【SS注意】オルフェーヴルと手を繋ぐ話

  • 1◆RYXCxVTzNc24/12/21(土) 23:46:06

     ノブレス・オブリージュという言葉がある。
     意味合いは人による解釈の違いや、時代の移り変わりによって様々だが……概ねは『高貴な者はその地位に見合うだけの高貴な振る舞いをしろ』というようなものである。
     トレセン学園には、メジロ家やシンボリ家などといった高貴な一族の生まれや、華々しい結果を残した親を持つウマ娘もそれなりに在籍しているため、必然的にこの精神を意識するウマ娘も多くなっている。
     かくいうこのトレーナーの担当ウマ娘である、オルフェーヴルもその一人だった。尤も、その高貴さはどちらかというと『王』であるが故という感じで、どこか方向性が違うと思わなくもないのだが。

     ともかく、そうした高貴なウマ娘ともなれば、必然的に周りに集まる者たちも同様の振る舞いが求められるようになる。ダイイチルビーやジェンティルドンナのトレーナーなどはその典型だ。
     そしてそれはまた、オルフェーヴルのトレーナーも例外ではない。

     なにせ、トレセンウマ娘たちの派閥の一つを占める『王』のトレーナーなのだ。ビクビクしていては示しがつかないし、オルフェーヴルとも対等にやり取りをする必要がある。
     新人でありながら訳もわからずオルフェーヴルに選ばれ、元来は小心者であるオルフェーヴルのトレーナーは、そのオーダーに応えるべく死ぬ気で堂々とあろうとして……三十秒程度でメッキが剥がれるような、そんな生活を送っていた。
     オルフェーヴルもそんな彼に呆れもせず『たわけが』『次はないぞ』とだけ注意して先に歩いてしまう……いつしかそんなやり取りが二人の間での定番のリズムとなっていた。

     ……だが、そんな日々の中でも。
     オルフェーヴルとの外出時に手袋を忘れた時、トレーナーはさすがに死を覚悟した。

  • 2二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 23:47:27

    このレスは削除されています

  • 3◆RYXCxVTzNc24/12/21(土) 23:47:54

     放課後になり、オルフェーヴルと蹄鉄を買いに行きつけのスポーツ用品店へ向かっていたのだが。11月にも関わらず手袋の装着を忘れてしまっていたとトレーナーが気付いたのは、そのスポーツ用品店が臨時休業をしていて、学園へと戻っている最中だった。
     コートの下から汗が吹き出たのをトレーナーはハッキリと感じた。さっきまで仄かに機嫌が悪くなっているオルフェーヴルを宥めながら、『王様も手袋やマフラーするんだ』とか呑気なことを考えていた自分を殴りたくなる。
     なまじコートとマフラーはしっかり準備していただけに、手元の確認を怠ったのだ。道理でさっきからやたらと風を冷たく感じたわけである。
     
    (落ち着け落ち着け……まずは状況を整理しよう)

     気付くや否や、トレーナーは素早く思考を巡らせる。いつもは回路が鈍い彼の脳も、さすがに命が懸かっていては出力も倍増されているようだった。

    (まず、今の僕の手の状況がオルフェーヴルにバレるのは絶対に不味い……!)

     この寒さにも関わらず防寒具を忘れて外出し案の定無様に凍えているなど、とても王の隣に立つトレーナーとは、高貴な振る舞いとは言えない。オルフェーヴルに悟られれば間違いなく八つ裂き(物理)にされるだろう。

     なればなんとか震えを隠し通すしかないが……しかしこのまま寒さを耐えるというのも中々にキツい。なにせ今日は、朝のニュースでも言われていた通り記録的な大寒波がやってきているのだ。一足早くの真冬の寒さである。

  • 4◆RYXCxVTzNc24/12/21(土) 23:49:44

     最近は夏の暑さを指して『地球がバカになっている』と言われることもあるが、いやはやそれは寒さも例外ではない。11月になったばかりにも関わらず、今日の最低気温は12月下旬のものとなっているらしい。
     さりげなく目線を下げると、外気に晒され続けていた指先は今や梅干しのように赤くなっていた。掌の感覚も数分前から無くなってきている。……何故人類が手袋を開発しようと思ったのかを、トレーナーは身をもって実感していた。
     このまま手を裸で放置しておくのは危険である。本当に何故こんな日に手袋を忘れてしまったのか……。
     かといって、応急処置としての『ポケットに手を突っ込む』なんて真似をオルフェーヴルの隣でするわけにもいかない。なんならそちらの方が危ない。
    『高貴な振る舞い』としては0点に等しい行為だ。明日の太陽を拝めなくなる可能性がある。

