【噺注意】死神

  • 1掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:07:49

    ……宜しくお頼み申します。掛茶屋紐町でございます。

    近頃特に学園で、はい、寿退職と言うんですか、ご結婚なさって、ええ……お仕事辞められたり、いや私は続けると、仕事はそのまま、惚気が酷くなったり……ええ、ええ。困ったものですね、そんなね、結婚するための場所では無いと言うんですが……はい?……ええ、うちの亭主も同じですよ。

    このところ学園に流行るものといえば、寝込みの襲撃、トレーナー攫い、外泊届の承認書、年末年始はよくかかり気味のウマ娘もバタバタと、惚気騒ぎもあちこちで。

    私周りにおきましても、はい…いや、悪いことでは無いものですが、やっぱり騒々しいのは性に合いませんので……静かな所に二人して居たいものですけど。
    私の憩いの場に土足でのさばり続ける何某にもですね……ええ、ええ……良い機会ですから、一つ陳謝して反省の念を聞かせていただきたいですね……。

    ……世俗一般生きる上に何がしか、欲しくなるものなんて限りはありませんね。けれどもこれを上手いこと気をつけないと怖い、というお話でして……

  • 2掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:08:49

    「嗚呼嗚呼、この頃の暮らしはちっとも上手く周りゃしねぇ。ほんの暫くの銭ころに困る始末、家に居りゃぁ金がねぇ稼がねぇだのとガチャガチャ言われるし、なら外行ったって金は貸しちゃくれねぇしよ、はぁあ、なんだってこんな毎日なもんかねぇ
    ……あれっ、こんな所まで来ちまったか。ここの川はこんなに深くなっちまって、ああそうだ、いっそここからどぼんと行っちまおうかな」

    「やめとけよ」

    「へっ…なんだ、誰だ。誰が止めてやがるんだ」

    「やめとけよ」
    「なんだってんだちくしょう!どこのどいつが言ってやがるんだか知らねぇがな、こそこそ何だかんだ言ってねぇで……」
    「ここにいるじゃねぇかよ」
    「あっ!?」

    不意にいつの間にやらひょっと出てきた男、見れば歳は八十以上にもなろうかという老人、頭と髭とが白い、墨色の着物の前をはだけて、浮き出た肋骨一本一本数えられる様な、痩せっこけたじいさんで。

    「やめとけよ、お前さん死にゃしねぇんだから」
    「なんだいいきなり、おめぇさん誰だい」
    「俺ぁな、死神だよ」
    「ひっ!?
    あぁ嫌だ嫌だ、なんだか普段は思ったこともないのに、急に死にたくなったんだ。さてはてめぇの仕業だな?ほっといてくれよ」

  • 3掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:10:24

    「へっへっへ、まぁまぁそう邪険にすんでねぇや。枠順抽選会みてぇにな、順番ってモンがあるだろ?お前にはまだまだ命が残ってんだ。人間な、そういうのは死のうたって死なねえようになってんだよ」
    「えっ……じゃ、じゃあ俺ぁ、こっから落っこちたってそのままなのかい、助かっちまうのかい」
    「あぁあぁそうさ、死にきれねえよ、ヒシミラクルみてぇに流れ着いて終わりだよ」
    「じゃあどうしろってんだ、俺ぁ銭だって仕事だってありゃしねぇんだ、しょうがねぇんだよ、なんの意味だって無くてよ」
    男が自棄気味にその場から立ち去ろうとしましたら、死神は慌てる風でもなく続けまして、
    「おぉおぉ、そんなら良いのがあるぜ。
    お前さん、医者やれよ」
    「え、医者?」

    「いいか、長ぇこと患っている病人には死神が憑く。足元に座ってんなら治るさ、まだお迎えじゃねぇよ。
    逆に頭の方に死神が座ってるのはもうダメだ。寿命がねぇんだから手をつけちゃぁならねぇ。もし枕元に死神が座ってたら、これは寿命だから諦めろと言いな。
    逆に足元にいたらな、呪文を唱えんだ、そしたらスっと死神が離れてもう元気全開さ」
    「呪文てのはなんだ」
    「ま、ま、慌てんな。いいか、「『アジャラカモクレン、準備室、不法占拠をやめろ、テケレッツノパー』、こう言って手を二回叩く、そんだけだ」
    「えぇっと、『アジャラカモクレン、準備室、不法占拠をやめろ、テケレッツノパー』

