- 1二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 20:11:18
それを語るには、まず、数年前の初夏におきた、運命的な出会いを語らねばなりません。
その頃私はまだまだ青二才でした。糸をどれだけ細く紡げるか、などというふざけた遊びに没頭し、いつの間にやら#4 ―― 糸のサイズのことでして、#4だとだいたいテニスラケットのガットほどの太さです ―― の、細い糸が紡げるようになりました。若い私は、これを使って、人助けがしたくなったのです。そのために針も買いました。縫う技術すらなかったのに、ですよ。もう個性も医療も進んだこの世の中、いくら消毒してあるとは言え、私が手で紡いだ絹の縫合糸を使ってくれる病院などひとつもありませんでした。
街も寝静まった意気消沈の帰り道、出会ってしまったのです。
路地裏に倒れ込む、酷い火傷痕の少年と。
少年はまだ生きていました。
そうして、私の足音に気づいたのか、顔を上げました。
その目の、なんと美しかったこと。
その肌の、なんと官能的であったこと。
少年は、私の手にある糸と針を目視すると、耳が幸せで満ちるかのような声で言い放ちました。
「縫え」
と。しんとした街にひびいた、少年にしては低めの声は、まるで季節外れの雪のようでした。 - 2二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 20:11:47
……出た
- 3二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 20:12:06
文豪妖怪だーーーーー!!!!!
- 4二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 20:13:57
えつちゅう、ない
おさまるか、妖怪の欲 - 5二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 20:15:36
- 6縫合糸(コテハンつけました。)24/12/15(日) 20:32:32
勿論言いました。
「私はまだ縫合どころか練習すらしたことがない、小中学校の家庭科の成績はいつも下から数えたほうが早かった。酷い火傷痕だから、ちゃんとした病院で診てもらったほうがいい」と。
正直、あの時の私は病院を恨んでおりました。どこをあたっても、ちゃんと安全で細い縫合糸なのに、手紡ぎというだけで門前払いを喰らうのですから。
ですが、少年にいざ縫合を頼まれても、はて私にそんな勇気も技術もございませんでした。
ヒーローではないのです、私は。昔も、そして今も。
少し話が逸れましたね。
病院を勧めても、少年は目を瞑って、首を横に振るばかりでした。
私は自分が犯罪者になろうが人殺しになろうがどうだってよかったけれど、この少年が私のミスで死ぬことだけは嫌だと思いました。
親御さんは、と聞こうとしましたが、そもそもあんな時間帯に少年と呼ぶべき姿形の子が一人で路地裏にいる時点でアウトでしょう。自重しました。
頑なに病院を拒否する少年と、頑なに少年に安全な治療を提供したい私の押し問答は数分続きました。ですが結局、少年の澄んだ海のような瞳に魅了されてしまった私が折れる形となりました。 - 7縫合糸(コテハンつけました。)24/12/15(日) 20:35:06
初めて人の肌に針を差した時の感覚は、色濃く残っています。初夏とはいえ、夜の路地裏は暗く、蒸し暑く、針を滑らずに持つことに精一杯の注意を払いました。
血行を阻害せぬよう、皮膚の圧迫はないように。
間違えて血管を貫くことのないように。
縫い目の深さと幅はできるだけ均一に。
縫合された皮膚がわずかに外に反転するエバート縫合となるように。
一針ごとに縫合糸を結びながら、長い時間をかけて縫いました。
皮膚も薄く敏感な鼓膜などの器官も多く、カーブもしているため、耳がかなり難しかったのを覚えています。
唇を巻き込まぬよう、顔も必死に縫いました。
両手首、胸、腹…下半身もいくらか縫ったとは思いますが、途中からほぼ記憶が飛んでいます。
気づけば、少年の全身に白い縫い糸がありました。
お世辞にもいい出来とは言えませんでした。
見栄えもとんでもなく悪く、不格好で不揃いで、結び目が大きく目立っておりました。
立ち上がって私に背を向け、近くにあった水溜りに自身の姿を映した上裸の少年が酷く美しかったけれど、私はそれどころではありませんでした。
少年が振り向くと同時に、正座して地面に頭を擦り付けました。
人間はあれほどスムーズに関節が動くものなのか、と思いました。
しかし、そんな私に少年は怒るでも泣くでも嘆くでもなく、ただ、
「ありがとう」
と、そう言ってくれました。
あのときの背中に鳥肌が立ってそのまま羽が生えてしまうほどの衝撃とこそばゆさは、今でも表現に迷います。
そうですね、簡単に言えば…焦げて味もおおよそ食べ物とは思えないような初めての料理を、親がおいしいよなどと言いながら完食してくれた時のような…そんな、感覚でした。 - 8二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 20:37:32
文章が感涙してて好き
狂わされとる - 9縫合糸24/12/15(日) 20:45:30
そのまま服を着なおして、どこかへ立ち去ろうとする少年の手を、咄嗟に立ち上がって掴みました。
術後すぐの火傷痕だらけの手。
痛かったでしょうに、少年は眉一つ歪めず、私を見てきました。
