- 1二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:12:55見てェ…|あにまん掲示板お弁当作りが趣味でニシノフラワーのSNSをフォローしてるモブヒト娘がある日街中で本物のフラワーを見かけて思い切って声かけたらめちゃくちゃ謙虚かつ丁寧に対応してくれて「これからもきっと応援してくださいね…bbs.animanch.com
「あんたさ、いっつも凝ったお弁当つくるよね?」
「まあ、趣味だから」
「昔からそうなん?」
「そうだね。うち、両親が共働きだからさ。何歳くらいだったっけ? 小学校上がる頃には、もう台所で包丁握ってた気がする」
「ヤバいじゃん。あたし、包丁なんて調理実習でしか触ったことないよ」
「それはさすがにあんたの方がヤバくね?」
- 2二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:14:06
料理は楽しい。強火のフライパンから一気に香りが立つ炒め物も、弱火でじっくり台所に香りが漂っていく煮物も、どっちもいい気分になる。仕込みから片付けまでの流れを頭の中で組み立てて、食材が変化していく様子を見ていると、パズルのピースを埋めるような、一枚の絵がちょっとずつ見えてくるような、そういう楽しさを感じる。
食べてくれる人の笑顔も、料理の喜びの一つだろう。実際、始めた動機はそれだった気がする。母さんといっしょに台所に立って、父さんのためにおにぎりを作ったっけ。踏み台の上から見た景色はいつもと違って、それだけでなんだかわくわくしたっけな。
最近は、いわゆるキャラ弁なんかも作ったりしてる。母さんは大喜びで、職場のみんなに自慢するって言ってたけど、それはちょっとやめてほしい。父さんは恥ずかしそうで、それはそれでシャクだから、会社の人たちに笑われなよって言ってる。二人とも正反対の笑顔を見せてくれるけど、いつもお弁当箱はきっちり空になってるから、正直言ってかなり嬉しい。
食べる人の目を楽しませるお弁当は、どうも需要があるみたいで、専用のブログを開いたり、SNSを利用して、作り方を紹介したりする人もいる。わたしもよく参考にしていて、お気に入りのブロガーさんとか、インフルエンサーさんも何人かいたりする。 - 3二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:14:24
中でも最近ハマってるのは、競走ウマ娘の、ニシノフラワーちゃんのアカウント。アップされた最新のお弁当は、「タキオンさん」なる先輩ウマ娘に向けたものだそうで、携帯食ばかり食べる彼女を想って、彩り豊かなおかずがぎっしりと詰められていた。タコさんウインナーとか、ハートや星に切り飾られたにんじんとか、ネット上にあふれた華やかすぎるお弁当に比べると、少し素ぼくかもしれないけれど、わたしはそこが気に入っている。目で楽しみ、舌で楽しみ、栄養を巡らせて体で楽しむ。そのバランスがお弁当には必要だと思うからだ。
調べてみると、フラワーちゃんは飛び級でトレセン学園に入学したらしく、周りのウマ娘とくらべても、ひときわ体が小さい。子どもらしい丸顔で、おかっぱ頭だから、その顔はますます丸く、小さく見える。
小さな体でがんばる彼女に、わたしはちょっと親近感を抱いている。なぜかって、わたしも小さいからだ。入学式とか体育の時間に整列するとき、昔から先頭を譲ったことがない。たぶん、もう伸びないんだろうと思う。わたしはフラワーちゃんよりそこそこ年上で、成長期は終わっているに違いない。
体が平均より小さいと、いろいろ不便がある。世の中は「ふつう」に合わせて設計されているから、たとえば電車のつり革とか、服や靴のサイズとか、台所の高さとか、そういうところで自分の小ささを感じることが少なくない。フラワーちゃんもきっとそうだろう。寮暮らしをしているらしい彼女は、日常のいろいろな場面で不便を感じていないだろうか?
