- 1124/12/31(火) 08:14:10
- 2124/12/31(火) 08:14:49
- 3124/12/31(火) 08:15:37
あらすじ
放課後スイーツ部の部員、栗村アイリ。
彼女は、最近二つの非日常を体験していた。
一つ目は、三カ月前に断続的な記憶障害が発症し、それがほぼ治りかけていること。
二つ目は、最近夢の中で知らない別人が自分たちといる記憶を見ること。
そんなある日、噂を聞きつけて訪れた噴水の広場で、ある記憶喪失の生徒と仲良くなる。
しかし彼女は、アイリ以外には見えないという”幽霊部員”だった。
そして──同時にアイリは、”彼女”こそが夢の中の別人の正体であり、本当は自分たちの部活の一員だったのではないかと思い当たる。
彼女の本当の名前と存在を取り戻そうと、同じ部員のカズサやヨシミ、途中で合流したトリニティ自警団のレイサやスズミと一緒に動き出すも、突如現れた噴水の広場の怪物に”幽霊部員”の”彼女”は飲み込まれてしまった。
同時に、一緒に動いてくれたカズサやヨシミ、トリニティ自警団のスズミやレイサから”彼女”に関する記憶が消えてしまう。
悲嘆にくれる中、アイリが出会ったのはミレニアムサイエンススクールのエンジニア部部長、白石ウタハ。
そして、ウタハの紹介先である、特異現象捜査部部長の明星ヒマリ。
途中で合流したカズサたちや先生を加え、アイリたちは改めて”幽霊部員”を取り戻そうと思索する。
試行錯誤の末、現地の広場で検証を始めたアイリたちは、再び怪物に襲われるも何とか事なきを得る。
その時、怪物に対して唯一の切り札足りえる存在が自分だと知ったアイリは、カズサやヨシミと共に自らその中へと飛び込み、”彼女”を取り戻すことを決意したのだった。
- 4124/12/31(火) 08:18:35
- 5124/12/31(火) 08:22:46
「あ、あのー…何だか私、邪魔じゃないですかね、これ…」
「いえ、そうでもないと思いますよ、レイサさん。むしろこれからが本番かと。
それに、あなたは彼女たちとよく一緒にいたでしょう?」
「…はい、なので力になれるなら嬉しいんですが…うぅ…」
何だか結束力が高まっている放課後スイーツ部の三人を眺めながら、協力者たちもまた自分たちにできることを探していた。
「どうやら、聞いた話では”ブラックホール”に直接飛び込んで、ワームホールから彼女を引っ張り出そうという気らしい。
無謀とも思えるが──成程、体内に”ホワイトホール”がいる彼女であれば、”ブラックホール”の特性に抗うことは可能かもしれないね」
「その先の成功は、彼女たち次第といったところでしょうか。
であれば──私たちは彼女たちの手助けをするべきでしょう。
この世界の危機も大事ですが、全てを救ってこそのハッピーエンドですからね。
目指すべきロマンは、そこにあります」
”…うん、そうだね。そして多分──彼女たちのやろうとしていることが、この問題の解決点に繋がってる”
タブレットを片手に、今まで静観に徹していた先生がそこでようやく動き出した。
”ここまでみんなに任せきりですまなかった。どうしても、私にできることは少なくてね…
だけど、ようやく分かることがありそうだ”
- 6124/12/31(火) 08:23:49
「何か独自に調べてたんですか?」
”うん。まぁ、先生としての特権を使った、ちょっとした裏技だけどね。
みんなが話している間に、こちらで済ませておいたんだ”
画面のついたシッテムの箱には、疲れ切った様子のアロナとプラナが待っていた。
「お、お待たせしました先生…先ほどの観測データをもとに、”ブラックホール”についての調査が完了しました!」
「…こちらもです。あとは先生にお渡しいたします…」
”ありがとう、二人とも。あとは私が引き継ぐから、ゆっくり休んで”
受け取ったデータを確認した先生は──やがて大きく息をつく。
”あの”ブラックホール”の生体反応を調べてもらっていたんだけど…”ある生徒”と一致してたんだ”
「ある生徒、ですか?」
「うん。その生徒の名前は──
”栗村アイリ”」
- 7124/12/31(火) 08:25:50
「…え?」
「せ、先生、ちょっと待ってください…今、アイリさんって言いました!?」
彼の口から発せられた名前に、スズミとレイサが驚愕する。
なぜなら、彼女たちの目の前には、いつも見る”栗村アイリ”その人がいるのだから。
「それはつまり…あの”ブラックホール”もまたアイリさんということなのかい、先生?」
”そういうことになるね。それでいて…
私はこの同じ人物が二人いるという事態について、一つ心当たりがある”
「……砂狼シロコさんの件ですね」
”あぁ。ヒマリはアトラ・ハシースの箱舟に乗ってたから知ってるとは思うけど……要はあの”ブラックホール”は”別の世界線の彼女”じゃないかって私は見てる”
「別の世界線から来た、もう一人のアイリさん…?」
「…同じ生体反応というのなら、それぐらいしか説明は出来ないだろうね。
彼女と同じヘイローを観測は出来なかったが…それも含めての変貌なのかもしれない」
”どうしてあのようになってしまったのかまでは、まだ分からない。
だけど…今し方分かった情報から、”ブラックホール”がさっき出てきた理由が何となく見えてきたんだ”
先生は、決起を固めている放課後スイーツ部の三人を見守りつつ、今もこの場にいるであろう”彼女”が何を求めているかを考える。
”もしかしたら──”彼女”はこの世界にいる放課後スイーツ部のみんなを、何かの理由で強く求めているのかもしれない”
- 8124/12/31(火) 08:27:26
「……それは」
”予測でしかないけれどね。多分、リスクを冒してまで出てきたのは、何か強い思いがある気がするんだ。
前にあの三人が広場に来た時に出てこなかったのには、別に訳があったのかもしれないけれど…”
「…成る程。前に、特定の人物の身を狙っているという予測を立てましたが、既に飲み込まれたAさんと先ほど狙われたヨシミさんは、どちらも同じ放課後スイーツ部だったはず。
動機はどうあれ、最初からあの”ブラックホール”──別の世界線のアイリさんにとっては、彼女たちのみが目的だったのだと」
「じゃ、”体が重くなる”っていう噂は…」
「十中八九、”ブラックホール”の特性ですね。恐らく、広場に入った者の中で目的の人物に似た人が来た時に誘発されたのでしょう。
ですが、よりによってその目的だった当人たちが以前来た時──近くには、”ホワイトホール”を体内に宿したアイリさんが近くにいた故に、引き込めないままに終わった」
- 9124/12/31(火) 08:29:19
「では、今回アイリさんがいるにも関わらず出てきたのは、半ば強硬手段に近いということか」
「…もしかしたら、向こうも余裕が無くなっているのかもしれません。
であれば──次に広場にカズサさんかヨシミさんが入れば、確実にもう一度出てきます」
「…調査のつもりが、そのまま決着の流れになりそうですね」
「であれば、彼女たちとも話を合わせておきましょうか。
残った疑問点は、やむを得ないですがいったん保留し、そこから仮に不具合が起きた場合はケースバイケースで対処しましょう。
あとはこのまま、この特異現象と立ち向かうための作戦会議に移行しようと思います」
”分かった。じゃ、三人を呼んでくるね”
先生の呼びかけに応じ、放課後スイーツ部の三人もヒマリ達の元へと戻って来た中、共有されて集まった情報を元に、ヒマリを中心として作戦の立案が開始されることとなった。
- 10124/12/31(火) 08:30:47
「まず、作戦における目標から。
一つ目が、ワームホール内部からのAさんの救出。
ここでいう救出とは、彼女の存在と名前がこの世界において確立された状態をもって、初めて完了と致します。
二つ目が、”ブラックホール”──別世界線から来たと思われるアイリさんを止めること。以上の二項目が、作戦における最終目標です。
Aさんの救出には、放課後スイーツ部であるアイリさん、カズサさん、ヨシミさん。
そのサポートにあたるのが、トリニティ自警団のスズミさん、レイサさん。
”ブラックホール”を止めることに関しては、ミレニアムサイエンススクールのエンジニア部部長、白石ウタハと、この太陽の光の如く燦燦と輝く明星ヒマリが担当します」
(今の下り、いるんですか?)
