【SS】ドーの穴

  • 1124/12/27(金) 19:03:24

    ※原作ストーリーやキャラクターに対する独自解釈や独自設定、一時的な身体欠損などの描写がございます。
    読む際にはご注意くださいませ。

    また、放課後スイーツ部のイベントストーリー「-ive aLIVE!」を先んじて読んでおくことをお勧めいたします。

  • 2124/12/27(金) 19:05:09

    >>1

    綿飴のような、白く筋の通った丸い雲が浮かぶ、群青の空模様。

    その雲をじっと眺めていると、隣から聞き慣れた声がする。

    「どうしたのよ、急に止まって」


    どうやら、思わず足を止めていたらしい。ふんわりとしたトーンの声質で、惚けた表情のまま答える。

    「…あの雲を手に掴んで食べられるとしたら、どんな味がするだろうね」

    「いや、無理でしょ…そもそも、雲は目には見えるけど、実際にはそこには何もない訳だし」

    声をかけた金髪の子とは別に、黒髪で猫耳のある女の子が呆れながら目を細める。


    「だが、いつか時代が進めば、食べられる雲ができてもおかしくはないだろう…!それはまさしく、ロマンだとは思わないかね?」

    「ふふ、それはちょっと興味あるかも」

    ロマンという言葉に惹かれたのか、前を歩いていた”私”が振り返って笑いかけてくる。


    「見たまえ、ヨシミ、カズサ。アイリはロマンのことをよく分かっている。流石は放課後スイーツ部の部長だね」

    「うっざ!なんか腹立つ!」

    「はぁ…すぐ調子に乗るんだから」


    その態度が癪に触ったのか、ヨシミと呼ばれた金髪っ子は彼女にムキになる。反対に猫耳の子ことカズサは、やれやれといった感じで肩をすくめた。

    その光景を、終始困り笑いを浮かべながらも、”私”は楽しそうに眺めていた。



    「あはは…部長じゃないんだけどな…でもやっぱり──  


      


      ちゃんがいると面白いね」

  • 3124/12/27(金) 19:06:47

    >>2

    ────────────────────────────────────────────────────


    「────────」


    冷や汗と共に、栗村アイリは目を見開いた。今自分が見ていた光景が、現実には存在し得ない夢だったのだと、彼女は自室のベッドの上で思い知った。


    「…夢…」


    じっとりとした不快感の原因を左手の甲で拭いながら、その左手で耳障りな目覚まし時計のタイマーを止める。本来なら煩いだけのその雑音が、今のアイリにとってはある意味救いでもあった。


    「また、こんな記憶かぁ…もしかして、前とは違う症状なのかな…」

    どこか断片的な誰かの日常の記憶。夢の中で違う誰かになっているという話は、時たま耳に挟むこともなくはない。

    アイリが気にしているのは、その夢の中に自分と二人の友人がいて、記憶の中の主はどうやら自分達と密接な関係を築いていることだ。



    なのに──アイリには、その主の心当たりがない。

  • 4124/12/27(金) 19:07:22

    >>3

    もっと言えば、その会話をしたという記憶すらもない。

    そんな、知らない誰かが自分達と過ごしている様々な記憶を、アイリはここ最近の夢の中で何回か見ることがあった。


    「本当にいたりするのかな…でも、誰かわからないし…」


    更に言えば、夢の中の記憶にはある共通点があった。

    記憶の主である“彼女”の名前が呼ばれる度に、その名前がまるで虫に食われた穴のように途絶えてしまうのだ。


    ”ある“はずのものが”ない”というもどかしさを感じ、アイリは無くし物が何か分からない時みたいな焦ったさに頭を捻った。

    「う〜ん…まぁ、仕方がないかな…」


    とはいえ、どこまでいっても結局は夢の中の出来事。

    割り切って今日のことに集中しようと、アイリはカーテンを開けて陽の光を浴びた。


    「さ、切り替えて頑張ろうっと!」

  • 5124/12/27(金) 19:20:06

    >>4

    その後、トリニティ総合学園に登校し、授業を終えたアイリは、放課後に二人の友人との待ち合わせ場所である駅のホーム近くで待機していた。


    「おーい、アイリ」

    ふと声をかけられて、眺めていたスマホから視線をそちらへと向ける。

    黒い猫のような耳が頭から出ている生徒が一人と、ウェーブがかった金髪をツインテールにした生徒が一人。待ち合わせをしていた二人が登場し、アイリは思わず微笑んでしまう。


    「あっ、カズサちゃん、ヨシミちゃん」

    「ごめん、少し遅れちゃったけど大丈夫?」

    「うん、大丈夫だよ。私もさっき着いたところだから」


    猫耳の生徒ことカズサが軽く謝ると、隣の金髪の生徒──ヨシミがカズサの方をジロッと見る。


    「全く…カズサが今日買うマカロンを迷わなきゃ、こんなに遅くならなかったのに」

    「いやそういうヨシミだって、最初に提案したのはそっちじゃない」

    「う、うるさいわね!?私はすぐに買って出る予定だったのに、何であんなに長く迷ってたのよ!?」

    「いやぁ…限定新作をどっちかだけ選べって書かれてたらそりゃ仕方ないでしょ」


    気がつけば目の前で口喧嘩を始めてしまった所を、慌ててアイリが止めに入る。

    「あはは…二人とも、本当にそんな待ってないから、そこまでにしよっ。ねっ」

    「そ、そう…?まぁそれなら…ごめんヨシミ」

    「いや…こっちこそごめん」


    彼女が言葉をかけると、二人ともすんなり謝った。言ってしまえばこの光景も、割といつも通りのことだ。

    ちょっとしたことでぶつかったりはしてしまうが、すぐにお互い元の関係性に戻る。良い意味で後腐れがない関係でもあり、距離感の近いところがこの放課後スイーツ部の特徴とも言えるだろう。


    「それじゃ、早速行こっか。今日はどこの予定?」

    「えっと、確かヨシミちゃんが気になってるところがあるんだっけ?」

    「ふふーん、そうよ。今日行くのは…」

  • 6124/12/27(金) 19:23:15

    >>5

    ヨシミが二人に、スマートフォンに映したマップを見せる。赤いピンが立った所を、アイリとカズサが読み上げた。


    「…ここって」

    「ドーナツ屋さん?」


    「そ。リピート率が高いらしくてね。結構評判が良いのよ?」

    「ふーん…実際口コミを見た感じ、繰り返し行ってる人が多いのは事実みたいだね」

    「うん、載ってる写真も見たけど、美味しそう!」

    「でしょ?ほら、私が案内するから二人はついてきて」

    「分かった、じゃ行こ、アイリ」

    「うん。楽しみだなぁ、ドーナツ…」


    期待に胸を躍らせながら、ヨシミの後ろをカズサと共にアイリはついていく。



    「……?」



    ところが──アイリが頭をかしげたと思うと立ち止まってしまい、隣にいたカズサと前にいたヨシミが、その違和感にふと声をかける。


    「どしたの、アイリ?」

    「どっか痛い?」

    「う、ううん…えっと、何か忘れてる気がして…」

    「え?もしかして、また”例の”症状?」

    「どうだろう…ものじゃなくて、誰か人だった気がするような…」

  • 7二次元好きの匿名さん24/12/27(金) 19:25:19

    これは期待
    この三人…もしやナーツゥを御存じでない?

  • 8124/12/27(金) 19:34:04

    >>6

    誰かを忘れているのではということに心当たりも特になく、ヨシミとカズサもまた首を傾げた。


    「でもアイリ、私達以外に誰か誘ってたりとかしてたっけ?」

    「えっと…それはしてないと思う」

    「なら大丈夫よ。そんな不安がらなくても、私たちがいるから。ね!」

    「また何かあったらサポートするから。アイリはいつも通りでいいんだよ」

    「う、うん…ありがとう、二人とも…」


    二人の言葉にアイリはこくりと頷き、自身を奮い立たせる。彼女が不安がっていたのには、ある一つの事情があった。



    それは三ヶ月前ぐらいの事。


    ある日を境にして、アイリは深刻な記憶障害に見舞われていた時期があった。


    その日以前のことは覚えているのだが、それ以降の記憶が一日経つごとにリセットされてしまうというものだった。

    原因の特定もできず、直前の記憶も曖昧──何がきっかけで起きたのかさえも不明。


    当初のアイリは酷く狼狽し、削られていく精神力と共に徐々に衰弱しかけていたのだが、カズサやヨシミを始めとした様々な人の助力の元に何とかやりくりをし、どうにか立ち直っていった。


    更に、ここ最近ではその記憶障害も殆ど鳴りを潜め、元通りの生活へと戻りつつあった。

    これで大丈夫──そう思った矢先に来た先ほどの突然の感覚は、アイリにとっては久しいものでもあった。




    それでも、自分の隣には頼もしい二人の友人がいる。今では、シャーレの先生という頼れる大人もいるのだ。

    弱きになるまいとアイリは息を大きく吸い込み、そして吐き出す。

    「…よし!じゃ、二人とも。早速行こっ!」

  • 9124/12/27(金) 19:36:15

    >>8

    ドーナツ屋さんに到着した一行がカランコロンというベルの音と共に入店すると、そこにはすでに二名の先客がいた。


    「あれ、ヴァルキューレ警察学校の生徒じゃない?」

    「あ、本当だ…!」


    中務キリノと合歓垣フブキの二人が、既に店内でトングを片手にドーナツを選んでいるところだった。


    「あの、フブキ…私達まだ巡回中のはずなのに、どうしてドーナツを選んでいるんでしょうか?」

    「仕事の傍の糖分確保は大事でしょ?効率よく巡回する為にも、休憩を挟むのも必要なことだよ」

    「そ、そうですか…?それなら、大丈夫ですね!」


    「いやダメでしょ!?何言いくるめられてんの!?」

    呆気なく言いくるめられたキリノを見て、思わずヨシミが突っ込んでしまう。

    後ろから大声を出されて、二人はビクリと肩を震わせた。


    「き、聞こえてたんですか!?」

    「もろ聞こえよ!思いっきり職務怠慢してるじゃない!?」

    「まぁまぁ…ほら、君たちの分も買うからさ。ここは穏便にしない?」

    「えっ?まぁそれなら…いっか!」

    「なんでアンタもチョロいのよ」

    フブキに懐柔されたヨシミにチョップを食らわせながら、カズサが二人に質問する。


    「ま、今回は見なかったことにしとくとして…でも、この辺りでヴァルキューレの生徒ってあんまり見なかったのでつい気になって。お二人はここによく来るんですか?」

  • 10二次元好きの匿名さん24/12/27(金) 19:36:21

    ああそっか、ドー「ナツ」が欠けてるのか…

  • 11124/12/27(金) 19:39:57

    >>9

    「そうだよ〜。私としてはドーナツに目がなくてね。トリニティの中とはいえ、名店だから時々寄るんだよね」

    (さっき巡回中って言ってなかったっけ…?)

    側で聞いていたアイリが疑問符を浮かべていると、キリノがその理由を話しだした。


    「それはそれとして…実は、トリニティ近郊とシラトリ区の間の辺りで、ある変な噂が囁かれているんです。不審者の説もあるので、一応ということで私たちも確認しにきた訳です!」

    「え、何?噂って?」

    「あっ…い、今言ったことはなんでもないです!ただの機密事項です!」

    「バラした時点で機密もへったくれもないでしょ」

    時既に遅しというカズサの隣で、ヨシミがどこかにやついた顔をしながら、興味深そうに耳を傾けていた。


    「ふーん…ね、その話もう少し詳しく聞けたりしない?」

    「そ、そういうわけにはいきません…!」

    「ん?うーん、そうだねぇ…これ次第かな」

    「フ、フブキ!?」


    口を閉じたキリノの隣で、フブキが手でお金のサインを作ると、ヨシミはその手のひらに硬貨を3枚置いた。フブキはそれを握ると、もう片方の手でヨシミと握手した。


    「交渉成立って所ね」

    「こうして警察の賄賂は増える訳と」

    「あの…フブキ…もうちょっとこう警察官としての自覚をですね…」

    「でも、最初に話しちゃったのはキリノだし。それに言うほど重大な事態とも思えないし、別にいいんじゃない?」

    「…ヨシミちゃん、結局お金払ってないかな…?」


    あまりよろしくない取引をしたフブキとヨシミを約三名が困ったように見ていると、フブキは対価分の情報をこっそりと話してくれた。

  • 12124/12/27(金) 19:44:16

    >>11

    「トリニティとシラトリ区の間に、ちょっと大きめの公園があってね。その中に円形の広場があるんだ。真ん中には噴水があったりして結構良いスポットなんだけど…最近、そこで不思議なことが起きるんだってさ」

    「不思議なこと?」



    「まるで大きな錘をつけられたかのように、”体が重くなる”感覚に襲われた人がいるらしいんだ。で、暫くしたら元に戻るんだけど、徹頭徹尾近くには誰もいないんだって」



    「随分とオカルトに傾倒した噂ね…」

    「実は先程本官たちも行ってきたのですが、その時には特には何もなかったんですよ」

    キリノはそう言いながら人差し指と親指を顎に当て、考えるような仕草をしてみせた。

    「ま、そういった不可思議なことが起きるのも世の仕組みって所でしょ。そういうわけで、何も異常はなかったから、私たちはこれを買って巡回に戻ろうかなって思ってたんだ〜」


    「成る程。だが、お前たちが戻る先はこれから変更されるんだがな」


    「そうそう…ってエッ!?」

    「カンナ局長!?」


    振り返ると、そこには別のヴァルキューレの生徒が、ギザ歯を見せた不機嫌そうな顔でキリノとフブキを見ていた。一方の二人はといえば、カンナというらしいその生徒に気づかれたのが運の尽きと言わんばかりに、空いた口が塞がらずにいた。


    「連絡がつかないと思ったらこんな所でサボタージュに賄賂の受け取りとは…フブキ、こってり絞られるという覚悟を持った上でやったんだろうな?」

    「あはは〜…こりゃ終わったねぇ。じゃキリノ、一緒に逝こうか」

    「フブキィ!?」

    「キリノ、お前も一緒にいたなら止めるぐらいはできただろうが!というわけで、言い分なら本部で聞かせてもらう!では、失礼いたしました」

    そうしてカンナに引き摺られていくキリノとフブキを唖然とした表情で見送った三人は、やがて我に帰って顔を見合わせた。


    「…で、どうしよっか」

    「行ってみる?」

    「う、うん…気には、なるかも…?」

  • 13124/12/27(金) 19:52:18

    >>12

    フブキの言っていた特徴をもとに探すと、お目当てのスポットはすぐに見つかった。特徴的な噴水があったのが決め手となり、そこに着くまでそう時間はかからなかった。


    「ここか…確かに、これをバックに写真を撮るのも悪くないわね」


    聞いていたよりもずっと広い円形の広場は白いタイルが敷き詰められており、非常に綺麗に整えられている。中心にある巨大な噴水は、真ん中にある穴を取り囲むように水が輪に沿って吹き出したり止まったりを繰り返していた。


    「丁度ベンチもあるね。あそこで食べよっか」


    近くにある木製のベンチに三人で腰掛ける。そこでヨシミが、先程の収穫の入った紙袋を取り出して二人にその中身を一つずつ手渡す。


    「はい、これ」

    「ん、サンキュ」

    「ありがとう!」


    真ん中に穴の空いたプレーンのドーナツを、いっせーのせで全員一口頬張る。聞いていた評判通り見事な出来栄えだったドーナツからは、出来立ての仄かな暖かさと一緒に砂糖の絶妙な甘さが舌鼓を打つ。

    外はカリッと、中はフワッと。王道ながら満足感が非常に高い絶品だ。


    「こりゃ堪んないわ…」

    「ふふ、リピーターが多いのも頷けるね」

    「はぁ〜…幸せ…」


    そうして三人でその味を噛み締めていると、ヨシミとカズサのスマートフォンが鳴る。


    「ん?」

    「…あっ」

    「どうしたの、二人とも?」


    見ると二人の表情からは、どこからか木魚の音が聞こえそうなレベルで、魂が抜け落ちかけていた。その後徐々に青ざめていった後、二人はアイリに対して申し訳なさそうに頭を下げてきた。

  • 14124/12/27(金) 19:53:52

    >>13

    「ごめん…今日、追試だったの忘れてた…今、連絡が入ってきたわ」

    「私も…なんで二人して忘れてんだか…」

    「あー…えっと、今行けば間に合いそう?」

    「一応はね。だけど、せっかく待ち合わせして集まったっていうのに…ごめんアイリ」

    「ううん、大丈夫。二人は急いで行った方がいいと思うから、気にしないで」

    「ありがとう、ホントにごめん!お詫びにそのドーナツはアイリに全部あげるから!じゃ、また今度ね!」

    「えっ!?あっ、ちょっと!?」


    アイリがそこまでしなくてもと言う前に、二人は慌ただしく追試に間に合わせんと猛ダッシュで消えていった。暫く言い合いのようなものも聞こえていたのは、多分二人して気づかなかったのを悔やんだ故だったのかもしれない。


    「…どうしよっかなぁ」


    一人取り残されたアイリは、これからの予定を思いつくこともなく、ベンチの上で紙袋に入ったドーナツに手を伸ばす。

    一口一口齧りながら、それにしてもと空を眺める。


    今日は一段と風が心地よく、差し込む陽だまりも丁度良い塩梅の暖かさをくれる。太陽の光も、真上からやや西側に傾き、もう少ししたら夕日になる頃合いだ。


    「…何だか、眠くなってきたかも…」


    時には、こういう場所でお昼寝するのも悪くはないのではないだろうか。そんな風にうとうとと睡魔に誘われかけた頃には、ここであったらしい噂のことなど、アイリの頭の中からは殆ど消えかけていた。


    暫くして、噴水がある広場のベンチで一人の女子生徒が気持ちよさそうに寝ている光景を、通りがかった何人かが目撃していったのだった。

  • 15124/12/27(金) 20:25:17

    >>14

    ────────────────────────────────────────────────────


    「ん…?」


    手放した意識を再びアイリが自分のものにした頃には、辺りは暗くなりかけていた。

    日はすっかり落ちかけていて、今すぐにでも月が顔を出してしまいそうだ。


    「もしかして、ずっと寝ちゃってた?」


    慌てて周囲の自分の荷物を見る。見た感じ、何か物を取られたような痕跡は見られない。

    つい無防備な状態で長時間眠ってしまっていたことを、アイリは恥じていた。


    「良かった…次から気をつけないと」


    取り敢えずホッと一息つき、心の平安を保つためにも紙袋からドーナツを一つ取り出す。

    それを一口頬張ろうとして、アイリはふとそのドーナツをじっと見つめる。



    「…そういえば、この穴は何なんだろう?」



    何の変哲もないことがアイリは気になり、ウインクした状態で開いた方の目を近づける。

    普通に考えるなら、作る上での製法的な意味があるのではないかというのが一番最初に来る解だかもしれない。


    しかしアイリは、何となく穴の向こうを見つめながら、更にもう一つ突拍子もない疑問が浮かんだ。

  • 16124/12/27(金) 20:26:59

    >>15

    穴を通してでしか見えなくなった世界は、一見はさっきまで見ていた風景と同じかもしれない。

    でも、もしこの穴がただの穴じゃなくて、どこか違う所に通じているとしたら──この先にあるのは一体何なのだろう。



    もし──その先にあるのが、自分の知らない違う世界なのだとしたら?



    「…なんて、穴の向こうが違う世界なわけないよね」

    そうアイリが一人呟いた時だった。



    「随分と面白いことを言うんだね」



    ──その穴の輪郭の外から、ひょっこりと一人の女子が現れたのだ。


    「わあぁぁぁぁ!?」


    突然の来訪者の登場に、アイリは驚きのあまり飛び退いてしまった。

    手に持ったままのドーナツが目元から離れても、アイリの目の前にその子はいたままだった。

  • 17124/12/27(金) 20:29:07

    >>16

    淡いピンク色の髪を後ろで束ね、トリニティのセーラー服を着用している。

    とろんとしたような目つきと、先程聞いた独特でゆったりとした声。

    一言で言えば、”ゆるふわ”という印象を抱かせてくる子だった。


    ドーナツで狭まった視界の端から現れた未知との遭遇は、アイリを驚かせるには充分だった。

    「だ、誰…?」



    ところがその子も、アイリが自分に気づいたのが予想外と言わんばかりに、目をぱちくりとさせた。



    「…君には、私が見えるのかい?」

    「え?」



    その意味深な発言をしたかと思えば──徐々に女の子の瞼に涙が滲み始め、ポロポロと地面に溢れていく。

    目の前の少女が、自分と会うや否や泣き始めた光景に、アイリは困惑せざるを得なかった。



    「え、えっと…どうしたの?大丈夫?」


    一先ず話を聞こうと、アイリはその子に話しかける。

    すると、泣いていた少女は目元を腕で拭うと、仄かに笑った。


    「大丈夫…嬉しかっただけ。気にしないで」

    「そ、そうなの…?よく分からないけど…」

  • 18124/12/27(金) 20:47:58

    >>17

    今だに状況が掴めないアイリの隣に、ピンク色の髪の子はストンと座り込む。


    「何でもないよ。私はただの寂しがり屋さんみたいなものさ。

    ここ最近ずっと、一人ぼっちだったからねぇ」


    そう語る少女は、どこか虚空を見つめながら両手の指を組む。

    微かに彼女が浮かべたその笑みが、アイリにとってはどこか寂しさを秘めたものに見えていた。


    「…あ、あの」

    「?」

    「…私でよければ話を聞くけど…どうかな?」


    それを聞くと、彼女の表情が次第に明るくなる。


    「本当?」

    「う、うん。うまく聞いてあげられるかは分からないけど」

    「…ありがとう。君はきっと、とても優しい人なんだね」

    「そ、そうなのかな?」

    「きっとそうだよ。ねぇ、名前を聞かせてもらってもいい?」


    「名前?…アイリ。栗村アイリだよ」

    「アイリ…うん。よろしく、アイリ」

    「よ、よろしく…あなたの名前は?」


    自己紹介をしたアイリが、今度は彼女に聞き返す。

    すると、彼女は困ったように腕を組んだ。

  • 19124/12/27(金) 20:49:51

    >>18

    「名前?んー…どうだったかなぁ。実は、覚えてないんだよね」

    「え、覚えてない…?」

    「そう。まぁこの際、どうとでも呼んでもらって構わない。

    あ、”ドー”とでも呼んでもらっても構わない」

    「て、適当すぎないかな…?じゃあ、ドーちゃんって呼べばいいの…?」

    「うむ。ドーぞよろしく」


    あまりにその場で決めたとしか思えない名前を口にしながら、そのピンク髪の少女は両手でダブルピースを作ってアイリに見せつける。いまいちテンションがよく分からない子だ。


