- 1二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 23:58:21
「────つい、踊ってしまうクセをどうにかしたいんすよ」
そう言葉にする彼女の表情は、真剣そのものだった。
揺らめく二つ結びの赤い長髪、前髪には一房の白毛、特徴的な羽飾り。
担当ウマ娘のウインバリアシオンは、真剣な表情で緑の双眸を向けている。
「ああ、嬉しくなったりすると踊り始める時あるよね、シオン」
言われてみれば、思い当たる節はいくらかあった。
褒められたり、良いことがあったりすると、シオンはそれをダンスで表現する時がある。
バレエをやっていたこともあり、それはもう綺麗な身のこなしなのだけれど。
彼女は俺の言葉を聞いて、恥ずかしそうに顔を俯かせ、指をもじもじと揉み始めた。
「うっす……浮かれたりすると、身体が、勝手に動いちゃって」
「俺は別に良いと思うけどね、可愛らしくて」
「かっ、かわ……っ!?」
「うん、踊りそのものも綺麗だし、見惚れちゃいそうなくらいだよ」
「そっ、そうっすか? えへへ……────じゃないっすよっ!」
口元を緩ませて、回りかけていたシオンは、ハッと我に返った。
ビルエットを決めかけていた姿勢を慌てた様子で正すと、改めて俺へと向き直る。
そして、少し困ったように眉を垂らしながら、言葉を紡いだ。
「……こういうの、その、子どもっぽくて良くないと思うっす」
「……そっか」
俺個人としては少し残念な気もするが、他でもない本人が是正したいと言っている。
とすれば、担当トレーナーとしてこれに協力しない手はなかった。 - 2二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 23:58:33
「うん、じゃあ俺も矯正に協力させてもらうよ、といっても何をすれば良いのかな」
そう言いながら、腕を組んで考え込む。
レースにおけるクセならいくらか知識があるが、さすがに今回の件の前例はない。
何か良い手段はないものか────と考えている最中、ふと向けられている視線に気づく。
そちらに顔を向けると、シオンはきょとんとした顔で、俺のことを見つめていた。
「どうかした?」
「い、いえ、なんだか、トレーナーさんが嬉しそうにしているなあっと思っただけっす」
「……」
俺は、シオンの言葉に声を詰まらせてしまう。
それはまさしく、的を射た指摘だったから。
なんてことはない────彼女が気軽に悩みを相談してくれたのが、嬉しかったのである。
……もしかしたら、俺も浮かれると何らかの行動に出てしまうタイプなのかもしれない。
そう思いつつ、苦笑いを浮かべてしまうのであった。 - 3二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 23:58:48
────もし、あたしが踊りそうになったら、止めて欲しいっす!
相談の結果、シオンの方から出された提案。
実際のところ、今現在で取れる対策はそのくらいしかなかったため、俺もそれを受け入れた。
そして、その機会は、思いのほか早くやって来た。
「うん、自己ベスト更新だ、頑張ったなシオン」
「本当っすか!? やっ、やったやったぁ~! トレーナーさんのおかげっすね!」
「いや、キミの努力の成果だよ、負荷が大きいメニューだったけど、良くやり切ってくれたよ」
「いやいや、元はと言えばそのメニューを考えてくれたトレーナーさんがいたからで」
「いやいやいや、キミのポテンシャルがあってこそなわけだし」
「……ふふっ、なんだか、何時ぞやと同じやりとりっすね?」
「……そうだね、じゃあその時と同じで、二人とも偉い、ということで」
俺達は、向き合ったまま、二人揃って笑みを浮かべてしまう。
シオンから相談を受けて、次の日のトレーニング。
次走に向けての調整を進める中、彼女は伸び悩んでいたタイムを更新することが出来た。
勿論、今日一日だけで安心出来るわけではないが、とりあえずの成果とはいえるだろう。
「じゃあ、今日のトレーニングはこれで終わり、この後は少しだけミーティングをするから」
「クールダウンしてから、着替えて、トレーナー室っすね」
「うん、そういうことで」
そう伝えると、シオンは笑顔で頷いて、ストレッチを始めた。
普段ならば、片付けなどをしてから、先にトレーナー室に待っているのだけれど。
────なんとなく気になって、この場で待っていることにした。