(レイサさんがそれを言うんですか)
「最後に、総合的な指揮を執る役割をシャーレの先生にお願いいたします」
”あぁ、了解した”
- 11124/12/31(火) 08:32:03
「では、作戦の概要に入ります。
まず…恐らく、”ブラックホール”が地中に潜った際の地面が削れていない所を見るに、向こうは物理的な干渉をある程度自在にコントロールできるようです。
その為、通常時であればこちらによる攻撃は通用せず、撃ち込んだ弾も通り抜けるか飲み込まれるかの二択でしょう。
なので…アイリさんの体内にいる”ホワイトホール”の助力の元、”ブラックホール”による効力を一時的に大きく抑制してもらいます。
その間は、向こうはそういった干渉における制御が不十分となるため、出た後に地中へと戻ることが困難になり、同時にこちらの攻撃が通るようになるでしょう。
その攻撃に関しては、”ホワイトホール”と共同で動くことになるアイリさん以外の全員が担当します。
くれぐれも、飲み込まれてしまわないようにご注意を。
動きが鈍くなり、ワームホール内部への侵入が容易になったと思われる段階で、アイリさん、カズサさん、ヨシミさんは”ブラックホール”を通じてワームホールへと突入。
Aさんの存在と実体、そして”名前”を取り戻して、再び穴を通じてこちらの世界へと帰ってきてください。
それを確認した後──”ブラックホール”の行動に応じて、こちら側も対処を臨機応変に変えていきます。
”ブラックホール”が別世界線のアイリさんというのなら、何かしら彼女自身と対話し、交渉できないか試せるのではないかと、私は考えています。
”全員”を救ってこその、本当のハッピーエンドですからね。
ですが…もし、交渉ができないまま、”ブラックホール”が抵抗をやめなければ…
その時には、”彼女”をどうするか決めなくてはいけません。その時は──」
”私が、最終決断を担うよ”
- 12124/12/31(火) 08:33:45
「先生…」
”ヒマリ──それは、先生である私に担わせてほしい。
それほど重大な決断を、生徒である君が担うには荷が重すぎると思うからね”
「…正直に言えば、本心はそうだったかもしれません。では…頼んでしまっても、よろしいですか?」
”あぁ、君は君なりにしたいことに向かってほしい。その先はきっと、みんなと同じところだと思うから”
「…畏まりました。ありがとうございます、先生」
”大丈夫──全部うまくいくように、頑張ろう”
改めて前を向き、ヒマリは全員に向けて真っすぐな視線で語りかける。
「猶予はそれほど残されていません。
全員が各々の全力を出し切れば、望む結末にきっとたどり着ける。私はそう信じております。
”そんなものはない”と残酷に告げる現実に──私達は”ある”のだと胸を張って言ってやりましょう。
それこそが──私たちの目指す、ロマンティックなエンディング。
- 13124/12/31(火) 08:34:49
- 14二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 09:43:14
”ブラックホール”の正体は別世界線のアイリだったか…
- 15二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 11:00:11
ブラックホールとドーナツホール問題のミックスかぁ
アイリ*テラーなのか怪異化したアイリなのか - 16124/12/31(火) 15:30:03
「支援ドローン及び”雷ちゃん”起動開始…うん、整備はちゃんといきわたっているね。ヒマリ、そちらは?」
「ある程度の巡行プログラムは既に構築済みです。そこから先は、手動入力でプログラムを組み込み直しておきます」
「OK、こちらはいつでも。自警団のお二人は?」
「はい!いつでも行けます!」
「こちらも。始めてもらって構いません」
月が顔を出し、星が瞬きを始める夜の始まり。
街灯によって暗闇が照らされた広場の中、全員のゴーサインを確認した先生が手で”OK”のマークをカズサに見せる。カズサはそれを見て頷くと、隣にいるヨシミに促した。
「じゃ、準備はいい?」
「はいはい、始めるわよ」
広場の端、内と外を隔てる線の側。
カズサとヨシミは、同時にその一歩を踏み出し、その体を広場の中へと入れた。
- 17124/12/31(火) 15:31:39
少し間をおいて──再び、大きく地面が揺れだしていく。
街灯の灯りが、激しく明滅を繰り返していく。
計測器を確認していたヒマリが、再び全員へと報告した。
「中心部を主軸とした、強大な力場が発生──”ブラックホール”、出現します!」
”今だ!”
「はいっ!」
先生が発した掛け声とほぼ同時に、アイリもまた広場へ向けて飛び出していく。
次の瞬間──中心の噴水部から、天へと向けて”ブラックホール”が勢いよくその長い胴体を伸ばしてきた。
その先頭部が徐々に地へと向き──やがて、カズサとヨシミがいる方へと焦点を充てる。
「く、来るわよ…!」
「アイリ、お願い!」
全速力で向かってくる黒い穴と対峙するように、アイリはカズサとヨシミの間に立ち、その身を曝け出す。
そのまま、正面を切って”ブラックホール”を見据えながら──
アイリは、自身の銃の先を胸へと押し当てていた。
- 18124/12/31(火) 15:33:35
それは、”ブラックホール”に対する効力を大きく及ぼせるように、彼女が”ホワイトホール”から聞いていた法則に基づいていた。
『出口が大きければ大きいほど、”ホワイトホール”にとっては力を発揮しやすくなる』
故に──彼女は、それに伴う痛みを選択する余地など無かった。
いや、そもそも迷うことすらしなかった。
自分にできる全てを出し切り── を連れ戻す。
それが、今の彼女にとって何にも代えがたい理想そのものであり、ロマンへ到達する魁となる信念。
トリガーにかける指が小刻みに痙攣し、銃を持つ手はカタカタと揺れ動く。
両足は今にも崩れ落ちそうで、口の中は異様に渇いている。
何より──ただ、怖くて恐くて堪らない。
そしてそれらすべてが──彼女を止める理由になどならなかった。
”ここでお別れ”とか、”バイバイ”とか。
そんな哀しい終わりなんて──
「私は──絶対に嫌なんだ」
次の瞬間──けたたましい連射音と共に、アイリが自身の胸へと構えた銃口が火を噴いた。
- 19124/12/31(火) 15:34:48
十発ほどの弾丸が貫いたアイリの胸に空いた穴からは、やはり血は流れ出ない。
断面から見える白い穴は光を放ち、その光が次第に繋がっては彼女の胸の穴を埋め尽くしていく。
そして、一呼吸置いた後に──その光が外へと放射された。
光は無数の筋となって地面へと差していき、広場全体へと這うように広がっていく。
やがて、別々の線が繋がっていくようにして、何かの形へと変貌していった。
月桂樹の葉と思わしき草冠を両隣に添えた、一つの輪と芽──
アイリのヘイローと全く同じ形状の巨大な模様が、広場の上にできあがっていた。
途端に、”ブラックホール”の動きが鈍くなる。
カズサとヨシミへと向かっていた黒い穴が、急転換をしながら大きく鳴動する。
すぐさま、先生が各人員に向けて指示を始めた。
”全員、一斉に行動開始!”
- 20124/12/31(火) 15:36:34
「はい!」
「行きますよ、とりゃー!!!」
「承知した!」
「お任せを」
広場へと大きく飛び出したスズミとレイサが、それぞれの持つ銃を放つ。
そしてウタハとヒマリがプログラムの開始コマンドを入力した。
それに乗じて、カズサとヨシミもまた銃を構えた。
「私達も行こう。あれがアイリっていうのなら…正直嫌だけど」
「それでも、まずは落ち着かせないといけないでしょ。だったら、躊躇ってる暇なんてないわよ!」
例えそれが、別の世界線からきた、自分たちにとっての大事な友人なのだとしても──時にはぶつからなければならない。そうしなくてはいけない時がやってくる。
だけど──それは決して、そこが終わりではなく。
始まりなのだと信じて──
二人もまた、構えた銃の引き金を引いた。
- 21124/12/31(火) 15:39:10
アイリの体内にいる”ホワイトホール”から広がった光が効いているらしく、彼女たちによる攻撃は通っているようだった。
それに抵抗するかのように、”ブラックホール”もまた長い胴体を振り回して妨害しようとする。
その妨害行為を、レイサとスズミは軽やかなステップで避けながら、巧みに射撃を続けた。
「あくまで飲み込むつもりはない辺り──別世界線とは言えど、根底はアイリさんらしいですね。
無関係な私たちを巻き込みたくないのかもしれませんが…」
「でもだからといって、無断で友達を奪っていい理由にはならないんです!