    「う、うん…それにしても、名前を覚えていないってどうして?」

    「実を言うと、名前を含めて記憶そのものが無くてね~。自分が何者かすらも分からないって感じなんだ」

    「そうなの!?」

    「そーなのだ」


    直近で記憶障害を患っていたアイリとしては、自分と同じく記憶を失った子に会うとは思わなかっただろう。

    どこかシンパシーを感じた故なのか、アイリはふと自分のことについて話し出していた。


    「…私も、少し前に記憶を失っていた時期があって」

    「ほう?それはまた奇妙な巡り合わせだね」

  • 20124/12/27(金) 20:51:38

    >>19

    「うん、何だか不思議な縁があるのかな。

    その時は、一日経つと昨日あったことがさっぱり頭から抜け落ちてたりしてて…でも、色んな人に助けてもらって、何とか乗り越えていったんだ」

    「…ふむ。それは人望の賜物と言うべきか──よほど君は、周囲の人に愛されていたのだろうね」

    「前の私なら、きっとそう思えなかったと思う。でも今は──そう思えるし、それが嬉しい」

    「…ふふ」

    「あっ、ごめん…つい自分のことを話しちゃって」

    「気にしなくていいよ。アイリのそういう顔、何だか私は好きだな~」

    「えっ?」


    ドーが自分の方を見ながら優しく微笑んできた為、アイリは火照るように顔に熱がこもっていくのがわかった。

    正面切って人から肯定されるのは、案外恥ずかしいものなのである。


    「まぁ何はともあれ、我々は仲良く”記憶喪失連合協会”の同士というわけだ。パチパチ〜」

    「あんまり嬉しくない協会名だね…」

    「それはそれとして。アイリ、君はさっき興味深いことを言っていたじゃないか」

    「え?何のこと?」


    「ドーナツを目に当てながら、”穴の向こうが違う世界な訳”とか言っていたと思うがね」


    「あぁ~…あはは、単に変な思いつきみたいなもので…何であんなよく分かんないこと考えてたのか…」

    そうアイリが、自分の言動が小っ恥ずかしいと言わんばかりに顔と手を振って否定した時。





    「…いや、寧ろ素晴らしい」

  • 21124/12/27(金) 20:54:18

    >>20

    ドーは椎茸のようになった目を輝かせてアイリを見つめ、右手でグッジョブのサインを作っていた。


    「…え?」

    「いやー、まさか私以外にそんな風に考える子がいたなんて…これは感動。まさしくロマンが叶った瞬間だ」

    「ロ、ロマン?」

    「うむ。ロマン。私はね、こういう事を語り合える友をずっと探していたのだよ。

    そしてその運命の瞬間にこうして立ち会えた。これを感動と言わずして何という!」

    「お、大袈裟じゃないかな…?それに、私の言った事なんてただの絵空事というか、空想というか…実際にはないものだと思うし」

    「ふむ…では逆に聞こう」


    「アイリは、何故それが”ない”と言いきれるのかい?」


    「え?」

    「確かに、普通に考えれば空想に過ぎないだろうね。”ただの時間の無駄遣い、現実じゃ有り得ない、科学的に不可能”…まぁ、大半の人はそう言うだろう」

    「そ、そうだね…」

    「しかし──世界とは不思議なものだ。この世の中には、理解が及ばない現象や存在に満ちている。

    そして人々は、それを完全には否定できない」

    「…?」


    「幽霊なんてありえないと言いながら、心霊スポットを怖がってしまうように。

    神様なんていないと言いながら、死にそうな時に縋り付いてしまうように。

    運勢なんて信じないと言いながら、おみくじの結果を覚えてしまうように。

    そして或いは──」


    そこでドーは指をパチンと弾きながら、アイリが手に持っていたドーナツを指差した。



    「その”ドーナツの穴”のように」

  • 22124/12/27(金) 21:11:36

    >>21

    「…???」


    あまりにも抽象的で、掴み所がない。

    辿り着く先が全くもって不明瞭なその話し方に、アイリは混乱して目を回しかけていた。


    「おっと、これは失礼。もう少し噛み砕いて説明しよう。

    さながら硬いビスケットを食べるようにね」


    ドーはそこで、ドーナツの真ん中にある穴を指差した。


    「もっとシンプルに行こう。アイリに一つ質問するなら──



    アイリから見て、そのドーナツの”穴”はあるように見える?」



    そう問いかけられたアイリは、一旦思考をゼロに戻す。言われたことにより単純に答えを返す。

    「うん…あるように見えるけど…」

    「なるほど。だけどアイリ、”穴がある”って言葉、変だと思わない?」

    「えっ?」

    「だってさ、穴の所って見えないし触れないし、穴そのものはただの空っぽな何もない空洞じゃん。

    なのに、みんなそれを”ある”って言うんだよ?」

    「…たし、かに?」


    「人間ってのは面白いことに、目に見えるものに飽き足らず、見えないものまで概念化して呼称するんだ。

    ”ない”ってことそのものが”ある”って感じにね。

    まるで、それで自分がその”ない”を理解したのだと、認識の範囲内に収めて支配したのだと言わんばかりに」

  • 23124/12/27(金) 21:33:40

    >>22

    「…でも、そうしないと説明ができないし、分からないままになっちゃうと思うけど」


    「そう。だけど、私はそれが真理だと思ったりもしてる。

    結局のところ、その”ない”が一体何であるのか、誰も本当の所は詳細には把握していない。

    人は自分が思っている程に、目に見えているはずのものをきちんと見てはいないんじゃないかってね」


    「成る程…」

    「逆に言えば、目に見えないものの中には、それが実在するなんてこともあるかもしれない。

    アイリが言った、穴の先の別の世界なんてないっていうのも、実は見えていないだけで本当はあるのかもしれない。



    私はそれを──”ロマン”と呼んでもおかしくはないと思っている」



    「ロマン…」

    「ロマンとは”空想”。ロマンとは”夢”。ロマンとは”心”。

    大人に近づくになるにつれ、徐々に考えなくなっていくその理想たちを、私は追い求めるのが好きなんだ」


    「そっか、ロマンかぁ…」

  • 24124/12/27(金) 21:34:42

    >>23

    そのワードに、なんとなく惹かれるものがある。

    自分にとってはあまり浮かばないものかもしれないが──ドーの言うそれを考えるのは、どこか楽しいのかもしれないとアイリはふと思った。


    「ふふ、ちょっと面白そうだね」

    「おぉ、アイリもそう思ってくれるのか。やはり私の慧眼に狂いはなかったね。

    しかし…そういったロマンを語り合うには今日はもう遅い。残念だが、君はもう帰った方が良いだろう…」


    そう語るドーの顔は、これでもう永遠に会えなくなってしまいそうな程、哀しい表情をしていた。

    どうやら、もうここにアイリは来ないのだと思っているのかもしれない。


    「そ、そんなに哀しそうな顔しなくても大丈夫だよ!また明日、ここに来るから!」

    「…本当に?」

    「本当。じゃ、それを約束するために…ドーちゃん」


    アイリはそこで、ドーの方に向き直りながら元気よく宣言する。



    「私と友達になろうよ。そしたら、私が来るって信じられるんじゃないかな」

  • 25124/12/27(金) 21:35:14

    >>24

    「友達…」


    その響きがよほど気に入ったのか、ドーはコクリと頷いて返す。


    「勿論。アイリと友達になれるなら、私は嬉しい」

    「ふふ、じゃ決まりだね」

    「友達のロマン、これにて達成!」

    「それもロマンなんだ…」


    そうして不思議なロマンチストことドーと出会ったアイリは、再びこの噴水の広場で会う約束をし、「また明日」の挨拶でその日は解散したのだった。

  • 26124/12/27(金) 22:01:42

    >>25

    翌日。

    ホームルームが終わって放課後になった所で、アイリは早速例の場所へと向かうことにした。

    すると、廊下に出た直後に、カズサとヨシミが待っていた。


    「あ、お疲れアイリ」

    「お疲れ様、二人とも。どうしたの?」

    「いや、その…昨日途中で私たちだけ離脱しちゃったじゃない。

    それのやり直しってことで、アイリの行きたい場所に一緒に行こうかなって思ってね」

    「な、成る程…」


    そこでふとアイリは、今日行こうとしていた場所にいる彼女のことを思い出す。

    友達というのは多ければいいって訳じゃないかもしれないけれど、私が彼女に紹介するくらいなら大丈夫ではないだろうか。

    そう考えたアイリは、せっかくなのでと二人に提案する。


    「それなら、丁度行く場所があるから、二人も一緒に来てほしいんだ」

    「もちろんいいけど、どこに行くの?」

    「昨日行った噴水の広場は覚えてる?二人と別れた後にその場所である子と出会って、仲良くなったんだ。

    今日も会う予定をしてたんだけど、もし来てくれたら二人とも仲良くなれないかなって…」

  • 27124/12/27(金) 22:02:52

    >>26

    「へぇ…どんな子なの?」

    「えっと…結構不思議な子って感じ?時々難しいことを言うけど、優しくて面白い子だよ」

    「ふーん、ちょっと興味あるかも。じゃ、行ってみよっか」

    「うん!」


    カズサとヨシミから了承を得たアイリは、噴水の広場へ向けて足を進めていった。



    噴水の広場に到着したアイリを、例のベンチの近くでドーは快く迎えてくれた。


    「やあやあアイリ、待ってたよ。…ん?そっちの二人は?」


    首を傾げたドーに、アイリは自分の友達であることを説明する。


    「えっと、私の友達。こっちの金髪の子がヨシミちゃんで、こっちの黒髪の子がカズサちゃん。

    良ければ、私を通して友達になれないかなって…」

    アイリが二人を紹介しようとした矢先──



    彼女以外の全員が、複雑そうな顔を浮かべていた。

  • 28124/12/27(金) 22:03:29

    >>27

    カズサとヨシミは、アイリがしていることがよく分からないといったような、若干戸惑った表情。

    ドーの方は、こうなることに何故自分は思い至らなかったのかという、やや虚ろで寂しげな後悔の表情。


    ファーストコンタクトが思った通りのものではない歪な状況に、アイリも徐々に焦りが生まれ始めた。


    「え、えっと…どうしたのみんな、そんな顔して?」


    そこで最初に口を開いたのは、ヨシミだった。


    「アイリ…その、今から言うことで気を悪くしないでほしいんだけど、いい?」

    「え?う、うん…」


    「アイリがいうその友達──





    私には、誰もいないように見えるんだけど」

  • 29二次元好きの匿名さん24/12/27(金) 22:04:49

    ナツが無いからドーの穴なんだろうか…

  • 30二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 08:08:59

    ナツだけ別次元にいる?

  • 31124/12/28(土) 08:31:42

    >>28

    静寂が、全員の間に流れた。

    アイリにとって、その言葉が脳内で理解するまでになるには、少しばかり時間が必要だった。

    それでも最終的に呑み込んだ内容から、彼女の中で最初に起きたのは感情の錯乱だった。


    「…誰も、いない?」

    「うん…アイリ。私にもそう見えてる。そこには、誰も居ないんだ」


    側にいたカズサもヨシミの言葉に同意する。それが意味するのは、本来であればありえないはずの現象だった。


    「…そんな…じゃあ」


    アイリの視界には三人。カズサとヨシミの視界には二人。

    瞳に映る人数の差が埋まらないまま、アイリは愕然とした。

    二人が嘘をついているとは思えない。恐らく、二人にとってはそれが真実だ。


    では、アイリの真実は。彼女の瞳に映っている光景は一体何なのか。



    「…私にしか、ドーちゃんは見えていない…?」



    視線が泳ぎ、安定しなくなっていくアイリに、ドーが躊躇い気味に答える。


    「ごめんね、アイリ。昨日、もし君に話したら逃げられちゃうんじゃないかと怖くなって、話さなかったことがあるんだ」

  • 32124/12/28(土) 08:33:47

    >>31

    「どういう、こと?」


    ドーは、口にするのも憚られるとばかりに内に秘めていたその事実を、恐々としながらもアイリに告白した。


    「私は人間じゃない。本当なら誰にも見えないはずの、実体のない意識だけの概念みたいなものなんだと思う。

    分かりやすく言えば──幽霊みたいなものだ」


    それはまさしく──昨日彼女と話した内容そのもの。

    ドーは──”ある”のに”ない”、認識のしようがないはずの存在だったということだった。

    そういえば昨日、彼女は泣き出す直前に微かだがこう言っていた。



    ────「君には、私が見えるのかい?」と。



    「…嘘」


    アイリが肩から下げていたバッグが、音を立てて地面に転がる。


    「じゃあ、どうして──なんで私にだけ、ドーちゃんが見えているの」


    震える唇から零れた疑問に対して、ドーもまた困ったように目線をそらす。


    「それは…私にも分からない。私のことを認識したのは、アイリが初めてだったんだ。

    正直、私も誰にも気づいてもらえないんだってずっと思ってたから。


    だから──私は嬉しくて。自分が人間じゃないって、気づかれたくなくて黙っていたんだ」

  • 33124/12/28(土) 08:35:30

    >>32

    「……ッ」


    今の現状を否定したくなる。疑って、本当は違うと叫びたくなる。

    アイリは奥底の本能が働きかけたのか、ドーに恐る恐る手を伸ばしていく。

    彼女たちの手が、触れ合うように重なる瞬間。



    アイリの手は、彼女の手をするりとすり抜けた。



    実体があるはずと証明したかったはずのその行動が──皮肉にも、実体がないことを証明してしまった。


    「……!?」


    アイリは──呆然としてしまった。

    昨日話したばかりの人が、実は自分以外の誰にも見えないということ。

    二人で話していた、空想を肯定しても良いんじゃないかという話を何故彼女がしたかったのか、そこでようやく理解した。



    彼女自身が──一種の空想であり、肯定されることを望んでいたのだ。




    気まずい雰囲気に包まれた広場の中、その沈黙を最初に破ったのはカズサだった。


    「…取り合えず、まずは落ち着こう。そこにベンチもあるし、一旦状況を整理しよっか」

    「…うん」

    「そうね…」

  • 34124/12/28(土) 09:04:52

    >>33

    席に三人で座ると、ドーはその近くでベンチに寄りかかる感じで立っていた。

    アイリとしては彼女の分のスペースを確保してあげたかったのだが、ドーの方からそれを断られた。


    「無理にしなくていい、アイリ。元々、そのスペースは実体を持つ君らの為のものだ」


    そう返事をして立ったままの彼女に、アイリは歯痒さを感じてしまう。


    「…さて。じゃ、一先ず整理しよう」


    そんなアイリを横目で見ながら、カズサが話を進めてくれる。


    「昨日私たちがいなくなった後、アイリはここでそのドーっていう子と会った。それで仲良くなるまでに至って、今日また会う約束をしていた。

    そして、その子と私たちが仲良くなれると思って、約束の場所に私たちも誘った。


    …だけど、実際に来て分かったことは、アイリにしかその子が見えないし、声もアイリにしか聞こえないってこと。

    あと、さっきのアイリの動きを見た感じ、多分触ることもできなかったんだよね?」

    「そう、だね…」

    「アイリから見て、その子はまだ近くにいるのよね?」

    「うん、近くにまだ立ってる」

    「うーん…何というか意味不明な状態ね…」


    両腕を組んで頭を捻るヨシミの側で、カズサは更にアイリに質問する。

  • 35124/12/28(土) 09:06:36

    >>34

    「他に何かその子から聞いてる?住所とか、どこの学校とか」

    「それが…実は”ドー”っていう名前もその時適当に決めたようなものみたいで…本当は、何も覚えてないみたいなの」

    「え、それって記憶喪失じゃないの?アイリもちょっと前にそんな風になってたけど」

    「うん、そうなんだ。だから、妙に親近感があったのかも」

    「そうなると、ますますもって誰か分からないじゃない…」

    「あ、でもトリニティの制服を着てるから、私たちと同じ学校に来てたのは確かだと思う。

    見た目は…ピンク色の髪をしてて、ふわっとした雰囲気をしてる」


    「そっか…分かった。一先ずありがとう、アイリ。


    じゃ、話を進める前に──」


    そうして一つ息を吐き、目を閉じたカズサは──座っていたベンチに余白を作ろうと、ヨシミの方へと寄っていく。


    「え、ちょ、カズサ!?」

    「ヨシミ、もう少し寄せないと。じゃないと──



    そのドーって子が座れないでしょ」

  • 36124/12/28(土) 09:08:17

    >>35

    「「え?」」


    アイリとドーが、その言葉に同時にあっけにとられる。

    ヨシミはと言えば、最初こそ寄ってきたカズサに何事かと動揺していたが、その言葉を聞くと大した事なさそうに受け止めた。


    「…あ、そういうことね」


    そして、二人してベンチに一人分の余白を作り出した。

    見たり聞いたり、果てには触ることもできない認識外の子のために。


    彼女達は、さも当然のように席を空けたのだ。


    「あの、カズサちゃん、ヨシミちゃん…」

    「ん?」

    「どしたのアイリ」

    「その子がいるってこと…信じてくれるの?」


    アイリのその問いかけに、二人はキョトンとした顔をした後、当たり前のように答える。


    「そりゃ…まぁ」

    「そうだけど?」

    「…………」


    正直、今二人がやっている事は異常に見えても可笑しくない。

    そこに本当にいるかも分からない存在を、いとも容易く彼女達は受け止め、それを前提として動いたのだから。


    「ど、どうして?私が嘘をついてるとか、からかってるとか…」

  • 37124/12/28(土) 09:10:14

    >>36

    そこまで言いかけたアイリに、二人は同時に大きな溜息をついた。


    「あのね、アイリ…あんたがそういう事を言う子じゃないって分からないほど、私達バカじゃないわよ」

    「そっ。アイリがいるって言うなら、そこにいるんでしょ?まぁ、ヨシミだったら疑ったけど」

    「は!?」

    「アイリが私達に嘘を言ったり、からかったりしたことはなかったし。

    だとすれば…きっと何かしらの原因があるのかも。

    前にも空が赤くなって大騒ぎになったことがあるから、存外何が起きても否定できないんだよね」


    そんな二人の返答が予想外だったのか、アイリとドーは二人して暫く固まっていたが、次第に顔を見合わせ、思わず笑みを零した。


    「ふふっ…」

    「ちょっ、アイリ!そこで笑うのは酷いわよ!?」

    「あ、ごめん…正直信じてもらえるとは思ってなかったから、嬉しくてつい…」

    「当然でしょ、友達だもの。

    さて──ドー、だっけ?取り敢えず座りなよ。

    まぁ、私とヨシミにはあんたがいるのが見えないんだけど…」


    そうぶっきらぼうに言いながら、カズサが空いたスペースを手で軽くトントンと叩く。

    ドーはカズサの仕草に微笑みつつ、そのスペースに腰を掛けた。


    「──アイリ。君はやはり愛されているんだろうね。良き友を得ているようだ。

    それにしても、本当の意味で”幽霊部員”になってしまうとは…これには私も予想外だ」

    「”幽霊部員”って…自分から言っちゃうんだね…」

    「え、ドーがそう言ってるの?自虐ネタじゃないそれ?」

    「…なんか思った以上にユーモラスだね、そいつ」

  • 38124/12/28(土) 09:11:38

    >>37

    かくして放課後スイーツ部には、幻の4人目である”幽霊部員”が新たに加入した。

    アイリを通してドーの発言を聞けば聞くほど、カズサとヨシミにはよりこの事態の信憑性が増していくのがわかった。


    というのもこのドーという子なのだが、口調や考え方、態度がとにかくクセが強いのだ。

    空想やロマンを語る哲学的な一面があるかと思えば、あからさまにこちらをからかってくるお調子者のような時もある。

    そのからかいをアイリから聞く度に二人は苛ついて「こいつぶん殴ったろうかな…」とできもしないことでキレるものだから、騒がしいことこの上なかった。


    しかし面白いことに、アイリからするとこの四人の時、全体のバランスが絶妙に噛み合っているようにも感じた。

    いつもなら事あるごとにカズサとヨシミは口喧嘩が始まるのだが、なんだか彼女がいるとその喧嘩の矛先が上手いこと彼女に向き、そしてギスギスとした空気にならないように逃させているように見える。

    まるで苦味辛味をうまく中和し、穏やかにしてくれるミルクみたいに。



    「ふぅ…聞けば聞くほど変なやつね…正直どつけないのが腹立つわ」

    「全く。いつか実体で出てきたら覚えてなよ、多分そこにいるあんた…」

    「おぉ〜、怖い怖い。いやはや、概念でいるのも悪いことばかりじゃないね」

    「あはは…あんまり言うとあとが怖いよ、ドーちゃん…」

  • 39124/12/28(土) 09:45:03

    >>38

    そうして気がつけば、持ち寄ったスイーツ入りの紙袋は底をつき、夕日も見え始めた頃になっていた。


    「さすがにそろそろ帰ろっか…そういえば、アイリは昨日もドーとここで会ったんだよね。普段はどこにいるの?」

    「そういえば…ドーちゃんは帰る場所ってどこなの?」


    しかし彼女は、首を横に振ってその質問を否定する。


    「私はどうやら、ここから出られないらしい」

    「出られない?」

    「無理にここから出ようとすれば、私の体は透け始めるんだ。

    おそらく、この広場から出れば──私はきっと消えてなくなる。そんな予感がある」


    残念ながらと肩をすくめたドーの浮かべた笑みは、アイリから見るとどこか作り笑いのようにも見えた。


    「そう、なんだ…カズサちゃん。ここからは出られないんだって」

    「…そっか」


    自分の行きたい場所に自由に行けず、広場の中で誰にも見つけて貰えないまま一人ぼっち──どれだけ寂しくて辛いものだろうかとアイリはふと想像し、胸の奥が縮むような恐怖を覚えた。

  • 40124/12/28(土) 09:46:53

    >>39

    それを察したのか──ドーはアイリを気遣ってか、ふっとため息をつく。


    「やれやれ、アイリ。君はどこにもいないであろう”私”の為に哀しんでくれるのかい?

    ”悲観主義者は穴を見る”なんて誰かが言ったみたいだけど…君は本当に心のそこから優しいんだね」

    「だって…私にとってあなたはいるって思えるから。もし自分がそうだったらって考えたらとても怖くなる。

    二人はどうかな…?」


    側にいる二人にそのことを話すと、先ほどとは打って変わってバツの悪い顔になった。


    「そうね…もし自分がそうなったら流石に辛いと思うわ。カズサ、あんたなら耐えられる?」

    「無理だと思う。最初はなんとかできてても、そのうち人肌が恋しくなってアウト」

    「だよね…」


    四人の間に、どこか陰鬱とした雰囲気が漂い始める。それでもアイリはなんとか元気を出そうと呼びかけようとした。


    「でも、ここに私達が来ればまた会えるよ。だから、また待ってて──」

  • 41124/12/28(土) 09:47:37

    >>40

    それを遮ったのは──突然彼女の脳裏に走った鋭い頭痛だった。


    「うッ…!?」

    「アイリ…?どうしたの、急に頭を抱えて…?」

    「ご、ごめん…なんだか、目眩が…ッ…」


    そのまま彼女は、体勢を崩してよろめきかける。


    「アイリッ!!!」


    慌ててカズサとヨシミがそれを支え、側にいたドーも心配そうにアイリを見つめる。


    しかしその当人であるアイリは、脳内に突然、白昼夢のようなものが流れ出すのをただ受け止めるしかなかった。





    「なにか──見える、ような──」

  • 42124/12/28(土) 09:48:48

    >>41

    ────────────────────────────────────────────────────


    「  、常々思うけど、あんたのその発想力ってどっから出てくるの?

