- 1湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 16:56:10
- 2湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 16:58:39
- 3湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 16:59:07
- 4湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 17:00:13
◇アシナシ
黒い泥のような姿をした妖怪。赤い二つの目だけが付いている。
人の形から異形の化け物まで、何にでも姿を変えられる。しかし、それは己を持たないことと同じ。
湯婆婆の姿と魔力を利用して、現世を不思議の世界に取り込むという野望を秘めている。 - 5湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 17:00:51
- 6湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 17:18:48
——暖炉の炎が、赤々と揺れている。
湯婆婆は体を綺麗に洗い、バスローブに着替えた後、その前にどかりと座り込んでいた。
湯婆婆の目の前には、父役と兄役がひれ伏している。
額を床につけ、身を縮める二人。
そこへ、アンが湯婆婆の前に飲み物を運んできた。
「フン、遅いよ!!」
湯婆婆は、 それを乱暴にひったくる。
アンは、 ぴくりと肩を震わせるが、文句ひとつ言わず、 静かに頭を下げた。
湯婆婆は 飲み物を一気に煽る。
そして ガンッ!とテーブルに置き、父役と兄役の二人に怒鳴りつけた。
「この、バカの、マヌケの、恩知らずどもが!!自分たちの雇い主がすり替わったのに気づかなかったのかい!!」
湯婆婆の怒声が響き渡り、父役と兄役は さらに身を縮める。
「ははぁ〜っ!!」
二人は、床に這いつくばって、謝った。 - 7湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 17:19:13
一方、その扉の向こう側——
環奈は、息を潜めながら聞き耳を立てていた。
「(アンは……大丈夫?坊のことは? それに……このお湯屋は、どうなるの……?)」
不安が、胸の奥で渦巻いていた。
「フン……!」
湯婆婆が鼻を鳴らす。
「人間の世界に支店だなんて……!冗談じゃない……!」
「湯婆婆さま……」
父役が、おそるおそる口を開いた。
「あの偽物を、いかがなさいます……?」
その問いに、湯婆婆は目を鋭く光らせ、二人を睨みつけた。 - 8湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 17:19:50
- 9二次元好きの匿名さん25/01/31(金) 17:56:57
- 10二次元好きの匿名さん25/01/31(金) 17:58:57
全員で囲んでぶっ飛ばせ
- 11二次元好きの匿名さん25/01/31(金) 19:33:44
- 12湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 19:58:33
- 13湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 20:09:52
「決まってるだろう!全員で囲んで袋叩きにしてやるのさ!!」
「し、しかし……!」
兄役が慌てて言葉を継いだ。
額に汗を滲ませ、怯えた目で湯婆婆を見上げる。
「敵はおそらく楽復時計台駅を通って、人間の世界に行っております……!我々が、そんなところへ行くわけには……!!」
湯婆婆は、舌打ちして続ける。
「じゃあ、ここに連れ戻すんだ!!バカでも分かる話じゃないか!!」
「連れ戻すとおっしゃっても……どうやって……?」
父役が、慎重に言葉を選びながら恐る恐る口を開く。
兄役も、息を詰めながら湯婆婆の顔色を窺った。
湯婆婆は、不機嫌そうに腕を組み、二人を見下ろす。
どうする気なのか——
湯婆婆の次の言葉を、環奈も扉の向こうで息を殺して待っていた。 - 14湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 20:11:49
- 15湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 20:12:08
(また留守になるんか……)
- 16湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 20:38:33
湯婆婆は険しい表情のまま、鼻を鳴らした。
「よし、あたしが手ずから捕まえに行ってやろうじゃないか」
その言葉に、父役と兄役が驚きのあまり顔を見合わせる。
「たとえ人間の世界だろうが、飛んでいって捕まえてやるよ!」
湯婆婆はフンッと鼻を鳴らし、勢いよく立ち上がった。
その場の空気が張り詰める。すると—— - 17湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 20:39:18
「……恐れながら、ご主人様」
アンの静かな声が響いた。
湯婆婆の動きが止まる。
父役と兄役は息を呑んだ。
扉の向こうで聞いていた環奈も、思わず胸が強く鳴るのを感じた。
アンは、ゆっくりと湯婆婆に頭を下げる。
「ご主人様がご不在のときを狙って、妖がまた入り込むこともあり得ます。おぼっちゃまのこともございますし……どうか……」
「うーん……」
湯婆婆は眉をひそめ、忌々しそうに唸った。 - 18湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 20:40:54
(湯婆婆「( dice1d2=2 (2) )」)
1. みくびるんじゃないよ。日が沈むまでに捕まえて戻ってきてみせる。
2. だったら(安価&ダイス)
- 19湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 20:41:09
- 20二次元好きの匿名さん25/01/31(金) 21:05:18
- 21二次元好きの匿名さん25/01/31(金) 21:20:00
1
- 22二次元好きの匿名さん25/01/31(金) 21:20:50
- 23湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 21:24:45
- 24湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 21:37:05
「……だったら、あんたたちが探しな!」
その言葉に、場の空気が凍りついた。
父役、兄役、アン—— 全員が目を丸くする。
「わ、私たちが……ですか!?」
父役のうわずった声が響く。
湯婆婆は にやりと笑った。
「そうだよ!なんなら、賞金を出そう!それなら文句はないだろう?」
そう言うと、湯婆婆は椅子の肘掛けにどっかりと座り込み、指を軽く鳴らす。
「生け捕りにしてもよし、ころしちまってもよし……!捕まえた者には、うんと褒美を弾むよ!」
父役と兄役の目が見開かれる。 - 25湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 21:38:09
「よろしいのですか……!?ご主人様……!!」
アンが、驚愕の面持ちで声を上げた。
環奈も、扉の向こうで息を呑んでいる。
湯婆婆は、片手を大きく振るって言い放った。
「こうでもしなきゃ、あの怠け者どもは動かないじゃないか!それに!坊のためにも、一刻も早くあのバケモノを始末したいんだ!」
坊のために——
その言葉が出た瞬間、アンは何も言えなくなった。
坊を思う気持ちは、湯婆婆も自分も同じ。ならば 否定する理由がない—— - 26湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 21:40:09
父役と兄役は、ぎこちなく顔を見合わせる。
「か、かしこまりました……!しかし、何卒……何卒、我々にも十分な準備を……!」
父役の声は震えていた。
兄役も、額の汗をぬぐいながら、深く頭を下げる。
湯婆婆は 鼻を鳴らして頷いた。
一方——扉の向こうで聞いていた環奈は、心配を抑えきれなかった。
「(……それでも……大丈夫なのかな……)」
湯婆婆がどんなに強気でも、カエル男やナメクジ女たちがどれだけ数をそろえても——
あの泥の妖怪の恐ろしさを、環奈は身をもって知っている。
環奈は、胸の奥に広がる不安を抑えながら、そっと唇を噛んだ。 - 27湯屋 ◆va2KrOhAnM25/01/31(金) 21:40:47
(今日はここまでにさせていただきます。)
- 28二次元好きの匿名さん25/01/31(金) 21:49:46
乙です
大丈夫かなみんな…… - 29二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 02:37:35
このレスは削除されています
- 30湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 09:26:05
——翌朝、湯屋はがらんとして静まり返っていた。
環奈が目を覚ましたとき、大部屋には誰の姿もなかった。
賞金目当てに、妖怪退治へと繰り出したのだろう。
環奈は静かに身を起こし、布団を畳む。
いつもなら、湯女たちの話し声や朝の支度で賑わう部屋が、今日は妙に広く感じられた。
少しだけ、心細い。
着替えを済ませ、髪を整える。
そして廊下へと足を踏み出しながら、ふと考える。
「(……私は、どうしようかな……)」 - 31湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 09:26:27
- 32二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 09:35:44
- 33二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 09:51:00
一人で探しに行く
- 34二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 09:58:21
- 35湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 10:05:33
- 36二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 10:21:58
大丈夫か?襲われたりしない?
- 37二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 11:33:22
湯婆婆結構な頻度で店空けるな?
- 38二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 11:37:51
スレ主 大変だと思うががんばれ
- 39湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 12:26:41
環奈は、しばらく廊下で立ち尽くした後——決意するように歩き出した。
「(リンも……妖怪を探しに行ってるのかな……?)」
彼女のことが気になった。
それに、湯屋の外の様子をこの目で見ておきたい。
環奈は湯屋の外に出て、朱塗りの橋を渡る。
その先に広がる水面——湯屋の周りの海では、小舟がいくつも浮かび、従業員たちが懸命に捜索していた。
橋の向こう、対岸の商店街を歩いていると、カエル男やナメクジ女たちが駆け回っている。
手には、棒切れや農具。
目を光らせ、まるで大掛かりな狩りのようだった。
環奈は、河の手前の石段で足を止める。
ここでも カエル男たちが小舟を出していた。
水面に映る彼らの姿を、環奈は複雑な思いで見つめる。
「(……本当に、こんなやり方でいいのかな……)」
心に渦巻く違和感と、不安。
環奈はしばらく、その場を動けずにいた。 - 40湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 12:27:13
- 41二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 12:29:24
- 42二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 12:32:15
誰かに呼ばれた気がする……
- 43二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 12:33:35
- 44湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 12:37:18
- 45二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 12:41:59
突如大波が来て全員水浸しに
- 46湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 12:56:51
ゴォォォォ……ッ!!
遠くから、不気味な音が響き、環奈は思わず顔を上げた。
「(……え?)」
次の瞬間——巨大な波が、こちらに向かって押し寄せてきていた。
「え……?えっ!?」
環奈が息を呑んだ瞬間——
ドッパァァァァン!!!
荒れ狂う水が小舟を呑み込む。
カエル男たちの悲鳴が飛び交った。
「うわぁぁ!!」
「ひっくり返るぅ!!」
舟が流され、いくつも転覆していく。
環奈は急いで石段を駆け上がった。
「やばいやばいやばい……!!」
次の瞬間—— - 47湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 12:57:08
ドォンッ!!
大波が石段にぶつかった。飛び散る水飛沫。
環奈は全身、びしょ濡れになった。
「……うわぁー……」
呆然と髪の先から滴る水を見つめる。
しばらくすると——水面は、嘘のように穏やかに戻っていた。
カエル男たちはずぶ濡れになりながら、舟を漕いだり泳いだりして石段に上がってくる。
「なんだよ、ありゃあ……」
「地震が起きたわけでもねぇのに……」
ぶつぶつと文句を言って通り過ぎていく彼らをよそに、環奈は濡れた水干を絞りながら、水面を見つめ続けていた。
「(今の……なんだったの……?)」
環奈の胸に、新たな不安が広がっていった。 - 48湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 13:01:30
dice1d2=1 (1)
1. その直後、(安価&ダイス)
2. その日の捜索が終わり、営業開始後 (安価&ダイス)
- 49湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 13:01:48
- 50二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 13:03:04
- 51二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 13:03:10
河から水が急速にどんどん引いていく
- 52二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 13:08:15
- 53湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 13:09:50
- 54湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 13:46:47
「はっくしゅん!!」
カエル男の大きなくしゃみが響いた。
「……あーあ、なんかやる気なくしちまったな。」
「だな……今日のところは切り上げて、店に戻るか。」
「ひとっ風呂浴びようぜ。」
ずぶ濡れになった従業員たちは、 ぞろぞろと湯屋の方へ歩いていく。
そのやりとりを、環奈はぼんやりと聞いていた。
自分の服も、髪も、水浸しのまま。
「(……私も、冷えてきたな……)」
滴る水が肌にひんやりと張りつく。
環奈は肩をすくめながら、カエル男たちの後について湯屋へ戻ることにした。 - 55湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 13:47:07
日が傾き、湯屋が夕暮れに包まれる頃——
妖怪退治に出ていた他の従業員たちも、次々と帰ってきた。
開店の準備が始まり、いつもと変わらない夕方の光景が戻ってくる。
ホウキを手に掃除をする者、客間の布団を整える者、厨房で料理の仕込みをする者——
環奈は、 広間の床に雑巾を当てる。
初めてこの湯屋に来た時よりも、ずっと素早い手つき。
この仕事にも、少しは慣れたのかもしれない。
けれど——心の中の不安だけは、消えてはいなかった。 - 56湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 13:48:12
(営業時間なので湯婆婆も帰ってきます。憎きアシナシは dice1d3=2 (2) )
1. まだ見つけられてない
2. もう見つけてきた!
3. 安価&ダイス
- 57二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 13:49:16
流石
- 58湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 15:30:59
一方、湯屋の上層部では——湯婆婆が帰ってきたところだった。
黒いストールが空中を舞い、アンの腕に投げ渡される。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
アンが深く頭を下げる。
その隣では、頭たちも一列に並んで出迎えていた。
しかし、湯婆婆は何も言わず、まっすぐ奥へ進んでいく。
向かう先は——坊のもと。
部屋の扉が静かに開かれる。
坊は、カーテンの閉じられたベッドの上で、すやすやと眠っていた。
「フフフ……」
湯婆婆は、満足そうに微笑んだ。
そして、そっと顔を寄せると、坊のふっくらした頬に、優しくキスをした。 - 59湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 15:31:25
その後、湯婆婆は自分の部屋へ戻る。
デスクの前にどかりと腰を下ろし、大きく息をついた。
アンが静かに、テーブルの上に紅茶のカップを置いた。
湯婆婆は、それを片手で受け取ると——
「あのバケモノを見つけてきたよ」
その言葉に、アンの動きが止まった。
「……本当ですか……!?」
その声には、驚きと緊張が混ざっていた。
湯婆婆は、ゆっくりとティーカップを口元に運びながら、不敵に笑う。
「フフフ、もちろんさ」
アンは息を呑む。
「……その妖は……今どちらに……?」
僅かに震えながら、慎重に尋ねた。 - 60湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 15:32:13
(湯婆婆「( dice1d3=1 (1) )」)
1.ここ(小瓶の中)に生け捕りにしてあるよ
2.その場でころしちまったよ
3.安価&ダイス
- 61湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 16:48:33
湯婆婆は、薄く笑いながら袖の中に手を入れた。
「ここに生け捕りにしてあるよ」
そう言って、小さな瓶を取り出す。
アンの目が、それに釘付けになった。
瓶の中には、どろりと黒い泥が詰まっていた。
「本当はね、こいつがあたしにやったことのお返しに——」
湯婆婆は 瓶を指で軽く転がしながら、言葉を続けた。
「地下に永遠に閉じ込めてやりたいところだけど……当分は、あたしの目の届くところに置いておくことにするよ。そうしなきゃ、こいつは何をしでかすかわかったもんじゃないからね」
アンは 眉をひそめる。
「……大丈夫でしょうか、ご主人様……」
湯婆婆は 鼻で笑った。
「何がだい?」この瓶は二度と開かないように、しっかりまじないをかけてあるんだよ」
湯婆婆は 瓶を指で弾きながら、不敵に笑う。
「それに、もしものことだって、ちゃんと考えてあるさ」
ぱちぱちと燃える暖炉の火が、瓶の黒い泥を赤く照らしていた。
その中で、泥がわずかに蠢いたように見えたが——湯婆婆は、もう気にも留めていなかった。
ただ、勝ち誇ったように笑っていた—— - 62湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 16:51:27
- 63二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 16:56:19
- 64二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 17:00:20
仕事を終えた環奈が床に着くと不思議な夢を見る
祭囃子の中ひとりぼっちのような不安にかられる - 65二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 17:05:17
- 66湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 17:47:40
- 67湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 19:18:09
「妖怪は捕えられた」——
その報せが従業員たちの間に広まると、安堵と落胆が交錯した。
「なーんだ、賞金なしってことかよ……」
「せっかく頑張って探したのによ……」
カエル男やナメクジ女たちが、ぶつぶつと不満を漏らす。
一方で、恐怖から解放された者たちは、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「ちぇっ、人騒がせな話だよな」
リンが、大きく伸びをしながら呟いた。
「けど、これで安心して眠れるか」
そう言って、少し気が抜けたような笑みを浮かべる。
環奈は、小さく微笑んだ。 - 68湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 19:18:27
その夜——環奈は、不思議な夢を見た。
夜の商店街を、ひとり歩いている。
祭囃子が聞こえていた。
まるで、どこかの夜祭のような賑わい。
しかし、大通りを行き交うのは、みなカゲのような存在だった。
輪郭はあるのに、顔も、表情も、わからない。
賑わう料理屋の軒先。屋台から漂う美味しそうな匂い。
けれど——
環奈の心には、強い孤独感が広がっていた。
「……?