友達と一緒にいたいっていうのなら──ちゃんと、こっちの世界にいる放課後スイーツ部の皆さんと話をしてからにしてくだ、さいっ!!!」
大胆にあちらこちらへと飛び跳ねながら、ショットガンをぶっ放すレイサ。
時折、自身の位置を眩ますように、閃光弾を織り交ぜながらアサルトライフルを向け続けるスズミ。
独特な戦闘スタイルで翻弄する二人に合わせて、彼女たちと一緒にプログラム済みのドローンが援護射撃や回復の役割を兼ねて動き回る。
更に、固定砲台として置かれたウタハのセントリーガンこと”雷ちゃん”も、継続的な火力援助でサポートしていた。
「他の者には劣るかもしれないが──できることは様々さ。さて──まずは”彼女”を止めることからだ」
- 22124/12/31(火) 15:41:00
暫く四人のよる消耗戦を続けていると、徐々に”ブラックホール”の動きに隙が生まれていく。
その隙を見逃さず、確実に叩き込んだ火力は、やがて目に見える形として現れた。
「…!”ブラックホール”の動きが止まりました!今が好機です!」
ヒマリによる知らせが耳に入ると同時に、アイリは即座にカズサとヨシミの手を握る。
「行こう、二人とも!」
「OK、覚悟はできてる」
「そんじゃやるわよ!」
手をつないだ状態で、三人は地面に横たわっている”ブラックホール”の穴へと駆けだしていく。
一歩、また一歩。かつては飲み込まれまいと必死に逃げたその穴に──アイリたちはどんどんと近づいていく。
そして──
「「「はあぁぁぁぁぁっ!!!」」」
大きく踏み出した足音とほぼ同時に──
三人は、黒い穴の中へと一斉に吸い込まれていった。
- 23124/12/31(火) 15:45:07
────────────────────────────────────────────────────
「ふぅ…帰りが遅くなっちゃったね、 ちゃん」
「いやはや、しかしアイリとこうして二人きりで帰るのも久々だねぇ」
街灯が灯る夜道。若干草臥れた体を引きずりながら、私はアイリと一緒に帰路へとついていた。
時折草むらから聞こえる虫の声が、ノスタルジックな気分へと誘ってくる。
「でもさ…こういう空気、私は存外嫌いじゃないよ。
夜のどこか乾いたようで冷たい空気って、昼間とは違った新鮮味があるからね」
「あ、それはちょっと分かるかも。夜に散歩に行くと、ちょっと気持ちいいよね」
「そのままどこかであったか~い飲み物でも買うと、これがまた染みるというか。
暖かさの意味を思い出すんだよね」
「ね~…せっかくだし、途中で買っていく?」
「にへへ。悪くないねぇ」
疲れ切ってへとへとになりながらも歩いていると──
これまた、普段と一風違った場所へと行き当たる。
- 24124/12/31(火) 15:47:31
「ほう…ここは?」
「わぁ…綺麗だね!」
そこは、白いタイルが敷き詰められた大きな円形の広場だった。
中心に据えられた噴水からは、綺麗な弧を描きながら水が噴き出されていて、夜の暗さと合わせると独特な美しさを醸し出していた。
「ふーむ…昼に来ていたら、また違った印象を持っていただろう。
さながら隠し味…途中で味の変わるキャンディーみたいなものか」
「そ、そうなの…?まぁ、でも時間帯によって同じ場所でも雰囲気が変わるのはあるよね。
夜の学校とかは特に怖いし…」
「おっとアイリ、その先は私に効く」
「あっ…そういえば、 ちゃん前に”夜の学校の屋上から天体観測だ!”っていって学校に行った後、暗すぎて私達に助けを求めたことがあったね…うっ、思い出したら私もちょっと…」
「というわけでやめとこうか、この話」
「そ、そうだね…」
- 25二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 15:54:23
このレスは削除されています
- 26124/12/31(火) 15:58:43
- 27124/12/31(火) 16:50:44
何故なら、目に見えない大きな衝撃がアイリの体に走ったかと思えば──
広場の遠くの方へと彼女の全身が弾き飛ばされていたからだ。
「え──────」
数回撥ねた後に転がったアイリの体が止まった時、僅かながら地面に飛び散った赤い血痕が見えていた。
それを認識したと同時に──私はすぐさまは駆け寄ろうとした。
「アイリッ!!!」
しかし──その動きが、ピタリと止まる。
「!?
体が…動かない…………重力……!?」
「 ちゃ──わた──なに、が──」
呂律の回らない口元で、アイリが私の名前を必死に呼ぼうとする。
しかしどんなに呼ぼうとしても、身体の内から響く痛みに遮られたかのように途中で声が途絶えてしまうようだった。
「アイ、リ──一体、ここは──何があるというんだ──」
「”お迎え”だよ」
- 28124/12/31(火) 16:52:11
- 29124/12/31(火) 16:54:53
- 30124/12/31(火) 16:55:59
- 31124/12/31(火) 17:16:56
- 32124/12/31(火) 17:17:36
- 33124/12/31(火) 17:20:34
────────────────────────────────────────────────────
「……………」
──目を覚ませば、灰色の空を見上げていた。
気が付かないうちに、仰向けになっているらしい体に信号を送り、少しずつアイリは上体を起こしていく。
「…今、のは」
遠い遠い、いつかの記憶を垣間見ていた。
最初の記憶は──始まりの記憶だった気がする。
恐らくは、三カ月前にドーがまだ本名だった時に、一緒に帰っていた時の彼女の記憶だろう。
しかし──もう片方の記憶は、いつもと勝手が違った。
「…私自身の、記憶…?」
それは、ドーが本名を奪われたであろう後の直前の記憶。
言うなれば──本当の意味で、アイリが”忘れていた”記憶だった。
瀕死になった体の中で、曖昧に輪郭がぼやけた壊れかけの記憶。
それが今──関連する記憶に紐づけて脳から引きずり出されてきたのだろう。
- 34124/12/31(火) 17:21:45
あの日──”ブラックホール”に弾き飛ばされ、重傷を負ったままだった自分の体。
冷たい夜の空気の中、途絶え欠けていた自分の命。
それを繋ぎとめてくれたのは──自分の体の中にいた”彼女”だったのだと、アイリはその取り戻した記憶の中で気づいたのだった。
そして繋ぎとめるために失ったエネルギーを回復させる為に──やむを得ず、”ホワイトホール”はアイリからその後の記憶を奪わざるを得なかったのだ。
「……本当に、ありがとう。
私を──助けてくれて」
(……どう、いたしまして…で、いいのかな)
「うん──それで、いいんだよ」
(…そっか)
胸の内で空いている穴は気が付けば閉じており──しかし、そこから微かに溢れている白い光は、先程よりその輝きを失いつつあった。
恐らくは、“ブラックホール”を抑制した際に力を使いすぎたのだろう。
今の“彼女”は、暫し眠りに付かねばならなかった。
- 35124/12/31(火) 17:23:24
- 36124/12/31(火) 17:24:54
その眠りの挨拶を聞き届け──”彼女”は、閉じた光と共に眠りについた。
胸から手を離し、対話を終えたアイリは、状況確認へと思考を切り替える。
「…確か、カズサちゃんとヨシミちゃんと一緒に”ブラックホール”の穴へと入って──それからは──」
三人で一斉に飛び込んだ後は、シャットダウンしたかのように意識が途切れ、次に目が覚めた時にはどこかで自分たちが気を失った状態で倒れていたようだ。
慌てて周囲を見渡せば、自分の両隣でカズサとヨシミも同じように横になっていた。
「よ、良かった…二人とも起きて!」
「う、うん…?アイリ?ここは?」
「いっつつ…なんか色んなことを思い出した気がする」
頭を抱えながらも起き上がった二人にほっと安堵しながら、アイリは再度自分たちがいる場所を見渡す。
辺り一面、視界を遮る白い霧が立ち込めており、一寸先がよく分からない。
しかしながら、自分たちが立っている場所は草叢の生えた柔らかい土の上で、少し先では清涼感のある匂いを放つ月桂樹の木が数多く植えられている。
もし視界さえ良ければ、地平線の先までずっと植えられているんじゃないかと思えるほどだ。
「もっと真っ暗なイメージだったけど…そうでもないんだね。何だか、どっかの林みたい」
「ね。ただ、雰囲気的に…リアルっぽくないというか。誰かの心象風景のような?」
「言い得て妙だね。さすがはキャスパリーグといった所か」
- 37124/12/31(火) 17:26:03
- 38124/12/31(火) 17:26:38
- 39124/12/31(火) 17:30:23
ドーもまた、震えるアイリの背に手をそっと当てる。
そしてその手もまた──微かに震えていた。
お互い、奥底から込み上げてきた思いと喜びを留めようとはせず、ただ今だけはとその瞬間を噛みしめていた。
カズサとヨシミもまた、そんな二人を今だけは邪魔しないようにと微笑みながらただ見守り続けてくれていた。
「…この前のからかいのお返しは、また今度にしといてあげるか」
「ま、あれを邪魔するのはちょっとね」
