- 1先生25/01/09(木) 21:17:06
- 2二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 21:17:53
は?需要しかないが?
- 3先生25/01/09(木) 21:18:15
- 4先生25/01/09(木) 21:19:13
「先生、さようなら」
「はい、さようなら」
塾講師として働き、生徒に別れを告げる。そんな何気ない日常を切り取った一コマ。
「――ッ」
ズキン、とまるで鈍器で殴られたような気がして、頭を押さえた。
最近になってから、頭痛の頻度が増えた気がする。
まるで、身体が、心が、何かを思い出そうと必死にもがいているような……そんな感覚に襲われる度、背筋に嫌な汗が流れた。
私は何か大切なことを忘れているのでは無いか、誰かが私の事を待っているのではないか――。
そんな、えも知れぬ喪失感と不安感が最近の俺の悩みの種だった。
「おや先生、今日の授業は終わりですか?」
「はい、今日のコマは全部終わったのでこれから帰ろうかと――」
簡単な雑談をして、俺は飲みに誘ってくる先輩を躱して家路に着く。
今日は受け持つコマが少ない日だったので、比較的早い時間だ。
遠くに見えるビルの谷間には夕陽がゆらゆらと浮かんでいて、穏やかで温かい黄昏が俺の歩く商店街を包み込む。
俺は商店街で今夜の食事である惣菜を適当に見繕い、電車を乗り継いだ。
最寄り駅で降りれば、先ほどまで周囲を包んでいた黄昏はすっかり沈んでいて、チカチカと街灯に光が灯る。
「はぁ……」
白い息を吐き出しながら私は何となく上を見上げてみる、そこには都会の光に照らされて霞んだ月と星々が薄っすらと浮かんでいた。 - 5先生25/01/09(木) 21:19:36
「……帰ろ」
小さく呟き、俺はボロアパートの階段を上り、一番端の部屋の扉を開く。
「ただいま~~」
誰もいない六畳半の部屋に向かってそう告げ、俺は買ってきた惣菜を机に広げて冷蔵庫からビールを一缶取り出した。
スマホで適当な動画を流しながら、惣菜とビールを口に運んでいると、ふと棚の上に置いてあるモノに目が留まる。
「……もう一年、か」
去年の今頃、丁度秋は別れを告げ、冬の訪れを感じる冬の中、俺は約一年間の記憶がすっぽりと抜け落ちた状態で警察に保護された時のことを思い返す。
そんな俺が持っていたのはどの店でも使えないブランドの分からないブラックカードと、電源すら付かない謎のタブレット。
そして――『S.C.H.A.L.E』と書かれた謎の入館証のようなものだけだった。
棚の上に今でも飾ってあるそれらを見ていると、また謎の頭痛が襲ってきた。
ガンガンと、まるで内側から重く蓋がされた落し蓋を叩くような、そんな感覚。
「……寝よ」
少し残った惣菜はそのままに、俺はビールを勢いよく呷ってベッドに飛び込む。
安物のシーツを頭まで被り、静かに目を閉じた。 - 6先生25/01/09(木) 21:20:35
その夜、おかしな夢を見た。
不思議な、それでいてどこか暖かくて、懐かしいような、そんな夢。
俺を"先生"と慕ってくれる生徒たちが常に周りにいて、俺はそんな生徒を助ける為に冗談みたいな敵と戦って――。
「先生は、私の王子様なんだよ?」
霞みがかったように顔が上手く見えない桃色の髪を風に揺らす少女がそう言って、俺は目が覚めた。
ガバッと状態を起こして、胸を掴む。
跳ね上がるように力強く鼓動を打つ心臓は、しばらく収まる気配を見せず、まるで疲れた犬のように息が乱れた。
「くそっ、なんだ――今の、夢は」
乱れる息をなんとか落ち着かせ、ふとスマホを見てみればもうじき出勤する時間だ。
