えるようにマコト先輩は中空に視線を向けて、それから首を振った。

  • 100124/12/18(水) 21:00:50

    「ブルータルカイだろ。だったらすぐにはこれ以上悪化はしない。やつら、別に暴力を趣味で奮うタイプでは無いからな。格付けが済んでいるなら一番穏当だ」
    「そう……なんですか?」
    「それで言ったらレルモの方がヤバい。あいつらは趣味で人を嬲りかねん。ちっ、連合を組まれているのが面倒だな……。一網打尽にせんと逃げられる……」

    ぶつぶつと呟くマコト先輩に少しだけ畏怖を覚えた。
    私が昨晩、あれだけ怖い思いをして手に入れたにも関わらず、この人はきっとそれ以上の修羅場をくぐって来ているのだと。
    学年の違いは一年だ。けれども、聞いた話では去年の二年生は全員留年で今も二年生。年齢で言えば二歳違い。

    そのはずなのに、私は一年や二年で今のマコト先輩のように成れる気が一切しなかった。

    「そもそも、この手の連中が連合を組むときは大抵大規模なパーティーを開くものだ。もうじきやり始めるだろうから、その時に合わせて一網打尽にする」
    「……聞いた話ですけど、明日かも知れません」

    私が聞いたのは、昨日における「明後日までの辛抱」という発言だけだ。
    これまで続いた何かが今から見た「明日」に終わるのか、それとも「明日」に何かが起こるのか。そこまでは判断が付かない。その上で、マコト先輩がどう思うのかが知りたかった。

    それ故の歪曲した情報を呟く。マコト先輩はそれに――

    「キキッ、丁度良いな」

    と――それだけ答えた。

    -----

  • 101二次元好きの匿名さん24/12/18(水) 21:29:07

    バイカーギャングってただの暴走族みたいなもんかと思ったらアメリカあたりじゃマフィアも同然なのね
    ブルータルカイと申谷カイに関係は…特になさそうだな

  • 102124/12/18(水) 21:39:34

    真昼のゲヘナ学園には不穏な様相が漂っていた。
    闇バイトをしていた者、金銭を受け取って果たすべき職務を握り潰した者。
    目を逸らし続けた罪科を自覚させられ、暴かれつつあるというのは純粋な恐怖となった。

    今はまだ爆発していない。けれども、緊張はやがて恐慌を招き弾圧へと繋がる。
    ババを引くのだけは嫌だと言う社会心理がそうさせる。ひりつく学園。風紀委員会も委員長の不在と並びに連日続く自治区での犯罪の対応に追われ続け、限界が近づいていた――そんな時だった。

    『ぴんぽんぱんぽーん! 万魔殿から、お知らせです!』

    ゲヘナ学園に設置された全てのスピーカーから流れたのは、無邪気な子供の声だった。

    『明日のお昼ぐらいから、悪い人たちをみーんなやっつけます! 悪い人たちに嫌なことさせられた人は、今すぐマコトせんぱ――じゃなかった、万魔殿の受付まで来てください! あと、どういう人に何を言われたのかも教えてくれたら、うれしいな~!』

    あどけない子供の声。だからこそ嫌でも耳に入ってしまう。ただの呼び出しとは異なる毛色が故に。

  • 103124/12/18(水) 21:39:47

    『悪いことはめっ、だよ~。リスト? これ? ええーと、騙された人たちのリストも出来てます! 早く来た方がいいって! お小遣い? 教えてくれたら? くれるんだって~! あっ、イブキもほし――』

    そこで校内放送は途切れた。
    学内に蔓延した内憂。それを払拭するに当たって必要だったのは"理由"に他ならない。
    悪事に加担した共犯者――ではない。悪事の片棒を担がされた被害者であるのだという言い訳と、その罪悪感に付け込んだ"ゲヘナの敵"の情報を流すという禊の機会。

    この放送をマコトがやっていたのなら結果は変わっていたのかも知れない。イロハがやっていても変わっただろう。
    けれどもイブキが、年端もいかないイブキだからこそ、"言わされている言葉"と"そうでない言葉"の違いはより顕著になる。たった一言、『これ?』だけでその実在を突き付けられる。既にばら撒かれている事実も相まって、それは疑いようの無い真実になった。

    「逆の立場でやられて嫌なことは、先にやれば潰せるということだ」

    議長が密かにほくそ笑む。異なる場所にて最悪のヴィランが笑って答える。

    「そう来たか。まぁ、学ばせてもらうよ――先輩」

    最悪と最悪。二者の策謀はいま、音も無く開戦のときを迎えていた。

    -----

  • 104二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 04:32:14

    悪と悪の戦いかあ…こういう水面下の知能戦ってカッコいいなぁ
    (待機中のシロモップから目を逸らしつつ)

  • 105二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 04:44:35

    >>104

    知能戦なんてそんな野蛮な……

    ここは穏便に暴力で……(

  • 106二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 07:17:15

    イブキは可愛いですね

  • 107124/12/19(木) 07:30:52

    友達と連絡が付かなくなってから一日。
    これはきっと、お金に目がくらんだ私への罰に違いなかった。

    「親父。もうちょっと軽い"チョッキ"は無いんですかい……?」
    「そうじゃなぁ……。もうすこし小柄な生徒を拐かす必要がありそうじゃな」
    「…………」

    両手両足を縛られて、目隠し、猿轡を噛ませられている私の耳に聞こえてくるのは、何ともおぞましい話だった。
    彼らは明日、ゲヘナ学園に侵攻を開始する。そのために必要なのは自分の身を守るため防具だといい、いくつかの案を出し合っていた。

    盾に"生徒を磔にする"という案。前線に立つ部下の身体全面に"生徒を括る"という案。生徒に爆弾を持たせて突撃させるという案。とにかく全てが私たちを文字通りの意味で道具として使い潰す前提のものだった。

    そして私は佐古組に"検証材料"として引き渡されたのだ。私にはもう、人間としての価値はないと言わんばかりに。

    (あの時、私が教授の手を取っていなければ――)

    こんなこと最初から関わるべきじゃなかったんだ。
    私のせいで友達まで巻き込んでしまった。いくら過去を後悔しても今は変わらない。どうして、どうしてこんなことに――

    その時だった。携帯からモモトークの受信音が鳴ったのだ。

    「何の音だ?」
    「こいつの携帯からだな」

    周囲の組員たちが一斉に私の方へと近付くのが分かった。
    ポケットの中の携帯を引き抜かれて、それから組員のひとりが面倒そうに唸った。

  • 108124/12/19(木) 07:31:29

    「ちっ、顔認証か。目隠しと猿轡を外せ」
    「はい!」

    乱暴な手つきでようやく戻った視界は、どことも知れぬオフィスの一角であった。
    顔認証が解かれて再び組員がモモトークを開こうとするが、またしても苛立つように声を上げた。

    「どんだけアプリいれてんだよ……。おい! どこにあんだ?」
    「え、えと……、右下の……」
    「これか!?」
    「そ、そうで――」

    モモトークが開かれて、一瞬だけトーク画面が見えた。
    私は、そこに書いてあったメッセージを一瞬だけ見ることが出来て、見て、絶句した。

    【万魔殿議長、羽沼マコト様だ】
    【お前が下らん連中に唆されて面倒なことに巻き込まれているのは分かっている】
    【大人しくしているのなら明日助けてやるから待ってろ】

    「万魔殿……? って、ああ。教授が言っていたゲヘナ学園の生徒会だったか」
    「ってか明日って……、教授の計画漏れていないか……?」
    「どうします、親父」

    同じくメッセージを見た組員たちが銘々に声を上げるが、私にはもう聞こえていなかった。

    (私……助かるの……?)

    明日、助けてやる。そう書いてあった。いずれでもいつかでもなく、明日。
    やけに具体性を帯びたその二文字が、何より大きな救いとなった。

    (今日、耐えれば――きっと!)

  • 109二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 07:32:13

    マコト様が動いた!!!!これで勝つる!!!!!!!

  • 110二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 07:33:48

    うん!わかっちゃいたが悪い大人もカスミもぶっ潰さないと駄目だな!普通にライン越えだわ!!!

  • 111二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 07:39:32

    やっぱ雪山に捨ててヘイローの破壊を狙ったのはヒナとマコトでほぼ確定か…
    最初はあの大人が「おう失敗したじゃねえかどうしてくれるんだおぉんっ!?」って展開だと思ってたけど違った……

  • 112124/12/19(木) 07:41:39

    後悔で壊れかけたひとりの少女の心を救ったメッセージ。
    その発信をした者はいま、万魔殿にいた。

    「とりあえず、学園内にいない者はこれで全部か。よくやった、チアキよ」
    「お褒めに与り光栄です! えへへ~」

    マコト先輩とチアキが喜ぶなか、私たちは疲れた目をほぐすように目頭を押さえていた。
    というのも、私がブルータルカイで回収してきたリストの名簿と先ほどの放送を行った際に登校していた生徒を全て照らし合わせて、登校が確認できなかった生徒を片っ端から洗い出したのであった。

    万魔殿総出で取り掛かったものの、とにかくリストの枚数が多い。その上内容も全て共通というわけでも無いから重複の潰し込みなどマンパワーで押し切るような作業となった。

    そこから洗い出せた生徒の連絡先を持っている生徒を探す作業が始まった。これはチアキを筆頭に行われた。
    そうして連絡先を持つ生徒を見つけ次第、モモトークで降伏勧告を行い続けていたのがつい先ほどまでのこと。

    サツキ先輩はイブキと共にタレコミに来た生徒の対応でここにはいないが、直に戻ってくるだろう。
    そんなところでマコト先輩は椅子から立ち上がり、私たちを労うように声を張った。

    「キキッ、お前たちもよくやった! やはりゲヘナを真に統治するのは我ら万魔殿であることは揺るぎない事実となった! しばしの休息を取るが良い。何なら今日はもう上がっても良いぞ?」
    「え……もうやることないんですか?」
    「そうだが……やけに張り切っているじゃないかイロハよ。サボりたそうにしていたいつものお前は何処に行ったのだ?」
    「いえ……まぁ」

  • 113124/12/19(木) 07:42:01

    というのも、まだ私たちは何も解決できてはいない。
    昼の放送で混乱は未然に防げたものの、捕まっている生徒の救出方法や拠点の位置などはまだ何も分かっていないのだ。

    いったいどうするつもりなのだろうと考え込んでしまうと、それに気付いたのか、マコト先輩は私の頭に手をやった。

    「案ずるなイロハよ。既にこのマコト様の計略は進行している」
    「え、な、何を……」
    「キキッ、それは明日の楽しみに取って置け」
    「…………はい」

    本当に、この人には何処まで見えているのだろうか。
    何を見て、何を考えて、どんな"魔法"を見せてくれるのだろうか。

    だったら私も私に出来ることをやろう。少しでもマコト先輩が見ているものに近付くために。

    (私も頑張りますから――あなたに恥じない自分でいられるように)

    そして――私は大きな間違いをすることになる。

    -----

  • 114二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 07:46:12

    お お お
    い い い

  • 115二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 13:46:14

    保守

  • 116124/12/19(木) 20:17:43

    ※今晩ホスト規制までに書けなさそうなので明日の朝に投稿します…

  • 117124/12/19(木) 22:29:40

    保守

  • 118二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 22:32:59

    まさか温泉開発部の作品とは
    オラワクワクすっぞ

  • 119124/12/20(金) 07:39:19

    夕方、万魔殿を出た私はその足で風紀委員会の本部へと向かっていた。
    相談窓口から来客用のベルを鳴らすと、しばらくして奥から出て来たのは随分と憔悴しきった人だった。

    「な、なんでしょうか? ば、万魔殿の新入りですかね……?」
    「え、ええ……。まぁ、そうですけど……大丈夫ですか?」
    「ええもちろん大丈夫ですよ? ええ! もちろん!!」
    「……?」

    隈の酷い目元、乱れた髪、何より隠し切れていない憤りのようなものを感じたが、どう考えても藪蛇なので気が付かなかったことにする。さっさと必要な物を手に入れて退散した方が良さそうだった。