彼女は筋肉をしっかりと伸ばしていき、次第に、その動きへ鼻歌が混じっていく。 - 4二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 23:59:02
「ふん……ふふん……♪」
奏でる音色は少しずつ大きく、そして、リズミカルに。
そして、そのメロディーに合わせるかのように、動きもしなやかで華やかなものへと変わる。
そのまま流れるようにシオンは両腕を広げると、微笑みを浮かべたまま、くるりと回り始めた。
……相も変わらず見事なピルエット、しかし、ただそれに見惚れているわけにもいかない。
「踊っちゃってるよ、シオン」
「ふ~~ん♪ えっ? あっ、わっ、ひゃっ……!?」
「……シオンッ!」
────声をかけるタイミングが良くなかった。
回転している最中に指摘されたシオンは、動揺して、そのバランスを大きく崩してしまう。
どくんと跳ね上がる心臓、気が付いたら俺は、彼女の下へと駆け出していた。
ギリギリのタイミングではあったが、何とか割り込んで、倒れゆく彼女の身体を受け止める。
「……っ!」
ぎゅっと目を閉じているシオンの頭が、ぽふんと俺の胸元へと収まる。
そして、彼女の背中へと手を回して、何とかその肢体を支えることに成功した。
刹那、鼻先をくすぐる汗の匂いと甘酸っぱい香りと、汗でしっとりと湿った手触り。
俺は、その小さくて華奢な身体を抱き止めて、安堵のため息とつきながら謝罪を口にする。 - 5二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 23:59:33
「驚かせてごめん、踊り終わったタイミングで声をかければ良かったね」
「……」
「脚とか挫いたりとかしてない? どこか痛いところとかは?」
「…………」
シオンからの返事はない。
俺の胸元に顔を埋めたまま、ぴくりとも動かない。
……いや、耳はぴくぴくと動いて、尻尾もゆっくりと左右に揺れ動いているけれど。
いくら待っても言葉は返って来ず、聞こえてくるのは妙に深い呼吸の音だけ。
なんだか不安になってきて、俺は彼女の背中を軽く叩きながら、再び声をかけた。
「……シオン?」
「はっ、はい!?」
瞬間、シオンの耳と尻尾がびくんと勢い良く立ち上がり、慌てた様子で顔を上げる。
熱っぽく潤んだ瞳と、鼻先まで赤く染まった顔。
思った以上に勢い良くぶつかってしまったのだろうか、結構痛かったのかもしれない。
そう考えれば、反応が遅かったのも頷ける。俺は改めて、彼女へと声をかけた。
「大丈夫? 痛みとかはない?」
「だっ、大丈夫っす、トレーナーさんのおかげで助かりました」
「いや、そもそも、俺が変なタイミングで声かけしたのが良くなかったよ」
「元はと言えば、あたしが止めてくれるように頼んだせいっすから……ありがとうございました」
シオンは柔らかな微笑みを浮かべながら、そう伝えてくれる。
まあ、とりあえず怪我もなく、無事で済んだことを喜ぶべきだろう。
────と、ここまで来て、ようやく俺は彼女をぎゅっと抱きしめていることに気が付いた。 - 6二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 00:00:01
とっさのこととはいえ、あまりにも後先を考えない行動ではあった。
俺は無言でシオンの背中から手を離して、身体を離そうとする。
「…………あっ」
しかし、それは阻止されてしまった。
シオンの寂しげに見つめてくる瞳と、俺の服をぎゅっと掴んで離さない手によって。
思いも寄らぬ展開に、俺は言葉を詰まらせてまま、ただ彼女と見つめ合う他なかった。
やがて、彼女は恥ずかしげに俯いて、消え入るような小さな声で言葉を紡ぐ。
「………………あの、また、こうして欲しいっす」
「へっ?」
「あたし、浮かれると、周囲の声も入らなくなるから、無理矢理止めてもらった方が」
「な、なるほど、でも、こうやって止めるの目立つし、シオンも恥ずかしくないかな」
「それは、その、そうなんすけど…………そっ、そう、だからこそっす!」
「……?」
「恥ずかしいからこそ、抑止になるっす! 飴と鞭っすね! だから、ハグ以外の手段はだめっす!」
再び顔を上げて、シオンはどこかヤケクソ気味にそう言い放った。
飴要素は一体どこへ行ってしまったのだろうか。
ただ、正直なところ、その場その場で制止するだけ、というのに効果があると思えなかった。
とすれば、彼女自らが提案する、その都度鞭を与えるやり方の方が良いのかもしれない。