    ま、聞いてて飽きないから別にいいんだけど」

    「ふっふっふ…ヨシミ。大事なのは何を見るかじゃない。

    どう見るかなのだよ。視点一つで、全てのものはあり方を大きく変える」


    彼女はヨシミに半ば教師のごとく講釈を垂れる。側で聞いていたカズサが、それをジト目で眺めている。


    「んー…でもあんたの持つその視点ってやつが、私達には難しいんだけど…」

    「まぁそうかもしれない。私も言ってみただけだしね」

    「思った以上に適当だったわ」


    するとそこで、隣で”私”がその視点について提案する。


    「それなら、  ちゃんが何かお題を出して、それを皆で考えるのはどう?」

    「へぇ、それはちょっとありなんじゃない。ちょうど暇だし。  、なんかないの?」

    「うーむ…急に言われると出てこないよ」


    そうして暫く考えていた彼女は、やがてひとつ思いついたワードを口にする。


    「じゃあそうだね…ホットチョコレートの如く、熱くて甘〜いもの…




    “友情”なんてどう?」

  • 43124/12/28(土) 09:50:38

    >>42

    ────────────────────────────────────────────────────

    「アイリ、大丈夫!?聞こえる!?」

    「ちょっと、これまずいんじゃないの!?」


    意識が再び覚醒する。僅かな時間、アイリは自分が強い睡魔に襲われていたのだと自覚する。

    カズサとヨシミに抱きかかえられている状態から、彼女は淀んだ意識の中からなんとか立ち上がる。


    そこで、アイリはドーを──”私”は”彼女”を見ていた。


    「……ドーちゃん」

    「…どうしたの、アイリ」


    自分のことを不安げに見つめていたドーに対し、アイリは乾いて掠れ切った口をなんとか湿らせ、言葉を紡ぐ。



    「私達──前に会ったこと、ある…?」



    「…?」

    「アイリ?」

    「どうしたのよ、急に…」


    側の二人に手を借りながら、アイリは自分が見ていた夢について想起する。

    夢の中にあった記憶の持ち主──その正体について、彼女は大方確信がついていた。


    「私、今さっき見たんだ──ドーちゃんの記憶を。



    ”本当の名前”で呼ばれてた、あなたと私達が一緒にいる記憶を」

  • 44二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 18:13:53

    (愉しく読ませていただいてます…)

  • 45124/12/28(土) 19:10:54

    >>43

    ─────────────────────────────────────────────────────


    「「夢の中の記憶で、知らない誰かが私達と一緒に話してたァ!?」」


    アイリが最近見ている夢の出来事を話した途端、二人は素っ頓狂な声を上げる。

    それもそうだろう。カズサもヨシミも、そんな過去の記憶を微塵たりとも経験した覚えはないのだから。


    「それで、その知らない誰かの口調や振る舞いが、今アイリの見ているドーっていう子と酷似していると…つまり、夢の中でアイリが見た記憶の持ち主がドーだってアイリは考えてるってこと?」

    「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!他人の記憶を夢の中で見るなんてことが起きるの!?

    そもそも、私はそんな風に話してたっていう心当たりがないし…」

    「ましてや、こっちはその持ち主を認識すらできていないというね。

    まるで、夢と現実の合間が無くなっているような感覚を覚えるんだけど」


    こうなると、どうにも偶然とは思えない。一方で、この現象を簡単に否定する気にもなれない。


    「でも、アイリが見てる幻にしては…ちょっとドーのキャラが濃すぎるよね。いやまぁ、疑うつもりは無いんだけど…」

    「ってことは、──記憶を無くしているのは、アイリやドーだけじゃなくて…」



    「…ドーちゃんに関わってる全ての人から、関連する記憶が無くなっている…?」

  • 46124/12/28(土) 19:12:18

    >>45

    「──そして私は、自分自身の記憶も名前も失い、人ではない名もなき概念となり果てている」


    そこで全員が、姿なき彼女も含めて顔を見合わせていた。

    この不可思議な全ての事柄は──きっと一つに繋がるものであると。

    そういう予感が全員の中に芽生えていた。



    もし──ドーは元々は人間で。

    三人に本当の名前で呼ばれていた友達で。



    それが何かのきっかけで──彼女だけが記憶から消し去られたのだとしたら。



    アイリだけが見えている状況は、そのきっかけの時に同時に起きた異常事態からなのではないかと。




    「・・・こんなことってあるの?」

    「アイリの言うことを信じるなら、目の前にあるんだと思う」

    「…本当なら、私の見間違いって言われてもおかしくないけど…」

  • 47124/12/28(土) 19:14:49

    >>46

    アイリは、側にいたドーを見る。自分の存在が何であるのか見失いつつあり、怯えた表情になりつつあるドーにアイリは安心させるようににこりと笑う。


    「アイリ、私は…」

    「大丈夫。私は私の友達を──否定したくない」


    「分からないことばかりだけど…私は、ドーちゃんが本当は私たちの友達だったことを信じる。

    きっと本当の名前があって、私たちにその名前で呼ばれていたことも。

    だって…誰にも見えない概念だなんて思えないほど、ドーちゃんは生きているように見えるもの」

    「アイリ…」

    「それに──



    “ない”ように見えるだけで、”ある”ものだって存在する。

    ドーちゃん自身が言っていたそれは──きっと嘘じゃない」



    「──こういう時、うちの部長はカッコイイんだから」

    「本当。惚れ惚れしちゃうわよね~」

    「ふ、二人とも、私は部長じゃないって…」

    カズサとヨシミが後方理解者面をしながら頷くのに慌てるアイリだったが、実際アイリの存在はそこにいるはずであろう誰かにとって、何よりも心強かったのかもしれない。

  • 48二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 19:16:13

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  • 49124/12/28(土) 19:19:14

    >>47

    「…もし、アイリの言う通りだというのなら。私はみんなと友達だった時の本当の名前を持つ私になりたい。

    本当の名前で私のことを呼んでほしい。


    それが──今一番ほしいロマンだ」


    「…わかった」


    ドーのその願望を聞き届けたアイリが、それを断るはずもなかった。


    「見つけるよ、ドーちゃんの本当の名前。そしてあなたを人間へと戻して見せる。

    それが、友達である私にできることだから」

    「…そこは”私達”って呼んでほしいかな、アイリ」

    「そうよ、二人だけで話進めないでよね」

    「あはは…ごめん。それじゃ、カズサちゃん、ヨシミちゃん。

    正直方法も当てもないことだけど…手伝ってもらっていいかな?」

    「もちろん」

    「仰せのままに、ってね」


    「…ありがとね、三人とも」


    それが、放課後スイーツ部が交わした、彼女たちの無謀ともいえる挑戦の合図。

    手がかりは、きっかけとなった噴水の広場。アイリから見える彼女の特徴。

    そして、ドー自身が持っていたと思わしき記憶。




    数多の謎を抱えながらも、”ない”を”ある”へと変えるために彼女たちは動き始めた。

  • 50124/12/28(土) 19:41:36

    >>49

    一先ず、ドーの姿と本人の記憶が分かるアイリはそれを元に聞き込みを、カズサとヨシミは例の噴水の広場やトリニティ総合学園の生徒名簿などを調べることにした。


    アイリが見た記憶の中には、自分たち”四人”が入った店や会った人物などがいる。その中に、アイリと同じくドーを知っている例外がいないかと考えたのだ。


    噴水の広場に関しては、彼女が滞在せざるを得ない場所という関連からであり、生徒名簿に関しては制服からトリニティの生徒ということが分かっているため、照らし合わせることが可能だ。


    しかしながら、その結果は──




    「聞き込みに関しては空振り、かぁ…」

    「まぁ、誰にも見えない幽霊みたいな子って言って知ってる方が逆におかしいわよね…」


    約束をしてから三日後。アイリ、ヨシミ、カズサが集まったカフェの一画。

    情報交換の場では、アイリがやるせなくテーブルに突っ伏していた。

    特に大した収穫が無かったのは一目瞭然だろう。

  • 51124/12/28(土) 19:43:58

    >>50

    「噴水の広場に関してはどうだったの?」

    「前に聞いてた、”体が重くなる”っていう噂以外は特に変なことは無かったわ。

    生憎、監視カメラとかもついてなかった場所だったから」


    「……ちょっと待って」


    その噂をヨシミが口にした段階で、カズサはケーキを刺すために持っていたフォークの手を止める。



    「その”体が重くなる”っていう噂だけど…私たち、それって遇ったっけ?」



    「…そういえば遇ってないわね…」


    記憶を振り返ってみると、確かに最初にそこにやってきたのはその噂がきっかけだった。

    にもかかわらず、全員そこに来る際に噂の現象に見舞われた事は未だ無い。


    「もしかして、原因がドーだったからとか?そのことって聞いたりした?」

    「えっとね、聞いてみたけど『私は特に関与してないよ』って…」

    「じゃあ、噂の現象が私たちに起きなかった理由は、ドーじゃない別の要因ってことになるわね」

  • 52124/12/28(土) 19:45:38

    >>51

    「でも、完全に無関係ってこともないかもしれないし、一応追ってみてもいいかも」

    「そうね…カズサの方はどう?生徒名簿のチェックしてみて何か分かった?」


    ヨシミがカズサの方に促すと、そちらも頭を横に振る。


    「こっちもダメ。学校の生徒名簿を見せて貰ったけど、そのドーっていう子の姿や特徴を持った子はいなかったよ。

    名前が違うから照合もできなかったし」

    「うーん…難しいね」

    「写真とかあればなぁ…せめて顔とか立ち絵が分かると人にも聞きやすくなりそうだけどね」

    「アイリ、ちょっと似顔絵とか描けたりしない?」

    「え?そ、そんなにうまく描けるかな…」

    「やらないよりはましじゃない?ほら、今度広場に行ったときにでもモデルを頼んでさ」

    「…分かった、できる限りやってみるね」



    するとそこで、カフェの入り口のドアが開く。

    入ってきた二人の生徒の片割れを見て、カズサが意外そうな反応を示した。



    「あれ、宇沢じゃん」

  • 53124/12/28(土) 20:00:55

    >>52

    入ってきた生徒達の正体は、トリニティ自警団の宇沢レイサと守月スズミだった。

    カフェの中の一席に座っていたカズサを見ると、レイサはびっくり仰天といった感じに声を張り上げてしまった。


    「きょ、杏山カズサ!?どうしてここに!?」

    「レイサさん、店内ではお静かにお願いします」

    「す、すみません…」


    側にいたスズミがレイサを注意しつつ、座っていた放課後スイーツ部の面々に気兼ねなく話しかけてきた。


    「こんにちは、皆さん。今は休憩中ですか?」

    「どうも、スズミさん。ちょっとした会議って所ですね」

    「会議?何か、お悩み事でもあったんですか?」


    レイサが興味津々の様子になっていることを、ヨシミがなんとなく察する。

    そこで何かを思いついたらしく、アイリの方をちらっと見た。

  • 54124/12/28(土) 20:02:05

    >>53

    「ま、そんなところ。アイリ、せっかくだし話してみたら?この際人手は多いに越したことはないでしょ?

    自警団の二人なら私たちのことも知ってるし、思い切りも時には必要って感じで」

    「そ、そうかな?じゃあ…大分不思議な話だと思うかもだけど…」




    「アイリさんにしか姿が見えない、幽霊みたいな子がいる!?」

    「しかも、その人の本当の名前と人間への戻し方を探していると…」


    当然の如く、二人とも最初に聞いたときには意味をすぐには理解できず、なんとも微妙な顔つきになった。


    「そ、それっていわゆる怪奇現象ってやつじゃないですか…!?」

    「そんな感じ。ま、その本人が自分のことをうちの部の『幽霊部員』って言ったりするらしいけど」

    「自分から言うんですね、それ…」

    「アイリも同じこと言ってたわよ」

    「はは…二人から見ても、やっぱりおかしい話に聞こえるよね」


    「それはまぁ、そうですが…私から見ても、皆さんがからかっているようには見えません」

    「もしかして、何か理由があるのでしょうか?」

  • 55124/12/28(土) 20:03:55

    >>54

    レイサとスズミが重ねて聞いてきたので、アイリは自身の夢のことを打ち明けた。


    「うん。実は…私たち、本当はその子とずっと一緒にいたんじゃないかって。

    最近、その子の持っていたらしい記憶を夢の中で見るんだ」

    「夢の中でですか!?」

    「しかもアイリが言うには、私もカズサもその子を本当の名前で呼んでいたらしいのよね」

    「まぁ、その名前のところだけ空白になっているらしいんだけど。おまけに、そんなことをした覚えはないし」



    「──待ってください。それはつまり、夢の中のその記憶が本物と仮定したうえで、皆さんは動いていて──」

    「杏山カズサやヨシミさん──私たちさえも含めて、その子のことをみんなが忘れているってことですか!?」


    「うん。今の私たちは、そう考えているのかも」

    「あ、頭が痛くなってきました…」


    話のスケールが一段階上のレベルだったこともあり、レイサの脳は情報量のパンクに耐え切れず若干ショートしかけている。

  • 56二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 20:19:12

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  • 57124/12/28(土) 20:21:06

    >>55

    「原因などは判明しているのですか?」

    「現状ではまだ何とも言えなくて…何より情報が少ないし、調べようがないんだ」

    「成る程…」


    スズミは目を閉じながら少し考えるような仕草をし、やがて何かを決めたように目を見開くとアイリに向き直った。


    「────分かりました、協力しましょう」

    「そうですね…………


    えっ!?」


    なんと、スズミは自ら手を貸すと名乗り出てくれたのだ。

    隣で頭を抱えていたレイサも、脳のパンク状態から復帰したのかそれに同意する。


    「わ、私も行きましょう!ここはみんなのヒーロー、宇沢レイサの出番みたいですので!」

    「それは嬉しいし、ありがたいけれど…どうして?」

  • 58124/12/28(土) 20:26:17

    >>57

    アイリが二人に問いかけると、スズミとレイサは少し間をおいた後にそれに答えてくれる。


    「人々の悩みに寄り添い、助けになるのが自警団の務めだと思いますから。それに──」

    「他ならない友達のアイリさんのお悩みですからね!なら、動かない理由なんてありません!

    お、お化けはちょっと怖いですけど…」


    「だってさ、アイリ」

    「ほらね、話して正解だったでしょ?」

    「…そっか」


    アイリはそこで改めて自覚する。自分はきっと、自分自身が思っている以上に周囲から信頼されているのかもしれないのだと。

    例えどんなに信じがたい話であろうと、彼女たちは疑わずに信じて動いてくれるのだと。


    それは──彼女自身が気づかずとも、普段から積み上げてきた”人望”が齎した結果の一つだった。


    「…そうだね。ありがとう、二人とも!」

    「いえ、お気になさらず。私たちにも力にならせてください」


    そこでスズミは、スマートフォンでトリニティ自治区とシラトリ区内にある、その噴水近くのマップを拡大表示する。

  • 59124/12/28(土) 20:27:44

    >>58

    「とりあえず、アイリさんと同じく彼女を見たことがある人がいないか探してみます。

    自警団として各地を回った関係で、知り合った人に当たることは可能でしょう。

    足を使うことならばお任せください」


    「となれば、分担して回った方が効率的かもしれませんね!」

    「そうですね。では、レイサさんは西の地区を。私は東の地区に行ってみます」

    「はい、お任せください!」


    「そしたら、北と南は、私とカズサでそれぞれ別れてやる感じ?」

    「うん、それでいけると思う。アイリはどうする?」


    「私は、カズサちゃんの見ていた生徒名簿を見てみるね。

    実際の姿を知ってる私だと、はっきり確かめられると思うから」

    「じゃ、そこは私と立ち位置の交代か。一応ってこともあるから、入念にやっておいていいと思う」

    「分かった。よし…それじゃみんな」



    「どうか、よろしくお願いします!」



    アイリのお願いに全員が頷いた後、カフェから出て解散した一行は、各々の担当する役目を果たそうと動き始めた。

  • 60124/12/28(土) 20:50:17

    >>59

    ─────────────────────────────────────────────────────


    それから一週間が経った頃。



    「やぁ、アイリ、お疲れ様」

    「こんばんは、ドーちゃん」


    もうすぐ夜になる日暮れの景色の中、アイリはその日も噴水の広場へとやってきていた。

    ここ一週間、アイリはずっとこの噴水へと通い詰め、少しでもドーが寂しくないようにとアイリなりに会い続けていた。


    「すっかり暗くなっちゃったけど…大丈夫かい?」

    「大丈夫、この時間までなら平気だよ」

    「そっか、それならいいけど」


    広場に立てられていた街灯が、徐々に瞼を開いていく。

    灯されたその視界に晒されて、アイリは眩みそうな目を思わず手で遮った。


    「今日はどうだったの?」

    「…ごめん、今日も特には」

    「まぁ、そう簡単にはいかないだろうね~」

  • 61124/12/28(土) 20:51:05

    >>60

    レイサやスズミも含めた協力体制の元、ドーの名前や正体などを突き止めようと動き続けていた放課後スイーツ部一向だが、一週間くまなく探しても効果は無かった。

    ちなみに、アイリが描いてみた似顔絵に関しては四人とも心当たりはなく、アイリは半分は自分の絵が下手だったからではないかと内心がっくりしていた。


    「アイリの似顔絵は上手かったと思うけど。私の個性的な見た目をよく捉えていたし」

    「そ、そうだったかなぁ…」

    「うむ。あまり気に病むと体に毒だよ」


    被写体であったはずの本人にフォローをされてしまい、これにはアイリも思わず苦笑いをしてしまう。


    一方の彼女は、暗に支配されていく夜の傍に浮かぶ月を、ぼんやりと眺めていた。


    「とはいえ、思った通り厄介だね。アイリは疲れてない?