でも、彼女はそんな素振りは見せない。彼女の写真はいつも笑顔だった。それは競走ウマ娘としての、いわば表の顔であるからなのかもしれないけれど、わたしは彼女の強さをそこに感じている。 - 4二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:16:23
12月になって、冬の寒さが本格的になり始めた頃、わたしは彼女に出会った。
出会った、という言い方は大げさかもしれない。見た、とか見かけた、くらいの表現が正しいだろう。とにかく、わたしは本物のニシノフラワーちゃんに会った。
私服姿の彼女は、100円ショップの調理器具コーナーに立っていた。わたしのほかに、彼女に気がついている人はいないのか、それともすでに、ちょっとしたイベントが起きたあとなのか、それはわからない。彼女は一人で、真剣な、でも楽しそうな表情で、棚をながめていた。
わたしは迷った。声をかけようにも、なんて言ったらいいんだろう。応援してます、なんて胸を張れるほど、わたしはレースに詳しくない。かといって、SNSのフォロワーですとも言いづらい。彼女のフォロワーは435万人もいて、わたしはその中のたった一人に過ぎないからだ。
わたしはしばらく悩んだ。通路で立ち往生していたから、すれ違う人たちの邪魔になっていたのだろう、中にはイヤな顔をする人もいて、わたしは小さな体をますます縮こませていた。
わたしがためらっている間に、フラワーちゃんは幾つかの商品を買い物カゴにおさめて、満足げにうなずくと、その場から立ち去る素振りを見せた。わたしはあわてた。混乱していたのだろう、「あの!」と、自分でも驚くくらいの大きな声を出していた。 - 5二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:17:10
小さな肩がびくっと震えて、彼女はこちらに振り返った。その顔は少し怯えているようにも見えた。わたしは彼女に申し訳なくて、自分が情けなかった。でも、勇気を出すことにした。
「あ、あの」わたしはゆっくり彼女に近づいた。「競走ウマ娘の、ニシノフラワーさんですよね? あの、えっと、その」
言葉がうまく出てこないわたしに、彼女は大きな目をパチパチと瞬かせて、やがて危険がないことを悟ってくれたのだろう、柔らかなほほ笑みを浮かべた。
「はい、そうです。こんにちは」
「こっ、こんにちは……」わたしは緊張を解くために、大きく深呼吸をした。「あの、わたし、フラワーさんのSNSをフォローしてて……」
「わあ、そうなんですか?」彼女は一歩わたしに向けて近づいた。「いつもありがとうございます。あっ、そうだ。今日はですね、クリスマスパーティで使うクッキー型なんかを買いにきたんです。ほら」彼女の買い物カゴには、花の形をした金型が並んでいた。「パーティで作ったお菓子や料理もアップしますから、ぜひ見てくださいね」
堂々としていた。とても年下には思えなかった。……いや、年齢はこの際関係なかった。
「フラワーさんは」わたしは自然と口を開いていた。「そんなに小さいのに、どうしてレースに出るんですか?」 - 6二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:17:28
小さい者には、小さい者なりの振る舞いがある。わたしはそう考えてきたし、これからもそうだろうと思い込んでいた。でも、その考えは間違いだったのかもしれない。
「……確かに、私はまだまだ小さいです。お花にたとえるなら、蕾の段階なんでしょう」
彼女は目を閉じた。それは何かを噛み締めるような、思い返すような表情だった。
「でも、いつか満開の花を咲かせてみたい気持ちがあります。応援してくれる、たくさんの人たちがいます。だから私は走るんです。体の小ささは関係ありません」
ああ、とわたしはため息を漏らした。そして理解した。写真に映し出される彼女の笑顔は、決してメディア向けのつくられた表情じゃない。蕾が揺れている。凛と伸びた一本の茎の姿は、自分を偽るはずなんてない。
「……お姉さんも、応援してくださる人の一人です」
わたしの手を、彼女が握った。その指は思っていたより遥かに華奢で、手のひらは薄く、わたしでもすっぽりと覆えてしまいそうだった。
「これからも応援してくださいね。私、がんばりますから!」 - 7二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:19:57
