- 1124/12/26(木) 00:42:46
今夜が特別だってことは、誰だって知っている。
模範的トリニティ生は勿論のこと、ゲヘナ、ミレニアム、それにきっと、レッドウィンターだって。
私、聖園ミカだって知っている。
一回も来たことのないレストランでは、小さくラジオが流れていた。何Hzかなんて普段聞かない私にはわからないけど、どのチャンネルに合わせようと、あんまり関係がないように思えた。
だってみんな、奮発して迎えたパートナーに夢中だし……
『今夜はホワイトクリスマスですが、みなさんどうお過ごしでしょうか。私は──』
内容は、どこだって同じだから。
今夜が特別だってことは、ラジオ局から天気の妖精まで、誰だって知っているのだ。
楽しげな彼等彼女等を横目に、私は一人、珍しいドリンクを嗜む。
ちらちらとノイズの走る街。窓枠に収まらぬ摩天楼を見上げて、ふと、化粧瓶みたいだと思った。
待ち人は未だ来ない。
夜は長いと言えども、そろそろ周りの目が気になりだす時間。
その筈なのに、私はと言えば、ある言葉で頭の中がぐるぐる。
そんなこと、気にもしていなかった。 - 2124/12/26(木) 00:43:29
「先生ってまるで、サンタクロースみたいだね」
あの時の言葉は本心だった。
だってそうでしょ? クリスマスの日に分単位でスケジューリングされている人なんて、私初めて見たもん。先生は鼻も赤くないし、じゃあやっぱり、サンタクロースしかありえないよね。
先生もやっぱり異常だとは思っているみたいで、少し苦笑いして言った。
「ごめん、夜の大分遅くまで空きそうにないんだ。だから……」
私の誘いが断られることなんて、わかっていた。夜ご飯のお誘いだなんて。その日だけはって考えてる人が、私だけじゃないなんて。
だから私は最初から、伏し目がちに言ったの。負け戦なんてしたくなかったけど、不戦敗はもっと嫌だから。
──先生が「だから」と言って、随分と時が経った気がして、私は口を開こうとする。それを見越したかのように、私が息を吸うその一拍で、先生は続けた。 - 3124/12/26(木) 00:43:57
「……だから、遅くなっちゃうけど、大丈夫かな?」
私はその言葉を限りに、息の吐き方を忘れてしまった。
微かに漏れた吐息さえ、意味を持った音にはならなかった。
「……ミカが嫌なら、断ってもらっても」
「行く! 絶対行く!」
「……そう。そんな反応してくれるなんて、私も嬉しいよ」
ああ、先生の柔らかな笑顔と比べて、私のそれはなんと俗な!
……なんて、仕方ないよね。私、それくらい興奮してたし。聖園ミカって、とっても俗っぽいお姫様だから。それだってチャームポイント、だよね? - 4124/12/26(木) 00:44:28
私はそんなこんなで、この特別切符を勝ち取った。約束の時間はなんと10時半。外泊申請は大変だったし、ホテルの予約なんて初めてだった。勿論、こんな時間に店にいるのも。
現在時刻は10時40分。先生が待ち合わせに遅刻するのも初めてで、今年も終わると言うのに、なんだか初物尽くしだった。
45分を回って、窓につけた頬が冷え切った時、待ち人はついに来た。
「ごめんねミカ、遅くなった」
呼びかける声に、慌てて振り向く。そこには、いつも通りの笑顔で、あの人がいた。
いつも通り、なんだけど、いつも通り過ぎて、私にはそれが違和感だった。
「ううん大丈夫。それより、大変だったでしょ?」
疑問にすらならない微かな違和感なんて置いといて、取り敢えず気遣うポーズをしてみる。
「そうだね、道も埋まっちゃって大変だ。美しいものには、棘がなくても用心しなきゃいけないなぁ」
先生は長めのコートを掛けながら、少しだけ、ストーブの側に寄る。そのままストーブに手をかざせばいいのに、私の目の前の席に着いて、一生懸命に吐息を吹きかけてる。
まったく、その通りだ。美しいものには棘がなくても、厄介なものが多い。
例えば、動作ひとつひとつに、心奪われてしまったり、とか。
──だからこそ、なんだろーね。
私、気づいちゃったの。 - 5124/12/26(木) 00:45:19
「ああ、サンタクロースみたいに、空が飛べればいいのにね」
そう言って、窓の外を見たあなたの横顔。
さっきまでなら、独り語ちたその言葉も、その目元も、雪は隠してくれたのだろうけど、
私、気づいちゃったの。
「ねぇ先生」
「──どうしてそんなに悲しそうなの?」
「……」
私の言葉に先生は、眉の一つも動かさない。
けれど、窓に映る瞬きが、いつもより少しだけ、長い気がした。
「……ほんの少し、疲れちゃって」
その言葉を聞いて私は、あの時の響きが何故消えないのか、わかった気がした。 - 6124/12/26(木) 00:45:43
『先生ってまるで、サンタクロースみたいだね』
ついて出た言葉だったけど、的を射ている。悲しいほどに。
サンタクロースの起源は、古代トリニティの教典に出てくる司教なのだという。だからこそその存在は、私に言わせるなら、如何にもトリニティらしい。
サンタクロースが与えるのは無償の愛。無償でなくては、ならない。対価を求めてはいけないのだ。
先生、あなたは助けを請われて、それを叶えて、それから、それから……
それから、一体どうするの? - 7124/12/26(木) 00:46:15
「ごめん、やっぱり忘れて。ミカとおいしいご飯を食べれば、きっと元気になるよ」
困り眉で笑う、やさしくて、寂しがりやなひと。
弱音を聞いて、どす黒くて、ぐちゃぐちゃした気持ちの、私。
あの人の孤独の深さに、誰も手を伸ばさないなら、
あの人が、対価を求めてはいけないのなら、
私が、私から……! - 8124/12/26(木) 00:46:51
私は口を開く。
『今夜私と、遊びませんか?』
声帯が震えるほんの少し前に、先生は言う。
「ほら、だって、ミカはいい子だから」
「ついでに私も、幸せにしてくれるはずさ」 - 9124/12/26(木) 00:47:41
──さっき、先生の言ってたことを思い出す。
だからさ、やっぱり、美しいものって、用心しなくちゃいけないんだよね。
ムーディな音楽も、淡い間接照明も、雪化粧も、今日という意味すら、
その言葉の前で、蛇足以外のなんだと言うの?
