【SS】人妻アヤベさんのふわふわハグハグ

  • 1◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:03:39

    「ただい、ま……?」
    「おかえり、なさい……」

     吐く息が白くなるような寒い夜。トレセンでの仕事を終えて家に帰ると、奇妙な光景が広がっていた。

    「パパおかえりー」
    「おかえり、お父さん……」
    「おう、ただいま……二人とも、なにしてるんだ?」

     コートも脱がずにリビングに直行すると、ソファに愛しい家族の姿が見えた。
     だが並んで座っているわけではない。愛する妻のお腹と背中に、かわいい娘たちがくっついている。まるでコアラの親子のように。

    「ママ、ふわふわなの!」
    「……ふわもふ」

     その例えもあながち間違いではなかったようだ。

    「あなた……」

     双子のウマ娘を体の前後に抱えた愛する妻……元担当のアドマイヤベガが、目で助けを求めてきた。

  • 2◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:04:12

    「ここ最近、急に寒くなったでしょう?」

     コートを脱いでハンガーに掛けながら、アヤベの説明に耳を傾ける。娘たちはまだ抱きついたままだ。

    「うん、俺も今朝慌てて冬物出した」
    「私も暖かい服を急いで出してきたのだけれど……」
    「……あー」

     今一度アヤベの服装に目をやる。模様の編み込まれた、青いローゲージのニットセーター。学生時代も似たようなのを着ていたはずだ。似合っていると思うと同時に、どこか懐かしさも感じる。

    「ふわふわ!」
    「ふわふわぁ……」
    「……血は争えない、か」
    「ちょっと、どういう意味よ」

     なんでもない、と手を振って、アヤベの追求を逃れる。
     つまりはこういうことだ。衣替えのあと、アヤベがお気に入りのセーターを着ていると、その手触りに娘達も食いついた。
     ふわふわのセーターに、母の香りと温もり。その心地よさから離れたくなかったのだろう。双子揃って、母のお腹と背中に抱きつきっぱなしになった。

    「ねぇお願いだから、そろそろ離れて……」
    「イヤっ! まだふわふわギューってする!」
    「……ぎゅー」

     今日一日ずっとこの調子なのよ、と、疲労の色濃い目で訴えるアヤベ。
     セーターを脱いで渡そうとか、他のふわふわで引き剥がそうとか、日中にもう試したんだろうな……そのアヤベの瞳を見ていろいろ察した。

  • 3◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:04:34

    「ほら、カストル、ポルクス。ママが困ってるから」
    「ヤッ!」
    「ん……」

     まいったな、と眉を寄せて小さく唸る。早くなんとかしなければ、と思案するように目線を動かすと、ふとリビングの時計が視界に入った。

    「……ベッドもふわふわだと思うぞ〜」

     そろそろ子どもたちは寝る時間。その事に気づいてベッドを引き合いに出す。

    「おふとん……」
    「……ふわぁ」

     効果はあったようだ。背中に引っ付いている妹のポルクスは、思い出したかのようにあくびを漏らす。

    「じゃあほら、パパといっしょにベッドへ……」

     そう言って、お腹に引っ付いている姉のカストルのほうへ腕を伸ばした瞬間だった。

     ━━バチンッ!

     突如鳴り響いたその音を最後に、一帯が静寂に包まれる。
     指先に走った衝撃が、冬の風物詩「静電気」だと理解するのに2秒ほどかかった。今シーズン初だったのだ。

  • 4◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:05:09

     おそらく、一日中セーターとハグハグスリスリしていたカストルには、相当な静電気が溜まっていたのだろう。全身どこに手を伸ばしてもバチンとくるくらい。音と衝撃に驚いて、双子たちは目を見開いて固まっている。

    「……」
    「……あ」

     自分にとっては今シーズン初の静電気。だが、娘たちにとっては、人生初の経験で……それが大人も驚くほどの威力で……。

    「……パパがぶったぁ……っ!」

     直前まで母を困らせていたというのもあって、そういう理解に至ってしまった。

    「うわぁぁん!!」
    「ちが、ちがうんだよ! これは静電気って言って……」
    「……ひぐっ、うう……わぁぁん……!」

     姉につられた妹も泣き出してしまい、より強い力でアヤベに抱きつき、涙でセーターを濡らし始める。

    「っ! あなた、乾燥してるのよ、早く手を洗って……あぁもういっそお風呂入っちゃって!」

     その間に寝かしつけるから! とアヤベが立ち上がって言い放つ。もうこうなってしまってはどうしようもない。

    「うわぁぁぁ……」
    「ごめんよぉぉ!!」

     寝室に向かって消えていく三人を、見送ることしかできなかった。

  • 5◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:05:26

    「……ごめん」
    「もういいから……」

     風呂から上がり、夕飯を終えても、口をついては謝罪の言葉が出てくる。子どもたちは泣き疲れて寝てしまったらしい。

    「不可抗力よ。明日にでも、静電気のことを教えてあげればいいわ」
    「そうだな……」
    「……あなたが急にぶつような父親じゃないって、私もあの子達もわかっているから」
    「……ありがとう」