環奈は、目を覚ました。
目の前には、すっかり見慣れた大部屋の天井。
けれど、胸の奥には、夢の違和感が、まだ残っている。
「(……あれは、一体……?)」 - 69湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 19:49:59
- 70二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 20:00:08
- 71二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 20:01:14
変態神様の大行列
- 72二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 20:02:29
- 73湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 20:07:48
- 74二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 20:08:19
紳士たちwww
- 75湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 20:08:35
- 76二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 20:22:54
やっぱり蛸神に似た姿
- 77二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 20:37:15
手足が長く顔に札を張り付けた猿みたいな姿
- 78二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 20:40:10
巨大なイノシシ
- 79湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 20:45:16
(スレ主の主観でイノシシを採用させていただきます!)
- 80湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 20:46:09
【未回収の要素】
・蛸神(アシナシ)に渡された七色の真珠
・アシナシはこれで本当に解決したのか
・環奈は人間の世界に帰るのか - 81湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/01(土) 22:05:14
(今日はここまでとさせていただきます)
- 82二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 22:07:28
お疲れ様でした
- 83二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 23:12:11
オークみたいになりそう(小並感)
- 84二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 01:51:58
もののけ姫に出てきそうな感じかな
- 85二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 10:16:05
このレスは削除されています
- 86湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 11:34:51
(イノシシの神様、どこでお世話する?)
1. 風呂
2. お座敷
dice1d2=2 (2)
- 87二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 11:39:41
お酌させられそう
- 88湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 11:40:18
(イノシシの神様の名前も決めておきます >>89 )
- 89二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 11:43:22
猪角様(ちょかくさま)
- 90湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 12:00:52
営業が始まり、湯屋はいつも通りの活気に包まれていた。
環奈は大湯の支度を終えたところだった。
風呂釜にお湯を張り、湯気が立ち上る。
「(よし、あとはお客さんを……)」
そう思った矢先——
「環! ちと参れ!」
兄役の声が響いた。環奈は急いで振り向く。
「はい!」
少し大湯のことが気になりつつも、兄役のもとへ駆け寄った。 - 91湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 12:01:40
環奈が兄役の後についてくると、そこには先輩の小湯女たち、紅、クロ、ミドリ、そしてリンが待っていた。
全員が何事かと不安そうな顔をしている。
兄役は、軽く咳払いをすると、重々しく告げた。
「オホン……環、紅、クロ、ミドリは今夜、猪角様のお座敷に行ってもらう」
「えっ……!?」
驚く小湯女たち。
紅、クロ、ミドリが顔を見合わせ、ざわつく。
「でも、あたしら、お座敷の作法なんて知りませんよ!」
しかし、兄役は淡々と答えた。
「猪角様がそなたらをご所望だ。仕方あるまい」 - 92湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 12:01:59
そのやり取りを聞いていたリンが、腕を組みながら口を挟む。
「あたいはお呼びじゃねぇの?」
「そなたにはお声がかかっておらん。いつも通りの仕事をしておれ」
兄役はきっぱりと言い放った。
紅、クロ、ミドリは、まだぶつぶつと不満を漏らしていた。
兄役は軽く手を振ると、あっさりと言い捨てる。
「骨身を惜しむなよ」
そして、そのまますたすたと立ち去っていった。 - 93湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 12:06:23
兄役が去った後、環奈は、気になっていた疑問をリンに投げかけた。
「どうしてリンだけ呼ばれなかったんだろ?」
リンは、しばらく考え込む。
「……猪角様っていったら……そういうことか……」
環奈は、きょとんと首を傾げた。
リンは少し渋い顔をして言う。
「……要するに、稚児趣味ってことだよ」
「えー!!」
「やだー!!」
紅、クロ、ミドリが口々に声を上げる。
しかし——環奈だけは、その意味がよくわかっていなかった。
リンは、そんな環奈を見て、肩をすくめる。
「ま、適当にあしらっとけよ。特に環はな」 - 94湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 12:06:41
環奈たちは、猪角様のお座敷へと向かった。
襖の前に着くと、紅が、先陣を切って襖を開けることにした。
「……じゃあ、いくよ」
小さく息を呑むと、紅は襖に手をかけ、静かに開いた。
4人は、畳に並んで膝をつく。紅が先に頭を下げて言った。
「お呼ばれに預かりました。紅です」
「クロです」
「ミドリです」
環奈も、少し遅れて——
「た……環です」
顔を上げると、目の前に、6柱の神が座していた。
それは、大きな白いイノシシの神々。
彼らの前には、豪華なお膳が並んでいる。
そして——環奈たちを、値踏みするように見つめていた。
その視線に、環奈の背筋がじわりと冷えた。 - 95湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 12:07:20
- 96二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 12:08:34
- 97二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 12:10:15
- 98二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 12:12:35
- 99湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 12:13:53
- 100湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 12:42:39
猪角様たちは、静かに環奈たちを見つめていた。
まるで獲物を狙うかのような目つき。
舐めるように、じっくりと。
環奈は、無意識に背筋をこわばらせる。
紅も、クロも、ミドリも——みな息を詰めていた。
居心地が悪い。
だけど、下手に動くこともできない。 - 101湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 12:45:35
- 102湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 13:28:16
ギシッ……
畳が軋む音が響いた。
環奈たちの視線が、一斉に向かう。
上座に座していた、一番大きな猪角様が、ゆっくりと立ち上がった。
そのまま4人のもとへ歩み寄る。
ドス……ドス……
重たい足音が、静かな座敷に響く。
続くように、他の5柱も立ち上がった。
そのまま、環奈たちに迫ってくると、囲むようにして座り込む。
環奈の喉がひくりと動いた。
紅も、クロも、ミドリも、息を呑んで微動だにしない。 - 103湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 13:28:51
その時——
「ッ——!!」
環奈の腰回りに、異質な感触が走った。
蹄のような硬い爪。それが、そっと彼女の腰を撫でた。
「(な……なに……!?)」
環奈の肩が跳ね上がる。
反射的に、逃げたいと思ったが、動けなかった。
四方を囲まれている。
静寂の中、猪角様たちの息遣いだけが、ゆっくりと座敷に響いた。
環奈の背筋に、冷たいものが這い上がる—— - 104湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 13:29:19
- 105二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 13:31:34
- 106二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 13:33:33
お座敷から客間に連れて行かれる
全身を舐めまわされ涎でベトベトにされる - 107二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 13:34:58
- 108湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 13:38:48
- 109湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 14:45:14
「失礼いたします」
突然、襖がすっと開いた。
猪角様たちが、一斉に振り向く。
その視線の先には——アンが立っていた。
静かな、けれど確かな存在感。
アンは、床に膝をつき、穏やかに頭を下げる。
そして、柔らかい口調で告げた。
「猪角様、どうか冷めないうちに、ごゆっくりお食事をお楽しみくださいませ。本日は、湯婆婆さまからのご厚意により——」
その言葉は、明らかに彼らの行為をやんわりと制止しようとするものだった。 - 110湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 14:45:35
すると——
「グルルル……」
低く、喉を鳴らす音。
一番大きな猪角様が、アンを見つめる。
その赤黒い瞳が、じっとアンの姿をとらえる。
アンは すぐに理解したらしい。けれど——言葉に詰まる。
「……」
返事をするべきかどうか、迷っているようだった。
環奈は、心配そうにアンを見つめた。
「(アン……大丈夫なの?)」 - 111湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 14:46:34
- 112二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 14:53:06
- 113二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 14:56:22
環奈の代わりにアンが身を差し出す
- 114二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 15:04:38
- 115湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 15:07:36
- 116湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 16:08:50
アンは静かに口を開いた。
「環、紅、クロ、ミドリ。猪角様たちに、お酒を」
環奈は一瞬、疑問を抱いた。
「(……なんで、お酒?)」
しかし、アンの言葉に逆らう理由もない。
「……はい」
そう返事をして、盃に酒を注ぐ。
紅、クロ、ミドリも、ぎこちない手つきで従った。
アンもまた、猪角様の盃に静かに酒を注ぐ。
猪角様たちは、注がれた盃を満足げに掲げた。
「グフ……グフフ……」
喉を鳴らしながら、豪快に酒をあおる。
アンは、さらに酒を勧めた。
「どうぞ、存分にお楽しみください」
猪角様たちは次第に上機嫌になっていく。
顔を赤くして、朗々と笑い始めた。 - 117湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 16:09:55
しばらくして——アンは、そっと環奈たちに目を向けた。
そして、静かに言う。
「ここはもういいわ。あとは私が引き受けるから」
「えっ……!?」
環奈は、驚いてアンを見上げた。
しかし、アンはすぐに首を横に振る。
「いいから。上役には私から説明する。あなたたちは、いつもの仕事に戻りなさい」
環奈は、アンの表情をじっと見つめた。
「(……アン、大丈夫なの……?)」
けれど、その目には 迷いの色はなかった。
環奈は、しぶしぶ頭を下げ、部屋を出る。
紅、クロ、ミドリも、安堵の表情を浮かべながら、後に続いた。
しかし、環奈の心には、不安がくすぶり続けていた—— - 118湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 16:11:13
- 119二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 16:54:33
- 120二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 17:32:09
酒で神様が悪酔い
- 121二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 17:34:02
- 122湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 18:45:03
- 123湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 19:03:22
——就業時間間際、環奈の心には、ずっと引っかかるものがあった。
「(……アン、大丈夫なのかな……)」
環奈はどうしても気になり、もう一度、猪角様たちの部屋へ向かっていた。
静まり返った廊下。
環奈は そっと襖に手を伸ばす。
しかし、その瞬間——
スッ……!
向こう側から、襖が開いた。
「わっ……!」
環奈の目の前に立っていたのは——アンだった。
「環……?」
アンは、静かに環奈を見つめる。
環奈は一瞬驚いたが、すぐに言葉を探した。
「アン……その……えーと……大丈夫?」
アンは、ふっと微笑む。
「……ええ。猪角様は気持ちよくなられて、今はよくお休みよ」 - 124湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 19:03:44
環奈は半信半疑で、そっと部屋の中を覗き込んだ。
そこには——猪角様たちが、全員酔い潰れて眠っていた。
豪華なお膳の上には、空になった盃がいくつも転がっている。
環奈は、少しだけ肩の力を抜いた。
「……そっか」
すると、アンが優しく微笑み、言った。
「戻りましょうか」
環奈はその笑顔を見て、安心したように頷いた。
二人は、静かな廊下を並んで歩き出した。 - 125湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 19:05:28
(アシナシが封印されちゃって、特に大きな転換もなさそうなので、皆様が飽きてきたところで終わりにしてもよさそうですね、と思ったり。)
- 126湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 19:05:50
(環奈ちゃんが人間の世界に帰りそうにない。)
- 127二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 19:20:53
このレスは削除されています
- 128二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 19:29:36
元の世界に戻るきっかけが起きるとかでも良いかも
- 129湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 21:33:42
- 130二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 21:35:54
- 131二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 22:11:26
アンが事情を話すと、かつてここに来た少女が去った時と同じように温かく送ってくれる
- 132二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 22:20:34
- 133湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/02(日) 22:35:23
- 134二次元好きの匿名さん25/02/03(月) 01:39:36
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- 135湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/03(月) 10:52:47
宿舎の障子を開けると、そこにはすでに大勢の湯女がいた。
環奈が中に入ると、布団を整えていた一人が振り向く。
「おかえり、環。もう灯消すから、早く布団敷きな」
「はーい」
環奈は、少し疲れた声で返事をする。
自分の布団を敷くと、そのままもぐり込んだ。
ふっと、灯が消える。
部屋は、暗闇と静寂に包まれた。 - 136湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/03(月) 10:53:22
環奈は、薄暗い天井を見つめる。
「(……もう、この世界に来て1週間ぐらい経つのか……)」
思い返せば、あっという間だった。
気づけば、ここでの仕事にも少しずつ慣れてきた。
でも——
「(……私は、このままずっとここにいるのかな?)」
湯婆婆は怖い。客には変なことをされることもある。
決して居心地がいいとは言えない世界。
けれど——
「(元の世界の方が、居場所がなかったような気がする)」
学校でも、家でも、自分の居場所を見つけられなかった。
じゃあ、私はどちらにいる方が幸せなんだろう?
