【SS】The Meister's Strangelove

  • 1124/12/19(木) 21:42:16

    ──“きっかけ”は何かって?

  • 2124/12/19(木) 21:42:51

    ……ふむ

  • 3124/12/19(木) 21:43:30

    ……ああ、ごめんね先生。謝らないでほしい。その質問が不快で黙った訳では無いんだ。

    ただ、思いもよらない事を聞かれたな、と思っただけさ。私がエンジニアを志した、そのきっかけを聞きたい、だなんて。
    興味があるなら、いいよ。話してあげる。隠すようなことでもないからね。ただ、ああ……ふふっ。なに、少し面映ゆいのさ。昔話とは、得てしてそういうものだろう?それを聞かせるのが、気心知れた相手であるならなおさらだ。
    もう少し待っていてくれるかい?こちらの作業も一段落つきそうでね。そろそろ休憩にしようと思っていたんだ。

  • 4124/12/19(木) 21:44:01

    おや、いいのかい?じゃあ、お言葉に甘えて、コーヒーをお願いできるかな。私はこのあたりを片付けておくよ。見ての通り、かなり散らかしたからね。ゆっくり時間をかけて煎れてくると良い。
    ……いや、ここは寧ろ。

    ──先生、少し時間を頂くよ。

    なんて言うべきかな。

    ……ん、ンっ!さあ、はやく行った行った!

  • 5二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 21:44:54

    おお…

  • 6二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 21:46:02

    マリアーナ…

  • 7124/12/19(木) 21:47:06

    おかえり、先生。いいタイミングだ、ちょうど片付いたところだよ。
    ほら、それに座ると良い。……ただの椅子だよ。何の手も加えていない。
    コーヒーをありがとう。いただくね。
    はぁ……沁みる。思わず溜息が出るね。マグ越しに感じる温かさで、悴んだ指先が解れていくのも心地が良い。タスクが順調に片付いた後のコーヒーブレイクは、やはり格別だ。

    思えば、コーヒーも奥が深い。豆の銘柄にひき方、湯の温度、蒸らす時間に器の形状。あらゆる要素が複雑に影響し合い、味に変化をもたらすんだ。拘る人が居るのもわかる。
    どちらかと言えば化学の領分だから、私はそこまで惹かれはしなかったけれど……自分が一番美味しいと思う淹れ方を探求するのも、また、ロマンだね。

  • 8124/12/19(木) 21:48:08

    ……忘れていないよ。きっかけの話だね。ここからが本題だ。
    それに、コーヒーの話もあながち無関係というわけではない。
    なぜなら、これからするのは、私が最初に抱いたロマンの話だからだ。
    そして同時に今もまだ燃える熱であり、目を開けたまま見続けている夢の話でもある。
    ……我ながら大仰な物言いだね。少し浮かれているのかもしれない。

    ──さて、初めに聞いておこう。

  • 9124/12/19(木) 21:48:24

    ──先生は、空を飛びたいと思ったことはあるかい?

  • 10124/12/19(木) 21:50:09

    子供のころにありがちな願い。

    空を飛ぶ鳥を見て、自分も同じように飛んでみたいと思う。
    もう何年前になるのかな。そんな幼気な願望を持っていた時期が、私にもあった。

    私は空に憧れた。
    ミレニアムのビル群より高く、白い雲を突き抜けて、青く澄んだ空を自由に駆け巡りたいと思った。やがてはその青の底すら超えて、月を追い越して、輝く星に手を触れたいとも思った。

  • 11124/12/19(木) 21:53:30

    当時の私は幼くて、けれど賢かった。
    私たちの身体は鳥のように空を飛ぶ作りになっていないと、何冊かの本を読んですぐに理解した。体一つで自由に空を飛ぶのは、フィクションの出来事だとほんの少し落胆もしたね。
    でも、当時の私は幼くて、だから諦めが悪かった。落胆した私は、次にこう考えたんだ。
    人はできないことをできるようにするために色々な道具を作り出した。例えば、歩いていけない遠くに荷物を運ぶために車を。例えば、声の届かない場所にいる誰かと話すために電話を。空を飛ぶことも、また同じじゃないかってね。

    だから、飛行機を作ろうと決心した。蝋と鳥の羽ではなく、金属とセラミックでできた、遠い空に届く私の翼を作ろうとね。

    私の初めての発明は、そうして始まったんだ。

  • 12124/12/19(木) 21:56:42

    ……コーヒー、冷めてしまったね。
    いいよ、今度は私が煎れてくる。
    もう少し、話は続くんだ。ゆっくりと待っていてくれ、先生。

  • 13124/12/19(木) 22:10:52

    まずは、勉強だったよ。

    何しろ、飛行機だ。力学と構造学が織りなす智の結晶を、この手で作ろうというんだ。
    当時の私には足りない知識が多すぎた。それを補うために、毎日専門書とにらめっこしていたよ。
    そうして得た知識も十全には通い。勘違いや読み違いで穴だらけだった……というか、今話しているだけでそうした誤りを5か所思い出したよ。若気の至りだね……
    ある程度知識を蓄えた私は……まあその精度は兎も角として……図面を引き始めた。
    今度は計算機と製図用紙とのにらめっこだ。考えて、書いて、躓いて。消してまた書き直す。一日机に向き合って、結局何の進捗も無かった日もあったなぁ。
    でも、私はやめなかった。やめられなかったんだ。
    知らなかった事を知り、昨日まで無かったものを生み出す。自分の持ち得る知識を絞り出し、課題を解決しようとする。それが、楽しかったんだ。
    その熱は、今も私の中にある。この部室で機械に向き合う度に、幾度もその輪郭をなぞっているんだ。