     この話はおしまい、と言うように、ソファに並んで座る。食後のお茶一杯分、しばし夫婦二人の時間だ。

    「……ねぇ、血は争えないってどういう意味?」

     なんとか違う話題を出そうとして、思いついたのがそれだったらしい。アヤベがジトっと目を細める。

    「え? あー……ふわふわ好きも遺伝してるんだなって」
    「……そうかしら」
    「うん。バスタオルもふわふわじゃないと嫌がるし」
    「……知らなかったわ」

     アヤベとしては、ふわふわバスタオルは自分の好みのためにしていることであって、娘たちも好きだとは分かっていなかったのかもしれない。
     新婚の頃に買ったビーズクッション、あれもきっと気にいるだろう。ただ幼児には窒息の危険があるので、今は実家に避難させている。

  • 6◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:05:41

    「親子で同じものが好きって、悪いことじゃないだろ?」
    「そうだけれど……そういうあなただって」
    「ん?」
    「あなただって、好き、でしょ……?」

     そう言って、アヤベがおずおずとこちらへ両腕を広げる。口元をきゅっと結び、恥ずかしそうに視線を逸らしながら。

    「あ、アヤベ……?」
    「視線がわかりやすいのよ……バカ」

     それはふわふわだからではなくて、現役の頃を思い出す私服だからついつい目で追ってしまったんだ、とか。もしかして慰めようとしてくれてる? など、言いたいことがいろいろ浮かんでくる。
     だが、やるべきことははっきりしていた。アヤベの恥ずかしさゲージが振り切れる前に動かねば。

    「アヤベ……」
    「ん……」

     ゆっくりとアヤベの懐の中に収まる。両腕をアヤベの脇の下から背中へ回す。セーターのふわふわとした感触、ウマ娘特有のヒトよりやや高い体温……。

    「……あなたも物好きね」
    「……キミだからだよ」

     ほんのり体温が上がったような気がするのは、気づかなかったふりをしよう。
     それにしても……娘たちが夢中になるのもわかる。とてつもない心地よさだ。
     ふわふわの手触りに温もり……なにより、いい匂いがする。アヤベの首元あたりに鼻先を埋めると、匂いがより一層強くなり……。

  • 7◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:06:01

    「━━た……あなた、待って」

     これから、というところで、アヤベに背中を叩かれる。ここでお預けはあんまりじゃないか? と顔を上げつつ表情で訴えると、アヤベの目線が自分の背中の向こう、寝室のドアのほうにむけられている。

    「……あ」

     もしやと思い振り返ると、寝室のドアの隙間から、娘たちがこちらを覗いていた。
     しまった、夫婦のいちゃつきを娘たちに見られてしまった。またカストルに冷やかされる……と思ったが、娘二人はこちらの視線に気づいてもなお、ドアの隙間でもじもじと固まっている。
     どうしたのだろう。しばらく様子を見ていると、ポルクスが後ろからカストルのパジャマをぎゅっと掴んだ。それで意を決したのか、二人が出てきて口を開く。

    「パパ……まだ怒ってる?」
    「あ……ううん、怒ってないよ」

     ソファから降り、床に膝をついて娘たちを目線を合わせる。表情を務めて柔らかくしながら、穏やかな口調で語りかける。

    「ぶたれたと思ってびっくりしたよな、ごめん。でもさっきのはぶったんじゃなくて、静電気っていうんだ」
    「せーでんき?」

     双子が仲良く揃って首を傾げる。それに「そう」と答える。

    「冬って空気がカサカサしてるだろ? そうすると、体に電気が溜まっちゃうんだ」
    「……触ると、感電……?」

     ポルクスがぽつりと言う。間違ってはいない。

  • 8◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:06:17

    「ぎゅってできないの、やだ……」
    「イヤ……」

     二人がソファの前までやってくる。あんなことがあったばかりだ、感電と聞いて、スキンシップが怖くなってしまうのもわかる。

    「大丈夫。こうすればいい」

     そういって、グーの形にした手をゆっくりと二人に差し出す。二人は一瞬びくっと肩を震わせたが、後ろでアヤベが頷いてるのを見て落ち着いた。二人が同じように拳を突き出し、父親のそれとタッチしようと恐る恐る腕を伸ばす。

