SS『彼女はすごく、いい匂いがする』パート2(クリーク編、タマ編)

  • 1図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:25:32

     『匂い』をテーマにしたウマ娘掌編集。
     パート2の今回はスーパークリーク、タマモクロス。

  • 2図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:27:04
  • 3図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:29:53

     ※今回は『シンデレラグレイ』二次で奈瀬、小宮山トレーナーと担当のお話。
     ※若干のトレ×ウマ描写。

  • 4図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:31:44

     スーパークリーク編 『ミルクの匂いと、禁じられた遊び』


     僕――スーパークリーク担当、奈瀬文乃《なせふみの》――は、マンションの寝床の中で何度目かの呻《うめ》きを上げた。
     さっきから何度も玄関の呼び鈴が鳴っている、それは分かるのだが。体が重い。それにも増して、ひどく熱を帯びた頭は鼓動が打つたびに痛み、肉体に指示を送ることを拒んでいる。

     風邪だ。自分の体調管理もできていないなどと、なんていう怠慢だ。こんなことでクリークに、体調管理を徹底しろなどとよくも言ったものだ――そんなことを考えている間にも、呼び鈴は鳴り続けている。

     何か配達でも頼んでいただろうか、そういえば少し前にも呼び鈴が鳴っていたが――1階エントランスを開けるための――、相手も確認せず開けてしまった。
    いや、そんなことがあったかどうかも、朦朧《もうろう》としてもはや定かではない。

     無理やり体を動かしてベッドから下り、ふらつく脚を引きずりながら玄関へと向かう。
     ドアを開けると、大きな買い物袋を提げたクリークがいた。
    「大丈夫ですか、お見舞いに――」

  • 5図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:32:14

     最後まで言わせずに、僕はドアを閉めようとしたが。

    「ちょ、ちょっとトレーナーさん!? いきなり――」
     外ではクリークがドアノブをつかみ、ドアを引き止めていた。

    「何をしに来たんだ帰れ! 君にまで|伝染《うつ》ったら――」
     僕は渾身の力を込め、両手でノブを引いていたが。踏ん張っていた足から力が抜け、半ば引き倒されるようにその場へ崩れ落ちた。

    「トレーナーさん!? と、とにかく中に――」
     クリークは買い物袋を提げたまま、僕を軽々と抱え上げ。辺りを見回すと、寝室へと僕を運んだ。

    「クリーク……だめだ、すぐに帰るんだ……手洗い、うがいを、あぁ、菌が付着しているかもしれない、服を洗濯して君もシャワーを……とにかく、帰るんだ」
     お姫様抱っこの形からベッドへ横たえられながら、僕はそう指示したが。

     クリークは静かに首を横に振る。指を一つ立てて言った。
    「めっ、です、トレーナーさん。私の心配はともかく、ご自分の心配もしなきゃダメです」

  • 6図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:32:38

     そうして、買い物袋の中身をベッドのそばに並べる。スポーツドリンクや経口補水液。ゼリー飲料やヨーグルトなどの食べやすいもの。体の汗を拭くウェットシート。

     確かに、うちにはすぐ食べられるような買い置きの食料はなかった。あるとして水と栄養サプリメントぐらいだったし、買出しに行く体力もない。正直、こればかりは感謝する他ない。

    「すまない、助かっ――」
     ベッドから身を起こし、礼を言いかけたときに見えた。買い物袋の中、まだ出していない残り半分が。
     そこには何冊かの絵本があった。ひらがなで書かれた、明らかに幼児向けの。それに、同じく幼児向けのおもちゃがいくつか。

  • 7図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:33:18

     なぜそんなものが。そう思ったとき、ふと頭をよぎる記憶があった。
     ベッドに身を横たえ、息をついて笑う。
    「ああ、そういえば……笑える噂を耳にしたよ。なんでも、スーパークリークは妙なウマ娘だそうだ。ウマ娘だろうとトレーナーだろうと、無理やり抱き上げてはおしゃぶりをくわえさせ、赤ちゃん言葉であやす『でちゅね遊び』がお好きだとかね。はは、とんだ冗談だ。いったいどこからこんな根も葉もない――」

     僕の笑いをさえぎるようにクリークが口を挟む。ベッドの上から覆いかぶさるように、僕の目をのぞきこんで。
    「トレーナーさん。……誰から、聞いたんです?」
     クリークは、固くほほ笑んではいたが。瞬きもせず、探るように真っ直ぐ、僕の目を見据えていた。

