SS タロ「パパと同じ帽子……??」

  • 1二次元好きの匿名さん24/12/30(月) 20:54:05

    ホスト規制で途中で落ちちゃった前スレ

    SS タロ「パパと同じ帽子……?」|あにまん掲示板bbs.animanch.com

    ~前までのあらすじ~

    ブルベリーグ四天王のタロがコーストエリアを散歩していたある日、タロの父親・ヤーコンのものと同じデザインの帽子を持つ謎の少年キクイと、その相棒のヌメルゴンと出会う。

    ブルーベリー学園に突如現れたキクイは、タロと同じリーグ部四天王のカキツバタ・アカマツ・ネリネとも交流し、タロ達と仲を深めていく。モンスターボールを持っていなかったり、普通とはちょっと違うヌメルゴンを連れていたり、どうやら学園の生徒ではなさそうだったり、謎の多いキクイ。

    果たして、キクイはいったいどこからやってきたのだろうか?そして謎の帽子の正体は一体……?

  • 2◆kHewv11Sv38W24/12/30(月) 20:59:13

    キャプテンって一体なんの?と聞こうとしたとき、がたり、と音を立ててカキツバタが立ち上がった。

    「さぁてと、ハラも膨れたし、オイラは部室でちょいと昼寝……じゃなかった、自習でもするかねぃ」
    「え?……あ、もうこんな時間!?スグリと勉強会の約束してたのに遅れちゃう!ごめんタロ先輩!キクイ!またな!」

    バタバタと席を立ち、元気よく走っていくアカマツと、口笛を吹きながら食堂を後にするカキツバタの後姿を見送ってから、ネリネも席を立った。

    「……ネリネは、少し気になることがあるので図書室で資料探しに行きます」
    「気になること?」

    ネリネはキクイとキクイのヌメルゴンを交互に見比べ、少し思案してから呟いた。

    「基本的には、ヌメルゴンはドラゴンタイプのみのはず……このヌメルゴンのように、鋼タイプの特徴を有する外殻をもつヌメルゴンは、百年ほど前にほとんど絶滅した希少個体と前に授業で……」
    「?」
    「……すみません。確かな情報源もないまま話してしまいました。とにかく、ネリネはこれからヌメルゴンについて調べることにします」

    そういってネリネも立ち上がって食堂を後にした。食堂に残されたのはタロとキクイと、キクイのヌメルゴンだけ。

  • 3◆kHewv11Sv38W24/12/30(月) 21:11:16

    タロはヌメルゴンというポケモンをしっかり見たことがなかったので、キクイのヌメルゴンが希少なものだと言われてもいまいちピンとこなかった。テラリウムドーム内に生息していないし、実家のあるイッシュにもいないポケモンだったので希少性がよくわからない。

    「ヌメルゴンって、そんなに珍しいポケモンなんですか?」
    「いや……まあ、ヌメルゴン自体はあまり野生では見かけないがね。進化前のヌメラなら雨の日にはよく見かけるポケモンだと思うけど」

    ふうん、とタロは返事をする。まあ、アカデミーはいろんな土地からバトルの勉強のために生徒が集まる学校なのだし、珍しいポケモンを持つトレーナーがいてもおかしくない。それこそ、つい先日やってきたパルデアからの留学生のあの子は誰も見たことがない珍しいライドポケモンを連れていたのだし。
    タロはスッと立ち上がって、食器を片付けると、キクイの方を振り返って尋ねた。

    「さて。キクイくん、このあとはなにか予定あるんですか?」
    「え?いや……まあ、予定どころではないけど……」
    「それじゃあ、わたしと一緒に少しお散歩でもしませんか?」
    「へ?」

    キクイがタロを見上げる。ずるっと帽子がずり落ちそうになったので、タロは帽子のつばを持ってかぶせなおしてやる。

    「わたし、このあとは講義もない空きコマですし……暇なんです。せっかくだからキクイくんも二人でじっくりとお話ししながらお散歩でもどうでしょう?」

    タロはこの機会に、キクイとぜひじっくり話したいと思っていた。父親と同じ帽子の持ち主で、ネリネ曰く珍しいヌメルゴンを連れた、不思議な少年。初対面だというのに、初めて会った気がしない……遠い親戚の人に会ったような、不思議な親近感。タロはこのキクイに、とても興味を惹かれていた。なぜだかはわからない。帽子のことといい、ヌメルゴンのことといい、聞きたいことは山ほどあるのだ
    キクイは頬をポリポリと掻いてから、「散歩かあ……」と呟いた。

  • 4◆kHewv11Sv38W24/12/30(月) 21:13:56

    「散歩って……どこに?」
    「そりゃあやっぱり、テラリウムドームでしょう!」

    タロはふふ、と笑ってから、テラリウムドームについての話……もとい、よく行く散歩コースの話を始める。

    「やっぱりわたしはコーストエリアが一番過ごしやすくて好きですけど、グランブルたちはサバンナエリアを駆け回るのが好きなんです。ポーラエリアは寒くてちょっと苦手かなあ……ああ、あとキャニオンエリアはバサギリなんかのとても珍しいポケモンがいたりして……」
    「バサギリ!?バサギリがいるのか!?」

