(SS注意)お礼

  • 1二次元好きの匿名さん25/01/14(火) 01:32:53

     ぴゅうっと、肌を刺すような晨風が通り過ぎていく。
     ぶるりと身を震わせながら空を見上げると、雲一つない青空が広がる冬日和。
     お散歩には少し寒いけれど、その寒さが却って気持ちが良い。
     出来ることならば、コートを脱ぎ去って思う存分に初東風を浴びたいのだけれど。

    「……そんなことをしたら、トレーナーさんに怒られてしまいますね」

     私は苦笑いを浮かべながら、首に巻かれているマフラーの手直しをする。
     青と赤のボーダー柄で、手触りがとっても柔らかくて滑らかなマフラー。
     これは去年のクリスマスに、トレーナーさんが私へプレゼントしてくれたものだった。
     聖夜に賑わう人並をすり抜ける隙間風となって、二人で一緒に選んだ一品。
     とても暖かくて、とても優しくて、とても愛おしい。
     少し想いを馳せているだけで、心の中に季節外れの薫風が吹き抜けるかのよう。

    「ふん……ふふん…………♪」

     気が付けば鼻歌を奏で、ステップを踏みながら、私は飛絮となっていた。
     ふわふわとした心地で舞うように河川敷を歩いていると────ふと、ばさばさと羽風が近づいて来る。
     鮮やかなオレンジ色のお腹に、白い斑点の入った黒い翼を持った小さな鳥さん。

    「キモノさん、お久しぶりですね……ふふっ、お疲れですか?」

     キモノさんは私の耳に留まると、ちょこんとお辞儀をして尾を震わせながら鳴いた。
     しなとが必要な様子もない、ただ、一時の安らぎを得ているだけなのだろう。
     落としたりしてしまわないように、ゆっくりと歩みを進めて行く。
     トレーナーさんも、今頃はこうして休んでいるのかしら、そんなことを考えながら。

  • 2二次元好きの匿名さん25/01/14(火) 01:33:09

    「この辺りはだるまさんやネクタイさんもいて、饗の風が……あら?」

     しばらくお話をしながら歩いていると、突然、キモノさんはふわりと飛び上がった。
     きっと、十分に英気を養うことが出来たのだろう。
     心の中で微かな西風を感じながら、私は小さく手を振って、モンツキさんを見送る。
     
    「…………風来と流れていたら、随分と遠くへと来てしまいましたね」

     周囲を見回せば、見たことのない風景。
     とはいえ、今日は風向きに任せて真っ直ぐに進んでいただけ。
     木枯らしへ逆らうように進んでいけば、学園方面に戻ることは容易いことだろう。
     ……朝のお散歩は、ここまでにしておきましょうか。
     私はくるりと身を翻し、寮に向かって歩き出した。
     ────その時、遠くからばざばさと聞き覚えのある羽音が風に乗って聞こえていた。

    「キモノ、さん?」

     それは、恐らくは先ほどと同じ、小鳥さんの姿。
     嘴の先に何かを加えて、キモノさんは再び、私の下へと戻って来た。
     ただし今度は耳には留まらず、くるくるとつむじ風のように周囲を回るだけ。

  • 3二次元好きの匿名さん25/01/14(火) 01:33:28

    「……もしかして、お礼にそれをくださるのですか?」

     ふと思い至り、私が手のひらでお皿を作ると、モンツキさんはそこに一本の茎葉を乗せた。
     特徴的な爽やかな匂い、青々とした柔らかな葉、瑞々しい緑色。
     それは春の七草のひとつ、セリであった。
     モンツキさんは小さな鳴き声を奏でると、朔風に乗り、そのまま何処へと飛び去って行った。

    「ふふっ、ありがとうございました」

     ぺこりと頭を下げて、感謝を告げる。
     あの律義さは、私も見習わないといけないだろう。

     そんなことを考えていたら、何となく、トレーナーさんの顔が浮かんできた。

     凪になりかけていた私を、まことの風にしてくれた人。
     どんな時でも暖かな風を吹かせて、背中を押してくれた人。
     時には、大風に向かわんとする私の、止まり木になってくれる人。
     日頃から思っている感謝の気持ちが急に溢れて、乱気流となってしまいそう。

  • 4二次元好きの匿名さん25/01/14(火) 01:33:40

    「……ですが、何をすれば良いのでしょう」

     しかし、お礼の方法が思いつかない。
     勿論トレーナーさんならば、感謝の気持ちを息吹で伝えても、喜んでくれる。
     けれどどうしても、もっと彼のためになる形で、この想いを伝えたい。
     私はちらりと自らの手の中を見つめて────そして、天つ風が吹き抜けた。

    「これなら、きっと」

     喜ぶトレーナーさんの顔を想像して、思わず口元が緩んでしまう。
     そうして私は、たくさんの野草が生い茂る河原へと向かうのであった。

  • 5二次元好きの匿名さん25/01/14(火) 01:33:56

    「こんにちは、トレーナーさん」
    「えっと、こんにちは?」
    「…………急にすいません、時つ風に流されてしまいまして」
    「ああ、気にしないで、ちょっとびっくりしちゃっただけだからさ、どうぞ」