    「もし良ければ確認したいものがありまして……今週の巡回予定表を見させていただければと」
    「……ええと、一応ですけど、名前と理由を説明していただけますか?」
    「棗です。万魔殿一年、棗イロハ。閲覧理由は急増する犯罪への対応策のひとつとして、ヴァルキューレから交番を誘致する際に適切な土地を目星をつけるため、です」
    「あのクソ狸、裏でそんなこと――っと、失礼しました。少々お待ちください」

    そうして部内へと戻っていく推定風紀委員会の先輩を見て内心呟く。なんか目が完全にキマっていたな、と。
    とはいえ思い当たる節なら幾らでもある。急激に悪化した治安に対応するべく、風紀委員会が連日徹夜で対応に追われているらしい。
    一年生はちゃんと帰っているとのことだったが、二、三年生はもう何日も帰っていないのだとか。
    おかげでゲヘナ学園の周辺など生徒の多い地区の治安は比較的悪化を食い止められている。

    (本当にお疲れ様ですよ……)

    心の中で頭を下げる。労う気持ちと、そんな方に嘘を吐いて巡回予定表を見せてもらおうとしていることに。

  • 120124/12/20(金) 07:59:51

    しばらくして先ほどとは違う人が何故か複数枚の紙束を持ってやってきた。
    おや、と思う。てっきり中を案内してくれると思っていたのに……。

    「こ、これ……予定表、ここで、見て……」
    「めちゃくちゃ片言になってますけど本当に大丈夫ですか? というよりさっきの方は……?」
    「アコさん、倒れた。ここで、見て……」
    「…………分かりました」

    何もかも飲み込んだ。なんでこの一瞬で人が倒れるのかも、受付なんかで巡回予定表が展開されているのも、片言で同じことしか喋らない目の前の人の手足が若干痙攣しているのも、全部聞かずに飲み込んだ。

    (経路で行くと……今晩はこの辺りが穴場ですかね)

    私が知りたかったのは今晩ギャングたちが集まるであろう場所の情報だった。
    風紀委員会が巡回をしているように、ヴァルキューレ警察学校もまた各校と提携して巡回などを請け負うことがある。
    主たる例は港や空港といった重要拠点への増員、または郊外での巡回補佐など。
    当然警察機構としての権限は持たないため、派遣された学校の警察組織に準ずる部活への報告義務が取り付けられている。

    今回の事件、私は当然ヴァルキューレも買収されていると考えている。
    再びギャングたちの根城に潜入して情報を持ち帰ることができればマコト先輩の力になれるはず、と……そんなことを考えていた。

    ――これが間違いの一つ目。私は身の程を弁えていなかった。

    「ありがとうございました。もう覚えたので大丈夫です」
    「ぁぁ……うぅ……」

    もはや人語すら解せる状況でも無さそうなゾンビが紙束を抱えて部内へと戻っていく。
    それから私はギャングたちに接触できそうな場所へと歩き出した。

  • 121124/12/20(金) 08:30:16

    陽が沈んだ頃、私は昨日リストを渡してくれたバイカーと再び会うことが出来た。人通りの多い繁華街の入口だ。

    「よぉ! 昨日ぶりだな!」
    「こんばんわ。リーダーの方はいらっしゃらないんですね」
    「ああ、会合まで散歩だってよ。俺はそれまで待機中ー」
    「そうなんですか」

    会合、これは大きい情報だが、同時に少し迷う。
    時間と場所が分かり次第マコト先輩に伝えられたらとも思ったのだが、昨日の彼の話によれば明日何かが始まるのか何かが終わる。会合が今日で終わりなのか明日以降もあるのか気になった。何せマコト先輩は会合に合わせて一網打尽にすると言っていたのだから。

    そう思っていると、バイカーの方から会話を切り出してくれた。

    「そういや、お嬢ちゃんも呼ばれてるんだろ? 明日への決起会だもんな。残ったバイトの子たちも誘われてるらしいし」
    「残ったバイト……? 何人かいなくなったんですか?」
    「そうなんだよ。ま、リーダーは気にすんなって言ってたから嫌がった子は普通に帰したけどさ」
    「それはまた……随分と怒っていたんじゃないですか?」

    昨晩怒鳴られていた子を思い出して思わず身震いする。
    するとバイカーは「いやいや」と手を振った。

    「そんなことないよ。そもそも、いなくなること前提で使ってた子たちだし、そういう子には手を噛まれない限りはそんな怒んないようちのリーダー」
    「……え、そうなんですか?」
    「そうそう。まぁ、流石に舐めた態度を取ったら手は出すけど……、ぶるぶる震えながら全力で謝り倒されたら一喝して終わりかな。昨日みたいなことはほら、連絡役の子に見せる為っぽかったし」
    「……逃げられたら大変ですからね」
    「そうそう!」

    ……と、ここまで話して気付いたことがある。
    このバイカー、とにかく口が軽い。恐らくもっと聞き出せる。

  • 122124/12/20(金) 09:06:12

    ちら、とバイクを見る。多分大きい方なんだろうぐらいしか分からないが、単眼のヘッドライトに大きなタイヤと何だか無骨な印象を受ける。
    バイクを見る私の視線に気が付いたのか、バイカーは「おっ」と声を上げた。

    「もしかして、興味ある?」
    「なくはないですけど……その、車と違って覆われてないじゃないですか。怖くないですか?」
    「怖い? そんなこと一度も思ったことねぇなぁ……。アクセルを吹かし続けるとよ、どんどん視界が真っすぐになるんだ。景色を楽しむためじゃない。全部追い越して、身体とマシンの境が無くなるまでひたすらにスピードを上げ続けるんだ。その瞬間が気持ちよくてなぁ」
    「……あー、風になる、ってよく言われている、ああいう感じですか?」

    私がそう聞くと、バイカーはむず痒そうに頭を掻いた。

    「言われてもピンと来ないだろ? でもそれ以外でぴったりの言葉が無いってんで……はぁ」
    「なるほど……。まぁ、私は風を浴びるぐらいが限界なのでバイクなんて一生乗れなさそうですね」
    「……じゃあ、お嬢ちゃん。ちょっと俺のバイクに乗せてやろうか?」
    「いや私速いのは本当に無理ですよ? 法定速度以上出たら吐きますって。あなたの大事なものを汚すなんて私には出来ません」
    「だったら慣らしだな。俺もギャングだがバイカーでもあるんだ。走る前から嫌いになられたら悲しいじゃねぇか」
    「…………本当にいいんですか?」
    「おう! 任せな!」

    かかった――そう確信した。
    簡単に籠絡できる相手だ、この大人は。
    意気揚々とバイクに跨ったバイカーの後ろへ、身体を横向きにしてしがみ付く。

    「私をバイク嫌いにさせないで下さいね」

    エンジンが動いてアクセルが吹く。そうしてバイクがゆっくりと走り出す。
    イロハはこのとき気付いていなかった。自分が浮かべる妖しい笑みに。

    -----

  • 123124/12/20(金) 11:34:13

    ゲヘナ学園の侵攻計画、その前準備はおおよそ終わりへと近付いていた。
    ゲヘナ自治区の郊外、空輸のためをコンテナを保管する広大な倉庫街の一角で、私は会場設営の指揮を執っていた。

    「これじゃあ設営が間に合わないぞ~? さぁて、どの組のお手伝いさんが一番早く準備を終えられるか競争だ!」

    私の声に身を震わせるのは、昼の放送の前に各組織へ貸与されていた生徒たちだった。
    ギャング、不良、一般生徒。これらをまとめあげるために作ったのは一時的な階級制度だ。

    ギャングと私が最上位。
    次が金で雇われた傭兵もとい元々学籍を持っていない不良たち。積極的に協力してくれる一般生徒も二番目だ。
    そして最下層が逃げ遅れた一般生徒。奴隷のように鞭打っているが、まぁもちろん多少なりとも理由はある。

    ひとつは二番目の階級に特別感を持たせるため。指揮系統の都合上で君たちは二番目だけど、ちゃんと仲間だと認めているから安心して欲しい、といった感じにだ。あくまで使い捨ては最下層。君たちは違う、と。

    ひとつは最下層の一般生徒たちを後で逃がすからだ。明日の会戦直前ぐらいにゲヘナ学園の保護対象を戦場となる市街地に解き放つ。そのためには一秒だって近くに居たくないと思われるぐらいの仕打ちをしておかなければ、死に物狂いで学園へは向かってくれないだろう。

    不良生徒たちには各地に散らばって銀行やら商店街やらを襲撃してもらうつもりだ。
    もちろん合図に合わせて一斉に。何せ大規模な組織を率いての学園侵攻だ。事態を察知すればすぐさまSRTが投入されるだろう。連邦生徒会が介入するのなら、被害の範囲を一気に広げてやればいい。

    「あー、そこ! 武器と弾薬は真ん中に寄せてくれ! この会合の象徴だからね。おっと、その木箱は慎重に持った方がいい。爆薬がたっぷり詰まっている。もし落として爆発なんてしたら……はは、冗談さ!」

    ふらふら歩いて脅かしながら、進む姿は軽快に。
    今回の会合はブルータルカイ主催という体で進んでいる。準備がある以上、トップ全員は流石に呼べない。
    明日のグランドタワーで各組織のトップが一堂に会する。そこは佐古組主催で諸々を手配。ラストはゲヘナ学園で戦勝祝いを記念してレルモが盛大にパーティーを開くという流れだ。

    「みんな仲良く、想いはひとつに! 最高じゃあないか! ハーッハッハッハ!!」

  • 124124/12/20(金) 11:34:50

    高笑いが夜の街に響いて消える。
    その声は聞こえずとも、確かにその悪意をバイクに同乗する棗イロハは聞き取った。

    (学園への侵攻……!? 一体なにを言っているんですかこの人は……!)

    法定速度は遵守しているバイカーから告げられたのは、明日に行われる犯罪結社連盟の学園侵攻計画だった。
    "教授"と呼ばれるフィクサーがたった六日で揃えた手勢。一週間で行われる狂気の計画は、人道も倫理も排した邪悪そのもので出来ていた。

    「ま、学園なんて邪魔でしかないからなぁ。お嬢ちゃんだってぶっ壊してやりたいんだろ? 万魔殿の議長を恨んでる奴らなんてこの街には腐るほど居るしなぁ」
    「……ええ、そうですね。私も万魔殿に入って失望しましたよ。あんな下らない場所だなんて」
    「だろ? だったら議長には落とし前を付けさせて……まぁ射撃場の的にでもなってもらうか! 悪趣味なレルモにだったらウケそうだ!」
    「…………私も、賛成です」

    しがみ付く腕に力が籠もる。
    良かった、顔を見られなくて。見られていたらきっとバレていた。
    それほどまでに腹が立っていた。この場でバイクを横転させてでも、少しでもこいつを痛めつけてやりたいと思った。

    それでも、私は鬱憤を晴らすためにここにいるのではないと自制する。
    一網打尽――当然だった。こんな下種がのうのうと外を歩けること自体が間違っている。
    少しでも多く後悔してもらうために、私は情報を集めなくてはいけなかった。怒りを捻じ伏せてでも、必ず。

  • 125124/12/20(金) 11:35:13

    しばらく走って、バイクが止まる。バイカーが降りて私に声を掛けた。

    「着いたぜ。ここが会場だ……って、まだ設営終わってないのか」
    「ありがとうございます。走るのも、思ったより悪くないですね」
    「へへっ、言ってくれりゃあまた乗せてやるぜ!」
    「楽しみにしてます」

    お前たちは明日終わる、そんな昏い感情を奥底に仕舞って私は会場へと歩き出した。
    そこは倉庫街の一角であった。コンテナが壁のように立ち並ぶこの街の死角。頼りない電灯が薄く地面を照らしている。
    駆けまわっているのは逃げ切れなかった生徒だろうか。皆恐怖に顔を強張らせながら震える手で必死に作業をしていた。