黒くて暗くて気持ち悪い感情が渦巻く私は、勿論いい子なんかじゃないし、
先生が救われるなら、それはついでなんかじゃなくて、劇的なものであるべきだし、
なんかもう、全部まったく理解できないけど、
私は、あなたの笑顔の前で、なんにも言えない。
あの人にとって、恋人は、サンタクロースになり得ない。
それなら娼婦がサンタクロースに、なれるわけがない。 - 10124/12/26(木) 00:48:37
「……せんせい」
馬鹿な考えをした私は、自己嫌悪の真っ最中。
けれど最新のお姫様は、泣かない、やめない、逃げ出さない。
救われるだけのヒロインなんて、今どき流行らないから。 - 11124/12/26(木) 00:49:22
「……私、先生が遅れてきたから、お腹空いちゃったー!」
先生は少し目を見開いて、驚いた顔をする。
……私のわがまま、久しぶりに聞いたんじゃない?
こんな軽口、あなたに言えなくなったのも、言えるようになったのも、全部、先生のおかげ。
今夜は絶対、教えないけどね。
「……そうだね、私もミカのために急いでたから、全然食べてないんだ。ミカのために、ね?」
先生も、中々言うじゃんね。
目の前の男の人は、いつもの微笑より8割増しくらいニヤついた顔で、多分それはきっと、私の鏡写し。あの先生とは思えない。 - 12124/12/26(木) 00:49:49
私には、あなたの枕を温めることも、暖炉の火を守ることもできないけれど。
あなたにとってはこのひと時さえ、自分のためではないのだろうけど。
せめて、楽しい仕事でいられるように、 - 13124/12/26(木) 00:50:10
このマフラーは、渡さないでおくね。
- 14124/12/26(木) 00:56:07
完結です。2時間で急いで書いたけど間に合わなかった……さようならクリスマス。
ミカが経験する、少し大人なクリスマス。クリスマスは色んなカタチがありますから、あまあまなのは他のssに任せましょう。
私事ですが、初めてこのカテにssを投稿してから丁度一年が経ちました。来年もまた、よろしくお願いします。
感想があれば嬉しいです。泣いて喜びます。
スレの残りは自由にお使い下さい! - 15二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 01:12:27
こういうしんみりしたの好きだ
ミカの言うわがままはご飯だけで渡したいものも伝えたい気持ちも我慢したのが切なくて美しい
先生は一人だけのものじゃないし、先生は一人の人間なんだよね - 16124/12/26(木) 01:16:41
原曲です。キリンジはいいぞ!
- 17124/12/26(木) 01:19:26
- 18二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 01:24:55
これは・・・・・・すごくいいやつだ(語彙力
聖園ミカの複雑すぎる内面をきちんと描写してあるのめっちゃ良き
あにまんミカじゃないちゃんとしたミカだ~ってなる - 19二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 02:02:23
このレスは削除されています
- 20二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 02:03:04
ブルーアーカイブ、それは神様のまねごとをする1人の人間の物語。
その人は、あらゆる人に寄り添いつつも、決して何者も寄せ付けない。誰にも理解されない、理解されてはならない孤独を抱えながら、今日も迷える子羊たちを導いていく。これまで歩んできた道程とその成果物としての自分自身を、道標として示しながら。
曰く、彼は迷える子羊たちを導く責任を負っているという。しかし、彼は神でもなければ、神の啓示を受けた預言者でもない。彼の行く先には、道標がない。彼が子羊たちに道を示すように、彼に道を示して導いてくれる者はいない。彼が導く者たちと同じように、彼も一匹の迷える子羊である。
彼はこの方舟の中でただ1人、神が死んだ世界を生きている。
ミカはもちろんのこと先生の描写もいい感じだったのでつい書きたくなってしまった
先生だって1人の人間だし、多分かなり若い方なんだよね
生徒を導くのが先生なら、先生のこの先の人生は誰が導いてくれるんだろうね? - 21二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 11:44:45
滅多に見られないまともなミカSSじゃん……
かんしゃあ - 22二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 11:55:41
オアアアアアア
とても良いSSをありがとうございます……