- 1敷座家杏灯25/01/20(月) 00:37:18
- 2敷座家杏灯25/01/20(月) 00:37:48
ああそこの方、先日はどうもお世話様です、よばれましたよ大福餅、いいお味でした。ほんとですほんと。
あ、そちらの方も先日お世話様です、お羊羹いただきまして。つるんとしてて良いお加減でした。
あぁあちらの方はたい焼きですね、心憎いくらいに温かくて美味しかったです~。菱家の先達がほとんど平らげてしまってましたけれど。
いや、どれもありがたくて美味しくてほんとにほんとに、ね。小豆育てたお土さんにお礼参り行きたいな思いました、あはは。お宅のお子さんら偉いまめまめしい様子でお仕事してますよ、なんて。
皆さん自立なさってる方多いと思いますけどもね、そうしてお人のご厚意に助けられることも多いものですよねえ。
とりわけ私もこんなお仕事させてもらってますんで、ものよばれに預かることも多いですけれど。人のお世話になることまあ多いこと多いこと。
けれどもそんな善意ばかりが人の心じゃあありませんねぇ。 - 3敷座家杏灯25/01/20(月) 00:39:27
────お時は明治の頃。今と違って随分暗くて、それでいて物騒な物頃やったと聞き及んでおります。
ある晩の頃、さる大きな商店の手代が得意先から集金した大金の入った財布を持って帰る途中、道の角に一人男が潜んでおりました。
この男は同じような手口で何べんも盗みを働いておりますが、人が来る時、またはまあ、すれ違いざまにドンッとぶつかって来まして、手代は懐の大事な財布を盗まれてしもうたんですな。すぐに近くの交番に駆け込みます。
ガラガラガラッ
「ああちょいと、お巡りさん、夜分遅うごめん下され」
「ごめん言われるんならおかえり願えますか」
「あぁ失礼いたしました、それではこれで……ちゃいますわ、夜分遅く申し訳ありまへんけど取次願えますか」
「いえいえこちらこそとんでもございません、どないしました」
「その所の川に掛かる橋で、主人の金を、三百円はある財布をね、スられましたさかいに、どうかお助けください」
「えらいこっちゃ、直ぐに致しましょ」 - 4敷座家杏灯25/01/20(月) 00:41:17
この巡査が間もなく本署に連絡を渡しまして、たちまち一帯非常線の敷かれる所になりました。
「ああそこの方、今本署に電信打ちまして、もういちどしましたらね、きっと捕まりまっさかいに」
「ありがとうございます、いやしかしやられてもうた」
さてさて手代はほっと胸撫で下ろしたところですが、盗人の方はそうもいきません。何しろ先程から目につく所々の交番のお巡りが見えなくなりまして、
「あぁ、こらしもうた。さっさと逃げたら良かったもんを、さては非常線が張られて来るな」
ちぇっ、と舌打ちしまして、男目はいいので逐一人の目の居ないところを縫ってまいりました。
「全く、なんでこんなけったいな道なんて通らなならんねん」
と悪態つきながら逃れてゆきます、盗みなんてした自分があかんのにね。ほんまに。
皆はやったらあかんで。
「しかしこらどうしたもんや、何とかして静かな所まで行かなならんが、ああでもこんな夜道に歩いとるんは怪しいもん言うてるみたいやしなぁ。かといって街まで行ってもうたら、今度はこっちがスられてまうかもしれへんし」 - 5敷座家杏灯25/01/20(月) 00:42:24
きょろきょろ、辺りをはばかりながら怪しまれない程度に目を動かして見回っておりましたら、橋の脇で荷解きして、今まさしく商売をしているうどん屋が一人。
男はハッとしました。
「そうだ、そうだ。あのうどん屋に一丁手ぇ貸してもらおや。うん、それがええ」
暖簾の向こうのうどん屋からすると、慌てた様子で男がやって参ります。
「ああちょいと兄ちゃん、兄ちゃん」
「はい、どないしました」
「わしぁ近くで呑んどったもんやけどな、ちっとばかり喧嘩しよったら向こうさん、七、八人も加勢呼びはったんやわ。こりゃたまらんとここいらまで逃げて来てな」
「六人までやったら大丈夫やったんですか」
「そやな、六人までならまあこんな具合に、ちゃうねん!