    「もたもたすんな!!」
    「ひっ!」

    ギャングのひとりが蹴りを入れると生徒が倒れる。それを見てげらげらと笑い声が沸き起こった。
    隠す気も無い醜悪さを前にして、私にはもう昨日のような恐怖は無い。視線を逸らして会場を回る。

    周囲の倉庫には見張りがいるものといないものがあった。
    見張りがいるのは全部で三棟。この辺りは人も多く死角も多い。忍び込める余地を探すために歩き回ることも不可能じゃない。

    しばらく周辺をうろつきながら様子を伺っていると、うち一棟の壁が腐食して小さな穴が空いていることに気が付いた。
    杜撰な補修でもしたのだろうか。その穴は小さく身体を捻じ込むことはできないが、もう少し広げてやれば小柄な私であれば無理やり入れる大きさになるかも知れない。

    上着を手に巻いて穴に突っ込み、ぐらぐらと穴を縁を力いっぱい揺さ振った。
    ぱらぱらと剥がれる壁。これならいける――

  • 126124/12/20(金) 11:35:46

    少々手間取りはしたものの、広がった穴に身体を捻じ込んで中に入ると、そこはヘリの格納庫だった。
    武装ヘリが六機。それからワンボックスの通常車両。装甲などは張られておらず、撃てば簡単に穴が空きそうなほど脆そうだ。

    (どうして防弾仕様じゃないですかね……)

    コスト最優先の粗悪品だ。こんなもの、日常的に銃弾が飛び交うキヴォトスではすぐに壊れてしまうだろう。
    ――とその時だった。暗闇に目が慣れ始めて、ようやく初めて倉庫の奥に誰かが座っていることに気が付く。
    体育座りで身じろぎもせず、じっと俯いているようにも見えて、私は慎重に近づく。

    「だ、だれ……?」

    か細い声だった。そしてそれはどう考えても捕まっている一般生徒の声色で、私はゆっくりと声をかけた。

    「……下見に来ました。万魔殿です」
    「っ!」
    「静かに、もう少し近づくので落ち着いて待っててください」

    騒ぎになったら一瞬でバレる。ゆっくりと宥めるように近付いて、ようやくその顔が見えた。
    捕まっていた子は風紀委員会の制服を着ていた。

  • 127124/12/20(金) 11:36:10

    「あの、助けてくれるって……」
    「ええ。申し訳ないのですが、今は無理です。明日まで待っ――」
    「む、無理だよ……もう、怖いのはいや……」
    「…………」

    私は自分の髪を留めていた黒いリボンをひとつ解いた。そして風紀委員の手首に巻いた。

    「大丈夫です。必ず助けます。これを預かってはくれませんか? 必ず返して貰いに行きますので」
    「…………うん」

    少しだけ落ち着いたように見えて私も安堵する。今の私にできることはこれぐらいだ。

    「それよりも……、どうしてあなただけがここに閉じ込められているんですか? 他に捕まった方は外で作業をしているそうですが……」
    「わ、私は……爆弾だから」
    「爆弾?」

    それから彼女から聞き出したのはおぞましい内容だった。
    まず外にいる生徒はレルモ・ファミリーとブルータルカイに囚われている生徒のようで、その点彼女は佐古組に囚われた生徒とのことだった。
    佐古組は他にも生徒を捕えてはいるが、彼女だけがここにいるのは彼女が知っているものが原因だった。

    「わ、私は、私たちをどう使ってどうやってゲヘナ学園に攻撃するかの検証材料だったから、知ってるんです」

  • 128124/12/20(金) 11:36:22

    捕らえた生徒の使い方。それは爆薬を詰んだワンボックスの運転席に縛り付けてゲヘナ学園目掛けて走らせる、というものだった。
    止めようと撃てば運転席に縛り付けられた彼女たちは至近距離で大爆発に巻き込まれるだろう。かといって放っておけば何処かにぶつかって爆発――反吐の出る人間爆弾だった。

    「…………教えてくださってありがとうございます。知らなければ大変なことになるところでした」

    走り出したらマズい。その前に止めないといけない。
    私は立ち上がる前にもう一度だけ彼女の肩を掴んだ。

    「大丈夫です。ゲヘナ学園の先輩方は、あんなクズ共なんかよりずっと強くて頼もしいです。必ず助けます、全員……!」

    彼女がこくりと頷く。その身体の震えも止まっていた。
    私は立ち上がって穴を通って倉庫から出る。敵の規模なども知りたかったが、人間爆弾の情報だけでも届けられればそれでいい。深追いは禁物だ。

    上着の汚れを隠すように脇へと抱えて広間に出る。ステージ後ろのパネルでも模しているのか、大量の武器の入った木箱が積み上がっている。中には「爆薬」と書かれて落書きもされた箱もある。恐らく本当にそうなのだろう。
    それらを眺めながら怪しまれない程度に足早に会場を横切ろうとする――その時だった。

    「やぁ、気分はどうかな?」

    声を掛けてきたのは、白衣を羽織った小柄な生徒だった。

  • 129二次元好きの匿名さん24/12/20(金) 11:40:36

    カスミにみられちゃったね、どうなることやら

  • 130124/12/20(金) 16:51:27

    目の前でふらふらと、まるで場に酔ったかのような浮かれ足。
    背丈は私と同じぐらいか若干小さい。退学処分を受けた生徒のひとりだろうか。

    「明日が楽しみで眠れるか心配ですね」
    「おお、そうか! 私もだ! いやぁ、ここまで準備に準備を重ねてきたからなぁ! やはり計画とは実行の瞬間こそが楽しいものだ! それに……聞いたかい? 拉致した生徒の運び方」
    「……済みません、聞いていなかったかもしれません」
    「キャリーケースにね、詰め込むんだよ」

    あ――と、分かってしまった。
    こいつだ。こいつが黒幕なのだ、と。

    無邪気な笑顔で醜悪な悪意を撒き散らすこいつこそが今回の事件の首謀者だ。

    「うっかり暴れたら水辺にバシャン! ヒュ~ッ! ホールインワーン! ま、ちゃーんと説明してから運ぶがね。人質は私たちを守る盾にもなってくれる。事故は減らしたいものな!」
    「盾……?」
    「そうさ! 明日私たちが籠もる拠点は八番街のグランドタワー! ミサイルだの何だの撃ち込まれたら流石に困るからみーんなそこに固めておくのさ! それでも撃ち込むんならまぁ、その時は笑って人質もろともビルの瓦礫の下敷きになろう! あ、そうそう、今日の会合の特別ゲストが――」
    「あの、そろそろ……」

    会話を打ち切って離れようとしたとき、目の前の子が私の腕を掴んでいた。

    「君だよ」
    「っ――!?」

    腕を上げられる。無数の光が突然私に浴びせかけられる。眩んだ視界の中で通りの良い声が隣から響く。

    「紹介しよう! 万魔殿からお越しの一年生! 棗イロハちゃんだ!」

    咄嗟に腕を振り払う。その瞬間背後に迫ったギャングのひとりに首を掴まれて地面へ叩きつけられる。

  • 131124/12/20(金) 16:52:11

    「ぐっ――!」
    「イロハちゃんは自分に自信が無くなっちゃったんだ。こんな自分が居るその場所に自分は相応しいのかってね。だから功績を欲した! 名誉を欲した! とまぁ、概ねそんなところだろう?」
    「な、なんで……あなたが!」
    「そうか、当たりか! まぁそうでも無ければこんな危ない橋を二度も渡ったりしないものな! 倉庫に潜り込んだりしたんだろう? その汚れた上着が証拠さ。それで、明日の朝には解放する子と話したんだろう? そして君は重要な情報を掴んだと帰るつもりだったんだ。憧れの先輩に褒めてもらうために!!」
    「どうして……」
    「君なら此処に来るだろうって分かっていたからさ」
    「っ――」

    全部見られていたのか? いや、そんなはずはない。ハッタリだ。
    こいつは全部分かっているわけじゃない。推測を確定的に話して相手の反応を伺っているだけだ。
    何より私がここに来ることが分かっていた? それこそ"有り得ない"――

    「嘘を吐かれる方なんですね。どうして私がここに来るだなんて予想できるんです? だって、私がここに来れたのはただの偶然ですよ?」
    「ふむ……なるほど。いや確かに確かに」

    そいつは愉快そうに笑いながら地面に押さえつけられている私の前をうろうろと歩き始めた。

    そして、ぐいと顔を近づけた。

    「君がバイカーを探し出せたのは一度会っていたからだ。君がもう一度潜入しようと考えたのは一度潜入に成功したからだ。君が最初に潜入しようと思ったのはたまたまギャング共に声をかけられたからで、声を掛けられたのはたまたまそのギャングたちは普段と違う帰り道でたむろしていたからだ」
    「な、なにが……言いたいんですか……?」

    そいつは裂けるように口角を歪めた。背筋にぞくりと何かが走った。
    気付けば私は思考するより早く声を漏らしていた。

    「そ、そんなわけないじゃないですか……。だって、私、私が自分で考えて……」

  • 132124/12/20(金) 16:52:31

    「そうだね。君は自分で考えた。君は君の願いを果たすために行動した。自分の実力不足でナイーブになっていた君にとって、例え分かりやすい功績が危ない橋の向こうにあっても飛び込んでいっただろうね。君が本屋に行ったからあの場所で酒盛りが始まったって言うのにさぁ!!」
    「あり得ません!! じゃあ私があの道を選ばなかったらどうするつもりだったんですか!? たまたま別の何かがあって、あの道を通らなかったら!!」
    「ハハッ! その時はその時さ! 予定通りリストが撒かれる。どうせ対処されるだろうけど、別にどっちでも良かったんだ私には。それに過程なんてどうでもいいじゃないか。どのみち何らかの方法で君はここに来ていたんだから」
    「どう……やって……」
    「それが、君の願いだからだ」

    こいつは、普通じゃない。
    危険なんて言葉すら生ぬるい。悪魔がそのまま人の形を取ったような存在だった。

    「もちろんバイカー諸君は今この瞬間まで君のことなんて知らなかったさ。ただリーダーにだけは役者として登壇頂いた。何せリストのばら撒きすら拒みそうなぐらいちょっと限界に近い子をあてがう必要があったからね。ああ、ちなみにあの地下室には私も居たんだ。小さいと隠れやすくて本当に助かるよ。だからこうしてちゃーんと君をお出迎え出来た」

    私は大きな間違いをしていたのだ。ただの一度でも危ない橋を渡るべきではなかった。
    裏社会になんて最初から私の手に余るものだったのだ。一度だって、いや一瞬だって関わったのが運の尽きだった。

    そして私を――万魔殿の部員をさらう。そんな理由はたったひとつしかない。
    ゲヘナ学園生徒会組織、万魔殿に対する宣戦布告。それが彼女たちの目的だった。

  • 133124/12/20(金) 16:52:44

    「とはいえ、君一人じゃあ足りないよなぁ? ほら、居ただろう? 金髪で愛くるしいちっちゃな子がもうひとり――」
    「イブキに何をするつもりですか!?」
    「イブキ? そうか、イブキと言うのかあの子は!」
    「なっ――!?」
    「高校の学生名簿を探しても見つからなかったから困っていたんだよ! ありがとうフロイライン。君のおかげで計画は順調だ」

    もう駄目だった。身体の震えが止まらない。
    言葉を交わせば交わすほどドツボにハマる。語り掛けられるだけでも反応を見抜かれて暴かれる。
    怖い――ただの暴力が、ではない。暴力的なほどの知性もまた人を蹂躙することが出来るという事実が恐ろしい。

    「あ、あなたは、何なんですか……?」
    「私かい? ふむ、そうだな。私のことは――」

    踵を返して白衣の裾が舞い上がる。
    彼女の周囲には無数のギャング。悪意と暴力を波を引き連れて、爆薬の詰まった木箱の上へと腰かける。
    人心を見抜き利害をまとめて、有り得ざる偶然を現実へと帰結させる悪魔が嗤った。