「やべっ」
俺は慌てて準備をして、少しよれたスーツを着こんで家を出る。
少し駆け足気味に最寄り駅に向かっていると、突如ヴン! という、まるで空間を切り裂いたかのような不気味な音が響いた。 - 7先生25/01/09(木) 21:21:03
弾かれたように音の鳴る方――つまり上空へと目を向ければ、朝の色が付いた空にぽっかりと穴が開いている。
まるでこの前動画で見たブラックホールのような、何もかもを吸い込んでしまいそうな、そんな不気味な穴だった。
きっと直接見ていなければ、この写真を見せられてもCGだと鼻で笑っていただろう、そんな現実感の無い光景に思わず息を呑む。
「な、んだ――これ」
絞り出すように声を漏らせば、その穴から急に人間の脚にしか見えないモノが出てきた。
遂に俺は頭がおかしくなったのかと、周囲を見渡してみるが生憎俺以外の人影は見えない、元より人通りの少ない道だが、これでは俺にしか見えていないのか、それとも俺以外も見えているのかが判別できなかった。
俺は内心で舌打ちをして、もう一度あの穴へと視線を戻す。
その瞬間、俺の視界に映ったのは上空から降ってくる少女の姿。 - 8二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 21:21:05
気になる
- 9先生25/01/09(木) 21:21:50
- 10先生25/01/09(木) 21:22:11
ふわりと持ち上がり、揺れる桃色の髪は太陽に照らされてまるで金糸の如く煌めいていた。
所々に装飾の付いた白い衣装に、透き通るような白い肌。
そして何よりも目を引く、大きな二対の純白の翼。
その光景は、どこかで見たことがある――まるで聖書に登場する天使のような……。
そんな事を考えていれば、重力を無視するようにゆっくりと降ってきた少女は、電柱の頂点にふわりと足を付ける。
やがて眼をゆっくりと開いた少女は、その黄金色の双眸で私を見据えると、少し驚いたような表情を浮かべ、まるで懐かしむように目を細めたかと思えば、にっこりと微笑んで口を開いた。
「あはっ☆ 久しぶり! 先生」
「……え?」 - 11先生25/01/09(木) 21:22:33
間違いなく俺に向かって"先生"と呼んだ少女は「よっ」と言って電柱の上からぴょんと地面へ降りてくる。
優に数メートルはある筈だが、あんなファンタジーとしか思えない光景を見せられた後だからか、そんなことは大して気にならなかった。
「先生、迎えに来たよ?」
地面に降り立った少女は、そう言って俺に微笑みかけながら手を伸ばす。
「いや、いやいや。何言って――え?」
未だ事態が飲み込めない俺は、どうにか目の前の現実を処理しようと試みるが、流石に無理だった。
上手く思考が纏まらず、言葉を紡ぐことが出来ない。
そんな俺の様子を怪訝そうな表情で見つめる少女は「んーー?」と唸ると、両手を後ろに回して前かがみの姿勢をとった。
上目遣いで俺の顔をジッ……と覗き込む。
「な、なんなんだよお前……」
明らかに年下ではあるのだが、未だ頭がゴチャゴチャとしていたせいか少し語気が強まった。
「えっ……あ。ご、ごめんなさい先生……そっか、やっぱりそうなんだね」
俺の言葉に明らかにショックを受ける少女の表情に一抹の罪悪感を抱えつつも、明らかに面倒事の予感しか感じられなかった俺は、何かを考えこむように俯く少女の脇を通り抜けようとした、瞬間。
グイとスーツの裾を掴まれ、ガクンと引っ張られる。 - 12二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 21:22:44
親方!空から姫が!