     僕の笑みがそこで固まる。背中にかいた汗は発熱によるものばかりでなく、冷たいものが混じっていた。

     ――今の、多分。やってる奴のリアクションだ、噂どおりのことを。
     ――そして、多分。弱って寝ている今の僕は。でちゅね遊びの、恰好《かっこう》の|餌食《えじき》。

  • 8図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:33:46

     クリークは優しく、優しくほほ笑む。
    「大丈夫ですか、トレーナーさん? なんだか、震えているみたいですけど」

     震えていた、確かに。風邪の悪寒《おかん》によるものか、恐怖のせいかは区別がつかなかった。

     いけない、とにかく、逃げなければ、そうでなければ僕のためにも、彼女のためにも良くないことが――そう考えて身を起こし、ベッドから立ち上がりつつこの場を離れる算段を考えるも。
     フル回転させているはずの脳は空転していた、熱のせいで。懸命に駆け出そうとしたはずの脚も同様だった。
     体の全てがいうことを聞かず。ただ、棒のように倒れていった。ベッドの前の床へと向かって。

  • 9図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:34:18

    「ト、トレーナーさん!」

     床へとぶち当たるはずだった、僕の顔は柔らかい何かに埋まっていた。体もまた柔らかく注意深く、抱き止められていた。クリークの丸みを帯びた手に。

    「もう大丈夫。大丈夫ですよ、ね? よしよし」

     その手が優しく僕をなでる。柔らかな手。
     そして僕が顔を埋めているものは、もっと柔らかい。どこまでも沈み込むように、全て包み込むように。それは薄温かく、しかし、やわりとした弾力をかき分けた奥がわずかに冷たい。熱でほてった頬に額に、その温度が心地良い。沈み込むように、何もかも包まれ溶け込むかのように心地良い。

    「ん……」
     目をつむったまま声を漏らし、息を吸い込む。
     彼女は、スーパークリークは。その胸はどこか、ミルクの匂いがした。
     泣きたくなるような、いい匂いがした。

  • 10図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:34:48

    「んん……」
     僕はうなって目を開けた。ベッドの上に横たわったままで。
     ついさっきまでクリークに抱きかかえられていたような気がしたが。首を巡らすも、彼女の姿はどこにもなかった。
     だが枕元には、彼女が持ってきてくれた飲み物などがある。確かに、彼女はここにいた。

     不意にお腹が、ぐぅ、と鳴る。どうやら食欲が湧くほどには回復したようだ。額はほてっていたが、これまでほどではない。

     キッチンへ入ると、薄甘い、いい匂いがした。火のついていないコンロの上、片手鍋の中にはお粥《かゆ》があった。彼女が作ってくれたものか。
    再び鳴るお腹にうながされ、器に盛る。器からスプーン山盛りに取ったそれを口へと運んだ、そのとたん。
    薄甘い香りが舌に口に鼻の奥に、僕の中に広がった。ミルクの香り。
    ほんのりと甘く、だがほどよく塩気を利かせたそれは、滋養のあるミルク粥。

     わずかに温もりの残るそれを、クリークの匂いがするそれを。僕は、何度も口に運んだ。体の全てで味わうように食べた、目をつむって。まるで赤ん坊が、母の乳房を吸うみたいに。

  • 11図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:35:27

     後日。回復した僕はマスクをつけ、練習場でクリークと向き合っていた。
    「――説明したとおり次のレースまで日もない、みっちりといくぞ。だが……すまなかった」
     深く頭を下げる。
    「こんなときに体調管理できていなかったのは僕のミスだ、本当にすまなかっ――」

     僕の言葉をさえぎるように、クリークが首を横に振る。
    「そんな、いいんです。トレーナーさんはいつもよくして下さっています」
     指を一つ立てて続けた。
    「それに、こう言ったら変ですけど、ちょうど良かったんですよ。実家の託児所の買出しを頼まれていたところでしたから。トレーナーさんの分の買い出しも一緒にしちゃいました」

     ああ、と思い当たる。買い物袋の中、絵本やおもちゃなんかは。託児所のために買ったものだったのか。なんだ、そうか。

     思わず息をついた僕の前に、不意にクリークが顔を寄せる。つぶやくように低く言った。
    「トレーナーさん。お熱があったのに、よく頑張りまちたね? ……いい子でちゅね」