環奈は、静かに目を閉じた。
その答えが出ないまま——眠りに落ちていった。 - 137湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/03(月) 10:55:09
- 138二次元好きの匿名さん25/02/03(月) 16:44:27
- 139二次元好きの匿名さん25/02/03(月) 17:04:09
アンの知り合いであった神様が湯屋にやって来た
- 140二次元好きの匿名さん25/02/03(月) 17:34:45
- 141湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/03(月) 17:40:56
- 142湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/03(月) 17:41:48
- 143二次元好きの匿名さん25/02/03(月) 20:12:09
蛸神
- 144二次元好きの匿名さん25/02/03(月) 21:46:56
- 145二次元好きの匿名さん25/02/03(月) 21:50:32
虎の神
- 146湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/03(月) 22:01:08
- 147二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 01:15:34
このレスは削除されています
- 148二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 07:20:03
このレスは削除されています
- 149湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 10:35:46
——次の日、環奈と父役は、玄関で客を迎えていた。
ゆったりとした足音が響く。現れたのは、一柱の虎神だった。
白い毛並みが美しく輝き、恰幅のいい堂々たる身体。
その威厳に、環奈は思わず息を呑んだ。
虎神は、ゆったりと環奈の前に立つと、湯代を手渡す。
それから、少し屈み、父役に何かを囁いた。
「……はっ、かしこまりました。」
父役は深々と頭を下げる。
環奈は、そのやり取りを不思議そうに見つめた。
「(……何て言ったんだろう?)」
神々の言葉は、環奈にはまだ理解できなかった。
首を傾げながらも、虎神を大湯へ案内した。 - 150湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 10:36:28
大湯の浴場——環奈は、虎神の身体を洗っていた。
泡立つ石鹸が、虎神の白い毛並みを包む。
虎神は、目を細め、喉を心地よさげに鳴らした。
すると——浴場の入り口で、静かな声が響いた。
「お呼ばれに預かりました。アンでございます」
環奈は、少し驚いて振り向く。そこには、アンが立っていた。
「グルルル……」
虎神は嬉しそうに喉を鳴らし、アンを見つめていた。 - 151湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 10:38:00
- 152二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 13:39:34
- 153二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 13:45:14
- 154二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 15:27:15
- 155湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 15:51:01
- 156湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 16:38:35
「グルル……ガゥ……」
湯場に響く、低い唸り声。虎神はアンに何かを話しかけていた。
しかし——アンの反応は、どこか冷ややかだった。
眉をわずかにひそめ、浮かべる表情は硬い。
「……そうなのですね……」
アンは 淡々と返事をする。
その声には、どこか重さがあった。
「……では、おじ様たちは……?」
アンの問いに、虎神は楽しそうに喉を鳴らした。
「グフフ……ガルル……」
環奈は、黙って二人のやりとりを見つめる。
「(……湯屋の外の話をしてる……?)」
虎神は、まるで懐かしむように語っている。
だが、アンの表情は、曇ったままだった。
虎神の言葉を聞きながらも、目の奥に浮かぶものは、微かな悲しみの色。
環奈の胸に、言いようのない違和感が広がっていった。 - 157湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 16:39:35
- 158湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 16:49:10
「ガウ……グルル……」
虎神の喉から、ふと零れた一言——
その瞬間、アンの動きが、ピタリと止まった。
「ア……ア……?」
掠れた声が、アンの唇から漏れる。目が、驚きに大きく見開かれる。
それまでの冷静さが、一気に崩れ去った。肩が震え、指先もわずかに痙攣している。
虎神は、不思議そうに首をかしげる。
「……?」
彼には、アンの動揺の理由がわからないようだった。
環奈も、思わず虎神を洗う手を止める。
「……アン?」
心配そうに、彼女の顔を覗き込む。
しかし、アンは 何も言えなかった。
ただ、小さく震えながら、どこか遠くを見つめていた。 - 159湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 16:49:38
- 160二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 17:06:44
- 161二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 17:10:19
虎神に感謝を伝えると忘れない内に本当の名前を環奈に教える
- 162二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 17:17:12
- 163湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 17:40:30
- 164湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 17:41:04
(そもそも虎神とアンはどんな関係? >>165 )
- 165二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 17:50:42
- 166二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 18:00:04
幼少期に壊れた焼き物を直した事により付喪神となった
そのため異様に環奈を好いている - 167二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 18:02:09
町のシンボル、マスコット的なもの
毎日の成長を見守っていた - 168湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 18:36:02
- 169湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 19:16:53
「……あ……ありがとうございます……」
アンの声は、かすかに震えていた。
「私の本当の名前を言ってくださって……」
感激と動揺が入り混じる、複雑な表情。
環奈は、その言葉に目を瞬かせた。
「(……アンの……本当の名前?)」
環奈は、虎神とアンを交互に見つめた。
虎神は、特に気にした様子もなく、湯に浸かっている。
アンは、一度静かに息を整えると——
「……環。引き続き、心づくしのお世話を」
努めて平静を装いながら、そう言った。
環奈は、わずかに戸惑いながらも頷く。
「はっ、はい……!」
アンは、静かに背を向け、足早に浴場を去っていく。
環奈は、その背中をじっと見送った。 - 170湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 19:18:40
その後、虎神がお座敷で食事をしている頃——
どうにもアンのことが気がかりだった環奈は、ボイラー室に向かった。
潜り戸を開けると——やはり、アンはそこにいた。
板の間に座り込んで、何かを考え込んでいる。
番台の上から、釜爺がゆっくりと声をかけた。
「よう」
「こんばんは」
環奈は、挨拶を返すと、そっとアンの隣に腰を下ろす。
「……アン……さっきのお客さんとの会話……」
そう尋ねかけると、釜爺も興味を引かれたのか、じっと見つめてきた。
すると——アンが、ふっと小さく微笑んだ。
「……うん。忘れないうちに、あなたとおじいさんに伝えておくわ。」
環奈は小さく息を呑んだ。
「私の本当の名前を——」 - 171湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 19:19:03
- 172二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 20:42:52
- 173二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 20:44:26
アナスタシア
- 174二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 20:45:53
- 175湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 21:10:03
- 176湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 21:17:47
「私の本当の名前は……カンナ」
アンの口からこぼれた名前に、環奈の目が大きく見開かれた。
「えっ……?」
環奈は、一瞬自分の耳を疑う。
「……す、すごい!私と同じじゃん!」
環奈は、驚きと喜びが入り混じった声を上げた。
アン——いや、カンナは、ふっと微笑んだ。
「そう……!すごいでしょう?」
ふたりはお互いを見つめ合い、くすくすと笑い合った。
番台の上から、釜爺が目を細める。
土間のススワタリたちも、喜びを分かち合うかのように小さく蠢いていた。 - 177湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 21:18:33
やがて——環奈は、ふと真剣な顔になり、カンナを見つめた。
「それで……あの神様は、どうしてアン……カンナの本当の名前を知ってるの?」
カンナの表情が少し柔らかくなり、遠い目をする。
「……あの方は……私が住んでいた町を治めていらっしゃるの。私が赤ん坊の頃から、成長を見守ってくださったのよ……」
静かに、しみじみと語るカンナ。
環奈は、そんなカンナの横顔をじっと見つめる。
「それじゃ……会った時、あんまり嬉しそうにしてなかったのは……?」
そう問いかけると、カンナの表情が、ほんの少し翳った。 - 178湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 21:19:46
(カンナ「( dice1d2=2 (2) )」)
1.故郷を恋しく思うことで、湯婆婆の恩を忘れては困るから
2.安価&ダイス
- 179湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 21:20:13
- 180二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 21:26:04
- 181二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 21:27:38
ここでの苦労を知られて気苦労をかけられたくなかった
- 182二次元好きの匿名さん25/02/04(火) 21:47:32
- 183湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 21:54:46
- 184湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 23:26:31
カンナは、そっと視線を落とした。
「……ここでの大変な仕事を知られて、気苦労をおかけしたくなかったの」
環奈は、その言葉にハッとする。
「(……そっか……あの神様は、カンナにとって特別な存在なんだ)」
ふと、番台の上から静かな声が降りてきた。
「優しい子なんだ、アンは……いや、カンナは……」
環奈とカンナが、同時に振り返る。
「そのせいで憂き目に遭っても、恨むことをせん……」
釜爺は、目を細めて続けた。
環奈は、再びカンナの横顔を見つめる
カンナの表情は、穏やかでいて、どこか切なげだった。 - 185湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 23:28:07
(次 dice1d3=1 (1) )
1. 釜爺がカンナの身の上を語る
2. 湯婆婆からカンナに呼び出しがかかる
3. 安価&ダイス
- 186湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/04(火) 23:31:46
- 187二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 00:03:17
- 188二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 00:29:28
悪しき神に浚われ遥か遠い国に来てしまったところを湯婆婆に助けられた
- 189二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 01:06:37
- 190二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 01:58:21
虎神いい人そうでよかった
- 191二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 09:55:01
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- 192湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 10:34:16
- 193湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 15:47:39
やがて、釜爺は、ゆっくりと口を開いた。
「この子はな……昔、悪い神に攫われたんだ」
環奈の目が見開かれる。
「えっ……?」
「それで、遠い国に連れてこられてたのを、湯婆婆が貰い受けたそうな」
淡々と語る釜爺の言葉に、環奈は息を呑んだ。
カンナは、少し遠い目をしながら静かに語り始めた。
「……それからしばらくして、虎神さまが湯屋にお越しになって、再会できたのだけど……湯婆婆さまとの契約があるから、元の町に帰ることはできなかったの」
環奈は、ぎゅっと拳を握る。
「(酷い……!)」 - 194湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 15:48:15
すると、釜爺がふんっと鼻を鳴らした。
「フン、あんなもん契約のうちに入らんわい。湯婆婆の方から勝手に恩を押し付けといて、『助けてやったんだから、ここで働け』と脅したんじゃねぇか」
釜爺の言葉に、環奈は納得するように頷いた。
しかし、カンナは首を横に振る。
「でも、あのまま邪神の奴隷でいたら……今ごろ私の命はなかったかもしれないわ」
その言葉に、ボイラー室が静まり返る。
環奈は、カンナの言葉の重みを噛み締めながら、じっとカンナを見つめた。 - 195湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 15:49:13
- 196二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 17:14:47
- 197二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 17:19:04
カオナシと銭婆が札を介して現れ、あの時湯婆婆が環奈に変な夢を見せてくれたお礼も兼ねてカンナを出す手助けをしたいと提案してきた
- 198二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 19:29:05
- 199湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 20:31:46
- 200湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 20:42:28
「……湯婆婆への恩は、もう十分に返したんじゃねぇのか」
釜爺が、ふっと呟く。カンナは、目を瞬かせた。
釜爺は、カンナを見つめながら続けた。
「お前さんは、ずっと湯婆婆の助手として働いてきた。坊の世話も、誰よりもよくやってきた。ここに来てから、どれだけ役に立ったと思ってる?」
カンナは、少し唇を噛む。
「お前さんは、自分の名前も取り戻した。もういつでも、ここから出ていけるんだ」
釜爺の声は、どこか優しく、そして力強かった。
環奈は、カンナの横顔を見つめた。
カンナは何も言わない。ただ、静かに釜爺の言葉を聞いている。
「……待ってるもんがいるんなら、帰った方がいい」
その言葉が、環奈の胸に、妙に強く響いた。
「(……待ってる人……?)」
自分の世界に、自分を待っている人は、いるのだろうか?
いるとしたら——自分は、元の世界に帰るべきなのだろうか。
環奈は、静かに視線を落とした。 - 201湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 21:29:49
- 202二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 21:45:40
- 203二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 21:50:50
この世界でも沢山の友人ができたのだから
仮に本当に待ってくれる人がいなくてもこれから現れるはずだと説得するいつの間にかいた銭婆 - 204二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 22:27:06
- 205湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 22:39:52
- 206湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 23:01:56
「——なぁに、難しい顔をしてるんだい?」
ふと、背後から聞こえた、どこか懐かしい声。
環奈は ハッとして振り返った。
そこに立っていたのは——銭婆だった。
環奈の目が大きく見開かれる。
「銭婆……!」
だが、それは今までの“分身”とは違う。
この場にいるのは、本物の銭婆——直感でそう分かった。
その姿を見て、カンナと釜爺も驚きを隠せない様子だった。 - 207湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 23:05:21
「アンタはこの世界で、たくさんの友人ができたんだからねぇ」
銭婆はゆっくりと近づきながら言う。
「仮に、待ってくれる人がいなくても——これから、きっと現れるさ」
環奈の胸が、ふっと熱くなる。
「(……これから……?)」
考えたこともなかった。
元の世界での自分は、孤独で、退屈で——それが、揺るがない事実だと信じ切っていた。
環奈は、銭婆をじっと見つめる。
銭婆はゆっくりと頷き、優しく微笑んでいた。 - 208湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 23:07:14
1.湯婆婆「アンタッ……!ここで何してるんだい!?」(銭婆を見て)
2.ボイラー室の外が騒がしい。アシナシが逃げ出した……!
3.安価&ダイス
dice1d3=2 (2)
- 209湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 23:27:33
突然——ボイラー室の外から、悲鳴と騒がしい声が響いた。
「きゃあああっ!!」
「逃げろぉぉぉ!!」
環奈とカンナが、驚いて顔を見合わせる。釜爺も、険しい表情になった。
「……やはり」
銭婆が、静かに、しかし確信を持った声で呟く。
「……環奈。災いがまた芽を吹き始めたよ」
「……災い……?」
環奈の胸が、ギュッと締めつけられる。
脳裏に浮かぶのは、あの黒い泥の怪物——
「(……まだ、終わっていなかったの……!?)」 - 210湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 23:27:43
銭婆は、目を細めると、すぐに決断したように言った。
「ぐずぐずしちゃいられない。ついておいで!」
次の瞬間、銭婆の身体が、ふわりと宙に浮く。
まるで風に乗るように、壁をすり抜け、ボイラー室の外へと消えた。
「待って……!銭婆!!」
環奈は慌てて立ち上がる。
「行こう、カンナ!!」
「ええ!」
環奈とカンナは、急いで潜り戸をくぐり、銭婆の後を追った。
釜爺は、じっと二人の背中を見送る。
その傍らで、ススワタリたちは、不安げに蠢いていた。 - 211湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/05(水) 23:28:12
- 212二次元好きの匿名さん25/02/05(水) 23:52:33
- 213二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 00:13:01
大湯で会ったときのような姿だが、今度は成人女性程度の外見
- 214二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 00:14:17
- 215湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 00:15:58
- 216二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 09:28:13
銭婆は癒し
やっぱ推しだね - 217二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 09:28:41
ほしゅ
- 218二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 09:35:16
落ちないように保守
- 219湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 10:08:12
居住区から仕事場へと駆け込むと——目の前には、混乱の渦が広がっていた。
カエル男やナメクジ女たちが、慌てふためいて走り回っている。
「妖怪が!妖怪が逃げたぞぉ!!」
「誰か、湯婆婆さまを呼んでこい!!」
環奈は、必死に状況を見極めようとする。
すると——目に飛び込んできたのは、一人の女の姿だった。
薄い緑色のスーツに、黒いネクタイ。
臙脂色のマフラーを首に巻き、スーツの上から薄い褐色のトレンチコートを羽織っている。
黒い短髪に、赤く光る目。
——間違いない。
環奈が、大湯で、そして坊の部屋で遭遇したあの人物。
泥の妖怪——アシナシが化けた姿だった。 - 220湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 10:08:35
記憶が蘇る。
あの時の恐怖が——あのぬるりと絡みつく泥の感触が——
喉の奥からせり上がってくる。
「……ッ!!」
環奈は、奥歯を噛みしめた。
膝が震えそうになるのを、必死で堪える。
一方で、銭婆は一歩も引かない。
そして、アシナシもまた——動かない。
ただ、無表情のまま、じっと環奈たちを見つめている。 - 221湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 10:08:58
- 222二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 12:31:20
- 223二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 13:41:41
アシナシを見ているそれぞれの者が最も恐れる姿になる
- 224二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 14:42:49
- 225湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 15:55:14
- 226湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 16:06:32
環奈は、じっとアシナシを見つめながら、一歩も引かないように踏ん張っていた。
——その時。隣から、かすかな震えが伝わってくる。
カンナだ。
肩が小さく揺れていて、息が詰まったような声が漏れている。
「ッ……!」
さらに、銭婆の表情が険しさを増していることに気づいた。
額には、薄い汗が滲んでいる。
「……!」 - 227湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 16:07:11
環奈には分からなかった。
だが、アシナシは今、見る者それぞれにとって「最も恐ろしい姿」になっていたのだ。
環奈にとっては——それは、大湯と坊の部屋で遭遇した、あの人物。
カンナには、カンナが最も恐れる存在の姿に映っているのだろう。
だからこそ、彼女の震えは止まらない。
環奈は、何が起きているのか完全には理解できていなかった。
でも、カンナの不安と恐怖だけは、手に取るように分かった。
だから——環奈は、そっとカンナの手を強く握った。 - 228湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 16:07:26
「……!」
カンナが、びくっと肩を揺らす。
ゆっくりと環奈を振り向いた。
環奈は、小さく頷いてみせる。
大丈夫だよ——そんな気持ちを込めて。
カンナの表情に、ほんの少しだけ勇気が戻る。
カンナは、震えを抑えるように、深く息を吸った。 - 229湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 16:08:09
- 230二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 17:49:40
- 231二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 17:54:07
カエル男やナメクジ女たちの言うことの食い違いであれが幻覚だと見破りここから去るように言い張る環奈
- 232二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 18:29:43
- 233湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 18:38:20
- 234湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 19:43:06
環奈の耳に、周囲のざわめきが入り込んできた。
「何してる!早く逃げろ!取って食われるぞ!!」
「あの牙が見えねぇのか!!」
「恐ろしい……!鬼みたいだ……!!」
環奈は、一瞬息を呑んだ。
「(牙……?鬼……?)」
そんなもの、目の前の存在には見えないはずなのに——
環奈は、ふと隣のカンナを見た。
カンナの顔色は青白く、今にも倒れそうなほど強張っていた。
環奈は、そっとカンナの手を握りしめながら、静かに尋ねた。
「カンナ……あれ、何に見える……?」
カンナは、ゆっくりと視線を動かし、アシナシを見つめる。
そして、震える声で答えた。
「……蛇……私を攫ったのとそっくりな……」
その言葉を聞いた瞬間——環奈はすべてを理解した。
アシナシは、見る者にとって最も恐ろしい姿に変わっている。
カンナには「かつて自分を攫った蛇神」に。
従業員たちには「牙を持つ鬼」のようなものに。
環奈には「大湯と坊の部屋で遭遇した人物」に。 - 235湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 19:43:34
「(そっか……そういうことなんだ……!)」
そうわかると、不思議と恐怖が薄れる気がした。
環奈は、ぐっと唇を引き結ぶと——意を決して、一歩踏み出した。
「……ここから出てって……!」
真っ直ぐ、アシナシを見据える。
「みんなを困らせないで……!」
その瞬間——アシナシの赤い瞳が、ほんの一瞬、揺らいだ。 - 236湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 19:44:07
- 237二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 20:05:09
- 238二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 20:12:25
カオナシの手の内は知ってるしもうすぐ湯婆婆も来るだろうから抵抗しても無駄だと告げる
- 239二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 20:28:25
- 240湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 21:22:42
- 241湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 21:58:30
その瞳の揺らぎを、環奈は見逃さなかった。
環奈は、胸の奥から湧き上がる想いに突き動かされるように、さらに言葉を続ける。
「あなたは……私に酷いこともしたけど……!でも、大湯では私を助けてくれた……!」
銭婆とカンナが、驚いたように環奈を振り向く。
「だから——そんなあなたと、戦いたくない!!」
環奈自身、どうしてこんなことを言っているのかわからなかった。
——これは、ただの気まぐれなのか?