…………まあ、それがハグである必要性はわからないけれど。
ただ、言い終わった後、涙目でぷるぷる震えている彼女を見ていると、そんなことは言い出せない。
俺は心の中で苦笑いを浮かべながら、こくりと頷いてみせる。
「わかった、それでやってみようか」
「うっ、うっす…………それじゃあ、あの、あたしから、目を離さないでください、ね?」
そう言うと、シオンは耳をぴくりと反応させて、ふにゃりと表情を緩めるのであった。 - 7二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 00:00:19
「ふふ、今日はしじみが安くてお買得だったっす~! ふっふふ~、ふふ~ん♪」
「…………」
一緒にシューズを見に行った帰り道。
たまたま通りがかったお店で、しじみの特売セールをやっていた。
シオンはそれをしっかりと買いこんで、上機嫌で帰路につき────そして、踊ろうとしている。
これで、今週に入ってから4回目。
ここまで来ると、何となくこれから踊るな、というのが直感的に理解出来てしまう。
俺は軽い足取りでリズムを取り始めた彼女に背後から近づいて、そっと手を回した。
「こーら、シオン、ストップ」
「……!」
ぎゅっとシオンの身体を拘束すると、ぴくんと小さく跳ねた。
彼女の脚がその場で止まり、ゆっくりと身体が弛緩していき、こちらへ身を任せるようにもたれる。
やがて、俺に擦りつけるように尻尾をわさわさと動かしながら、自身の手を俺の手に合わせた。
心地良さに染み入っているような表情で、彼女はぽそりと呟く。
「………………後ろからも悪くないっすね、顔は見えないけど、縛られている感があって」
「うん?」
「って、なっ、なんでもないっす! ────何を口走ってるんだ、バカシオン……っ!」
シオンは顔を林檎のように染め上げて、後悔に顔をしかめる。
その言葉は良く聞こえなかったけど、恥ずかしい思いをする、という意味ではハグの効果はあるようだ。
…………まあ、それが抑止になっているかは、微妙な話だけれども。 - 8二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 00:00:34
「ちょっと良いかな、シオン」
「なっ、なんすか、トレーナーさん」
「……これ、効果あまりないみたいだから、やめない?」
実際のところ、シオンが喜びながら踊る回数は全く減ってない。
むしろ増えてしまっているような気さえしていた。
となれば、この対策に意味はなく、彼女へ無駄に恥をかかせているだけということになる。
だから、別の手段を探った方が良いと思ったのだけれど。
「…………いっ、いやだ」
────シオンは、声を震わせながら、そう言った。
合わせた手へ、離さないと言わんばかりに力を込めて、尻尾の動きを激しくしながら。
その表情を見ることは出来ないが、心の言葉であることは、理解出来る。
やがて、彼女は真剣な表情で、空を見上げるように俺の顔を見つめて来た。
「効果があれば、続けてくれるんすよね?」
「……えっと、因果が逆転している気がするけど、そうかな」
「……わかったっす、それじゃあ我慢するっす、してみせるっす」
シオンは俺の腕をそっと解いて、一人、前へと歩み出す。
ゆっくりとした足取りに、微かに落ちた肩と、力なく垂れている尻尾。
意思表明をしてみせた言葉とは裏腹に、その後ろ姿は少しばかり寂しそうにも見えた。 - 9二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 00:00:53
あれから、約二週間後。
「すっかりクセを克服したいみたいだね、さすがだよシオン」
「……あはは、どもっす」
俺の称賛に対して、あまり嬉しくなさそうにシオンは乾いた笑みを浮かべた。
これくらいのことは当然、という謙虚さの表れなのだろうか。
あれ以降、シオンは嬉しいことがあっても踊ってしまうことはなくなった。
身体が動きそうになっても、ちらりと俺を見やって、何とか抑え込む。
そうしてあっさりと、自らのクセを克服してみせたのだ。
そもそも、彼女は努力は決して裏切らないという心情の持ち主。
最初から余計なことはせずに、彼女の意思に任せてしまうのが正解だったのかもしれない。
「……それにしても」
「どうかしたっすか?」
「…………あっ、いや、なんでもない」
「?」
言葉を濁す俺に対して、不思議そうに首を傾げるシオン。