    「"ニヤニヤ教授"と、呼びたまえ」

    ゲヘナ自治区の最たる悪。
    その悪意は今や、万魔殿にも届くほどに膨れ上がっていた。

    -----

  • 134124/12/20(金) 19:41:29

    翌朝、イブキが目を覚ましたのは朝の7時のことである。
    目を覚まして、顔を洗って歯を磨く。歯磨きをちゃんとしないと虫歯になって大変だぞ、とマコトから教えてもらって、それからずっと毎日欠かさず行っていた。
    更に言えば、サツキが虫歯の痛みがどれほど辛いものなのか、そしてその治療がどれだけ恐ろしいのかをイブキの手を握りながら真剣に話したのもあるだろう。毎日やることが大事なの、と。それは幼いイブキにとって少しばかり難しい問題ではあったが、毎朝登校して顔を合わせた時にお互いの歯を見せ合うことで一日たりともサボれぬ習慣となっていた。

    「いーーー! うん、ちゃんと磨けた!」

    それから部屋の中でバンザイ体操。これは毎日は出来ていない。
    出来ていないが、聞けば背が伸びるとのことで、いつかマコトやサツキのようになりたいと頑張っていた。
    それから台所に立つ。食パンをトースターに入れて、卵焼きを作って、レタスをカットして、トースターから取り出した食パンの上にレタス、卵焼き、それからマヨネーズをかけて食パンで挟む。

    これについてはずっと前からヒナに教えてもらって、遂に免許皆伝を会得した。
    ひとりで作って良いという許可を貰い、他にも色んな料理をヒナに教えてもらいながら自分だけのレシピを増やしている。大きくなったら何でも好きなものを自分で作れるように、とのことだった。

    「いただきます!」

    卵サンドにかぶりついて、それから「いけないいけない」と思い返す。

    「ひんせーのある食べ方、だっけ」

    一人の時はともかく、誰かといるときはかぶりついてソースが口の端に付くのは良くない、とマコトが言っていたのを思い出す。まだイブキには早いから気にしなくても良い、と言われてもいたが、それでも早く立派な大人になりたかったイブキも極力真似ようとしていた。大抵は食べ終わった後に思い出すのだが……。

    朝食を終えて、それから登校する時間の間。イブキは予習と復習を欠かせなかった。
    毎朝学校に行く前に、予習と復習は欠かさない。勉強を教える大人の人に質問が出来るよう、そしてこれまでの問題で分からないことが無いようちゃんと今のうちに洗いだしておく。

  • 135124/12/20(金) 19:41:48

    イブキは何度もマコトから聞かされてきた言葉があった。
    分からないことは悪いことではなく、分からないことを人に聞けないのが悪いことなのである、と。
    そのためにはいま自分が分かっていることと分かっていないことを知っておかなきゃいけない。それは人も同じなのだと。

    「イブキの考えてることはマコト先輩は分からないから、マコト先輩にイブキの考えてることを教えて、だよね!」

    ――言葉にしなくては分からない。言葉にしたとて通じ合えないことなんて当たり前なんだ。

    続いたマコトの言葉はイブキにはまだ難しく、その意味をちゃんとは理解できなかった。
    だから分からないと伝えた時はマコトに抱きしめられながら「沢山勉強すれば、いつか分かる」とだけ言われた。

    イブキにとってはそれだけで充分だった。

    「よーし! 今日も頑張るぞー!」

    なんて――自覚なく自身を鼓舞する声を上げたときにイブキの携帯が鳴った。モモトークにメッセージが受信されたのだ。

    なんだろう、と携帯を見ると、それはイロハからのメッセージだった。

  • 136124/12/20(金) 19:42:13

    【おはようございますイブキ】
    【ちょっと早かったですかね?】

    「イロハ先輩だ!」

    日課の勉強をしようとしていたことを伝えると、返信はすぐに返って来た。

    【えらいですね。私はそういうの苦手で……】
    【ところで、今はおうちにいますか?】

    「そうだよー、っと」

    【このあとマコト先輩にサプライズを仕掛けようと思うんですが】
    【今から会いに行っても大丈夫ですか?】

    「サプライズ~?」

    小首を傾げるも、何か面白そうなことが待っていることは分かった。
    すぐに「いいよー!」と伝える。

    【……すみません】
    【イブキのおうちってどこでしたっけ?】
    【住所です。お手紙に書いてある】

    「ちょっと待っててね、っと」

    イブキはすぐさま立ち上がって机の引き出しを開いた。
    普段暗記しないような、つまりは住所や有事の際の連絡先などをまとめた紙を取り出して、その内容をモモトークに送った。

  • 137124/12/20(金) 20:12:39

    【ありがとうございます】
    【今からそっちに行きますので、外で待っててもらっていいですか?】

    分かった! と返信を返して身支度をし、それからイブキは外に出た。
    静かな朝である。この辺りはゲヘナ学園の生徒寮が多いこともあって、登校時間になるまでは中々人が居なかったりする。
    それから五分ほど待つと、路地の先から誰かがこちらへ向かって来るのが分かった。

    「イブキちゃん、かな?」
    「……誰ぇ?」

    白衣を着た知らない人だった。
    イブキが首を傾げると、その人物は優しく笑ってイブキに言った。

    「イロハちゃんの知り合いでね。来られなくなったから、イロハちゃんのところに君を連れて行く係なのさ」
    「でもイブキ、知らない人には着いて行っちゃ駄目だって……」
    「うーむ、どうしたものか……」

    白衣の人物が悩むように首を傾げる。イブキにはそれが本当に困っているようにも見えて、それでもマコトとの約束を破るのはもっと忍びなかった。

    「それじゃあこうしよう! 私の名前は鬼怒川カスミ。ゲヘナ学年の一年生だ。イブキちゃん、君の名は?」
    「イブキ? イブキはね~、ええっと、丹花イブキだよ!」
    「よろしく、だな! 丹花イブキちゃん! 私の名前は覚えているかい?」
    「鬼怒川カスミ先輩!」
    「ほら! これでもうお互いの名前を知り合った仲じゃあないか! これでも私は知らない人かい? イロハ先輩のところへ一緒に来てくれるかい?」
    「うん! 分かった!」

  • 138124/12/20(金) 20:15:02

    鬼怒川カスミの伸ばした手を取って、イブキは一緒に歩き出す。少しして、カスミは懐から紙パックのジュースを取り出した。

    「そうそう、お近づきのしるしにこれをあげよう」
    「なーに? これぇ?」
    「野菜ジュースさ! 野菜が沢山入っているけど苦くない。とっても美味しい飲み物でね。それでいて何と野菜を沢山取れるんだ! イブキちゃんもいっぱいお野菜摂った方がいいだろう?」
    「うん! あのね! マコト先輩が、ちゃんと野菜も食べなきゃって言ってたの!」
    「そうだろうそうだろう! だから一本、一緒に飲もう!」

    カスミは取り出した紙パック飲料ふたつにストローを差した。ひとつはイブキに、ひとつは自分で。
    それから陽気に笑って紙パックをこつりとぶつけた。

    「それじゃあ? かんぱーい!」
    「かんぱーい!」

    お互い飲んで、それからの状況はカスミにとっての想定通り。
    もうしばらく歩いてイブキがふらつき始めてから、車を呼んだ。ギャングの運転する乗用車。すぐさま乗せて、懐から"イロハの携帯"を一緒に車内へ投げ込んだ。

    「回収回収ー! 私はもう少ししたら拠点へ移動するから、君たちは彼女を送ってやってくれ。約束したからね。イロハちゃんのところに連れて行くってさ」

    車が走り出して、それからカスミはすぐさま別の携帯を取り出した

  • 139二次元好きの匿名さん24/12/20(金) 20:18:01

    あ、うん………"教授"がボコッボコにされるのも仕方ないわ。死んでないのが奇跡なくらいのやらかしだろ

  • 140二次元好きの匿名さん24/12/20(金) 20:29:17

    一旦乙かな?
    ここの万魔殿はかなりマトモなのに対して
    カスミ達はマジで許されてはならないタイプのヴィランやってるな〜

  • 141124/12/20(金) 20:49:57

    今度かけるのはトリニティで活動していたときの顧客――即ちギャング相手だ。

    「やぁやぁ元気にしてるかな? ちょーーーっと頼みたい依頼があるのだが」
    『依頼だと? お前が、私たちにか?』
    「そうとも。報酬は私に預けた金の二倍、現金即金。全額全て後払いでね」
    『……聞くだけ聞いてやる』
    「ゲヘナのギャング共がゲヘナ学園を乗っ取るのさ。それに加勢してみないか?」
    『……お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?』

    返って来た反応はあまりに当然だった。
    例え裏社会のアウトローとて、学校に手を出すのは禁忌である。
    それを破ろうというのだから当然そんなもの、どれだけ金を詰まれようとも請ける方が正気ではない。

    『断る。どうして自分から断崖絶壁に身を投げるような自殺行為をする必要があるんだ』
    「勝機があるからさ。我々はゲヘナ学園を占領できる」
    『だとしてもだ!! それはゲヘナのギャングが勝手にやればいいだけのこと! 私たちを巻き込むな"銀行屋"!!』
    「……なぁ、私はいま、君たちから幾ら預かっているんだっけか」
    『…………はぁ!? お、おまっ――』

    電話口の向こうから素っ頓狂な声が聞こえた。
    今更分かったかとカスミが嗤う。だがもう遅い。

    「私は拠点で指揮をしている立場なわけだ。三時間後に会戦する。これでもゲヘナの戦力を削ぎ落す努力はして来たんだ。けれども万が一……そう、万が一があってはいけない。例えば私がここで敗北して捕まりでもしたら……さて、誰が不利益を被るだろう?」
    『きっ、貴様――頭がおかしいのではないか!?』
    「ハハハッ!! 君たちが私に預けた金の計算は出来たかね? オールオアナッシングだ!! なぁに勝てばいい。そして君たちは念のための予備戦力さ!! さぁ、君たちは私にどれだけ協力をしてくれるのかなぁ?」
    『お前――いつか殺されるぞ……? この狂人め――!!』
    「そんなことは分かっているとも。だったら死地まで共に赴こう!! どうせ陽の光すらも当たれぬこの身! 旨い汁を啜った分だけ一緒に地獄へ落ちようか!!」

  • 142124/12/20(金) 20:50:10

    一方的に通話を切って、それからカスミは踊るように身を翻した。

    「赤信号、みんなで渡れば怖くない!! お手手を繋いで崖っぷちまで、みんなで飛んだら怖くない、だ!!」

    トリニティ自治区に点在する反社会勢力。預かった金は合わせて五千億に迫るほど。
    全員がゲヘナへ侵攻する。全員がゲヘナへ侵攻せざるを得ない。仲違いを起こしてゲヘナのギャングとぶつかれば、それこそゲヘナの治安維持機構が一挙両得全てを持って行くのだから。

    混沌、混乱、それから爆破。
    秩序を破壊せんとするべく、外的ストレスを溜め込み続けた風紀委員会の生徒をひとり、ゲヘナ学園へと向けて放逐した。

    知らなかったで済まさない。無理やり教えて全てに対処してもらう。

    「人間爆弾も各地の強盗も、すべからく教えて対処して、何でもかんでも助けてもらおう!!」

    情は鎖だ。人の目も鎖だ。
    全てに"正しく"対処して、全てを逃せよゲヘナ学園。

    (別に君たちに恨みは無いが、正しきが壊される様は傍から見ていて心地がいい)

    第三――最後の爆破。即ちゲヘナへ現状を正しく伝える被害者の存在。
    行動開始まで残り三時間。いずれにしたって、たったこれだけの時間で対処の可能はゼロにも等しい。