    きらっと目を輝かせ、キクイはバサギリという言葉に食いついた。トパーズ色の瞳が大きく見開かれ、ぐいっとタロに迫る。バサギリという言葉に大きく反応し熱い視線を送る姿は、先ほどまでの少し大人びたしっかり者ではなく、年相応のかわいらしい少年のものだ。
    タロはキクイの見せたギャップに少し驚いたものの、年相応の少年の可愛らしさに思わずふふふ、と笑みをこぼす。

    「それじゃあ、キャニオンエリアに行きましょうか。バサギリを見に」
    「ああ!!」

    嬉しそうなにこにこ笑いを浮かべて元気に返事を返したキクイと、つられてなんだかうれしそうなヌメルゴン。タロはそんなかわいらしい二人の様子に頬をほころばせる。
    目指すはキャニオンエリアのバサギリ。タロたちは食堂を後にした。

  • 5◆kHewv11Sv38W24/12/30(月) 21:22:07

    ――――――――――

    「ふう……かなり歩きましたねえ」
    「大丈夫かね?少し休むとするか」

    キャニオンエリアの谷あい。起伏が激しく、コーストエリアと比べるとかなりきつい地形であり、あまりキャニオンエリアの地形に慣れていないタロは少し足を止めて息をついた。
    タロはそこそこ疲れていたが、タロよりも幼い容姿のキクイはあまり息が上がっていない。「山を歩いたりするのは慣れているからね」と言うキクイに、タロは素直にすごい子だなと思う。一体どこの出身なのだろうか。

    本当ならば学内タクシーに乗れば一瞬で到着するのだが、キクイのヌメルゴンが重すぎて重量オーバーとなり乗れなかったので徒歩でバサギリの元に向かっている。ボールに戻せばいいのに、とタロは思うのだが、ボールを持っていない、とキクイが言うので仕方がない。

    「オレたちは、小さな頃からずっと一緒に育ってきた。だから、ヌメルゴンはこんな道具を使わなくてもそばにいてくれる」

    モンスターボールを使わないというのは、かつてイッシュ地方でいろいろな事件を起こした、ポケモン解放を訴えていた人々に似通っていたが、キクイはそういう思想とは関係なくモンスターボールを使わないという選択肢を選んでいるようだった。
    モンスターボールを通した絆を否定しているというよりは、モンスターボールなんて必要ないほど仲がいい、という印象。その証拠に、ヌメルゴンはキクイのそばにぴったりと寄り添って離れない。しゃきしゃきと歩くキクイの後ろにヌメルゴンがくっついている姿は、なんというか兄弟のような印象を与えた。

  • 6◆kHewv11Sv38W24/12/30(月) 21:24:25

    「モンスターボールを使わないなんて不思議な感じですけど、こういうのも一つの絆の形、ってことですかね」
    「むしろオレからするとボールとやらを使う君たちが妙な存在に思えるのだけどね」

    キクイはそう言いながら、きょろきょろと周囲を見回した。バサギリがいるという話をしてからずっとこの調子である。話をしながらもどことなく意識はこのキャニオンエリアのどこかにいるバサギリに向けられているという感じだ。よっぽど、バサギリが大好きなのだろう。

    「なあ、バサギリはどこにいるんだね?もうそろそろ見つかってもいいと思うんだけど……」
    「ええと、わたしもそんなにこのあたりのポケモンの生息地に詳しいわけじゃないので……マップアプリによれば、このあたりの崖の上の方に……」

    タロは周辺の崖の上を見回す。……断崖絶壁、人が独力で登ることは無理そうな岩場がそこかしこに点在している。
    タロは改めてスマホでバサギリの生息位置を確認するが、どうやら間違いではないらしい。バサギリはこの断崖前壁の上に登らなければ会えないようだ。

    「ううーん、どうしましょう……いくらなんでも崖は登れませんし」
    「いいや、バサギリに会うためならオレはこのくらいの崖なんか素手でも登って……」
    「危ないのでやめてくださいね!?」

    岩肌によじ登らんとするキクイを、ヌメルゴンが崖から引きはがす。バタバタしながらわーわー言うキクイをヌメルゴンが抑えつけるのを横目に、タロはどうしたものかと思案した。

    「オレの故郷ではオオニューラ……ポケモンの力を借りて崖を登ってたがね」
    「でも、わたしのポケモンも、キクイくんのヌメルゴンも、崖登りなんてできないでしょう?」
    「しょうがないからオレ自身が素手でよじ登るしか」
    「だから危ないですって!そういう無茶は良くないと思います!」

    ヌメルゴンに抑えつけられながらも崖を登ろうと腕を伸ばすキクイをなだめる。そこまでのバサギリへの熱意は称賛に値するが、いくら何でも素手で崖登りは無茶としか言えない。こういう無茶なことしているからコーストエリアでも気を失っていたのだろうか……とタロは呆れる。

  • 7二次元好きの匿名さん24/12/30(月) 21:27:29

    復活おめ

  • 8二次元好きの匿名さん24/12/30(月) 21:33:13

    このレスは削除されています

  • 9二次元好きの匿名さん24/12/30(月) 21:33:32

    キクイくんのしっかり者だけどたまに年相応の子供になるとこほんとかわいすぎますよー!