……危うく、失言をしてしまうところであった。 - 10二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 00:01:12
────喜びをダンスで表現するキミが見れなくて寂しい、だなんて。
子どものような仕草で、仙女のように舞ってみせる彼女が、俺は好きだったのだ。
まあ、そんな努力をふいにしてしまうようなこと、言えるわけもない。
俺は担当としてあるまじき考えを振り払いつつ、それを誤魔化すように話を続けた。
「そうだ、頑張ったお祝いというか、ご褒美みたいのはどうかな?」
「……ご褒美っすか?」
「結局、今回の件はシオン一人で解決したようなもんだしね、なんかして欲しいことがあれば」
「…………して欲しい、こと」
その瞬間、シオンの瞳にめらりと、小さな薄暗い光が灯る。
燻っていた火が燃え広がっていくかのように、爛々と、輝きを増して行った。
彼女はくすりと微笑むと、おもむろに、椅子に座る俺へと近づいて来る。
そして立ちふさがるように、目の前へとやってきた。
「トレーナーさんにご褒美をもらえるのは、とても嬉しいっす」
「そう? まあ、そんな大したことは出来ないけど」
「嬉しくて嬉しくて────ついつい、踊ってしまいそうっすね」
「えっ」
するとシオンは、片足を上げて、その場でくるくると駒のように回り出した。
軸を真っ直ぐに保ち、一切のブレを感じさせない、美しい、見事なまでのピルエット。
呆気に取られながらも見惚れている俺を尻目に、彼女は澄ました表情で正面へ向き、上げた脚を降ろす。
そして、俺のことを上目遣いで、物欲しそうにじっと見つめたまま、そっと両手を広げた。
ぱたぱたと興奮気味に尻尾をはためかせて、ぴこぴこと誘うように耳を動かしながら。
「…………それじゃあ、飴と鞭を、どうぞっす」 - 11二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 00:01:55
お わ り
浮かれると踊り出しちゃうシオン可愛や - 12二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 00:08:31
- 13二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 00:18:12
- 14二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 01:13:51
ほう…踊り抜きウインバリアシオンですか
たいしたものですね
踊りをやめることを口実にトレーナーとイチャつくウインバリアシオンは糖度がきわめて高いらしくレース直前に愛飲する暴君もいるくらいです
それにトレーナーからの特大感情
飴と鞭と思ったらどっちも飴でバランスもいい
それにしても実装直後だというのにこれだけ解像度の高い物語が書けるとは超人的なSS力というほかはない - 15124/12/17(火) 07:45:25
- 16二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 08:22:43
- 17二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 08:25:56
12課金はトレパス因子パス周年石と決めてるんだ
2月まで我慢だなぁ - 18二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 08:50:25
我こういうハグとかがルーティーン化するの大好き侍
癖になっちゃうのいいよね…
こんなのウインバリアシオン引きたくなっちゃうよ… - 19二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 17:14:37
シオンは今年実装された子の中で特に刺さった子だから良質なSSを読めて本当に嬉しい…
ジメッとしてるところも彼女らしくてまた良かったです - 20二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 17:23:03
なぁこれ飴と飴と飴と水飴じゃねぇかい?
- 21二次元好きの匿名さん24/12/18(水) 00:47:34
あすなろ抱きにプラスして囁きがあったらASMR落ちしそう…
- 22124/12/18(水) 08:46:09