     ━━パチッ

     先ほどより小さな音が響く。衝撃も少なかったらしく、二人は「あれ?」という顔をしている。

    「静電気はグータッチならそんなに痛くないんだ。それに、一度バチっとくれば、しばらくは大丈夫」

     もう一度、と示すように拳を向ける。二人が再びグータッチをすると、今度は何も起きなかった。

    「……パパっ!」
    「……お父さんっ」
    「うおっ」

     顔をくしゃくしゃにした二人が、胸の中に飛び込んでくる。それをしっかりと受け止めながら、二人の背中に腕を回す。

  • 9◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:06:39

    「パパ大好きっ」
    「わたしも……」
    「っ、パパもだよ……」

     泣きそうなのをこらえるため、天を仰いで瞼をぎゅっと閉じる。

    「……ほら、もう寝ないと」

     父子の仲直りを見届けたアヤベが、娘たちの手を取ろうとしたとき。

     ━━パチ

    「あ」
    「あっ」
    「あ~」

     ふわふわのセーターで帯電していたのか、アヤベから静電気が走った。

    「……ママがぶったー」
    「ぶった~」

     さっきよりも相当弱い電気だったが、逆に子供たちのいたずら心を刺激した。カストルがニヤニヤしながらわざとらしくふざけ、ポルクスが珍しくそれに乗っかった。

    「こらっ、そういうこと言わないの。あんまりふざけてると、将来はゴワゴワのタオルみたいな大人になるわよ」
    「はーい、ママ」
    「ごめんなさい……」

     なにそのたとえ、と困惑するが、ウマ娘三人には通じているらしい。

  • 10◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:07:05

    「さぁ、今度こそ寝ましょ」
    「いっしょに寝る!」
    「みんなで……」
    「……しょうがないわね」

     二人で双子を片方ずつ抱きかかえ、四人揃って寝室へ向かう。
     普段だったら絵本を読んだり、星の話を聞かせたりするのだが、今日はいろいろあってもう遅い。ふわふわの毛布を肩までかけ、子守唄を口ずさんでやれば、子供たちはすぐ寝落ちた。
     すやすやと寝息を立てている子供たちを起こさないよう気を付けつつ、大人二人は静かにベッドから立ち上がる。

    「……おやすみ、私たちの一等星」

     寝室を出て扉を閉める直前、小声でいつものお別れをささやく。

    「お茶、淹れなおすよ」
    「お願いするわ」

     月が隠れて星降る夜……もう少しだけ、夫婦二人の時間だ。


    「ところでアヤベ……さっきのはどういう喩えなんだ……?」
    「カチカチの枕みたいなダメな大人になるって話?」
    「違うのが出てきた……」

     よくわからないけど、なんだかすごくよくない感というのは伝わってきた。

  • 11◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:07:18

    おしまい
    リスペクト:某好きすぎる人
    スペシャルサンクス:アヤベの子供、ウマ娘の双子になる概念をお持ちの皆様

    冬の静電気をテーマに幸せ家族模様を描いてみました。どなたかの好みにぶっ刺さればうれしいです

    ではまたどこかで

  • 12◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:07:30
  • 13◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:08:21

    どうでもいい裏設定

    ・アドマイヤカストル
    アヤベとトレーナーの娘、双子の姉のほう
    アヤベ妹(イモベさん)によく似た快活な性格。両親のことはパパママと呼ぶ。姉妹同市は名前呼び
    実は霊感がすごく強く、双子の守護霊と化したイモベさんのことがはっきり見えているし会話もできる
    なんだったらたまにイモベさんに体を貸している。元の性格が似ているので乗っ取られている間もほとんどバレない
    父の積極性を受け継いでいるのか、いろんなことに興味津々でアウトドア派
    名前の元ネタは双子座の兄のほう

    ・アドマイヤポルクス
    アヤベとトレーナーの娘、双子の妹のほう
    姉と違って穏やかな性格。両親のことはお父さんお母さんと呼ぶ
    いつも眠そうに目を細めているが、のちに生まれつき目が悪かったせいと判明。小学校入学と同じころにメガネウマ娘となる
    霊感はそこまで強くない。イモベさんも「なんかいるなー」程度に認識していた
    母のロマンチストな部分を受け継いでおり、オペラオーおb…お姉さんとの出会いでポエムの才能を開花させる。インドア派
    名前の元ネタは双子座の弟のほう。一般的にはポルックスだが、9文字に収めるためポルクス表記

  • 14◆WLsRZdbfdTE924/12/22(日) 23:08:56

    今度こそ終わりです。最後順番間違えちゃった

  • 15二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 23:10:46

    よくよく見たらこの子特徴的な顔つきだよな
    可愛い系でも美人系でも綺麗系でもない…ブサイクではないけど普通かと言われるとそれ以上な感じ
    人妻と言われやすい顔立ちって言ってしまえば年齢にしては老けて見えるとも取れちゃうからなぁ…

  • 16二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 23:18:10

    静電気って結構痛いもんな乙

  • 17二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 23:21:35

    静電気初体験でそうなるかー!って感じで目から爆鱗
    いろんな視点や発想が出てくるの素敵です

  • 18二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 00:26:22

    幸せ家族てぇて……

  • 19二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 00:27:53

    ええもん読ませて頂いた
    感謝

  • 20二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 00:33:01

    おつおつ、優しい雰囲気のSS癒されました

スレッドは12/23 12:33頃に落ちます

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