  • 14124/12/19(木) 22:13:28

    私の挑戦は、桜が咲く季節に始まった。図面を書き上げて機体の作製に取り掛かったのは、夏の盛りだったよ。アレは……うん、大変だったよ。あの工場は、この部室程快適な環境ではなかったからね。毎日汗だくになって家に帰ったよ。
    材料かい?手に入れる伝手が無かったから基本的に廃材だよ。
    機体のフレームには自転車の物を。翼はビニール張りで、エンジンはバイクの物を流用したかな。プロペラだけはなけなしの金を叩いて、ミレニアムに依頼した。自力で製造する設備が無かったからね。
    そうして……丁度今くらいの季節に、私の飛行機は完成したんだ。
    ……ああ、しまったな。
    ん?名前を付け忘れていたんだよ。当時の私は、飛行機が完成したことより……いよいよ空が飛べる事にはしゃいでいたんだ。だから名前まで気が回らなかったんだ。
    完成した時は夜遅かったから、翌日の朝を待って初飛行と決めた。
    アラームをセットして布団に入っても、中々寝付けなかったよ。

  • 15124/12/19(木) 22:16:13

    ──その日の事を、私はきっと生涯忘れないよ。

  • 16124/12/19(木) 22:24:43

    空気がしんと澄んでいる、冬の朝だった。
    空には雲一つなくて、澄んだ青がどこまでも遠かった。
    燃料をありったけ入れて、私は操縦席に乗り込み、エンジンに火を灯す。
    古いバイクのエンジンは一度ガタンと大きく揺れて、それから低く唸りだした。
    プロペラが回りだす。一周目は目で追えたけれど、直ぐにただの円にしか見えなくなった。
    スロットルを上げる。エンジンの振動が大きくなり、プロペラが一層大きく喚いて……ごとん、と輪留めをのりこえて飛行機が前に進んだ。
    初めは歩くような速さ。やがて走っても追いていかれる速度になって、遂には車を追い越す速さになった。
    風を捉えた翼が揚力を生んで、ぎしりと軋む。一度。二度。その軋みが生じる感覚はだんだんと短くなっていって……

    ふわり、と機体が浮かんだ。

  • 17124/12/19(木) 22:26:47

    操縦席の窓から外を覗けば、地面が遠く離れていた。
    飛んでいる。飛んでいるんだ!私は歓声を上げて……病院のベッドで天井を見上げていた。

  • 18124/12/19(木) 22:30:17

    うん、落ちたらしいよ。
    ほんの少しだけ浮かんで、すぐにバランスを崩して地面に落ちたらしい。これに関しては完全に伝聞だよ、私は全く覚えていない。
    三日間、眠っていたそうだ。

  • 19124/12/19(木) 22:37:00

    怒られたよ、ものすごく。
    もう一生分怒られ貯めするのかってくらい、こってりと。
    だからその時は、口にしなかったけれど……私はね、高揚していたんだ。
    あれだけ苦労して造った飛行機がろくに飛べなかった事は残念だった。けれどそれ以上に……その失敗を経て洗い出された改善点や、別の理論を検証したくて仕方がなかったんだ。
    ミレニアムへの進学を希望したのはその日からだ。最高の環境で、私の頭に溢れるこれらのひらめきを形にしたいと思ったんだ。
    あとは先生も知っての通り……私は今こうして、この部室で、煤と油に塗れている。

  • 20124/12/19(木) 22:41:41

    そういう意味では……私は、あの日見た空を飛ぶ夢を今も見続けている、ということになるのかな。
    なんて、少々感傷的すぎるかもしれないけれど。

    How I Learned to Stop Worrying and Love Machines
    なんてね。

    私の話はこれでおしまいだよ先生。たのしんでくれたなら嬉しいな。

  • 21124/12/19(木) 22:42:38

    おわり

    かきたいことはかいたので落として良いですよ

  • 22二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 22:44:11

    読者の興味を引っ張る書き方が上手い

  • 23二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 22:46:42

    凄く魅入られるSSでした!

  • 24二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 22:48:07

    マイスターの奇妙な愛情 また私は以下にして心配することをやめ機械を愛するようになったか……ってこと?
    渋い所引用してくるね……

  • 25二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 22:52:40

    あにまんの形態を上手く使ったSSだった
    見せ方がアニメ的

  • 26二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 23:16:44

    よかった

  • 27二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 23:20:37

    いいSSでした。
    読みやすいしウタぱいの声が脳内再生できる

  • 28二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 23:36:07

    間がよかった

  • 29124/12/19(木) 23:50:28

    感想ありがとうございます
    応援団ウタハを引いてうほほひゃっほいwって気持ちで書きました

スレッドは12/20 11:50頃に落ちます

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