    (……ということは)

     前門のオルフェーヴル、後門の大寒波。
     トレーナーが選んだのは……もちろん大寒波の方だった。
     オルフェーヴルに雷を落とされるぐらいなら、この冷たさを耐える方が千倍マシである。……別に人生の幕引きをオルフェーヴルによってしてもらえるならそれはそれで……と仄かに思わなくもないが。
     ともかく店が臨時休業していたのは不幸中の幸いだったかもしれない。もし無事に買い物を終えていたら、袋を持つ際に間違いなくバレていただろう。

    (今の地点からトレセンまでは……オルフェーヴルの歩幅で考えれば大体十七分ほど……)

     自分よりも大きいオルフェーヴルの歩幅になんとかついていきつつ考える。
     ギリギリ耐えられるか耐えられないか、微妙な時間。だが誤魔化しきるしかない。誤魔化せなければ待っているのは……。
     流したばかりの汗が早くも蒸発したか、背筋が今までの五割増しほどで震える。

  • 5◆RYXCxVTzNc24/12/21(土) 23:51:19

    (それでもこうなったからには仕方ない……。大丈夫……できる……この間のオルフェーヴルとジャーニーとウインバリアシオンの同席に付き合わされた時に比べれば……)

     拳を固く握り締める(感覚がないので出来ているかわからないが)。そして目をカッと開き、トレーナーは静かに決意して────

    「おい」

    「はいぃっ!?」

     ────決意した、まさにその時。
     矢のような声が肩に刺さり、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
     わたわたと隣に焦点を合わせると……彼にとっての恐怖の対象である担当ウマ娘、オルフェーヴルが堂々と佇んでいた。
     真っ先に目に入るのは赤いマフラーと赤い手袋。……さすがに王も人の子と言うべきか、形の良い鼻先も僅かに赤くなっている。
     たてがみのような艶のある髪も冬風に弄ばれながら……しかしオルフェーヴルはいつも通りの、『王』としか言い様のない威厳のある表情をしていた。
     ……隠し事をしている身に、その眼光はよく効く。

    「ど、どうしたの?オルフェーヴル」

     ビクビクしつつもなんとかいつも通りを意識しようとして……結局そのビクビク具合が『いつも通り』になっているというような、そんな風にトレーナーが問い掛けると……オルフェーヴルは空色の瞳を少し鋭くした。

    「明日の同時刻。付き合え」

    「え?」

     主語もなく告げてまた歩いていき、一足遅れて赤いマフラーが揺れる。
     トレーナーは一瞬なんのことかわからなかったが、

    「あっ……う、うんそうだねそうしよう。たぶん臨時休業は今日だけだろうし」

     すぐに『明日再びスポーツ用品店へ行くぞ』という意だと気づき、首振り人形のように頷きながら再び隣へ。
     オルフェーヴルはそんなトレーナーをしばらく見つめていたが……やがて前方に向き直る。

  • 6◆RYXCxVTzNc24/12/21(土) 23:52:41

    (……バレてない)

     安堵の息が口の外に出そうになるトレーナー。
     ……もうこの数分だけで寿命がゴリゴリと削れているような気がする。気分は学生時代、授業に使う教科書を忘れてしまい、ひたすら身を縮こまらせて教師に指されないのを祈っていたあの時間のようだ。
     教科書よりも今回の手袋の方が重要度は低いはずなのに、指してくるオルフェーヴルの怖さはあの頃の教師の比ではない。

     だがそれも少しずつだがゴールが見えてきた。なんだかんだ歩いて、トレセン学園まで残り十二分ほど。
     この先更に二十年分ぐらいの寿命を捧げれば、なんとか耐え切れるかもしれない。