毛先の跳ねが目立ち、あちらこちら傷んでいた白髪でしたが、老いを感じさせることは一切なく。むしろ、これこそが生命なのだというように睫毛も眉もまたたきの度に動き、火傷痕があるぶん、無事な部分の肌がよりみずみずしい若さをたたえておりました。
体感では、数分とも数時間とも…ですが現実では2秒も経っていなかったのではないでしょうか、私の口から出たのは、少年の宿を心配する言葉でも、食事に招く言葉でもありませんでした。
「その縫合糸、絹で非吸収性なので、抜糸しないといけないんです。抜糸して縫い直すから、2週間後、ここに…」
そんなことを口走ったのです。
こんなにスマートじゃありませんでしたよ当時は。
声は上ずるわ噛むわ繰り返すわどもるわ、まァ散々でした。
でも、少年は私の言いたいことを察してくれたらしく、こくりと頷いてくれました。
「分かった。2週間後、ここで」
大学時代、同じ学部の娘と逢引の約束をした時、別にそれほど大切な用事ではないしとすっぽかしたことを思い出しました。その娘は怒ったり泣いたりしていました。私はその娘の心が理解できていなかったのですが、少年の「2週間後、ここで」という言葉を聞いた私は、全てを理解しました。
これで2週間後にこの路地裏にこの少年が来なかったら首をくくろう、と本気で考えました。 - 10縫合糸24/12/15(日) 20:55:02
私のこんな拙い語りに相槌を打ってくださる方々、ありがとうございます。
まったり語りますのでどうぞお付き合いくださいませ。
また、スレタイに閲覧注意をつけ忘れてしまったことをここで改めてお詫びするとともに、今までの私の語りで気を悪くした方は何も書き込まず静かに立ち去ってくださいますようお願い申し上げます。 - 11二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 20:56:52
白雪姫から来ました。
そりゃ文才あるわ… - 12縫合糸24/12/15(日) 21:06:44
初対面の日の帰宅後、日にちと場所は良いものの、時間を打ち合わせ忘れていた事に気付いて愕然としたものです。
やらかした、と思いました。
言って置きますが私は無職ではございませんでした。ただ趣味で糸を細く紡いでいただけの変人にございます。
しかし私の仕事は割と融通が効いたので、急いで2週間後を全休にしてもらいました。
そうして、馬鹿なことに、私は、初夏の路地裏で、針と縫合糸を持って…
約束の日の午前零時から、待ち始めました。
パニックになっていた私の脳がはじき出した答えはすごく単純で、「日付は分かっているんだから一日中待てばいいじゃないか」というものでしたから。
今考えるととんでもない脳筋だったとは思いますよ。
しかし、その日やることは少年の糸を抜糸するだけでなく再度また、全部縫い直すことでもあったのです。
一針一針縫うごとに糸を結んで縫ったから、単純に考えてかかる時間は2倍。早く会えるならその分いいし、あの少年を一人で路地裏に待たせては、ふしだらな者に何をされるか分かったものではありませんでしたから。
果たして、約束の日の午後八時、少年はやって来ました。私は首をくくらず済んだわけです。縄と椅子と金が浮きました。
少年は私が既に居るのを見ると、一瞬目を見開き、何時頃から居たのかと問うてきました。
私は苦笑いしながら午前の零時から居ましたよと答え、時間を決めていなくてすみません、とも謝りました。
少年は眉を顰めました。怒らせたかという私の不安は、しかし杞憂でした。
「それ謝るの俺のほうじゃねぇか。20時間もこんなとこで待たせて悪かった」
身体に電撃が走ったようでした。脳筋な私の判断を嗤うでもなく気色悪がるでもなく、ストレートな謝罪をしてきた少年の瞳に、嘘の影はありませんでした。
この少年を彼氏にしない世の少女らが何を考えていたのか、今でも分かりません。 - 13縫合糸24/12/15(日) 21:07:54
- 14二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 21:10:41
待機
- 15縫合糸24/12/15(日) 21:19:27
少年は私の手を引いて、路地裏から移動し始めました。
流石に町中でやるのは拙いだろ、と言っていたような気もしますが、私は少年の手に夢中であまり覚えていません。
発育途中の、みずみずしくふにふにしていて、それでも確かに男らしい節を感じる肌に混じるカサついた火傷痕と、2週間でだいぶ肌になじんできた縫合糸の無機質感。
あまりにも幸せでした。
気づけば、私と少年は、山奥のとある小さな小屋の前に居ました。
「今はここで一人暮らししてる」
少年の言葉に私はぎょっとして、少年の肩を掴んでかがんで諭そうとしました。
「こら、名前も知らないような人を家に招くなんて危険行為が過ぎ…」
「いいだろ別に。早く抜糸して縫い直してくれ痛痒い」
まぁそれもそうだ、時間がかかるのは確かだしな、と自分で自分を無理やり納得させて、少年と小屋の中に入りました。
小屋の中は思ったより綺麗でした。ところどころ壁が焦げてはいましたが、布団も調理器具も小さな冷蔵庫もあり、一安心したことを覚えています。
布団に少年を寝かせ、針と糸と…あぁ、言い忘れていましたが抜糸用のピンセットと小さな鋏も持ってきていましたからそれも取り出し、慎重に抜糸を始めました。 - 16縫合糸24/12/15(日) 21:31:42
軟膏も包帯も持ってきていなかったことを、開始数分で後悔しました。
抜糸を誤って出血したら、止めて治す手段が何もないのですから。
