【SS】美浦寮シンボリルドルフ

  • 1二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 20:52:37

    「っう……」

    掠れた声を出しながらシンボリルドルフは身を起こした。
    さらさらとした唾液を飲み込み、不快感を通り越して痛みすら訴える腹を抑えながらも、痩せ我慢してどうにか笑顔を浮かべる。

    「空腹の時に食う服……これはいいな。くふふ、転禍為福としていきたいものだ」

    そう。
    新たな生徒会長は、腹を空かせて夜中に起き出してきたのである。

  • 2二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 20:52:59

    生徒会主催のクリスマス時期に行うパーティー。帰郷する生徒もいるため例年の参加者も多くないその会は、毎年寂しいものであった。
    しかしルドルフが会長になってからは、今までの行事の成果から現生徒会の評判が高まったらしく、今年の生徒参加率は七割を超える見込みとなった。

    その結果、生徒会はあのナリタブライアンが限界だと叫ぶほどの忙しさに見舞われていた。ちなみに現在エアグルーヴのトレーナーの部屋は埃どころか文字通り塵一つ落ちておらず、グルトレは部屋に帰る度に「俺がこの部屋で一番汚い気がする……」としわしわのピカチュウみたいな顔をしている。

    生徒会メンバーすらそんな有様の中でシンボリルドルフが楽をしているわけも無く、むしろ陰日向なくあらゆる行程を請け負って働いていた。
    そのなかで夕食を食べ損ねたものの一食程度なら、と床に就いたのがこのざまだ。

    夜中ではあるが何かしら腹に入れた方がまだよさそうだと、寝巻きに上衣をはおりながらルドルフは部屋を抜け出した。

  • 3二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 20:53:38

    「……う」

    微かな光を頼りに調理場までたどり着いたルドルフは、冷蔵庫の扉を開けて飛び込んできた光に呻いた。
    ぎゅ、と目をつむってからおそるおそる目を開く。入ってくる光量を絞りながら、適当な食材を探す。
    袋入りの茹でうどん……夜中に炭水化物というのも気が引ける。冷凍のグラタン……あまりにも空きすぎた腹には少し重い。にんじんやじゃがいももあるが、今から料理するとなると手間だ……。

    扉を見ると、卵がいくつか並んでいた。カロリー制限について話していた生徒を思い出す。そうだ、ゆで卵でも作ろうか。
    鍋に湯を沸かし、卵を入れて待つだけ───

    ぱしゃん

    軽い何かが割れた音。手から滑り落ちた重み。
    何のことは無い、手に取った卵を取り落としただけだった。
    しかし運が悪かった。ルドルフが構える前に。

    「誰だい、そこでこそこそしてんの、は……」

    冷蔵庫の光量にやっと慣れた目を焼くような蛍光灯の光とともに、美浦寮の寮長が現れたのである。

  • 4二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 20:54:13

    「──腹、減ってたのかい」

    目をしぱしぱさせるばかりだったルドルフは、驚くくらい素直に頷いていた。
    そんなルドルフの腕を引いて、ヒシアマゾンは歩く。ほどなくして、「座ってな」の言葉とともに肩に何かがかけられた。

    手探りで調理場の椅子に座り、無意識に肩にかけられたものをかき寄せる。薄目を開いてみれば、えりは黒く地は赤い、綿の入った半纏だった。アメリカ生まれの彼女だったが、似合うものを着ているという感想を抱いたのが不思議だった。

    そして目を開いたことで意識は覚醒する。
    こんなことをしている場合じゃない、現在進行形で夜中に迷惑をかけているのはこちら側だ。
    何かしなくては、と立ち上がろうとするが、視界の先のヒシアマゾンは職人のような動きで髪を縛り腕まくりをしていて、少し気後れした。冷たい指先で半纏の襟を掴んだまま、立ち上がれなかった。
    それでも汚したところだけは片付けないと、と思っていたのだが。

  • 5二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 20:54:33

    ヒシアマゾンは落ちた卵を通り過ぎた。棚から片手鍋を出し、水を入れて火にかける。強火にしたので、ガスが燃える音と鍋の底から泡が沸く音が聞こえ始めた。
    それをBGMにして、ヒシアマゾンはようやく卵の残骸を片付け始めた。

    文字通り不始末を拭われているのに、ルドルフはあまり情けない気持ちにはならなかった。その理由をぼんやり考えて、ふと思い当たる。
    もしヒシアマゾンがルドルフを座らせてから静謐の中で直ぐに片付けをしていたら。
    ヒシアマゾンが床を拭く音だけが聞こえる調理場の隅で、申し訳なさで消えてしまいたくなっていただろう。
    しかし、ヒシアマゾンはそれを鍋の水が沸くまでのついでのようにやってのけた。意図的にしろそうでないにしろ、そういうところが彼女が寮長として慕われている理由なのかもしれない、とルドルフは思った。

  • 6二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 20:54:55

    掃除をさっと終わらせて手を洗ったヒシアマゾンは、中華だしとコーンの缶詰を取り出して鍋の中に小気味よくぶち込んでいく。
    火を止めて取り出した卵をといて回し入れ、水で溶いた片栗粉を加えてしばし待ってからゆるりと混ぜれば、それで完成らしい。
    小皿にとって舐め、ひとつ頷いた彼女はスープを椀についで差し出した。

    「腹減ってたんだろ? 食べな」

    ルドルフはゆるゆると手を伸ばして椀を受け取った。
    スプーンを渡されていなかったので、行儀は悪いが縁に口をつけて黄金色のスープを啜った。
    舌が焼けるような熱さだった。しかし嚥下すれば胃に温かなものが落ちて、体が底から温まるのが分かった。飲み続けて熱さにも慣れてくると、卵とコーンのまろみのある甘さに包まれる。