     固くほほ笑む彼女の目は、僕の目の奥を見据えていて。
     彼女からはあの時と同じ、|お乳《ミルク》のいい匂いがして。
     僕は寒気を感じ、震えて。

     ――でも。
     ――どうしようもなく、どきどきしていた。


    (スーパークリーク編  了)

  • 12図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:52:49

    (タマモクロス編 『タマちゃんはお好み焼きソースの匂いなんてしない!』)


      ――タマモクロスはお好み焼きソースの匂いがする、きっとそうだ。もしくはタコ焼きソースの。
    間違いない、かいでみたことはないけれど――。

     私――タマモクロス担当、小宮山《こみやま》 勝美《まさみ》――は、先日――ウマ娘の匂いが話題になった飲み会――以来、そんな風に思い。
    そして同時に。NO! と言ってやりたかった。

     ――タマちゃん? 私ね、思うんだ。アスリートとしてのタマちゃんはスゴいしカッコいい、そうなんだけど……女の子としても、幸せになってほしいんだ。
     親しみやすい関西キャラもいい、いいとは思うんだけど……それだけじゃなく、キレイな女の子にもなってほしい。

     だから! ババン(効果音)! タマちゃんはお好み焼きソースの匂いなんてしない! させない! 
    今日の休日《オフ》ではみっちりと、私主導で! タマちゃんをキレイ女子にしてみせる! 
     まあ私自身、指導できるほどキレイかと聞かれたら「すいません」と即座に謝るしかできないワケだけど……やってみせる、できる限り! 全身全霊……自分なりに手の届く範囲で前向きに善処してみせる――! 

  • 13図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 21:59:37

     ともかくそういう感じで、タマちゃんと冬の街を歩く。今日の予定は二人で服を買って、街をぶらぶらした後に食材を買って帰り、我が家でピザパーティー。そんな|お洒落《シャレオツ》女子な感じだ。

    「おっ、ここや、ここ」
     ネットや雑誌で評判のいい服屋の方へ、私は歩いていたつもりだが。その途中、タマちゃんが足を止めたのは別の店だった。
     作業服専門店『ワーカーマン』。

    「え? ちょっ、タマちゃん。さすがに女の子が買い物するのはギャグにしても――」

     こわばった顔で笑う私に構うことなく。タマちゃんはにこやかに笑い、迷い無く店内へ歩を進める。
    「いやいや、エエねんてこういうトコが逆に。ウチらみたいに外で体動かすモンにはな」

  • 14図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 22:00:03

     十分後。
     私は店内で防風極暖ジャンパーを羽織ってみて、感動に包まれていた。
    「ちょっ……! 何これ超絶あったかい……いや、ちょ、何これ……!」

     得意げにタマちゃんがうなずく。
    「せやろ? しかもあったかいだけじゃないねん、風を通さんのがミソなんや。冬場はオシャレ系よりスポーツ系、スポーツ系よりガテン系ファッションのがマストやねんなー。普段使いだけやのうてウィンタースポーツにもオススメやで。んで、はいこれ」

     彼女が手渡してきたのは、支払いを済ませて包装された品物。包みを開くと、中から出てきたのは。超ヒート素材の|股引《ももひ》きと長袖アンダーシャツ。

     鼻の下をこすり、照れたようにタマちゃんが目をそらす。
    「コミちゃんにはいっつも世話になっとるさかいな。ウチからの、クリスマスプレゼントや。風邪、ひかんようにな」

    「タマちゃん……!」
     私は、音を立てて包みを抱き締めていた。

  • 15図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 22:00:38

     ワーカーマンで二人とも色々買った後、街をぶらついて買い物する。

    「へー、百均で加湿器なんて売ってるんだー」
    「三百円でUSBケーブル別売りやけどな」
    「でも割とカワイイ」


    「大判焼き……うま……っ」
    「なー、冬はなー、つぶあんのあったかいんがエエねんなー」


    「ホームセンターがこんなに楽しいなんて……」
    「なんかなー、よう分からん機材とか木材とかズラッと並んでんのついつい見てまううよなー」


    「向こうの婦人服屋! バーゲンやってんで!」
    「走れっっ!」



     ……いや。いやいやいや、違う。予定と全然違う。お洒落《シャレオツ》感ゼロじゃないのこれ。完全にタマちゃんのペース……もはや関西どころか田舎の男子みたいだ。

     いいや、まだだ。ここからが私のターン! この後の女子会で取り戻してみせる……! 思い知るがいい私の女子力を! 
     そんな風に思いながら、バーゲンでの戦利品――勢いで買ったヒョウ柄のシャツ――を握り締める。