    せっかちにならず、ゆとりを持ってやってね。休憩のご褒美タイムは大事だよ〜?」

  • 62124/12/28(土) 20:52:42

    >>61

    「あ、ありがとう。でも大丈夫だよ。まだまだこれからだと思うしね!」


    ドーの気遣いに応えるかの如く、アイリはグッと両手の拳を握ってみせた。

    それをみて、ドーは思わず「おぉ〜」と感嘆の声を漏らす。


    「アイリは強い子だねぇ。よしよし、本当に休みたくなったらいつでもここに来たまえ。


    例え私が君に触れられなくとも、確かな温もりを与えてみせよう」



    「ふふ、その時は頼らせて貰っちゃおうかな!」

    「にへへ」


    どこか大胆不敵に胸を張ったドーに、アイリはほんの少しだけ勇気を貰った気がした。

    やはり、こんなにも感情豊かで気配りが利く子がいないだなんて到底思えないし、思いたくもない。


    「因みに、今の所は他に何か策はあるの?」

    「実は明日、シャーレの先生に相談してみようと思うんだ」

  • 63124/12/28(土) 21:09:52

    >>62

    「シャーレ?先生?」


    その二つのワードに、ドーは心当たりが無いようだ。以前の彼女であれば、どこかで彼とは顔を合わせていてもおかしくはないのだが、その記憶も失われてしまったのだろうか。


    「えっとね、いろんな学校の生徒からの要望に応えて助けてくれる、大人の先生がいるの。

    あの人ならきっと、この問題を解決する糸口を見つけてくれるかもって」

    「ほう…そんな人が。でも、最初からその人に頼らなかったのには訳があるのかね?」


    「あはは…先生はいつも忙しそうにしててね。

    言った通り、あちこちの生徒さんのところに行くから、この話をしに行くにも流石に気が引けちゃって。

    もし頼むなら、私たちのできる限りのことをしてからにしたかったんだ」

    「あくまで最後の頼みの綱として、か。律儀だねぇ」


    最も、先生に話せばきっとこの話を真剣に聞いてくれるという確証が、アイリにはあった。

    その上で、彼女は彼女なりに、ただ頼りきりになるのは嫌だったのだろう。

  • 64124/12/28(土) 21:12:54

    >>63

    「明日、直接シャーレに行って話す予定にしてるんだ。

    ドーちゃんのことを覚えているかは分からないけど、やれるだけやってみようと────」


    そう、アイリが言いかけた時だった。




    明滅が、辺りを包んでいく。


    光を放っていた街灯が、一つ、また一つと消えていく。かと思えば、激しく点滅を始めた。


    広場の中を、明暗が目にも止まらぬ早さで交差していく。



    「て、停電…?」

    「…にしては何か妙だ」



    カチ、カチ、カチ、カチ。

    灯された明かりが光っては消え、アイリの影が現れてはいなくなる。


    その不気味さに、異様な寒気が背筋を這う。

    今自分たちがいる場所そのものが、まるで別次元の異空間であるかのように。

  • 65124/12/28(土) 21:14:05

    >>64

    「…アイリ」

    「…ドーちゃん?」


    ドーの声色が、焦りを滲ませるものに変わる。一足早く、彼女は何かに感づいたようだった。



    「離れた方がいい──この広場から一刻も早く」



    「え───」



    地面が徐々に鳴動する。

    街灯が消える。

    広場が黒に覆われる。



    その時だけ、少しばかり長く続いた暗闇の一角で──




    アイリの横を”それ”がすれ違う。

  • 66124/12/28(土) 21:15:38

    >>65

    彼女が持っていた”ある”ものを一つ奪い、通り過ぎてゆく。



    再び灯った照明が、その顛末を映し出す。

    そこに描かれた風景では──




    左腕の半分、前腕の部分を失くしたアイリが立ち尽くしていた。




    「…あ」


    遅れてやってきたのは、痛みだった。

    皮膚の内側の肉に、熱く焼けた鉄を押し付けるような激痛。

    突然来訪したその痛みは、アイリを混沌の渦へと叩き落とした。



    「あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

  • 67124/12/28(土) 21:16:45

    >>66

    失った左腕の残った部分を、反射的にアイリは爪が食い込むほどに握りしめる。

    絶え間なく襲いくる神経からの信号が、脳にその危険性をこれでもかと訴えかけてくる。


    「う──ッ──あぁ──あああ───」

    「アイリッ!!!」


    顔面を蒼白にしたドーが、慌てて駆け寄ってくる。

    しかし彼女は──失われた左腕を見た瞬間、ピタリと動きを止めてしまう。


    「アイ、リ…?」

    「…ッ…ドーちゃん、どう、したの───」


    同じく左腕に視線を向け──アイリは絶句する。



    「───え」



    左腕は、まるで鋭利な刃物に削ぎ落とされたかのように、綺麗さっぱりなくなっていた。

    だが、命を繋ぎ止める役割を果たしてくれる、貴重な血液が流れ出すことはなく。




    代わりにそこには──白く光る”穴”がぽっかりと虚を晒していた。

  • 68124/12/28(土) 21:32:56

    >>67

    「血が、でない…?それにこの穴は…?」


    自身が受けた傷の不可解な点を確かめようと、アイリは元凶が通り過ぎた先を垣間見た。



    「──何か、いる──」



    そこにいたのは───一言で言うならば”管”だった。



    光さえも吸い込んでしまいそうな程に黒く、人の身長をゆうに超える大きさの深い穴。

    その穴を先端に侍らせた、ガラスのように透明で蛇の如く長く巨大な管。

    反射する光によって、その輪郭が微かに追えている状態だった。


    そんな得体の知れないチューブのような奇妙な存在は、全身を蛇行してくねらせながら、広場の中を這いずり回っていた。


    脳が理解を拒んでいる。あれは理解してはいけない、知ってはいけない。

    そういう類のものではないのかと──理性が必死になって本能に叫んでいた。




    「────走るんだ!!!」

    「!!!」




    その命令が足に伝わるや否や──ほぼ同時に二人は走り出した。

  • 69124/12/28(土) 21:34:19

    >>68

    広場の外に向けて、一目散に、がむしゃらに。

    肺はいつもより多く酸素を求め、怯えて竦んだ爪先を無理やりに前へと押し進める。


    「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!!」


    後ろに目を配る余裕はない。ただ今は、この身に降りかかった危機から逃れる事だけが頭にあった。



    しかし、並走して広場の外へと逃れようとした二人には──やがて、徐々に差がつき始めていた。



    「!?」


    変化が現れたのは──ドーの方だった。



    「ドーちゃん!?」

    「ハァッ、ハァッ…やっぱり、こうなる、か──」



    彼女の足の歩幅が、数センチずつ狭まっていく。

    その体は不透明度を失っていき、アイリはドーが本当に幽霊になっていく様を見せつけられている気がした。



    やがて二人は──広場の外と中を分ける、円形状の広場の外周で区切られたように隔たれていた。

  • 70124/12/28(土) 21:35:24

    >>69

    「早く──ドーちゃん、こっちへ!!!」


    円周の外から、アイリは残った右手でドーを掴もうとする。

    しかしその右手は彼女に触れる事なく、そこでドーは力なく膝を折って前かがみになっていた。



    「無理だ、アイリ──私はここから出られない」

    「そんな、駄目だよ──このままじゃ!」



    ふと、ドーをみるために振り返ったアイリが顔を正面へと向けた瞬間、すぐそこに”それ”が迫っていた。



    「後少し、ほら、すぐそこだから──ねぇ、お願い──お願いだよ……早く…」



    大きく空いた穴が、コチラを覗き込むようにゆっくりと迫る。その先は、誰にも見えないはずのドーを定めていた。

    そして上から捕食するかの如く、大きく空いた先端の穴を彼女の上空へと置いた。


    アイリはそれを自らの手で邪魔する事などできはしないのだと悟ってしまった。

  • 71124/12/28(土) 21:36:28

    >>70

    「あ…………」



    駄目、連れて行かないで。

    私の友達を拐わないで。



    そう叫ぼうとしてもできない喉に叫びを詰まらせ、アイリはドーを必死に繋ぎ止めようと右手を伸ばす。

    その手も虚しく空を切り、掴みたかったその誰かに届くことはなかった。



    「──アイリ」



    繋がれないままに重なった手の中で──ドーは何故か笑っていた。




    「…どう、して…笑って──」

    「アイリ、気にすることはないんだ。元より存在しなかった意識がただ消える。それだけのことさ」

    「あぁ、でも。もし一つあるとするならば──




    約束を、してくれるかい」

  • 72124/12/28(土) 21:38:05

    >>71

    「約、束…?」

    「うん。もしできるなら──私とアイリのロマンを、忘れないであげて。

    それがきっと、いつかアイリを助けてくれるから」

    「ドー、ちゃん…」



    「…ここでお別れだ。私を見つけてくれてありがとう。本当に…嬉しかった。




    それじゃ──バイバイ、アイリ」




    その言葉を最後に──彼女とアイリの右手を、”それ”が呑み込んだ。



    「あ、あぁ────────────」



    透明な管の怪物は、目的を果たすとそのまま地面から地中へとすり抜けながら進んでいき──最後には、どこにもいなくなった。

    「…………」

    伽藍堂になった暗い噴水の広場の端で、虚ろな瞳のままに揺蕩っていたアイリは──




    そのままあっけなく、意識を手放してしまった。

  • 73124/12/28(土) 21:54:10

    >>72

    ─────────────────────────────────────────────────────


    「どうして、こんなことになったの──」

    「分からない…そもそもアイリはなんであそこで倒れて──」



    ぼんやりと、聞きなじんだ声が鼓膜に響く。だが、その声が誰のものだったかすぐに思い至らない。



    (この声…誰だっけ…そもそも、私はどうしたんだろう…?)



    「カズサ、アイリから何か聞いてた?」

    「特には…でも、ここの所よくそこに通っていたのは知ってるけど」



    徐々に意識が覚醒していく。と同時に、自身に起こった出来事が脳内で鮮明に蘇っていく。



    (確か──広場で何かに襲われて──  ちゃんがそれに飲み込まれて──)



    「…ッ!!!」


    途端に、意識が急激に引き戻される。

    反射的に上体が起き上がり、アイリは自身がどこかで横たわっていたことに気づいた。


    空いた瞼に天井の照明の光が突き刺さり、眩しさに目を細める。

    その細めた視界の中に、近くで会話をしていた二人が瞬く間に映りこんできた。

  • 74124/12/28(土) 21:55:55

    >>73

    「ア、アイリ!?」

    「大丈夫、聞こえる!?」

    「…カズサちゃん、ヨシミちゃん」

    「よ、良かった。一先ずは無事みたいね」


    そこで初めて、自分が今病院の一室にいることが分かった。

    窓から入ってくる外の日差しから、今はもう朝になっていることが見て取れる。



    「私、どうしてたの…?」

    「覚えてないの、アイリ?噴水の広場のところで、ぐったりして倒れてたんだよ。

    病院の先生が言うには、精神的に大きな負荷が掛かってしまったのが原因って言ってた」

    「全く…電話にも出なくて、思わず不安になって必死に探してたんだから…」



    「…そうだ、腕が…!!!」



    「腕?腕がどうかしたの?」

    「どうかしたって、それは──」


    削り取られた手のことを思い出し、思わず寒気を覚えながら咄嗟にアイリは両腕を上げる。

    そこには──





    無くなった筈の腕の部分が、何事もなかったかのように戻っていた。

  • 75124/12/28(土) 21:56:59

    >>74

    「──どう、して──」



    「アイリ?どうしたの?」

    「な、なんか顔色が悪くない…?本当に大丈夫?」



    カズサとヨシミが心配しても、耳にうまく入ってこない。

    目の前で起きることが次々と更新されては、不可解な事実に上書きされていく。

    今や、何が正しくて何が間違っているのか、その区別さえもつかなくなっている。


    そして、そこに追い打ちをかけるようにもう一つの変化が訪れてきた。



    「わ、分からない…私、噴水の広場で  ちゃんと話してたら、何かよく分からないものが出てきて…それで…」

    「ご、ごめん、アイリ。ちょっと待ってくれる?うまく聞き取れなくて…」

    「え?」

    「その子の名前が、聞こえなかったのよ。もう一回言ってみてくれる?」

    「う、うん。  ちゃんって子だけど──」




    ──あれ。

  • 76124/12/28(土) 21:58:07

    >>75

    アイリは、自分の出した声を疑った。

    その生徒の名前を口にしようとしても、まるで形容しがたい靄のように名前だけが出力されないのだ。

    ぶつ切りされて途絶えた音波は空気を伝わっていくことはなく、どこかへと消え去っていく。



    (出ない…出てこない。名前が…口に出せない…!?)



    「アイリ…?」

    「え、えっと…そ、そうだ!一週間くらい前に、噴水の広場で私が会った子だよ!

    前に二人に話したから、覚えてるはず…」


    ならばと、名前ではなく出来事として、アイリはカズサとヨシミに切羽詰まりながらも問う。

    現に二人には、姿こそ見えなくとも紹介はしていたし、その子の為に動こうと決起してくれていたはずだ。

    あの事であれば、すぐに二人ともピンときて──




    「…ごめん、アイリ。あまり覚えがなくて…ヨシミ、覚えてる?」

    「…私にも心当たりがないわ。アイリの紹介なら、覚えてるはずだけど」

  • 77124/12/28(土) 21:59:30

    >>76

    その二人の返答が──アイリの情緒と思考回路を酷く狂わせた。狂わせてしまった。



    「ま、待って…待ってよ、そんな、そんな筈は──」




    そんな筈はないと、言いかけて。

    アイリは、あの出来事にいた”それ”を思い出す。

    その正体に対して、一つの最悪の結果を想起してしまう。




    「嘘」




    あの時、確かに  はあの穴に取り込まれ、そこからいなくなってしまった。

    だけどそれは、あくまでその場から連れ去られたのだとアイリは認識していたつもりだった。




      がもし、あの場だけではなく。




    ”この世界そのもの”から、意識さえも連れ去られてしまったのだとしたら。

  • 78124/12/28(土) 22:02:46

    >>77

    「あ──あぁ────」



    カズサとヨシミは、  の存在を忘れたのではなく、覚えていないのではなく。



    そもそも、  についての事柄全てをなかったことにされてしまったのかもしれないと──




    「──ッ────────────」


    「ちょ、ちょっと!?」

    「アイリ!?アイリ、しっかりして!!」




    そう思い込んだ瞬間には──アイリは、再びベッドの上で正気を失ってしまっていた。

  • 79二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 22:22:03

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  • 80124/12/28(土) 22:24:53

    >>78

    その後、カズサやヨシミと連絡を取っていたシャーレの先生は駆けつけてくれたものの、その時にはアイリの状態は芳しくなく、とても話せる状態ではなかった。


    時々うわ言のように「どうして…なんで、私だけしか…」と繰り返していたのを聞いていたヨシミとカズサも困惑の色を隠せずにいた為、先生はひとまずの状況把握も兼ねて彼女たちのメンタルケアに努めるしかなかった。


    しかしながら、二人もこの件に関して心当たりなどなく、もしかして自分たちがどこかで彼女を追いこんでしまったのではないかと意気消沈していたのは言うまでもない。


    アイリが倒れてるところを第三者が発見し、救急車で搬送されてから現在に至るまで、つきっきりで側にいたカズサとヨシミの疲労も鑑みて、先生が後を引き継ぐという形で彼女たちは一先ず帰宅する流れとなった。





    次の日、昼の正午を過ぎた頃。


    休んだこともあって多少ながら回復したアイリは、病室にやってきていた先生にここまで起きていた事柄について話すことにした。


    ”…そうか”


    そこには、アイリにとって唯一といっても差し支えない、ただ一つの可能性に賭けた必死の思いがあった。


    「これは、もしかしたらと思ってて…本当は今日シャーレに行って先生と話す予定だったことなのですが…先生は、その子に心当たりはありますか…?」



    しかし、その一縷の望みは──叶うことはなかった。




    ”ごめんね、アイリ。残念だけど──私にも、心当たりはないんだ”

  • 81124/12/28(土) 22:26:22

    >>80

    さらに、名前を言えなくなっていることからも、先生にその子について聞くことがより困難になっていた。

    辛うじて伝えられたのは、その子の姿と話し口調ぐらいだった。


    「そう、ですか…分かりました」


    すると、アイリは先生に向かってうっすらと微笑んだ。


    「すみません、変なことを言って…きっと、これもただの私の悪い夢なんだと思います」

    ”…君の表情と話しぶりを見るからに、とてもそうには見えないけれど…”


    「いえ、きっと日頃の無理が祟ったんだと思います。

    ですから、先生──もう、大丈夫です。



    明日にはきっと、全部”元通り”ですから」




    ”………………”

  • 82124/12/28(土) 22:27:11

    >>81

    先生には、彼女が何かを必死に押し込めているのが分かった。

    だが、それを無理に引き出そうとすれば、今の彼女の容態にどう影響を与えるか定かではない。


    もし本人の口から直に思いを引き出すとすれば、それは今ではないのかもしれないと彼は判断した。


    ”分かった。じゃあ、私は今日のところは帰るね。

    だけど、どうか無理だけはしないでほしい。

    落ち着いたら、またみんなと一緒にちゃんと話をしよう”


    「…はい」


    にこりと笑ったアイリのその笑いすらも、既に無理をしていることを分かっていながら、今この部屋で自分にできることはないのだと、先生はその病室を静かに後にするしかなかった。




    ”…不甲斐ないな、本当に”

  • 83124/12/28(土) 22:57:29

    >>82

    その後、シャーレに戻る途中で先生は自身のタブレットを取り出し、その中にいる二人に声をかける。


    ”アロナ、プラナ”


    「はい、先生!」

    「お呼びでしょうか」


    彼だけが話すことが出来る二人の高性能AIに、先生は一つの質問を投げ掛けた。


    ”アイリがさっき話してくれた、ある子のことを調べたいんだ。

    今から彼女が話してくれたその子の特徴を送るから、調べてみてほしい。特に──プラナ”

    「はい」

    ”君が元居た世界と重ねて調べてくれないかな”

    「…分かりました」


    すぐさま二人は、解析を開始する。


    すると──二人は同時に、驚愕したかのように目を見開いた。

  • 84124/12/28(土) 22:58:37

    >>83

    「せ、先生…その特徴すべてと一致する子は、今のキヴォトスの中にはどこにもいません!」

    ”…分かった、ありがとう。だとすると──プラナ、君の方はどう?”

    「…はい、先生」


    するとプラナは、その事実を先生に伝えてくれた。


    「アロナ先輩の言う通り、その特徴を持つ生徒として該当する子はこの世界のデータベースにはいませんでした。


    ですが──



    私が元々いた別次元のデータベースには、”一人”だけ該当する生徒がいました」



    「!?」

  • 85124/12/28(土) 22:59:45

    >>84

    ”やっぱりか──プラナ、その子の名前は?”

    「はい、その生徒の名前は    です」

    ”…ごめん、うまく聞き取れなかった。もう一回言ってもらっていい?”

    「…?    という生徒です」


    「プ、プラナちゃん…私にも聞こえません!隣で話してるのは分かるのに、何も聞こえません!」


    「!?」


    ”…書くことはできる?”

    「…やってみましょう」


    アロナがプラナにペンを渡し、彼女がそれを使って文字を書き出す。

    その輪郭、動作も含めて判別はできる。なのに──



    何と書かれているかが、まるでぼやけてしまうかのように二人には認識できずにいた。



    「こ、これは一体どういうことなのでしょうか!?」

    「…異常です。この世界にその名前として出力しようとすると、まるで空白ができるかのように認識ができなくなるように変わっています」

  • 86124/12/28(土) 23:00:48

    >>85

    まるで、その名前自体が、この世界において認識されることを阻害されているかのように。

    別次元にいた”彼女”を知っているプラナ以外、その名前について把握することを許されずにいたのだ。


    「せ、先生…彼女は、その生徒さんは一体誰なのでしょうか!?」

    ”分からない。どうやら、この世界にいる私たちにとって、その子は”ない”ものとして扱われるようになっているみたいだ。


    だが──あまりに不自然だ”


    「はい。そもそも、”ない”ということが”ある”時点で、それは認識の対象内に含まれる存在の筈です。

    その時点で、この現象はそういった認識に関する理から外れているとも言えます」



    ”…二人とも、もう少しよく調べてくれるかな。この件、どうにも思ったより立て込んでるみたいだ”

  • 87124/12/28(土) 23:01:58

    >>86

    「はい!」

    「分かりました」


    ”だけど…なぜアイリだけがその子のことを知っていたんだ…?”


    そこで、先生のポケットに入っていたスマートフォンに着信が入る。

    開いてみれば、ヨシミからの連絡だった。


    ”もしもし、ヨシミ?どうしたの?”

    「せ、先生!?大変なの、今病院から連絡があって!!!」

    ”病院から…!?何かあったの!?”

    「それが、アイリが──




    アイリが病室からいなくなったの!!!」

  • 88124/12/28(土) 23:30:08

    今日はここまで……現在、全体の1/3ぐらいになります。
    暗いパートが続きますが、もう少しだけご辛抱ください…!

  • 89二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 23:38:30

    このレスは削除されています

  • 90二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 23:39:32

    ここまでで3分の1か、超大作の予感

  • 91二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 23:46:52

    昨日から物凄く楽しく読ませてもらってます……
    スレ主に最大限の感謝を───

  • 92二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 23:47:07

    一体どうなっていくのか楽しみです!

  • 93二次元好きの匿名さん24/12/29(日) 00:32:13

    pixivに上げるレベルの大作では?

  • 94124/12/29(日) 07:34:01

    >>87



    曇天の空の下、例の噴水の広場の中。

    またしても、アイリはそこにやってきていた。


    重い体と頭を引きずりながらも、どうしても彼女はそこに行きたかった。

    否──彼女の中では、行かなければならないという強制的な力が働いていたようにも思えていた。



    「病院…抜け出してきちゃった。みんな、怒ってるだろうなぁ…」



    彼女以外の人から見れば、見栄えのある綺麗な噴水の広場。

    彼女から見れば、友人をこの世全てからどこかへと引きずり込んだ怪物の巣窟。


    その怪物も、果たしてどこに行ったかもわからない。ここにいて、”それ”に遭遇できる確証もない。


    それでも──ただ病室の中で療養に努めるという選択肢など、彼女の中には無かった。



    「色々話したなぁ…あれもこれも、私には思いつきもしないことばかりで。

    凄いなって思った。私にはない、自分の世界をちゃんと持っている子なんだなって」



    ”二人”で座ったベンチを眺めながら、アイリはゆっくりと広場の中を円に沿って歩く。

  • 95124/12/29(日) 07:35:44

    >>94

    「触れなくても、あなたは確かな温もりをくれた。少なくとも私はそう感じていた。

    今でもその暖かさを──感じる気がする。


    ……多分、元々の私たちはもっと色んな所へ行けててさ。

    一緒にスイーツを食べたり、冗談を言い合ったり…それはきっと、何よりも楽しくて充実してて。

    想像するだけで、わくわくしちゃうよね」


    どこからかこみ上げたかも分からない、僅かな笑み。そしてその笑みも──次第に顔から抜け落ちていく。



    「………………そうなれたら、良かったのに」



    遂には歩みを止め、無表情なままに立ちつくした彼女を、空だけが見下ろしていた。


    降り始めた小雨が噴水の水面を僅かに揺らし、やがてポツリポツリという地面に当たって砕ける音へと変わっていく。

    その僅かな振動の波達が紡ぐ協奏を破ったのは──


    膝からその場に崩れ落ち、項垂れながら力なく地面を叩いた彼女の掌による、鈍く柔い音だった。





    「……返、して」

  • 96124/12/29(日) 07:37:47

    >>95

    広場と外を分けるその境目で、アイリは地面を叩く。

    何度も、何度も。繰り返すだけ、何度でも。



    「返して……お願いだから、返してよッ!!!


    私の友達を、存在を、記憶を───





    あの子の名前を……返して……」





      を奪い去り、通り過ぎていった怪物に届くとも分からないその嘆きの絶叫は、影が蔓延る広場の中で虚しく木霊するだけだった。

  • 97124/12/29(日) 07:39:28

    >>96

    次第に雨は勢いを増していく。服をなぞっていた水滴は彼女の服や髪を濡らし、重く湿らせる。

    そして、どこへ向かうとも知れない悲嘆に暮れた嘆願は──やがて、嗚咽の混じった泣き声へと変わっていく。



    「う……あぁ……うぐっ…ひぐっ……」



    しゃくりあげるように込み上げてくる涙と悲哀を止めてくれる人は、ここにはいない。

    その温もりを与えてくれた人は、もうこの世界には存在しない。


    誰に相談しても、この喪失はきっと拭うことはできないのだと──

    未だ幼く脆い価値観が、彼女をこの土砂降りの雨の中で孤独へと追い込んでいた。






    通りかかった、ある”エンジニア”が来るまでは。




    「……こんな所で傘も差さず、一体どうしたんだい、お嬢さん」

  • 98二次元好きの匿名さん24/12/29(日) 16:23:02

    このスレを見つけられて良かった
    期待保守

  • 99124/12/29(日) 19:33:37

    >>97

    自分に降り注いでいた雨が、突然止んだ事に気づく。

    同時に、自分の目の前に何かの大きな影が映る。


    「─────」


    顔を上げたそこには──紫色の長髪を揺らしたある女子生徒が、アイリの身体を傘の中に入れながら様子を伺っていた。


    「…あな、たは…」

    「遠巻きに、君のことが見えてね。放っておけなくて、つい声をかけてしまった」


    するとその生徒は、バッグからタオルを取り出し、アイリの肩にかけてくれる。


    「そのままでは体が冷めてしまう。風邪をひいてしまってはいけないよ」

    「…………」


    かけられたタオルを、そっと握る。

    その優しさがどこかで誰かから貰ったものと同じ匂いがして、また涙がこみあげてくる。


    「立てるかい?」

    「…はい」


    促されるままに、アイリはゆっくりと立ち上がる。

    しかし、ぐしゃぐしゃになった顔を見られたくなくて、アイリはただ下を向いて俯くしかなかった。

  • 100124/12/29(日) 19:35:52

    >>99

    その様子を見て何かを悟ったのか、長髪の生徒はそれ以上は追及せずにアイリを傘に入れたまま、自身が濡れることも厭わずにリードしてくれた。


    「…一先ず、屋内へといこう」

    「…分かりました」


    そうして彼女に導かれるまま、アイリとその生徒は近くのカフェへと入ることになった。






    カフェに入ると、体と服についた雨水を拭くために大きめのタオルを用意してほしいと、長髪の生徒が店員に頼んでくれた。

    暫くして、スペースの一つにあった椅子にちょこんと座っていると、その子がタオルと二つのカップを持って帰ってきた。


    「タオルだけというのも気が悪かったのか、店員さんがサービスをしてくれたよ」

    「…これは、ホットココア…?」

    「気が向いたら飲むといい。甘くて暖かいものは気を楽にしてくれる」

    「ありがとう、ございます…」

  • 101124/12/29(日) 19:37:13

    >>100

    ふーふーと息をかけて熱を冷ましながら一口飲む。

    喉に伝わった甘くてどこかほろ苦い味わいが、冷えた体にじんわりと熱を与えてくれる。


    「…美味しいです」

    「それは何より」


    そこでアイリは、ここまで自分を介抱してくれた人が何者か知らないまま、ずっと助けてもらっていたことに気づき、長髪の生徒の方に弱弱しくも向き直った。


    「あ、あの…色々とありがとうございます…ところであなたは…?」

    「ん?私かい?」


    見ると彼女の制服は、トリニティのものではなかった。


    白い上着を羽織り、その下には黒い長袖の服とシャツ、そしてネクタイ。

    セーラー服が基調とされるトリニティとは違った服装は、彼女が他校の生徒であることを物語っていた。





    「私は白石ウタハ。ミレニアムサイエンススクールのエンジニア部の部長だ」

  • 102124/12/29(日) 19:50:11

    >>101

    「ミレニアムの…?」

    「少し前に、謝肉祭を通じてトリニティを訪れることがあってね。それ以来、度々こうしてやってきてるんだ。

    この辺りはシラトリ区も近くて、ミレニアムの地区ではあまり手に入りにくいパーツやガジェットなどを手に入れられるからね」

    「なる、ほど…」


    確かに、纏う雰囲気もトリニティの生徒のものとは少し異なっている。

    シスターフッドやティーパーティーなど、上品さや気品さが主にくる(一部を除く)トリニティに対し、どちらかといえば研究者や科学者といった技術関係の人物が持つ、理知的な側面が表立って目に入る(こちらも一部を除く)のがミレニアムだ。