- 13先生25/01/09(木) 21:23:33
本当はミカじゃない予定だったんだけど、キャラデザ的にミカしか考えられなかった。
- 14先生25/01/09(木) 21:23:47
「ねぇ、先生。今からどこ行くの?」
「どこって……仕事だよ、離してくれ」
「ふーん、お仕事かぁ、お仕事って、なに?」
なんなんだよと内心で悪態を吐き、何とか振り払おうとしてみるが、少女は万力のような握力で裾を掴んでいるのかどう頑張っても振り払う事は出来なかった。
「……塾の先生だよ」
俺がそう告げると、少女はまるで信じられないものを見たかのように大きな目を見開いた。
暫くそんな様子で俺を見つめていた少女は少し俯くと、明らかに喜色の混ざった声で呟く。
「そっか、やっぱ先生はどこでも先生なんだね」
「なに一人で納得してるんだよ……遅れるからマジで離してくれない?」
俺がそう言うと、ハッとした様子で少女は袖から手を放し「あはは」と誤魔化すように笑った。
そんな彼女を一瞥し、俺は振り返って駅へと歩みを進める。 - 15先生25/01/09(木) 21:24:13
「ねーねー、私も先生の授業受けて良い?」
「……良い訳ないだろ」
「でもさー、塾って事は体験学習的なの……出来るんじゃないの?」
「……」
「あはっ☆ その反応、やっぱ出来るんじゃんね?」
駅へと向かう途中、こんな様子で永遠に少女は私にアレコレと話しかけてきた。
やがて駅に着き、電車に乗り込む。
流石に電車までは付いて来ないだろうと高をくくっていたが、少女はなんでもないという風に俺と同じ車両へ付いて来た。
「……お前、マジで何なんだよ」
観念して隣で少し背伸びをしてつり革を掴む少女に問いかけると、彼女はぱぁっと表情を明るくして口を開く。
「最初に言ったじゃん! 私は先生を迎えに来たんだよ」
「俺は、お前の先生になった記憶は無い」
そう告げると、少女は黙り込んでまたしても驚いたように目を見開いて俺を見つめた。
「……なんだよ」
「いや、なんていうか……俺って言う先生、新鮮だなぁって」
「は?」 - 16先生25/01/09(木) 21:24:35
「わーお、これ破壊力凄いなぁ……ふふっ、帰ったらナギちゃんとセイアちゃんに自慢しちゃおうかな?」
訳の分からない事をブツブツと呟く少女を横目に、大きなため息が出た。
やがて俺たちを揺らす電車は目的の駅に着き、俺は職場へと向かう。
「ねーねー先生、見学できるでしょ?」
「だから無理だって……」
飽きることなく俺の周りをチョロチョロとする少女に多少の苛つきを感じながら昨日歩いた商店街を進んでいると、嫌に周囲の視線が俺に集まっている事に気付く。
いや、これは――。
俺は嫌な予感がして後ろを付いてきている少女を振り返ってみれば、やはりというかなんというか――。
そもそも人並み外れた美貌と、現代社会ではあまり見ることの無いドレスのような衣装も充分周囲の視線を引き寄せるのには充分だと言えるが、何よりも関心を集めているのは少女の腰から伸びる大きな翼だろう。
あまりの出来事が続いたせいで正直頭から抜け落ちていた。
「お前……マジでなんなんだ?」
「え?」
俺の問いかけに対し、キョトンとした表情を浮かべる少女に頭が痛くなりこめかみを抑える。 - 17先生25/01/09(木) 21:25:08
「はぁ……付いて来い」
俺は少女の腕を掴み、引っ張る。
「わーお……先生ってば、強引だね」
そんなふざけた事を言われながらも、少し駆け足気味に職場である塾へ向かい、人目に付かないようこの時間は使われない教室に入った。
「ちょっと待ってろ」
俺はビシッと少女に指を差し、上司に出勤の報告と見学希望者の対応があるので授業を変わって欲しい旨を伝えた。
少し怪訝そうな表情をされたものの、何とか授業を変わって貰った俺は少女の待つ教室へと戻る。
「で、お前はマジでなんなんだよ」
空き教室で少女と向かい合うように座り、そう問いかけた。
「先生、私の名前分かる?」
「……は?」
質問に質問で返され、しかも絶対に分かる訳が無い問いかけと来た。
流石に苛々してきた俺は「知る訳ない」と返そうと口を開くが、何故かその言葉は出てこない。
代わりに昨日振りの頭痛が、数倍の痛みを伴って頭をガンガンと叩いた。 - 18先生25/01/09(木) 21:25:35
「あっ……が!?」
「先生!?」
俺の様子を見て焦った様子の彼女が直ぐに俺の背を擦る。