  • 10◆kHewv11Sv38W24/12/30(月) 21:35:30

    ヌメルゴンの腕の中でバタバタ暴れているキクイをなだめていると、ふと、谷間を強い風が吹き抜けた。同時に、キクイの頭からずり落ちかかっていた帽子が、ふわりと風にさらわれる。

    「あっ」

    キクイとタロは同時に声を上げた。強風に煽られた帽子は、あっという間に遠くまで吹き飛ばされてしまう。

    「あーっ!ま、待て!オレの帽子!!」
    「た、大変!」

    二人して慌てて帽子を追いかける。強い風に吹き飛ばされた帽子は一瞬高く舞い上がったかと思うと、少し開けた場所にポトリと落下した。
    近くに立っていた女性が、落ちた帽子を拾い上げて土ぼこりを軽く払う。そして駆け寄ってきたタロに気付くと、微笑んで帽子を差し出した。

    「おっと、キミの帽子かい?落としたよ」
    「あ、ありがとうございます!すいません、急な風で……」
    「風強いよねここ。学生クン、また落とさないように気を付けるんだぞ」

    女性はにこやかに笑ってタロに帽子を手渡した。タロは女性の手から帽子を受け取ると、ぺこりと頭を下げた。

  • 11◆kHewv11Sv38W24/12/31(火) 00:24:34

    「ほら、キクイくんもお礼を……」
    「セ……セキさん?」
    「え?」

    キクイがふと呟いた言葉に、女性が小首を傾げる。青色のショートヘアがさらりと揺れて、切れ長の目に困惑の色が浮かんだ。
    キクイは、女性に駆け寄ると、嬉しそうに手を取って握りしめた。

    「セ……セキさん!こ、こんなところで会えるなんて……!」
    「え、ええと?」
    「会えてよかった……知り合いもいないよくわからない空間にきて、オレ、色々訳が分からなくて……セキさんもここに来ていたんだね。よかった……」
    「え、えっと……少年?……人違いじゃないかい?ワタシの名前はサザレ。セキ?じゃないけど……」
    「……え?」

    サザレ、と名乗った女性の言葉に、キクイはぱっと顔を上げて女性の姿を見直す。
    頭からつま先まで、じっくりと見直してから、何かに気が付いたようにハッとして手を離した。

    「あっ……ああっ!?えっと、す、すまない!知り合いにそっくりで、ついうっかり……」
    「いやいや、いいんだよ。気にしないで。間違いは誰にだってあるよ」

    きまり悪そうに赤面して、もじもじと指を絡ませて俯いたキクイ。恥ずかしがるキクイくんかわいいなあと思いながら眺めていると、カシャリ、とカメラのシャッター音がした。
    驚いてサザレの方をみると、いつの間にか一眼レフを構え、キクイに向かってカシャカシャとシャッターを切っていた。

    「ふふ、ワタシ、この学園の広報用の写真撮っててさ。あんまりキミが良い顔するから撮っちゃったよ」
    「しゃ……写真!?今の一瞬で!?」
    「えっ!今キクイくんの写真とったんですか!見せてください!」
    「や、やめてくれタロ!恥ずかしいだろう!?」

    サザレの持つカメラを覗き込もうとするタロと、真っ赤になってタロを引き留めようとするキクイ。二人のやり取りを眺めながら、サザレはカラカラと笑った。

  • 12◆kHewv11Sv38W24/12/31(火) 00:29:27

    「ははは、大丈夫、安心して少年。すぐデータは消すからさ。ネットにも上げないよ」
    「えー、消しちゃうんですか?じゃあ、消す前に一回だけ見せて……」
    「だ、ダメだダメだ!サザレさん、消せるのなら今すぐ消してくれ今の写真!」

    ケラケラと笑いながらもピッピッ、と手早くカメラを操作してデータを消すサザレ。キクイはホッと胸をなでおろし、逆にタロは「見たかったなあ」とがっくり肩を落とした。

    「ワタシはこのあたりで学園の広報用にポケモンの写真を撮っててね。キミたちは生徒さん……だよね?課外学習かい?」
    「あ、いえ。このあたりに生息してるはずのバサギリを探してて……」

    かくかくしかじか、ここまでの経緯をサザレに説明する。サザレはうんうんとうなずきながらタロの話を聞いていたが、「バサギリと言えば」とカバンから一枚の写真を取り出した。

    「前にバサギリの写真を撮ったことがあってね。良ければ見る?」
    「バ、バサギリの写真!?そんなのがあるのかい!?」

    サザレが差し出した写真には、こちらに向かって手の斧を振りかぶるポケモンが大きく映っていた。鋭い目はばっちりカメラ目線で、画面いっぱいに逞しく動くバサギリが捉えられた、躍動感のあるいい写真だ。
    キクイは、写真を手に取ると、「ふおお……」といたく感動した声を上げた。

    「す……すごい、格好いい……!写真でもバサギリはカッコいいのだな……しかも、なんだこれ、色がついてる写真……!?こんなもの初めて見たよ!すごいなあ……!」
    「おっ、そんなに気に入ってくれたか!いやあ、カメラマン冥利につきるなあ」

    口々に「すごい」「かっこいい」と自分の持ちうる語彙をすべて使って写真を褒めたたえるキクイ。サザレはふふふ、とくすぐったそうに笑った。

    「そんなに気に入ってくれたのなら、その写真、キミに譲ろうか?」
    「えっ!?!?いいのかい!?」
    「うん。構わないよ。キミは随分バサギリが好きみたいだし。大切にしてね」

    サザレから受け取ったバサギリの写真を、キクイは宝物に触るようにゆっくり優しく、丁寧に丁寧に写真を持った。よっぽど嬉しかったのか、何度も何度もサザレに向かって礼をする。

