で、ですから、その……お、おはようの……

  • 1◆y6O8WzjYAE25/01/17(金) 20:19:51

    【微睡みへ啄む】

     柔らかな陽光の差す、日和の良いとある一日。
     薄紫の尾を揺らし、足取り軽く前を行く、担当ウマ娘であるメジロマックイーンの後ろをついていく。

    『私、本当に今日という日を楽しみにしておりましたの!』

     年相応……いや、それよりも若干幼く。溌溂とした笑顔を浮かべ、こちらに向きながら喋り掛けてくる。
     後ろを向きながら歩いていると危ないと思うんだけど。

    『ふふっ、すみません』

     歩幅は俺の方が大きいはずなのに、今は彼女に置いて行かれてしまっている。
     それだけ今日が待ち遠しかったという事なのだろうが、放っておけば今にでも走り出してしまいそうだ。
     そうなれば本格的に追いつけない。ここは強制的に足並みを揃えられるようにしよう。

    『と、トレーナーさん? 何故手を握られて……』

     いや、こうでもしないと置いて行かれそうだったから。流石のマックイーンも俺を引きずって走り出すような真似はしないだろう。

    『ええっと、その……悪くありませんわね』

     感触を確かめるように、マックイーンが何度か手を握り返してくる。
     こうやって手を繋いでいると、なんだか親戚の子を預かってるような気分だ。

    『今、失礼な事を考えておられませんか?』

     考えていない。考えていないとも。

    『まあいいですわ。あっ、ほら! 見えてきましたわ!』

  • 2◆y6O8WzjYAE25/01/17(金) 20:20:04

     気付けば目的地に辿り着いており、マックイーンからの追及も避けられた。
     商業施設の中に入り、目的の階までエレベーターで登って。シックな外観をしたお店の前までやってくる。

    『見てくださいませ! スイーツがこんなに……』

     受付を済ませて座席へと案内されている途中、マックイーンが所狭しと並べられたスイーツに瞳を爛々と輝かせる。
     俺達が今日訪れたのはオープンしたばかりで話題のスイーツビュッフェ。
     フランスで修行を積んだパティシエがオーナーでどうのこうの……という話はマックイーンから聞いた。
     それはもう、ここに来る約束をしてからは毎日のように。
     席へと通された後、ひとまず3種類ほどケーキを座席へと持ち帰る。
     多くの種類が食べられるようにか、ひとつひとつのサイズは小さめで。となると当然マックイーンは……。

    『な、なんですか? トレーナーさん?』

     お通し感覚で10種類ほど持ってきた。流石はとあるカフェでマエストロの称号を持つだけはある。

    『し、仕方ないではありませんか! どれも美味しそうだったんですもの!』

     別に悪いとは言ってないんだけど。
     とは言えもはや見慣れた光景なのに、未だに呆気にとられる俺も悪いか。
     しかしいきなり10種類とは……まさか今日だけで全メニューを制覇するつもりなのだろうか……。

    『し、しませんわよ?』

     したいんだな、出来るなら。
     まあ全メニューを食べ切れるかどうかは置いておいて。
     そもそも時間に限りもあるし、早食いでもしないとそんな事は不可能だ。
     マックイーンは特にスイーツに関しては食べる量が多いが、味わって食べる為かペース自体はそこまで速くない。
     そう考えるとあまりにも現実的じゃないだろう。

  • 3◆y6O8WzjYAE25/01/17(金) 20:20:17

    『ええ。ですので30種類ほどにしようかと』

     このお店の最速メニュー制覇でも狙っているのだろうか。パーマーもビックリの大逃げっぷりだと思う、そのペースは。
     そんなに焦らなくてもまた機会があれば連れて来るのに。

    『本当ですか!?』

     日頃何を食べたかちゃんと報告してくれるとは言え、この手の場所ではブレーキ役も必要だろう。
     流石にまた来週、みたいなペースは駄目だけど。

    『ふふっ♪ ええ、構いません♪』

     そんなにここのスイーツが食べられる事が嬉しいのだろうか……とフランボワーズのケーキをひとくち口に運んだが確かに美味しい。
     マックイーンの喜びようにも頷けるというものだ。