——それとも、情けなのか?
——それとも、怖くて戦いたくないことへの、ただの誤魔化しなのか?
それでも——環奈の声は震えず、まっすぐだった。
その言葉を聞いた瞬間、アシナシが目を見開く。
動揺が、一段と大きくなるのがはっきりと伝わった。 - 242湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 21:58:55
- 243二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 22:38:25
- 244二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 22:45:24
- 245二次元好きの匿名さん25/02/06(木) 22:46:42
- 246湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 23:00:44
- 247湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/06(木) 23:02:14
(環奈「 dice1d2=1 (1) 」)
1.そんなの効かない
2.うっ……
- 248二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 01:40:22
強くなったねぇ(しみじみ)
- 249二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 10:41:14
保守する!危ない!
- 250二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 10:52:02
最初と違ってメンタル強くなったねぇ…
アシナシってショゴスの系譜じゃないよね?凄い似てるけど
ヘビ…邪神…イグ?…いや、やめておこう
環奈とカンナ。ふたりとも頑張れ - 251湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 12:02:17
アシナシの赤い瞳が、揺れ動いたまま——
その身体が、突如としてぐにゃりと崩れた。
「……!!」
環奈の目が、大きく見開かれる。
どろぉ……べちょぉ……
ねっとりとした黒い泥が、床に広がりながら蠢く。
だが、その泥はすぐに二つに分かれた。
そして、それぞれの塊が、もう一度「人」の形を作り始める。
「……えっ……!?」
環奈は息を呑んだ。
目の前に立っていたのは——自分の両親だった。
無関心なあの二人。
家にいても、環奈に目を向けることのなかった、あの人たち。
「……っ」
環奈の胸が、ぎゅっと締め付けられる。 - 252湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 12:02:39
アシナシの意図を探ろうとするが、何も読めない。
これは、嘲笑なのか? アシナシなりの抵抗なのか? それとも——
——けれど、環奈は、やがてきっぱりと口を開いた。
「……そんなの、効かない……!」
その声には、もう迷いはなかった。 - 253湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 12:03:40
- 254二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 12:34:13
- 255二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 12:36:48
ずっと昔、両親がまだ環奈を愛していた頃の映像を彼女だけに見せる
- 256二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 12:44:26
- 257湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 14:26:18
- 258湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 14:45:06
突然、環奈の視界がぐらりと揺れた。
強烈な目眩のような感覚。
「……っ!?」
周囲の音が遠のいていく。
銭婆やカンナの姿がぼやけ、アシナシの姿も霞んで——目の前が真っ暗になった。 - 259湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 14:45:31
視界が再び明るくなった時、そこに広がっていたのは——
見慣れた家の光景だった。
柔らかな陽の光が、カーテン越しに差し込むリビング。
そこで見えたのは——両親だった。
母親が、腕の中に赤ん坊を抱えている。
父親は、微笑みながらその小さな手を握っていた。
「……あ……」
環奈は、思わず息を呑む。
——それは、幼い頃の環奈だった。
「……そんな……」
環奈は、自分の手を伸ばそうとした。
けれど——向こうの両親には、今の環奈の姿は見えていないらしい。
これは——幻。
あの妖怪が見せているものだ。
しかし、それを理解していても——環奈の胸の奥が、きゅうっと締めつけられる。 - 260湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 14:45:47
場面が切り替わる。
まだ幼かった頃の自分。
母親の膝の上で絵本を読んでもらっている。
父親と一緒にお絵描きをしている。
「(——私……愛されてたの……?)」
さらに場面が変わる。
小学生になった頃の自分。
入学式の日、両親と一緒に写真を撮っている。
運動会で、お母さんがお弁当を作ってくれた。
お父さんが、仕事から帰ってきて、誕生日に欲しがっていたものを買ってくれた。
「……そんな……はず……ない……」
環奈の声が、震える。 - 261湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 14:46:01
愛されていたなら——どうして今は、あんなに冷たいの?
どうして私を見てくれないの?
環奈の心が揺らぐ。
幻だと分かっているのに——どうしようもなく、涙が滲んでしまう。
——会いたい。お父さんとお母さんに。もう一度—— - 262湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 14:47:33
- 263湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 16:19:56
環奈の視界が、ふっと切り替わる。
次に映ったのは——湯屋の中の光景だった。
黒い泥の妖怪が、湯婆婆を倒している。
「えっ……?」
環奈は目を疑った。
しかし、湯婆婆は、床に倒れ込んで微動だにしない。
父役、兄役、そして従業員たちが、その光景に息を呑んでいた。
誰一人、声を上げることもできない。
そして——アシナシの前に、全員がひれ伏した。 - 264湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 16:20:27
場面が変わる。
今度は、あのコートの女性——アシナシが化けた姿が、環奈の手を取っていた。
二人は、トンネルの中を進んでいく。
「(この場所……!)」
環奈はすぐに気づいた。
それは、自分がこの世界に来た時に通り抜けたトンネルだった。
トンネルの向こうには——見覚えのある森が広がっていた。
そして——そこに、環奈の両親がいた。
「お母さん!お父さん!」
幻の環奈が、二人に駆け寄る。
母が優しく微笑む。父が腕を広げる。
環奈が、その胸に飛び込む。
ぎゅっ——と、抱きしめられる。
環奈は、それをただ見つめていた。
「(妖怪が……私を元の世界に帰してくれた……?)」 - 265湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 16:20:43
再び、視界が暗転する。
辺りが真っ暗になり——環奈とアシナシだけがいる空間になっていた。
ズズズ……
黒い泥のアシナシが、ゆっくりと動いた。
泥の一部を伸ばし、手の形をつくる。
……ずるぅ……
それを、環奈の前に差し出す。
——手を組もう。
そう促してくるように。
環奈の心臓が、ドクンと鳴った。 - 266湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 16:21:17
- 267二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 16:39:47
- 268二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 16:52:58
アシナシの目的は何なのか、それをしてどんな意味があるのか何も聞いてないのに手を組めないと告げる
- 269二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 16:55:47
- 270湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 17:06:30
- 271湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 17:28:28
環奈は、しばらく黙っていた。
目の前で伸ばされた、黒い泥の手。それが何を意味するのか、環奈にはまだわからない。
それでも——ただ流されるように取るわけにはいかなかった。
「……あなたの目的は何?」
静かに、けれどはっきりと問いかける。
「私を誘って、どうしたいの?それを教えてくれないなら——その手は取らない」
アシナシは、赤い目でじっと環奈を見つめた。
そして——周囲の光景が、再び変わる。 - 272湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 17:29:27
「……!!」
そこは——環奈が住んでいた町だった。
見慣れたマンション。家。横断歩道。
いつも通りの町並み——のはずなのに、何かが違う。
道を行き交うのは、ほとんどが異形の神々やカゲたちだった。
鬼のような角を持った神が、足を踏み鳴らしながらバスを待っている。
顔の見えない影の存在が、人間に荷物を持たせ、ゆったりと歩いている。
なまはげのような神が、店先で人間の店員に何かを命じている。
これは——人間の世界に、不思議の世界の住人たちが入り込んだ光景だった。
「ッ……」
環奈の喉が、ひくりと動いた。 - 273湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 17:30:05
- 274二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 17:32:36
- 275二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 18:27:34
- 276二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 18:28:55
- 277湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 18:35:36
- 278湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 18:36:20
- 279湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 19:26:11
環奈の視線が、ふと先へ向かう。
そして——目を疑った。
「……お母さん……?お父さん……?」
そこにいたのは、確かに両親だった。
だが——彼らは豚のような神にこき使われていた。
二人で、人力車のようなものを引いている。
肩に縄をかけられ、重たい車輪を軋ませながら、一歩、また一歩と進んでいた。
父の額には汗が滲んでいる。母の呼吸は荒い。
それでも、神の鞭が振るわれるたび、力なく足を動かし続ける。
「っ……!」
環奈は、思わず手を伸ばした。
「お母さん!! お父さん!!」
だが——二人は、環奈の存在に気づかないまま、ただ黙々と歩き続けた。
環奈の手は、宙で震えていた。 - 280湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 19:27:02
- 281二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 20:16:45
- 282二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 20:23:15
カンナを心配する両親の姿を見せる
- 283二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 20:25:22
- 284湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 20:26:10
- 285湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 21:04:32
また、場面が切り替わる。
次に、環奈の目の前に広がったのは——見知らぬ家の中だった。
古びた木の梁。西洋風の意匠が施された窓。
壁には、どこか異国の温もりを感じる刺繍のタペストリーがかかっている。
その部屋の中央に、食卓があった。
向かい合って座る、ひと組の夫婦。
「……カンナは、元気にしているかしら」
環奈の目が、大きく見開かれる。
「(カンナ……!?)」
テーブルを挟んで向かい合う二人——その顔は、どこかカンナに似ていた。
「(ここは……カンナの家……?)」 - 286湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 21:04:52
環奈は、じっと彼らの会話に耳を澄ませた。
「……あの魔女は恐ろしいから……あの子がひどい目に遭ってないか心配だわ……」
母親らしき女性が、不安そうに眉をひそめる。
「助けに行きたいけど……この世界は決まり事が多すぎる……」
父親らしき男性が、ため息をつくように言った。
環奈の胸に、ぎゅっと冷たいものが込み上げる。 - 287湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 21:05:55
- 288二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 21:28:34
- 289二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 21:31:28
続いてこのまま湯屋で朽ちていくカンナの未来を見せる
- 290二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 21:33:39
- 291湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/07(金) 22:54:22
- 292二次元好きの匿名さん25/02/07(金) 23:19:14
環奈…負けるな、と言いたいけど…人の心無いんか?…人じゃなかったわ。妖怪だったな
- 293二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 05:47:44
今度はどうなるかな
- 294二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 10:21:46
悪魔の囁き
- 295湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 11:34:27
次に、環奈が見せられた光景は——
父親の仕事場だった。
デスクに座り、パソコンの画面を睨む父。
書類の山に囲まれながら、キーボードを打つ手は忙しなく動いている。
その表情はいつものように無表情で、そこに焦燥や悲嘆の色はない。
まるで、何事もなかったかのように。 - 296湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 11:34:41
次に見えたのは、自分の家——
テーブルには酒瓶とグラス。
母親が、友人たちと笑い合っていた。
「だからさぁ〜!ほんっと、ウチの子ったら……!」
軽やかな笑い声。弾む会話。
環奈がここにいないことなんて、誰も気にしていないように見えた。
「……あ……」
環奈の心が、大きく揺らぐ。
「(私がいなくても……お父さんも、お母さんも……変わらない……?)」
愛されていたのか。愛されていなかったのか。
どちらも正しい気がして、どちらも違う気がして——環奈の心は、ぐちゃぐちゃに掻き乱される。
「何がしたいの……!?」
環奈は、アシナシに向かって叫んだ。
「こんなもの見せて……!!」 - 297湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 11:35:51
- 298二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 14:17:50
- 299二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 14:31:17
それがどうした
- 300二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 16:00:35
- 301湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 16:11:15
- 302湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 16:42:38
「……私の両親は、カンナの親と違って、心配してくれない?」
環奈の声が震える。
「だから何なの……!」
自分でもわからない感情が、胸の奥から込み上げてくる。
「私がいなくても、お父さんとお母さんもは、平気なのかもしれない……!私がいなくなったことに、気づいてさえいないのかもしれない……!でも……!」
環奈は、ぎゅっと拳を握りしめた。
「たとえ待ってる人がいなくても——これから、そういう人ができるかもしれない……!いや、作ってみせる!」
環奈の目には、迷いがなかった。
「私は……私の居場所を、自分で見つける!」
その瞬間——アシナシの赤い目が揺れた。
環奈の、迷いもなく、確信に満ちたその言葉が、アシナシの核心を揺るがせたのか——その赤い瞳の奥に、わずかな動揺が浮かんだ。 - 303湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 16:58:17
- 304二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 17:50:29
- 305二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 17:56:30
銭婆がアシナシの幻覚を打ち消すと苦笑いを浮かべて敗北を認めたのかみるみる内に溶けていくアシナシ
- 306二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 18:42:34
- 307湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 19:24:07
- 308湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 19:37:30
突然、視界が暗転した。
「……あっ……!」
環奈は、思わず声を上げた。
目の前に広がるのは、湯屋の光景。
自分は戻ってきた。
環奈の声に、カンナと銭婆が振り向く。
「環奈……?」
「どうしたんだい?」
どうやら、環奈が幻を見せられていた間、現実ではほんの数秒しか経っていなかったらしい。 - 309湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 19:37:41
その時——じゅるり……と、粘つく音がした。