     トレーナーさんのお部屋の玄関先。
     俄風となった私に対して、彼は驚きながらも微笑んで出迎えてくれた。
     彼の厚意に甘える形で、私は促されるがまま部屋へと足を踏み入れる。
     ……そういえば男性の家に行くのは初めてだと、風早に心臓を鳴らしながら。

    「ゼファー」
    「はっ、はい!?」
    「……驚かせてごめんね、何か相談でもあるのかなって」
    「あっ、いえ、そうではなく、その、ですね」

     トクントクンと、胸の鼓動が大きくなって、言葉が上手く纏まらない。
     そんな私に対して、優しい面持ちのまま、じっと言葉を待ってくれるトレーナーさん。
     その顔を見ていると、次第に波風は和らいでいき、平穏へと戻っていく。
     落ち着きを取り戻した私は、持っていた袋を軽く持ち上げながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

    「トレーナーさんに、キモノさんの便風をお裾分けしようかと思いまして」

     袋の中には、河原などで摘んで来た野草と、買い足したいくつかのお野菜。
     セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。
     いわゆる────春の七草、と呼ばれるものであった。

  • 6二次元好きの匿名さん25/01/14(火) 01:34:27

    「お待たせしました、トレーナーさん」

     台所をお借りして、今日のことをお話しながら、幾ばくかの時間を費やして。
     完成させた『それ』を、彼の下へと運んでいく。
     二つのお椀の中に入っているのは、先ほどの野草と野菜を刻んで混ぜ込んだお粥。
     トレーナーさんはそれを覗き込んで、少し嬉しそうな表情を浮かべた。

    「七草粥か……実家にいた頃は良く両親に食べさせられていたんだけど」
    「行事食ではありますが、お正月に疲れた癒すのにもぴったりな穀風なんです」
    「確かに、なんだか素朴な感じがするね」

     昇り立つ湯気からは、お米の匂いとほんのりと感じる春の香風。
     私も少しだけお腹に空風を感じてしまって、腰を落とす。
     部屋の中央には、可愛らしい色合いの小さな炬燵。
     実はあまり使ったことがないので、臆病風に吹かれながらも、恐る恐る足を入れた。
     
     ────布団の中、じんわりと足下へと伝わってくる温もり。

     ……なるほど、これは病みつきになる人がいるのも、理解出来るというもの。
     直前まで感じていた向かい風はすっかり凪いで、誘われるように深く膝を入れてしまう。
     すると、ちょんと膝の先に何かが当たった。
     驚いて、尻尾と耳がぴくんと反応してしまうと、トレーナーさんは苦笑いを浮かべた。

  • 7二次元好きの匿名さん25/01/14(火) 01:34:43

    「ごめんね、狭くて、キミが気に入ったのなら一人で使っても良いよ?」
    「……このままで、これでも十分にひかたを得られますから、さあトレーナーさん、どうぞ召し上がれ」
    「おっと、そうだね、せっかくの出来立てなのに冷めちゃったら勿体ない……それじゃ、いただきます」

     触れ合っていると安心するから────という言葉は、弊風する。
     熱風を掠めた頬を誤魔化すようトレーナーさんへ七草粥を薦めると、彼は両手を合わせてスプーンを手に取った。
     まずは一匙、掬い上げ、口へと運んでいく。
     私はその光景を少しばかり戌亥を感じながら、見つめていた。
     作ったのは初めてじゃない、出来る限りの手間はかけた、味見もしている。
     なのに、不安と緊張と期待で、胸の中にはあからしまが吹き荒れているのだった。
     やがて、ぱくりと、彼は七草粥を口にする。
     ゆっくりと咀嚼して、こくんと飲み込んで、ふうっと安心したようなため息をついた。

    「美味しい、なんだか、とても優しい味がするね」
    「……っ!」

     花信風がすり抜けたかのように、心の中が暖かくなった。
     自然と顔が綻んで、尻尾が勝手にパタパタと揺れ動いて、耳がぴこぴこと踊ってる。
     トレーナーさんが喜んでくれている、それだけで、とっても、ひより。
     そのまま彼は美味しそうにぱくぱくと食べながら、目を細めた。

  • 8二次元好きの匿名さん25/01/14(火) 01:34:57

    「これは、俺もキモノさんにお礼を伝えなきゃいけないな」
    「それじゃあ、今度一緒に河原風となりましょうか」
    「ぜひともお願いするよ」
    「……ふふっ♪」

     冗談めかした言葉に対して、素直に頷くトレーナーさんを見て、思わず微笑んでしまった。
     一緒にお散歩する日を風待ちしながら、私もスプーンを手に取って七草粥を口にする。
     ふわりと口いっぱいに広がる緑風。
     それはどこか、彼の眼差しのように優しい味がした。

  • 9二次元好きの匿名さん25/01/14(火) 01:35:24

    お わ り
    とあるスレでアイディアを頂いて書きました

  • 10二次元好きの匿名さん25/01/14(火) 07:25:48

    ゼファーさんの七草粥とか絶対美味しいやつじゃん

  • 11二次元好きの匿名さん25/01/14(火) 07:46:04

    語彙力がなくてすまないがすごく良い

  • 12125/01/14(火) 18:54:04

    >>10

    ゼファーからはマイナスイオンが出ている

    >>11

    そう言っていただけると幸いです

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