  • 13二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 00:30:04

    このレスは削除されています

  • 14◆kHewv11Sv38W24/12/31(火) 00:32:08

    「よかったですね、キクイくん」
    「うん……!本当に、ありがとう……!こんな素敵なもの……」

    感動しすぎて、若干目を潤ませて話すキクイを見て、タロはふふふ、と笑った。本物のバサギリには会えなかったけれど、いい写真をもらうことが出来て嬉しそうなキクイに自分まで心がポカポカするような感覚がした。
    本当に、この子はバサギリというポケモンが大好きなんだなというのが伝わってくると同時に、なぜここまでバサギリが好きなのだろうかという素朴な疑問も湧いてくる。
    バサギリについて、タロがキクイに聞こうとした瞬間。
    ピンポンパンポーン♪というリズミカルなチャイムと同時に、校内アナウンスの音声がテラリウムドーム内に響き渡った。

    『ただいま、テラリウムドーム内にて、異常が発見されました。そのため本日の課外授業は臨時休校となります。現在テラリウムドーム内にいる生徒は速やかに屋内へ移動し、生徒は自室にて待機してください。繰り返します……』
    「わあっ、な、何の声だね!?……天から声が!」
    「校内アナウンスですよ、キクイ君」

    突然の校内アナウンスに動揺するキクイとヌメルゴンをなだめるタロ。その横で、サザレはあれま、と声を上げた。

    「珍しいな、ドーム内に異常発見って……ポケモンが暴れて天井でも壊しちゃったか?」

    サザレが訝しげに首を傾げる。この学園が開校して以来、そのような事故が起きたというのは聞いたことがない。そもそもテラリウムドームはポケモンの攻撃にも耐えうるように設計されているはずであり、危険性の高いトラブルなど起きるはずがないのだが……

    「まあ、さっさと帰った方が吉だろうね。学生クンたち、寄り道せずにすぐ戻りなよ」
    「サザレさんは?」
    「ワタシは、他に残ってる子がいないか軽く見回ってから帰るよ。このへんの地形入り組んでて迷う子もいるかもだろ?」

    ほらほら、さっさと戻りな、と急かすサザレに、キクイはもう一度深々と礼をしてから名残惜しそうに背を向けた。キクイが一瞬、昔からの知り合いと別れる時のような少し寂しそうな顔をしたのをタロは見逃さなかった。キクイの目に映っているのは、サザレなのか、それともサザレにそっくりだという知り合いの姿だろうか。

  • 15二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 00:39:51

    キクイ君わかるよ
    自分も初見はサザレさんをセキさん!?なったし

  • 16◆kHewv11Sv38W24/12/31(火) 01:03:44

    ほんのすこし寂しそうなキクイの顔にタロもきゅっと胸を締め付けられるような感覚がしたが、そこを追求するのも野暮だと思い、黙ったまま出口へと向かう。まだキクイとは出会って数時間しか経っていないのに、この父親と同じ帽子を被った少年に、タロはなぜか随分と同情していた。単純に父親と同じ帽子を被っているから、というつながり以上に、なんだか親戚に会ったような不思議な感覚。キクイとはあったことがないはずなのにそんな感覚になるのがタロは不思議だった。
    じっとキクイの顔を眺めていると、キクイは不審そうにタロの方を見た。

    「……なんだい?オレの顔に何かついてるかね」
    「あ、えっと……なんでもないですよ!ほら、早く戻りましょう」

    訝しげにタロを見るキクイを引っ張って、タロはせかせかと戻る。きっと、この帽子が父親を想起させるからそんなことを感じるのだろうと、タロはそう自分に言い聞かせた。

  • 17二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 10:39:50

    バサギリの写真持ちのサザレさんアニポケネタかな

  • 18二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 17:45:16

    ほしゅ

  • 19二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 00:37:23

  • 20二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 09:48:39

    あけおめ保守

  • 21二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 16:37:16

    保守🎍

  • 22◆kHewv11Sv38W25/01/01(水) 18:01:03

    ―――テラリウムドーム出口

    「わあ、混んでますねえ」

    ブルーベリー学園エントランス、エレベータの前。校内アナウンスを聞いて学内へ戻ろうとしている生徒が列をなしており、普段よりもかなり混雑している。これは乗るのにそれなりに時間がかかりそうだ、と思っていると、キクイの後ろから「おおい、そこの君」と声をかけられた。

    「混雑しているから、自分のポケモンは一旦ボールにしまいなさい。ポケモンを出したままでは乗れないぞ」
    「え、えっと」

    凛とした声。振り向くと、金髪のショートカットの女性……ブライア先生がキクイのヌメルゴンを見て注意している。キクイは困惑したようにヌメルゴンと顔をみあわせた。
    タロは慌てて二人に駆け寄ると、ブライア先生に事情を話す。

    「すいません、ブライア先生。この子……キクイくんは、モンスターボールを持ってないんです。だからボールに仕舞えなくて」
    「ボールに仕舞えない?」

    ブライアは少し驚いたようにキクイを見た。
    突然まじまじと見つめられて驚いたのか、ヌメルゴンはキクイの陰に隠れた。

  • 23◆kHewv11Sv38W25/01/01(水) 18:04:33

    ブライアはしばらくしげしげとヌメルゴンを見つめていたが、何かに気が付いたのか、急に真面目な顔をしたかと思うと、キクイの腕をつかんだ。

    「わっ、わぁ!?なっ、何を……」
    「悪いが、至急きみには校長室に来てもらおう。勿論そのヌメルゴンも一緒にだ」
    「えっ?ちょっと……」
    「確かめたいことがあるんだ」
    「いっ……!?何をするんだね!?離せ……っ!」
    「ちょっとちょっとブライア先生!急に何をするんですか!」

