- 1二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 10:31:03
- 2二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 10:32:42
異教の王族とか実質魔王だろ!危険すぎるだろ!
- 3二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 10:34:09
この時代だったら嫁ぎ先の宗教に改宗してもらうことになるけどそれはいいんか
- 4二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 10:35:25
異宗婚はキリスト教では奨励はされてないけど一応許されてるけどイスラム教は明確に禁止やん
- 5二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 10:37:04
- 6二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 10:45:24
- 7二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 10:55:28
イスラム教になったら棄教は死だぞ
死刑になりたいが人を殺したくないような迷惑かけたくない人にあってるかもしれん
推奨してるわけではないよもちろん - 8二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 11:16:25
「強い」ってなんだよ?
- 9二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 11:27:38
オスマン「しゃーない、属国が拉致った欧州奴隷でも皇后にするか」
- 10二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 12:12:56
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- 11二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 12:16:14
はいはい、思い込み、思い込み
ルーム・セルジューク朝やオスマンの王族とビザンツの貴族や皇族の通婚の事例は普通にある
オスマンの二代君主オルハンの妻は、当時の同盟相手であるビザンツ皇帝ヨハネス・カンタクゼノスの娘
ルーム・セルジュークのスルタン、カイ・ホスロー1世はビザンツ亡命中にビザンツ貴族と結婚、キリスト教に改宗している
スルタンに返り咲いた際にイスラム教に服した思われるが、ビザンツ貴族の妻とは離縁していない
逆にルームへ亡命したビザンツ皇族ヨハネス・コムネノスが、スルタンの娘と結婚、イスラム教に改宗した事例もある
キリスト教徒とイスラム教徒が雑居していた当時のバルカン・アナトリアでは双方わりと気軽に婚姻してたっぽい - 12二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 12:17:24
カリフやスルタンは遺伝的にはヨーロッパ系になってたとは聞くな