    「あ、ごめんなさい。こういう時は先に名乗るのが礼儀ですよね…私は、栗村アイリといいます」

    「アイリさんか、どうもよろしく。

    気にしなくていい、私自身はそういった形式に特に拘っているわけではないからね」


    そういうと、彼女も自分用のカップを手に取り、ブラックコーヒーを口へと含んだ。



    「さて…できれば何があったのかを伺いたい所だけれど…今は話せそうにないかな?」

  • 103124/12/29(日) 19:52:32

    >>102

    「あ、その…いえ、なんといえばいいか……信じてもらえる自信がないんです」

    「と、いうと?」

    「…ウタハさんは、ミレニアムの方ですよね?」

    「あぁ、そうだね」


    「私がこうなっている裏にあるのは──きっと、科学や技術とは真逆に位置するもので…しいて言うなら、怪奇現象やオカルトに近いものなんです」

    「………………」


    「なので、ミレニアムの生徒であるウタハさんには、もしかしたら無茶苦茶な話に聞こえるかなって…」


    そこまで言って、半ば自嘲気味にアイリが目を逸らした時だった。




    「その話、もっと詳しく聞かせてくれないかな?」




    帰ってきた予想外の返事にアイリが顔を上げると、嫌な顔をするどころか興味津々といったようにウタハがアイリを凝視していた。

    かなり美麗な印象を受ける顔立ちだったのだが、その時の彼女からはまるで子供のようなあどけなさが隠しきれていなかった。


    「ウ、ウタハさん…?」

    「是非とも聞かせてほしい。そういった話には、割と興味が尽きなくてね」

    「ふ、普通は逆じゃないんですか…?」

  • 104124/12/29(日) 19:54:13

    >>103

    「そういう人もいるけれど、少なくとも私はその類じゃないよ。

    未知なるものを探求し、解明し、明らかにすること。科学に準ずる者にとって、不可思議なものほど好奇心がそそられるものは無い」


    思っていたのとは真逆の反応に、アイリは正直ビックリしてしまい、先ほどまで抱えていた感情がどこかへと飛んで行ってしまったかのようにも思えた。


    「で、では…お話しします」






    「ふむ…分かった。大方は把握したよ。話してくれてありがとう」

    「い、いえ…」


    二人のカップの中身が空になり、土砂降りの雨が再び小雨になりかけていた頃には、ウタハはアイリから聞いた全体の概要を脳内にインプットしきっていた。


    「そこにいるはずなのにいない生徒──黒い穴を持つ、未知なる管の怪物──人々の記憶から抹消され、名前を出力できないが故に存在証明ができなくなるという怪奇性…」


    ブツブツと呟いていたウタハは、何かをじっくりと考えるように目を閉じた。



    「…よし、方向性は定まった」

  • 105124/12/29(日) 20:19:21

    >>104

    目を開いた彼女は席から立ち上がると、アイリの方へと手を伸ばす。


    「ついてきたまえ。ある人を紹介しよう」

    「しょ、紹介…?どういうことですか…?」

    「何、答えは明白だよ。



    君の友人であるその生徒さんを、如何にして取り戻すか。

    その算段をつけられそうな人を、私は知っている」



    「!?」


    どうやらウタハは、アイリの求めている答えに近づける人の元へ案内してくれるというのだ。


    「多分今ならまだミレニアムにいるはずだから、私から話をすれば助けてくれるだろう。

    無論、私自身も協力させてもらうけどね」

    「ちょ、ちょっと待ってください!!!」

    「?」


    タオルとカップを返却しに行こうとしたウタハに、アイリは思わず問いかけてしまう。



    「どうして、今日会ったばかりの私を助けてくれて…それに、こんな信じられないような話を信じて手伝ってくれるのですか…?」

  • 106124/12/29(日) 20:20:42

    >>105

    その問いに──ウタハはさも当然と言わんばかりに笑いかけながら答えた。


    「そうだね──君が泣いていたから、といえばいいだろうか」

    「え…」


    「友のために涙を流し、憂い憐れむ程に強く悲痛な感情。

    たとえその過程がどれだけ現実味を損なったものであったとしても──君が持つその感情を戯言と言って切り捨てるほど、私は非情にはなれない」


    「ウタハさん…」

    「さぁ、出かける用意をしたまえ。

    その子を助けたいのであれば──前へと進むことが肝心だ。


    大丈夫、君は決して一人ではない。私が保証しよう」

    「…!」


    その言葉に、アイリは心の奥底に眠っていた何かが沸々と湧き上がってくるのを感じた。

    それは、決意であり、勇気であり、或いは信念でもあったのかもしれない。


    ここで足を止めてしまえば、本当の意味で彼女はいなくなってしまうだろう。

    唯一、  を覚えている自分が諦めてしまうこと。それだけは、避けなければならない。



    それは、あの子のくれた言葉を──”私とアイリのロマンを忘れないで”という言葉を、裏切ることに他ならないのだから。




    「…はい!」

  • 107124/12/29(日) 20:42:06

    >>106

    ────────────────────────────────────────────────────


    「どう、ヨシミ!?」

    「ダメ、こっちにもいない…!アイリったら、まさかスマホを病室に置いたままいなくなるなんて…!」

    「でも、カバンは持っていったから、目的地があるのは確かだと思う。問題はどこに向かおうとしてたかだけど…」



    一方その頃、病院からアイリの姿がなくなったという連絡を受け、放課後スイーツ部の二人は辺りを走り回りながらアイリを捜索していた。

    カズサはレイサとスズミ、ヨシミは先生に連絡を取り、彼女たちにも探してもらっているのだが吉報は未だ入らない。

    その後、一旦の情報共有を兼ねて、最近アイリがよく訪れていたと思われる噴水の広場に集合することにしていたのだ。


    「それにしても…ここにもいないなんて。もしありえるとしたらここだと思ってたんだけど…」

    「もしかして、もうとっくに離れた後だったりするんじゃない?」

    「だとしたら、いったいどこへ…」


    すると、それぞれ違う方向から、スズミとシャーレの先生もやってきた。


    「残念ながら、こちらにはいませんでした」

    ”…私の方にも、いなかったよ”

  • 108124/12/29(日) 20:44:06

    >>107

    「…クソッ!」


    悔しそうに、カズサは顔をしかめる。それを見て、先生が心の底から後悔した表情で謝ってきた。


    ”…ごめん、私のせいだ。もっとちゃんと、私がアイリと話をしておくべきだった”

    「先生、それは違うわよ。少なくともあの時のアイリは、まともに話ができる状態じゃなかったと思うし。

    いくら先生でも、無理やり話を聞いたりはできないでしょ?」


    「…というか、なんか様子が変だったよね。こう、いつにもなく必死だったというか」

    「確か、誰かの名前を言ってたけどよく聞こえなかったのよね。

    それで、その子を覚えてないかって聞いてきたけど、私たちに心当たりはなかったし…」


    「…もしかしたら、アイリさんはその人に直接会いに行ったのではないでしょうか?」

    「!」


    スズミの予測に、カズサとヨシミは同時に反応する。


    「じゃああの時、名前を聞き取れなかったのは…ひょっとして、アイリが本当は名前を口にするのをためらってて、うまく口にできなかったからじゃない…?」

    「…ま、まさか」



    「アイリはそいつに弱みを握られて、何か脅されているんじゃ…!?」



    「そうだとしたら…早くアイリを助けなきゃ!!!」

    「もし手を出してたら、絶対許さない…ストレートでぶちのめす!」

    ”ま、待って、二人とも。一旦落ち着いて…”

    「そ、そうです、早計すぎます。まだ脅されていると決まったわけでは…」

  • 109124/12/29(日) 20:45:20

    >>108

    段々とヒートアップしていくカズサとヨシミを、先生とスズミが何とか宥めようとした時。


    カズサのスマホから着信の音が鳴り、それに半ば乱暴にカズサは応対した。


    「はいもしもしィ!?」

    「うわぁ!?なんか怖いですよ杏山カズサ!?」


    電話をかけてきたのはレイサだった。

    しかしながら、帰ってきた反応に思わずビビってしまっているのは彼女らしいというべきか。


    「こっちのことはいいから!それで、どうしたの!?」

    「え、えっとですね…



    アイリさんが見つかりました!」



    「はい!?アイリが見つかったって!?」

    「「「ゑ?」」」

  • 110124/12/29(日) 21:11:31

    >>109

    本来であれば朗報であるはずの知らせに、その場にいた全員が未だかつてない奇妙な声を上げた。

    慌ててカズサは、スピーカー状態にして全員に聞こえるようにした。


    「それで、アイリは今どこにいるのよ…?」

    「え、えっとですね…実は今さっき──



    トリニティの方にあるカフェから、他校の生徒さんと一緒に出てきたところなんです!!!」



    「………ハアァァァァァァ!? 誰よその女ァ!?」

    「嫁かあんたは!!!」


    カズサの斜め上のキレ方に、思わずヨシミが突っ込んでしまう。

    なんというか、先ほどまでの切羽詰まった空気が一転、今度は阿鼻叫喚のカオスな雰囲気になり始めていた。


    「レイサさん、その生徒さんは他校の方ですよね?どこの学校かはわかりますか?」

    「た、多分ですが…ミレニアムだったと思います」

    「ミレニアムって…三大校の一つじゃない!?なんでそこの生徒がアイリと一緒にいるのよ…?」

    ”レイサ、その生徒さんの特長を教えてくれる?もしかしたら、私が知っている生徒かも──”


    そう先生が、確認を取ろうとした時。

  • 111二次元好きの匿名さん24/12/29(日) 21:13:10

    このレスは削除されています

  • 112124/12/29(日) 21:14:21

    >>110

    「いいよ先生、直接会って確かめる!そっちの方が早いから!いくよヨシミ!」

    「えっ!?ちょっとカズサ、あんたテンパりすぎよ!?

    それ絶対先生が聞いた方が早いわよ!?待ちなさいってば!!!」


    カズサが未だかつてないスピードで、スマホを先生に預けたまま教えられた場所へ全速力ですっ飛んでいく。

    さながらそのスピードは、もしレイサが見ていたのなら”キャスパリーグ“の時を彷彿とさせるものだったのかもしれない。

    その後を慌てて追いかけるヨシミを見ながら、スズミと先生はぽかんと口を開けていた。


    「…絆の強さ故、なのでしょうか?」

    ”…まぁ、そういうことだね”

    「せ、先生!?なんかすごい風を切るような音がそちらから聞こえたのですが!?」

    ”あー...カズサが今からそっちに向かうと思うから、一応準備しといて。

    取り合えず──そのミレニアムの子について聞かせてくれる?”

    「は、はい…」



    ────────────────────────────────────────


    「あの、ウタハさん」

    「ん?」


    そんなことになってるとは露知らず、アイリはウタハと共にミレニアムサイエンススクールへと向かっていた。


    「ウタハさんの言う人って、どんな人なんでしょうか?」

  • 113124/12/29(日) 21:15:54

    >>112

    「そうだね…一言でいうとすれば──


    ”全知”かな」


    「全知?」

    「彼女はミレニアムの中でもトップクラスの頭脳の持ち主でね。

    天才的なハッカーでありながら、その才能と努力の結晶が力を発揮する分野は多岐にわたる。

    ”全知”というのは、彼女が持つ学位の名なんだが…これは、彼女を含めて三人のみが与えられた称号だ」

    「そ、そんな凄い人なんですか…!?ほ、本当に協力してくれるのかな…」

    「そこは気にしなくても大丈夫だ。私は彼女とは同期だし、技術提供を兼ねて連携していることも多いからね。

    それに今回の事態は、もしかしたら彼女にとっても興が乗る話かもしれない」

    「…?」


    そこまでウタハが、件の生徒について説明していた時だった。


    「いた、ちょっとそこのアンタ!」

    「…おや?」


    彼女たちの後ろから突然声がかかり、二人して振り返る。

    そこにいた人物は、アイリにとってなじみ深い存在だった。


    「カ、カズサちゃん…!?どうしてここに!?」

    「アイリが病院からいなくなったって聞いて、思わず探しまくってたの。で、そこにいる紫髪の奴!」

    「…私かい?」

    「そう!アンタ──



    アイリとどういう関係な訳?」

  • 114124/12/29(日) 21:17:49

    >>113

    ウタハを鋭くにらみつけるカズサのその言葉に、アイリとウタハは一瞬フリーズしたように固まった。



    「「え?」」



    「答えようによっては──今ここでぶっ飛ばす」


    しばらく沈黙していたアイリとウタハだったが、やがてウタハがアイリに質問し始めた。


    「アイリさん…彼女は君のご友人なのかい?」

    「は、はい…いつも一緒にいてくれる大事な友人です。その…怒ってるわけには、正直心当たりがあって…」

    「病院を抜け出してきたという、さっき彼女が言っていたことかな」

    「…多分それで、心配になって追いかけてきてくれたんだと思います」


    「…成程。それは甘んじて叱られるべきだ。

    事情を聞かなかった私にも非はあるが…自身の身勝手で身近にいる人を心配させるのは良くないことだよ」

    「そ、そうですね…すみません」



    「…そこ、いつまでごちゃごちゃ話してんの?いいからさっさと返事を──」



    目の前でこちらを無視して会話を続けているように判断したカズサが、そうして詰め寄ろうとした瞬間──


    「この馬鹿!!!何一人で暴走してんのよ!?」

  • 115124/12/29(日) 21:46:12

    >>114

    後ろから追いついてきたヨシミに手痛い制裁をくらい、カズサはキレ気味に反応した。


    「いった!?何すんのヨシミ!?」

    「こっちのセリフよ!!!あんた、アイリのことになるといっつもこうなんだから!!!

    一先ず相手の言い分を聞いてからってのが筋ってもんでしょ!?」

    「そういうヨシミだって、本当は心配で堪らなかったくせに!分かってるんだからね!?」

    「なっ!?そりゃそうだけど!?」


    今度はなぜか、こっちの二人がアイリとウタハを無視していがみ合い始めた。

    なんというか、仲間思いなのはいいとしてどうにも暴走しがちになってしまうのは何故だろうか。

    これが分からない。


    「ふ、二人とも、そこまでにして…!元はといえば、私が何も言わないで抜け出しちゃったのが原因だから!」


    「「それはそうだからアイリはちゃんと反省して!」」


    「は、はい…ごめんなさい!」


    止めに入ったアイリが急に意気投合した二人に叱られて慌てるのを見て、ウタハも思わず苦笑してしまった。


    「ふふっ…これはまた、随分と元気な友人方だね。それに、仲睦まじい光景じゃないか」

  • 116124/12/29(日) 21:47:53

    >>115

    すると、カズサとヨシミが来た方向から、更に三人の人物が走ってやってきた。


    「追いつきましたよ!とと…アイリさんと、あちらの方は?」

    「あれが、先生が仰っていた例のミレニアムの生徒さんでしょうか?」


    そのうちの二人、レイサとスズミは混沌に包まれた状況の中で、アイリと彼女と一緒にいるらしい生徒を目視する。

    そして最後にやってきた一人にとってその生徒は、既知の対象だった。


    ”やっぱり、レイサから聞いた情報通りだったか。やぁ、ウタハ”

    「おや、先生じゃないか。ここで会えるとは」

    「え、先生この人のこと知ってるの!?」


    ”あぁ、彼女は白石ウタハ。ミレニアムサイエンススクールのエンジニア部部長だ”

    「「エンジニア部の部長ォ!?」」


    予め聞いた情報から立てた、先生の推測を聞かずに駆け出してしまった二人は、その情報に仰天してしまう。

    さっきまで頭に上っていた熱が、一気に引いていくのが顔色から伺える。


    「あぁ、初めまして。白石ウタハだ、以後お見知りおきを。

    とりあえず、疑いを晴らすためにも改めて私とアイリさんの関係について説明させてもらっていいかな」

    「「あ、はい…」」

  • 117124/12/29(日) 21:59:47

    >>116

    ウタハとアイリから、広場で出会ってから現在に至るまでの過程を聞いたカズサとヨシミは、あっという間に青ざめた顔となっていった。


    「あの…本当に、すみませんでした…勘違いして…」

    「いや、気にしないでほしい。寧ろ、君たちがアイリさんを大事に思っていることがよく伝わってきたよ」

    「危ない所だったわ…あ、そうだ。

    私は伊原木ヨシミ。で、こっちが杏山カズサ。

    アイリと一緒に放課後スイーツ部をやっているの」

    「放課後スイーツ部…なんとも可愛らしい名前の部活だね。こちらこそよろしく」


    誤解も解けたところで、ウタハは先ほど駆けつけてきた三人の方に目を配る。


    「ところで先生…こちらの二人は?」

    ”トリニティ自警団の宇沢レイサと守月スズミ。放課後スイーツ部のみんなとは、顔なじみの関係だよ”

    「へぇ…自警団の方々もいるんだね。どうぞよろしく」

    「こちらこそ。アイリさんの件は重ねて感謝を」

    「あ、どうも…よ、よろしくお願いします…!」


    いつも通り丁寧な対応のスズミと、人見知りが発動したのかややぎこちないレイサ。

    彼女たちもまた、ウタハと好意的に握手を重ねた。



    「さて…放課後スイーツ部のお二人は、アイリさんの事情はどこまで把握しているのかい?」

  • 118124/12/29(日) 22:01:30

    >>117

    「えっと、それが…実ははっきりとは」

    「昨日アイリが病室で気を失って以来、ちゃんと話を聞く機会がなかったのよね…

    本当は、今日二人で改めて会いに行く予定だったんだけど、その前にアイリがいなくなったって訳」

    「…二人とも本当にごめん。私、どうしてもあの場所に行かなくちゃって思っちゃって…」


    申し訳なさそうに頭を下げたアイリに、カズサとヨシミは笑って返す。


    「大丈夫だよ、アイリ。こうして無事に見つけられたわけだし。

    あとはその…私も暴走しかけちゃったから」

    「まぁでも、次からはちゃんと私たちにも話してよね。何も知らせずにいなくなるのはさすがに怖いから。

    アイリがいてこその放課後スイーツ部ってことを忘れないで」


    「うん…ありがとう。それじゃ…改めて長くなるけど、私にあったことを話すよ」


    ウタハと先生を除いた者たちにとっては初めて聞くこととなる、彼女のみが体験し、覚えている話。

    その内容を彼女達は疑うことなく、真剣に耳を傾けた。





    「そっか…だから私とヨシミがその子を覚えていないって言った時、アイリはあんなに驚いてたんだ」

    「っていっても、まさか私たち全員の方が覚えていないなんてことがあるとは思わなかったわね」


    アイリからすれば、この反応も初見ではないのかも知れない。

    似たような会話を、かつてのあの子がいた時にもしていたのかもと思い出してみる。

  • 119124/12/29(日) 22:05:56

    >>118

    「あうぅ…もうすでに頭の中がこんがらがって…」

    「聞いた限りだと現実味が薄いとも言えますが…アイリさんの行動から見るに、冗談というわけでもないのでしょう」

    「同感だね。本来外部の人間である私がこの話に乗ったのも、主に彼女がこの件から負っている精神的ダメージがはっきりと形に現れてたからだ。全部が全部、同情ってわけではないけどね」


    案の定目を回したレイサを何とか保たせながら、スズミとウタハもこの件が妄想による産物とは限らないことを理解していた。


    「先生は、このことを知っていたのかい?」

    ”アイリが落ち着いてた時に聞いていてね。

    実は、あの後その子の行方を追っていたけど、未だによく分からないことが多い”


    「…分かった。そういう訳で、私は彼女の言う子を探しだすために、今からミレニアムに向かおうと思っているのだが、ついてくる人は?」

    「私はついてく。カズサは?」

    「そりゃ行くわよ、アイリの悩みの種を解決できるのならね」

    「自警団の方々はどうする?」

  • 120124/12/29(日) 22:06:50

    >>119

    「私は行きたいですが…スズミさんはどうしますか?」

    「乗り掛かった舟ですし、最後まで同席しましょう。何か動こうにも、話がかなり複雑化していますからね」

    「分かった。私から先方には連絡しておこう。先生もできたら来てくれると助かる」

    ”勿論。何かしらの形で力にならせてもらうよ”

    「ありがとう。それじゃ…」


    ウタハは了承を得た面子の顔を確認すると、スマートフォンで”ある生徒”へと連絡を取った。


    「うん、向こうも問題なさそうだ。では、早速向かうとしよう」





    「久しぶりですね、ミレニアム!」

    「前回来たのは晄輪大祭の時でしたからね」

    「…あっ!どっかで見た覚えがある気がしてたけど……もしかしてウタハさんってあの時の応援団長!?」

    「おや、覚えていてくれたのなら嬉しい限りだ」


    トリニティの生徒達にとっては、あまり来る機会がないミレニアム学区内。

    最新鋭の設備や技術に目を奪われたり、それをきっかけに話が膨らんだりするが、本題を忘れてはいけない。

  • 121124/12/29(日) 22:09:00

    >>120

    ウタハの先導の元、彼女達はミレニアムサイエンススクールの待合室のドアの前へと着く。


    「さてと…ヒマリ、いるかい?」

    「はい、すでに到着しております」


    ウタハが中にいるらしき生徒と応答を済ませると、ドアを開けて内部へと通してくれた。


    そこにいたのは白を基調とした服装に身を包んだ、清楚かつ可憐な印象の生徒だった。

    特徴的なのは──彼女が電動の車椅子に腰をかけていることだろうか。


    「これはまた……ウタハから聞いた通り、随分な大人数ですね。

    繋がる人が増えるのはこちらとしても願ったり叶ったりです」

    「ウタハさん…こちらの方がその?」

    「あぁ。折角だ、紹介は彼女自身がする方が好ましいだろう」


    すると、車椅子の生徒は一行に対して慎ましげにお辞儀をしながら、自己紹介をしてくれた。


    「初めまして、放課後スイーツ部とトリニティ自警団の皆様。




    ミレニアムサイエンススクール3年生、特異現象捜査部部長──明星ヒマリです」

  • 122124/12/29(日) 22:13:00

    今日はここまで!
    という訳で、ウタハとヒマリが合流です。

  • 123124/12/30(月) 08:14:25

    >>121

    ヒマリと邂逅した一行は、早速各々が自己紹介をする。

    その一人一人に対して、ヒマリは握手をしながら丁寧に受け取ってくれた。


    「それにしても…何だか皆さん、どこか不思議な表情をされていますね」


    「えっと、その…ウタハさんから聞いた話だと、凄い偉い人なんだろうなって思ってて…」

    「確か、“全知”でしたっけ?そういう学位を持ってるミレニアムでも有数の人と聞いていたので」

    「そう、それでちょっと身構えてたんだけど、思ってた以上に物腰柔らかい感じに見えるのが意外というか…」


    「あぁ、そういうことでしたか」


    するとヒマリは、胸に手を当てながら、安心させるようでいてどこか自慢げな態度を見せた。


    「心配せずとも、この超天才清楚系病弱美少女ハッカーである私が、皆様を無碍に扱うなどは致しませんので。安心して頂いて構いません」


    「えっ?超てんさ…なんて仰ったんですか?」

    「半分以上聞き取れなかったんだけど…もしかして思った数倍変な人?」

    「ちょっとヨシミ!失礼だって!」


    思ってもない長文が飛び出し、レイサが機能停止に陥ったように放心している側で、つい本音が出たヨシミをカズサが嗜めた。


    「緊張しなくても、あれがニュートラルだよ。気兼ねなく話してくれた方が、彼女としても嬉しいだろう」

  • 124124/12/30(月) 08:16:22

    >>123

    「えぇ、ウタハの言う通り。私のことはお好きに呼んで頂いて大丈夫ですよ」

    「は、はぁ…」

    「えっと、それじゃ…ヒマリさん」


    そうアイリがヒマリのことを呼ぶと、彼女は嬉しそうににこりと笑った。


    「はい、アイリさん。お話はウタハから多少ながら伺っております。

    なんでも、この私の力をお借りしたいと聞いておりましたが…」

    「そ、そうなんです…私の、大事な”友達”を取り戻したいんです」

    「”友達”ですか…詳しい概要をお聞きしても?」






    アイリを主体として、その場にいる者たちから情報をあらかた聞き終えたヒマリは、顎に指を当てながら思案を始めた。


    「…成る程。これはまた随分と複雑な状況ですね。そして──ウタハが私に話してきた理由も大方把握しました。

    話を聞いた限りでは、その子とアイリさんに起きている事柄は特異現象と言って差し支えないでしょうから」


    すると、ヒマリは正面からアイリの方に向き直り、あることを問いかけた。


    「協力することはやぶさかではありませんが──その前に一つだけ。




    アイリさん──あなたの”意志”を確認しておきたいのです」

  • 125124/12/30(月) 08:18:51

    >>124

    「”意志”…ですか?」

    「えぇ。今からあなたが為そうとしていることは、並大抵のことではないと思われます。

    故に、今一度あなたがここに懸けている思いを、私もできる限り理解するべきだと考えたのです。


    あなた以外の誰もが、認識どころか覚えていないというその”友達”。

    失礼な物言いになってしまいますが──あなたが追っている”友達”は、一般的には”いない”として扱われてもおかしくない存在です。

    私たちの協力を得たうえで調査に尽力したとしても、そこで待っているのがあなたの望む結末とは限りません。

    もしかしたら、最終的にはやはり”いない”という結論に落ち着き、心に大きな傷を負う可能性もあるでしょう。



    それでも、その”友達”が”いる”と信じて動き続ける覚悟を──あなたは最後まで持ち続けられますか?」



    ヒマリのその問いは、厳しくも重い投げかけだった。

    それは普段であればコミカルかつフレンドリーな彼女には珍しくどこか硬い姿勢であり、彼女なりにアイリを慮っての言動だったのかもしれない。


    生半可な気持ちで協力した結果、アイリに大きな痛みが伴ってしまうという事態の危険性を話さないままというのは、彼女としては不誠実と判断したのだろうか。

  • 126124/12/30(月) 08:53:05

    >>125

    「アイリ…」

    「…厳しいわね」


    カズサとヨシミが心配そうにアイリを見つめる中──しかしアイリは、真っすぐな瞳でその問いにはっきりと答えた。


    「──はい。私は、その子に頼まれた約束をどうしても果たしたいんです」

    「約束、ですか?」

    「はい。その”友達”は、私にこう言い残していなくなりました。



    ”私とアイリのロマンを、忘れないであげて”って」



    「「!」」


    その言葉に、問いを投げかけたヒマリ──そして、側で聞いていたウタハの二人が、ハッとしたような表情になった。どうやら、その”ロマン”というワードに、大きく二人は反応したようだった。