  • 16図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 22:01:32

     まずはスーパーで食材の買出し。ピザを生地から作る時間は――上手くできる自信も――ないので、市販の生地を買って好きな具材やチーズを載せ、オーブンで焼く。
     そう、デキる女子の家にはオーブンレンジがあるのだ。トーストを焼く以外は電子レンジとしてしか使ったことないけど。

     店内をぶらつきながらタマちゃんが言う。
    「せやなーどんな味がエエかなー。ここは定番のブタ玉か、あえてマニアックにモツ玉か――」

     それをあえて無視し、私は足早に買い物カートを押していく。

    「ちょ、そこは『いや、お好み焼きかーい!』ってツッコむところやろ!」

     私は歯を食いしばってタマちゃんの声を無視する。
     ごめん、タマちゃん。これ以上タマちゃんのペースには、関西ノリには乗せられない……! これも全てあなたのためなの……! 
     六平《むさか》師匠も言っていた気がする、『担当のため時には鬼になれ』と! 

     その後は――お好みソースのコーナーに近寄らないよう気をつけながら――、二人でひたすら買い物かごに具材を入れていく。トマト、パプリカ、サラミ、ピザソース、ブロックベーコン、冒険してチャーシュー、あえてしらす、シーフード類、よく知らない種類のチーズ各種……生地も何枚かあるので色々なピザが焼けそうだ。

  • 17図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 22:01:57

     レジに向かおうとしたとき、タマちゃんが不意にお菓子の棚へ手を伸ばした。
    「そや、これもついでに」

     彼女がかごに入れようとした飴の大袋へと手を伸ばし、私は反射的に押し留めていた。
     それは……アメちゃん! 関西のオバちゃんがポケットに常備し、ことあるごとに手渡してくるといわれる関西アイテム! 今それをタマちゃんに許すわけにはいかない! 

     彼女はけげんそうに目を瞬かせたが、笑って息をついた。
    「練習中の糖分補給用のがなくなったんで、買い足そう思たけど……せやな、今日はオシャレな女子会やからな。練習のことなんか持ち込むんは不粋っちゅうもんやったな」

    「タマちゃん……!」
     今日私のやってきたことはムダじゃなかった。思わず目が熱くなる。
    心の中の六平《むさか》師匠は『いや、買い物しただけだろ』とツッコんできたが無視する。

  • 18図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 22:03:22

     私のマンションに着き、部屋に荷物を下ろす。部屋の中は事前にマルゼンスキー流片付け術(とりあえず全て押し入れにぶち込む)を駆使してキレイにしてあるので抜かりはない。心の中の六平《むさか》師匠も『よくやった』と言っている。

     タマちゃんは買い忘れたものがあるとかで、近所のコンビニに寄ると言っていたが。私はその間にオーブンを温めておく。オーブンは電子レンジみたいにすぐに使えるわけではなく、予熱を与えておかないといけないのだ。以前冷凍ピザを焼こうとしたときに学習済みだ。

     そうするうちにタマちゃんもやってきた。
    「邪魔するでー」

    そう言って入ってくる彼女に、普段なら『邪魔すんなら帰ってー』『あいよー、ってなんでやねん!』というやり取りをするところだが。女子会に関西ノリ不要……! あえてスルーした。心の中の|六平《むさか》師匠も『ナイスガッツ』と言っている。

    とにもかくにも、二人で具材を切って、生地へ思い思いに載せていく。チーズを散らしてピザソースをかけて、温まったオーブンに入れて焼き始める。

    「ありがとな、コミちゃん」
     焼き上がりを待つ間、紅茶のカップを手にタマちゃんがつぶやく。
    「楽しかったわ、今日。たまにはエエな、競技のこともうちのチビどもの世話も忘れて、ぶらぶらすんのも」

