(SS注意)甘い風

  • 1二次元好きの匿名さん25/01/30(木) 10:30:46

    「お待たせして申し訳ありません……トレーナーさん、どうぞ、入ってください」
    「あっ、ああ、わかったよ」

     トレーナー室の中から聞こえてくる、控えめな、緊張しているような声色。
     廊下で立っていた俺は、わくわくとした気持ちを押さえながらも、ドアノブへと手をかける。
     今日は、俺の担当ウマ娘に新しい勝負服が届いた日。
     お楽しみにしていて欲しいから────という本人たっての希望で、俺はまだどんなデザインかも知らない。
     期待に胸を弾ませながら、俺は静かに、ドアを開いた。

    「……っ、あの、どう、でしょうか?」
    「…………!」

     見た瞬間、思わず、言葉を詰まらせてしまう。
     鹿毛の艶やかな長い髪、前髪にはふんわりとした流星、透き通るような綺麗な双眸。
     担当ウマ娘のヤマニンゼファーは、微かに頬を赤らめて、もじもじとした様子でその場に立っていた。
     そして、彼女が身に纏っている服は制服でも、私服でも、風を形にしたような青い勝負服でもない。
     ぴょこぴょこと動いている片耳には白いの耳カバー、頭には淡黄色のベレー帽が添えられている
     その二色で構成された、ガーリーなデザインのノースリーブワンピースに、二の腕を覆うアームウォーマー。
     更にブラウンを基調としたニーハイストッキングとチェック柄のリボンを合わせていた。
     まるで、チョコとクリームを彷彿とさせるような、なんとも甘さを感じさせる衣装であった。

  • 2二次元好きの匿名さん25/01/30(木) 10:31:10

    「…………その、くるっと回りますので、後ろも見て欲しいです」

     そう言って、ゼファーはその場でくるりとターンをして見せる。
     すると、背中にある長いリボンがびゅうっと風に靡き、ふわりとスカートが翻った。
     それは、彼女がお気に入りの意匠。
     ただ新しい勝負服というだけでなく、今までの道のりも込められてる気がして、胸が熱くなった。

    「……トレーナー、さん?」
    「あっ、ああ、ごめん、ちょっと見惚れてて、ええと」

     ああ、いけない、上手く言葉が出て来てくれなかった。
     これほど自身の語彙力について、後悔した日はないだろう。
     俺はゼファーの姿をじっと見つめて、言葉を紡いでいく。

    「可愛くて、良く似合ってて」

     しかし、出てくるのはどこまでも月並みな言葉。
     もっと沢山の想いを、賛辞を伝えてあげたいのに。
     俺は脳漿を絞り、何とか言葉を絞り出して、彼女へ向けて風に乗せた。

  • 3二次元好きの匿名さん25/01/30(木) 10:31:28

    「────美味しそう、だよね」

     何言っているだろうか、この人は。
     言葉にした直後、猛烈な後悔の念が襲い掛かってくる。
     しかし、覆水盆に返らず。
     恐る恐るゼファーの様子を伺うと、きょとんとした表情を浮かべている。
     けれど、やがて彼女は嬉しそうに、顔を綻ばせてくれた。

    「ふふっ……ありがとうございます、まさか、饗の風を頂けるとは思いませんでした」
    「いや、今のは、だな」
    「確かに、チョコの色とクリームの色が混ざっていて、甘い薫風が感じますね?」

     ゼファーは尻尾をぱたぱたと揺らしながら、楽しげに自分の姿を見やる。
     どうやら、俺の意味不明な感想はお気に召したようであった。
     ほっと、ため息一つ。
     改めてみると、いつもの勝負服とは全く違う印象なのに、程良く調和している気がする。
     彼女の別の魅力を引き出している、素敵な勝負服だろう。
     …………まあ、後は目のやり場に困らないのは、助かるかもしれない。

  • 4二次元好きの匿名さん25/01/30(木) 10:31:49

    「────実はですね、トレーナーさん」
    「わっ!?」

     突然、近くから聞こえてくるゼファーの声。
     ハッとなって我に返ると、いつの間にか風のように忍び寄り、上目遣いで見つめる彼女がいた。
     耳をぴこぴこと忙しなく動かしながら、頬を緩めつつ、小さな口を開く。

    「実はこの衣装はまことの風ではなく、至軽風のようなものなのです」
    「あっ、未完成なんだ、十分魅力的な衣装だと思うけど」
    「ええ、私もそう思いますが、いくらか小風を吹かせることで、大きな花信風になるとのことで」
    「なるほど、確かに小物の類を合わせれば、もっと可愛らしくなるのかな」

     今でも可愛らしい姿だとは思うが、これ以上。
     センスに乏しい俺にはまるで想像もつかないが、それはもう素敵なものなのだろう。
     先の楽しみが増えたな、と思わず、笑みを浮かべてしまう。
     そしてそれを見たゼファーも、ふんわりと柔らかく、微笑んでくれた。

  • 5二次元好きの匿名さん25/01/30(木) 10:32:09

    「ええ、ですから、存分に風待ちしていてくださいね?」
    「ああ、それはもう楽しみに────?」

     俺は言葉を返そうとした瞬間、ゼファーは一歩、斜め前へと踏み出した。
     ちょうど横に立たれるような形になり、不意の出来事でつい固まってしまう。
     それを尻目に、彼女は少しだけ背伸びをして、俺の耳元へ唇を寄せた。
     そして、吹き抜ける微風のよう涼しげな吐息とともに、そっと囁く。

    「…………チョコとクリームたっぷりの、あまーい風を、貴方へ贈りますから」

     そう告げて離れるゼファーは、少し頬を染めながらも、悪戯っぽく笑っていた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/01/30(木) 10:32:53

    お わ り
    あのくもじいの若い頃みたいな鞄はいったい・・・?

  • 7二次元好きの匿名さん25/01/30(木) 10:48:22

    やはり来たな…!
    待っていたそ!

  • 8二次元好きの匿名さん25/01/30(木) 11:54:22

    まってた
    あの雲なんだろうな…マーチャン固有演出のクマとなんか関係あるんだろうか

    凱風に伝えるあまーい風が花信風(花が咲いたことを伝える風)というのがなかなか意味深な

  • 9125/01/30(木) 13:50:04

    >>7

    ようやく来ましたよね……

    >>8

    明日が楽しみです

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