    「だから、私はその”友達”を取り戻したい。

    私を含め、みんなが忘れてしまった本当の名前で呼んであげること。



    それが、あの子のロマンでしたから」

  • 127124/12/30(月) 08:54:00

    >>126

    「…そうですか。これは、もしかしたら聞いた私の方が蛇足だったかもしれません」

    「しかし、”ロマン”か──これは、ますますもって協力せざるを得ないだろうね」

    「…えっと?」

    「ふふ、ご安心を。意志は確かに受け取りました。

    私もウタハも、全面的にあなた達に協力いたしましょう。



    あなたのロマン──私たちにも、叶える手伝いをさせて下さい」




    すると、待合室の壁に付けられた上下スライド式のデジタルボードにヒマリは向かっていき、デジタルペンのスイッチを入れる。そのまま、つらつらと何かを書き留め始めた。


    「では早速ですが──問題の根幹を明らかにするためにも一旦、全員が見れる状態で視点をゼロに戻しつつ、情報を整理しましょう。

    現地に行って情報を集めることもする予定ですが、その前に既に出ている情報を粗方把握しなければ、何を調べるべきかも不明瞭だと思われますから。


    まずは、私を含めた今ここにいる全員の共通認識から行きましょうか」

  • 128124/12/30(月) 18:46:53

    >>127

    「三カ月前、アイリさんは長期的な記憶障害に見舞われており、一日ごとに記憶がリセットされる症状に悩まされていました。

    ですが、彼女の親しい人の援助もあり、その記憶障害は徐々に鳴りを潜めていった。

    最近ではその症状もほとんど見受けられなくなっていたため、経過を見た上で最終的には問題は無くなったと判断されていました。



    十二日程前、アイリさんを含めた放課後スイーツ部の皆さんは、ふと耳に入った "不意に体が重くなる場所がある”という噂が気になり、トリニティ学区とD.U.シラトリ区の間の区間にある噴水の広場へと向かいました。

    そこである程度時間をすごした後、カズサさんとヨシミさんが急用で外した為に現地解散。

    その時をきっかけに、かなりの頻度でアイリさんのみがその噴水によく訪れるようになっておりました。



    そして昨日──噴水の広場の直近で倒れているアイリさんを、通りがかった人が発見。

    そのまま彼女は病院へと搬送されました。本日の朝方に目を覚まし、カズサさんとヨシミさんと話を交わすも、幾分かの応答の後にアイリさんは意識を失っています。



    昼頃、到着した先生が看病をしていた際に会話をし、彼がその場を後にすると病院を抜け出して例の噴水の広場へと直行。

    そこで偶然にもウタハと会い、彼女なりの見解と事情を伝えました。

    事情を聞いたウタハが私を紹介するという名目でミレニアムへと向かう道中、他の方々と合流。

    そのまま全員でミレニアムに向かい、現在へと至ります。



    ここまでが、全員として把握できる限りの共通認識になると思われます」




    「それを前提としたうえで──アイリさんのみが持つ認識と、その”友達”…ここでは分かりやすくするために”Aさん”とした上で、その二つについて見ていきましょう」

  • 129124/12/30(月) 18:48:13

    >>128

    「三か月前の記憶障害の時点までは、皆さんと同じだと思われます。

    しかし、十二日程前──その時には、既にアイリさんが認知している事柄は皆さんと違うものとなっているようです。



    アイリさんの夢の中では、アイリさん本人ではない別人のものと思われる記憶の断片が映っていました。

    しかも、その記憶の持ち主は放課後スイーツ部の面々と共に行動をしていたようで、その記憶の真偽について判別がつかずにいました。


    その状態の中、他の二人と共に向かった噴水の広場で現地解散をしてしばらく経った後、彼女はこの件の始まりとも言えるAさんと会い、会話を交わして仲良くなっていました。

    Aさん曰く彼女も記憶を喪失しており、ご自身の名前さえも忘れていたとのこと。

    アイリさんはそこで、Aさんが自ら提案した仮の名前で彼女のことを呼んでいたようです。

    そして次の日には、カズサさんやヨシミさんにも紹介しようという風にアイリさんは考え、実際に現地にまで二人を連れていきました。


    しかし、どうやらお二人はそのAさんを認識できなかったらしく、初めてアイリさんは彼女が自分にしか認識できない存在であったことを知った訳です。

    更に、その際にフラッシュバックした記憶の破片とAさんの話口調や振る舞いから推定し、アイリさんは自身の見ていた夢の記憶の主こそがAさんであったと結論づけました。



    つまり──アイリさんの見ていた夢は現実の物であり、元々Aさんは放課後スイーツ部の一員だった。

    しかし何かをきっかけに──彼女はアイリさんを除くすべての人に認識されなくなり、忘れ去られていた。

  • 130124/12/30(月) 18:49:42

    >>129

    そこから放課後スイーツ部の面々は、八日前にカフェで偶然会ったトリニティ自警団の方々の力も借りながら、Aさんの存在と彼女の本名を取り返す作業に取り掛かり始めました。

    とはいえ、その手がかりが見つかるはずもなく、捜査は難航。



    そして昨日──夜が来る前に、噴水の広場で待ち合わせをしていたアイリさんとAさんは、”何か”に襲われた。

    アイリさんの見た感じでは、黒く巨大な穴を頭部から覗かせた管のような怪物──それにAさんは呑み込まれ、アイリさんは両腕の前腕部を欠損する外傷を受けた。

    その際、アイリさんの欠損した腕の断面には謎の白い穴が開いていて、血液が流れ出なかったと。



    次にアイリさんが目を覚ませば、そこはカズサさんとヨシミさんのいる病室の中。

    失われた筈の両腕は何事もなかったかのように戻っており、カズサさんとヨシミさんからはAさんが再び忘れ去られていた事実を知ります。しかも、今度はその仮の名前すらも。


    精神的なショックは相当だったのでしょう。再びAさんの行方を追いたいと、躍起になるのも無理はありません。

    病院を飛び出してしまったのは──一連の流れから来た不安と焦りからだったのかもしれないと、私は考えています。



    後の流れは、皆さんと同様といったところでしょうか」

  • 131124/12/30(月) 18:50:29

    >>130

    そういうと、ヒマリはデジタルボードに書いて整理していた内容をデータ化し、手元のタブレットへと転送させる。

    と同時に、再び空になったデジタルボードに何かを書き始めた。



    「さて──先んじて言いますが、最重要目的である”Aさんを名前も含めて取り戻す”ということですが──


    現状では、可能かどうかすら私にも分かりません。


    ですが──この時点で、非常に多くの疑問点や仮説が浮かび上がっています。

    どれがこの問題を解決するために必要なものかは不明にしろ、こういうのはとにかく並べていくに限りますので、疑問点に関して雑多ながら書き上げていきますね」



    そうしてヒマリがホワイトボードに記載した疑問点は、このようなものだった。

  • 132124/12/30(月) 18:50:45

    >>131

    ①アイリの記憶障害の原因と一旦の解決に至った理由


    ②アイリが夢の中で見ていたA本人の記憶


    ③Aの存在が消えたタイミング


    ④”体が重くなる”という噂の元凶の関与の可能性


    ⑤A自身の記憶障害について


    ⑥Aに関する記憶や存在があらゆる人から消え、アイリのみがAを覚え続けられた理由


    ⑦Aの本名を誰も覚えておらず、同時に仮名が出力できない原因


    ⑧黒い穴の怪物、及びアイリの腕の断面にあった白い穴の正体


    ⑨アイリの腕が元に戻った理由

  • 133124/12/30(月) 19:07:14

    >>132

    「今のところは、このような所でしょうか。他に疑問がある点があれば、仰って下されば助かります」

    「うっ…もうこの文字列だけで頭が痛くなるッ…!」

    「今の話を聞いて把握するどころか、短時間でここまで洗い出すとは…これは、凄まじい理解速度ですね…」


    スズミが息を飲んだのを見て、ヒマリは自慢げにふふんと胸を張った。


    「当然です、この白金の如く研ぎ澄まされた頭脳の持ち主である私にとって、この程度のことは造作もありません」

    「す、凄まじい自己肯定力...というか、また変な自称ね」

    「宇沢?大丈夫?あんたと結構対極に位置する人っぽく見えるけど」

    「あばばあばばあば…」


    見れば、レイサは完全に固まってしまっていた。

    同じ自称が多いタイプでありながら、彼女たちの性格は割と真逆だ。

    一見フレンドリーなようでいてその実は非常にナイーブなレイサにとっては、内なる自我が強いヒマリのようなタイプの人間とはどう話せばいいのかわかりにくいのである。


    「あらら、これは…どうやら緊張させてしまったようですね。

    失礼しました、そこまで硬くならずとも大丈夫ですよ?」

    「は、はい…分かり、ました…あわわ…」

    「普段の見る影もないわね」

    「しゃーない、こいつの内面は割と繊細だから」

  • 134二次元好きの匿名さん24/12/30(月) 19:08:42

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  • 135124/12/30(月) 19:10:10

    >>133

    カズサとヨシミがどぎまぎしているレイサの肩を持ってフォローする中、ヒマリはアイリに近寄ったかと思うとあるお願いをしてきた。


    「さて、皆さん──もし協力してくださるのであれば、この疑問を解決するために私たちの”実験”に付き合っていただけないでしょうか?」

    「”実験”、ですか?」

    「はい。ですがご安心を。私たちミレニアムの最新鋭の技術を駆使した機器によるものなので、安全面は保証いたします。それに関しては私が責任を持ちますので」


    ”実験”という、少し危うげな匂いのするワードをヒマリは引っ張り出してきたが、アイリはそれに動じることなくこくりと頷いた。


    「分かりました…できる限りのことは、なんでもやらせてください!」

    「ちょっ、アイリ、そんな二つ返事でいいの!?」

    「まぁでも、責任を持つって言ってくれてるし、ミレニアムの人なら信頼できそうだしね。私も大丈夫だよ」

    「…分かったわよ!やればいいんでしょやれば!こうなったらとことん付き合うわよ!」


    「…ありがとうございます。では──ウタハ」

    「あぁ、呼んだかな」

  • 136124/12/30(月) 19:11:59

    >>135

    「今から言うものを持ってきてもらえますか?いくつか立っている仮説を裏付けるために必要なものです」

    「分かった、すぐに手配しよう。少し待っていてくれ」


    ヒマリがウタハに注文を取り付けると、彼女はエンジニア部の部室へと向かい、その品を取りに行った。




    「ではその間に、私の方からも聞きたいことがありますので、少しお付き合い下さい。

    そうですね──カズサさん、ヨシミさん」

    「は、はい」

    「え、私たち?」

    「えぇ、気になる点が。


    十二日前、アイリさんと一緒に噴水の広場へと向かっていましたね。

    アイリさんの話では、その翌日──つまり、十一日前にも一緒に来ていたそうですが、覚えていますか?」



    「それは、まぁ…はい」

    「なんか、アイリがその日もまた行こうって言ってたのは覚えてるような」

    「では、その際に何をしたか、或いは何を話したかを覚えていますか?」

    「えっと、そりゃ私たち放課後スイーツ部だし、その時はきっと…」


    そこまでヨシミが言いかけた後──次第に、二人の顔にしわが寄っていく。



    「──あれ」

    「…思い、出せない?」

  • 137124/12/30(月) 19:13:29

    >>136

    「おおまかに、というわけでもなく?」

    「何というか…きれいさっぱりなくなったというか…」


    「…となると、自警団のお二人も同様でしょうか。

    八日前に、カフェの中でアイリさんとお二人が話をしていたと聞いていますが、その時の話を思い出せますか?」


    「…そういえば、確かに思い出せません。レイサさんはどうですか?」

    「…ごめんなさい、私もダメです…」


    「やはり──全員、アイリさんがAさんに関連した話をしたタイミングで、その記憶だけが全員から抜け落ちています。記憶の喪失としてみるならあまりに局所的であり、他の記憶ではそれが見受けられないのが不自然です」

    「じゃあやっぱり──」



    「偶然の一致ではないでしょう。認識の対象外ではあったとはいえ、Aさんという存在を少なくともその時は皆さんは”いる”という前提で聞いていた。


    その記憶だけが抜けている以上──そこには、何かしらの介入が関わっているのかもしれません」

  • 138124/12/30(月) 19:22:33

    >>137

    「その介入っていうのが、アイリの言っていた例の黒い穴の怪物?」

    「はい、極めてその可能性が高いかと。

    実際、皆さんの記憶が一新されたタイミングは、アイリさんがその怪物に遭遇した以降だったはずです。

    とすれば──気になるのはその正体。先ほどの⑧の疑問に繋がるわけです」


    「でも、そんな怪物が本当にいるんですか…?存在や記憶を奪い取れるなんて、とてもじゃないが想像できません…」

    「レイサさんの疑いは最もですね。

    常識的に考えれば、そんなものがいるとは思わないのが普通でしょう。

    ですが──特異現象について考える際、時に常識というものは大きな障壁になりえます。


    なぜなら、我々が認知しえない世界において、その常識が同様であるという保証はどこにもないのですから」


    「!」

    「故に──非常識を前提として仮説を立てることが必要になる場合もあります。

    …丁度、そのタイミングが来たようですね」


    ヒマリが部屋のドアに視線を向けたかと思えば、ウタハが何かの測定器を持って部屋に戻ってきたところだった。


    「お帰りなさい。オーダーの品はありましたか?」

    「あぁ、この通りだ。早速だが測定に入りたい」

    「分かりました。では、先ほど述べた”実験”に入りましょうか」

  • 139124/12/30(月) 19:24:39

    >>138

    ウタハが持ってきた測定器は、数字や矢印、円などが映し出されたディスプレイを内蔵した手のひらサイズのものだったが、結局どういうものかは見当がつかない。


    「アイリさん。部屋の中央に立っていてもらえるかい?姿勢は楽に、手は横においておけばOKだ。

    他の人は、すまないが距離を取っておいてくれ」

    「わ、分かりました。こうですか…?」


    アイリが部屋の中央に立ち、周囲の人が彼女を中心とした一定の円の半径に入らないように離れる。

    するとウタハは、機器を作動させながらアイリの周りをゆっくりと歩き始めた。


    そうして二周ほどした後──最後に、アイリの方に接近し、機器を彼女のお腹にそっとあてた。


    「…?」

    「動かないで。今、最後の段階をしているところだ」


    そこから十秒程経った後──機器からピーッという電子音が鳴ったタイミングで、ウタハは機器を再びアイリのお腹から離した。


    「うん、ありがとう。これで測定は完了だ。

    ヒマリ、データをそっちに転送させておくよ。


    ──中々興味深い反応が出た」


    「ありがとうございます。早速、確認いたしますね」


    機器からヒマリの持っていたタブレットへデータが転送される。

    それを見たヒマリは、少し黙ったかと思えば、何かを確信したかのようにふっと笑った。


    「…成程。予想はしていましたが、推測が当たると気持ちいいものですね」

  • 140124/12/30(月) 19:25:49

    >>139

    「え、今のだけで何か分かったってこと!?」

    「あの…何を調べていたんですか?」


    「今さっき調べたのは、アイリさんの周辺、及び本人における力場の流れです。

    光や空気の中の物質などを通して、アイリさんの周辺における力がどのように働いているかを見ていました」

    「「「???」」」


    ヒマリ以外のそこにいるほとんどが首をかしげる中、ヒマリは話をつづけた。


    「測定した結果──彼女を軸にエネルギーが外へと放出されていることが確認できました。

    彼女の体内を中心として、内側から外側へと何かを放出するような力が働いていたんです」

    「放出って…何かを外に出そうとしているんですか?」

    「えぇ。大体は物体や物質を想定しますが──


    私は、それと一緒にあるものが出ているのではないかと考えています」


    「あるもの?」

    「えぇ。それは────




    ”記憶”ではないかと」

  • 141124/12/30(月) 19:58:18

    >>140

    「!?」


    そこにいる者の多くは、その答えに驚愕したかのように目を見開いた。

    ウタハやスズミは、少し熟考したのちに──ある程度は納得したようにヒマリを見据えていた。


    「アイリさんのみがAさんを覚えていた理由──彼女のみに起きた記憶のイレギュラー。

    私は、この放出する力の源がそこに起因していると思っています。

    まぁ、エネルギーを使って抽象的なものが出てくると言うのは些か不可思議ではありますが」


    「ど、どういうこと…?

    じゃあ、アイリだけが覚えているのは、アイリの体内から何かを通してA自身の記憶が出てきたってこと…?

    全く意味が分からん…」


    「…そういえば、アイリの体には──」


    「はい。彼女の話によれば、アイリさんにはもう一つ体に関する特異的かつ不可解な部分がありましたね?」



    そこでアイリは、今はもう元に戻っている自身の両腕を見た。



    「──腕の断面の、白い穴──」

  • 142124/12/30(月) 20:00:15

    >>141

    「恐らくはそれが関係しているでしょう。


    突然アイリさんに入ってきたAさんの記憶。

    無くなったはずなのに再生していた腕。


    そういった謎と合わせて、私は先ほどの話を聞いた時にいくつかのキーワードから連想するものがありました」


    「キーワード?」



    「”腕の白い穴”、”放出する力”、”黒い穴の怪物”、”体が重くなる噂”────

    それらが繋がったとき、私はある用語を思い出しました。





    ──”ワームホール”という言葉を、ご存じでしょうか?」

  • 143124/12/30(月) 20:17:00

    >>142

    「ワーム、ホール…?」


    すると、話を聞いていた先生が、説明を挟んだ。


    “『虫食い穴』だったかな?確か、別々の時空を繋ぐトンネルのようなものだったはず。

    天体関係や、タイムトラベルの小説などで見かけた覚えがあるけど”

    「おっしゃる通りです。創作品の中などで描写される、別の場所にワープする際に使われる穴をイメージすると分かりやすいでしょう」


    「ドラ〇もんの通〇抜け〇ープのような?」

    「こら!!!著作権的問題!!!」


    メタい突っ込みをヨシミがレイサにしている中、ヒマリは話の焦点を再び切り替える。


    「このワームホールがトンネルのようなものである以上、そこには当然入り口と出口が必要です。

    そしてそれを担うと言われているのが、”ブラックホール”と”ホワイトホール”です」


    「”ブラックホール”と、”ホワイトホール”……”ブラックホール”って、確か極端に強い重力でなんでも吸い込むとかいう天体じゃ…」

    「──あっ」


    「そう──例の怪物の黒い穴と、アイリさんの体内の白い穴。




    それぞれにあった穴が、文字通り”ブラックホール”と”ホワイトホール”そのものに思えませんか?」

  • 144124/12/30(月) 20:18:19

    >>143

    「もしかして…アイリの腕が戻ってたのって…

    飲み込まれた腕が、アイリの体内からそっくり生えてきたってことなの!?その穴を通じて!?」


    「でも、”ホワイトホール”は実在するかもわからない天体であった気がしますが…人の体内に天体というのは流石に想像の範疇を越えているような」


    「えぇ、現象としては今だ未解明かつ未観測の謎でもあります。

    そして、腕という物理的なものなら兎も角、記憶や概念までに干渉する現象というのは、流石に考えにくい。

    ましてや、体の中に天体ができるなど意味不明です。


    ならば──こう考えてみてください」


    「アイリさんが出会ったものが、本当に文字通りの怪物だとしたら。そう──




    その”ブラックホール”と”ホワイトホール”が、我々の空想した現象とは異なる、一つに繋がった”ワームホール”という未知なる生命体だとしたら?」

  • 145124/12/30(月) 20:21:05

    >>144

    「生命、体…?」

    「生き物ってこと、ですか…?」


    「あくまで私の仮説ではありますが。それが我々の常識を超えた特異的な生命体であるとすれば──記憶や存在を吸い込む、もしくは放出することができないと完全に言い切ることはできません」


    そしてヒマリは、彼女自身が行きついた仮説を口にした。



    「アイリさんのみが認識できた、Aさんのものと思わしき記憶と彼女の意識体と思わしき残影。

    ──俄かには信じがたいですが、その原因が事象ではなく、未知の生命体というのなら。


    その生命体が飲みこみ、放出できるのはアイリさんの腕やAさんの体といった物理的なものだけでなく、記憶や存在や概念といった抽象的なものすら可能だとしたら?