環奈が顔を上げると、目の前でアシナシの黒い泥の身体が、水のようにゆっくりと溶けていく。
どろり、どろりと流れ、それは木の床の隙間に、染み込むように消えていった。
従業員たちがざわめき始める。
「消えた……?」
「逃げたのか……?」
銭婆が、静かに彼らの前に出て、淡々と言った。
「心配ない。奴はここから出ていったよ」
その一言で、場の空気が少し落ち着く。
環奈は、しばらく黒い泥が消えた床を見つめた後、小さく息をついた。
「……銭婆、あいつはもう来ないかな……」 - 310湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 19:38:18
- 311二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 19:44:32
- 312二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 19:47:28
そん時はあたしがぶっ飛ばしてやるよ
- 313二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 19:50:47
- 314湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 21:46:54
- 315湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 22:17:49
銭婆は、にっこりと微笑んだ。
「なあに、その時は私が倒してやるよ」
頼もしげな声に、皆の張り詰めていた心が少し緩む。
「……ありがとう、銭婆」
環奈は、小さく言った。
しかし、銭婆は次の瞬間、少し苛立ったように呟いた。
「……ところで、あの愚妹は何をしてるんだい? 自分の店に妖が入り込んでるって時に……」
その言葉に、環奈とカンナは思わず顔を見合わせる。
「……そういえば……」
いつもなら、何かあればすぐに怒鳴り込んでくるはずの湯婆婆が、この騒動の最中、一度も姿を見せていない。 - 316湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/08(土) 22:18:22
- 317二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 22:29:02
- 318二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 22:29:53
万が一に備えて客の避難を指示していた
- 319二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 22:32:26
- 320湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/09(日) 00:22:30
- 321二次元好きの匿名さん25/02/09(日) 09:29:48
念のため
- 322湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/09(日) 10:37:03
——しばらくして、銭婆は、湯婆婆の部屋にいた。
カンナが運んできた紅茶をゆっくりと口に運ぶ。
向かいの椅子に座る湯婆婆は、不機嫌そのものだった。
「……自分の店が大変だってときに、坊やと一緒に隠れてたのかい?呆れるねぇ」
銭婆は、皮肉たっぷりに言う。
「うるさいね!」
湯婆婆はバツが悪そうに顔をそむけた。
「坊が心配だったんだよ!」
その時、坊が銭婆を見下ろして、ぽつりと言った。
「バーバ、坊またバーバの家に行きたいぞ」
「坊……!」
湯婆婆の目が見開かれる。
銭婆は、優しく微笑んだ。
「フフフ、いつでもおいで」
しばらく、部屋に静かな時間が流れる。
やがて銭婆は、ティーカップをそっと置き、真剣な表情で口を開いた。 - 323湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/09(日) 10:38:30
(銭婆「 dice1d2=2 (2) 」)
1. 環奈とカンナのこと
2. アシナシのこと
- 324湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/09(日) 10:49:57
「あの妖だけどね」
その声に、湯婆婆とカンナが銭婆を見つめる。
「あれはアシナシというものだよ。何にでも姿を変えられる妖怪さ。相手が恐れるもの、求めるもの……どんな姿にもなれる。その代わり……『己』というものを持たない哀しい奴さ」
湯婆婆は鼻を鳴らす。
「随分と知ったような口ぶりじゃないか」
「まあね」
銭婆は、ほんの少し遠くを見つめるような表情をする。
「うちに似たようなもんがいるからね」
銭婆のは頭には、カオナシの姿がよぎっていた。
ふと、銭婆の瞳が鋭くなる。
「……あんたは、どうしてアレがここで悪さをしたと思うかね?」
銭婆の、試すような問いかけに、湯婆婆は眉をひそめる。 - 325湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/09(日) 10:51:56
- 326二次元好きの匿名さん25/02/09(日) 12:28:14
- 327二次元好きの匿名さん25/02/09(日) 15:58:42
自分の居場所がほしかった
- 328二次元好きの匿名さん25/02/09(日) 16:10:01
- 329湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/09(日) 17:27:30
- 330湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/09(日) 18:52:21
「……もしかすると、この神様たちが集まる場なら、自分を見つけられると考えたんじゃないかね」
湯婆婆の答えに、銭婆は軽く首を傾げ、微笑みを浮かべる。
「なるほど、それも一理あるねえ」
ティーカップを指先で転がすようにしながら、銭婆は続けた。
「しかし——そうしようとしていたところに、何かがあいつの心を揺るがせた。それで、身を引いたと私は思うね」
「……何か……?」
湯婆婆は、銭婆の言葉を吟味するように、目を細める。
「さあ、何だろうねえ。フフフ……」
銭婆はくすっと笑い、紅茶を一口すする。
その笑みは、まるで全てを見通しているかのようだった。 - 331湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/09(日) 18:52:40
- 332二次元好きの匿名さん25/02/09(日) 19:13:11
- 333二次元好きの匿名さん25/02/09(日) 19:19:32
一部始終をこっそり見ていた蛸神が感謝と尊敬の念を伝えに来た
- 334二次元好きの匿名さん25/02/09(日) 19:22:07
- 335湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/09(日) 22:15:52
- 336二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 00:47:20
このレスは削除されています
- 337湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 10:16:32
保守
- 338二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 10:17:14
このレスは削除されています
- 339湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 14:00:20
ふと、銭婆が扉の方へと視線を移し、笑みを深める。
「おや、お客様だよ」
カンナは一瞬きょとんとした後、扉へと向かう。
扉を開けたその向こうには、タコノヤマさまたち蛸神がいた。
湯婆婆は一瞬驚いたものの、すぐに愛想の良い笑みを作る。
「あらあら、お客様……いかがなさいました、このようなところへ……?」
「グギュルル……」
タコノヤマさまは、部屋に入ってくると、低く喉を鳴らしながら何かを語る。
湯婆婆は、しばらく聞き入っていたが、やがてニコニコと相槌を打った。
「いやいや、恐れ入ります……」
一層丁寧な物腰で応じる湯婆婆の様子に、カンナは不思議そうに首を傾げた。
すると、すぐそばの銭婆が、そっとカンナの耳元に囁く。
「あんたと環奈がアシナシを追い払った一部始終を見ていてね、お礼とお褒めの言葉を言いに来たんだよ」
カンナは一瞬驚いた顔をしたが、次第に頬が少し紅くなる。
どこか照れ臭く、それでも誇らしさが滲んだ微笑みを浮かべた。 - 340湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 14:02:28
- 341湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 15:32:07
タコノヤマさまが、再び喉を鳴らして、何かを唸る。
「ググルルル……」
その言葉を聞いた湯婆婆は、思わず目を丸くした。
「……は?」
珍しく素の反応を漏らす湯婆婆。
カンナも何を言われたのか気になり、思わず身を乗り出す。
すると、その横で銭婆が、面白そうに微笑みながら口を開いた。
「こりゃあ驚いたねぇ。あんたと環奈を引き取りたいそうだよ」
「え……?」
カンナの瞳が大きく揺れる。思いも寄らぬ申し出に、戸惑いが隠せない。 - 342湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 15:32:25
湯婆婆は一瞬考え込んだ後、すぐに取り繕うようにニコリと笑う。
「申し訳ありませんが、あの娘二人はこの店と契約を結んでおりまして……ここから出すわけには参りませんよ」
その笑みはいつものように狡猾なものではなく、どこか焦りが滲んでいた。
そんなやり取りを、銭婆は興味深そうに眺めている。 湯婆婆がどう出るのか、そしてカンナがどう決断するのか──ただ静かに、しかし鋭い目で成り行きを見守っていた。 - 343湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 15:33:01
- 344二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 16:33:19
- 345二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 16:38:45
自分達は帰る場所があると言うカンナ
- 346二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 17:59:07
- 347湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 19:05:54
- 348湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 19:36:36
カンナは息を整え、一歩前に進むと、丁寧に頭を下げた。
「タコノヤマさま……お心遣い、痛み入ります。ですが、私たちには帰るべき場所がございます。せっかくのお申し出ですが、それに応えることはできません」
カンナの声は震えていなかった。
むしろ、静かで、けれど芯のある決意を滲ませていた。
湯婆婆は、その言葉にカッとなる。
「なんて無礼な——!」
湯婆婆が身を乗り出した瞬間、銭婆が片手をスッとあげた。
湯婆婆はピタリと動きを止める。鋭い目で銭婆を睨みつけたが、銭婆は余裕の笑みを浮かべたままだった。 - 349湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 19:37:09
タコノヤマさまはカンナの深い礼にじっと目を向けた。
他の蛸神たちも、互いに視線を交わし、しばらく思案するように唸る。
「……グギュルル……」
やがて、タコノヤマさまが目を細め、満足そうにゆっくりと頷いた。
まるで「理解した」とでも言うように、重々しく低い唸り声を響かせる。
「ギュウゥ……」
他の蛸神たちも、それに倣うように頷き、同じく低く喉を鳴らした。
その反応を見て、カンナは安堵しながらも、深く頭を下げ続けていた。
銭婆はそのやりとりを見ながら、ただ静かに、彼女の決断の強さを感じ取っていた。 - 350湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 19:37:36
- 351二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 19:53:59
- 352二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 20:00:55
「あんたも坊以外にもう一人くらい好きな人でも作ってみたらどうだい?そうすれば人の暖かみってもんが分かるだろうさ」
- 353二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 20:02:56
- 354湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 20:39:15
- 355湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 21:01:06
銭婆は、ゆったりと湯婆婆の方へ向き直ると、薄く笑って言った。
「ねえ、あんたもさ。坊以外にもう一人くらい、大事に思える人を作ってみたらどうだい?」
「はぁ?」
湯婆婆は、ギロリと銭婆を睨んだ。
銭婆は肩をすくめながら、茶目っ気たっぷりに続けた。
「そうすりゃ、人の暖かみってもんが分かるだろうさ」
その言葉に、湯婆婆は忌々しそうに鼻を鳴らし、ぷいっとそっぽを向く。
「フンッ、あたしには坊がいれば十分さ。余計なお世話だよ」 - 356湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 21:02:14
環奈は、静かな夜の海を見つめていた。
ベランダの手すりに肘をつき、暗い水面に映る湯屋の灯をぼんやりと眺める。
背後の部屋からは、湯女たちの楽しげな声が響いてくる。
「いやぁ、これで安心して寝られるってもんさ!」
「本当よねぇ、変な妖怪がいなくなって!」
環奈は、懐に手を入れ、謎の神から渡された虹色の真珠を、そっと取り出した。
部屋の灯りにかざすと、真珠の滑らかな表面が淡く輝く。 - 357湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 21:03:11
——「待ってるもんがいるんなら、帰った方がいい」
釜爺の言葉が蘇る。
——「アンタはこの世界で、たくさんの友人ができたんだからねぇ。仮に、待ってくれる人がいなくても——これから、きっと現れるさ」
銭婆の言葉が重なる。
——「たとえ待ってる人がいなくても——これから、そういう人ができるかもしれない……!いや、作ってみせる!私は……私の居場所を、自分で見つける!」
自分がアシナシに向かって叫んだ言葉。
環奈は、指先でそっと真珠を転がした。
元の世界に戻るべきなのだろうか——?
もし戻れば、あの退屈で、息苦しくて、でも自分が生まれた世界が待っている。
けれど、この世界に残れば——カンナや銭婆、カオナシ、リン、釜爺、坊……大事に思える人たちと共に生きられる。
別れたら、もう二度と会えないのだろうか——? - 358湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 21:04:08
- 359二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 21:09:18
- 360二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 21:21:59
アシナシの姿(人間)が幻影となって現れ自分についてくるように促す
- 361二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 21:23:49
- 362湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/10(月) 22:45:36
- 363二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 00:51:14
何をするつもりかな
- 364湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 09:58:02
(念のため保守です。更新頻度低くてごめんなさい。)
- 365湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 11:07:27
そのとき——すぐ隣に、気配が生まれる。
ハッとして振り向くと、そこには トレンチコートを羽織った黒髪の女性——アシナシが静かに佇んでいた。
「……!!」
環奈の喉が、ぎゅっと詰まる。驚いたはずなのに、なぜか声が出ない。
部屋の方から、湯女たちの他愛ない会話や笑い声が聞こえてくる。けれど——誰も、この妖怪の存在に気づいていない。
まるで、環奈にしか見えていないようだった。
環奈は、緊張しながらも一歩後ずさる。
しかし、アシナシは何もせず、ただじっと環奈を見つめている。
そして、無言のまま、手招きをした。 - 366湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 11:08:46
「……?」
環奈は、戸惑いながらも警戒を強める。
だが、アシナシの赤い瞳には、敵意も悪意も、禍々しさもない。
ただ、そこにあるのは——何かを伝えようとする意志。
——来い。
言葉はない。けれど、そう言われた気がした。
環奈は、一瞬だけ振り返る。
やはり、部屋の中の湯女たちは、誰も気づいていない。
環奈は、自分にしか見えない何かが起きていることを悟った。
そして——迷いながらも、一歩、アシナシの方へ足を踏み出した。
すると、アシナシは踵を返し、廊下沿いに歩き出す。
環奈は、真珠を握りしめながら、その背中を追いかけた—— - 367湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 11:10:02
- 368二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 14:21:12
- 369二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 15:00:48
いつの間にか環奈とカンナの契約書の保管してある場所まで来てしまった
これを破れば元の世界に帰れると言いたいらしい - 370二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 15:04:12
- 371湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 15:55:24
- 372湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 16:58:33
環奈は、アシナシの背中を追っているうちに、いつの間にか湯屋の庭の木戸をくぐっていた。
「(……いいのかな、外に出て……)」
不安になって振り返るが、湯屋の中に異変はない。誰も気づいていないのか、それとも——
朱塗りの橋を、アシナシが無言のまま渡っていく。
環奈は迷いながらも、その後を追った。
——商店街は静まり返っていた。
昼間の喧騒が嘘のように消え去り、提灯も灯りを落とし、店々の影が長く路上に伸びている。
環奈は、思わず自分の肩を抱いた。
アシナシは迷うことなく進み続ける。
そして——とうとう、海に面した石段まで辿り着いた。 - 373湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 16:59:22
環奈が困惑していると、アシナシがふと手を翳した。
ザザァァァ——……!