    パン、パンッ

    でいいのかい?
    あれっ、あれ?あぁ、呪文を唱えたから消えちまったんだな、こりゃぁいい事を教わった」

  • 4掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:12:28

    そうして男は帰っていざ医者をやろうとし始めた訳ですが…医者の始め方なんてものは分かりませんで、手近な板に『医者』なんて書いて提げておきましたら、数時間いたしました時に

    ドンドンドン

    と戸を叩く音がしまして…。

    「ごめんください、ごめんください、お医者様でいらっしゃいますか」
    「はあ、いかにも医者ですが」
    「手前、日本橋の商家の手代でございます。あぁ実は、主人が長いこと病で倒れてございまして、色々な先生方に診て頂きましたが、誰も彼も匙を投げてしまわれたもので。どうにかならないかと今お伺い致しましたんです」
    「えぇえぇ、ようござんす、お伺いいたしましょう、お連れ願います」

    「お邪魔いたします、ああこちらが旦那様で、あぁこりゃ目に見えてひどいもんだ、この調子でもう何日も寝てらっしゃる」
    「はい、はい。もう何日もお食事もなされずにこの様子でして」
    はあ、それは大変だと。さて死神が何処に居るのか探してみますと……これは足元、足元に居ります。使用人という風な見た目でもない、第一そんなのがいればまあ、風評に関わります、そんな見てくれの者です。

    「あ、あぁ、大丈夫、こりゃ治りますよ、問題ないです」
    「あいや、本当で?しかし、どの先生もこれはだめと」
    「いえいえ大丈夫、大丈夫です、
    『アジャラカモクレン、準備室、不法占拠をやめろ、テケレッツノパー』」

    パン、パンと手を叩きますとヒョッと死神が立ち消えまして、はっと血色を良くした商家の大旦那、

    「おぉい、こりゃすっかりだ。おい、茶を持ってきてくれ。腹も減ったな、鰹を一匹貰ってこい、鰻も食いたいな」

    このように言うものですから手代もたまげた様子、

    「あぁしかし、病み上がりで……」
    「ああいいんです、いいんです。好きに食べさしてやんなさい」
    「はぁぁ……先生、本当に、本当にありがとうございます。さ、さ。お代はあちらの方で支払わせて頂きますので」
    「おぉう、そうかい、お代を貰える。やあやあありがとうございます、ありがとうございますねぇ」

  • 5掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:13:32

    ……とまあ、これが評判になりまして、実にあっちからもこっちから引く手数多の名医様。しかもいい具合いに死神が足元にいるもので、呪文を唱えて手を打つとスッと消えちまって、患者はたちまち元気になる。
    枕元にいるときはいる時で、『これはもうお諦めなさい』と言うとその通りになるんでそれまた評判を呼ぶ。
    そうこうして噂が噂を呼んで大盛況のある日、人に言えば立ち所に分かるような、んん…今で言えばメジロ家の方々のような大金持ちのお家から、当主が倒れたと言われまして駆けつけます…

    「先生、先生。うちの旦那様、ご当主さまは治るもんでしょうか」

    「いやいや、心配要らないよ。さてはて、観さして貰いますよ、死神はいずこに……」

    と探しました所、これはなんともマの悪いこと。

    「あぁ、あぁ。枕元に、ありゃ死神じゃねえの。いやがるよ。ああこりゃいけねぇ、いやこんな立派なお屋敷のお人だ、たんまり貰えるんだろうが……だめだ、こりゃ寿命だよ」
    「寿命って、先生!お願いしますよ。ひと月でも延びてくれたら、延びてくだすったらね、お仕事のお代に三千両お差しあげしますよ」
    「三千両!そんなのは見たことも聞いたこともありゃしねぇよ」

    三千両は、まあお金の価値は時代で変動しますが…だいたい秋の天皇賞を勝ったらそのくらい貰えますね…

    「三千両、あいやしかし、これは……」
    「お願い申します、お金はいくらでもお目をつけませんから」

    「いやあこんな、そりゃあやってやりたいが、うぅむ、だってなぁ、枕元にいやがるんだもんな、逆ならいいのに、逆なら……」

    うんうんとうなりづめて、ようやっとこう考えつきました、

    「そうだ、替えちまえばいいんだ」
    「ああっとね、このお屋敷に良く連携できる人はいないかね。四人くらいいると有難いんだがね、そいつら病人の寝ている四隅に行ってもらって、グルっと一斉に布団を持ち上げて足と頭の場所を入れ替えて欲しいんだが、出来るかい?それが出来りゃ、旦那さんも助かる。頼まれちゃくれませんか」

