【SS】路の果てに

  • 1二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 16:24:15

    「や。待った?ネーサン」
    「いや、さっき来たとこや」
     ウインディが歯を見せて笑う。この子がレースや学園を離れてからも、アタシらの付き合いは続いていた。
     今でも年に数度は顔を合わせ、こうして数年ぶりに二人で旅行する程度には。

     ウインディは卒業後、実家の会社を手伝いに入った。しばらくは広告塔として順調だった運営が波乱に呑まれ――
     おそらくはアタシを気遣って知らせる事なく、再建よりも穏便に会社を畳む方向で奮闘したと後から聞いた。
     こちらもチーム育成滑り出しの真っ只中であり、あまり連絡を取る余裕が無かった頃やし、聞かされても何かが出来た訳ではない。
     ウインディの決断力と行動力には驚かされた。大したモンやと感心する一方で、もうアタシと二人三脚をしてたウインディは居らんのやなと、一抹の淋しさを覚えもした。

     しかしその一大事さえも、長い年月のごく一部に過ぎん。
     アタシとウインディの路は卒業の時点で分かたれた事を、何度も実感した三十年やった。

  • 2二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 16:25:01

    『みんな、申し訳ないのだ!少しでも会社に余力がある内に幕を降ろす……退職金も少しは出せるから、希望者は遠慮なく抜けて構わないのだ……!』

    『何なのだお前……まだ若いんだからウチに拘りも無いだろ?サッサと辞めて再就職すれば良いのだ』

    『ウインディちゃんはもう……あの時会社と運命を共にしたと思ってるのだ!第一お前とはそんなんじゃ……
     まあ傍に居たいなら……勝手にすれば良いのだ……』

    『そんなの許さないのだ!お前のせいでウインディちゃんは……もう、一人なんて耐えられなっ……、せめて形見を置いて行くのだ……!』

  • 3二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 16:25:35

    「……しばらく来てへんかったけど、手入れはいつもされてんな」
    「向こうの家にとって大事な息子や兄弟だったのだ……ウインディちゃんも時々来てるしな」
    「ままならんモンや、若かったのにな。ウインディを支えてくれてホンマありがとうな」

     ウインディが会社仕舞いをする時、最後まで残った若手社員がおった。なんと言うか早い話が、ウインディに惚れて力を尽くしてくれた訳で。そらウインディも憎からず想うようになっていった。
     一度解散した後でかつての社員を何人か呼び戻し、小規模ながらも関連事業として再建出来たのも、彼が居たからこそやろう。
     が、あちらの家族にしてみれば、そんな会社に息子が入れ込むのは歓迎出来る訳もない。職だの籍だのが平行線のまま、二人は形式上は他人のままやった。
     ――彼が若くして病に斃れる、最期の時までずっと。

    「坊やは元気か?」
    「就活で忙しくしてるのだ。将来ウチに入るとしても、外の世界を見ておけと言ったから……ネーサンとこは?」
    「上の孫はひとまず楽しく小学生やっとるみたいやで、元気が有り余って結構なこっちゃ。……アタシと違うて身を固めんのが早かったなぁ」

     かつて思い描いた未来。アタシの子がトレーナーになり、ウインディの子が学園入りし、組んでくれたら――そんな夢。
     アタシの娘はトレーナーを目指したりはせんかったし、ウインディの所は一人息子やった。しょせん夢は夢と言う事か。

    「ヨシ、お参り終わり!出発なのだ!
     ……またな。○○○……」

  • 4二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 16:26:10

     若い時分はテーマパークだの食道楽にも行ったモンやが、近頃は寺社巡りに美術館やら植物園の類と、すっかり大人しいデートになった。
     ウインディも、宿に落ち着いた時には若干の疲れが見える。お互い寄る年波には勝たれへんわな。
     そのウインディとアタシ自身の姿に心細さを感じて――つい言うてしもうたんや。

    「……なぁ、そっちに入ってエエか?」
    「なんだネーサン、甘えん坊なのか?良いぞ、一緒に寝るのだ」

     アッサリと受け入れたウインディに少し拍子抜けしつつ、そっと入り込んだ。シングルベッドの中で身体を密着させ、お互いの息を感じながら軽く抱き合う。

    「へへ……何だか懐かしいのだ」
    「こんな風にくっついたんは何年ぶりやろな」
    「卒業してからは無かったのだ」
    「せやったか?」
    「ウインディちゃんはいつまでも甘えん坊じゃないのだよ!そりゃ学生の時はちょっと、子供っぽかったと思ってるけど……」
    「……そっかそっか、今はアタシの方がよっぽど、……?」
    「っ?泣いてるのか、ネーサン?」

     いつの間にやら熱いモンが流れて視界がぼやけとった。

    「あ……いや、違うんよコレは、なんで涙が……おかしいな、アタシ」
    「……何かあったのか?」

     ウインディの真っ直ぐな眼差しに射抜かれる心地がして、アタシは言葉を止められんかった。
     長年押さえ込んで知らん顔し続けた、心の奥底の想いを。
     ついに表に出してしもうた。