    アイリさんだけが認識し、覚えていられるのは──

    アイリの体内にある”ホワイトホール”から、”ブラックホール”によって飲み込まれたAさん自身と彼女に関する記憶を放出されたのだとしたら──?



    かのご友人は、黒い穴の怪物こと”ブラックホール”とアイリさんの体内にある”ホワイトホール”をつなぐ、亜空間のトンネル──”ワームホール”の中に飲み込まれたまま、忘れられているのかもしれません。




    文字通り、”虫”────もとい、”無視”に食われたものとして」

  • 146124/12/30(月) 20:41:34

    >>145

    「…でも、所々変な気もするけど」

    「おや──気づかれましたか?」

    「何というか…矛盾が多い気がするというか。多分だけど、そのAは結果的には二回のみ込まれたことにならない?」

    「えぇ…恐らく、三カ月前が一回目、昨日が二回目という感じですね」


    「一回目で存在ごと呑み込まれたっていうのなら、その後にアイリが現実世界で認識した意識体って言われてるAは何なの?記憶だけならともかく」

    「確かに…だって、存在ごと呑み込まれたのなら、そもそもそこには”誰も居ない”ことになるよね。アイリはA自身の記憶は見れても、現実でAを認識することはないはず」


    「そう──今唱えたのは仮説ですが、仰る通り矛盾や未解決の部分があるのも事実です。

    正直、私一人では完結できないでしょう。そのため、できるならば皆さんの知恵や閃きをお借りしたいのです」


    「私たちの、ですか?」

    「えぇ。確かに私は長きにわたる歴史の中でも稀代の大天才ではありますが──独りよがりですべてが解決できるのだと奢り高ぶってはいけないとも考えております。

    私ではない皆さんだからこその発想を、是非提供して下されば嬉しい限りです」


    「成る程…そういうことなら考えてみるけど…できるかしらね」

    「ふふっ、まぁあまり気負わずに。柔軟な姿勢でリラックスすることがコツですよ。


    さて──今のところははっきりと言うことはできませんが、そのアイリさんが認知したAさんに関しては、残留した意識のようなものか存在の内の一片か…いずれにしても、完全に飲み込まれなかった部分があったのではないかと見ています」


    「えっと…番号順にちょっとまとめてみるわね」

  • 147124/12/30(月) 20:43:04

    >>146

    ①→不明


    ②→アイリの体内のホワイトホールから放出された記憶?


    ③→三カ月前に一回目、昨日に二回目?


    ④→不明


    ⑤→存在と同時に呑み込まれた時に本人から引き離された?


    ⑥→ワームホールによる記憶への介入、アイリだけは記憶をホワイトホールから提供されている?


    ⑦→不明


    ⑧→ワームホールのような生命体?(吸い込むのは記憶や存在?)


    ⑨→アイリの体内のホワイトホールから放出されて戻ってきた?

  • 148124/12/30(月) 20:45:30

    >>147

    「こんな感じかしら…残りはいまだ分からずじまいね」


    「ちょっと待って。多分④だけどさ…

    ”体が重くなる”って、言うなれば重力みたいなものっぽいけど、ブラックホールとして見るならその怪物のせいじゃない?」

    「あ、確かに…ありえそうね。

    あとは…もしかして、A以外にも狙われて飲み込まれた人も結構いたりする…?」

    「どうでしょう。噂として残っている以上、遭遇した人の中に逃れた人がいると考えれば向こうの力は思った以上に強くはないのかもしれません。

    それに、あまりに多人数の存在が無くなれば、幾ら何でも機能不全になる機関や不自然になる場所が出てきます。

    ”最初からなかったことにする”という干渉は、想定よりも世界に与える影響は大きいものになりかねないでしょうから。


    ”バタフライエフェクト”という言葉もありますしね」

    「バタフライエフェクト?」


    「一見関係ない小さな出来事が、予想外の大規模な事柄に発展するという効果のことです。

    世界規模で見ればたった一人といえど、それがいなくなることによる影響力は凄まじいものです。

    例え、このような特異現象であれどもその効果は働いてくると私は見ています」

    「なる、ほど…?」


    「無論、その”ブラックホール”が重力を持っているのか、重力を持つ対象を選んでいたのかはまだはっきりとはしませんが。


    さて──そうなれば残る疑問は①と⑦辺りですね」

  • 149124/12/30(月) 20:49:56

    >>148

    「アイリの記憶障害の原因と一旦の解決に至った理由と、Aの本名を誰も覚えていないかつ仮名も出力できない原因、か…」

    「駄目だ、何一つ思いつかない…」

    「うーん…キツいわねこれ」


    圧倒的な情報量と思考の連鎖で、ついにヨシミが机の上に突っ伏した。

    カズサやアイリも、とっくに目を回している所を見るに、彼女たちにはここらが限界値だろう。


    「…一旦休憩が必要かもしれませんね。

    このまま続けるには、脳に割いたリソースの消耗が激しい内容だと思いますし」

    「現状でも随分頑張っているからね。正直、私も手詰まりだったし、ここらで暫し休めよう」


    「か、甘味を…誰かスイーツを…」

    「グルコースが足りないわ…」


    「──ふむ。自警団のスズミさん、もしよければちょっと買い物に付き合ってくれるかい?」

    「成る程、そういうことならば」


    見かねたスズミとウタハが、ミレニアム内のスイーツショップに二人で差し入れを買いに行ってくれることになり、一先ずそこで彼女たちの会議は中断された。

  • 150124/12/30(月) 21:02:49

    >>149

    「お待たせしました、皆さん。こちらで如何でしょうか?」

    「おぉ…プリンにチョコ、グミにラムネ…色々ある!」

    「甘味が欲しいということで、甘いものをメインに買ってきたよ。

    一旦はスイーツタイムというところにしようか」


    「ありがとうございます、お二人とも!では早速頂く…前に手を洗ってきます!」

    「そうね、ちょっと行ってきますか」

    「ヒマリさん、少しトイレをお借りします。アイリも、ほら」

    「うん、ちょっと待ってて。すぐに行くね」


    買ってもらったものを確認した後、レイサと放課後スイーツ部の面々が手を洗いに席を立った。

    その間に、部屋に残ったスズミ、ウタハ、ヒマリ、先生が買ってきた菓子をテーブルに並べていく。



    ”これはまた、バリュエーションが豊かだね”

    「ふふっ、こういったことを他校の方と一緒にできるのは貴重な機会です」

    「そういえば…今更ではありますが、確かにこういったことは普段はあまりしませんね。

    基本私も、トリニティの自治区内で活動してますし」


    ”スズミは自警団だからね。日頃からみんなのために動き続けているのは、尊敬に値する美点だと私は思ってるよ”

    「そうでしょうか…?私にとっては、日常のようなものなので…」

  • 151124/12/30(月) 21:04:03

    >>150

    「いえいえ、本人にとっては大したことが無くても、多くの人にとっては非常に眩しく見える個性や良い所というのは割と存在するものです。

    外から見ることによって初めて分かる客観的視点というのは、自己を正しく見つめる上で非常に参考になるのですよ」

    「なるほど…」

    「まぁ、私の持ち得る天賦の才と実力に関しては自認しているので、何も問題はありませんが」

    「…そういうところじゃないのかい、ヒマリ」


    若干呆れ気味にヒマリをウタハが見つめる中、手を洗ってきた放課後スイーツ部一行とレイサが戻って来た。


    「ただいま戻りました!」

    「お帰りなさい。では、私たちも」

    「そうだね。君たちの方で、先に選んで食べてもらって構わないよ」

    「それでは、また戻ってきますね」

    「はーい。


    さてと…」

  • 152124/12/30(月) 21:07:04

    >>151

    そうしてミレニアムの二人とスズミと先生が退出し、ドアが閉じた部屋の中で四人は並べられたスイーツを片っ端から眺めた。


    「うーん、どれも迷うねぇ…カズサちゃんはどれがいい?」

    「私はラムネかな。ちょっと今は、なるべく早く脳にエネルギーを回したい気分」

    「なんか吸収率が早いとは聞くわね。勉強の合間に食べるとか」

    「そっ。効率厨ってわけじゃないけどね。

    ま、とはいっても今は一気には入らないし、少しずつの方がありがたいからこれで」


    カズサがラムネの小袋を手に取りつつ、ペットボトルの水を飲み干そうと口をつけた時だった。


    「…”エネルギー”…”少しずつ”…”生命体”…」



    ヨシミがぶつぶつと何かを呟いたかと思えば──



    「……あーーーーーーーっ!?!?」



    「ブッフォッ!?」


    突然大声で叫んだものだから、驚いてカズサは水を吹いてしまった。

  • 153124/12/30(月) 21:09:00

    >>152

    「ゲホッ、ゲホッ…ちょっとヨシミ、突然何なの!?」

    「えっと、何となくだけど閃いたのよ!

    その黒い穴とアイリが繋がってるっていう感覚が、どーにも納得できなかったから!

    それで今思いついたんだけど──



    もしかしてだけど、”ワームホール”っていう繋がった全体の生き物じゃなくて、”ブラックホール”と”ホワイトホール”っていう別々の生き物なんじゃ?」




    「別、々…?」

    「つまり、私たちはワームホールに関して、トンネルってイメージから”管”のような生き物のイメージを持ってたけど…どっちかと言えば、ワームホールそのものは別々の生き物が同時に使っている”巣”に近いものなんじゃないかしらって」


    「それって、”ブラックホール”はそこに吸い込んだものをいれて、”ホワイトホール”はそれを出してるって感じ?別々の意思で?」

    「そんな感じ!で、今私たちがこうして食べてる中でふと思ったの。


    私たちだって、考えたり動いたり、生きる為にエネルギーが必要で、何かを食べてそれを得てるでしょ?

    アイリの中にある”ホワイトホール”も記憶を外に出すだけっていうのはおかしくない?」


    「…どういうこと?」

  • 154124/12/30(月) 21:10:38

    >>153

    「それが生き物ってんなら、そいつも出すためのエネルギーを得ようとして、何かしら食べる必要があって然るべきじゃない!ただ何かをし続けるだけなら、どっかで体力が尽きるはず!


    でも、アイリの身体は前に話した以外は何ともなかったのは、昨日の病院で分かったことだし。

    ってことは──



    アイリが三カ月前になってた記憶障害の原因は、そいつがアイリの記憶を毎日食べていたってことじゃない!?」



    頭の中に次々と湧いてくる何かをまくしたてるように早口で展開していくヨシミに、若干三人は気圧されていく。


    「記憶を、食べてた…?」

    「私たちで言うところのスイーツみたいな食べ物が、その生き物にとっては記憶や存在とかになるってこと?」


    「正確にはあれは現象じゃないから、そういうことがあってもおかしくないってこと!

    それにそいつにとっては、取り込むのも出すのもそういった形のないものが主だっていう可能性がある!」



    「…じゃあ、どうして途中で食べるのをやめたのかな…?私の記憶障害も、最近は全く見られないし…」

  • 155124/12/30(月) 21:12:13

    >>154

    「ええと…それは…


    そいつ、もうお腹いっぱいだったりするとか」

    「はぁ!?」

    「ありゃ?」


    急にテンポとIQがガクッと下がったかのような結論が出てきて、思わずカズサとレイサがズッコケた。


    「なんでそうなるの!?急に話のレベルが下がった気がするんだけど!」

    「いや、お腹いっぱいになるほどに記憶を食べたから…食べすぎて余分な記憶を吐き出しちゃったとか…

    それで通じてたワームホールからそのAの記憶が出てきたとか!」

    「んな都合よくAの記憶だけが出てくるわけあるか!

    というか、その流れだと溜め込んだところから少しずつ食べてもいいから、アイリからわざわざ奪わなくてもいいんじゃない!」

    「あ、確かに」


    「あぁもう!もっとマシな結論は無かったの!?割といい線言ってたように聞こえてた私がバカだったわ!」

    「しょうがないじゃない、とっさの思い付きなんだから!

    そんな理論展開をずっとできるほど私の脳はよく出来てないってあだだだだだ!!!」


    「ふ、二人とも!ストップストップ!」

    「と、止まってください杏山カズサ!?ここ他校の校内なんですよ!?」

  • 156124/12/30(月) 21:15:44

    >>155

    あっという間に室内がギャーギャーと騒がしくなった所に、手を洗いに行っていたメンツが部屋に戻って来た。


    ”え、ちょっとみんな!?”

    「これは…どういう状況かな?」

    「…どうやら、世紀の大発見でもあったのかもしれませんね」

    「…何か、すみません」





    「”ワームホール”という一つの生き物ではなく、別々の違う性質を持った生き物たちの巣…

    そして生命体である以上、彼らもまた何かを摂取する必要があり、それがアイリさんの記憶障害の原因かつ彼女にAさんの記憶が入ってきた理由だと…ふむ」


    コップに入っていたオレンジジュースを一口喉に通すと、ヒマリはコトンとテーブルにコップを置いた。



    「──成程、盲点でした。不合理な点は拭えないですが、確かにありえますね」

    「マジですか!?」



    意外にも、ヒマリはヨシミが提示した仮説に肯定的だった。

    みればヨシミは「うっし!」と言ってガッツポーズを決めている。

  • 157124/12/30(月) 21:24:21

    >>156

    「まぁ、お腹がいっぱいになったから記憶を吐き出したというのまでは、ちょっと疑わしいですけどね。

    ただ、スイーツという食に関連した部活にいたからこその着眼点とも言えるでしょう」

    「ある意味私達らしいというのかな、これ…?」

    「なんか釈然としないな…」


    「──さて。であれば、巣であるワームホールにキャパシティー…容量がある可能性がでてきます。

    もしかしたら、思っているよりも小さく狭いのかもしれません。

    とはいえ、こちらにおける生命体への認識からの連想ではありますが」

    「限界量を越えた結果、取り込んだ内の一部としてAの記憶がアイリの中から出てきたってことか…

    でもやっぱり、"ホワイトホール"が溜め込んだところから自分用のエネルギーを確保せずに、わざわざアイリから奪ってるのはなんか違和感ある」


    「それに、もしそうだとしたら名前の件は変だね。アイリさんの記憶の中で、都合よくAさんの本当の名前と後につけた仮の名前だけが抜き取られている」

    「確かに、記憶だけ戻ってきてるのは不自然ですね。その流れであれば、名前も一緒に放出されてもいいはずですが…」




    「…あの、もしかしてなのですが!」

  • 158124/12/30(月) 21:26:16

    >>157

    「ん?宇沢?」


    するとそこで、レイサがさらに連鎖的な発想を提供し始めた。


    「生き物って、何かしら好き嫌いとかあるじゃないですか!

    あれはいらないとか、これはずっと持ってたい、食べたいとか!



    ひょっとしてですが──そういった好き嫌いが、そいつにもあるんじゃないですか!?」



    「入れたり出したりするものや、自分自身が食べるものを選んでる?」

    「となると、"ホワイトホール"がアイリの記憶を奪ったのはそれがそっちの好きなもので…逆に名前が出てこないのは、ブラックホール自身がそれを渡したがらない、とか…」


    「だけど、もし記憶とか存在を食べる生命体なら、なんで今の所広場の中だけで完結してるの?別に留まっている必要なんてなくない?」

    「そういえばそうね…手当たり次第食べに行けばいいのに」


    「それなんだが…実はある件と繋がっていると思ってね」

    「ある件?」

    「そんなにも巨大な生命体にも関わらず、目撃情報がさっぱり無く、あくまで関連すると思われる噂で終わっている点だ。

    もしかしたら向こうも、出てくる際に目撃されにくいようにタイミングを意図的にずらしているのかもしれない。

    どこかで限度はあるにしても、だけどね」

  • 159124/12/30(月) 21:28:26

    >>158

    「あとは、趣味嗜好以上の何か我々には感知できない別の要因や、その生命体としての本質や本能が関わってくるのかもしれません。

    実際、”巣”という解釈が正しければ、それこそ狩場の罠として機能しているという説も浮上します。


    …それともう一つ。展開された考えから思い至ったことがありました。キャパシティーの件からですね」

    「え?何でしょうか?」



    「仮に、ワームホールの中に許容量が存在するとすれば、Aさんを知っていた者たちの欠落した記憶はいったいどこにあるのかということです。

    Aさん自身の記憶に関しては本人と共にブラックホールに飲み込まれ、アイリさんの中のホワイトホールによって放り出されたと考えられますが……



    それ以外の全員から、彼女に関係する記憶まで全て奪い取ることは可能なのでしょうか。

    そもそも、それだけ大量の記憶を網羅し、いつ抜き取り、管理したというのでしょうか」


    「そうだね。いくら何でも、そんなに大量の人から一斉にAさんに関する記憶だけを抜き取って保管するだけの容量や方法が本当にあるのかどうか」



    「そこでふと思いついたのが──一重に記憶を失うといっても、そのパターンは一つとは限らないことです。


    記憶そのものが脳から消失したのか、忘れているだけで引っ張り出せずにいるのか、或いは──

    一部のみが抜け落ちた、不完全な記憶になっているのか」



    “記憶喪失にもいくつか種類があって、私たちの中でもそのパターンが分かれている?”

  • 160124/12/30(月) 21:30:53

    >>159

    「はい、先生。そうですね──パソコン内の保存フォルダが例えになるかもしれません」



    ヒマリは部屋の中にあった別のデスクを指先で軽くポンと叩く。

    すると、パソコンのデスクトップ画面が、デスクの上でホログラムのように投影された。



    「見える形で説明しましょう。正確とは限りませんが、例えのようなものと思ってください。



    まず、空のフォルダを一つ作成して、名前を“Aさんに関する記憶”にしておきます。

    そしてここに、いくつかデータを入れた状態にしておきます。



    パソコンのハードは本人の身体、記憶媒体のディスクは脳。

    フォルダは皆さんが脳内で区分けしている記憶の内にある、Aさんに関する記憶を保存する保管庫。

    そしてデータは、皆さんが持っていたはずのAさんに関する記憶そのものと思ってください。


    いろいろとツッコミたい人もいるかもしれませんが、一旦話を続けますね。

  • 161124/12/30(月) 21:33:35

    >>160

    さて、この中にあるデータを、別のソフトで使う為に参照が必要になる場合。

    現実で言えば、“Aさんに関する記憶を日常生活で使うために思い出す場合”と言う状況です。

    普段であれば、何かしらのソフトでデータを使う時にこのフォルダを参照すれば、そのデータを引っぱり出して使うことができます。



    ですが──いくつかのパターンでそのデータが使えなくなる、もしくは不十分になる場合があります。




    まず、データそのものをフォルダから出し、別のフォルダ──例えば、インターネット上のクラウドファイルに移動してしまった場合。

    置き換えれば、記憶そのものが奪われてしまったという想定です。


    これは、三カ月前に記憶障害になっていた際のアイリさんや、十二日前にアイリさんと会ったAさん自身の状態に近いですね。最も、その時のAさんが何であるかはいまだ不明ですが。


    この場合、参照先のフォルダにデータそのものがないので、参照したところで見つからないということになります。そして、クラウドファイルにアクセスする権利を持っている人しか、そのデータを取り出すことは出来ません。

  • 162124/12/30(月) 21:35:21

    >>161

    逆にいえば、クラウドファイルへのアクセス権限を持っている者であれば、そのデータを引っぱり出せます。

    アイリさんのみがAさんを覚えているのは、ここでいうところの移動されたデータへのアクセス権限を持っている状態に近いからです。

    ”ホワイトホール”を通じてAさん自身の記憶が出てきた為、Aさんという存在が”いる”と認識できたという感じですね。無論、アイリさん自身の意思ではないとしてもです。




    また、データだけでなく、フォルダそのものが丸ごと移動してしまった場合も同様です。

    この場合は、参照先そのものが無くなった訳ですね。私たちに関してはこちらが近いのではないかと最初は捉えていましたが、今は違うと考えています。

    なので、こちらに関しては除外しておきます。




    次に、データそのものが破損している場合。

    こうなると、読み込んだデータを使おうにも、充分な機能を果たしてくれるわけではありません。

    置き換えると、記憶喪失というよりは記憶の劣化とも言えるでしょう。


    現在のアイリさんの記憶の状態は、これに近いとみています。

    名前の部分のみがなくなった、壊れた状態の記憶のようなものです。




    そして最後に──これです」

  • 163124/12/30(月) 21:36:46

    >>162

    ヒマリはそういうと、フォルダの名前を”Aさんに関する記憶”から”に関する記憶”に変えた。



    「フォルダの名称が不十分になると──元々そこを参照していて再度使おうとした場合、指定したフォルダが見つからないというエラー状態になります。たとえそこに、求めるデータが入っていたとしても、です。


    こうなると、自力で指定する以外はそのデータは引っぱり出すことができません。

    これが、アイリさん以外の、Aさんを知っていた方々の現在の状態だと推測しています」



    「…ということは。ヒマリ、ここにいるトリニティの彼女たちの記憶は──」

    「えぇ、ウタハ。この推測で言えば、前提から変わることになります。



    記憶を奪われたのがAさん。

    その記憶を虫食い状態で受け取ったのがアイリさん。

    Aさんに関して持っていた記憶を脳内から探し当てられないのが、ここにいる別の方々。



    皆さんは──記憶を奪われたのでも、操作されたのでもない。


    Aさんの名前と存在、そして概念自体が奪われたが為に──彼女に関する記憶を思い出せていない状態にあるのではないかと、私は思っています」

  • 164124/12/30(月) 21:46:06

    >>163

    「…奪われたんじゃなくて、思い出せていない…例え自体は極端かもだけど、その感覚は何となく自覚があるかも」


    「はい。あとは、アイリさんに関して、Aさんの仮の名前とその時の記憶を未だ覚えていることに関しては少し複雑になるでしょうか」

    ”少し複雑?”

    「感覚としては分かっていても、言葉にできないような形容しがたい感じになること。

    何かしら、覚えがありませんか?」

    「……あ、あります!食レポとかそんな風になりがちです!