    「見てくださいませ、生クリームが織り成す魅惑の螺旋……こんなにも乙女を魅了するんですもの……仕方ありませんわよね……」

     スイーツビュッフェであるとはいえ、日頃制限を掛けているため罪悪感があるのだろうか。食べる前に逐一こちらにリポートしてくれる。
     その後も各々好みのスイーツを楽しんで──。
     当然ではあるのだが、俺よりもマックイーンの方が量を食べる。それが何を意味するか。それは……。

    『あまり見つめられると食べ辛いですわ……?』

     どんなに頑張っても俺の方が先に満足するまで食べ終えて、マックイーンが食べる様子を眺めるだけの時間が発生するという事だ。
     とはいえそれ自体が退屈な訳じゃない。
     品のいい食べ方をするし、何よりもスイーツを口に運ぶごとにそれはもう満面の笑みを浮かべる。
     食べる前にリポートしてくれることも合わさって、食べ歩きロケでもしたら人気になること間違いなしだろう。

  • 4◆y6O8WzjYAE25/01/17(金) 20:20:29

    『流石にそれは買い被り過ぎですわよ? 私が食べている姿だけ見ていてもあまり面白いものではないでしょう?』

     そんな事はないと思うのだが。現に俺は楽しいし。出来ることならずっと見ていたい。

    『ず、ずっとですか?』

     そう、ずっと。きっと大きくなっても同じように可愛らしい笑顔を浮かべ、見てるこちらまで幸せになるような食べっぷりを披露してくれそうだから。

    『そ、そうですか……』

     流石のマックイーンもお腹いっぱいになり始めたのか、ペースが少し落ち始めた。
     はじめは30種類は食べたいと意気込んでいたが、少し届かないくらいの量で食べ終えるだろう。
     その予想通り、25種類くらいで満足したようだ。まあ、それでも十分多いが。
     時間的にもぴったりくらいで、全メニュー制覇までの道のりはもう少し掛かるだろう。

    『その、本当に付き合っていただけるのですか?』

     色々と日々のメニューを調整しなくちゃいけないが、出来ないことはない。
     それにまた連れて来ると言い出したのは俺だ。男に二言はない。

    『……では、またよろしくお願い致しますわね?』

     望むところだ。俺としても今日食べたもの以外も食べてみたいし、何もマックイーンの為だけという訳でもない。
     今日はそのまま解散……とはいかず、近場のテーマパークにぶらりと立ち寄り。
     流石に絶叫系マシンは胃袋の中身が心配なので観覧車に二人で乗る。

  • 5◆y6O8WzjYAE25/01/17(金) 20:20:43

    『その……今日はとても楽しかったですわ』

     傾き始めた日に照らされているからか、マックイーンの頬が少し赤い。
     そのままもじもじしていたかと思うと、次第に顔が近付いてきた。
     ……いや。いやいやいやいやいや。いくらなんでも急展開過ぎる。
     大体この時にキスをするのはおかしい。初めてキスをしたのは確かに観覧車の中だが、今日ではなかったはずだ。
     今日はスイーツを食べた後、お屋敷まで送り届けて解散。そんな流れだったはず。
     となるとなんで今日観覧車に乗っているんだ?
     ここのテーマパークは確かマックイーンがトレセン学園を卒業してから行ったはずだろう。
     しかもここはメジロブライトのお父さんが経営しているところだし、今日行ったスイーツビュッフェの後立ち寄るのは不可能だ。
     というかそもそもなんでこの先の事を知ってるんだ俺は?
     しかしそんな逡巡する暇すら与えてはくれない。近付いてくるマックイーンとの距離が、遂には埋められて──。

    「待ってくれ、マックイーン……キスにはまだ……早い……」
    「は、早い!? 夜にすればいいんですの!?」
    「いや、違う……」

     唐突に、目の前の彼女からではなく、外の世界からマックイーンの声が響いてきた。その拍子に、目の前の景色は霧散していく。
     ……身体を包んでいるのは柔らかな毛布の感触。
     ベッドは体重を優しく支えてくれていて、借りている部屋のものとは比べ物にならない。
     自身の体温で程よく暖まった空間をしばらく堪能して。

    「ようやくお目覚めですか?」

     目を開いて最初に飛び込んで来たマックイーンの顔は、先程まで見ていた彼女よりも少々大人びていた。
     幼さの残っていた顔立ちはすっかり美人になり、屈みながらこちらを覗く姿勢でもいくらか身長が伸びているのが分かる。