火傷痕と皮膚を繋いでいるだけなので、傷口らしい傷口はありませんが、それでも気を張りました。
仕事でもあんなに緊張したことはありませんでしたね。
利き手ではない方で持ったピンセットで最初の結び目をほんの少し持ち上げて、利き手で鋏を握って浮いた糸を切り、優しく皮膚から抜き取りました。
この縫い目が身体中にあると考えると気が遠くなりかけましたが、何より自身が気にかけなくてはならないのは少年でした。
「痛ければ言ってくださいね」
「別に。もう痛みも涙腺も機能してねぇから気にすんな」
一番気にすることを言われてしまいましたが、気にするなと言われた手前何も言えず、一つ頷いて抜糸を続けました。
全身の抜糸が終わる頃には、私は冷や汗だらけでした。
しかし、間を開けてはいられません。
すぐにまた縫合を始めました。 - 17縫合糸24/12/15(日) 21:40:06
親より先に死んだ子どもが往くという賽の河原。
あのときは、自身がそこにいるかのようでした。
文字通り、地獄でした。
長い時間と気力をかけて抜糸した部分を、間髪入れずもう一度縫い直す作業は、まさに、賽の河原で子供らがやる石積みと酷似しておりました。
正直に申し上げますと、私はまだ、数日開けて縫い直すべきだったのか、あの時の判断が正解だったのか、未だに分かっておりません。
それでも必死に全身縫い上げたあと、私は気を失い…
ふと目が覚めたときは、初めて出会ったあの路地裏に居ました。
家に帰るため立ち上がった直後に次回の約束を取り付け忘れた、と焦り始めた馬鹿な私のポケットから、カサリと音が鳴りました。
何かの広告の裏に書かれた、少年からの伝言でした。
『2週間後午後8時あの小屋 場所分かんなきゃ路地裏いろ 午後8時までに来なかったら迎え行く』
あれ、私この少年と逢引してたっけな、と脳が錯覚するほどの熱で、私はその場に座り込みました。
数字や文字の大きさが不揃いではありましたが、『路地裏』『迎え』が漢字で書ける教養があるのだという驚きは今でも鮮明です。 - 18二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 21:47:59
まーた文豪がいる
- 19二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 21:54:06
荼毘ってやっぱ妖怪を生むよな…
- 20二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 21:55:08
新手の文豪(変態)ダァ!!!!(白雪姫スレから来ました)
- 21縫合糸24/12/15(日) 21:57:07
- 22縫合糸24/12/15(日) 22:14:00
待ってくれと言った手前申し訳ないのですが明日も早いのでここらで失礼いたします
食べてすぐ寝て牛になる 段差で踊る段差ダンサー
また明日語らせていただくので良ければこんな変人の戯言にお付き合いください - 23二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 22:29:29
待ってる
荼毘の文豪妖怪が増えて嬉しい… - 24二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 22:43:27
白雪姫スレから来たぜ
もしかしなくてもとんでもなく愉快なやつだなスレ主… - 25二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 05:18:59
保守
- 26二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 15:27:57
ほ
- 27縫合糸24/12/16(月) 20:30:24
保守ありがとうございます。
私の語りを待ってくださる方がいるだけで光栄です。
そうですね……よし、お待たせしてすみません。
私と少年との話題はまだ尽きそうにありませんから、語り始めるといたしましょう。 - 28二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 20:31:08
わーー👏👏👏👏
- 29縫合糸24/12/16(月) 20:35:33
実はあの時の少年からの伝言用紙は、今でも自宅の壁に、額縁に入れて飾ってあるんです。勿論少年からの伝言の面が見えるようにして、ね。広告に興味はありませんから。
後から改めて見ましたが、広告はどうやら、とあるヒーローのコラボ商品のものだったと記憶しています。
確か…そう、フレイムヒーローエンデヴァーの、ブラック珈琲でした。
話が逸れましたね。
私の語りにはこういう無駄語りも沢山はいりますが、なにせ数年前のことで、思い出し思い出ししながら話しますのでご承知おきくださいませ。
初めて少年の暮らす小屋に行ったとき、少年の手に夢中になりすぎていた私は、当然のように道など覚えているはずもありませんでした。
しかし約束の日、私の足は、まるで…私の意思で動くものとは思えないほど機械的に、私の身体をその小屋まで運んだのです。
いえ、機械的に、という語は的外れでしょう。まさしく、運命的に、私は少年との再会を果たしたのです。 - 30二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 00:50:55
ほ し ゅ
- 31二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 08:33:33
おはようの保守