瞬間、まるでアルバムをひっくり返し、収められていた写真が零れる様に、俺の脳内に見た覚えのない光景――記憶がコマ送りのように浮かび上がってきた。
「ミ……カ……?」
何故その言葉が出てきたのかは分からない、ただ、ふと脳裏に過った単語だった。
しかし、その言葉を聞くと同時に、横で俺の背を擦っていた少女が「え……」と呟いて、まるで腰が抜けたかのようにヘタリと床に座り込む。
その様子が視界の端に映ると、頭痛がスーッと引いていくのが分かった。 - 19先生25/01/09(木) 21:25:51
「いっつつ……おい、どうし――」
急に座り込んだ少女に手を伸ばそうと向かい合った瞬間、視界に映ったのは大粒の涙をボロボロと零し、俺を見つめる姿。
「は⁉ おい、どうしたんだよ、大丈夫か⁉」
慌てて椅子から飛び上がり、片膝を付いて先ほどしてくれたように少女の背を擦る。
すると少女はわんわんと泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
「ちょ⁉」
ともすればセクハラや犯罪になりかねない状況、俺はなるだけ少女に触れないように何とか体幹だけで胸に蹲る彼女を受け止める。
「せ、んせ……ミカって……私の名前……憶えてッ」
グスグスと泣きながらそう告げる彼女の言葉を聞いて、思わず口がポカンと開いた。
俺が先ほど口にした謎の単語"ミカ"、それが眼前の少女の名前だと言う、あまりに信じられない状況を前に、再び思考が停止してしまう。
凡そ数分、俺は自身の考えを整理しつつ泣きじゃくるミカを宥め、再び互いが向き合うように椅子に座った。
「……頭のおかしい女にストーキングされているだけじゃないってことは、まぁ……確かみたいだな、不本意だが」
泣きじゃくったせいか目を腫らす少女を見据え、深々と溜息を吐く。
何の気なしに出てきた言葉"ミカ"聞けば、眼前の少女の名は聖園ミカというらしい。 - 20先生25/01/09(木) 21:26:13
「で、マジでなんなんだよお前。俺を迎えに来たとか、その羽根の事とか――」
そう言ってから、ふと気づく。
「お前、まさか俺の無くなった記憶と、関係あるのか?」
そう問いかけてみれば、ミカは困ったように眉を八の字にして「あはは」と笑ってみせた。
「うん、先生はね――」
ミカは机の上で手を組み、まるで昨日起こった出来事を聞かせるかのようにスラスラと、俺が覚えていない事を説明し始める。
曰く、キヴォトスと呼ばれるここではない何処かで、俺は先生として働いていたこと。
曰く、戦闘の際に記憶を失ってしまい、病室に居た筈の俺がいつの間にか失踪していたこと。
曰く、キヴォトスにいる俺の生徒たちが総力を挙げて俺の居場所を最近突き止めたこと。
それ以外に、生徒の脚を舐めていただの、生徒の頭の匂いを好んで嗅いでいただの、信じたくないようなことも聞かされた。
「――なるほど、で? お前はそのキヴォトス代表として俺を迎えに来たって訳?」
「もう先生、お前じゃなくて前みたいにミカって呼んでよ~、まぁ……ちょっと強引な感じがして悪くはないけどさ?」
「茶化すな」
「……はいはい、そうだよ? 私はキヴォトスの代表として先生を迎えに来たの」 - 21先生25/01/09(木) 21:27:09
そう告げるミカの顔に影が差した。
今聞かされた話が嘘だとはどうしても思えない、ミカが言葉を紡ぐ度頭痛がするのが証拠と言えなくもないだろう。
俺の身体は、ミカと、そして多くの生徒と過ごしていたキヴォトスでの生活を思い出そうとしているのかもしれない。
しかし。
「まぁ、はいそうですかとは言えないわな」
「ええええーー! なんでなんで⁉ 私の事が信用できないの?」
「そりゃお前、俺には俺の生活が既にある訳だし、そんな簡単に信じられる訳ないだろ」
「むーー」
俺の言葉を聞いてミカが露骨に頬を膨らませた。
「でも先生、本当に早く帰らないと……この世界が大変なことになっちゃうよ?」
「は?」
ミカがそう告げた刹那、爆音が窓の外から轟いた。
衝撃波が窓を打ち、ガタガタと部屋ごと揺れる、ちょっと大きめの地震が起こったように、身体が揺れた。
「な、なんだ⁉」
「あーー、そっか……もう来ちゃったんだ」
慌てふためく俺をよそに、ミカがそう呟いた。 - 22先生25/01/09(木) 21:27:40
気にしている余裕がある筈も無く、俺は窓のカーテンを勢いよく開いた。
「なんだよこれ……ははっ」