  • 6◆y6O8WzjYAE25/01/17(金) 20:20:58

    「マックイーンが大きくなった……」
    「そんな事ありませんわ!? 今日の為に私、どれだけスイーツを我慢してきた事か……」

     いや、太ったと言いたい訳ではなく、身長が伸びたと言いたかったのだが。
     その証拠と言わんばかりにむくりと上半身だけ起き上がり、彼女の背中に腕を回す。
     力強く抱き締めれば折れてしまうのではないかという細さで、けれどそれでいてしなやか。
     肌触りのいい洋服が心地よく、思わず胸元に顔を埋めてしまう。

    「いい匂いがする……」

     服からほのかに漂うポタージュの香り。優しい匂いに身を委ねると、再び睡魔が襲って来そうだ。
     ああ……このままマックイーンを抱き枕にもう一度眠られたら、最高に気持ちいい事だろう……。

    「今日は私も朝食の準備を手伝いましたので……ではなく! もぅ! まだ寝ぼけているんですの!?」

     しかし強引に引き剥がされてしまい、その望みが叶うことはない。心地いい微睡みは続かず、代わりに意識は明瞭になっていく。

    「そろそろ起きてくださいまし。先日オープンしたカフェに行く約束でしょう?」
    「……ああ、覚えてるよ。ふわ〜ぁ……」

     呆れるように腕が組まれ、左の薬指に輝くふたつの煌めきが、夢から覚めたことを告げてくる。
     ……そうだった。週末ということでトレセン学園近くに借りている部屋から、マックイーンの住むお屋敷へと帰ってきており。
     今日は休日という事もあって、最近オープンしたカフェへと行く約束をしていた。
     そのお店はお世辞にも交通の便がいい立地とは言い辛く、余程味に自信があるのだろうと。二人で話していたのが昨日の夜の話だ。
     きっとそんな話をしていたからだろう。今日見た夢が、昔二人でオープンしたばかりのスイーツビュッフェに行った時の事だったのは。

  • 7◆y6O8WzjYAE25/01/17(金) 20:21:11

    「おはよう、マックイーン」
    「おはようございます。先程も申しましたが、今日の朝食は私も手伝ったのです。冷めないうちに召し上がっていただきたいですわ?」

     普段の朝食は使用人の方が作ってくれているが、たまにマックイーンが手伝っている事もある。
     なんでも料理を俺に振る舞う機会が中々取れないから、というのはじいやさんから聞いた。

    「もぅ……今日はいつにも増して寝坊助さんでしたわね? 何かいい夢でも見ておられたのですか?」
    「まあ、ちょっとね。懐かしい夢を」
    「どんな夢だったか、聞いてもよろしくて?」

     眠気覚ましにも丁度いいだろう。ベッドに腰掛けたマックイーンへと、覚えている限りの内容を話す。
     と言ってもほとんど過去の記憶と変わらない、マックイーンも知っている内容だが。

    「ありましたわね、そんな事」
    「あの後1ヶ月で制覇したんだっけ」
    「2ヶ月です! それは日々のスイーツを我慢する事を前提に提示されたメニューの方ですわ!?」

     よく覚えてるな。もしかしたら夢の内容も案外いい加減な部分もあったんじゃないだろうか。
     ああ、そうだ。いい加減と言えば。

  • 8◆y6O8WzjYAE25/01/17(金) 20:21:23

    「ああ、あとさ。あの時はそのままマックイーンを送って解散したでしょ?」
    「ええ、そのはずですわ」
    「俺の夢ってばいい加減でさ。その後君が学園を卒業した後のデートまでくっつけちゃってて」
    「いつのデートですか?」
    「君が卒業してから3回目の時」

     そう言った途端、見る見る内にマックイーンの顔が朱に染まっていく。
     いや、思い出すだけでそんなに恥ずかしくなるようなデートだっただろうか。ごくごく普通の遊園地デートだった気がするんだが……。

    「し、してませんわよ?」
    「俺、まだ何も言ってないけど」

     してない? 何を?