    腕を掴み無理やりキクイを引っ張っていこうとするブライアを遮り、タロは慌ててキクイを庇った。タロが間に入ったことで緩んだブライアの手を振りほどいたキクイはタロの後ろに慌てて隠れる。カーディガンの裾を掴んだキクイの手が震えているのに気が付いて、タロは目の前の教師に憤慨した。

    「いきなり説明もなしに連れて行こうとするなんて……たとえ先生でもそういうのよくないと思います!無理やり乱暴に引っ張っていこうとするなんて……キクイくんがかわいそうですよ!」
    「あ、ああ……すまなかった、少々取り乱した」

    声を荒げたタロを見て冷静さを取り戻したのか、ブライアは謝罪の言葉を口にした。キクイはタロの陰から顔を出し、様子を伺っている。

  • 24◆kHewv11Sv38W25/01/01(水) 18:07:58

    「いきなり乱暴してすまない……だが、至急きみと、そのヒスイのリージョンヌメルゴンには来てもらわなければいけないんだ。説明は歩きながらする。付いてきてくれないか」

    ブライアは優しく手をこちらに差し出す。
    キクイは、困ったように傍らのタロを見上げた。先ほど腕を掴まれたこともあってかなりブライアのことを警戒しているようだった。タロとしてもキクイをこのままブライアに預けるのは少し不安がある。キクイが心細そうに自分のカーディガンの裾を掴むので、タロは覚悟を決めた。

    「わかりました。私もキクイくんと一緒に校長室に行きます」
    「……いいだろう。付いておいで」

    ブライアはさっと踵を返し、スタスタと歩いていく。生徒が普段使用しない職員用の階段ドアを開けると、「こっちへ」と手招きをする。
    キクイとタロは一瞬顔を見合わせ、覚悟を決めたように一緒にブライアについていった。

  • 25二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 18:10:24

    サザレさんに会う一連のシーンがエモ過ぎる

  • 26二次元好きの匿名さん25/01/02(木) 00:30:08


    ブライア先生不安しかないぞ

  • 27二次元好きの匿名さん25/01/02(木) 09:42:30

    あげ

  • 28◆kHewv11Sv38W25/01/02(木) 12:37:51

    「テラリウムドーム内でトラブルがあったとさっきアナウンスがあっただろう。その関連でね」

    混雑中のエレベータとは別の、職員用の階段をカツカツと音を立てて下りながらブライアは語る。ブライアの後ろにはキクイとタロ、そしてヌメルゴンが付いてきている。
    大きな帽子のつばを押し上げながら、キクイはブライアをみて「関連?」と尋ねた。

    「トラブルというのは、屋根が壊れたとか、ポケモンが暴れたとか、そういうものではない……先ほど、ドーム内にて大規模な時空の変異が確認されたのさ」
    「時空の……変異」

    時空の変異。聞き慣れない言葉にタロは小首を傾げた。

    「テラリウムドーム上空のテラリウムコアが、ドーム内にテラスタルエネルギーを照射していることは知っているね」
    「もちろん知ってますよ!ブライア先生が開発したんですよね。たしか管理もしてるとか」

    ブライアが学校の教師であると同時に、本来パルデア地方特有の現象であるテラスタルの研究も行っているというのは校内でよく知られている。研究熱心すぎて先ほどのように我を忘れることもあるのが玉に瑕だが、基本はまともな人間である。

  • 29◆kHewv11Sv38W25/01/02(木) 12:38:35

    ブライアはふふ、と意味ありげにほほ笑むと、ヌメルゴンをみながら語った。

    「実は、高濃度のテラスタルエネルギーはごく稀に時空に歪みを発生させることがある、という学説があってね。ヘザーの資料やキタカミのてらす池などに残る伝承にはそれらしき現象が記されているのだが、実際に事例が確認されたことは今までなかったのだよ。私自身も信頼のおける資料が少なすぎることからあまり研究はしてこなかったが……このヌメルゴンをみて確信した。キクイくん、きみは……過去の世界から時空の歪みを通して転移してきたのだ!」
    「……は?」

    キクイとタロは同時に声を上げる。あまりに荒唐無稽な話にいまいちついていけず、目を輝かせて喋るブライアを呆れて見つめるしかなかった。

    「……その目、信じていないな?だが、私の記憶が正しければ外殻を有するヌメルゴンははるか昔、シンオウ地方がまだヒスイ地方と呼称されていた頃に存在が確認されていた希少種……本来テラリウムドーム内に生息しないポケモンだ!確かにヒスイのガーディなど現在も少数の個体が確認されているものはいるが、ヌメルゴンは私の知る限りそのような例は聞いたことがない……今にして思えば、ドーム内になぜか生息しているバサギリや化石ポケモンもテラスタルエネルギーによる時空の歪み経由でドーム内にやってきたのかもしれない!ああなぜ今まで気が付かなかったのだろう……これが本当なら大発見だぞ……」