  • 6掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:14:24

    そうしてどうにかぐるりと布団を回しまして…そうしますと足元は枕元に、枕元は足元に替わります。
    そう致しますと男は隙を見て、
    『アジャラカモクレン、準備室、不法占拠をやめろ、テケレッツノパー』」

    パン、パン。

    と二回叩きますと、さて驚きました死神、

    「ありゃ、ありゃ?おいおい、足元に居るじゃねぇか!」

    しゅっ、と慌てて消えてしまいまして。そうしましたら病人はたちまち容態が変わるというわけで、

    「ああ、あ!ありがとう存じました、はぁよかったよかった、うちも今しばらく安泰です」
    「ああ治った、良かった、そいじゃお代の方、お先貰えるだけ、ええ、今持って行けるだけ貰いますからね」

    なんだくだらない、こんなことでやってられるんじゃないかと…男は得意げな様子で…やったやったとお袖を振りながら帰っておりますと、低い声が掛かります…

    「おい、おい。お前」
    「えっ……あ、あ。こりゃあ死神さん、どうもお久しぶりで」

    居ましたのは件の死神です…

    「あぁその節はありがとうありがとう、アンタのおかげで色々と上手くいかせてもらったよ本当に!医者んなってな、さっきもとんだ大儲けだ」
    「言うんでねぇよ、あんなバカな真似をしやがって……あれは俺だよ」

    なんと、先だっての枕元のはあの死神だったわけです……。

    「あぁ、え、それじゃあなんでぇ、アソコにいた死神、ありゃあんたさんだったんで?えッへへへ、そりゃあ申し訳ない事をしちまった。ああすまねえすまねえ、いやあね、死神てぇのは皆同じ姿だもんで、そりゃまさかあなたとは思わなかったんだよな」
    「ッたく……おめぇな、何であんな事をしやがった?……おめぇはな、絶ッッッッ対にやっちゃならねぇことをしちまったんだ……
    人の命には決まりッてもんがあんだよ……それをおめぇは」

  • 7掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:15:40

    前の調子とは違っておりまして…まるで刺すように低く冷たい声ですので、流石の男もじわじわ、キモが冷えて来ます……

    「お、おいおいやめてくれ、俺たちの仲じゃあねぇかよ」
    「おめぇさんなぁ、どう云う了見か知らねぇが…いいさな、そういう欲をかく人間がどうなっちまうのか知らねぇんだもんなぁ…」
    「有マで大外に入れられるんですか」
    「そうそう真っピンクの枠に入れられちまってトラックバイアス
    違ぇよ

    お前さんみたいな欲張りな人間がどういう目を見るのか教えてやるさ」

    ガンッ

    と杖を突きましたら、ふと周りはさっきまでの町通りとはまるで違った、気味の悪い洞窟の中でございます……

    「なんです、ここは、周りがロウソクだらけだ」
    「おう、ここのは皆人の命さ」
    「おお、そうか、ああこりゃ長い、長生きなロウソクだね、ああこっちのは短い、歳食っちまってるんだね、……あ、ちょいとちょいと、ここにおそろしくロウが溜まって暗くなってるのが」
    「そういうのが病人さ、それはまっつぐ立てば良くなるんだ」
    「へえ、へぇ……あぁ、ちょっと!ここにひとつ、今にも消えちまいそうなのが、ああこりゃ随分短くなって……」

    「そりゃあお前の命だ」

    「……は?」
    「だから、お前の残りの命だよ」
    「いや、いや、だ、だってこれ、こらゃ、今にも消えそうじゃないか」
    「消えそうだな。消えたら命はない。もうじき終わりだよ」

  • 8掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:17:52

    「お、脅そうたって、そうはいかねぇよ。だってお前さん、初めて会った時に、俺にはまだ命があるって、そう言ったじゃないか、よせ、よせ、よしてくれ!」
    「あーあ、そりゃな、お前ぇの本来の寿命はこっちにある。この長いのだな。
    長く威勢良く燃えているこいつが、お前の寿命だ。