人間、どう足掻いても理解できない事が起これば笑ってしまうというのを見たのは何かのテレビだっただろうか、俺の口から乾いた笑みが零れる。
眼下に広がるのは崩れた建物と逃げ惑う人々、そして少し遠くに見えたのは――。
「化け物?」
まるで巨大な蛇のようなナニカが暴れまわっていた。
「ビナー、やっぱあいつらも先生を探し当ててたんだね」
「ビナー……? お前、あれを知ってんのか?」
いつの間にか隣で外を見ていたミカに問いかけると、ミカは少し困ったような笑みを浮かべて頷いた。
「ねぇ先生、シッテムの箱……あー、タブレット持ってるでしょ? あれ、出して」
ミカにそう言われ、思考が停止する。
「シッテ……なに? タブレット?」
「え?」
「ん?」
そんな短いやり取りを終えると、ミカの顔からサーッと血の気が引いていくのが分かる。 - 23先生25/01/09(木) 21:28:21
「え、先生持ってないの? タブレット」
「いやスマホしか――あ」
そこまで言って、やっと思い出す。
俺が記憶を失った時に持っていた電源の付かないタブレット、ミカはあれの事を言っているのだろう。
「あぁ、あれなら家に……」
「家⁉ 今持ってないの⁉」
始めてミカが叫んだ、先ほどまでの余裕を感じさせる雰囲気は鳴りを潜め、明らかに動揺しているようだ。
「え? あんな電源が付かないタブレット持ち歩いてる方がおかしいだろ」
「まずったなぁ……そっか、記憶が無いんだから先生がアレを持ち歩いてない可能性があったか……あー、いつも持ってたから完全に頭から抜けてたなぁ……」
ブツブツと隣でそう呟くミカを怪訝そうに見ていると、唐突に「うん、仕方ないよね!」と何かに納得したのか、ミカが顔を上げた。 - 24先生25/01/09(木) 21:29:14
「先生、シッテムの箱を取りに行くよ!」
「家に帰るってことか? でも……」
俺はミカから窓の外へ顔を向けた。
あの化け物が暴れているから電車は使えないだろうし、タクシーだって使えないだろう。
そもそもアイツが暴れているのは家の方角、あんな化け物の元へ向かうなど正気じゃない。
「いやいや、無理だろ」
「もー! 先生なら出来るから! っていうか私に任せて!」
エッヘンと胸を張るミカを見て、俺は苦笑いを浮かべた。
「いやいや、無理だろ」
「ふふっ、私実はこう見えても結構強いんだよ?」
そう言ってミカは俺に笑いかけると、ノールックで教室の壁を殴った。
およそ人間の力とは思えぬ圧倒的破壊力を伴ったミカの拳は、壁を貫通――どころではなく、大穴を開けてしまった。
「……」 - 25先生25/01/09(木) 21:30:13
流石に何も言葉が出てこず、あんぐりと口を開けていると、ミカが俺の腕を掴んだ。
次の瞬間、凄まじい力で引っ張られて俺の身体が宙に浮く。
教室は三階だ、ふと下を見れば逃げる人々が少し小さく見えた。
「さっ! 行こう先生! 大丈夫大丈夫、だって私たちにとってこんなのはただの青春の1ページでしょ!」
そう言って俺を掴んだまま大きな翼を広げ、ミカが笑いかける。
「こんな青春があってたまるかあぁぁああ!」
俺の絶叫など意に介さず、ミカはまるで漫画やアニメのキャラのように建物の屋根をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、確かに俺の家の方へ向かっていく。
俺は命綱無しでのバンジーをしているような気分になりながら、抵抗することも出来ずただミカに引っ張られるのみだった。 - 26先生25/01/09(木) 21:30:31
「はぁっ……はぁっ! し、死ぬかと思った……」
俺は今朝ミカと出会った電柱を支えに、乱れる息を整える。
別に俺自身が走ったりしたわけではないのだが、腕一本で新幹線の外側に張り付いているような時間が続いたのだ、流石に寿命が三年位縮んだ気がする。
少し離れた所で、ミカがあの巨大な化け物を見ていた。
今もビナーと呼ばれたソレは、周囲に甚大な被害を与えながら暴れている。
「――先生、今すぐ家に帰って、シッテムの箱を持ってきて」
始めて、彼女のそんな声を聞いた気がした。
これまでのどこかふわふわとした声音ではない、凛としていて、まるで凪のような澄み切った声。
ミカの背を見つめながら、俺は乱れた息をやっとこさ整え、頬を伝う汗を拭った。
「お前は?」
「私は……アレを相手にしなきゃいけないっぽい」
「は⁉」
ミカの人間離れした力は先ほど嫌と言うほど思い知った、しかし、優に数十メートルはあろうかという化け物を、相手にする?