    落ちろよ学園。正誤の番人。
    ここから先は、悪の時間だ。

    -----

  • 143二次元好きの匿名さん24/12/20(金) 20:52:45

    変な話だが間違いなくカスミは魅力的な主人公だが
    同時にボッコボコのボコにされて欲しい

  • 144124/12/20(金) 22:06:25

    念のため保守

  • 145二次元好きの匿名さん24/12/20(金) 22:15:17

    イブキとかいうマコトだけじゃなくてヒナをはじめとした初代パンデモ幹部全員の地雷かもしれない子

  • 146二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 01:12:42

    おいおいおいおい...飛んでもねえのを見つけちまった...
    今すぐ24時間経過しないかな

  • 147124/12/21(土) 07:57:41

    囚われていた私が解放されたのは、ただ万魔殿の議長に事の経緯と教授が起こす事件を全てを伝えるためだった。
    何故自分が仕掛けた策を全て私にバラさせるのかは理解できなかったし、それ自体が教授の何らかの策であることに勘付いたとしても、それでも伝えないという選択肢は最初から私には存在しなかった。

    手首に巻かれた黒いリボンは万魔殿の子にもらったものだ。
    肩にはクマを模したポシェット。誰の物かは分からないが、攫った子の持ち物だという。
    そして汚れた万魔殿の上着。念のため、と教授に渡された物で、とにかくこれらを持っていれば万魔殿の議長は話を必ず聞いてくれるらしい。

    「はぁっ……はぁっ……!!」

    ひたすら走り続けて辿り着いたのは数日振りに見る学園の校舎。
    登校しつつある生徒たちが私を奇異の目で見る。ぼろぼろで薄汚れた私の姿を。
    そして万魔殿の本部へ辿り着き中へ入ると、万魔殿の部員が私に気が付く。

    「ちょ、ちょっと……どうしたんで――」
    「議長に話させてください!! ゲヘナが! ゲヘナが狙われているんです!!」

    尋常でない雰囲気を察してか、部員はすぐに私を奥へと通してくれた。
    万魔殿の談話室で十人ばかりがくつろいでいた。その中で一番偉そうな人が私に目を向ける。

    「どうした朝から。騒がしいぞ」
    「ぎっ、議長ですよね? 万魔殿のっ!」
    「む、そう――」

    そこでようやく議長が私の持っていたものに気が付いた。
    それから青ざめたような顔をして立ち上がった。

    「……何が、あった」

  • 148124/12/21(土) 07:58:07

    私は全てを話した。
    教授のこと、教授が企んでいるゲヘナ転覆の筋書き、人間爆弾。
    話すうちに気が付いた。対処させることで犯罪結社連盟本隊に割ける人員を減らすための策なのだと。
    私たちはどこまでも足手まといで、私たちを助けるためには十全な戦力を本隊に投入することができないのだと。

    話しているうちに涙が出て来た。
    私さえいなければ友達も、私を助けようとしてくれた人も捕まることはなかったんじゃないだろうかとすら思えてくる。

    「私を助けに来てくれた万魔殿の人も捕まってしまって、それから他にも万魔殿の人をさらったって……」

    教授から預かっていたものを渡すと、議長はゆっくりとそれを手に取った。

    「だから、あの、助け――」
    「万死に値する」
    「え……?」

    不意に議長の顔を見る。一瞬、息が止まった。

    「"雷帝"の遺産を持つ者が、"イブキ"を傷付けた、だと」

    寒気がした。腕が、足が、自覚する前から震えていた。
    捕まっていたとき、私は大人たちに怒鳴られたり殴られたりして怖い目に遭ってきたと思っていたが、違う。

  • 149124/12/21(土) 07:58:19

    議長は懐から通信機を取り出して静かに語り掛け始めた。

    「万魔殿の全部員に告ぐ。召集命令だ。ただちに行っている活動を中止し、今すぐ万魔殿本部に来い。三十分以内だ」

    大人たちの嘲るような悪意に怯えてきた。違う。

    「イブキが攫われた。イロハも攫われた。愚行を犯したクズ共をひとり残らず磔にする」

    本当に怖いものは、大切なものを傷付けられて怒り以外の感情を失くしてしまった存在に違いなかった。

    -----

  • 150124/12/21(土) 07:58:51

    「サツキ!! 今すぐゲヘナに存在する全てのギャング共の資料を持ってこい!」
    「分かったわ!」
    「残った者たちは武装の準備でもしておけ! 全て投入するつもりでなぁ!!」
    「はい!!」

    私の指示で部員たちが走る。
    すぐさま談話室の机にゲヘナの地図を広げ、それから携帯を取り出した。かけた先は連邦生徒会だ。

    「ゲヘナ学園生徒会、万魔殿議長羽沼マコトだ! 今すぐ連邦生徒会長に伝えろ! 裏社会への抑止材料をくれてやる。代わりにゲヘナ自治区に通じる全ての交通網を遮断しろ! どうせ準備は出来ているのだろう!? ゲヘナ学園は今より五日間、ゴールデンウィークが終わりまでは完全に封鎖する!!」

    相手が何か言葉を返すよりも先に電話を切った。
    "あの"連邦生徒会長のことだ。未来でも見てきたかのように全てを仕組んでいたに違いない。

    こうなることが分かっていて放置していたのだと確信していた。
    だったらこの後ゲヘナで何があろうともSRTやヴァルキューレを向かわせるという"愚行"を行うことも無いはずだ。

    次にヒナへと電話をかけようとした時、ヒナから電話がかかってきた。私はすぐさま通話ボタンを押す。

    「マコ――」
    「ヒナ! イブキが教授に攫われた! 一時間以内に万魔殿へ来い!」
    「――っ」

    息を呑むヒナ。しかしヒナはすぐに了解の返事をしなかった。

  • 151124/12/21(土) 07:59:03

    「マコト、トリニティの犯罪組織がゲヘナに侵攻を始めたわ」
    「それがどうした?」
    「え……」
    「貴様は、ゴミ掃除に何分時間をかけるつもりだ?」
    「……十五分」
    「ならば一時間と十五分後に必ず来い。一秒でも遅れるなよ」

    通話を切る。液晶には、あまりの怒りで蒼白になった自分の顔が映る。

    (捕まった者は全員解放させる。唆された不良共は半殺しで許してやる。だが――)

    それ以外は駄目だった。
    この件に関わった犯罪組織に属する大人も、黒幕も、誰一人ゲヘナからは逃さない。

    「貴様らに、地獄という言葉の意味を教えてやる」

    -----

  • 152124/12/21(土) 08:24:13

    グランドタワーに犯罪結社の三組織全構成員が集まった。
    皆が皆、それぞれの得物を手にするその様は傍から見ても圧巻だ。中心から見れば尚のこと。

    「いよぉし! 配置はある程度完了したな? 不良たちも各地で待機中? オーケーオーケー何だか調子が出て来たぞ~!」

    私は踊るように回りながら手を叩いた。
    万魔殿の人質は一階下のトランクルームに仕舞ってある。他で調達した人質は各地の不良たちに"荷物"として預けてある。彼女たちには荷物の中身が人であることは教えていない。同情でもされたら困る。

    準備は整った。後は合図ひとつで侵攻が始まる。
    そんな中、組員のひとりが声を上げた。

    「それにしてもトリニティの連中、なかなか来ませんね……」
    「まぁバタバタしているんだろうさ。とはいえ彼らに来ないなんて選択肢は無い。何せ私がここにいるからな! ステークホルダー総出で援護にやってくるのは確実さ!」

    万が一にも負ければ破滅――なんてわざわざ言う必要も無かった。
    余計なことを自覚されて士気が落ちればそれこそ終わる。戦場もお祭りも、やる気が無くてはつまらない。

    今すぐ侵攻を始めても良いが、まだ決行予定時間は先だ。
    ギャングたちが不安を覚え始めるのは少々避けたい……。そんな時だった。丁度いい名案が思い付いた。

    「よし! 人質を嬲るか!」
    「おお……!」

    声を上げたのはレルモのドンだ。人――何より無抵抗な子供を撃つのが大好きな下種である。

  • 153124/12/21(土) 08:25:31

    「ちょっとここまで持ってくるから、みんなで手足を撃つなりすれば楽しめるだろう? なぁに、少しぐらい傷付けるぐらい問題無いさ!」
    「ならば教授よ。先に私だけで楽しませてはくれないか? トランクルームに響く悲鳴と泣き声、ひとまず私で堪能したい」

    私が肩を竦めると、異論の声は上がらなかった。
    むしろこんな変態の趣味には付き合ってられないと言わんばかりの呆れた様子。
    まぁ、少なくとも自分たちが後戻りできるような陽の当たる住人では無いことを改めて自覚したようで何よりだ。

    逃げ場なんて私たちには無い。だからこそ死ぬ気で今を楽しもう。

    レルモのドンと一緒に階下へ降る。トランクルームにはひとつだけ"当たり"が入った大量のキャリーケースが積まれており、その前には何の拘束もしていないイブキちゃんがいた。

    私たちを見てびくりと肩を震わせるが、まぁ、仕方ないだろう。
    数時間とは言え閉じ込められていたのだから、自分が攫われたことぐらいは分かっているだろう。
    私は持ってきた銃をドンに渡した。

    「ミスタ、君の銃だ。三点バーストがお好みだったかな?」
    「流石、分かっているな教授。これが一番丁度良いんだ」

    ドンは銃を手に取るなりイブキに向かって引き金を引いた。
    だだだっ、と発砲音が鳴り彼女の爪先を掠めた。イブキはびくりと足を引っ込めて、身体を小さく縮こませる。

    「ひっ――」
    「まぁ、あまりやりすぎないように。後で上にもお裾分けするのだからな!」
    「分かっているとも。では、少々楽しもうか」
    「や、やだぁ……!!」

    私はトランクルームから出て扉を閉める。後ろから銃声と悲鳴が聞こえる。

    『痛い――! いやっ……助けて! マコト先輩!! マコト先輩!!』

  • 154124/12/21(土) 08:26:05

    「ま、もうすぐ会えるさ。大好きなマコト先輩にも」

    そう零して上へと戻ると、バイカーギャングのリーダーが肩を竦めて私を見た。

    「全く悪趣味だなぁ? あんたも、レルモの旦那も」
    「私もか!? 私はただ、皆がやりたいようにやれるよう調整しているだけじゃあないか!」

    ははは、と笑い声が湧き上がる。それから改めてビルの外を見た。
    グランドタワー、五十五階。ゲヘナ自治区が一望できる最高の立地だ。

    「どうじゃ? 良いビルじゃろ?」
    「最高だ。現代に王族がいるのなら、きっとこういう場所に住むのだろうな」
    「王族ならここにいる。儂――いや、儂ら、か」

    佐古組の組長の言葉に皆が目を輝かせていた。全く、良い仕事をしてくれるものだ。
    皆の中心へと再び歩き、私はテーブルの上へと登って周りの組員を見渡した。

    「そうだとも! そのためにはまずオモチャの王冠を被っているゲヘナの生徒会を倒――」

    ――それは、突然やってきた。
    私を声を遮るように、この場所の――五十五階の防弾ガラスが粉砕された。

    一瞬、何かを撃ち込まれたのかと全員が錯覚し、それからガラスを突き破った何かが両手両足を獣のように床へと突き立てて速度を減衰させる様を見て、完全に思考が停止した。有り得ない状況に意識がついて来なかった。

    (ここは――地上二百メートルはあるんだぞ……!?)

