- 1二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 23:51:13
- 2二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 23:53:20
『最後の脱出シーケンス、作動確——!? 先生じゃない!? いったい何が——』
転移座標からは既に全員離脱済みのはずであるアビドス生徒の反応が送られ、隣のモニターの地図に映る。残酷に、確実に。その後も、肝心の「先生」の存在が示されることはなかった。
次いで、ドローンが映す映像に目が奪われる。映像の端に映る、一筋の流星。空の城から落ちていくそれが何なのか。彼女は、察してしまった。解ってしまった。
休むことなく観測を続け、勝利の報告を受けた場所。モニターに照らされ、エナジードリンクの缶が散乱する部屋の中。一人の少女は、椅子から崩れ落ちた。
——ああ、やっぱりこうなったか。
脳裏に過ぎる記憶。セキュリティ意識についてお説教したり、新しいグラフィックボードを買いに行ったり。ああ、少し前なんかは彼の家にゲームサーバーを建てに行ったっけ。
半年にも満たないが、鮮やかに輝いていた日々。それらが走馬灯のように駆け巡る中、彼女は静かに目を閉じた。 - 3二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 23:54:28
おおよそ半日ほど前。舟を出すまで、搭乗するオペレーターがマニュアルを読み込み、戦闘員が体を休めていた時間。一人の少女——各務チヒロが大仕事を終え、部室で一人椅子にもたれかかっていると、スマホから一つの着信が入った。画面に映るのは、「先生」の文字。......モモトークを職業名で使うのはどうかと思うが、今はほとんど固有名詞として働いているのでよしとする。
眠い目を擦り通話を繋げると、いつもと同じ優しい声が響いた。
「や、各務。今時間ある?」
「私は大丈夫。先生こそ時間ないんじゃないの?」
「ちょっと話しておきたいことがあってね。時間ないし、手短に」
軽い調子で彼は笑い、ずりずり、と擦れる音が向こうから響いてくる。緊急事態なのに、その様子はあまりに平時と変わりなくて。息をついた彼女の口元が微かに緩んでしまう。
「それで、話したいことって?」
「ああ、そうそう。端的に言うと、私が死んだら情報を託したいんだ」
「......は?」
声音を変えないまま、彼はそう告げる。チヒロは目を見開き、凍ったように体の動きを止めた。上がりかけた口角は、一気に下がりきる。
「この作戦終了後、ルートはいくつかある。その中で、私が死ぬ場合も有り得るだろう。もちろん私も皆も生き延びて敵を倒してハッピーエンド、が最良だけど」
「そ、んなこと、私に言っても......」
「負けて『色彩』に呑まれるのなら必要ないだろうけど、『勝利しつつ私が死んだ場合』は、キヴォトスは無事でもそこそこ面倒なことになる」
「死ぬなんて、そんな......」
震える声を押し殺し、繰り返すように彼女は呟く。 - 4二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 23:54:38
「......ごめん。さっきも言ったけど、当然生きるために全力を尽くす。あくまで保険だと思ってよ」
「......うん」
「私が死んだら、寝室にあるタンスの最下段を底を抜いて、下のスペースの金庫を開けて。知り得る情報と、それに対する所感、それと生徒たちへの遺書を隠してある」
「......解った。金庫はどう開ければいい?」
「ナンバーは四桁。メモしといて」
彼の話す番号を、スマホのメモに打ち込んで、すぐ消した。......忘れることなんて、ないと思ったから。
「遺書にも書いてるけど、情報の処遇は任せるよ。燃やしてもいいし、別の誰かに託してもいい。......まあ、俺としてはチヒロ自身に活用してほしいところだけどさ」
彼はそう言い、乾いた笑いを漏らす。きっと首の後ろをかいて、目を細めているのだろう。彼女は見慣れた仕草を幻視しつつ、ゆっくり呼吸をしていた。上を向いて、雫がこぼれないようにして。
「わかったよ。もしそうなったら、先生の分まで頑張るから」
震える声を隠しきれなくなってきていて。それを知らないふりをしたままの悪い大人が、彼のいない未来へ背を押してきて。
それでも、他でもない彼の頼みだから。
「ありがとう。それじゃ——」
「先生」
「ん?」
「行ってらっしゃい」
「......うん。行ってきます」
最後に聞こえたのは、囁くような優しい声。陽だまりのように暖かいそれが切れると同時に、軽いサウンドが響いて、最後の通話が終わる。
あっさりと終わった。二人で交わす最後の会話だったかもしれないそれが。
少しだけ。まだ使命を課されない今のうちに。机に突っ伏し、ただ一人嗚咽をこぼしていた。 - 5二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 23:55:25
数分だったか、もう数時間経ったのか。ヴェリタスの後輩らもへたり込んで静かになった部室に、通知音が響く。誰のだとか、誰からだとか気にする気にはなれなかった。続け様に来たもう一件にも同様に。
戦いは終わったから。しばらく、ゆっくりしていたかった。
チヒロは身動き一つせず、蹲ったまま。魂が抜けたように、ただ座り込んでいる。