水面が、ゆっくりと割れていく。
環奈の目の前に、対岸の時計台へと続く一本の道が現れた。
「……!!」
環奈は驚きと戸惑いに息を呑む。
アシナシは、何も言わずに環奈を見つめている。
「(——今なら帰れる、って言いたいの……?)」 - 374湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 16:59:51
- 375二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 17:26:46
- 376二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 17:33:12
他の従業員から千尋が湯屋から帰った時の事を聞かされており、何か腑に落ちない環奈
「(銭婆も前に来たっていう子をあそこまで連れていく事くらい簡単に出来たはず。でも何故そうしなかったんだろう?ただでは帰れない理由があったんじゃないのかな)」 - 377二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 17:33:47
- 378湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 17:51:47
- 379湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 19:01:43
環奈は、広がる道を見つめた。
そして——小さく首を振る。
「……一人じゃ行けない」
その言葉に、アシナシの赤い瞳がわずかに揺れる。意外そうに、じっと環奈を見つめた。
「私を自由にしてくれるのなら、カンナも一緒じゃなきゃ……」
環奈は、自分の中に確かに芽生えていた感情を言葉にした。
「それに、みんなにさよならも言わないで出ていきたくない。ごめんね」
アシナシは何も言わなかった。ただ、闇の中で、静かに環奈を見つめている。
環奈は、一歩下がり、小さくお辞儀をした。
「その時まで——待ってて」
そう告げると、環奈は振り返り、湯屋へと走り出した。
波が再び道を飲み込み、夜の静寂が戻る。
アシナシは、じっと、環奈の後ろ姿を見送っていた。 - 380湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 19:02:33
- 381二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 19:45:20
- 382二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 19:50:55
ふとどういうわけか湯婆婆との契約の事が気になり出す
「そう言えば私の前に来た子はどうして帰れたんだろう?」 - 383二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 19:54:00
- 384湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 19:58:50
- 385湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 20:14:08
環奈は湯屋の橋を渡りながら、胸の奥で高鳴る鼓動を感じていた。
「(とりあえず、カンナにこのこと話してみよう)」
カンナならどう思うだろうか。一緒に自由になりたいと思ってくれるだろうか。
環奈は、アシナシとのやり取りを思い出しながら、心を決めるように拳を握りしめた。 - 386湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 20:14:42
翌日、湯屋はいつも通りの活気に満ちていた。
開店前の準備に追われ、従業員たちは忙しく動き回っている。
環奈もまた、広間の雑巾がけをしながら、カンナの姿を探していた。
「(ここにいないなら……坊の部屋か、湯婆婆の部屋かな……)」
けれど、どちらにしても、直接行って簡単に会えるとは思えない。
特に湯婆婆の部屋に行ったところで、「持ち場に戻って働きな!」と怒鳴られるのが目に見えている。
環奈はため息をつき、雑巾を絞りながら、次の行動を考えていた。 - 387湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 20:15:17
- 388二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 20:31:23
- 389二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 20:34:04
調理場の裏に回ると兄役達が残り物の酒とおつまみで談笑していた
会話の内容を聞いていると以前ここに来た少女の事らしい - 390二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 21:17:09
- 391湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 21:59:37
- 392湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 22:05:52
環奈は雑巾を手にしたまま、ふと調理場の裏へと足を向けた。すると、奥からカエル男たちの談笑が聞こえてくる。
「いやぁ、人間の娘ってのは、揃いも揃って根性があるよな。千だってカオナシを追っ払ったんだし」
千——
環奈はその名前に思わず足を止めた。自分より前に、この世界に迷い込んだ少女。
「千がよ、湯婆婆さまに『豚にされた親を当ててみろ』って言われて、『この中にはいない』って言い当てたのは、痛快だったよなぁ」
環奈は息を呑んだ。千尋は、湯婆婆からの試練を乗り越え、元の世界に帰ることができたのだ。
「(そういえば、銭婆も言ってたな……)」 - 393湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 22:06:19
- 394二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 22:22:39
- 395二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 22:28:42
舞う少しそば耳を立てていると銭婆とカオナシが背後に立っていた
「そろそろ凱旋といきたいのかい環奈?」 - 396二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 22:31:38
- 397湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 22:46:11
- 398湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 22:56:27
環奈は少し緊張しながら、談笑するカエル男たちに歩み寄った。
「あの……すみません。その、千って子が帰ったときの話、詳しく聞かせてくれませんか……?」
カエル男たちはきょとんとした顔をしたが、すぐに快く頷いた。
「ああ、千のことか。いいぜ、聞かせてやるよ」
一匹のカエル男が杯を片手に話し始めた。
「千はな、湯婆婆さまの弟子だったハク様ってお方を助けるために、坊さまを連れて銭婆の家まで行ったんだ」
「でな、坊さまがいなくなっちまったもんだから、湯婆婆さまはえらく慌てふためいてよ。そこにハクさまが戻ってきて、こう言ったのさ——『坊さまを連れ戻すことを条件に、千とその親を解放してほしい』ってな」
環奈はじっと聞き入る。カエル男たちは思い出すように語り続けた。
「千とハク様、それに坊さまが無事に帰ってくると、俺たちもみんな千を応援してよ、全員で千と親を解放するよう湯婆婆さまに言ったんだ」
「それで、湯婆婆さまは『豚にされた両親を当ててみろ』って難題を出した。でも千はきっぱりと言ったのさ——『この中にはいない』ってな」
「おかげで、千は元の世界に帰れたってわけだ」
環奈は、その話をじっと噛みしめるように聞いていた。
そして、千尋は自分の力で道を切り拓いていたんだと、感じ取った—— - 399湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/11(火) 22:57:15
- 400二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 23:52:53
- 401二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 23:57:00
スゴいんですねその子……でも何で両親がいないって分かったんだろう?
- 402二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 00:05:43
- 403湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 00:17:35
- 404二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 09:37:20
このレスは削除されています
- 405湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 13:51:07
(更新お待ちください)
- 406湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 17:04:50
環奈は、じっと考え込んだ。
「(……じゃあ、私が元の世界に帰るときにも、何かあるのかな……?)」
ふと疑念が湧いた。千尋は試練を乗り越えたことで解放された。ならば、自分が出ていくときにも何か試験のようなものがあるのではないか——?
環奈は思い切って尋ねてみた。
「ここから出ていく人たちって、みんなそういう試験みたいなことをするんですか?」
カエル男たちは顔を見合わせた。
「そうだな……時々、『契約の期間が過ぎた』とか『自分で店を持ちたい』とか言って出ていく奴はいるけども……」
カエル男たちは、それぞれ何かを思い出すように視線を泳がせる。 - 407湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 17:05:22
- 408二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 18:23:19
- 409二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 18:29:34
俺達はそいつらがどうなったのかよく知らないんだよな……
- 410二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 18:34:41
- 411湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 19:12:08
- 412湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 19:19:20
カエル男たちは、肩をすくめながら話を続けた。
「契約を解除するのは、そりゃあ大変だぜ。千がうまくやっただけでよ。湯婆婆さまの契約書には隙がないんだ」
「普通の奴は、湯婆婆さまに直談判しに行ってよ、湯婆婆さまを納得させられりゃ解放されるし……うまくいかなきゃ……まぁ、そういうことだ」
「そういうこと……?」
環奈は、思わず聞き返した。
カエル男たちは、意味深な表情を浮かべると、口を閉ざした。
だが、その沈黙が、どんなに深刻なことかを物語っていた。
環奈は、思わず拳を握りしめた。
「……わかりました。ありがとうございます」
お辞儀をして立ち上がる環奈に、カエル男たちは軽く手を振った。
「お前さん、ここから出ていきたいのなら、よっぽど覚悟しとかなきゃいけないぜ」
「まあ、頑張れよ」
その言葉は決して軽いものではなかった。
環奈は、唇を噛み締めながら、その場を後にした。 - 413二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 19:20:21
このレスは削除されています
- 414湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 19:20:55
- 415湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 19:42:49
環奈が調理場を出て、廊下を歩いていると、前からリンがやってきた。
「おーい、環……」
「リン?」
軽く手をあげて挨拶するリンに、環奈もと名前を呼んで応じる。
リンは少しだけ口を引き結び、環奈をじっと見つめたあと、ぽつりと問いかけた。
「……なあ、お前もここを出ていっちまうのか?」
その言葉には、どこか寂しげな響きがあった。
環奈は、言葉に迷った。自分でも、まだ完全に答えが出せていないからだ。
「まあ、来る日も来る日もきつい仕事ばっかで、出ていきたくならねえ方がおかしい話だけどよ……」
リンは頭の後ろに手をやりながら、ふっと笑う。
「千もそうだったけど、オレが面倒見てた奴は、みんなすぐ出て行っちまうのかと思ったら……なんか、な」
環奈は、胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。
どう答えればいいんだろう——
環奈は、慎重に言葉を探した。 - 416湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 19:43:20
- 417二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 20:47:58
- 418二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 21:04:15
また会えるよ
- 419二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 21:26:05
- 420湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 21:49:34
- 421湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 22:56:11
「……大丈夫。また会えるよ」
まっすぐリンを見つめて言う。
「会いに来る」
リンの目がわずかに見開かれる。
「だから、心配しないで」
環奈の言葉に、リンは驚いたように一瞬まばたきをしたあと、ふっと肩の力を抜いた。
「……ははっ、そんな真面目に言われたら、なんか本当にそんな気がしてくるな」
リンは、軽く鼻を鳴らしながら、口元を緩める。
どこか安心したような笑顔だった。 - 422湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/12(水) 22:56:55
- 423二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 23:09:48
- 424二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 23:09:54
カンナにこの事を話す
- 425二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 23:12:17
- 426二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 01:47:30
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- 427二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 09:02:28
ほし
- 428湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 10:12:30
- 429湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 10:12:47
(このタイミングで!?)
- 430二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 16:27:23
本編と同一人物かな
- 431湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 16:52:10
湯屋の中は、すでに客が入り始め、慌ただしさを増していた。
環奈は雑巾を片付けると、自分の仕事に集中しようと気を引き締める。
「(……仕事、頑張らなくちゃ)」
気合を入れ直し、大湯へ向かおうとした、その時だった。
——ドタドタドタッ!!!
突然、階段を勢いよく駆け下りてくる足音が響いた。
「うわっ……!」
環奈が驚いて足を止めると、目の前を湯婆婆がすごい勢いで駆け抜けていく。その迫力に、周囲の従業員たちも動きを止めた。
湯婆婆の険しい顔つきからして、ただ事ではない。
「……何なの……?」
環奈は首をかしげながら、その背中を目で追ったが、すぐに気を取り直して大湯へ向かった。 - 432湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 16:53:18
一方その頃——
湯婆婆は、玄関に駆け込むなり、そこにいた父役と兄役をギロリと睨みつけた。
「クサレ神だって!?」
その一言に、玄関にいた従業員たちの背筋が凍る。
父役は慌てて頷いた。
「はい……!それも特大の……!」
湯婆婆は、暖簾の向こうに広がる夜の闇をじっと見つめる。
濃い霧がかかったようにどんよりとした空気が、湯屋の外に広がっていた。
湯婆婆は鼻を鳴らし、口をへの字に曲げた。
「……ふむ、間違いない。千のときと同じだ。どこかの水神が力を失くして、クサレ神になったんだろう」
兄役が震えながら問いかける。
「そ、それでは……誰に相手をさせましょう……?」 - 433湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 16:54:36
- 434湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 17:13:16
湯婆婆は、迷いなく命じた。
「千の時と同じなら、話が早い。環を呼んできな!」
兄役はハッとして頷くと、すぐさま踵を返し、大湯へと駆けていった。
湯婆婆の前に立たされた環奈は、何が起こっているのか分からず、きょとんとしていた。
湯婆婆は、ステッキをゆるりと振りながら、ゆっくりと環奈に指示を出す。
「いいかい、今から来るお客を大湯で世話するんだよ。大事なお客様だからね」
「はっ……はい……!」
環奈は反射的に背筋を伸ばし、ぴしっと返事をする。
「(大事なお客様……!)」
湯婆婆がわざわざ自分を呼びつけるほどなのだから、相当な身分の神様なのだろう。
失礼のないようにしなければ——環奈がそう考えていた、その時だった。
「み、見えました……!」
父役の上ずった声が響く。
全員が一斉に玄関の暖簾の方を振り向いた。その瞬間—— - 435湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 17:23:24
——ベチョッ……ドロロ……コボッ……!
暖簾の下から、ゆっくりと近づいてくる客の足元が見えた。
黄土色の泥が地面にこぼれ、ぬらりと広がっていく。
「(えっ……?なに、これ……!?)」
環奈の背筋がぞわりと粟立つ。
重たい何かが引きずられるような音。
——ズル……ズル……ベトォ……
それは、粘り気の強い泥の塊だった。しかも、ものすごく大きい。
環奈は息を呑んだ。 - 436湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 17:32:06
カポッ……ベトッ……ブチャ……!
泥で出来た巨大な腕が暖簾を押し上げ、ずるりと湯屋の中へと踏み込んでくる。その瞬間——
むわぁっ……!
猛烈な悪臭がぶわりと広がった。腐りかけた草木のような、濁った沼の底を掻き回したような、息をするだけで喉の奥に重たくまとわりつく臭い。
「ん゛んんっ!?」
環奈は咄嗟に鼻を押さえかけた。しかし——湯婆婆の目が横からギロリと光った。
その一瞥に、環奈は反射的に持ち上げかけた手を慌てて下ろす。
しかし、湯婆婆自身も、この臭いに顔をしかめているのは明らかだった。父役と兄役は息をひそめ、額に滲む汗を拭うことすら忘れている。
「くっ……」
環奈は唇を噛みしめ、必死に平静を装った。
天井に届くほどの巨体が、這うようにして環奈たちの目の前まで迫る。
ぬめり気を帯びた紫色の液体が、泥の塊からじわりと染み出し、土間をゆっくりと覆っていく。
その身体はまるで泥そのもの。だが、環奈には知る由もなかった。
それがただの泥ではなく、長い時をかけてゴミや穢れを吸い込み、膨れ上がったヘドロであることを—— - 437湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 17:37:41
「よ……よくお越しくださいました……」
湯婆婆の掠れた声が、空気を震わせる。
普段なら威圧感たっぷりに響くはずのその声も、今はどこか力がない。
肩を強張らせながら、口だけで呼吸をしているのがわかる。
環奈は息を詰めたまま、恐る恐る頭を下げた。
何をどうすればいいのかもわからない。ただ、湯婆婆が礼を言うのなら、自分もそれに倣うしかない。
すると——
ぬるぅ……!
オクサレさまの巨大な泥の身体から、一本の触手がぬるりと持ち上がった。
「っ……!」
環奈の眼前まで、それはゆっくりと伸びてくる。
太い——環奈の胴ほどもある。
表面はドロドロに崩れ、ベトベトのヘドロが次々と湧き出している。
環奈は無意識に一歩、後ずさった。その横で、湯婆婆も小さく身を引いている。 - 438湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 17:38:42
しかし——
「ア……お金……た、環!早くお受け取りな!」
湯婆婆の焦った声に、環奈はハッとした。
よく見ると、触手の表面、ヘドロにまみれながらも金色に光るものが見え隠れしている。
環奈の胸がざわついた。
「(これ……お代……?)」
ようやく状況が理解できかけたその瞬間、環奈の脳裏に、恐ろしい考えがよぎる。
——これ、受け取ったら……手が、ドロドロに……!
環奈の指先が、小さく震えた。
意を決して手を伸ばすべきか、それとも——
その間にも、ヘドロ触手の先はじわりじわりと近づいてくる。 - 439湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 17:39:33
- 440二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 17:40:34
- 441二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 17:53:07
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- 442二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 18:07:07
- 443湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 18:20:03
- 444湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 18:40:06
——やるしかない。
環奈は唇を噛みしめ、小さな両手を震えながらも前へ差し出した。その直後——
——ベチョベチョベチョッ!!