暫くして落ち着いた段階で、再び全員が集まってこの先のことを話し合い始めた。
「”ブラックホール”に、”ホワイトホール”、ワームホール……ほうほう、大体オッケー。
何ともロマンばかりで興味深い話だけど──生憎今は真面目タイムの方が良さそうだね」
「…で、つまり…あんたがアイリの話してた”ドー”って子なのよね」
「そうともさ。ま、本名があった時は二人ともよく話した仲だったんだけど」
「というか、さっき私をそう呼んだってことは──」
- 40124/12/31(火) 17:32:35
「うむ。最初に飲み込まれた時に私自身から引き抜かれた記憶を、ここに入った際に直接読み込んだ影響で思い出したんだ。
最も──名前だけは未だ虫食いみたいになってるけどね~」
するとドーは、片手でアイリの手を握りながら、どこかへ連れて行こうと促してくる。
「それじゃ、案内するとしよう──”彼女”の元へ」
「”彼女”?」
「もう一人──私とは別に話をすべき子がいるはずだ」
「…あぁ、そっか──確か”ブラックホール”は、ヒマリさんから聞いた話だとそうだったんだっけ…」
「にへ、分かってるなら話は早いね」
「…分かった。ドーちゃん、そこまでお願いしていい?」
「あぁ。勿論だとも」
ドーに手を引かれるままに、アイリたちは月桂樹の立つ草叢を進んでいく。
暫く行った先で、立ち込める霧は終わりを告げ──その場所へとたどり着いた。
「ここは……遺跡?」
「あそこ…あれって、神殿?」
- 41124/12/31(火) 17:34:20
灰色の空の下、そこにあったのは崩れかけの遺跡が発掘されたような僻地だった。
折れかけた柱、ボロボロの階段、一部が欠けた幾何学模様のレリーフ──
先ほどまでの自然と近い風景と打って変わり、殺風景かつ人の手が施されていない廃墟のようだった。
そしてその階段の前に──誰かが立っていた。
「…みんな、来てくれたんだ」
「────あなたが……”ブラックホール”……?」
その光景が現実であったというのなら、多くの人がはっきり言ってすぐに否定したことだろう。
もう一人の自分、さながらそれはドッペルゲンガーのようで──しかし、それは決して幻覚では無かった。
黒い一枚の外套を羽織り、それを腰のベルトと肩近くのピンを使って留めただけの、まるで太古の哲学者のような簡素な服装をした短髪の女子。
そして彼女のヘイローは、アイリのそれと全く同じ形でいて──しかしながら、遥かに黒い緑色の彩りへと変わっていた。
それが、”ブラックホール”──もう一人の別の世界線から来たアイリその人だった。
- 42124/12/31(火) 17:35:32
恐らくは、その彼女の実体こそが”ブラックホール”における核にあたるのだろう。
一言で言えば──”アイリ*テラー”とでも言えば分かりやすいのかもしれない。
その変貌が、本当に恐怖によるものかはさておき。
彼女の服は既に所々がほつれたり破れたりしていて、そこから見える肌には傷や血の流れた痕が見える。それは、こちら側の世界で”ブラックホール”として受けたダメージが可視化された故か。
「もう一人の、アイリ…」
「…事前の話通りなら、別の世界線から来たっていう方になるけど」
目の前に、アイリが二人いる光景の中、カズサとヨシミもまた何とか状況を把握しようと努めていた。
その二人を見ると──アイリ*テラーは、傷ついた顔のまま薄っすらと微笑んだ。
「カズサちゃん、ヨシミちゃん、久しぶり──ううん、”初めまして”になるのかな?」
- 43124/12/31(火) 17:37:15
「…………そう、なるのかもね」
「…あんまそうは言いたくないけど」
一見無邪気な彼女の瞳に光はなく、虚ろながら未だ閉じることは無い。
それは諦めた様子などではなく、何かの意図を孕んだ上で四人を視界に捉え続けているようだった。
「…その、大方予想はついてるんだけど…一応聞かせて貰ってもいい?私達を狙った理由」
「…それを正面切って言うのはちょっと意地悪じゃないかな、ヨシミちゃん?」
「え?いや、ごめん…そういうつもりじゃなかったんだけど…」
「冗談、冗談!私はあなたたちが知ってるアイリより口が悪いの。だからごめんね?」
「う、うん……?」
語り始めたその時から既に、アイリ*テラーは彼女たちが知っているアイリとは明らかにズレていた。
朗らかな笑い方は共通しているのだが、その笑顔はどこか貼り付けたもののようで──それでいて、口調もどこか露悪的に感じた。
「簡単だよ。もう一度、みんなと一緒にいる為。たったそれだけ!」
「……私達と、一緒に…」
「じゃ、あんたの世界の私達は──」
「うん。
みんな、死んじゃったんだ」
- 44124/12/31(火) 17:39:16
その事実を──口にするのもやっとであるはずの残酷な結末を、彼女は坦々となんてことはない業務報告のように吐き出していた。
「最初に先生が亡くなったって聞いた時は、本当にびっくりしてたけど…すぐにそんな悠長なことをしてられないほどに、いろんな場所で揉め事や問題が起きて──気づいたら、キヴォトス全体が、だれにも止められない悲惨な状況になっていたの」
「………………」
「いやー…凄かったなぁ。あっちこっちから悲鳴が上がってて、空は土煙と火で見えなくなって。
何もできないまま泣き崩れて、ただ手を引かれるままの”私”の目の前で一人ずついなくなっていったんだからさ。
そうして一人きりになった時に──空間に、”ひび”が現れたんだ。
何だったっけかな──亀裂の向こうには、空を飛ぶ二つの舟と──凄く大きな光の線が伸びてたかな?
それが気になって覗き込もうとしたら──”私”はそのまま、足を踏み外して落っこちちゃったの。
そうして──そちらの世界にある、噴水の広場に空から落ちてきたお馬鹿さんが”私”ってこと!」
- 45124/12/31(火) 17:40:38
「……………」
アイリ*テラーが話した、彼女がここに至るまでの経緯。
四人はそれに口を挟まず、静かに聞くに留めていた。
というのも、彼女の話す体験が物語る惨状と、表情や雰囲気がまったくもって合致しないことが気になって仕方がなかった。仕草から態度まで、何もかもあべこべで不明瞭だ。
「先に言っちゃうけど、別に同情とか憐みが欲しくて話したわけじゃないから、勘違いしないでね?
私はただこれをラッキーって思っただけ。
やらかしに乗じて、この世界にいるみんなを独り占めできるなぁ~って思っただけ。
そこにいる”私”なんて関係なく、ね。
みんなが私のことを認めるまで──分かってくれるまで一緒にいさせるつもり。
だから──邪魔しないでほしいかなって」
久々に再会した友人を迎え入れるように、にこやかに笑みを浮かべるアイリ*テラーは──何かが狂っていた。
いや──正確には、何かが外れていた。
アイリという人物を構成するのに必要な部分が欠けたまま、どこかが損なわれて足りないままの状態──そんな感覚に四人は包まれていた。
「アイ、リ────」
「あんた──本当に…?」
「……あなたは、いったい……」
- 46124/12/31(火) 17:42:25
「ん?私は”アイリ”だよ?
不出来で何もできやしない、優柔不断でついていくだけしかなかった”私”。
何もできないままに、指をくわえて見ているしかできなかった私。
そのせいで──みんな、みんないなくなった。
でも、今なら。
記憶や存在まで操作できる、今の私なら。
───そこにいるアイリにとって代われる。もう一度、チャンスを得られる。
だって──みんなに私は殺せない。
──そうでしょ?」
そう言いながら──アイリ*テラーが、懐から銃を取り出し──
アイリへと向ける。
「…!!!」
「下がって!!!」
すぐさまカズサが、間に割って入って自分の銃を構える。
しかしその引き金にかけた指は、手汗がにじんだように力が入っていなかった。
- 47124/12/31(火) 17:44:53
二人のアイリの間に入ったカズサに、アイリ*テラーは笑顔のままでクスクスと笑う。
「あはは、カズサちゃん。そっちの世界の私を守るんだ。
そりゃそうだね、ずっと一緒にいたもの、当然そう動くよね。
でも──だからってこの私を撃てるの?」
「…ッ!!!」
その言葉に、カズサも動きを止めてしまう。片方を守るなら、片方を撃つことになる。
取捨選択──まるで、この状況をアイリ*テラーが望んで生み出したかのようだった。
「…わた、しは…」
「…残念だったね、カズサちゃん。──あなたの知らない人だったら撃てたのに。
でも、そういうところ、私は好きだよ?本当に”アイリ”のこと、大事に思ってくれてるんだなぁって。
…嬉しいなぁ」
「……ッ……その言葉は、ずるいよ……」
「カズサッ!クソッ…何なのよこの状況!?どうにもならないじゃないこんなの…!?」
「…あなたは…」
選択を迫られ、目が揺れ動くカズサ。
介入しようにも方法が分からないヨシミ。
銃を向けられて尚、相手を見つめるしかできないアイリ。
- 48124/12/31(火) 17:46:37
- 49124/12/31(火) 17:48:05
看破。
自身の正体をドーに見破られたことがアイリ*テラーに伝わると同時に──彼女は大きく高笑いをし始めた。
「…あはは。
あははははははははははッ!!!
なんだ──もうバレてたんだ。分かっててずっと見てたってこと?