    「……憶えてるか?いつかアンタが“結婚式ゴッコ”して、今がずっと続いたら……言うたの」

  • 5二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 16:26:43

    「ま、まだ憶えてたのだ?とっくに忘れてると思っ……!忘れといて欲しかったのだ……」
    「アタシは忘れた事無かったで。
     ……アタシはな、今までの人生に何の不満も無い。アタシとアンタの子がまた組んでくれたらって言うんも、ただの夢物語に過ぎん。……でもな、それでもな。
     アンタと二人だけで、最後まで過ごしてたら……どんな人生やったろうかと。時々、思ってしまうんよ。
     ゴメンな、こんな事言われても困るよな。忘れてくれるか。アタシももう、全部忘れるから……」

     再びウインディの眼差しを受け、アタシは言葉に詰まった。いや、そのせいや無い。
     ウインディの唇の裏。尖った歯。その奥の舌。現役中は腕と言わず肩と言わず、幾度も味わった感触を今、ウインディと同じ場所で受け止めてる。

    「ぷはっ」
    「なんで……ウインディ」

     いつの間にかウインディも、アタシと同じように涙を流しとった。

    「……同じ事を、考えてたのだ。
     会社が傾いた時、本当はネーサンに会いたくて仕方無かった。
     アイツが支え続けてくれたのは嬉しかったけど、ネーサンの事も忘れられなかった。
     アイツが遺してくれた子はいっぱい幸せをくれた……何の不満も無い、それでも……それでもウインディちゃんは……っ」

     今度はアタシが言葉を止めた。――コレは、言ってはならんかった事やったのかも知れん。
     でも後悔というモンは、やった事とやらんかった事と、果たしてどちらが大きいんやろうか。
     少なくともアタシはこの夜、二人の想いと熱を交わし合った間は――伝えずに終わった場合の事なんか、知りたくも無かったんや。

  • 6二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 16:27:21

     翌朝は照れくさいと言うか何と言うか。お互い言葉少なにホテルを出て、しかし距離は昨日よりも近くて。

    「アンタ、そんなくっついたら変に思われるで。こんな還暦目前のお婆ちゃんにやな……」
    「まっ、こっちも五十過ぎだからバランスは取れてるのだよ」

     昼まで最終目的地を巡り、駅ビルで昼食をとり、バスターミナルに向かう。その間も言葉と距離は減ってゆくのを強く感じてた。
     過去、こんなにもウインディと通じた事があったろうかとさえ思い――それを否定したくもあり、浸りたくもあり。
     複雑な想いの時間はついに、バスの到着によって絶たれてしもた。

    「電車はホンマに大丈夫なん?」
    「まだ二十分以上は後だって言ってるのだ、見送りくらい問題無いのだ」
    「……楽しかったな。あと何回行けるやろな?」
    「縁起でもないのだ」

     にこやかに手を振ってアタシを見送るウインディ。しかしバスが角を曲がって姿が見えなくなる寸前、後ろを向いてしゃがみ込んだ。アタシもついに堪えきれんと、背を丸めて嗚咽する。
     ――ああ、やっぱり今が一番、通じ合ってるわ。アタシらはこの先一生、会ったらアカン。ウインディもそう思ってるって、解ってしまう。

     他の乗客の怪訝な視線に包まれながら、アタシの長い家路が始まった。

  • 7二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 16:27:54

    「ただいま」
    「お帰り。楽しめたかィ」
    「おかげさんで。留守中変わりあらへんかった?」
    「一泊や二泊、自分の世話くらいやけるッての。ホレ、荷物置いて一息入れな」

     アタシはいわゆる職場結婚をした。
     ひょんな事から縁を持った先輩トレーナーと、あれよあれよと言う間に仲が進み――気付いた時にはもうコイツしか居らんかった。
     生粋の女好きであるコイツに悩まされた事もあるけど、アタシはコイツを愛してる。それは嘘やない。
     けれどもアタシのウインディに向けた想いを、昨夜の事を、コイツが知ったら何と言うのやろう。
     台所に向かう白い物の増えた頭を、とっさに追いかけてしがみついた。

    「おっとォ?」
    「……なぁ。アンタ、アタシより先に死なんとってよ。一日でもアタシより長生きしてや」
    「何かどっかで聞いた話だナ」
    「エエから。約束して」
    「……善処するヨ」

     いつもの軽い調子でアタシに向き直り、両肩を抱く。そして――

    「いや待たんかい、お茶でも淹れてくれるんやろ」
    「えぇ……今そういう流れだったろォ?」
    「こちとら長旅帰りでくたびれとんねん、勘弁せぇや」
    「普通そういうの旦那のセリフだと思うンだけど……」

     ぼやきながら小さくなる背中を見ながら心の中で手を合わせる。

     ――ホンマやで。もしアンタに先立たれたら。一日でも置いて行かれたら、一人にされたら。
     アタシは全て放り出して、あの子の所へ行ってしまうかも知れん。
     この想いは墓の中まで持って行かなアカンのやから――

  • 8二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 16:29:09

     終了 ずっと書きたかった話をやっと書けました。今年はもう思い残す事はありません
     皆様良いお年をお迎え下さい

  • 9二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 16:29:30
  • 10二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 18:20:08

    このレスは削除されています

  • 11二次元好きの匿名さん24/12/31(火) 18:23:05

    重い でも好き

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