そんでな、礼は弾むから、兄ちゃんの服をそっくり交換して、屋台荷担がせて安全なところまで行かせてくれへんやろか」 - 6敷座家杏灯25/01/20(月) 00:44:12
「すんません、もう一度願えますか」
「あぁ、えっとな、礼はさしてもらうから、兄ちゃんの服と屋台と貸してもろて、安全な所まで行かしてもらえへんかな」
「すんません、もう一度頼んます」
「ほんまに聞こえてへんのかいな。どっから言えばええんや」
「礼は弾むから兄ちゃんの服をそっくり交換して屋台荷担がせて安全なところまで行かせてくれへんやろか、から後が聞こえまへんわ」
「全部聞こえとるやないけ!しかもその後言うとらへんわ」
「ああ、せやったんですね。なんか言われてるか思いましたわ。
せやけどしゃあない、お互い様や言いますからね。但しこっちも商売やっとるんですから、荷物はなるだけ早いとこ返してもらんと困りますわ」
「いや、おおきにおおきに、助かったわ」
そんなことで話がつきまして、男はうどん屋にすっかり扮して、屋台を担いで引っ張って行く訳でございます。
運がいいのかそこまで何か咎められることはなく、橋を渡って町を超えて、もうしばらくして歩きに歩いて一里する頃でございます。
さすがにその頃にも差し掛かりますとうどん屋も段々と人気も無くなってきまして、商売にならんやの、早う返してくれませんか、やの口口に言い始めますが、男は何とか言いくるめてそのままずかずか進んで行きました。 - 7敷座家杏灯25/01/20(月) 00:45:15
一里と言うと大体4キロメートルですね、皆さんが徒歩で1時間弱くらいになるでしょうかね。
やっと寂しげな辺りに着きまして、荷をどっかりと置きまして、息をふーっと着いては、男は
「や、おおきに、いや、実はさっきの喧嘩は嘘でな、さっき通り掛かりの男から財布を盗んだんやが、あの様子やとすぐに交番へ駆け込まれたんや。
手配されたら一帯に非常線が張られるやろから、兄ちゃんに衣貸してもろて、うどん屋に化けて非常線を突破したんや」
とつらつらと白状致します。うどん屋は黙ってうんうん、とそれを聞いております。
「まあせやけど川ぁ渡ってここまで来れば、まあまあもう大丈夫だろうから、な。これはお返ししとくさかいに。
それからこれはほんのお礼や、とっといて」
と借りていた着物と屋台荷を返しまして、礼として五円ばかりを差し出しました。
ところがうどん屋、衣は貰いましたが金は突っぱねまして。
「そんな金なんぞもらうわけには行きまへん。その代わりにね、うちも商売やっとりますんで、うどんを一杯食ってやってくださいな」 - 8敷座家杏灯25/01/20(月) 00:45:51
ときっぱり。いやしかしこんな度胸はようあるもんですねぇ。
「や、や、わしぁうどんは嫌いなんや。そんなミミズみたいなもん食われへんがな」
なんとこの男、うどんが大の苦手でございました。
「そんなこと言わないで、一杯は、ね、食っておくんな」
「いいや、食わん。ええから金貰ってくれ」
「いやいや何としても一杯だけでも、ねぇ」
「そんなもん食えるか」
「いいや一杯食ってよ」
「嫌だ」
肩やら腕やら、どんどんと押し合い問答を繰り返しとりましたが、とうとう何十度目かの問答になり、
「いいやお客さん、どうしても食わせたりますからね」
バシッ
とうどん屋がこうして男の胸倉を掴みます、
「おい、何してくれんねん!」
突然に満身の力と言わんばかりの強さで掴み掛かられましたらたまらず泥棒も呻きます、としましたところうどん屋がバサッ、と羽織ものを取っ払いまして、 - 9敷座家杏灯25/01/20(月) 00:46:16
「わしぁ刑事や、堪忍しぃ」
「あぁあ、ほんまに一杯食わせよったわ」 - 10敷座家杏灯25/01/20(月) 00:46:42
【終幕】
おあとがよろしいようで
(お付き合い頂き恐縮です) - 11二次元好きの匿名さん25/01/20(月) 01:13:48
噺家ダンツだ!!!!!!!
- 12二次元好きの匿名さん25/01/20(月) 01:26:08
乙
刑事さんも刑事さんで副業しとるやん - 13二次元好きの匿名さん25/01/20(月) 01:34:23
- 14二次元好きの匿名さん25/01/20(月) 02:13:12
- 15二次元好きの匿名さん25/01/20(月) 02:19:17
- 16二次元好きの匿名さん25/01/20(月) 02:44:04
お昼にうどん食べた自分になんともタイムリーな噺スレ
楽しませていただきました、ありがとうございます - 17二次元好きの匿名さん25/01/20(月) 08:39:44
韓国の映画だかで、チキン売る店に擬装して張り込んでたら人気店になっちゃったみたいな作品があった記憶がある
- 18二次元好きの匿名さん25/01/20(月) 14:05:25
出囃子が追加されてる!
- 19二次元好きの匿名さん25/01/20(月) 19:53:23
ほんとだ、ダンツの出囃子は藤娘か
- 20二次元好きの匿名さん25/01/21(火) 01:32:40
ありがとうございます