- 1◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:15:39
年末の余韻が残る静かな夜空の下、車が一台道路を忙しなく走り抜ける。
運転しているのは一人の男性。そして助手席には毛布に包まりすやすやと寝息を立てている一人のウマ娘の姿があった。
運転をしながら男性は向こうの空を見るが見渡す限り真っ暗闇。車のライトが唯一の光として正面を照らしているだけの状況。
(これなら間に合うな)
そう考えながらも油断はせずに車を走らせていると目的地に到着する。ゆっくりと車を止め一息をついて隣の彼女に一言
「到着したよキング」
「んぅ……もう着いたの……?」
重い瞼を開けてその身体を起こす彼女の名はキングヘイロー、そして先程まで車を運転していたのは彼女のトレーナー。
今日は二人で初日の出を見に来たのである。 - 2◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:15:58
「とはいってもまだ暗いけどな……とりあえず準備はしておいて」
「分かっているわ。一流のウマ娘は準備もバッチリなのよ? あなたの方こそ抜かりはないわね?」
今日はただ初日の出を見に来たのではない。
それは遡る事休暇前の時、彼女の友人達と初日の出の話になり互いに初日の出……もとい新年の写真を出し合うと約束をしていた。
故にトレーナーと事前に相談し穴場のスポットを探し今日この日に備えてきたのだ。そのおかげか到着したこの場所は人気が少なく写真撮影にはうってつけの条件であった。
「……それそろ向こうが明るくなってきたな」
トレーナーが向こうの空を見てそう呟く。その呟きに合わせてキングが同じ方向を見ると年末の夜の帳を押し上げる様に少しずつ新年の光が見え始めていた。
「そろそろだ、準備は良いか?」
「ええ、バッチリよ。あなたにはこの一流のウマ娘であるキングヘイローの写真を撮る権利をあげるわ。さぁ!行くわよ!」
そうして二人は車のドアを開けて外へ出る。 - 3◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:16:45
『寒っ!』
そして同時に新年一発目の大声を出したのであった。
「思ったより寒いわね……」
「まぁさっきまで真夜中だったもんな……車に戻る?」
「大丈夫よこのくらい……一流のウマ娘は寒さになんて負けないのよ……!」
吹きつけてくる風を耐えながら二人は初日の出のその瞬間をじっと待つ。
「ねぇトレーナー」
「何だい?」
するとまだ日が出てこない空の向こうを見つめながらキングヘイローの方から語り始めてきた。
「去年も……いえ、これまでも沢山あったわね」
「そうだな……」
「こうして"寒さ"に耐えながら"朝日"を待っていると今までの事を色々思い出すわ……」
「………高松宮記念か」
「ええ……」 - 4◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:17:00
何度も敗北という名の辛酸を舐め続けたキングヘイローがようやく掴み取った栄光……高松宮記念。それまでの道のりはキングにとってもトレーナーにとっても苦難の連続であった。その事を今の状況と重ねているのだろう。
「諦めず這いつくばって前を向き続けて掴んだ勝利……でも……」
「確かにそれは泥だらけの栄光かもしれない……でもねキング、そこまでに至る挫折も苦難もそして勝った時の喜びを君は誰よりも知っているんだよ」
「………!」
「だから約束する。君の事を笑わせないと、一流のウマ娘である君を支えていくと」
「ありがとう……トレーナー……」
語り合いながら身を寄せて先の景色を眺め続ける二人。
そしてそんな二人の話が終わったのを待っていたかの様に空の向こうから新年の朝日が顔を出し始める。 - 5◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:17:37
「よし、やっと出てきたな……キングは大丈夫?」
「勿論!さぁ一流の名に恥じない写真を撮るわよ!」
そう言いながらキングは上着を脱ぐ。
その瞬間トレーナーは目を見開いた。
無理もない、何故ならその目線の先には———
「どうかしらこの姿?」
「似合ってるよ……流石一流の愛バ!」
「———ッ、まぁ当然よね!」
淡く美しい緑色を基調とした振袖を身に纏うキングヘイローがいたのだから。
「ふふっ、それなら私の写真が一番になるのは確定ね!……それじゃ、始めるわよトレーナー!」
こうして新年の写真撮影会が始まった。