およそ正気とは思えない発言に目を白黒させ、俺は彼女の背に手を伸ばした。
しかし、そんな伸ばした手はミカの言葉によって制止させられる。
バサリと羽音を立て、ミカが翼を広げる。その手には、どこに隠していたのか装飾が施された銃が握られていた。
「ここは――私が守るから」 - 27先生25/01/09(木) 21:31:04
覚悟の籠った声だった。
一体どんな人生を歩めば、あんな年端もいかぬ少女からこれほどの覚悟を感じる事が出来るのだろうか。
小さいはずのミカの背中が、たまらなく大きく見え、同時に少女に頼もしさを感じている自分に対して自嘲的な笑みが浮かぶ。
「分かった」
俺は短く、そう返す。
本当は、何も分かっていない。
ただ消費されるだけの無為な人生、退屈な日常を送っていたはずなのに、今日は空から少女が降ってくるし、いつの間にか特撮でしか見たことないような化け物が街を破壊している。
何も、分からない。
一体何が起こっているのか、俺は何故あのミカという少女を信頼して、家に向かって駆けだしているのか。
「はぁっ……はぁっ」
荒い息を吐きながら、全力で家へと駆ける。
風に靡くジャケットは脱ぎ捨て、社会人たれときつく結んだネクタイを緩めた。
背後では銃声と、人生で聞いたことの無いような爆音が鳴り響き、飛んできた破片や瓦礫が頭上を越えていく。
やっとの思いで家へと着き、ドアを蹴破る。鍵は脱ぎ捨てたジャケットの中だった。
土足のまま部屋に転がり込み、ミカがシッテムの箱と呼んでいたタブレットを手に取り――そして無意識に、隣に置いてあったブラックカードをポッケに仕舞い込む。 - 28先生25/01/09(木) 21:31:26
「ミカァッ!」
ゼーゼーと息を切らし、先ほどミカと別れた場所まで戻ってみれば、そこにはボロボロになったミカが瓦礫に寄りかかっていた。
服は所々が破れて出血もしているようだ、綺麗だった髪には砂塵が被り、ボサボサになってしまっている。
美しく荘厳だった羽根も、先の方は焦げていたり、切れてしまっていた。
その姿を視界に収めると、またしても頭痛が俺を襲う。
「――ッ⁉ 今じゃ、ねぇだろ……」
ガンガンと頭の中で鳴り響く頭痛を感じながら、ミカの元へと駆け寄った。
ふと直ぐ傍では、大きすぎて全てを視界に収められないほどのビナーの頭部が、こちらを睥睨している。
その口内には、素人目でも分かる明らかに不味いと感じさせる――そう、本能が警鐘を鳴らす程のエネルギーが集約しているように見えた。
「ミカ……」
「あはは、先生……また、助けに来てくれたんだね。でも、ちょっと不味いかも……あのビームから先生を護りきる自信は、ちょっと無いかなぁ。だから逃げて欲しいかも?」
ボロボロになりながらも困ったように笑うミカを見て、頭痛が一層酷くなる。
しかし、そんなことに構ってられないとフラフラと倒れそうになるミカを寸でのところで抱き支えた。 - 29先生25/01/09(木) 21:31:48
「女の子をこんな状況で一人には出来ねぇよ」
「ふふっ、そっか――やっぱり先生は、私の王子様……だね? あは」
その言葉を聞いた瞬間、まるで世界がスローモーションになったかのような感覚になる。
舞い上がる砂塵一つ一つが鮮明に見え、自身の内で蓋をしていた何かが勢いに負け、爆発するように開いた気がした。
「――先生?」
ミカが目を見開き、口を開く。
その声を聞いて、まるで頭の中の霞が晴れたような気がした。
「我々は望む、七つの嘆きを」
そして"私"は、神秘を手繰り、その言の葉を現世に放つ。 - 30先生25/01/09(木) 21:32:07
「――我々は覚えているジェリコの古則を」
刹那、ビナーが咆哮と共にあの大質量のビームを放った。
しかし、私は知っている。それが届くことは無い事を。 - 31先生25/01/09(木) 21:32:24
耳をつんざくような爆音と、気を抜けば吹き飛ばされそうになる風圧に身を晒していると、舞い上がる砂塵の中にうっすらと人影が見え、聞き慣れた――いや、懐かしい声がした。
「良かった、間に合った」