    それなのに、お前ぇは金に目が眩んで、寿命を取っ替えたんだ、さっきの大旦那の、中山の直線みてぇなロウソクとな。布団と一緒にグルっとだ」
    「そんな、そんな、やだよ、待ってくれ、待ってくれよ、仕方ない、仕方ないだろう、そりゃよ、人間ならそうだろう、

    こんな、こんな良いもん貰っちまったらそうなるじゃねぇか、こうなったのはよ、アンタのせいだろうよ!」
    「おーおー、調子のいいこったなぁ。そんならちょいと……ほれ、ここに新しいのがある。これとその消えかかっているロウソクをな、火を繋いでみろ。上手く繋がれば助かるさ」

    「わかった、わかった、やらせてくれ、やるよ、やる」

    涙ながらに礼を言って、ロウソクを受け取ると、消えかけの火を灯そうとしても……短いところにかけるので、なかなか上手くいかない。

    「早くしないと消えちまうよ」
    「きえ、消えるったって、なかなか点かねぇんだよ、仕方ねぇだろうが」

    ……どうにかこうにか、先の方が触れて、火を移せるかという所でも、手がブルブルと震えて、まるで出来ない。

    「どうした、何を震える。震えると消えるよ」
    「そ、そんな事言ったって、身体の野郎が勝手に震えるんだからしょうがねえじゃねえか」

  • 9掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:19:48

    「震えると消えるよ。消えると死ぬよ」
    「黙ってておくれよ!お前さんが消える消えるって喧しくて、尚更こっちは震えて上手くいかねえんだ!」

    たら、たら、と……気の所為か汗も垂れて、手の震えもさっきよりもずっと、酷くなってまいります……。

    「なあ、なあ、頼む、頼むよ。頼むから何か、何か座ったりなんなりさせて、落ち着かせてくれよ」
    「その次は何を頼むつもりだ、えぇ?

    風が吹くから家の中にしてくれとか、汗が滴るから汗のかかない冬にしてくれとでも言うつもりかい?時は今なんだ、で、場所はここなんだだよ。お前さん、不満に思ってるかもしれねぇけどよ、事故だの急病だので死んじまう輩よりずっと幸運だと思わなきゃならねぇよ。
    フフフフフ……ほら早く。もうすぐ消えちまう。消えちまうよ」

  • 10掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:20:37

    「点け、点け、点いてくれ、くそ、くそ、ちくしょう、点け!」

    「消えちまう、消えちまうよ。死ぬよ、死ぬぜ。ほら、もう消えちまうよ。フフ、フフフフフ……」
    「あぁ、消える、消え、あぁぁ……あ……、

    点いた…、点いた、点いた!
    点いたぞ、バカ、こん野郎!やったぞ、俺ぁやったんだ!やった!」

    「おうおう、おめでとう。無事に掴み取ったらしいな、うん、うん。立派なこった、めでてぇめでてぇ。
    で、だけどもなぁ。



    ────お前さん、ロウソク握った手、そんなに動かして大丈夫かよ」

    「えっ」

  • 11掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:20:50

    あ、ぁ、


    火が



    火が、消え




    ………」





    どさり。







    「ほぉら、消えちまった」

  • 12掛茶屋紐町25/01/18(土) 02:21:16

    【終幕】

    お付き合い頂き恐縮です

  • 13二次元好きの匿名さん25/01/18(土) 03:33:57

    落語カフェ!?

  • 14二次元好きの匿名さん25/01/18(土) 03:35:45

    口上じゃなく倒れて幕を引く唯一の噺なんだよね

  • 15二次元好きの匿名さん25/01/18(土) 03:44:44

    呪文がちゃんとカフェ仕様になってるの細かい

  • 16二次元好きの匿名さん25/01/18(土) 07:29:15

    主人公が武家じゃないから脱いだり脱がなかったりする羽織を脱ぐ所作が見られるんだよね

  • 17二次元好きの匿名さん25/01/18(土) 08:16:14

    女優じゃなくて噺家だった世界のカフェ
    カフェのべらんめぇ口調は貴重だわ

  • 18二次元好きの匿名さん25/01/18(土) 10:36:40

    >>13

    というか噺家カフェ?

  • 19二次元好きの匿名さん25/01/18(土) 10:47:02

    多分カフェに一番似合う題目だよね

  • 20二次元好きの匿名さん25/01/18(土) 10:48:15

    死神はウマ娘でよくネタにされているよね
    それぞれ違う人が書いているのを3つくらい読んだことがある
    あにまんでも昔に見た記憶があるし

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