12月20日は、あいにくの曇り空だった。この天気が、向かい風となって彼女に吹き込まないよう、わたしは祈った。だって、彼女の名前はニシノフラワー。花は日差しを浴びて開くものだろう。
わたしは父さんを頼って、中山レース場まで車を走らせてもらうことにした。仕事のスケジュールを調整させてしまったことを謝ると、父さんは珍しく少し怒った風に、「たまにはわがままを言いなさい」と言った。わたしは「ありがと」とだけ短く答えた。ちょっと照れくさかった。
母さんはどうしても外せない仕事があったから、いっしょには行けなかったけど、代わりに二人分のお弁当を用意してくれた。「たまにはわがままを言いなさい」と、やっぱり珍しく母さんも少し怒った様子で、わたしは久しぶりに母さんのお弁当を楽しむことになった。
レース場には、すでにたくさんの観客が詰めかけていた。目当てのスプリンターズステークスは、この日の10番目のレースで、かなり余裕があったけれど、久しぶりに父さんとゆっくり話したり、ビデオ通話の母さんを交えてレースを観戦したり、お弁当を食べたりしていると、時間はあっという間に過ぎていった。
スプリンターズステークスには、フラワーちゃんの他にも、有名な競走ウマ娘たちが出場していた。笑いながら走ると言われ、SNSではお馴染みのダイタクヘリオス、「ゼファー魂」の横断幕が高々と掲げられたヤマニンゼファー、そして、レースに詳しくないわたしでも知っている、短距離の絶対王者サクラバクシンオー。その他のわたしが知らない競走ウマ娘だって、毎日激しいトレーニングに取り組んで、この日のレースに臨んだ強敵に違いない。フラワーちゃんの姿は、そんな強敵たちの中でも目立っていた。花を模したスカートが特徴的な、鮮やかな黄色と紫の勝負服。存在感は決して周りに負けていないと思った。でも、やっぱりひときわ小さかった。 - 8二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:20:45
本当に、あの子がレースを走るのだろうか。いまさらわたしは疑問に思っていた。あんなに小さくて、細くて、華奢で──いくら才能があったって、年齢が周りより下の、まだ子どもだって言える女の子が、激しいレースに耐えられるのだろうか。わたしは不安になった。ぶるりと体が震えた。汗が伝って、冬のレース場に吹く風が、ひやりと背筋を撫でていった。
──がんばれ。
わたしは両手を組み合わせて祈った。たったの一分と少しの時間。でも、彼女にとってはあまりに長いこの時間。わたしは目を離さないことに決めた。まばたき一つしないことに決めた。
ゲートが開かれた。
華やかな彼女の勝負服が、バ群に埋もれていく──先頭集団にはヤマニンゼファー、そしてサクラバクシンオー。少し遅れてダイタクヘリオス。ニシノフラワーの姿は、後方集団の外側にあり、出遅れてしまったとしか思えない。
──がんばれ。
わたしは痛みを感じるほどに祈る手を強く握った。先頭集団との間が開いてくる。どのくらいのバ身があるんだろう。わたしにはわからない。でも引き離されていってるように見える。追いつけていないように見える。
──がんばれ!
先頭集団が最後のコーナーを曲がる。彼女は懸命に走っている。観客席からは表情なんて見えるはずがない。でもわかる。彼女は歯を食いしばっている。諦めてるはずがない。最後の、本当に最後の瞬間まで、脚をゆるめるはずがない。
「──がんばって、フラワーちゃん!」
ヤマニンゼファーがスパートをかける後方から、一気に上がってくるバ影がある。わたしは叫んでいた。体を前の席にまで乗り上げて、普段なら出さないような大きな声で、彼女の名前を叫んでいた。 - 9二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:21:09
『──前4人5人横に広がった
わずかにサクラバクシンオー優勢か
内ラチから2番ヤマニンゼファー
ヤマニンゼファー抜け出してきた!
1バ身半リード!』 - 10二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:21:26
『──大外ニシノフラワー追い込んだ!
ニシノフラワーぐんぐん追い込んだ!
内のヤマニンゼファーと並んでゴールイン!