    なにやらスイッチが入ってしまい一人でベラベラと喋るブライアの後ろで、タロは学友のゼイユがブライアのことを「テラスタルバカ」と呼んでいたのを思い出す。なるほどこれはそう呼びたくなるなと思っていると、キクイがぼそりと「時空の歪み……」と呟いた。

  • 30◆kHewv11Sv38W25/01/02(木) 12:40:57

    「……そういわれたら、オレ、ここに来る前に時空の歪みに飲まれて……」
    「えっ?」

    タロがキクイの発言に何か言おうとしたとき、「こっちだ」と先導していたブライアが手招きした。

    「話しているうちに校長室についたぞ。まあ、校長室にはその道の専門家も来ているから詳しくは彼らも交えて話そうか」

    ブライアが笑って歩き出す。それに連れ立って、キクイとヌメルゴンも歩き出した。タロはキクイを見ながら、一体この帽子の少年が何なのか、本当に過去の人間なのかぼんやりと考えていた。

  • 31二次元好きの匿名さん25/01/02(木) 14:06:32

    ブライア先生が大はしゃぎなのは置いておいて...
    このまんま、キクイ君が現代いるとマズイ状況だよな

    キクイ君が過去いなくなる
    →ヤーコンさんがいなくなる
    →タロちゃんが生まれないになりかねない

  • 32二次元好きの匿名さん25/01/02(木) 22:16:45

    このスレ復活してて嬉しい
    支援

  • 33二次元好きの匿名さん25/01/03(金) 10:00:42

    ワンピースのシャンクスが帽子授けるみたいに娘に帽子を授ける展開のSSかな?って思ったら違った

    支援

  • 34二次元好きの匿名さん25/01/03(金) 12:42:04

    >>31

    直系子孫と確定してるわけじゃないからワンチャン…?

  • 35二次元好きの匿名さん25/01/03(金) 20:06:01

  • 36二次元好きの匿名さん25/01/03(金) 23:39:16

    これ見るとレジェアルやりたくなるな

  • 37二次元好きの匿名さん25/01/04(土) 09:54:20

    ついに言及されたか
    楽しみにしています

  • 38二次元好きの匿名さん25/01/04(土) 14:49:19

    >>31

    ディアルガのおやつを持った

    おやつオヤジに期待

  • 39二次元好きの匿名さん25/01/04(土) 22:33:33

  • 40◆kHewv11Sv38W25/01/05(日) 00:12:13

    「失礼します。校長」
    「ああブライアちゃん。校内の安全確認はできた?」

    校長室にいたのは、この学園の校長であるシアノ。そして、タロの見覚えにない二人の大人が立っていた。
    一人はスーツを着た紫色の長髪の女性。もう一人はブラウンのコートを羽織った男性である。
    普段立ち入ることの滅多にない校長室に、タロはなんとなく緊張して肩に力が入ってしまう。隣に立つキクイはタロ以上に緊張しているようで、なんとなく動きがかくついている。

    「校長。校内の安全確認に回っていた時にこの少年とヌメルゴンを見つけたので、今回のことに何か関連があるのではと思い連れてきました」
    「あら。関連?僕そういうのよくわかんないんだよね」

    相変わらずかなり適当にしゃべる校長。本当にこの人が校長で大丈夫かしらと不安になるタロを他所に、校長の傍らに立っていた二人の大人がキクイに歩み寄った。

    「こんにちは少年。私は国際警察のハンサム。こっちの女性は同じく国際警察のリラだ」
    「こくさい……?」
    「君の名は?」
    「オレはキクイ……こっちはヌメルゴンだよ」

    ヌメルゴンがぬぁ、と小さく返事をする。ハンサムとリラは、ヌメルゴンの殻を確認すると、顔を見合わせた。

  • 41◆kHewv11Sv38W25/01/05(日) 00:18:46

    「……キクイくん。初対面でこんなに根掘り葉掘り聞いて申し訳ない。君の出身地について教えてほしい」
    「え?えっと……オレの出身はヒスイ地方のシンジュ集落で……普段は黒曜の原野でバサギリのお世話をしているのだよ」

    ヒスイ、という単語に国際警察の二人は深刻そうな顔をした。タロはどうしたものかと二人の様子を見ていたが、ずっと気になっていたことを口にした。

    「あ、あの。こ、国際警察のお二人は……その、どうしてこの学園にいるのですか?」
    「私たちは国際警察の中でも時空に関わるトラブル……例えばウルトラホールなどについて対応しているんです。今回はテラリウムドーム内で時空の変異が確認されたので調査のために来ていて……って、分からないですよね」

    ウルトラホールだの時空だのなにやら突拍子もないワードばかり出てきてタロは半信半疑で聞いていたが、国際警察が関わっていると聞いて思っているよりも深刻な問題としてとらえ始めていた。ブライアの話だけでは、荒唐無稽な話だとまともに信じていなかったが大人たちがここまで大真面目な顔で喋っていると本当なのではないかという気がしてくる。

    「……」

    ちらり、と横のキクイを見てみる。過去から来た、というブライアの話を考えた上で彼を見ると、確かに服装は古風な印象がある気がする。
    ……なら、この父親の帽子にそっくりなキクイの帽子は、ヒスイ時代のもの、ということ……?