     そうしてトレーナーの中の暗いトンネルに、一筋の光明が差し込みかけて、

    「おい」

    「……えっ?あ、オルフェーヴル?今度はどう」
     
     そんな中で不意にオルフェーヴルの声が耳に届いたと思った時。

     脳内のそのトンネルを崩落させん勢いで突然彼女の腕が伸びてきて、トレーナーの手首を掴み上げた。

    「したの────いぃぃぃだだだだだだだっ!!?」

     気付いたときには左腕に万力、いや兆力の力が掛けられていた。プラモデルのパーツでも引っこ抜こうとしているかのようだった。
     思わずトレーナーは事件性の高い悲鳴を上げてしまう。だがその悲鳴を誘発している原因であるオルフェーヴルは「黙れ」とだけ言って、顔の前まで引き寄せたトレーナーの掌を凝視している。
     そして、

    「貴様、何故手袋を着けていない」

     低い声で訊いてくるオルフェーヴル。バレていた、など思う暇もない。

  • 7◆RYXCxVTzNc24/12/21(土) 23:54:17

    「い、いえ、それはその、あの────いだだだだだだだだっ!!?」

    「疾く答えよ」

    「わかりましたわかりましたっ!!ごめんなさいっ!!と、トレーナー室に手袋を忘れてきちゃって……!!」

     口ごもった瞬間にダイヤモンドでも砕けそうな力が手首に掛かり、一も二も恥もなくトレーナーは白状する。『痛み』とは、相手に言うことを聞かせる上での最古にして最良の方法なのだと実感した。

    「ほう。自らが着用する物の管理もできず、そしてそのことによる身体への負荷を無視するか、貴様は」

    「ごめんなさいごめんなさい!!」

     明らかに今は寒さよりもオルフェーヴルからのダメージの方が大きいような、とは思ったが口には出さなかった。それを言うと本当に骨まで行かれかねない。

    「こそこそと動き始めたと思えば……くだらん」

     三時間にも思えた数秒の拷問の果てに、オルフェーヴルはゴミでも放るようにトレーナーの手を離し、ゴミを見るような目で言った。
     対するトレーナーはあまりの腕の痛みに悶えるので必死である。掌は相変わらず感覚が無いが、代わりのように腕全体が絶叫している。
     手から関節が失くなったようというか、腕が文字通り棒切れになってしまったような感覚だった。力が全く入らないし全く曲がらない。

    (……なんで僕は手袋を忘れただけでこんな目に遭ってるんだろう?)

     目頭が熱くなり、オルフェーヴルに恨みがましい目を向けそうになるが……しかし、結局は自分が変に隠そうとしたのが悪いのだ、と大脳がブレーキを掛ける。
     オルフェーヴルの言っていること自体は何も間違っていない。ならば自分が恨むのは筋違いだ。そう結論付けると、不思議と体から怒りが引いていってしまう。

  • 8◆RYXCxVTzNc24/12/21(土) 23:56:08

     ……着々と自分の犬化が進行していることをトレーナーは感じた。なにより反抗したところで勝てるわけがないし。

    「たわけが」

     そんな彼を余所に、オルフェーヴルはつまらなさそうに息を吐いた。また雷を落とされるか、とトレーナーが肩を震わせる中で……彼女はゆっくりと、右手に着けていた手袋を外した。
     そして、まるでダンスに誘うように肌色の掌を伸ばして。

    「行くぞ」

     トレーナーの手を自分の手で包み込んだ。

    「……えっ」

     思考が真っ白になる、という感覚をトレーナーは初めて味わった。呼び込みをしている店員の声や、彼方からの車のエンジン音が遠く聞こえるような気がする。だが当然ながらオルフェーヴルの中の時間は止まっていないらしく、

    「早くしろ。これ以余の時間を浪費させる気か」

    「ちょっ……!?」

     彼女は繋がれたトレーナーの手をそのまま引っ張る。だがそれは、飼い犬のリードを引く時のような手付きだった。さっきと比べればずっと優しい。
     それでも、相手がウマ娘ということ、そしてやや歩幅が大きいオルフェーヴルに手を引かれたことで、トレーナーは少しこけそうになる。
     なんとか普段より足の回転を早めて追従しつつ、彼はおそるおそる口を開く。