    言いたいことはわかるのに、ちょうどいい言葉が浮かばないというか…」

    「はい。それに少し似ているというか、こちらに関しては厄介というべきでしょうか。


    記憶を引き出す”名前”という鍵は確保していても、その鍵自体を正しく認識できるように出力できない。


    これは恐らくですが──”ホワイトホール”によってAさんの仮の名前としての”記憶”はアイリさんに帰ってきてはいますが、それを言葉として出力するための”概念”までは取り戻せなかったという、中途半端な状態に近いのではないかと思っています。


    謂わば、”扉を開けはすれど、それ自体は見えない透明な鍵”といったところでしょうか。


    詰まるところ、名前の”記憶”は取り戻しても、名前の”概念”まで取り戻さなければ意味はないということです」

  • 165124/12/30(月) 21:48:11

    >>164

    そこで先生は、アロナとプラナに調べてもらった時の異変が脳裏に蘇っていた。


    ”(あの時のプラナは、恐らく仮の名ではない彼女の本名を探り当てていた。

    しかし──その本名自体は”判別”はできても、”出力”は出来ていなかった。


    そもそも、この世界においてその本名という”概念”が奪われたがために、プラナも”記憶”として引っ張り出せはしても形容化までは許されなかったということか…)



    「でも、人とパソコンじゃどうしても勝手は変わるし、そこはどうにかして真相を突き止めて照らし合わせたいけど…」

    「そうですね。ここまでかなり話してきましたが、持っている情報で考えられるのはここまででしょうか。



    であれば──そろそろ動くと致しましょう。

    現状の確認と問題点に関する考察は、ある程度整理がつきましたからね」



    「動くってことは…現場に向かうのかい?」

  • 166124/12/30(月) 21:49:55

    >>165

    「はい。近々遠くに行く予定もできたので、ここらで身体を慣らしておこうかと」


    そういうと、ヒマリは止めていた車椅子を稼働させながら、服の襟元を正した。


    「一応、最初から動くこともできたにはできましたが、実際にそこで一人存在がなくなっているとすれば、立ち回りは慎重にならざるを得ませんでしたから。

    無作為に調査に向かっていき、この中の誰かが消えることも避けたかったのもあります。


    ですが、聞いた話ではどうにも無差別に呑み込んでいる訳でもなさそうです。

    そこまでの影響が及んでいる地域や機関もなく、目撃情報すら無かった訳ですから」


    「特定の対象を、人気のないタイミングに狙って吸い込んでるっていう感じ?」

    「恐らくは。或いは、向こうも時期を伺い続けているとも見えます。

    どういう意図、もしくは状況なのかは別として、それ故の三カ月というブランクが開いていたのかもしれません」

    「だとしたら──あまり、うかうかしてられないかもね」

    「はい。皆さんも準備を。ここからはいよいよ──


    フィールドワークのお時間です」



    ヒマリのその一言をきっかけに──その場にいる全員が、噴水の広場に向けて出かけるための身支度を始めた。

  • 167124/12/30(月) 22:05:48

    >>166

    ────────────────────────────────────────────────────


    「そういえば…ヒマリさん、現地では何を調べればいいんですか?」


    向かう道中、アイリはヒマリの車椅子のスピードに歩幅を合わせながら、現地調査の内容について確認を取っていた。


    「基本的には、ミレニアムから持ってきた機材を使って物理的な情報を集めます。

    重力、力場の変化、光の屈折具合など…もしそこにブラックホールがいるというのなら、何かしらの痕跡や変化が現存している可能性があります」

    「成る程…では、私たちはそれのお手伝いをすればいいのでしょうか?」

    「そういう感じです。大方の機材に関しては、ミレニアムのドローンや輸送車を使って運んでもらっているところですね」


    また、近くで電話で誰かと会話をしていたウタハが、スマホの電話を切ると連絡をしてくれた。


    「今、そこの広場の管理している所から、調査に関する許可申請が通ったよ。

    こちらの調べたいことと一緒に、現状の広場における劣化具合の点検とデータの無償提供をするということで話を合わせておいた。短期間であれば封鎖してもOKだそうだ。

    あと、設計図に関するデータを送ってもらったから、そっちの端末に転送しておくよ」


    「助かります。これで心置きなく隅々まで目を配れそうです。と、話をしていればそろそろですね」


    会話を交わしているうちに、彼女たちはこの一連の騒動の元となった場所へとたどり着いた。



    「ここですか…!とっても綺麗な場所ですね!」

    「レイサさん、お気持ちは分かりますが今回は観光ではないので。準備を進めましょう」

    「あ、はい!そうですね!ではトリニティのスーパースター、出撃!とぉー!」


    走り出したレイサとそれを追いかけるスズミを見ながら、カズサがやれやれと肩をすくめる。


    「全く、元気なんだから…でも、今って広場に入って大丈夫なんですか?」

  • 168124/12/30(月) 22:07:29

    >>167

    「えぇ。今はまだ夜の前ですし。これまでの傾向から見て、人の目が完全に消えていないこの時間においそれと顔を見せはしないでしょう」

    「それって、逆にいうと向こうは人に見つかることを恐れているってこと?なんか訳でもあるのかしら?」

    ”…どうだろうね。もしかしたら、実際に相対してみないと理由は不明なままかもしれない”

    「かもね。一先ず、今できることを重ねていくしかないだろう。さて、では行くとしよう」




    広場の中に着くと、丁度ミレニアムからも機材を運んできた何台かの輸送車やドローンが到着していた。

    その機材を全員で運んでセッティングし、ヒマリとウタハを主軸としてデータの回収作業が始まっていく。

    放課後スイーツ部とトリニティ自警団の面々は、そのデータを取るためにあちらこちらへと片手に端末をもって移動したり、写真を撮ったりを繰り返すことになった。


    「ふぅ、ふぅ…思った以上に肉体労働だね。まぁ、私らにできることといったらこっち方面か。

    ヨシミ、そろそろ交代」

    「じゃ、次は私ね。レイサ、一応準備しておきなさいよ」

    「お任せを!」


    交代したヨシミが広場の反対側へと走り出していったところで、アイリはヒマリに現状を尋ねた。


    「どうでしょうか、今のところは?」

  • 169124/12/30(月) 22:08:50

    >>168

    「ふむ…そうですね。総じての結果としては、やはりこの広場の中心に力が向いているといった印象でしょうか」

    「中心…あの噴水ですか?」

    「はい。先ほどウタハから転送された広場の設計図を印刷したので、見てみてください」

    「あ、はい」


    ウタハから渡された設計図を見たアイリは、今一度その構造をじっと見つめた。

    大方予想通りではあったが、中心にある噴水を取り囲んだ円形状に設計されており、行ってしまえばドーナツの形に似ていた。


    「輪っかのような形状かつ中心の穴の所に噴水を配置しているのですが、力場や光の屈折具合から見るに、そこへ向けて様々な力のベクトルが向いているといった感じです。

    もし”ブラックホール”がいる”巣”があるとすれば、あの噴水の辺りになるかと」

    「やっぱり…そんな気は薄っすらしてました」


    「それと…」


    ヒマリが近くのベンチの方へと視線を促すと、そこには地面に何かが擦ったような跡や削れた部分があるのが分かる。その場所は、アイリが昨日倒れていた所の近くだった。


    「ここって…」

    「おや、心当たりが?」

  • 170124/12/30(月) 22:10:32

    >>169

    「はい、その子が飲み込まれたのも、この近くでした」

    「…成る程。この擦ったり削れた箇所なのですが──


    恐らくは”ブラックホール”が移動した際の痕跡と思われます」


    「!本当ですか!?」

    「他の生き物や現象であれば、このような綺麗にさっくりと無くなる削れ方は起きませんから。

    飲み込まれてしまった彼女に関しては存在や記憶が消えてしまいましたが、本体による影響は完全には消せず、痕が残ってしまったようですね」

    「…じゃあ!」


    アイリの期待に満ちた顔に、ヒマリは応えるかの如く微笑み返す。


    「えぇ。現実的に痕跡があるということは──どうやら立てた仮説は的を得ていたようです。

    ただ、今その”ブラックホール”がどこにいるのか、どうしたら出てくるのか、そしてAさんをどうやって取り戻すかと課題はありますが」

    「うぅ…そっかぁ」


    「とはいえ、これで進展はありました。あとは焦らず進めていくだけですが、もうすぐ夜になってしまうので、次のレイサさんが一周し終わったら一旦引き揚げましょう。

    明日改めて、恐らく根源がいると思わしき中心の噴水の調査へと入っていく予定です」

    「分かりました。みんな、次の一周で一先ず区切りだって!」

    「了解です、ヨシミさんが帰ってきたらそのように伝えておきますね」

    「うん、ありがとうスズミさん!」


    日が暮れかけた広場の中、スズミを介して撤収の旨が発信される。

  • 171124/12/30(月) 22:12:42

    >>170


    その時だった。



    途端に、噴水の水面が少しずつ揺れ始める。

    広場の端に置かれていた機材が、カタカタと音を立てていく。

    その微細な揺れが──次第に大きくなっていく。



    「わわわ、な、なんですか!?」

    「え、ちょっと何…地震!?」



    すると、視線を測定器に映したヒマリが、予想外といったように顔色を変えた。



    「──中心への力の流れが、急速に強まっている…!?まさか、リスクを承知で動き始めた…!?」


    かと思えば、未だかつてないほどの大声を張り上げた。



    「全員、急いで広場の外へ!!!特に中心の噴水から離れるように!!!」



    「「「「!!!」」」」

    それと同時に、それが聞こえていた全員が広場の外へと撤収を始めた。



    ──唯一、広場の一周を終えかけていたヨシミを除いて。

  • 172124/12/30(月) 22:14:49

    >>171

    「え、ちょっとみんな、なんでそんな急いで…!?というか、さっきの揺れは何よ!?」


    さっきまで一心不乱に走っていたヨシミからすると、突如目の前にいる全員が広場の外へと機材を持って移動し始めたものだから、何事かと困惑するのは当然だった。


    「ヨシミちゃん、急いで外へ!」

    「アイリ!?ちょ、どういうことよ!?というか、まだ体力が…」


    辛うじて届いたアイリの大声が伝わったものの、先ほどまで走っていた状態から連続で体を動かすのは中々に厳しい。


    「いや、身体がまだ重くて──」


    そこまで言いかけて、ヨシミは自身におきた異変をやっとのことで認知した。



    ──果たして疲労だけで、こんなにも体は重くなるのだろうかと。



    「何…これ…!?まさか、これが例の…!?」


    まるで重りを括りつけられたかのように、足が上がりにくくなっていた。

    声をかけていたアイリが辛うじて異変を感じ取り、こちらへと走り寄ってくる。


    「ヨシミちゃん、だいじょ──」




    瞬間。


    噴水の下の方から──”それ”が音もなく飛び出してきた。

  • 173124/12/30(月) 22:16:57

    >>172

    「!?」

    「────あれが…!」

    「……本当にこのタイミングで…!?」


    黒く濁った穴を侍らせた、透明で巨大な管──

    彼女たちが”ブラックホール”と呼称していた怪物が、本当に姿を現していた。


    そして──その矛先は、どうやらヨシミへと向いているようだった。



    管が蛇行を始め、ヨシミへと急接近していく。それを見ていたアイリが、黙って見届ける訳もなく、彼女も全速力で駆け出し始めた。


    「ヨシミちゃんッ!!!」

    「ッ…!!このっ…!!!」


    しかし、彼女の重くなった足は一向に歩幅が伸びない。

    ずりずりと何かを引きずっているかのように、一歩一歩を踏み出す時間の間隔が大きくなっていた。


    「早く!手を掴んで!!!」

    「!!!」


    ブラックホールとの接触まで僅か数メートルという所で、すんでの所でアイリは間に合った。

    彼女がヨシミに向けて手を伸ばしたその時──ヨシミの身体にも変化が生まれた。



    「…え!?」


    (重さが──全く無くなった!?)

  • 174124/12/30(月) 22:19:14

    >>173

    先ほどまで感じていた重荷が解き放たれたかのように、ヨシミの体は軽やかになる。

    そして、彼女の手もアイリが伸ばした手をがっしりと掴み取った。


    アイリがその手を渾身の力で引っ張り、ヨシミの全身を手繰り寄せた刹那──

    先ほどまでいたその場所を、透明かつ巨大な管が猛スピードで駆け抜けていった。


    「あっぶなっ…!!!」

    「ま、間に合った…!」


    「二人とも、大丈夫ですか!?急いで外へ!」


    スズミにかけられた声をきっかけに、二人は再び広場の外へとダッシュする。

    その際には、先ほどまで感じていた重力が、再びヨシミの体に纏わりつくことは無かった。


    そして先ほど通り過ぎていった管は──再び地中へと潜っていった。

    その通り道には、多少ながら削れたり擦った痕が残ってはいたが──地中に潜っていった場所は削られずに通る前と変りはなかった。





    「ハァ、ハァ…だ、ダメかと思った…」

    「ゲホッ…ゴホッ…」

    「ヨシミ、アイリ!!!大丈夫!?」

  • 175124/12/30(月) 22:21:45

    >>174

    何とか広場の外へと倒れ込んだ二人に、慌ててカズサが駆け寄ってくる。


    「だ、大丈夫…アイリのおかげでモーマンタイ」

    「こっちも平気だよ」

    「はぁ……心臓が飛び出るかと思ったよ」


    ほっと胸をなでおろしたカズサの隣から、他の者たちも後から追いついてきた。


    ”二人とも、けがはないかい!?”

    「う、うん。ありがとう、先生…」

    「──しかしこれは…」

    「あぁ。まさか、日が落ちる前に姿を見せるとは」


    ウタハとスズミが同時に額に汗を滲ませる。ヒマリもまた、この事態の異常性を理解していた。


    「──これで証明されましたね。あれが恐らくは──かの元凶、”ブラックホール”なのでしょう。

    動機は不明ですが、向こうも動きを大きく見せました。

    こうなった以上、広場の中に入るのは困難になってしまいました」


    側には、無理やり引き下げた調査用の機材が転がっている。

    再配置しようにも、広場に誰かが足を踏み入れようとした瞬間に何が起きるかは想像に難くない。

  • 176124/12/30(月) 22:23:48

    >>175

    「不味いですね…放っておけば、事情を知らない者が今後この場に入った際、標的になる可能性が出てきます。

    Aさんの件は、もしかしたら彼女が最初の標的に過ぎなかったのかもしれません」


    「だとすれば、できたらこの場所を問題が解決するまで封鎖したいところだけど…

    我々は一介の生徒に過ぎない。長期的な封鎖となると話は変わってくるだろう」


    「じゃ、じゃあどうすればいいんですか!?」


    Aを取り戻すための現地調査──そのつもりで来ていた彼女たちは、この事態がその範疇ではなかったことを思い知る。それは特異現象の域を超えた一種の未曽有の危機だったのかもしれなかったのだと。

    そうして切迫した空気の中──


    そこで待ったをかけた者が一人いた。



    「──あの、ちょっと待ってくれる?」



    それは意外にも、最も危険を間近で感じていたはずのヨシミだった。

  • 177124/12/30(月) 22:25:37

    >>176

    「さっきあいつに狙われたときなんだけど…例の噂の件が起きたの」


    「噂って…”体が重くなる”っていうあれ?」


    「うん。”ブラックホール”が来る前に体がすごく重くなって。

    足も動かすのがやっとで、多分あのままいたら本当に飲み込まれていたのかもしれないけど──

    アイリが近くにやってきた瞬間、その重さがパッと消えたっていうか…」


    「じゃあ、やっぱり噂と関係してたんだ…」

    「”ブラックホール”に狙われたものには、特定の重力が発生し──アイリさんが近づくとそれが相殺された──」




    「もしかして──”ホワイトホール”?」




    全員の視点がアイリに集中する。

    当の本人からすれば、ヨシミを助けようとした故の無自覚な行動だったのだが──


    彼女もまた、体内にいると思わしき存在に声をかけた。




    「…助けて、くれたの?」

  • 178124/12/30(月) 22:27:55

    >>177

    アイリがふと呟いた、確かめるようなその一言は──”彼女”に届いていた。



    (どう、かな…でも、できる限りのことはしたいって思ったんだ)



    それは──体の内側から、反響して聞こえた声。

    またしてもアイリにしか聞こえないその声は──何故かアイリ自身の声をしていた。



    「!?だ、誰!?」

    「え、どしたのアイリ?」



    「誰かが…喋ってるのが聞こえたの」

    「!?」



    (…ごめん、驚くのも無理ないよね。今までずっと、何も話さなかったから)


    再び体に伝わる声。

    その声の正体は──これまでの流れから、アイリにはすぐに思い当たる存在がいた。




    「もしかして…あなたが”ホワイトホール”?」

  • 179124/12/30(月) 22:32:35

    >>178

    (…そうなる、かな。今まで話せなくてごめんね…ずっと、他のことで手一杯だったんだ)

    「手一杯…?」


    (うん。あなたに  ちゃんの記憶を渡すこと、あなたの腕を取り戻すこと、あとは──この広場であなたと、あなたの隣にいる人たちを守ること。結構色々やってたんだ…ううん、これも言い訳なのかもしれない)


    「じゃ、じゃあ…初めからずっと、私やみんなのために動いてくれてたの?」

    (…ううん、それはちょっと違う。これは──


    償いのつもり、なのかな…)


    「償い…?」

    (三か月前のこと、覚えてる?)

    「…記憶障害のこと?」

    (そう。あれは確かに、私のせいなの。


    あなたの持っていた記憶が羨ましくて──私が奪ってしまった記憶。

    あなたが持っていた幸せな日常をもう一度感じたくなって…あなたから何も言わずに、記憶を奪い続けてしまったの)


    「そう、だったんだ…じゃあ、  ちゃんの記憶は──」

    (…私が何とか手に入れて、あなたに送った記憶。

    あの日、あなたが失って忘れてしまった  ちゃんを取り戻す助けになるかもと思って、私が送った  ちゃん自身の記憶)

  • 180124/12/30(月) 22:35:06

    >>179

    「…そっか。


    …話してくれて、ありがとう」


    (…怒ら、ないの…?)

    「…うん。確かに記憶障害の時は、本当に色々とあったけど…おかげで、みんなのことをもっと好きになった。

    私、本当に大事に思われてたんだって」

    (でも、それはきっと結果的に上手くいっただけで…)

    「確かにそうかもしれない。


    それでも──あなたは償うために色んなことで私を助けてくれた。それに──  ちゃんのことも。



    だから、私はあなたを責めないし、責めたくない」

  • 181124/12/30(月) 22:36:09

    >>180

    (………………)

    「さっき、もう一度って言ってたよね。その感じだと──


    あなたも、何かを失ったの?」


    (…うん。沢山──大事な人を失った)


    「…そっか。辛かったんだね」

    (…ごめんね、記憶のこと)

    「ううん、大丈夫。それよりも、今できることを考えなきゃ。私、  ちゃんを助けたいんだ。


    力を…貸してくれる?」


    (…分かった。私も、  ちゃんはこの世界にいるべきだと思う。



    時間は限られるけど…力になりたい)



    「…ありがとう」

  • 182124/12/30(月) 22:38:41

    >>181

    どこにもいない誰かと会話をしながら、胸に手を当てて目を閉じるアイリを、カズサたちは見ていた。


    「…あれって」

    「恐らくは、”ホワイトホール”と話しているんだろう」

    「なんか…思ってた以上にアイリが優しそうに話してるわね」


    「…話を聞く感じでは、どうやら”その子”は私たちが思っていた以上に協力的だったのかもしれません。

    懐疑的になっていた自分が少し嫌になってしまいますね」

    「そう自分を責めないでください、ヒマリさん。

    疑うのも無理はありませんし、あなたは既に十分私たちに貢献してくれていますから」

    「…ありがとうございます、スズミさん」


    暫くして、目を閉じていたアイリが瞼をゆっくりと開く。その眼には、一つの決意が滲んでいた。


    「…どうにかできるかもしれません」

    「え…本当ですか!?あれを!?」

    「うん、レイサちゃん。



    私、  ちゃん…Aさんをあの中から連れてくる。



    ”ブラックホール”を止めてくる」



    「──”連れてくる”って…あの中に飛び込むってこと!?」

    「待ってよ、アイリ!そんなのは自殺行為じゃ──」

  • 183124/12/30(月) 22:40:33

    >>182

    思わずアイリの肩を掴み、止めようとしたカズサとヨシミに、アイリは変わらぬ強さで答える。


    「そうだね、私だけだったら帰れないかもしれない。

    そのまま飲み込まれて、どこにもいなくなっちゃうかもしれない」

    「なら…」


    「だから、二人とも」


    掴まれた肩にかかった手を、アイリは両手で握る。


    「…私のことを、助けてほしい」

    「えっ?」

    「それって…」




    「あの子を取り戻すために──私と一緒に来てくれる?」




    「────────!」


    それは、カズサとヨシミに対してアイリが告げた、一蓮托生の願いだった。


    「きっと、私だけじゃ足りない。私一人であの子を連れて帰れるかって言われたら、正直自信がない。



    でも、放課後スイーツ部のみんなとしてなら…きっと声が届く。私はそう思うんだ」

  • 184124/12/30(月) 22:42:59

    >>183

    「………………」

    「勿論、無理に来てとは言わない──だけどその時は、私一人でも行く。


    だって、”約束”したんだ。”私とアイリのロマンを守ってほしい”って。

    本当の名前で呼んでもらうのが、私のロマンだって。



    だから──”約束”を守りたいんだ。絶対に」



    「……バカ」


    ボソッと呟いたヨシミの一言をきっかけに──三人の互いに握り返す手の力が強くなる。

    涙ぐんだまま顔を上げたヨシミと、静かな面持ちながら目の奥に熱を籠らせたカズサが、アイリの顔をじっと凝視していた。


    「それでアイリ一人だけ行って、もしも帰ってこなかったら…後悔することもできなくなるじゃない。

    そんなのは願い下げよ。


    どんな結果になっても、私は最後まで一緒がいい」

  • 185124/12/30(月) 22:43:11

    >>184

    「…そうだね。第一、そんな所に一人で行かせるわけないじゃん。

    アイリが嫌って言ってもついていくからね。


    その子も取り戻して、今度こそ”四人”で一緒にいようよ」


    「…ごめんね、二人とも」

    「そこはありがとうでいいの」

    「そっ、カズサの言う通り」


    やがて三人は、覚悟を決めたように頷きあう。

    それは、この危機そのものを解決するためにではなく──奪われた大事な人を取り戻すための戦い。




    まさしく──”ロマン”を取り戻すための戦いだった。

  • 186124/12/30(月) 22:46:10

    今日はここまで……現在、2/3が終わりかけた所です。

    明日の朝、次スレを立てて再開する予定です…

  • 187二次元好きの匿名さん24/12/30(月) 22:49:02

    更新お疲れ様でした
    めっちゃめちゃ続きが楽しみです!
    それはそれとして約束を大事にしてるアイリちゃんが本当主人公として行動原理も分かりやすいし何よりかっこいい……

  • 188二次元好きの匿名さん24/12/30(月) 23:19:43

    怒涛の更新かんしゃあ〜
    ミレニアム組との合流から仮定と推論でバリバリと真に迫っていくのが爽快だし、お菓子休憩という日常の象徴から非日常への打開策を閃くところがすごく好きだ……

    年末にこんなに良い作品を読ませてくれるスレ主には本当に感謝を……

  • 189124/12/31(火) 08:17:22
  • 190二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 08:24:45

    たておつです

  • 191二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 09:09:22

    たておつです!

  • 192二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 12:14:27

    これからの展開も楽しみ

  • 193二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 20:03:38

    埋め

  • 194二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 20:04:19

    埋まってなかったのか
    完結したよ

  • 195二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 20:14:21

    >>147

    ①アイリの記憶障害の原因と一旦の解決に至った理由



    ②アイリが夢の中で見ていたA本人の記憶



    ③Aの存在が消えたタイミング



    ④”体が重くなる”という噂の元凶の関与の可能性



    ⑤A自身の記憶障害について



    ⑥Aに関する記憶や存在があらゆる人から消え、アイリのみがAを覚え続けられた理由



    ⑦Aの本名を誰も覚えておらず、同時に仮名が出力できない原因



    ⑧黒い穴の怪物、及びアイリの腕の断面にあった白い穴の正体



    ⑨アイリの腕が元に戻った理由

  • 196二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 00:21:31

    完結したので埋め

  • 197二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 11:55:18

    埋め

  • 198二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 11:59:47

  • 199二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 12:54:54

    埋め

  • 200二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 12:55:16

    祝完結!!

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