直撃したはずの攻撃は、眼前で盾を構える少女によって阻まれた。
結ったピンクの髪が揺れ、特徴的なオッドアイが私を見つめる。
「うへぇ、久し振り。せんせ」
「……やぁ、ホシノ。本当に、久し振りだね」
「え?」
ホシノとのやり取りを見て、私の腕に抱かれたミカが気の抜けたような声を漏らす。
「先生……? 記憶が、戻った? の?」
「ごめんねミカ、その……忘れちゃっててさ」
片腕でミカを抱きかかえながら、ポリポリと頬を掻く。
すると、ミカが瞳を潤ませ、私に抱き着いてきた。
「せんせぇっ! せんせーーーー!!」
私に抱き着いたまま泣きじゃくるミカの頭をポンポンと撫でていると、背後からまたしても見知った声がする。 - 32二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 21:32:47
覚醒シーンってのはいいよね
- 33先生25/01/09(木) 21:33:06
「先生? 今はそんなことをしている場合じゃないと思うのだけど?」
その声の方へ顔を向け、彼女たちの姿を視界に収めると同時、ミカに釣られたのか涙腺が緩み、涙が出そうになった。
「やぁ……ヒナ、それに皆!」
そこに立っていたのは、ホシノ、ヒナ、ユウカ、アリス、そしてかつて彼から託された大人になったシロコだった。
「まぁまぁヒナちゃん、おじさんも気持ちは分かるけどさぁ~」
そう言ってヒナを宥めるホシノ。
「全く……先生! 先生が居なかった間に溜まっているお仕事は帰ったらやってもらいますからね! その、一緒に……」
怒っているように見せようと頑張る、泣きそうな顔のユウカ。
「アリス知ってます! ユウカは先生に会ったら何と言うかずっと悩んでいま……ムガッ⁉」
ユウカに口を塞がれ、モゴモゴとしているアリス。
「……ん。というか元々は私が先生のところに行くはずだったのに、そこのミカが急に割り込んで行ったのが悪い」
どこか拗ねたように頬を膨らませるシロコ。 - 34先生25/01/09(木) 21:33:28
理解できる――。
- 35先生25/01/09(木) 21:33:48
「まぁ、私も先生に色々言いたいことも、して欲しいこともあるけれど、今はアレをどうにかしないと。そうでしょ? 先生」
そう言ってビナーの方へ顔を向けるヒナに対して、私は頷く。
「うん、力を――貸してくれる?」
「「「「「勿論」」」」」
私に抱き着いていたミカも立ち上がり、彼女たちは応える。
「じゃあ、ここからはシャーレの番だね」
そう言って、私は電源の付いたシッテムの箱に意識を向けた。 - 36先生25/01/09(木) 21:34:00
「せんせぇぇぇ! うわああぁぁん!」
「落ち着いて下さい、先輩――そんなに泣かれたら私も……」
私を出迎えたのは、泣きじゃくりながら胸に飛び込んできたアロナと、一歩後ろでグスンと涙を堪えるプラナだった。
「二人とも、ごめんね。ずっと応えてあげられなくて」
「うわぁああん! 先生! 良かった、よがっだです! 戻ってきてくれて!」
「肯定、私も……とても嬉しいです。もう二度と、先生を喪いたくはないので」
「……うん」
私はアロナとプラナ二人を抱きしめ、頭を撫でる。
「二人が、皆を呼んでくれたんだね」
「はいぃ……」
「その通りです、先生。しかし、その話はあとで……ビナーを倒し、キヴォトスへ帰りましょう」
未だ泣きじゃくるアロナが必死に首を縦に振り、プラナは私の腕をギュッと握りしめた。
「そっか、うん。そうだね、じゃあ二人も、力を貸してくれる?」
「「勿論です! また奇跡を――!」」 - 37先生25/01/09(木) 21:34:11
2人の言葉を聞いて、私はシッテムの箱を後にする。
眼前には、頼りになる生徒たち、手には大人のカードと、頼りになる2人が居る。
先ほどまで化け物としか感じられなかったビナーが、今やまな板の鯉のように感じられた。
「じゃあ、やろうか!」
私の声と共に、生徒たちが駆け出す。
聞き慣れた銃声と爆発の音が響き、ビナーはみるみる内に見て取れるほど弱っていった。
「最後、かな。アリス!」
「はい! ――光よっ!」