  • 155124/12/21(土) 08:26:27

    それは"人"だった。
    紫がかった黒衣の外套。腰まで伸びる白い髪はシルクのように柔らかで、手に持つ銃は銃だとすぐに認識できないほどに歪であった。

    それは唖然とする私たちなど見えてすらいないように周囲を見渡して、下を見た。
    がちゃりと銃口が向けられる。そして――私が見たのは紫紺の光だった。

    「なっ――!?」

    銃口から放たれた光が床を焼き切り窓ガラスへと振りぬかれる。
    直後に起こった爆発で何人かが窓から投げ出されて落下していく。もう何人かは崩れた床ごと階下へ落ちる。私もそのうちのひとりだった。

    「うわぁぁぁあああ!!」

    破壊され抜き出しになった鉄筋にあばらをぶつけて思わず呻く。そのまま床へと叩きつけられ、何とか状況を理解しようと顔を上げた。煙の向こうで聞こえたのは悲鳴だった。

    「ぎっ――ぃぃいいいああああ! がぁ、やめ、きさ、ああああああ!!」

    そして私の隣を何かがとんでもないスピードで吹っ飛んで、"防弾ガラス"を突き破って転落していった。
    見間違いで無ければ、飛んで来たのはレルモのドンだった。両手両足が"歪に捻子くれた"セナート・レルモだった。

  • 156124/12/21(土) 08:26:42

    ガラスが割れて、煙が内から外へと排出される。
    その向こうに立つ姿を見て、私はいつかの話を思い出す。

    《白くて……ふわふわしていて……》
    《噂じゃ口からビームを吐くらしいよ》

    荒唐無稽な伝説だと切り捨てたはずだった。
    けれどもそれは伝説ではなかった。実在したのだ。その存在が私たちを"消しに"来た。

    「お……お前が、風紀委員長――空崎ヒナか……!!」

    目と目が合った。はっきりと私を認識していた。
    ヒナは銃口を私、ではなく肩へ担ぐように斜め上へと向ける。銃先についた回転体が何かに鼓動するかのように回り出す。引き金に指が掛けられて、そして――ヒナは。

    空崎ヒナはビルを内側から角度を付けて輪切りにした。

    レーザーがビルの壁を、床を、天井を走る。始点と終点が繋がった瞬間、ずず、と滑り落ちるようにビルが動き出す。私とヒナの間に入った溝が徐々に広がっていく。落ちていく……私ごと、床が、全てが――

    (あんなの――あんな存在、いちゃいけないだろう……!?)

    「そ、空崎ヒナぁぁああああ!!」

    私の叫びもむなしく、全ては粉砕された瓦礫の底へと落ちていった。

    -----

  • 157二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 08:48:06

    いや強すぎ…

  • 158124/12/21(土) 09:06:58

    キャリーケースの中からは、外で何が起きているのか何も分からなかった。
    両手は後ろに縛られて、両足も縄で縛られている。目も覆われ、口も塞がれ、胎児のように身を丸めてケースの中に詰め込まれていた。
    下手に暴れることも出来ない。不安定な場所に置いてあるようで、落ちた先がどうなっているか分からない以上呼吸すらも危ういほどに。

    けれども僅かに聞こえたものがあった。
    イブキの悲鳴とそれから銃声。泣いている場合では無かった。何とかして助けないといけない。
    そうは思っても何も出来ない。自分の無力さに打ちひしがれながら地獄のような暗闇の中にいた。

    その時だった。
    爆発音がして、イブキとは違う悲鳴が聞こえて、そして、私の詰められたキャリーケースが開けられた。
    拘束を解かれて目を開ける。私を助けてくれた相手を見て、私は礼より先に驚いた。

    「ふ、風紀委員長……?」
    「無事みたいね」
    「あの、イブキは……」

    慌てて周囲を見渡すと、ヒナの後ろに座り込んでいた。
    もう泣き止んではいるようで、しきりに目元を拭っていたがひとまずは安心する。

    「ひとまずここから脱出する。ちょっと抱えるわよ」
    「え、は……ちょ!」

    俵のように担ぎ上げられて声を上げる。
    イブキも小脇に抱えられて、そのまま風紀委員長は外に向かって駆け出した。

  • 159124/12/21(土) 09:07:10

    その時になってようやく私は、今自分がどこにいるのか理解した。
    まずひとつ。ここが地上二百メートルぐらいの高さであること。
    ふたつ。何があったのか、ビルが全体の二割ほど切り落とされていること。
    みっつ。私たちを担いだ風紀委員長はその高さから飛び降りたこと。

    「う、うわぁぁぁぁぁ!!」

    風紀委員長は翼を大きく広げて空を滑空した。対岸のビルの壁面に足をかけて、一息に蹴り出す。再び滑空。
    道路を挟んだ三角飛びを繰り返し、地上に着いたときには殆ど落下の衝撃はなかった。

    「イブキ! イロハ! 無事か!」

    声に顔を上げるとゲヘナの車両から降りて駆け寄ってくるマコト先輩がいた。
    イブキは駆け出してマコト先輩の胸に飛び込む。私も歩いてマコト先輩の元へと向かった。

    「私は大丈夫です。……ご迷惑おかけしま――」
    「後で説教だ。馬鹿者」

    マコト先輩がイブキを抱きかかえながら私を片腕で力強く抱きしめた。

    「っ――」
    「怖くなかったか?」
    「……はい」

    顔をマコト先輩の胸元に埋めて頷く。

  • 160124/12/21(土) 09:07:21

    「でも、少しだけ怖かったです」

    安心してしまったのだろう。少しだけ泣いた。少しだけ――

    「救急医学部がじきに来る。お前たちは先に帰っていろ」
    「え……もう終わったんですよね……?」

    何せ犯罪結社の主要メンバーが瓦礫の下だ。後は帰って事後処理だとばかり思って顔を見上げ――それが間違いだと気が付いた。

    「終わり? 何が終わりなんだ?」

    ごくりと生唾を呑み込んだ。
    私たちは助かった。他の生徒もじきに助けられる。けれど、他はきっともう、助からない。

    「やるぞ、ヒナ」

    羽沼マコトが怒っている――そうとしか今の私に形容できる言葉は見当たらなかった。

    -----

  • 161二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 10:03:39

    マコトはぼんやりモードをやめてしまいました
    教授のせいです
    あ〜あ

  • 162124/12/21(土) 14:04:16

    (あんなもの……想定できるわけがないだろう……!?)

    倒壊したビルの上部に巻き込まれはしたものの、私の小柄な身体は運よく瓦礫と瓦礫の間に収まっていた。
    腹ばいなって瓦礫の隙間から外を見るが、酷い有様だ。雨天のミミズを思わせるように、瓦礫に埋もれたギャングたちが必死になって這い上がっていた。何十人もの呻き声が次々と聞こえてくる。

    そもそも、だ。あんな戦力がいるのなら何故今の今まで出て来なかったのかも分からない。
    私だったらもっと早いタイミングで投入してギャングを壊滅させていたはずだ。というより、いまこの瞬間まで風紀委員長がゲヘナ自治区で活動していなかったことすらおかしい。何かがおかしかった。

    そもそも、今思い返してみればゲヘナで密告者を作り上げて混乱を起こそうとしたときも妙だったのだ。
    昼の放送ひとつで全員が闇バイトやら何やらから手を引くわけがない。あの時はイロハを呼び寄せる餌という方向に変えていたから成果がきちんと上がったのをほくそ笑んでいた。

    (バカか私は――そんなわけないだろう!!)

    考え方を間違えたのだ。あの放送は決して妥協案と報酬の提示などではなかった。
    空崎ヒナの存在を理解している二年生、三年生に対する脅迫だ。
    今すぐ名乗り出ないとビル一棟破壊できる空崎ヒナが懲罰にし来るという最終警告だったのだ。

    恐らく二年生も三年生も死に物狂いで万魔殿へ命乞いしに行ったことだろう。
    その空気に当てられて、一年生たちも引きずられるように我々との関わりを絶つ。そう考えるのが自然だった。

    (いいや、それは結果論だ。前提がおかしい)

    治安の悪化なんて空崎ヒナがゲヘナに居さえすれば起こらなかったはずだ。私の計画は初動でつまづいていたはず。一週間で学園を陥落? 違う、全てが上手く行き過ぎていたのだ。そんなことすら気付かないまま連合を作って開戦する直前まで来てしまった。イロハがのこのこと会合に来たように、私は組織を一同に会してしまった。

  • 163124/12/21(土) 14:04:29

    このグランドタワーが拠点だと暴かれて攻撃されるのは可能性は低くとも有り得るとは考えていた。
    私が絡めた組織に佐古組がいるのだ。佐古組が関与している物件のうち、巨大組織の構成員を収容できる物件には限りがある。連合に参画する犯罪組織の内訳さえ分かっていれば不可能ではない。

    不可解なのはここまで泳がされたという事実だ。
    もし最初から空崎ヒナが居たのなら、私は長期的な計画に切り替えて長い間潜伏していたことだろう。
    途中から現れて治安維持を開始したら、もしくは三組織のいずれかに襲撃があれば、私はそこで一旦計画の組み直すためやはり潜伏する。

    私と犯罪結社を一網打尽にするには、この瞬間まで空崎ヒナの存在を隠匿し続ける以外に起こり得ないはずだったのだ。

    そしてこのタイミングで現れるというのはつまり、私がゲヘナに来ることを事前に予測して空崎ヒナの存在を隠匿し、尚且つゲヘナ侵攻という目的をも看破しきった上で、開戦の際には複数拠点からの多角的侵攻ではなく巨大な一軍を作ってゲヘナまで一直線に突破することまで読み切った、ということだ。

    (いや、それは有り得ないだろう!! 有り得るわけがない!!)

    そもそも私がゲヘナに来ようと思ったのは大量の退学者が出たことを思い出しての思い付きだ。
    その退学者だって去年の一度きりでそれ以降ゲヘナで退学者は出ていない。私がここに来ることを見越してなどとは流石に意識しすぎだ。

    私がゲヘナを訪れるというイベントは疑う余地も無く偶然に過ぎない。
    だからこそ、意味が分からない。突然「隠匿せよ」と電波でも受け取ったのか? この状況が起こり得るのに必要な脈絡が何処にも存在しない。未来でも見えてなきゃこんな状況は引き起こせない。

  • 164124/12/21(土) 14:04:50

    と、その時だった。
    瓦礫の隙間の向こう、空崎ヒナの後ろ姿が目に映る。銃底を何度も振り下ろして、悲鳴と、ぼごりと鈍い音が聞こえた。

    そして少し歩いて屈んで何かを引きずり出す。銃を何度も叩きつける。絶叫と妙な音が聞こえて、また移動。
    ヒナに何かされていた犠牲者の姿が目に映る。何か呻き声を上げるも、逃げることも銃を手に取ることもせずにもがいている。

    何故逃げないのか、と……そう思って、私は気付いてしまった。
    鼓動が早くなり、額から汗が滲み出る。

    ("逃げない"のではない。逃げられないよう、ひとりずつ両腕と両足を折られているんだ……)

    悲鳴、呻き声、鈍い音、悲鳴、呻き声、鈍い音、悲鳴、呻き声、悲鳴、悲鳴、悲鳴……。

    「ひっ……」

    思わず声が出て、慌てて口を押さえる。
    私も見つかったらああなるのか? 肘や膝関節から先を皮だけで繋がっているみたいにぷらぷらとさせながら蠢き呻く身体にされるのか? 激痛に身を悶えながら瓦礫の上で捕まる瞬間を待つ、そんな状態に……?