ヘドロまみれの小判と銭が、生温かい液体とともに環奈の手のひらに落ちてくる。
「……っ!!」
——ドロドロ。ベトベト。ネトネト……
どんな言葉でも十分に言い表せない悍ましさ。
「ううう……っ!!」
環奈は歯を食いしばり、耐えるしかなかった。 - 445湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 18:40:27
「何してるんだい……!? 早く、ご案内しなぁ……!!」
湯婆の叱責が飛ぶ。
環奈は、ぐっと目をつむった。
これが仕事。これが、仕事——
千尋だってやったんだ。自分にできないはずがない——!
震える声を押し殺しながら、環奈は泥まみれの両手をぎゅっと握りしめ、ゆっくりと身体を回した。
「ど……どうぞ……」
背後から、巨大な影がゆらりと動く。
オクサレさまが、環奈のあとを追って、土間から這い上がってきた。
グチョ……グチョ……ヌボォ……
その場に残された湯婆婆、父役、兄役は、ほとんど気絶しかけていた。
湯婆婆は、額に滲む汗を拭うことすら忘れ、虚ろな目でオクサレさまの後ろ姿を見つめる。
父役と兄役に至っては、へたり込み、ガタガタと震えているだけだった。 - 446湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 18:41:08
- 447二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 19:10:05
- 448二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 19:17:22
1
昔川遊びしている時に嗅いだ匂いと僅かに似ているものを感じた - 449二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 19:21:07
- 450湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 19:49:21
- 451湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 19:50:05
(どこかで嗅いだことある臭いって何だ…?)
- 452湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 19:52:53
(下水の臭いだったら、ハードスカトロになってしまいますけどいいですか?())
- 453二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 20:02:00
(原作絵コンテ通り...は、ちょいとアレですか?)
- 454湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 20:37:20
- 455二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 20:54:35
怖いな
- 456湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 21:17:32
環奈はぎこちなく足を前に出し、湯殿へと歩を進める。
「(……臭い……っ)」
環奈は顔を歪めた。鼻の奥にまとわりつく、言葉にしがたい悪臭。
ヘドロの生臭さ、それだけならまだ耐えられた。だが、その奥に微かに混ざる何か——どこかで嗅いだことがある気がする、嫌な臭い——
それが何なのか、一瞬、思い浮かばなかった。だが、ふと脳裏をよぎった考えに、環奈の呼吸が止まる。
「(これ……まさか……)」
その瞬間、凄まじい鳥肌と悪寒が環奈を襲った。
「うわぁぁぁっ!!」
環奈は悲鳴を上げ、思わず両手を振り払った。
ヘドロまみれの小判と銭が、べちゃっ……!と床に落ちる。
それだけでは収まらなかった。
環奈は両腕を必死に振り、少しでも手についたヘドロを払い落とそうとした。だが、それはべっとりと指に絡みつき、肌にへばりついたまま。 - 457湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 21:18:25
環奈が立ち止まったことで、後ろをついてきていた巨大な神も、ぴたりと動きを止めた。
「……ヴゥ……」
重く、湿った唸り声が響く。
環奈の全身が強張る。
ゆっくりと振り向くとは——オクサレさまが、感情の読めない真っ黒な目で、環奈をじっと見下ろしていた。
環奈の喉が、ごくりと鳴る。
「(やばい……! 怒らせちゃった……!?)」
背筋に、冷たいものが駆け上がった。 - 458湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 21:18:54
- 459二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 22:38:40
- 460二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 22:54:41
カンナが来てくれた
- 461二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 22:56:51
- 462湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/13(木) 23:02:30
- 463二次元好きの匿名さん25/02/14(金) 01:42:16
このレスは削除されています
- 464二次元好きの匿名さん25/02/14(金) 08:55:21
このレスは削除されています
- 465湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/14(金) 16:59:48
(更新遅くなりそうです。申し訳ありません。)
- 466湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/14(金) 21:57:01
(明日の16:00以降まで更新できません……)
- 467二次元好きの匿名さん25/02/14(金) 22:43:39
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- 468二次元好きの匿名さん25/02/15(土) 00:56:42
このレスは削除されています
- 469二次元好きの匿名さん25/02/15(土) 09:30:23
朝保守
- 470二次元好きの匿名さん25/02/15(土) 16:16:47
夕保守
- 471湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 17:33:15
オクサレさまの黒い瞳が、環奈をじっと見下ろしている。ヘドロが蠢く不気味な輪郭。ぐにゃりと揺れる触手。
息が詰まりそうだった。
その時——
「環!」
鋭い声が飛んだ。
環奈がハッとして横を振り向くと、そこにはカンナがいた。
カンナはオクサレさまに向かって、深く頭を下げた。
「申し訳ありません、お客様……! うちの者が、大変失礼を……!」
オクサレさまは、低く喉を鳴らした。
「……ヴ~~……」 - 472湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 17:34:14
環奈はまた身構えたが、カンナはすぐに顔を上げて、環奈の手を軽く引いた。
「大丈夫。怒ってないって」
環奈は、オクサレさまをおそるおそる見上げた。
黒い瞳には、敵意も怒りも感じられなかった。ただ、じっと環奈を見ているだけ——
「……ほんとに?」
カンナは淡々と頷いた。
「うん。早くご案内して。私も手伝うから」
「えっ……!」
環奈は目を見開いた。
このひどい臭いの中で? このドロドロのヘドロまみれの客の世話を、カンナが一緒に?
驚きと、一抹の安心感が胸をよぎる。
「さあ、早く」
カンナは迷いなく先に立ち、大湯へと歩き出した。
「……うん!」
環奈はそう返事をすると、ドロドロと粘着質な音を立てるオクサレさまを背後に、カンナのあとを追った。 - 473湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 19:13:55
ズル……ズルル……グチョ……ブボォ……
巨大な風呂釜が中央にどっしりと鎮座している、大湯の湯殿。
そこへ、オクサレさまが巨体を引きずりながら、ゆっくりと湯へとにじり寄っていく。
環奈はその異様な光景に、ただ圧倒されるしかなかった。
風呂場の蒸気の中、揺れる巨体。
汚らしいヘドロが粘つく音を立てながら床を汚し、周囲に広がっていく。粘っこい液体が、じわじわと環奈とカンナの足元へと迫ってくる。
環奈は息を詰めた。
そんな彼女の隣で、カンナは何も言わず、じっとその光景を見つめている。
そして—— - 474湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 19:14:27
ズボ~~ッ!!!ドオオオオッ!!!!
オクサレさまは、まるで泥の塊が崩れ落ちるように、そのまま湯の中へ飛び込んだ。
圧倒的な水量が一気に押し寄せる。
ドバァァァッ!!
湯が四方に溢れ、滝のように流れ落ちた。
「わっ……!!」
環奈は、迫ってくる濁流に、慌てて身を引く。 - 475湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 19:15:21
- 476湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 19:38:47
ヘドロと同化して、ドロドロになったお湯が勢いよく流れ込み、環奈の足元を一瞬で満たす。
生温かい感触が素脚を包み、ヘドロの飛沫が水干に飛び散る。
「ひいっ!!」
思わず飛びのくが、その間にもお湯は床へと広がり続けていく。
環奈の心臓は、バクバクと音を立てていた。
カンナは、そんな環奈をちらりと見やると、静かに息を吐きながら呟いた。
「……やっぱりこうなるのね……」
ゴボッ……ドチュ……グチュ……ボチョ……
湯舟の水面が大きく盛り上がり、オクサレさまの巨大な顔が、姿を現した。
「……ハア゛~~……ッ」
深く、湿った息が吐き出される。
その瞬間——さらに強烈な悪臭が、湯気に混ざってぶわりと広がった。
「うっ……!!」
環奈は顔を背け、必死に息を詰めた。 - 477湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 19:38:58
今や、足元どころか、太ももまでヘドロ湯に沈んでいる。
穢れをたっぷりと含んだ生温かい泥が、ぬるりと素肌を包み込む。
「う、うぅぅ……」
環奈は思わず身を震わせる。
その横で、カンナも無言で立ち尽くしていた。
「……っ」
さすがに彼女も、この状態には耐えがたいのだろう。
それでも、カンナは決して動じない。環奈が狼狽えている間も、じっとオクサレさまを見つめ、次の指示を待っていた。 - 478湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 19:39:43
- 479湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 21:26:00
ズル……ヌチュ……グボォ……
湯の中で巨大な影が蠢いた。
環奈とカンナが息を詰める中、オクサレさまがゆっくりと湯舟の縁に手をかける。
そして——
「ヴーー……」
オクサレさまの口が、ぬるりと開いた。
その瞬間、口の奥から茶色いガスが噴き出し、空気をどろりと汚す。
「……っ!!」
環奈は思わず鼻を押さえかける。
ただでさえ耐えがたい臭気に、新たな悪臭が重なった。鼻腔を焼くような腐敗臭に、胸がむかむかとする。
呻き声とともに吐き出されたその声が、何かを伝えようとしているのか、それともただの唸りなのか、環奈には分からなかった。
隣でカンナも眉をひそめ、じっとオクサレさまを見つめていた。
すると——
「……足し湯だわ……」
「えっ……?」
環奈は、カンナの顔を見た。 - 480湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 21:27:15
- 481湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 21:45:15
カンナはポケットに手を突っ込み、無言で何かを探る。
やがて、小さな木の札を取り出し、環奈に差し出した。
「環、この札を使って……!」
環奈は戸惑いつつも、それを受け取る。
「ありがとう……!」
環奈は頷くと、湯殿の壁際へ急いだ。
壁に内蔵された小さな扉——普段は見えにくいが、環奈はもう慣れた手つきで、その取っ手をつかみ、ガコンと開ける。
札を内部のリボンに引っかけ——勢いよく下に引く。
次の瞬間、札は一瞬のうちに上へと吸い込まれていった。
すると—— - 482湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 21:45:26
クゥ~……
壁の上部に隠れていた木樋がゆっくりと降りてきた。
環奈はオクサレさまの頭上に向かって降りていく木樋を見つめながら、じわりと胸が高鳴る。
「(これで、この状況がマシになるかも……!)」
希望が見えてきた気がした。
だが——ふと横を見ると、カンナが何か考え込むような素振りを見せていた。
「カンナ……?」
環奈が小声で尋ねると、カンナは少しだけ視線を落としたまま、口を引き結んでいた。
「……」 - 483湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 21:47:03
- 484湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 22:01:29
「……おかしくないかしら?」
静かに響いたカンナの声に、環奈は驚いて隣を見た。
カンナは、じっとオクサレさまを見据えたまま、眉をひそめていた。
「ゴミと穢れを司るオクサレ神さまが、足し湯をして綺麗になろうとなさるなんて」
環奈は、クサレ神について詳しく知らない。
でも、カンナが言いたいことはなんとなくわかる気がした。
オクサレさまの存在は、汚れそのもの。
本来なら、清潔や浄化とは相反するはずの存在なのに——なぜ、こんなにもお湯を欲しているのか?
それを確かめようとするかのように、カンナはふっと息を吸い込んだ。
「……私、確かめてみるわ」
そう言うやいなや、カンナは迷いなくヘドロの中を歩き出した。
ずぶり、ずぶりと脚の付け根まで泥に沈みながら、それでも足を止めることなく、真っ直ぐに風呂釜へと向かっていく。
「カンナ……!」
環奈は思わず声を上げ、彼女の後を追おうとした。
だが—— - 485湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 22:02:39
グチョ……ヌチョ……!
環奈の足は、まとわりつくヘドロに取られ、思うように進めない。
「くっ……!」
なんとか足を引き抜こうとするが、そのたびに泥が音を立てて抵抗する。
一方、カンナはもうすぐ風呂釜の縁にたどり着こうとしていた。
そして、ついに風呂釜の裾に到達すると、ヘドロで滑る表面に手をつきながら、よじ登り始めた。
環奈は、もどかしさに歯を食いしばる。
「カンナ……! 危ないよ……!」
だが、カンナは振り返ることすらない。
ドロ……グボォ……
オクサレさまの真っ黒な瞳が、カンナを見据える。
それは、迎え入れるようにも、試すようにも見えた。 - 486湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/15(土) 22:05:19
- 487二次元好きの匿名さん25/02/15(土) 22:55:25
- 488二次元好きの匿名さん25/02/16(日) 02:11:22
- 489二次元好きの匿名さん25/02/16(日) 02:11:59
- 490二次元好きの匿名さん25/02/16(日) 09:34:25
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- 491湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/16(日) 12:06:00
- 492湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/16(日) 17:24:55
風呂釜の縁に手をかけたカンナの真正面で、オクサレさまの巨大な口が、ゆっくりと開いた。
そして——
「ヴ~~……」
深く、湿った唸り声とともに、と濁った息が吐き出された。
カンナの顔に、オクサレさまの吐息がまともにぶつかる。
熱気を帯びた風は、まるで泥沼の奥底から湧き上がる、腐った空気そのものだった。
鼻をつんざく異臭。まとわりつくような湿気。
「っ……!」
カンナは思わず目をぎゅっと瞑る。
強烈な悪臭と熱気に意識が揺らぎ、一瞬、身体がよろめく。
「カンナ!!」
環奈は、焦りとともに湯の中をかき分け、なんとか風呂釜の裾まで駆けつけた。 - 493湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/16(日) 17:25:16
「カンナ、大丈夫!?」
環奈が息を切らせながら見上げると、カンナはぐっと踏みとどまり、何とか再び顔を上げていた。
そして、じっとオクサレさまの表面を見回す。
その目には、恐れよりも確信を求めるような光があった。
まるで、何かを探し出そうとするかのように。 - 494湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/16(日) 17:26:26
- 495湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/16(日) 17:47:40
「……よくわからない……」
ぽつりと呟いたカンナの手が、風呂釜の上に垂れ下がる木樋の先の紐に伸びる。
そして、片手でそれをしっかりと握りしめた。
「環!」
呼ばれた環奈はハッとしてカンナを見上げる。
「お湯がくるから、しっかり踏ん張っていて!」
「えっ……?」
環奈が困惑する間もなく——カンナが紐を引いた。
その瞬間——
ドオオオオッ!!!
木樋の先端から、滝のような薬湯が一気に注がれた。 - 496湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/16(日) 17:48:55
風呂釜から溢れたお湯が、床へと奔流となって押し寄せる。
ザバァァァッ!!
勢いよく広がる泥水。
「っ——!?」
カンナが風呂釜の縁でぐらついた。溢れる湯に足を取られ、バランスを崩す。
そのまま、釜の外へ落ちそうになった——その時。
にゅるんっ……!