私の声に呼応するように、アリスの持つレールガンが煌めき、一閃。
一筋の巨大な光線が青白い輝きと共にビナーを貫いた。 - 38先生25/01/09(木) 21:34:22
―――――
――――
―――
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「せーんーせーいー?」
「ふがっ⁉」
ゆさゆさと身体を揺らされ、微睡の意識から引き上げられる。
「全く、忙しいのは分かりますけど、業務中に寝ないでください!」
隣を見れば、ユウカがぷりぷりと怒った様子で書類の束を持っていた。
「ああ、ごめんごめん。起こしてくれてありがとう、ユウカ」
「どうぞ、コーヒーです」
ユウカが差し出してくれたコーヒーを飲んでいると、隣に腰かけたユウカが口を開く。
「眠りながらブツブツと何か仰っていましたが、夢でも見ていたんですか?」
そんなユウカの問いかけに、私は笑みが零れる。 - 39先生25/01/09(木) 21:34:36
「ああ、あの日のことを、キヴォトスに帰ってきた日の事を見ていたんだ」
「そう、ですか」
私の言葉に対し、ユウカが少し困ったように笑った。
あの日から、早三か月が経過していた。
結局、私が何故記憶を失ったのかは今も分かっていない。
黒服の話では地下生活者のせいではないかと言っていたが、真相は闇の中。
ミカが私を迎えに来た理由は、シロコがあの時言っていたように、私の存在を感知し迎えに行く人員を決めていた時にシロコで話が纏まりそうだったのにも関わらず、我先にとあの穴へと飛び込んでしまったかららしい。
ミカらしいというか何と言うか……結局、怒り狂ったナギサによってまた三食ロールケーキの日々をしばらく過ごすことになったようだ。 - 40先生25/01/09(木) 21:34:55
何よりも驚いたのは、私がキヴォトスを離れていた間、本来卒業する筈だった生徒が誰も卒業していなかったということ。
ヒナやホシノと同級生になってしまったノノミやアコは苦笑いを浮かべていたが、流石に心が痛かった。
しかし結局は大好きな先輩とまた過ごせるということで、ポジティブに捉えてくれたのが唯一の救いだろう。
「あれ、今日のこの後の予定はなんだっけ?」
そんな事を考えつつユウカに問いかけると、彼女は飽きれたように溜息を吐いて私の腕を掴み引っ張り上げた。 - 41先生25/01/09(木) 21:35:10
「全く、寝ぼけるのもいい加減にしてください! この後はシャーレで先生帰任3ヶ月のお祝いパーティーじゃないですか! ほら、もう直ぐ各学園の生徒さんがいらっしゃいますよ!」
そんなユウカの言葉を聞いていると、扉の向こうから聞き馴染みのある生徒たちのワイワイとした声が響いた。
「……そうだね、ありがとう」
彼女たちの先生としてまた戻ってこられた奇跡に。
そして、彼女たちの紡ぐこれからの日常をまだ見られる喜びを胸に。
私はボロボロになったシャーレの入館証を首にかけ、パーティーに来た皆を迎え入れた。
どうか、この素晴らしい青春"Blue Archibe"が、続きますように――。 - 42先生25/01/09(木) 21:37:02
終わり。
長いけど、読んでくれた方はありがとうやで。
感想あれば言ってくれると嬉しい
一応pixivに投稿してるものになるので、気になった人はタイトルで検索してみてほしいやで。
規約的に良いのか分かんないからURLは貼らないでおく。
もしシチュエーションの案とかあったら教えて欲しい!
ではでは、ありがとうやで~~。 - 43二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 21:44:35
素晴らしいSSをありがとう……!!
- 44二次元好きの匿名さん25/01/09(木) 21:44:44
いいSSだった!ありがとう!!
- 45二次元好きの匿名さん25/01/10(金) 02:03:19
タイトルで検索しても出ねえ…
- 46先生25/01/10(金) 03:16:14
pixivの小説欄で検索したら出ると思います:)