    「あの……オルフェーヴル?これは一体……」

    「わからんかたわけが。貴様の脆弱な体よりも、ウマ娘の体の方が体温は高い。その体温を享受することを許している」

    「えっ、そんなっ!」

     自分ごときがオルフェーヴルのお手を……その温度を拝借するなど恐れ多い。そう思いトレーナーは繋がれてない方の手を激しく振る。

  • 9◆RYXCxVTzNc24/12/21(土) 23:57:34

    「そんな……お、オルフェーヴルは良いの?」

    「なんだ。不服と申すか」

    「め、滅相もありませんっ!でも、わざわざ手を繋がなくても良いんじゃ……手袋借りたりとか」

    「ほう。王の品を我が物にしようとするか。貴様、存外に強欲よの」

    「あっ、いやそんなことは!!」

     どんどんと墓穴を掘っていく羽目になっていき目がぐるぐるとする。……なにやら今日は、やること全てが空回りしているような気がする。
     不味い。ただでさえ既にスリーアウト手前なのだ。これ以上オルフェーヴルの機嫌を損ねるのは本当に不味い。
     九回死んだ末にどういうわけか奇跡的に生き残ることができたのだ。ここでヘマをするわけにはいかない。
     今の場面をゴールドシップやジェンティルドンナに見られたらどうなるかとか、手汗大丈夫だっただろうかなどの思考を脳の底に置くと……トレーナーは腹を括り歩き始めた。

     コツ、コツ、コツ。

     さっきまでは意識する暇がなかった、二人の足音が重なる音が聞こえる。

    「…………」

     ……元からお喋りといわけではないが、手を繋いでからのオルフェーヴルは静かなものだった。一先ずの嵐が去ったことを認識し、トレーナーはほっと息を吐く。

  • 10◆RYXCxVTzNc24/12/21(土) 23:58:40

     ……そうして、少し余裕ができたからか。

    (……柔らかい)

     オルフェーヴルの手の感触が改めて脳に届いてくる。
     暖かさを求めて触れたはずなのに、トレーナーが最初に抱いた感想はそれだった。
     オルフェーヴル。天上天下唯我独尊、関わる者全てをひれ伏せさせるような暴君ウマ娘。

     そんなイメージから想像もできないほどに、彼女の掌は綺麗だった。表面には荒れている部分など一つも無く、シルクのようにすべすべとしている。指は一本一本が骨の構造からして違うのではないかと思うほどにしなやかだった。
     何より、トレーナーが少し力を入れれば簡単に指が食い込んでしまいそうなほど、ふわふわで柔らかい。
     そして、どんな物よりも暖かかった。

     ……こんな手で先程まで自分の手を潰す勢いで握り締めていたのか、そもそもあの力強さと今の柔らかさの両立などあり得るのか、いやそれを成立させてこそ『王』だとでもいうのか。
     トレーナーとしてのサガでもあるか、ついトレーナーはあれこれと思考を巡らせ、何度か掌を握り直してしまう。

    「…………」

     ……そのことに、あのオルフェーヴルが気づいていないわけはなかった。
     だが彼女は僅かにトレーナーの方に向けるだけで……そのまま歩き続けていた。


     いつしか、二人の歩幅はぴったりと合っていた。

  • 11◆RYXCxVTzNc24/12/22(日) 00:01:07

    終わりです。オルフェーヴルの行動とか台詞とか、違和感があったら申し訳ないです。
    シオンのシナリオに王様が出てるから早く育成する時間が欲しい余。

    ここまでお付き合いしてくださった方がいましたら、誠にありがとうございました。

  • 12◆RYXCxVTzNc24/12/22(日) 00:03:35
  • 13二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 00:16:16

    おつおつ
    面白かった

  • 14二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 00:30:59

    ジャーニーの人やったか。よかったで

  • 15◆RYXCxVTzNc24/12/22(日) 01:23:28

    >>13

    ありがとうございます!


    >>14

    ありがとうです!前作も見てくださってたようで嬉しいです!

  • 16二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 08:25:21

    基本塩だけどほんの少しデレるオルフェは健康に良い

スレッドは12/22 20:25頃に落ちます

オススメ

レス投稿

1.アンカーはレス番号をクリックで自動入力できます。
2.誹謗中傷・暴言・煽り・スレッドと無関係な投稿は削除・規制対象です。
 他サイト・特定個人への中傷・暴言は禁止です。
※規約違反は各レスの『報告』からお知らせください。削除依頼は『お問い合わせ』からお願いします。
3.二次創作画像は、作者本人でない場合は必ずURLで貼ってください。サムネとリンク先が表示されます。
4.巻き添え規制を受けている方や荒らしを反省した方はお問い合わせから連絡をください。