初日の出を背景に様々なポーズを取り沢山の表情を見せるキングとそれを彼女から手渡された端末のカメラに余す事なく収めていくトレーナー。
時には持ってきた小道具を用いたり、キングが考えてきたポーズや構図を試したりと、思い付く限りの写真を取り続けた。 - 6◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:17:57
「沢山撮れたわね……選ぶのはこれがいいかしら?」
「いやこっちはどうだ?」
「撮りすぎて悩むわね……これ!これにするわ!」
キングヘイローは沢山の写真の中から選び抜いた一枚を友人達と普段使っている共通連絡先へ送信する。
すると"ピコン♪"という軽やかな音と共に先程の写真が表示された。投稿を見るとどうやらキングの写真が一番乗りのようだ。
「これでよしっ!」
「お疲れ様キング、それじゃ帰りにどこかコンビニでも寄って……」
「待ってトレーナー」
車に向かおうとするトレーナー。しかしこのまま帰ろうとする彼のその手を掴みキングは呼び止めたのであった。 - 7◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:18:17
「どうした?」
「その……今日はありがとう。お陰で初日の出と共に素晴らしい写真を撮る事が出来たわ」
「そりゃ良かった。二人で朝早く準備してきた甲斐があったな……」
「だから……ちょっとこっちに来なさい」
「へ……?急に……」
「いいから早く」
言われるがままにキングヘイローの近くへ寄るトレーナー。何をするのだろうと考えていると……
「お礼に一流のウマ娘とツーショット写真を撮れる権利をあげる。ほら、もう少し近くに寄って頂戴」
「こ……こうか……?」
「そう、そんな感じよ。タイマー機能で写真を撮るわ。準備は良いかしら?」
二人以外に誰もいないこの状況、それに初日の出と共にツーショット写真を撮るのならば確かにタイマーでやるしかない。撮影位置が決まり、タイマーをセットするキング。
「カメラの方を向いていなさいよ?はい、チーズ……」 - 8◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:18:27
———パシャリ
カメラのシャッター音が鳴る。
少し顔を赤くしながら向こうに置かれた端末を取りに向かうキング。
端末を拾い上げ、写真を撮れているのを確認する。安堵の表情をしているのでどうやら写真は上手く撮れていたのだろう。
「どんな感じに撮れてるか見てもいいか?」
「ま、まあ見せるぐらいなら別に構わな……きゃっ!?」
「危ない!」
トレーナーの方へ近寄ろうとした瞬間、キングヘイローの足が躓き体勢を崩して倒れそうになる。
それにいち早く気付いたトレーナーが走って彼女の方へと駆け寄った。
そうして倒れそうなキングを正面から受け止めて———
初日がその姿を全て見せ終えた景色に静寂が訪れる。声一つ無くただ風の音が聞こえるのみ。
それもその筈、先程キングを受け止めたトレーナーは倒れ込む彼女の勢いで尻餅をついた様に押し倒されていたのである。
『———!?!?!?』
互いの唇が重なった状態で。 - 9◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:18:54
驚愕の表情で見つめ合うキングヘイローとトレーナー。
普通なら直ぐに顔を離して怪我がないか確認し合うだろう。
だが今の二人の顔はまるで溶け合った様に離れない。それどころか倒れる瞬間の状態で固まっていた二人の腕が力が抜けた様に下ろされていく。
何度も敗北という名の辛酸を舐めされられても二人で足掻きもがき続けてきたキングヘイローとトレーナーが積み上げてきた信頼と絆、そして二人の中に芽生え強くなっていった愛情がその光景に現れていた。
驚愕の表情も消え失せ、見開いていた目も次第に蕩け細くなっていく。
キングがその目を瞑り、湧き上がる熱にその身を委ね——— - 10◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:19:13
———ピコン
『え?』 - 11◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:19:29
静寂の空間に一つ、可愛らしい音が鳴る。
すると先程の様子が嘘の様に二人の顔が離れ、音が鳴った方……二人の手元にある端末の画面を恐る恐る覗き込む。
二人の指が指し示しているのは送信ボタン。そしてその指の上に位置する画面には……
新年の朝日を背景に先程のロマンティックな二人の光景を映し出した写真が見事に送信されていたのである。
「これって消せば良いのかしら……?」