    嫌な想像が脳裏を過ぎって身体が震える。
    そして視界が捉えたのは、空崎ヒナが立ち上がって私のいる方向へと歩いてくる様子だった。
    視線は私を向いていない。でもいつ見つかるか分からない。私はじっと目を瞑って顔を伏せる。頼む、そのまま何処かへ行ってくれ……。

    ざく、とブーツが瓦礫を踏む。
    ざく、ざく、ざく、ざく、ざく……。

    …………足音は遠ざかって行った。
    私は身じろぎひとつしないままこれからのことを考える。

  • 165124/12/21(土) 14:05:40

    (まずこの場所から離れる。見つかる前にセーフハウスへ戻ろう)
    (隙を見てゲヘナから逃げ出し、別の自治区へと移動する)
    (他学区だったら例え見つかっても個人規模を越えた戦闘は出来ない)
    (それまでに手勢を集めて安全を確保し、二度とゲヘナに近づかなければまだ立て直せる)

    やることは決まった。よし、と顔を上げて――空崎ヒナが私を見ていた。

    「――――」

    息が止まった。
    息がかかるほどの距離に空崎ヒナがいる。
    心臓が握り潰されたかのように痛みを発する。

    「ぁ……ぁあ、ぁ……」

    無意識のうちに少しでも距離を取ろうとして、靴底が瓦礫にぶつかる。
    空白となった思考が徐々に戻っていき、恐慌が波のように溢れ出した来る。

    「あ、あぁぁ……! ぁあああぁあああ!!」

    がし、と背骨を引き抜くように首元を掴まれて、そのまま外へと引きずり出された。
    そして有無を言わさず瓦礫の平たいコンクリ部分に私の顔を叩きつける。額が割れて血が出た。何度も叩きつけられて目の裏に星が散った。投げ捨てられて俯せになる。その腕をヒナのブーツが踏みつけた。みしり、と腕なら嫌な音が鳴る。

    「あ、が……や、やめて――やめてください……!」
    「ルールを説明するわ」
    「る、ルール……?」

    突然吐かれた言葉に一瞬思考が追い付かず聞き返してしまう。
    空崎ヒナは私に構うことなく一方的に喋り続けた。

  • 166124/12/21(土) 14:05:51

    「私があなたを捕まえたら意識が無くなるまで痛めつけるわ。あなたが意識を取り戻すまで、他のギャングを再起不能にする。あなたが目を覚ましたらまた追いかける。全てのギャングを再起不能にしたら最後はあなたよ。五日間逃げ切れたら今回の件は見逃してあげる」
    「ど、どうして……今ここでやらないんだい……?」
    「今ここで終われると思っているの?」
    「ひっ……」

    腕を踏む力が強くなって悲鳴を上げた。もう骨にひびぐらいは入っているかも知れない。

    「あなたは禁忌をおかしたのよ。イブキを傷付けて、その上"カード"を持っている。ああ、とぼけるなら今ここで腕のひとつぐらい……」
    「ま、待って……! 待ってくれ……! ある! 返す! だから待っ――白衣の内ポケットだ今出す本当だ嘘じゃない!!」

    踏む力が更に強くなったのを感じて叫んだ。
    交渉だとか弁舌だとかは何の役にも立ってはくれない。怒り狂った相手だけは宥めようがないのだから。
    踏まれていない右腕で白衣の内ポケットからカードを取り出した。オモチャじみた異常なカード。

    空崎ヒナは、私の指ごとカードを握り潰した。

    「ああああああ!! っ――はぁ、はぁ、はぁ……」

    人差し指と中指が妙な方向に捻じ曲がり、親指の関節部分にひびが入る。
    呻く私に空崎ヒナは銃口を向けた。

    「それじゃあ、ゲーム開始よ」

    銃声が鳴り響き、鋼鉄が私の全身を鞭のように打ち続け、全身に余すことなく与えられる痛みを前に、私は意識を失った。

    -----

  • 167二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 14:13:37

    わ……わぁ………

  • 168二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 14:17:21

    ――もしかして? 袋のネズミ

    この絵面を描いたのはたぶん連邦生徒会長だろうなぁ……

  • 169二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 14:21:59

    原作の3年生ヒナってすっげぇ穏やかになったんだなと思いました(震え声)

  • 170二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 14:29:22

    そりゃあ名前聞いただけでちいかわになるよなって…

  • 171二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 14:40:21

    やることは決まった。よし、と顔を上げて――空崎ヒナが私を見ていた。

    ここホラゲのゲームオーバー画面

  • 172124/12/21(土) 15:19:56

    ビルの倒壊を皮切りに、五日間のゴールデンウィークを使った地獄の鬼ごっこが始まった。

    一日目、14時31分。

    「ちくしょう……何なんだあいつは! 聞いてねぇぞあんなん!!」

    バイカーギャング『ブルータルカイ』のリーダー、ダンプ・"ノンストップ"・リカレロは左腕を押さえながら数名のバイカーたちと共にゲヘナ自治区八番街の裏路地で足を引きずっていた。

    突然現れた白髪のガキが何もかも滅茶苦茶にしていった。
    床をぶっ壊して、少しして、俺たちのいた上階が切り裂かれた棒の先端みたいに滑り落ちて行ってぐちゃぐちゃだ。

    運悪く瓦礫に圧し潰された奴は全治半年じゃあ済まない怪我を負っているだろう。何より二百メートルから落下している。"比較的"軽傷だった俺たちでさえ、どれだけ頑張っても走れるような状態じゃあない。
    他の連中がどうなったかは分からない。けれどもとにかくここから逃げるのが何よりするべきことだった。

    そう考えていると後ろを歩く部下が馬鹿げた質問をした。

    「どうしますリーダー。他の連中も助けに行きますか?」
    「馬鹿かてめぇは! 数集めたところで何になんだ!! とりあえずここから出る。アジトに戻りてぇところだが、ゲヘナ学園に完全に目ぇ付けられた状況で戻っても全部ぶっ壊される。ひとまずトリニティの支部に戻って立て直すぞ!!」
    「はい!!」
    「……くそ、こんなところで終われるか――」

    こんなところで終わっていいはずがなかった。
    バイカーギャング『ブルータルカイ』、最初は十数名からなるただのごろつきの集団だった。
    学校組織に目を付けられないよう、こそこそとキヴォトスの外から運ばれる密輸品を運ぶだけの集団だった。
    繰り返すうちに信用が生まれた。額面が増えていった。ヴァルキューレさえ欺けるノウハウが蓄積されていった。

  • 173124/12/21(土) 15:20:15

    次第に構成員の数は増え、気付けば他の学区の運び屋共と競うようになっていた。
    ひよった連中が減量前のポテチだの生産中止になったモモフレンズのグッズだのを売りさばく傍らで、俺たちは酒を密売した。

    酒だ。規制が重く、取り扱うにはいくつもの審査が必要な希少品。
    調理に使うためという目的でのみ流通し、飲料としての流通は極めて限られている高級品。
    捕まればただじゃ済まないハイリスクハイリターンのそれを俺たちは"ノンストップ"で捌き続けた。

    そして気付けば俺たちは、傘下の下部組織も合わせて三千人をも超える膨大な密輸ネットワークを築いていた。

    確かにいつか破滅が訪れるとは思ってもいた。
    ただそれは、決してこんな訳の分からない状況でいいはずがない。

    「まだだ、まだ終わらねぇ……こんな形で終わるわけがねぇんだ、俺たちは……!!」

    執念のみが足を動かしていた。そうだ、まだ俺たちには足がある。バイクがある。まだ走り続けられる――

    と、その時だった。裏路地の影から誰かが現れた。
    よく見るとそいつはブルータルカイの構成員で、青ざめた顔ではあるもののこちらに気付いて縋るような目を向けた。

    「よ、よかった……無事だったんですね、リーダー」
    「運が良かったなお互いに。まだ俺たちは終わらねぇ。そうだろ?」

    その言葉に虚ろな目で安堵する部下。どうやら意識が朦朧としているようだった。
    顎でしゃくると後ろの部下たちが現れたそいつに肩を貸そうと向かって行った。

  • 174124/12/21(土) 15:20:39

    そんな時だ。現れたそいつが見覚えのないチョッキを着ていたことに気が付いたのは。
    思考が急速に巡る。どうしてそれが今気になったのか。いつ着たのか。着させられた? 何故? チョッキ自体に仕掛け――

    「――全員離れろ! 爆弾だ!!」

    叫んで全員が俺を見る。瞬間、そいつは"爆発"した。
    爆風で後ろに転んで、近付いた連中は更に後方へ吹っ飛んだ。爆心地のそいつは口から煙を吐きながら意識を失って気絶した。

    その現実を前に、思わず呟く。

    「人間爆弾、だと……?」

    裏社会での悪趣味な抗争、その手段として使われるのは聞いた事があった。実際佐古組もそうした手法を躊躇いなく取る連中だ。
    だが、これは違う。明らかに学園側が仕掛けている。裏ですらそうそうに取らない悪辣な手段を、表である学園が使うなどと、そんなものあるはずがないのだ。

    「教授ぅ……! 相手はただの学校だって話だったじゃねぇかぁ!!」

    聞いていた話とまるで違う。思わず叫んだ。
    駄目だ。この先の道にどんな罠が仕掛けられているかも分からない。一旦引き返す。そして別の道から自治区の外を目指す。

    そう振り返ったその先に、白髪の悪魔が立っていた。

    -----

  • 175124/12/21(土) 17:42:23

    一日目、17時10分。

    ヒナに銃弾を浴びせられて倒れていた私の意識がようやく戻ってくる。
    陽は沈みかけ、もうじき夜が来ようとしていた。

    「ぐっ、くぅ……」

    握り潰された右手の人差し指と中指が酷く痛む。顔を歪めるが、応急キットなんて路上に落ちているはずもない。

    「くそぉ……何の躊躇いもなく潰すなんて酷いじゃな……うぐっ」

    うっかり手に力を入れて痛みが走る。とにかく何かで固定しないことには吹く風ですらも激痛になる。
    折れた指が触れないようゆっくりと白衣を脱いで、服の端を左手と口を使って何とか破く。添え木代わりに落ちていた鉄筋の切れ端を二本ばかし拾って手元に置く。悲鳴を上げないよう白衣を噛んで折れた指に左手を添える。

    「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」

    痛みは一瞬だ。指先を掴んで人差し指を引っ張った。

    「~~~~~~ッ!!」

    激痛で一瞬思考がホワイトアウトする。それでも、もう一本、中指も引っ張って呻き声をあげた。

    「っ、ぁか、はぁ……はぁ……」

    人差し指から薬指まで両端を鉄筋に沿わせながら服の切れ端でひとつにまとめて、ひとまずの応急処置は完了させた。
    それよりも気になったことがひとつあった。意識を失うまでに蠢いていた"再起不能"のギャングたちの姿が何処にも無い。きっと何処かへ運ばれたのだ。楽観的に考えれば病院に。普通に考えれば……ひとつにまとめて処刑でもするのだろうか。

    「しょ、処刑だなんて……それはそれは」

  • 176124/12/21(土) 17:42:35

    実のところ、学校組織が直接手を下すなんてことは絶対に無いと考えていた。
    人の死はキヴォトスの禁忌だ。裏社会ですら何だかんだ殺人そのものは起こらない。理由は簡単で、裏だろうが表だろうが社会がそれを認めないからだ。やったとしても檻に閉じ込めて海へ投げ落とすなど、ある種蓋然性を帯びた殺人がせいぜいだ。
    仮に殺人が容認されているような場所があるとすれば、それは歴史の表舞台から姿を消して裏とすら関わりを持っていないキヴォトスの秘境か何かだけだろう。

    だが、今となっては考えを改めた。
    ゲヘナ学園はやりかねない。いや、何をするか分からない。ブレーキがあるのかすら分からない。
    それに五日? 五日間逃げ回れだと? 馬鹿馬鹿しい。どう考えても絶対に不可能だと"分かって"の期間設定だ。

    逆に考えれば奴らは五日かけても私がゲヘナ自治区から出られないよう手を回している、とも言える。
    でなければわざわざ一見すれば逃げられそうな条件を付け加えるわけがない。

    「舐めるなよ風紀委員長……。結果が全てだ。私は必ずここから逃げ出して再起してみせる。過程なんてどうでもいいんだ。何をしようとも何があろうとも必ずここから逃げ出して見せるさ……」

    よたよたと歩き出して路地へと逃げ込む。
    もうじき夜だ。相手がサーマルやナイトビジョンを持っているなら一方的に不利。夜間の移動はなるべく避けたい。

    そう考えてふと、違和感に気が付いた。

    (どうして、あれだけ暴れ回れるんだ……?)

    いや、単純な運動能力だとかそんな話じゃない。だって風紀委員会の長が街中で暴れ回っているんだぞ? それも直視に堪えかねないような行いをしながら。住民は何処へ行った? 何故夕暮れ時にも限らず誰の声も聞こえないんだ……?

    「待て待て待て待て……。それじゃあ今、八番街には"私たち"しかいないのか……?」

  • 177124/12/21(土) 17:42:46

    思わず口を突いて出るが、それは妄想の話ではない。現実の確認だ。
    街ひとつ潰してでも狩り出すという投げ打ったような執着。ヒナは言っていた。イブキを傷付けたこと、それが禁忌のひとつであると。

    「冗談じゃない……!」

    "たかが"イブキという一生徒を傷付けた程度でここまでやるのか――!!