酷いなぁ~…せっかく面白いところだったのに」
「仮想敵…?」
「なに…それ?」
周囲の人物が皆頭に疑問符を浮かべる中──ドーは目の前にいるアイリ*テラーの正体を見破る。
「誰もが心の中に身を置かせている、ふと吐き出したくなってしまう弱音や本音を囁いてくる存在。
アイデンティティを揺らし、自己否定の始まりを告げ、”なりたい自分へ変わることなどできないのだ”と突きつけてくる”心の中のもう一人の自分”。
それが────”仮想敵”だ。
- 50124/12/31(火) 17:49:23
ここまでの立ち振る舞いや言動を見ていたが──私達が”普段”見ているアイリは、自責はすれど他責に回ることは全くしようとしない。
仮に向こうの世界で何があったとしても、人の本質というものはそうそう変わりはしない。
ましてや、こんな状態になることを本人が最終的に望んでやるとは、私はどうしても思えない。
だから、もしそんな言動や決断を”取れる”とすれば…それは”普段”のアイリとは別の何者かだ。
それができるのは──アイリの中で別の価値観を提示する者。
即ち、アイリの中にいる”仮想敵”が浮かんだんだ。
今、別世界から来たアイリの体は──その”仮想敵”が主導権を握っている。
そして君はその”仮想敵”──そうなんだろう?」
その推察に──アイリ*テラーの顔がほくそ笑む。
どこかニヤリとした笑いに、カズサたちはぎょっとしてしまった。
「…ふふふ!大正解、流石だね!
そうだよ、私は別世界から来たアイリ本人じゃない。
その子の心の中で渦巻く穴から生まれた、ただのお邪魔虫。
それが、あなたたちの言う”ブラックホール”の正体ってこと!」
- 51124/12/31(火) 17:51:36
「じゃあ……別の世界から来た、アイリ本人は────」
「…ん?ドーちゃんの本名と存在を奪う時に、ここから飛び出していったよ?
あぁ──でも今はそこにいる私の中で眠ってるみたい」
「アイリの中……もしかして、”ホワイトホール”……?
じゃあ本当に別の世界線から来たアイリだったのって…!?」
「勘が良いね、カズサちゃん。
本当ならドーちゃんを奪いかけたあの時、そっちの世界のアイリはもう”用”が済んでたのに。
その子が自分から助けに行くとか言いだしてさ…本当にお人よしだよね。
あ~あ……
あの時ちゃんと消しておいた方が良かったかなぁ?」
「……ッ……あんたッ……」
「ふふっ、目つきが変わったね。そう、それでいいの。
あなたたちは、私という”敵”を打ち倒して否定して、そこにいる”私”をこの体に当てはめれば、もれなく”全員”救出のハッピーエンド!そういう筋書きが書けるなら、試してみたらいいよ。
最も──本当にそうできるかは怪しいと思うけどね?」
- 52124/12/31(火) 17:53:27
あからさまな挑発。憎らしい態度。”みんなが見たことがないアイリ“。
嫌がらせと言わんばかりに銃を突きつけながら、まじまじとアイリの体を使って解釈の不一致を見せつけてくるアイリ*テラーは、彼女達にとってのまさしく”敵”のようだった。
「さっ、早くしようよ!どっちにしても、変わらないんだから!
ほら、ハッピーエンドが欲しいんだったら──
やることは決まってるでしょ?」
──だが。
「……ううん。それは、違うと思う。あなたは──きっと”嘘”をついている」
────それさえも“演技”であることを一早く見抜いていたのは、他でもないアイリだった。
「…ん?違うって、何が?嘘って?」
「だって──
私には、あなたが”自分から消えようとしている”ように見えるから」
- 53124/12/31(火) 17:56:00
そのアイリの言葉に──
アイリ*テラーは、一瞬動揺したかのようにピクリと指先を震わせた。
「自分から…消えようと…?」
「…どういうこと?」
どよめくカズサとヨシミの側で──ドーもまた、その意味を既に理解していた。
「カズサ、ヨシミ、私のさっきの話にはまだ続きがあるんだ。
私は彼女の”正体”こそ話せど──まだ、”目的”までは言っていなかっただろう?
言った通りだよ、彼女の演技は明け透けすぎると。
アイリから生まれた”仮想敵”だからか──そういった嘘を隠し切れないのも同じみたいだね。
今さっき、私が彼女の正体を話した瞬間──彼女は、自分が”仮想敵”であると、あっさり即座に認めた。
私にその証拠を求めたり、言い逃れをして『自分は別の世界線のアイリ本人だ』と言うこともできたはずなのに、あっという間に自身が敵対存在であるということを誇示してきた。
その敵対される状態になることを、最初から望んでいたかのように。
その時点で──”こちらの世界のアイリにとって代わる”っていうことが目的なら、それはあまりにも不合理な行動だ」
- 54124/12/31(火) 17:59:05
「じゃあ…最初から、どこか私達の知っているアイリとズレていたのも──」
「本当は私達に”自分がアイリじゃない”と気づかせるため…」
「そして──彼女はわざと自分を歪に見せて、嫌悪感を抱かせようとしている。
まるで、みんなに自分を倒すべき”敵”だと思わせるように」
その仮説が露わになった時。
悟られたことによる一瞬の動揺が表情を揺るがすように──
アイリ*テラーの重なった”二つ“の仮面に、同時に罅が入りだす。
「…そんな訳、ないでしょ?出鱈目も程々にしてほしいな、ドーちゃん」
「ほう?君はそれは否定したいと。では──問うとしよう。
君が言う通りなら──ここで私達の世界のアイリと”ホワイトホール”を消した上で、自分がこの世界のアイリとしてなり代わる。
そして、ここにやってきた私達の記憶を書き換える。そういうシナリオを求めているということになるのかな。
- 55124/12/31(火) 18:00:11
ならば、なぜ君はその状態にも関わらず、ここで待ち構えていたのかね?
既に攻撃を受けて消耗した体で、正面から戦うのは愚策だというのは君も分かっているだろう。
不意打ちするなり罠を仕掛けるなり、方法はいくらでもあるはずだ。そこまでの時間も、充分にあっただろうに」
「それは…」
ドーの言った通り、”ブラックホール”として広場で攻撃を受けていた彼女は、一つ一つの挙動が覚束なくなっており、指一本動かすにも大変になっていることが見て取れた。
アイリ*テラー自身が、誰よりもそのことを理解しているはずなのにだ。
「それに、私やアイリ、カズサやヨシミがあの広場に来たタイミングは数多くあった。
君が持つ”重力”とやらも、使おうと思えばもっと引き出せただろうし、そもそも他の人に作用させる必要などなかったはずだ。
にも関わらず、君はそのタイミングの多くをみすみす逃していたし、仮に掴んだチャンスの中でも、どこかしら手を抜いていた。
最初に私を飲み込んだ際も、”ホワイトホール”がアイリを助けに行くのを是が非でも追うことはせず、断念した。
その結果、アイリは彼女に救われて私の記憶を得ることができた。
そして──私に関しては、君は”中途半端”に飲み込んでいただろう?」
- 56124/12/31(火) 18:01:46
「…中途半端?」
「……あっ、そういえば」
カズサとヨシミは、そこで思い出す。
ドーは本名の時と仮の名の時を合わせて”二回”飲み込まれていたということを。
そしてドー自身もまた──そこから糸口を得ていたようだ。
「その件についても、ついでに話すとしようか。
私が”ブラックホール”に飲み込まれた際──私は名前と実体、そして存在を奪われた上で、意識だけが残った中途半端な概念としてワームホールから弾き出されていたんだ。
それが──アイリだけに見えた私──”ドー”という名前の生徒の正体だ。
アイリが私のことを認識できたのは、”ホワイトホール”から提供された私の記憶によって、中途半端な概念だった私に対して認識する際の補助が効いたと私は見てる。
我々が思っている以上に、記憶の持つ力というのは凄まじいのかもしれないとね。
私が広場から出れなかった理由も、この広場内のワームホールにある私の存在と実体があったからだろう。
実体と意識にはどうしても切っては切り離せない関係がある以上、過度に引き離されれば維持はできない」
いくつもの謎が、ドーによって開示され、仮説の元に解き明かされていく。
一人ぼっちで広場にいた際も、彼女は失った記憶の中でも知恵を巡らせ続けていたのだろう。
それがアイリたちによって提供された情報と合算したことで、形となって結実していた。
- 57124/12/31(火) 18:05:40
「…話の軸を戻すとしよう。
まるで私達がここにたどり着けるように、自身の痕跡を残すかのように──彼女が詰めを悉く甘くし続けたからこそ、みんなは情報から真実を紐解き、自力でここに辿り着いた。
彼女自身が語った”目的”を考えるなら、この状況になる前にいくらでも盤面は有利だった。
にも関わらず──使えたはずの手札を彼女はまともに切らず、こうして対面の状況まで持ち込まれた。
では、不利益かつ不条理な立場に自らを追い込んで、彼女は一体何を得ようとしているのか?