    「タマちゃん……」
     良かった。本当に、私はそう思った。トレーナーとしてでなく、彼女の友達として。
     心の中の六平《むさか》師匠も『さすがは俺の弟子だ』と言っている。

  • 19図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 22:04:06

     そうこうするうちオーブンの電子音が鳴り、焼き上がりを知らせる。

     腰を上げようとした私を制し、タマちゃんが立ち上がる。
    「エエで、ウチが持ってくるさかい座っとき」

     私は息をついた。
     良かった、今日は本当に。最終的にはお洒落《シャレオツ》な女子会に持っていけたし。
     さて、食事が終わったら私直伝オトナのメイク講座でも開催しようか――そう思っていると、彼女がお盆に載せたピザを運んできた。

    「お待っとさん! エエ感じに焼けてんで~!」

     大皿のピザは上手い具合にチーズがとろけ、市販のものに見劣りしないできばえだったが。
     なぜか、そのお盆には。ピザだけでなくサラダ、そしてご飯と、みそ汁の椀が載っていた。

    「な……っ!?」
     バカな。なぜご飯、ピザがあるのにご飯――コンビニで買ってきたのはこれか――。いや、これは。炭水化物に炭水化物を重ねるこのスタイルは。
     関西名物、お好み焼き定食……! そのピザ版……だと!!? 

     絶句する私をよそに、タマちゃんはテーブルにお盆を置く。
    「美味そうやなー、ほな早速」
     手早くピザを切り分けていく。まず縦にいくつか切れ目を入れ、そして直角に、横にいくつも切れ目を入れた。

    「が……っ!?」
     これは。ピザの切り方じゃない、これは――四角く切っていく格子《こうし》切り。
     関西風、お好み焼きの切り分け方……だと!!? 

  • 20図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 22:04:45

    「あ……あぁあ、あ……」
     ガタガタと震える私を気にした風もなく、タマちゃんは笑って手を合わせる。
    「さ、いただきまーす! せや、二枚目はどんなピザ焼く?」

     タマちゃんは。私の思惑を遥かに越えていた。
    タマモクロスは、お好み焼きソースの匂いがするウマ娘だ、その魂から。

    「ふ……ふふ、あはははは……」
     私は力なく笑い、ふらふらとキッチンへ歩く。二枚目のピザ生地と、冷蔵庫の奥深く隠しておいたお好みソースを手に取る。
    「あはは……さぁタマちゃん、二枚目はブタ玉!? それともマニアックにモツ玉がいいかしら!? 焼きそばとか載せてもいいかもね!?」

    「ちょ、どないしたんやコミちゃん!?」

    「ははは……あはははは!」
    「待って、ホンマに待てぇや!?」
     お好みソースを力の限り搾り出そうとする私と、必死に取り押さえようとするタマちゃん。

  • 21図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 22:07:13

     ひと悶着《もんちゃく》あった後、互いに息を切らしたまま。
     そんなにソースものが食べたいならと彼女が言い出し、一緒にタコ焼きを買いに出た。

     タコ焼きを提げて歩きつつ、二人の息が白く上がる。
    「タマちゃん」
    「ん?」

    「ごめんね」
    「いや、エエけど」
     二人の息が白く上がる。パックの中のタコ焼きも、白く湯気を上げていた。
     タコ焼きは、ソースの匂いは。いい匂いだ。
     だからタマちゃんはいい匂いだ。そのままで。

     部屋に戻り、ピザやご飯の載ったテーブルにタコ焼きを加え、一緒に食べる。
     カツオ節と青のり、濃厚なソースが香ばしいタコ焼きも、トマトとチーズがハーモニーを奏でるピザも、それぞれに美味しかった。あとご飯やみそ汁も。
    「美味しいね」
    「なー、美味いなー」

    「またやろうね」
    「せやな!」

    「次はタコ焼きパーティーにしようか、タマちゃんちからタコ焼き器借りて」
    「いや、関西人やからって皆タコ焼き器持っとるワケやないからな?」

     二枚目のピザを焼き始める。
     チーズとソースと何やかやと、混じり合った匂いが部屋に立ち込めて。
     私たちはきっと、同じ匂いになって笑った。二人とも、青のりを歯にくっつけたまま。


    (タマモクロス編  了)

  • 22図書委員◆1NwnY0XjPs24/12/30(月) 22:25:42

オススメ

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