少しして、もう一件。のそのそとハレが椅子を動かして画面を見ると、突然ガタンと大きく音を立てた。
「部長、部長! これ‼︎」
「何、もう……っ‼︎」
肩を揺らされ、面倒そうに顔を上げたその先。眩しくて少し霞む視界には、「先生」の文字。彼女は思わずスマホを奪い取り、ロックを開いた。
はじめの二件はモモトーク。
生きてる
まだみないで
焦った様子が浮かぶ、短い文が二つ。そして、もう一件。こちらはSNS、モモッターの投稿。これも、送り元は先生。
完全勝利!
短い文と、青く澄んだ空を映した写真。力強いサムズアップが画面の右半分近くを占めていて、顔が見えなくても嬉しそうな様子。投稿への反応は絶えず増え続けていて、拡散も止まらない。
生きてる。どうやったかは分からないけど、確かに生きている。それだけで、今は良かった。
スマホを額に当て、ぎゅ、と目を瞑る。先程までは零れなかった涙が、押し寄せるように溢れてくる。心臓が焼けるような感覚が、今は愛おしいくらい。 - 6二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 23:55:39
まだ見てないよ。そう一言だけモモトークを返し、彼女は眼鏡を掛け直した。
聞きたいことも、伝えたいこともある。だから、すぐにでも会いたかった。
「迎えに行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
疲労が溜まり、気だるげに手を振る後輩から視線を外し、外へと駆け出していった。
今すぐ問い詰めたい。逸る想いのまま彼女は思考を回し、その言葉を定めた。
——どういうつもり? 暗証番号、私の誕生日じゃん。
彼はどんな顔をするだろうか。困ったように固まるのか、照れくさそうに笑うのか。尤も、どんな顔だろうと構わないのだが。
キヴォトスの空は、また青く澄み渡っていた。 - 7二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 23:56:29
他の生徒での妄想も見てみたいです!!
よろしくお願いします!!! - 8二次元好きの匿名さん25/01/08(水) 23:57:34
個人的にモモイで見てみたいが……僕には書ける技量がない……( ;∀;)
- 9二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 00:08:08
1、2歩踏み込んだような砕けた雰囲気を感じて良かった
- 10二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 00:08:59
本当生きてて良かったね…
- 11二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 00:13:34
ほぇ……キャラエミュ。短くも濃密な文章。
はっきり言うぜ、イッチ。
お前は、すごいヤツだ。 - 12二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 00:15:58
彼が目を細めてるのが何か堪えてるように感じて好き
いつもの癖なんだろうけどね - 13二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 00:16:09
ん〜心情描写が良い、満足感のあるssです…!
- 14二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 00:22:30
- 15二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 00:29:20
ん、期待してる
- 16二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 00:31:00
ん!?
- 17二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 00:43:52
うわ、ラストの演出はちゃめちゃにかっこいい……
- 18二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 01:04:08
泣いた..神SSをありがとう..
そんなわっぴーエンドが私は好きなんです!! - 19二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 07:55:37
- 20二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 10:26:40
こういうのはヒマリかなと思ったけど船乗ってるから一蓮托生でござる
- 21二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 19:13:17
- 22二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 23:22:00
保守しつつ裏設定を
うちの先生はチヒロに連絡した後にヒナへ電話、出発直前にホシノと話し、「自分が死んだら家で遺書を回収したチヒロと合流してほしい」と頼んでました。武力面の保険もしっかりかけてます。