それは──彼女の元を考えれば容易いだろう」
「元って…アイリの心の中にいた”仮想敵”だって言ってたわよね?それが関係してるの?」
「”仮想敵”っていうのは、本当の敵に備えるために供えられた一種の防衛本能に近いわけで──最初から、意志など持たないはずなんだ。
変化に対する恐怖心は、それによって自分が傷つくことを恐れているともいえるからね。
実際、場合によってはその防衛本能によって危険を回避するパターンもなくはない。
- 58124/12/31(火) 18:06:53
だが──彼女という“仮想敵”には明確な意志に準ずる行動が見えている。
そんな芸当がもしできるとするなら、それはもはや防衛本能なんかじゃない。
彼女は今や──もう一つの”人格”だ」
「人格……防衛本能が自我を持った存在…!?」
「とはいえ、彼女はアイリから生まれた存在だ。
アイリの為に動いていた”仮想敵”がもし仮に行動するとすれば、それは既に決まっている。
どこまでいっても、結局は自分を生み出したアイリを守る為──
つまりは、彼女自身の意志で”ホワイトホール”こと元々いた人格のアイリの為に動いている。
”自分が消えれば全部うまくいく”という、自己犠牲の精神に基づいて」
そこまでドーが推測を語った瞬間──アイリ*テラーが始めて余裕を失う。
「──黙って」
彼女の被った二重の仮面が──割れた。
- 59124/12/31(火) 18:08:10
「黙って!!!勝手なことばかり言わないで!!!」
「「…!?」」
カズサとヨシミが、その怒気の籠った声に同時に体を震わせる。
対してこの世界のアイリは──その剣幕に怯むことなく、真っすぐにアイリ*テラーを見つめ続けていた。
「”自分が消えれば全部うまくいく”?自己犠牲?
適当なことばっか言わないで!!!そんなの、私には何のメリットもないって分かるでしょ!?
私が消えることで、何がそこにいる”私”の為になるって言うの!?」
その激昂に応えたのは──
先ほどまでずっと、アイリ*テラーを真っすぐと見つめていたアイリ本人だった。
「…少し考えたんだ。もし、みんながいなくなった時、私はどう思うんだろうって。
特に、あなたという”仮想敵”が、もしまだ私の中で別にいる状態だったらって。
多分──ううん、間違いなく。
真っ先に私自身は──みんながいなくなっちゃった原因が、全部自分にあるって思うんだろうなって」
- 60124/12/31(火) 18:09:33
「!!!」
「…分かるんだ。前なら分からなかったかもしれないけど、今の私には客観的に見てそう思うんだろうなって分かる。
かつて私の中にもいたはずの”仮想敵”だったあなたも、私の中で眠っている前の”私”も──どんな子か知っているし、分かるんだ。
”みんなが死んだのは──変わらなかった自分のせいだ”って。
そっちの世界の”私”はきっと──起きちゃった哀しい出来事全てを自分のせいにして、みんなを守れる自分に変われなかった自分自身を責め続ける。
”自分は変われない、変わらない”って言うあなたが、”私”自身を守るためにそれは違うと否定したとしても。
あなたはそう思ったんじゃないかな」
「…それ、は…」
「だから──私から生まれた”仮想敵”であるあなただからこそ、こう考えたんじゃないかな。
『全部の原因は──変われないと否定し続けた”仮想敵”の自分のせいだ』って。
- 61124/12/31(火) 18:10:51
- 62124/12/31(火) 18:12:27
────────────────────────────────────────────────────
「───私の、せいだ……」
違う。これはあなたのせいじゃない。
「私が、何もできなかったから……何かをできる私に、変わることができなかったから」
違う。あなたはできることをしてた。私はそういうあなたを知っている。
「私が、もっとちゃんとやれてたら──みんな死ななかったッ……」
違う。あれはあなた一人でどうこうできるものじゃない。そんなこと、少し見れば分かるはずなのに。
「みんなが私を助けようとしたから──みんな死んで、私だけ生き残ったんだ……
みんな、本当は死にたくなんてなかったのにッ……」
違う。みんなあなたを大事に思ってるからこそ、あなたを助けようとした。
それをあなたが責任に感じる必要なんてない。
「私の──私のせいで──みんなが──みんながッ────────────
私の、せいで────────────!!!」
- 63124/12/31(火) 18:13:00
- 64124/12/31(火) 18:13:37
- 65124/12/31(火) 18:15:37
────────────────────────────────────────────────────
「だから、”仮想敵”として別れた後に、アイリの体を乗っ取った上で今回のことを起こしたんだ…」
「それが、”ホワイトホール”と”ブラックホール”が生まれた現象の根底だったのね」
「──なぜそれができたのかは分からないが…世の中は不思議なものだ。
強い思いや意志──それこそ、”恐怖”といった衝動は、隠されていた力を呼び覚ますこともある。
もっとも──こうした”変身”になるまでとはね。
そしてここは、そんな彼女の心象風景がこの不思議な現象と共に形となった場所──
つまり、ワームホールということだ」
「──そこまで、分かってるなら」
アイリ*テラーが──再び、傷ついた体に鞭を打つように、四人に銃を向け直す。
- 66124/12/31(火) 18:17:16
「そこまで分かってるなら、私を──早く私を倒してよ!!!
じゃないと──そこにいる”私”はずっと、自分自身を苦しめ続ける!!!
私が”変われない”って言い続けたせいで…私のせいで。
例え何を今更って言われるとしても、そうさせるわけには絶対にいかないの!!!
それに、私を倒さない限り、私はドーちゃんに名前を返さないままなんだよ!?
あなたたちがここにやってきた本来の目的も果たせないし、ドーちゃんはずっとこのままになるんだよ!?
あなた達には、”約束”がある────それを破る訳にはいかないでしょ!?
だから、早く────」
「──ごめん。
私には──それはできない」
「…私も、それは無理」
そこでアイリ*テラーの懇願を断ったのは、カズサとヨシミだった。
「…どう、して…なんでッ…」
- 67124/12/31(火) 18:19:12
「それは──
そっちの世界のアイリを思って、動いてくれていたあんたが一切報われない。
そんなことは私は望まないし──第一、あんたを作り出した”アイリ”自身が望まないと私は思う」
「あんたの言いたいことは分かるし、そういう気持ちがあるのはどこか嬉しいかもだけど──それだけはどうしてもしてあげられない」
名前を奪われたドーさえも──その脅し文句は効かなかった。
「仮に私がそういう存在のままここで終わるとしても──
君がそんな哀しい結末になる事の方が、私にとってはよっぽど悲劇だ。
そういうロマンは──私は求めないのでね」
そして最後に──アイリも答える。
「”約束”は守る。それは、変わらないままだよ。
でもそれは──あなたの願いを叶えることとは、同じ意味にはならないんだ。
だから──ごめんね」
- 68124/12/31(火) 18:20:41
- 69124/12/31(火) 18:21:50
遂に──その場で慟哭し、泣き崩れた。
「なん、で────どうして────
自分で自分を殺すことさえも、許してくれないの…?
ねぇ、お願い……”私”を助けてよ……私を殺してよ……私はもういいから……最後にみんなに会えた、それ以上はもう望まないから…!
”アイリ”を苦しめる私なんて”敵”はいなくていいって否定してよ……!
だって、全部”仮想敵”の私のせいなんだから──
私のせいで、みんなも、”アイリ”も苦しんで──辛くなって──最後には────!!!
私なんていう”仮想敵”が、最初からいなければ────!!!」
いっそ自分が”悪役”として消えた方が、”アイリ”が救われるんじゃないかと。
自分を生んでくれた”アイリ”を守るために、自分を消すことを選択した”仮想敵”。
自分自身に罪があると思い続け、背負う必要などなかったはずの重荷を自ら代わりに背負った、生んでくれた存在と同じくあまりに優しすぎた”仮想敵”。
そんな”仮想敵”が、”アイリ*テラー”という子の正体だったのだ。
- 70124/12/31(火) 18:24:06
- 71124/12/31(火) 18:26:11
アイリ*テラーの動きがぴたりと止まる。
茫然と零れる涙を止められずにいた彼女は──その意味を、すぐには理解できなかった。
「…もう一人の”私”が…”仮想敵”の私を助けてほしいって言ったの…?」
「うん。それと、こうも言ってたんだ。
────”あなたは悪くない”って」
「──ッ!?そんな……そんな、はずが────」
その言葉は──アイリ*テラーにとっても予想外だったらしい。
「きっと、その”私”も気づいたんだと思う。あなたがわざとそう振舞っていたんだってことに。
あなたが、その重荷を背負う必要なんてないってことに。
元からあなた達は──その重荷を、背負う必要なんて無かったんだ」
「背負う必要なんて…無かった…?