「多分向こう側には残ったままだね……」
「あなた遠隔操作とか出来るかしら……?」
「出来ないしそれやったら捕まるね……」
「見られる前に皆の端末から削除すれば……」
「もう……既読ついてるね」
「……して………どうして……」
「キング?」
「どうして私はこんなにへっぽこなのよぉ!!!」 - 12◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:19:47
新年早朝響き渡るキングヘイローの声。
「どうして……どうしてなのよ……」
「キング………」
「この日のために準備したのに……トレーナーにも手伝ってもらったのに……それなのに私は……」
入念に準備をし、忙しいであろうトレーナーに協力してもらい、その上で起こしてしまった失敗。俯きながら自身の事を責め続けるキングの瞳から一粒、また一粒と雫が伝い落ちる。
すると体勢を立て直したトレーナーが彼女の頭を優しく撫でながら囁き始める。
「なら君の事をしっかり受け止めきれなかった自分もへっぽこさ。決して君だけじゃない」
「で…でも………」
「それに今日の事も君から誘ってくれて、こんな自分を頼ってくれて嬉しかったんだ」
「………………」
「君が一流のウマ娘として歩んでいけるなら自分はへっぽこだろうが三流呼ばわりされようが構わない」
「トレーナー………」
「約束する。ずっと君を支え続けるって」
「!!!!」 - 13◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:20:07
その言葉に目を見開いてトレーナーの方を向くキングヘイロー。先程まで顔から伝い落ちていた雫が朝日を受けて輝いていた。
「ふふっ……まるで告白じゃないの……」
「そうだな……でもこれが本心だよ」
「……ならあなただけにこのキングと生涯共に歩み続ける権利をあげる。だからずっとそばにいなさいよ?」
「ああ、これからもよろしくな」
涙は止まり、笑顔が戻ったキング。深呼吸をすると勢いよく朝日の方に振り向いて
「見てなさいよ!来年は更に一流な私達としてアナタの前に来てみせるわ!」
決意に満ちた彼女の叫び声が響き渡る。そのままじっと空の向こうをじっと見つめ続け、満足したのかふうっと大きな息を吐くと改めてトレーナーの方に向き直る。
その顔は先程までの悲痛に満ちた表情ではなく、自信に満ちたいつものキングヘイローの表情であった。
「今日はありがとうトレーナー。さ、戻りましょ」
「どうする?折角だしこのまま初詣行くか?」
「え……良いのかしら?今日も撮影手伝ってもらったのに……」
「これからも二人で一流であるようにってお参りしないとな」
「トレーナー………!」 - 14◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:20:33
「それとここ周辺の名物食べたいって言ってたしな」
「おばか!そこは黙っていなさいよへっぽこ!」
はぁ……と大きくため息をつくキング。しかしすぐに彼女の顔にはいつもの笑顔が戻る。
「……でもこれが私達らしさよね。なら行きましょう!一流のウマ娘は初詣も完璧なのよ!」
「それじゃ、行きますか」
そんな語り合いをしながら二人は車に乗りその場を後にする。新たな一年、改めて始まった一流の道。そんな二人の未来を示すようにその先の道は朝日の明るい光に照らされ輝いていたのであった。
あの時送信してしまった写真は当然友人達の間……だけでなく学園で話題となり、撮影した場所はトレーナーとウマ娘がより親密な関係になれるパワースポットとされるのはこれより少し先の話である。 - 15◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:21:06
- 16◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 07:21:41
以上新年という事で初日の出のお話でした
これにて失礼致します - 17二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 07:53:56
ありがとう…年始から良いSSを見れたよ
- 18◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 08:03:01
- 19二次元好きの匿名さん25/01/01(水) 09:14:18
新年早々良いSSをありがとうございます!
- 20◆sk1bugueLpO325/01/01(水) 09:58:25
こちらこそ読んでいただきありがとうございます