    「有り合わせにしちゃまずまずだろ」

    ヒシアマゾンは自分のスープとスプーンを二本持ってルドルフの隣にやってくる。ガーッと椅子を寄せてルドルフの肩に自分の肩を優しくぶつけながら座り、ルドルフの椀にスプーンを差し込んだ。

    ず、とスープを啜ってすぐに口を離したヒシアマゾンはルドルフの方を見ずに「少し熱過ぎたかね」と呟いた。
    「そんなことは無い、美味しい」と言おうと口を開けた途端、声の代わりにルドルフは大粒の涙を流した。堤が崩れたかのように、涙は後から後から溢れてくる。
    声を出せば嗚咽まで出てしまいそうで、ルドルフはパカッと口を開けたまま黙り込んでしまった。

    無言ながら、ルドルフは慌てていた。
    何故私は泣いているんだ。ヒシアマゾンも困るだろうに。というか全然自分のキャパシティを超えていないのに。体力的にも精神的にもこれより辛い時期は絶対あったはずなのに。なんでこんなことで泣いているんだ私は。

    ルドルフはスープに涙が入らないように椀を体から離して、真剣な顔でぼろぼろ泣いている。口は開いたままなので少し間抜けな表情なのであるが、指摘する者は誰もいない。

    そんなルドルフの隣、ヒシアマゾンはルドルフが思うよりも落ち着いていた。
    なんてったって慣れている。

  • 7二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 20:55:17

    ヒシアマゾンはどの寮生からも慕われている。なかでもヒシアマゾンに似て、気質のカラッとしたウマ娘に懐かれやすい。しかし、そんなウマ娘も涙をこぼす時はある。
    むしろ、明るいタイプだからこそ涙を流す時は「違うんです姐さん違うんです、泣く気なんか、アタシ、うう、泣いたって何にもなんないって分かって、ング、わがっでんのにぃ〜〜〜」となんで泣いてるのか自分が一番分からないみたいな顔をしてわんわん泣くのである。
    それに比べれば声をあげないだけルドルフはマシなほうであった。あの会長が泣くのかと少しは驚きもしたが、涙というものは流した方が健康に良い。泣ける時に散々泣くのがいいだろう。
    そう思いながら、隣でスープを飲んでいた。
    シンボリルドルフは何も言わなかった。
    ヒシアマゾンも何も聞かなかった。

  • 8二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 20:55:35

    「──君の寛仁大度な人柄には改めて畏敬の念を抱いた。君だからこそ悩みを話せる寮生も多いのだろうな」

    片付けをしながら、まだほんのり赤い瞳でルドルフは笑った。ヒシアマゾンはルドルフの顔を見た。重たげな瞼の下で、濡れたまつ毛が束になっていた。
    彼女のファンが「なんて高貴な紫色でしょう!」と言っていた瞳は、夕にも宵にも染まず揺れ──

    ほんとうにさみしいときの人間の目をしていた。

    だから、抱きしめてやった。
    脇に手を入れて、背中に回す。ぎゅーっと。身体と身体の境目が分からなくなるくらい。ああ、これでは同郷の彼女の悪癖をたしなめられそうもない。

    「ひ、ひしあまぞん…?」
    「ホラ、アンタも手を回す」

    おそるおそるといったていで背中に手が回される。

    「アンタ、どこの寮のウマ娘なんだい?」
    「……美浦寮……」
    「じゃあ、これから困ったことがあればなんでもこの美浦寮長、ヒシアマ姐さんに言いな。必ずなんとかしてやるから」

    返事はなかった。ただ、ルドルフの頭は震えて、背中に回された腕の力が強まった。
    どれくらいそうしていたか分からない。
    気がつけば、ハグを解いて目の前に立つルドルフは瞳どころか顔全体が赤らんでいた。仕上がりは上々、これほど温まっていれば嫌な夢も見ず眠れるだろう。

  • 9二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 20:55:54

    「Sweet dreams」

    そのあどけない顔を見て思わず飛び出したのは、故郷でも言ったことの無いセリフだった。今度は慌てるのはヒシアマゾンの方だった。しかし、微笑んだ彼女からは、もっと信じ難いセリフが飛び出したのである。

    「I will never forget what you have done」

    大袈裟な物言いだったが、きっと嘘ではなかった。
    そして、本人すら気づいていなかったろうが、それは柔らかな断絶だった。拒絶ですらなかった。

    冷たく、しんと静まり返った調理場でヒシアマゾンは悟った。
    自分は今、人生の中でこのウマ娘に対する最大の親切を行ったのだ。

    そして、それはもう自分の手で塗り替えることは決してできないレコードになってしまったのである。

  • 10二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 20:56:28

    あれから生徒会長は完全無欠として名を馳せ、七冠という偉業を達成し、卒業後もウマ娘とレース界のために力を尽くし、歴史に名を刻むほどの偉人となった。
    その人生が決して寂しいだけのものではなかったのだろうと、分かってはいるけれど。

    それでも引退後故郷に帰ったヒシアマゾンは、寒い夜に時折あの日のことを思い出しては、ついでにあの濡れた頬にキスをして寝かしつけてやればよかった、なんて思うのである。

  • 11二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 20:57:06

    おしまい
    展開的にクリスマス前にあげたかったのでギリギリセーフ

  • 12二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 21:04:02

    渋い…
    感謝しているからこそのすれ違いと言うのはまだ大人になる前の若者であればこそ、と言う気がしますね
    良い話をありがとうございます

  • 13二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 01:37:56

    雰囲気好き

オススメ

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