    常軌を逸した怒りが生み出したこの狩場に身震いする。
    だが、セーフハウスなら幾らでもある。いざというときの痛み止めと現金は全ての拠点に少量ながら隠してある。
    ひとまずの夜はそこで姿を隠せばいい。朝になったら学区外へ向けて移動を始めよう。

    裏路地の奥の奥、手入れのされていない生垣が繁茂するその先に地下へと降りる階段がある。
    扉を開けると、殺風景で埃塗れの一室が見えた。ひとまず中に入って足を踏み入れた瞬間に床が爆発した。

    (――――はぁ?)

    理解を置き去りに爆風が私の身体をさらっていった。
    吹き飛ばされて閉めた扉に叩きつけられ、頭の中にはクエスチョンマークで覆いつくされていた。

    (は……? セーフハウス、私の、何故……?)

    思考が追い付かないままに耳に飛び込んだのはタイマーが鳴るような音――部屋の中央、丸っこい全方位スピーカーのようなものが赤いランプを点滅させて鳴り続けていた。

    「――――」

    吹き飛んだ衝撃もあってか、呆然とそれを眺めてしまう。動くことも出来ずにそれを眺めて、遅れてそれが何なのか気が付いた。発信機だ。この位置を知らせる――

    「く、くそぉ!! 何なんだ一体!!」

  • 178124/12/21(土) 17:42:57

    叫んで慌てて扉を開く。外へ出る。生垣を越えて裏路地へと戻る。
    少しでもこの場所から離れようとひたすら走って路地を曲がる――瞬間、曲がった先に、空崎ヒ――

    「かはっ――!!」

    伸ばされた手が私の喉を掴んで持ち上げた。それから力強く地面へと叩きつけられる。
    身体がバウンドしたところで私の右手首が掴まれた。そのまま振られて壁に叩きつけられる。ふらついたところを今度は左足首を掴まれて一回転。続いて地面へ叩きつけられた。

    「あぇ……、ぁ……か」

    身体を丸めて恐怖に顔が歪む。目を向けると銃口と目が合った。

    「た、たす――」

    そして私は意識を手放した。

    -----

  • 179二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 18:13:31

    ホラゲー始まったな

  • 180124/12/21(土) 18:16:35

    一日目、22時58分。

    レルモ・ファミリーのドン、セナート・レルモが目を覚ましたのはとっぷりと陽が暮れた頃のことであった。

    「あ、ぎぃぃぃぃ!?」

    手足に襲った激しい痛みに苦悶の表情を浮かべて、それから思い出す。
    あの金髪の子供を撃って遊んでいたら、突然何かが現れたのだ。何が現れたのかすら理解する前に床に組み伏せられて、一本ずつ手足を折られて投げられた。迫る地面の恐怖を思い出して、それ以降は何も思い出せなかった。

    「な、にが……」
    「ようやく目を覚ましたようだな、薄汚いゴミ虫め」

    足で仰向けになるよう蹴り転がされて手足の痛みが更に増す。
    目を向けるとそこには灰髪蒼眼の生徒が立っていた。

    「きさ、ま、は……」
    「お前に名乗る名など無い。そして喜べ。お前は裏社会の新たな教本となるのだ」

    生徒が手を挙げると、後ろから部下と思しき別の生徒たちが何かを運んで私の上へと投げ捨てた。

    「がぁぁあああ!!」

    へし折られた関節から走る激痛が一切の思考を遮断する。投げ捨てられたそれは動いていた。それが動くたびに絶えず痛みを私の脳へと伝え続ける。

    「な、なんだ……それは……!」
    「ゲヘナ最大のマフィアが聞いて呆れるな。それともデカくなりすぎて"部下"の顔すら忘れたか?」
    「なっ――」
    「ど、ドン……」

    私の上で痛みに悶えるそれは、私と同じく両手両足を折られた側近のひとりであった。

  • 181124/12/21(土) 18:16:50

    それから気付いた。私たちを照らす電灯。そこに何かが縛り付けられていることを。

    「な、な……貴様ぁ……っ!!」
    「カラス避けというものがあるだろう? カラスの人形を畑に吊るしておくことで、それを同族の死体だと誤認したカラスが近寄らなくなるアレだ。まぁ、私はゲヘナのリーダーであるが故に殺しなどせんが……効果があるとは思わんか?」

    両手両足を砕かれた部下たちが通りに沿って並び立つ電灯の全てに括りつけられていた。
    悪魔のイルミネーションとでも言うべきほどのおぞましき光景。数多の呻き声が路上の全てを埋めつくす。
    その光景を見て怒れるものなどいるだろうか。恐怖だ。絶対的な恐怖。そこまでするのかという残虐にいつしか身体が震えていた。

    「貴様らは、絶対に、誰ひとりとして、死なせはせん。案ずるな、セナート・レルモ。貴様の上にクズ山を築きはするが二日経ったらちゃんと医者に連れてってやるとも。それまでは、自らの行いを悔いるがいい」
    「や、やめろ……やめてく――あがぁっ!!」

    またひとつ、手足を折られた部下を私の身体の上に投げ捨てられて痛みに呻いた。
    それを見てゲヘナ学園の悪魔が嗤う。

    「貴様は、そう言うイブキに何をした? やめてと懇願するイブキにお前は、手を止めたのか?」
    「はぁっ……はぁっ……ぁああああああ!!」
    「報いを受けろ、セナート・レルモ」

    痛みに蠢く構成員がマフィアのドンの上に投げられ続ける。
    呻き声が路上を満たす。万魔殿の部員たちはその声に何一つ同情すら示さず、淡々と苦痛の山を築いていく。

    ゲヘナ自治区最大手のマフィア、レルモ・ファミリー。
    ドン・セナートは数多の部下に圧し潰されて苦しみ続けた。

    -----

  • 182124/12/21(土) 19:04:06

    二日目、3時46分。

    私は膝を抱えて震えていた。目を覚ましたその場所から一歩だって動いていない。
    絶対に目を止められるわけでもないセーフハウスに爆弾が仕掛けられていた。それはつまり、私の所有しているセーフハウスがバレているということなんじゃないか、と。

    (どうやって調べた……。学園の如何なる権限を用いたところで足が付かないはずなのに……)

    唯一可能であるとすれば、シラトリD.U.に存在するサンクトゥムタワーを中心にキヴォトスを巡るセントラルネットワークへアクセスすることぐらいだ。だが、それだけは"絶対に"有り得ない。

    (セントラルネットワークへのアクセス権限は噂に聞く連邦生徒会長だって持っていないはず……。あれに触れられる存在はこのキヴォトスに存在し得ないはずなんだ……)

    キヴォトスのセントラルネットワークはキヴォトスで起こる全ての情報経路の通過点である、というのがアンダーグラウンドでの噂話だ。とはいえ、情報規制の届かない裏の底での噂話には、もちろん流言飛語も流れているが時折に表では流れない"確度の高い"噂話も流れている。サンクトゥムタワーの話は裏のハッカーたちに依る"確度の高い"噂話だ。

    キヴォトス中のありとあらゆるプライバシーが集約されているとされる通信塔。連邦生徒会長がその設備点検を行っているという噂もあるが、そうであるなら集積された情報を閲覧することも可能ではないのか。そして閲覧できたのであれば起こり得た事件の全ては未然に解決できたのではないか。

    現実は違う。
    事件はちゃんと起こったし、ちゃんとそれぞれが運営する組織によって鎮圧されてきた。そこには条理が宿っていた。段階を飛ばしたような不可解な解決は何一つない。だからこそ、連邦生徒会長であってもセントラルネットワークへの情報閲覧権限は持ちえない――それが裏で流れる最終的な結論だった。

  • 183二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 19:04:10

    えげつねぇな…

  • 184124/12/21(土) 19:04:17

    もしこれが、実は閲覧できていて、ゲヘナ学園に流していて、今日私が追い詰められるまでの事件は見過ごされていたということであればそれはもう私個人を狙い撃ちした状況だ。そんなことはない――と言いたい。だがゲヘナは――

    「くそっ……恐怖で頭がおかしくなっているのか私は……!」

    そんな荒唐無稽な妄想よりも有り得る策がひとつある。
    パワープレイだ。ゲヘナ自治区、この八番街に存在する全ての建造物に対して爆薬と発信機を設置する。
    個人の規模じゃ考えられない。裏社会の組織にだってそこまでは無理だ。だが学園なら? たった一日で住民全員を別の地区へ動かせるのならそれぐらい出来るのではないか?

    出来るだろう。ただ、まともな頭をしていればやらないだけで。
    家に帰した住民たちが残骸となった自分の家を見てどう思うだろうか。普通だったらまずやらない。だが奴らは普通じゃない。きっとやる。私たちを追い詰めるために、後で直すだなんだといって平気で街すら破壊する。

    「はぁ、はぁ、はぁ……」

    動かなければ、私が目を覚ましたとバレないのではないだろうか。
    飛行ドローンで確認しているならば駆動音が聞こえるはずだ。けれどもそんな音聞こえはしない。
    眠った振り……というより、実際に眠れてしまえば気絶判定を受けるのではないか? そもそもどうやって私が起きているか確認するというのか。

    「……喉、乾いたな」

    空腹もある。眠気もあった。気絶は睡眠では決してない。それとは別に眠気もあるのだ。
    喉も乾いて腹も減って、それでも今もっとも強い欲である睡眠欲に釣られるように、私は静かに目を閉じた――

    -----

  • 185124/12/21(土) 19:17:52

    はずだった。

    気付けば胸倉を掴まれていた。空崎ヒナが私を掴み上げていた。

    「あ……? ぇ、ぇえ? な、なん――」
    「捕まえた」

    空崎ヒナは全力で私を壁へと叩きつけた。既に朦朧としている意識が飛びそうになる。
    圧し潰された肺が空気を求めて喉から喘ぐような声が出る。胸倉を掴むその手を掴んで何とか声を絞り出す。

    「ゆ、ゆる――」
    「まだ喋れるのね。ねぇ、辞めてくれないってどれだけ怖いか、あなたに分かる?」

    それからは何度も、何度も、何度も壁へと叩きつけられた。
    かろうじて意識が残ってしまっていることが何より憎たらしい。なんで私の身体は気を失ってくれないのか。どうして痛みだけを伝えて来るのか。

    「イブキはね、悪い大人にお腹を撃たれたのよ。何度もやめてって言って。ねぇ――」

    銃口が向けられる。私の腹部に。
    もう駄目だ。話なんて何一つ聞いてさえくれやしない。
    本当に文字通り、最初に喋ったルールが全てで絶対だった。

    「ひ、ひとつ……間違えていることがある……」
    「……なに?」
    「被害者が受けた傷をそのまま加害者に与えたところで……加害者は自分の行いを顧みない――」
    「じゃあ、あなたが顧みる第一号ね」

    腹部に受けた銃撃が空っぽの胃袋に詰まった胃液を口から吐き出させた。
    もう無理だった。身体じゃない。心が、もう、限界に近づいていた。
    -----

  • 186二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 19:24:20

    このレスは削除されています

  • 187二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 22:06:03

    保守
    まさにこの世の「ゲヘナ(地獄)」やな…

  • 188二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 22:10:31

    >>「被害者が受けた傷をそのまま加害者に与えたところで……加害者は自分の行いを顧みない――」

    「じゃあ、あなたが顧みる第一号ね」


    お得意の話術でこの場を切り抜けようとするもヒナには全く通じないの面白い

  • 189二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 22:22:02

    このレスは削除されています

  • 190二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 22:23:10

    >>188

    これ話術になってるか?

    何の説得にもなってないような

  • 191二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 22:23:41

    このレスは削除されています

  • 192124/12/22(日) 07:48:45
  • 193124/12/22(日) 08:00:37

    うめ

  • 194二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 08:05:50

    うめうめ

  • 195二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 08:19:02

    うめ

  • 196124/12/22(日) 09:25:42

    うめ

  • 197二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 10:56:51

    雪中埋め

  • 198二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 10:58:19

    シュレッダー入れ

  • 199二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 11:03:13

    うめうめ

  • 200二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 11:04:08

    200で雪原に温泉を掘る温泉開発部現部長がいる

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