  • 42◆kHewv11Sv38W25/01/05(日) 00:28:31

    「……やっぱり、先刻このテラリウムドーム内で確認された小規模な時空の歪みにより、ヒスイ地方から転移してきた可能性が高いでしょう。……キクイくんの話やヌメルゴンのことも考えると……」
    「ああ……先日のサブウェイマスター失踪事件といい、ここ最近時空の歪みが原因らしき案件が多いな……」

    深刻そうにため息をつく国際警察の二人の横で、ブライアだけがただ一人ふんふんと鼻息荒く持論を展開していた。

    「ほらやっぱり!私の推測通り、高濃度のテラリウムエネルギーは時空の歪みを引き起こすのだ!ああ、なんて貴重なサンプルだ!これは学会が物凄いことに……」
    「研究などの話をしている場合じゃないだろう!」

    国際警察のハンサムが声を荒らげてブライアを嗜める。

    「いいかい、時空の転移というのは下手をすれば二度と元の世界に帰れないかもしれないんだぞ!そんな嬉々として研究のサンプルにするなんて……」
    「……オレ、二度と戻れないの?」

    ハンサムの言葉にキクイが震える声でつぶやいた。はっとしてキクイを振り返ると、小さな拳を握りしめ、真っ青な顔でハンサムを見上げているキクイの姿がそこにあった。
    唇が震え、今にも泣きだしそうなキクイの姿に、タロはいたたまれなくなってキクイの手を握った。

  • 43◆kHewv11Sv38W25/01/05(日) 00:54:11

    「……す、すまないキクイくん。これはあくまで可能性の話であって、帰れないと決まったわけじゃないぞ。キクイくんは記憶もはっきりしているようだし、帰る先の世界線の特定さえできれば帰れる可能性は十分あるさ」
    「本当かね……?」
    「ああ。時空の転移によるショックで記憶喪失になって帰る先すらわからないケースもあるからな」

    そう言ったハンサムの顔が少し曇ったが、リラが話を続けた。

    「……キクイさんの場合、転移前の記憶はとてもはっきりしているようですし、世界線の特定がしやすく、あとはエーテル財団とアローラ地方在住のある研究者A氏と共同開発した時空転送マシンを利用し人工的にその世界線をリンクさせることで元の世界に返すことが出来るはずです」
    「……難しくてよくわからないが、要するに帰れるってことでいいのかね」
    「ええ。こちらでも設備の準備は整っていますからすぐにでも帰れますよ」

    キクイの顔がぱあっと明るくなる。先ほどの泣き顔はどこへやら、嬉しそうに帽子のつばを持ちあげて笑ったキクイに、タロはほっと一安心する。

    「よかったですねキクイくん!」
    「ああ!……故郷に……ヒスイに帰れるんだね」
    「ぬめぁ!」

    嬉しそうに笑ったキクイとヌメルゴン。タロは、キクイがちゃんと故郷に帰れると聞いて、ほっとしていた。しかし同時に、ほんの少しの寂しさも芽生えていた。
    まさか、キクイが時間も場所も違う、自分とは遥か遠く離れたところにいる人間だったなんて、タロは少しも思っていなかった。むしろ、家族のような、すぐ近くにいるような、そんな人だと感じていた。
    出会ってまだ数時間。それなのに、こんなにも別れるのが、寂しい。

  • 44◆kHewv11Sv38W25/01/05(日) 00:59:29

    「タロ……?どうしたんだね」
    「あ……」

    キクイが、タロの顔を覗き込んで心配そうに尋ねた。寂しいな、と思っていたのが顔に出てしまったのかもしれない。せっかくキクイくんが故郷に帰れる喜ばしい場面なのに、残念そうな顔をしてはいけない。タロは慌てて笑顔を作るとキクイに対して微笑みかけた。

    「なんでもないですよ。……ただ少しだけ、寂しいなと思ってしまって」
    「タロ……」

    キクイは一瞬、当惑したようにタロを見つめた。目の前の少女が、自分との別れを惜しんでくれている。勿論故郷に帰れるのは喜ばしいことではあったが、キクイだって、こちらの世界でいろいろと世話を焼いてくれたタロとの別れが惜しくないはずはなかった。

    「タロ……オレ、本当に感謝してる。タロがいなければ、オレはこの得体のしれない空間で迷子になってたかもしれないし。タロに出会えてよかったと思ってる」
    「そんな……わたしはただ」

    二人で話していると、ハンサムが「別れが惜しいのもわかるが……」とおずおずと口をはさむ。

  • 45◆kHewv11Sv38W25/01/05(日) 01:00:12

    「本当にすまないが、早くしないと時空間の安定性が崩れてしまい、本当に元の世界に帰ることが出来なくなってしまうかもしれん。キクイくん、こちらに」
    「……相分かった。……お別れだな、タロ」

    キクイが、ふと、何かを思い出したかのように腰に身に着けたポーチから何か取り出した。

    「これ、キミに譲ってあげよう。オレの故郷で採れた宝石の原石だよ。ほら、友達の印として……まあ、キクイ賞とでもいうかね」

    ぽん、と掌に置かれた、ごつごつした小石。光に照らされた場所が、緑色に光って瞬く。ジュエリーショップのショーウインドーに並ぶような美しい形ではない、あくまで非対称の少し歪な形をした宝石だ。

    「これはオレからの感謝の気持ち。……本当に、ありがとう」

    キクイがふわりと笑う。タロがキクイから受け取った宝石を握りしめたのを確認すると、くるりと背を向けた。これで本当にさよならなんだと思うと胸の奥が切なくなるような心持がしたが、タロは手の中の宝石を撫でて、キクイの背中を見送った。
    友達の証。キクイ賞としてくれた宝石の原石は優しい緑に輝いていた。