…で…でも。
私は”アイリ”の”仮想敵”なのに……私はずっと”私”自身に、”変われない”って言い続けてきてしまったのに…
私のことを憎んでいてもおかしくないのに……
どうして…?」
- 72124/12/31(火) 18:27:25
すると、ドーがアイリ*テラーのその疑問に答えるように、彼女の方へと歩み寄りながら口を開いた。
「──どうやら、君はそこについては初耳のようだね。
君はずっと、自分を生んだ存在に否定されていると思いこんでいたのかもしれない。
だとすれば──君を生んだ”アイリ”は、今では君のことを君以上に分かっているとも言える。
”仮想敵”というのは、防衛本能でもあると同時に、一種の本人が持つ”弱さ”でもあると私は考えている。
変わりたい自分の足を引っ張る、軟弱さや卑屈さを擬人化した存在と言う人もいるだろう。
だがそれを──”変われないっていう自分なんていない””自分の弱さを訴える自分なんていらない”と軽々しく否定してはいけない。
何故なら、仮想敵というのは”敵”という言葉こそあれど──それもまた、確かにアイリの中に生まれたものであり、一部であり、そして本音なんだ。
ましてや──もう一つの”人格”に昇華されたというのなら。
君を否定することは──”アイリ”自身を否定することと同義になるんだ」
- 73124/12/31(火) 18:28:50
「…そうだね。ドーちゃんの言う通りだと思う。
時々、自分の中にある欠点を指摘する声に対して、見ないふりをしたくなることもある。
心の中から聞こえてくる弱音を無視しようと、耳を塞いで遠ざけようとする日もある。
きっとそれを伝えてくれる”仮想敵”は──正しく、自分自身の弱さそのものだから。
”変われない”って言い続ける、私の中にいる”仮想敵”っていう一つの弱さ。
でも──私は、それも私自身だと思うんだ」
「…”仮想敵”の私も…”私”自身…?」
「うん。”変われない”って言う自分がいたとしても、そういう自分もいていいんだって私は受け止めたい。
今の変われないままの自分を知った上で──それでも自分は変われる、変わるんだって信じて生き続ける。
例え、自分の中の自分に言われた通り、最後まで変われなかったとしても──そう信じるだけで、私は最後まで自分を好きでいられるはずだから。
だから──私は、”変われない自分もいる”って教えてくれるあなたに、消えてほしいだなんて思わない。
そして──私の中にいる”私”も、きっと同じだと思うよ」
- 74124/12/31(火) 18:29:51
「────────────────────────」
「…そうだね。さっきは、気持ちを分かってあげられなくてごめん。
最初にここで会ったときは驚いたけど…確かにアイリだね。
大事な人の為に動いて、自分を疎かにしがちな所とか、ほんとそっくり」
カズサが、ゆっくりとアイリ*テラーに近づいていく。
ボロボロと瞳からこぼれていた涙を──カズサが指でそっと拭う。
「私が、幸せそうにスイーツを食べてるアイリを見て、”私もあんな風に笑える自分に変わりたい”って憧れたように…アイリも、自分が望む自分に変わりたかったんだって私は知ってるつもり。
だけど、その劣等感は恥ずかしくはあっても悪いことじゃない。
ごくごく当たり前のことだから、そういう自分だって心のどこかにいるものなんだって私も思うよ」
- 75124/12/31(火) 18:30:51
また、ヨシミとドーもアイリ*テラーに近づき、視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「そうね……あんたは自分を苦しめる自分なんていない方がいいっていうかもだけど……
そういう自分がいないと、どこかで自分自身を見つめ直さなきゃいけないとき、相当苦労しそうだなって。
嫌いな弱さだって時には必要になるかもしれないし、弱さを知ってるからこそ分かり合える時があると思うの。
だから──私も、あんたがいてもいいって受け入れてるつもり」
「うむ…私としては、君も含めての”全員”だ。
君を作った向こうの世界から来た”アイリ”も、彼女が作った”仮想敵”であった君も──名前を失った私も。
ここにいる全員が救われてこその、ロマンあるハッピーエンドということだ」
- 76124/12/31(火) 18:32:17
するとそこでアイリが、自身の胸に手を当てる。
アイリが少しずつ胸から離していく手の平には──淡い光を放つ、白い球体があった。
”ホワイトホール”──姿こそないが、別の世界線のアイリその人だ。
今はまだ、微かな光を放ちながら、眠り続けている。
「例えあなたが”仮想敵”だったとしても、私達はあなたを肯定したい。
だから──あなたも、あなたを受け入れたい”私”のことを、信じてあげてほしいんだ。
私達はみんな強くなんてなくて、どこまでも弱くて──
変わりたくても変われないままの、ちっぽけで脆い存在かも知れないけど──
それでも──
私たちは、そういう弱さと向き合って、赦して──愛していたいって思いたいから」
「……………ッ……………」
- 77124/12/31(火) 18:33:45
- 78124/12/31(火) 18:35:38
「うぅ……うぁ…………あぁ…………」
嗚咽に喉を詰まらせながらも、アイリが精一杯込めたメッセージをアイリ*テラーは聞き届けた。
涙で濡れたその掌で、かつて自ら別れてしまった大事なもう一人の自分を──アイリ*テラーは受け取った。
”ホワイトホール”は未だ目覚めはしないままだったが──
掌から零れ落ちることはなく、そうして迎え入れられることを心の底から待っていたかにも思えた。
「…分かっ、た…こんな私自身が、赦されるのなら──
私も、”私”を……信じるよ────」
そのまま、ゆっくりと──白い球体は、アイリ*テラーの中へと入っていく。
二つに分かれた彼女たちは、もう一度一つになる。
拒み合っていた白と黒は──抗い合うことなく、調和されて融合していく。
同時に────灰色の空に覆われた世界もまた、徐々に白くフェードアウトしていく。
”入り口”と”出口”が繋がるというのなら、その空洞はもはや意味を為さないのだろう。
ワームホールは──少しずつ、その存在を消滅させていくのだった。
- 79124/12/31(火) 18:36:37
そして────
「「「「───!」」」」
アイリ*テラーが奪ったまま固執していた”名前”もまた──固執する理由を失った。
その”名前”は彼女の中に留まることなく、無事に解き放たれて四人の記憶の中に再び蘇った。
「…どうやら、無事に返却されたようだ」
「うん…これで、ここに来た本来の目的も叶ったね」
「…それじゃ、さっさとここから出ないと」
「そうね。そういえばドー、あんたの本名だけど──」
「おっと、まだその名前では呼ばないでくれたまえ。ここでそれを言うのは野暮だろう?
帰った暁に──みんなで、私の本当の名前を呼んでほしい。
それこそが──ロマンティックなエンディングだろう?」
「ふふっ、それもそうだね。じゃあ──帰ろうか。
私達の放課後スイーツ部へ──今度は”五人”で!」
- 80124/12/31(火) 18:49:11
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「か、帰りが遅いですが…だ、大丈夫でしょうか?」
「そうですね…こうして記憶が残っているということは、まだ完全に取り込まれた訳ではないとは思うのですが」
「…どう思うかな、先生?」
”……まだ待とう。彼女たちは帰ってくるよ、絶対に”
「そうですね…待ちましょう。私もできるならば、最後まで信じていたいのです」
広場の側では、横たわる”ブラックホール”の穴を凝視しながら、放課後スイーツ部の生徒たちを待ち続ける五人がいた。焦りと不安で滲む汗を拭いながら、それでも彼女たちは待機し続けた。
そして──変化は訪れる。
「──あぁっ!?」
レイサが大声を挙げながら指差した方向には──”ブラックホール”の透明な管の体が、中心の噴水に近い方から消えていく光景があった。
「これは…まさか…」
「──いえ、大丈夫ですよ」
最悪の事態を想起したレイサ、スズミ、ウタハとは別に──
ヒマリと先生は、”ブラックホール”の先端の黒い穴を見ていた。
「ほら──確かに、希望はここに”ある”のですから」
- 81124/12/31(火) 18:49:53
- 82124/12/31(火) 18:51:03
「み──みなさぁぁぁぁぁん!!!杏山カズサァ!!!」
「あぁもう抱き着くな宇沢!!!暑苦しいっての!!!」
「ちょっとレイサ!こっちはもうくたくたなんだから!少しは労わんなさいよ!?」
飛びついてきたレイサをカズサとヨシミが相手(?)をしている間に、アイリは奥からやってきたスズミ、ウタハ、ヒマリ、そして先生と再会した。
「お帰りなさい、皆さん──どうやら、無事に終わったようですね」
「うん、ただいまみんな。ずっと、待っててくれてありがとう」
「礼には及ばないさ。一時はどうなるかと思ったが、何事もないようで何よりだ」
「…えぇ。あとは…彼女達がそうなのですね?」
ヒマリが目を向けたところには──
この世界に”戻ってきた”存在と、この世界に”やってきた”存在の二人がいた。
そのうちの戻ってきた方──ドーは、ヒマリ達にトコトコと近づいていく。
- 83124/12/31(火) 18:51:49
「──私を助ける為に、アイリに協力してくれたと見てとれたけど…合ってるのかな?