ニシノフラワー差しきったか!』 - 11二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:22:39
帰り道、わたしは興奮のままにまくし立てていた。父さんはちょっとうんざりしてたかもしれない。でもわたしはお構い無しにしゃべった。「たまにはわがままを言いなさい」と言ったのは、ほかでもない父さんだったからだ。
家に帰っても、興奮はおさまらなかった。仕事を終えた母さんに、まるで小さい頃そうしていたみたいに、自慢げに得意げに、フラワーちゃんの活躍について語った。世紀の大発見をした科学者のような気分だった。我が家で最も彼女の魅力を知っているのは、わたしなのだから胸を張らせてもらいたい。
「そんなにすごいレースだったの?」
と、母さんは父さんに言った。
「すごいレースだったとも。まさかあそこから勝つなんて、な」
と、父さんはわたしに言った。
わたしは二人に、彼女のアカウントを紹介した。こんなにかわいくて、小さくて、誰かを想ってお弁当が作れる優しい女の子が、あんなに強いんだよ。出遅れても、最後の最後まで諦めずに、彼女の言葉を借りるなら、「お姉さん」たちを抜き去ったんだよ。そう熱く語った。言葉は尽きそうにもなかった──目の前で開いた一輪の花は、それほどまでにわたしを感動させたのだ。 - 12二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:23:21
「あんたさ」
「うん」
「なんか、スタイルよくなった? 前はちょっと猫背ぎみだったけど……最近、こう、シャキッとしてるじゃん。脚も細くなったし」
「ふふん。わかる? ちょっと前からね、ランニング始めたんだ」
「ランニング? ……体育のとき、死んだ目をしてたあんたが?」
「それは昔の話。……フラワーちゃんのレースを見てから、わたしも走りたくなったんだ。ほんとにゆっくりだけど、前より長い距離が走れるようになったんだから!」
「フラワーちゃんって、あんたが前に言ってた、ウマ娘の?」
「そう。さ、スマホ出して。あんたもフラワーちゃんのアカウントをフォローするの。あ、レースがあるときは連絡するから。予定空けといてね!」
「……いつもなら断るとこだけど、興味沸いたよ。あんたがそこまで言うんだからさ」
「うん! フラワーちゃんはね、お花みたいにかわいくて、小さくて、たおやかなんだけど、絶対に折れない──」
「あー、はいはい。推しの話ならゆっくり聞いたげるから。そんなに興奮しないの」 - 13二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:23:44
わたしの何が変わったってわけじゃない。
父さんと母さんは、今日も朝から仕事に行く。わたしは二人と、自分のお弁当を用意して、学校に行く。台所はやっぱりちょっと高い。つり革は掴めないから、扉と座席の角をねらって、押し潰されないように縮こまる必要がある。服の丈と裾は余るし、欲しい靴はサイズがない。毎日不便は感じてる。
ところで、近ごろ趣味が二つ増えた。一つはランニング。最初はウォーキングから始めたけど、今はちょっとずつ距離を走れるようになってきた。これから何をするにしても、体力は必要だろうから、わたしにできる限り、この習慣は継続していきたい。もう一つは、そう。わたしの部屋の文机には、クレーンゲームでとったぱかぷちが一つ飾られている。それが誰なのか、わざわざ語る必要はないだろう。彼女の姿を見る度に、不便さに立ち向かう勇気と、新しいことに取り組む元気が湧いてくる。
わたしは今日も早起きをして、冷蔵庫の中身を確認する。うん。昨日想像した通りだ。炊飯器のスイッチも入ってるし、パズルのピースはみんな揃ってるだろう。だから安心して玄関に行き、わたしからするとちょっと派手な、黄色と紫のランニングシューズの紐を締める。冬の冷たい風は、火照った体には心地いいだろう。しっかりと体を伸ばして、しばらく歩いてから、わたしは駆け出す。──ああ。ウインナーとにんじんが余ってるから、今日はそれをふんだんに使おう。タコさんと、ハートと、星と。わたしのアップした画像を、フラワーちゃんも見てくれるかな? - 14二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:25:54
おれバカだからよぉ……
幻覚を見てスレを立ててもこのくらいしか書けねぇンだ
せめて同じ幻覚を見たヤツらがちょっとでも楽しんでくれることを祈るぜ - 15二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:29:22
すごく爽やかな気分になって心が浄化された
ありがとう - 16二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:29:35
めちゃくちゃよかった
- 17二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:31:29
素敵なお話でした……心が洗われる……
- 18二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:32:19
素晴らしい、やっぱニシノ神はニシノ神だわ…
- 19二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:33:00
『ありがとう』……それしか言う言葉が見つからない
- 20二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 18:57:45
良い作品でした。拙い感想しか言えませんが感動をありがとうございます。
- 21二次元好きの匿名さん22/03/13(日) 19:06:08
読んでくれた人、どうもありがとう
こんなに真面目に長い文章を書いたのは久しぶりだったから、楽しんでもらえたみたいで安心したよ
他スレの話だけどおれは保護区で触手パニックホラーの続きを書いたりするから……
みんなもどんどんSSやイラストや概念を残していこうな!