  • 46二次元好きの匿名さん25/01/05(日) 09:53:54

    ほしゅ

  • 47◆kHewv11Sv38W25/01/05(日) 10:57:32

    ――数か月後、ライモンシティにて。


    「……へえ、まあなんだ、学校でもいろいろあったんだな」
    「もう、パパったら、ちゃんと聞いてた?」

    ライモンシティの中心部から少し外れた場所に位置する、タロの実家……鉱山会社の社長であるヤーコンの邸宅。長期休みに実家に帰省したタロは、ついこの間出会った少年の話を父親に話していた。
    「ちゃんと聞いてるぞ」と少しムッとした表情でヤーコンは言う。

    「要するにめでたしめでたし、ってこったろう?キクイってのは故郷に帰って、友達の証にその翡翠の原石をもらって……」
    「これ、翡翠の原石なの?」
    「おう。ウチの鉱山でもたまに見つかるぞ」

    ヤーコンは笑って、タロが持っていた宝石を遠目に眺める。

    「タロがいいなら知り合いの加工業者に頼んでアクセサリーにしたっていいが……」
    「このままでいいよパパ。このままでも十分きれいだし」
    「そうか?まあタロがそういうなら」

    少し歪な形の原石だが、これはこれで味があっていいと思う。アクセサリーはもう十分持っているし、むしろ原石の形のままの方がタロにとっては珍しくて希少なもののような気がする。
    それに、キクイがくれたものなのだから、そのままの形のまま、大切にしたいと思うのだ。

  • 48◆kHewv11Sv38W25/01/05(日) 11:13:31

    優しく石を撫でていたタロを眺めていたヤーコンだったが、ふと、呟く。

    「タロ、知ってるか?実はな、オレたちのご先祖もそのヒスイ地方から移民してきたんだぜ」
    「えっ?」

    少しいたずらっぽい口調でそう言ったヤーコンに、タロは目を丸くする。
    ヤーコンは立ち上がって本棚の高い所に手を伸ばすと、ずいぶんと古ぼけたアルバムを取り出した。
    軽くほこりを払って、タロに差し出す。

    「ほら、これが、ヒスイ地方にいたっていうご先祖様。何代前だったか……ひいひいじいさんの代か?いやもうちょい前か……」

    アルバムの中には、白黒写真がきれいに整頓されて保存されている。ご丁寧に日付まで記され、いつ、どこで撮影したものかすぐわかるようにメモのような紙も一緒に保管されえている。大切に保管されてきたのだろう。
    ヤーコンはページをめくりながら、独り言のように感想を言う。

    「いろんな年代のがあるな。爺さんになってから撮ったモンも……こっちのは婚礼写真みてえだ。……お、これは随分若いな、一緒に写ってるのは誰だ?なになに、『ギンガ団の調査隊員と』……へぇ」

    先祖の写真を眺めて父親が興味深そうに声を上げている横で、タロはじっと、写真の中にいる先祖の男が、年を経ても変わらず被っている帽子に注目していた。

    「この帽子……」
    「ああ。この帽子は今パパが被ってる帽子とおんなじモンだな」

    そういってヤーコンは被っていた帽子を脱いでタロに手渡した。つば広でよく使いこまれた帽子。子供の頭には大きすぎる帽子。ずり落ちる帽子を被りなおす少年の姿が脳裏に浮かんで、タロはハッとして父親の方を見た。

  • 49◆kHewv11Sv38W25/01/05(日) 11:30:41

    「この帽子は代々ウチの家系の長男にだけ受け継がれてきた骨董品よ。一時期パパも人生のどん底まで落ちたことがあるが……この帽子だけは、先祖の誇りにかけて手放さなかったなあ」
    「じゃあ……キクイくんって、まさか」

    ぱらり、とアルバムの隙間から、一枚の写真が滑り出た。ヤーコンはそれを拾い上げると、「あれ」と声を上げた。

    「おかしいな、古いアルバムの中に別の写真が混ざってたか?カラー写真なんかこの時代にはまだ普及してねえだろうに」
    「み、見せてっ!」

    ヤーコンの手から写真を奪い取る。古ぼけてはいるが、確かに色が付いたその写真に写っていたのは帽子を被った先祖の顔ではなく、手の大きな鎌を振りかぶるポケモン……サザレが、キクイに渡したものと、そっくり同じ写真だ。
    タロの頭の中で、全てのピースがピタリとはまった。

    「そっか……ずっと、大切にしてたんですね」

    古ぼけたカラー写真を撫でてタロは微笑んだ。時を超えて出会ったあの少年は、ずっと一緒に過ごしたあの時のことを忘れないで大切にしていたのだ。この写真と一緒に。
    タロは古いアルバムをぎゅっと抱きしめる。
    ヤーコンはそんなタロの様子に少し首を傾げていたが、しばらくすると、「さてと」と声をかけた。

    「タロ、そろそろおやつにするか。職場でもらった菓子があるんだ」
    「うん。ありがとうパパ」

    タロはアルバムを置いて父親に駆け寄る。手の中には翡翠の原石。大事な友達に、はるか昔のご先祖様に想いを馳せて、タロはふふふ、とほほ笑んだ。


    おわり

  • 50二次元好きの匿名さん25/01/05(日) 15:27:38

    GJ!
    いい作品だった

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