もしそうなら、改めてかんしゃぁ~の至りであります。先生も、ありがとうね」
「いえ、お気になさらず。友人ですから」
「私としては、中々興味深い体験だったからね。こうして会えて光栄だ」
「ふふっ──このダイヤモンドの原石の如き輝きを持つ私にとって、このようなことはお茶の子さいさいですから。この程度、造作もありませんよ」
”あはは…今回はみんなが頑張ってくれたからね。私はそこまでのことはしてないよ。
…それはそれとして──”
先生の視点の先には──未だ地に足つかずといった様子で戸惑ったままのアイリ*テラーの姿があった。
- 84124/12/31(火) 18:52:39
再び一人に戻った彼女の人格は、”ブラックホール”と”ホワイトホール”それぞれの人格が混ざり合い、鮮烈な経験をかの世界でしてきたが故の独特な雰囲気を見せていた。
こちらの世界のアイリよりも元気さはないかもしれないが──依然として、その優しさは変わることはないように映っている。
そしてテラー──”恐怖”とは名についているが、その状態は落ち着きを取り戻し、彼女の服装は既にトリニティの制服に戻っていた。
この世界のアイリと違う点があるとすれば、その制服が白ではなく黒を基調としていること、髪は未だショートカットなこと──そして、ヘイローの色がより深い緑色のままであること。
恐らく、全てが全て元通りになった訳ではない。失った過去は消えず、一度覚えた恐怖も簡単には乗り越えることが難しいのだろう。
故に彼女は、未だ”恐怖”と長き戦いを続けなければならず──その戦いが終わるまでは、彼女はアイリ*テラーのままなのかもしれない。
だが──少なくとも、今はまだ変わることはできなくとも。
この世界にいるアイリ*テラーの存在を否定するものは、そこにはいない。
自身を蝕んで離さずにいる恐怖もまた、この先の自分を作る要素の一つなのだと──アイリ*テラーは認めつつあった。
何故ならば──その恐怖の先こそが、彼女にとっての希望が”ある”場所なのだから。
そこへたどり着いた時こそ──彼女は初めて”テラー”から解き放たれるのだと信じて。
- 85124/12/31(火) 18:54:01
「”ブラックホール”──別の世界線のアイリさん、ということであっているのでしょうか?」
「正確には、少し違うけどね。
今は、”ホワイトホール”と一体化していると考えてくれていいよ、ミセス・ダイヤモンド」
「成程…元々は一人だったということですか………って、ミセス・ダイヤモンドって私のことですか!?」
「自分でそう名乗ってたんじゃないっけ?」
「あれは単なる比喩です!」
ドーとヒマリがコントっぽい会話をしているのを他所に、先生はアイリ*テラーに歩を進め、優しく語りかけた。
”やぁ──私とは初めましてかな、アイリ”
「!」
その姿と声に──アイリ*テラーは俯いてしまう。
「そう、ですね…こっちの世界の、先生ですよね…」
「うん、そういうことになるのかな──ようこそ、こっちの世界へ」
「────私は、色んな人に迷惑をかけてしまいました。
それに──元々は、こっちの世界の人間じゃないのに、こうしてまた逃げてきてしまって──だから、きっと私の世界のみんなも──
本当に、ごめんなさい…」
”……アイリ”
- 86124/12/31(火) 18:55:04
- 87124/12/31(火) 18:56:15
”そうした失敗の中で、変われない自分がいることを知りながら──変わろうとし続ける自分もまたどこかにいることを、私は知っている。
犯した過ちを繰り返さない為に、次こそは変わるんだと信じて前に進み続けられる人を、私は知っている。
そうして人は、たゆまぬ人生の中で、僅かでも少しずつ成長を続けていくんだ。
何も”ない”私たちが、ここにただ”ある”こと──それを知った上で、そういう自分をそれでも愛してくれる人の為に、私たちは自分を愛して生きるべきだと思う。
だから──君も、君自身のことを愛してあげて。
君を愛してくれるであろう、ここにいるみんなと──君を最期の瞬間まで愛してくれていた人々の為にも”
「────あ─────」
アイリ*テラーの瞳に──再び光が宿る。
- 88124/12/31(火) 18:57:43
この世界で記憶を奪い続けてきた彼女自身が、忘れてしまっていた記憶。
失ってしまった人たちが残した最後の言葉は──絶望に満ちたものではなかった。
彼女達は──アイリ*テラーの世界にいた放課後スイーツ部の全員が──彼女に向けてこう言っていたことを、思い出していた。
どうか──自分を呪わないでほしいと。自分のせいだと思わないでほしいと。
アイリには──アイリ自身を、最後まで好きでいてほしいと。
「……ッ……はいッ…!!!」
くしゃくしゃの顔でまたもや泣き出してしまったその女の子は──それでも、確かに笑っていた。
笑おうと、懸命に涙を腕で拭っていた。
託されたその願いを──今度こそ、本当の意味で叶えるために。
どこにもなかったはずの無くした忘れ物が──すぐそこにあったのだと。
アイリ*テラーは長い長い遠回りの果てに辿り着いた違う世界の中で、やっと見つけることができたのだった。
- 89124/12/31(火) 18:59:31
そんな彼女を眺めながら──放課後スイーツ部の全員は、広場のベンチの近くに集まっていた。
「…一件落着、ってところかしら」
「いいやヨシミ、まだ大事な儀式を済ませてないんじゃないか?」
「うっさいわね!分かってるわよ、急かさないでよね!?」
「ごめんごめん。せっかくだし、みんなで同時に言ってほしいなぁ~」
「調子がいいんだから…ま、勿体ぶるのもあれだしね。さっさと言っちゃおっか」
「そうだね。じゃあ──みんな一緒に!」
アイリ、カズサ、ヨシミは目を閉じて、大きく息を吸い込む。
失われていたその名前の主をちゃんと迎え入れるために。
そうして──三人は一斉に声を合わせ、目を見開いた。
「「「あなたの名前は───”柚鳥ナツ”!」」」
- 90124/12/31(火) 19:00:26
- 91124/12/31(火) 19:00:42
- 92124/12/31(火) 19:00:52
- 93二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 19:03:19
ラストでボロ泣きしました
本当に素敵な作品をありがとう
美しい終わり方で本当に素敵でした - 94二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 19:06:15
ドーナツホールを改めて聴きつつ、涙ぐみながら最高の余韻に浸っています……
本当に素晴らしい物語をありがとう……ありがとう…… - 95二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 19:06:50
- 96二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 19:35:00
- 97二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 19:45:39
素晴らしい名作をありがとう
- 98二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 20:03:05
ナツも元に戻ってアイリ*テラーも救われて良かった…!
年末にこんな素晴らしいSSを書いてくれてかんしゃぁ~! - 99124/12/31(火) 21:08:02
どうも、作者です。
ここまでの閲覧、本当にありがとうございます…!
年末ギリギリにも関わらず沢山の方に見て頂いたようで、途中のハートや感想等々が励みになっておりました。
お陰様で、無事スレも落ちることなく最後まで漕ぎつけることができたのは、一重に見て下さった方々のお陰であると思っています。改めて、感謝をここに。
かんしゃぁ~
後日、ハーメルンの方で少しずつ投稿する予定ではあるので、そちらの方は今しがたお待ちくださいませ。
来年度も余裕があれば、何かしらSSを書きたいなぁとは思っていますので、その際はまたよろしくお願いします。
また長編書きたいなぁ…
それじゃ、僕はRRR見てナートゥしながら年越ししてきます!
皆さま良いお年を!
ブルーアーカイブはいいぞ! - 100二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 21:24:33
- 101二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 22:38:02
ありがとう、、それしかいう言葉が見つからない、、
- 102二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 22:43:12
ありがとうとてもいいssだった
- 103二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 09:54:24
年明けて初SSに良いものだった
- 104二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 13:35:19
年末年始の忙しい時期にこれほど手の込んだ作品をお目にかかれるとは、嬉しいサプライズでした。ありがとうございます。
……ただ惜しむらくは、消された概念の表記に関してです。スペースだけだと見づらいので、黒い正方形記号(「■」、Unicodeだと「U+25A0」)の使用をお勧めします(*)。ハーメルンだと特殊タグで文字をぼかしたり背景と同じ色にしたりできますが、やはり共通規格の「■」にした方が良いでしょうね。
(*)使用例
・「ドー の穴」→「ドー■■の穴」
・「その生徒の名前は です」→「その生徒の名前は■■■■です」 - 105125/01/01(水) 13:52:45
- 106二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 15:07:04
- 107125/01/01(水) 16:01:19
- 108二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 20:24:24
この三作品同じ作者様なのォ!?
見事に全部どハマりしてます……
本当に感謝……