    「俺が寝てる間に一体何を……?」
    「で、ですから、その……お、おはようの……」

     ……ああ、なるほど。何をしたのか大体わかった。
     多分夢がごちゃ混ぜになったのもそのせいだろう。いや、そのせいという事にしておく。

    「覚えてないからもう一回して欲しいな」
    「少し覚えているではありませんか!」
    「いや、本当に覚えてない。覚えてないから何をしたのか教えてくれないかな?」
    「そのっ……も、もぅ! いじわるですわ!」

  • 9◆y6O8WzjYAE25/01/17(金) 20:21:35

     別にこれが初めてという訳でもないのに。
     いつになっても初々しい反応をしてくれるのだから、愛おしくて堪らない。
     しかしこの様子だとマックイーンの口から教えてくれる事はなさそうだ。だったら──。

    「そっか……じゃあ」
    「じゃあ、ではありませんわ!?」

     肩を掴み、顔を寄せ。答え合わせをしに行こう。
     身を捩り、少しばかりの抵抗を示してくるが、そもそも振り解こうと思えば簡単に出来るはずだ。
     実際抱き枕にしようとした時は振り解いてきたのだから。
     そうして覚悟を決めたのか、瞳がギュッと閉じられる。が、妙案が浮かんだのかすぐさまその瞳が開いた──。

    「そうですわ! 朝食が冷めてしまいますから!」

     ──ものの。こちらとて急には止まれない。開かれた瞳の色はすぐに驚愕に変わった。

    「だから待っ──」

     瞳を閉じる前に見えた景色は、夢の中より遥かに綺麗で。微睡みへ溶けてしまった感触に、愛おしむように啄んだ。

  • 10◆y6O8WzjYAE25/01/17(金) 20:21:47

    みたいな話が読みたいので誰か書いてください。

  • 11◆y6O8WzjYAE25/01/17(金) 20:22:01

    抑えきれないキュートアグレッション

  • 12二次元好きの匿名さん25/01/17(金) 20:22:06

    >>10

    もうそこにありますね

  • 13二次元好きの匿名さん25/01/17(金) 20:22:31

    なんだこれはこんなマックイーンなんて僕のデータには…

  • 14二次元好きの匿名さん25/01/17(金) 20:22:38

    めちゃくちゃいいぞ!

  • 15二次元好きの匿名さん25/01/17(金) 20:39:14

    マックイーンとかいうなんでもこなせる名優好き、何やらしても最高だもんなマックイーン……パーフェクトだスレ主

  • 16二次元好きの匿名さん25/01/17(金) 21:06:56

    年相応にはしゃぐマックイーンはいつ見てもいいものだ
    そして大人になってもツッコミ属性が隠しきれないマックイーンめっちゃ可愛いな

  • 17二次元好きの匿名さん25/01/17(金) 21:12:06

    良い……とても

  • 18◆y6O8WzjYAE25/01/18(土) 00:05:35

    タイトルが最初に決まってたのでこの展開が一番似合う子だーれだ、という事でマックちゃんでのお話でした
    マックちゃんには高等部になる頃には身長伸びて美人になってて欲しいし自分で自分のことを乙女と言えちゃう系の女の子でもあるのでいつまでも初心なままでいて欲しい
    ついでにブライト共々キュートアグレッションが発動してしまう寄りの子かもしれない……

    ここまで読んでいただきありがとうございました

  • 19◆y6O8WzjYAE25/01/18(土) 00:07:00
    これからも。よろしくお願いいたしますね、トレーナーさん|あにまん掲示板【割れたガラスは永遠を咲かせる】 5月29日。東京レース場。 ウマ娘であるならば、トレーナーであるならば。誰もが憧れる日本ダービーという特別なレース。 その最後の直線に差し掛かり、スタンドから伝わって…bbs.animanch.com
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    前作です

    pixivで全4万文字とか表示されていたので読む方は覚悟して読んでください

  • 20◆y6O8WzjYAE25/01/18(土) 00:11:03

    >>13

    データキャラやめちまえ!


    >>15

    マックちゃんはキャラの度量が大きすぎるのであまりにも腕を誤魔化せてしまう

    悔しい


    >>16

    ブレーキ役が他にいると割とはしゃぐタイプなんですよね、マックちゃん

    メジロ家の集まり然り、トレーナーが同伴してる時然り

スレッドは1/18 12:11頃に落ちます

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