オクサレさまの巨大な片腕が、ぬるりと伸び、カンナの身体を、がしっと掴んだ。
「っ……!!」
カンナの目が驚きに見開かれる。
一方、環奈も——
「うわっ……!!」
強く押し寄せた濁流に耐えきれず、尻もちをついた。
熱湯とヘドロにまみれた床に座り込んでしまうが、なんとか流されずに踏みとどまる。 - 497湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/16(日) 17:50:18
- 498二次元好きの匿名さん25/02/16(日) 20:34:14
- 499二次元好きの匿名さん25/02/16(日) 20:36:32
ヘドロの悪臭から僅かに川の水の匂いを感じ取りただのオクサレさまではないと気付く
- 500二次元好きの匿名さん25/02/16(日) 20:40:22
- 501湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/16(日) 20:47:18
- 502湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/16(日) 21:01:49
dice1d3=2 (2)
- 503二次元好きの匿名さん25/02/17(月) 02:25:14
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- 504二次元好きの匿名さん25/02/17(月) 09:06:41
これカンナ(アン)はメイド服姿でオクサレ様を接待してるってことですかね...?(*´Д`)ハアハア
- 505湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 14:57:21
(夕方に更新します。)
- 506湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 17:59:31
滝のように降り注ぐお湯が、オクサレさまの巨体を流れ落ちる。
熱気とともに立ち上る薬湯の湯気、広がるヘドロの臭気。
だが——その中に、カンナの鼻をかすめる別の匂いがあった。
「……?」
それは、今までの腐臭とは異なる。
何かが隠されているような、微かに澄んだ気配。
——それを確信した瞬間、カンナの瞳が鋭く光った。
「環!」
環奈は尻もちをついたまま、カンナの声に顔を上げた。
「な、なに……?」
「この方はやっぱり、ただのオクサレさまじゃないわ!」
環奈は驚いて目を見開く。
「えっ……?」 - 507湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 17:59:45
カンナは迷いなく決断するように、オクサレさまの手からスッと身を引いた。
「人を集めてくる! それまでお相手をして!」
環奈の目が、思わず見開かれる。
「えぇっ!?」
環奈の狼狽をよそに、カンナはオクサレさまに深々と一礼した。
そして、風呂釜の縁から飛び降り、湯とヘドロが入り混じる床へ、バシャッ!と着地する。
溢れ出た湯が流れる床を、カンナは一直線に駆けていく。
環奈は、その背中をただぽかんと見送ることしかできなかった。
「え、え、カンナ……!?」
残された環奈の背後では、オクサレさまのカゲがゆっくりと動き、また低く唸る—— - 508湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 18:00:49
- 509湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 18:12:17
数分もしないうちに、奥から慌ただしい足音が響いてくる。
カンナが大勢の従業員を引き連れて戻ってきた。
カンナの真剣な表情から、何か重大な事態だと察したのか、彼らは息を切らせながらも、迷わず風呂場へ駆け込んできた。
「やれやれ、懐かしいねぇ……」
「千の時と同じか……!」
誰かが、そう呟いた。
その言葉に、環奈の心臓が跳ねる。
「(千の時と同じ……?)」
だが、思い出している暇はなかった。
カンナは、従業員の一人から荒縄のロープを受け取ると、迷わず風呂釜へと向かっていく。
そして、環奈をまっすぐ見つめながら言った。
「環、これをオクサレさまの中のものに結び付けるの。それを探すのを手伝ってちょうだい」
「中の……もの……?」
カンナは頷く。
「ええ。たぶん、この中に、このお方をオクサレさまにしている何かが埋もれているのよ」
環奈はまだ完全には理解できていなかったが、それでもカンナの確信に満ちた態度を見て、深く息を吸い込んだ。
「……わかった!」
意を決し、カンナとともに風呂釜の縁によじ登る。 - 510湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 18:13:24
オクサレさまは動かない。
ただ、じっと少女たちを見下ろしていた。
カンナは何のためらいもなく、湯に両腕を突っ込んだ。
ズボッ……ぐじゅる……
薬湯の膜をかき分けながら、何かを探し始める。
環奈も、思わずごくりと唾を飲み込んだが、勇気を出してカンナに倣う。
ズボォ……グチュ……
お湯越しであっても、生々しいヘドロの感触が両手に絡みついた。
ベトベトの泥が指の隙間を埋め、肌に染み込むかのような感覚。
環奈は、背筋がぞわりとするのを必死で堪えながら、両腕をさらに深く沈める。
「(……何かあるはず……!)」
指先に伝わるものを探しながら、環奈は心の中で必死にそう念じた。 - 511湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 18:13:55
- 512湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 18:14:10
(さすが主人公)
- 513二次元好きの匿名さん25/02/17(月) 19:47:48
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- 514湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 20:06:47
まとわりつくヘドロの感触に、何度も本能的に手を引っ込めたくなる。
けれど——何かがある。指先が、硬いものに触れた。
「……ん?」
それは、他のヘドロとは違う感触だった。
ぐにゃっともしているが、確かに弾力があり、何か太いゴムのようなもの。
環奈は慎重に、それを手探りで確認する。
「カンナ! あったよ!」
環奈が勢いよく顔を上げると、カンナがすぐに寄ってきた。
「どこ?」
「ここ! これ!」
環奈が指差した場所に、カンナも手を突っ込む。
次の瞬間、カンナの表情が変わった。
「……よくやったわ!」
そう言うやいなや、カンナは持っていたロープを手早く巻き付けていく。
結び目を作り、ぎゅっと固く締めると——
「環! アン! お手柄だよ!」
背後から響いた声に、環奈が驚いて振り返ると、そこには湯婆婆が宙に浮いていた。
湯婆婆は威厳を示すようにゆっくりと舞い降りてくる。その顔には、珍しく満足げな笑みが浮かんでいた。 - 515湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 20:08:19
カンナは湯婆婆に一瞥をくれると、迷いなくロープの残りを従業員の一人に投げ渡した。
「頼んだわ!」
受け取ったカエル男が、すぐに周りに指示を飛ばす。
「ロープを掴め!」
「一列に並ぶぞ!」
次々にカエル男とナメクジ女たちがロープを手に取り、力を込める準備をする。
湯婆婆は、満足げに頷くと——
「湯屋一同、心をそろえて! そ~れ!」
両手に扇子を持ち、威勢よく振り上げた。
「そ~れ! そ~れ!」
従業員たちが掛け声とともに、一斉にロープを引っ張る。
ロープが軋む音が響く。
ズル……グチュ……ジュボォ……!
湯の中で、何かがゆっくりと動き始めた。
環奈とカンナもロープを引きながら、じっと水面を見つめる。
そして—— - 516湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 20:08:36
ザバァァッ!!
ヘドロにまみれた巨大なタイヤが、少しずつ姿を現した。
「っ……!?」
環奈は息を呑む。
しかし、まだ完全には引き出せない。
タイヤの奥には、まだ何かが絡みついているようだった。
「まだ……何かと繋がってる……!?」
環奈の言葉に、カンナはぎゅっと唇を結ぶ。
「……まだ終わりじゃないわね!」 - 517湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 20:20:55
ギチギチ……ギィィ……!!
ロープが軋み、従業員たちが一斉に力を込める。
「そ~れ! そ~れ!」
湯婆婆の音頭に合わせ、湯屋の者たちは渾身の力で引っ張り続けた。
ズルッ……ズズズ……!!
湯の中から、さらに大きな影が浮かび上がってくる。
「……うわっ、なんか……!?」
環奈が驚きの声を上げた瞬間——
ドバァァァァッ!!!!
巨大なタイヤに続き、ドラム缶、釣り竿、ガレキ、壊れたボート——あらゆるゴミが絡み合い、一塊となって飛び出してきた。 - 518湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 20:22:02
ヘドロとともに、風呂釜の外へと洪水のように押し流されるゴミの雪崩。
「うわぁぁっ!!」
環奈は咄嗟にカンナの手を掴み、風呂釜の縁から飛び降りる。
カンナも驚いたものの、すぐに状況を察し、環奈とともに後方へと転がるように避ける。
ゴミの塊が床に落ち、あたり一面に広がっていく。
ガッシャァァン!!
鉄くずがぶつかり合う音が響き、ヘドロの飛沫が舞う。
環奈は、息を切らせながら体勢を立て直し、風呂釜を振り返った。
そこに——オクサレさまの姿は、もうなかった。
ただ、大量のヘドロだけが、釜の中に残されている。
「……消えた……?」
環奈の声は、驚きと安堵を含んでいた。
カンナは、静かに風呂釜の縁へと歩み寄り、その中を覗き込んむ。
「……全部、吐き出したのね」
環奈は、ゴミとヘドロにまみれた風呂釜をじっと見つめながら、胸の中で何かがふわりと軽くなるのを感じていた。 - 519湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 20:23:16
- 520湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 20:48:17
足元に広がるヘドロの海。
その黒々とした表面のあちこちで、チラチラと何かが微かに輝いた。
環奈はハッとして目を凝らす。
「……え?」
よく見ると、ヘドロの中から無数の金の粒が顔を覗かせている。
砂金——それも、おびただしい量の砂金だった。
「う、嘘でしょ……」
環奈が呆然と呟くと、周囲の従業員たちも次第にその光景に気づき始めた。
「砂金だ……! 砂金だぞ!!」
「やっぱり思った通りだ……!」
どよめきが広がる。
誰もがその黄金の粒を目を輝かせながら見つめ、今にも飛びつかんばかりの勢いだった。
——だが、次の瞬間、風呂釜の水面が激しく揺れた。
ゴゴゴゴ……!!
煙とも湯気ともつかない何かが、もくもくと立ち上ってくる。
「……!?」
環奈は身を強張らせる。 - 521湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 20:50:34
カンナは、それを見つめたまま、ゆっくりと深く一礼をする。
その途端——
——ドオォォォォン!!!!
風呂釜の水面が爆発するように突き上がり、巨大な何かが真上へと飛び出した。
「はっはっはっは……!!!」
朗々と響き渡る笑い声。
湯気とともに姿を現したのは——長くしなやかな白い竜。
風呂釜から舞い上がったその神は、優雅に空を旋回し、上階の大戸へ向かい、堂々と外へ飛び去っていった。
環奈は、ただ茫然と見上げるしかなかった。
「……っ」
何が起きているのか、言葉にできない。
すると、カンナが静かに口を開く。
「あれは、名のある河の主よ」
環奈はカンナに振り向いた。
カンナの目は、まだ遠くを見つめたままだった。
「ゴミとヘドロのせいで力を失われていたみたい」
環奈は、まだ目の前の出来事が信じられず、ただ竜の消えた天井を見上げ続けた—— - 522湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 20:54:12
- 523二次元好きの匿名さん25/02/17(月) 21:16:37
- 524二次元好きの匿名さん25/02/17(月) 21:19:47
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- 525二次元好きの匿名さん25/02/17(月) 21:25:15
- 526湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 21:42:49
- 527湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 23:16:17
湯殿に静寂が戻る。
だが、それも束の間——
「さあ! 砂金を拾って全部よこしな!」
湯婆婆の鋭い声が響き渡った。
「ええ~!?」
従業員たちは、一斉に振り向く。
そして、不満と落胆の声が、あちこちから上がった。
「ちょっとくらい分けてくれたって……」
「これがあれば、楽に暮らせるのに……!」
従業員たちは名残惜しそうに足元の砂金を見つめながらも、結局は誰も逆らえない。
その時——
「おーい、環奈!」
ざわつく湯殿の入り口に、見慣れた顔が現れた。リンだった。
「お疲れさん。後でいいもん持ってって食わせてやるよ。」
その言葉に、環奈はほっと肩の力を抜いた。
「……ありがと、リン」 - 528湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 23:17:07
リンは満足げに頷くと、ふと環奈の手元に視線を落とした。
「……ん?お前、何持ってんだ?」
「え……?」
環奈は、自分の手を見た。
——そこには、いつの間にか、団子のようなものが握られていた。
驚きに目を瞬かせる。いつ手にしたのか、まったく覚えていない。
ヘドロに手を突っ込んでいた時? それとも、竜が飛び去る瞬間?
なぜか、それがとても大切なもののように思えて、環奈は無意識にそれをぎゅっと握りしめた。
その横で、カンナが静かに口を開いた。
「……おそらく、河の神さまがあなたへのお礼にと、くださったのでしょうね」 - 529湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/17(月) 23:18:38
- 530二次元好きの匿名さん25/02/18(火) 02:20:44
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- 531湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/18(火) 10:37:40
(念のため。夕方更新予定です。)
- 532二次元好きの匿名さん25/02/18(火) 18:21:21
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- 533湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/18(火) 20:55:02
カンナはじっと環奈の手元を見つめながら、ふと静かに呟いた。
「……釜爺さんから聞いたことがあるわ」
環奈は顔を上げる。
カンナはどこか考え込むように、ゆっくりと続けた。
「千も同じように河の神さまを助けて、そのお団子、ニガダンゴを貰ったって」
「ニガダンゴ……?」
環奈は手の中の団子を見下ろした。
どこか薬草のような、土のような独特の香りがする。
それが何なのかは分からないが——ただの食べ物ではないことだけは、直感的に理解できた。
カンナは真剣な表情で言葉を続ける。
「万能の解毒剤なんですって。けど、かなり強力らしいから、使う時は気をつけたほうがいいわ」
環奈は、その言葉の意味を完全には理解できなかったが、それでもゆっくりと頷いた。
「……わかった」 - 534湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/18(火) 20:55:57
- 535二次元好きの匿名さん25/02/18(火) 21:17:27
- 536二次元好きの匿名さん25/02/18(火) 21:32:50
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- 537二次元好きの匿名さん25/02/18(火) 21:35:55
- 538湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/18(火) 21:40:22
- 539湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 00:12:48
湯屋の外では、夜風が静かに吹き抜けていた。
閉店時間になり、環奈はようやく従業員区画へと戻ることができた。
疲れた身体を引きずるようにしながら、階段を降りていく。
——だが、ふと、階段の下に思いもよらない人物の姿があった。
環奈の足が、ぴたりと止まる。
「お疲れ、環奈」
その声に、環奈の目が大きく見開かれた。
そこにいたのは——銭婆。
その横には、影のように静かに佇むカオナシの姿。
さらに、その隣には、カンナもいた。
環奈は驚きと困惑が入り混じったまま、階段を下りていく。
銭婆の前に立つと、環奈の胸に小さな安心感が広がる。
この場に信頼できる相手がいる——その事実に、自然と肩の力が抜けた。
だが、同時に疑問も浮かぶ。
「(まだ何か用があるのかな……)」
環奈が口を開く前に、銭婆はにんまりと微笑んだ。 - 540湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 00:13:26
「オクサレ神のこと、上から見ていたよ。」
その言葉に、環奈は一瞬息を呑む。
銭婆は、くっくっと喉を鳴らして笑うと——
「二人とも、また一つ良い女になったじゃないか?」
環奈とカンナを交互に見ながら、満足げにそう言った。 - 541湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 00:14:56
- 542二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 07:05:59
- 543二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 07:25:52
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- 544二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 07:49:48
- 545湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 10:07:13
- 546湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 16:34:42
「——環奈」
銭婆の声が、穏やかに響いた。
「妹への償いは、もうこれぐらいやれば十分だろう」
環奈の心臓が、一瞬だけ強く跳ねる。
「そっちのカンナも」
銭婆はゆっくりと目を細めながら、環奈とカンナを見つめる。
「これだけ妹に尽くせば、もう十分さ」
環奈は言葉を飲み込んだ。
カンナもまた、無言のまま、銭婆の言葉を静かに受け止めていた。
——次に何を言われるのか、二人ともすでに予測できていた。
銭婆は、その反応を見透かすように微笑むと、こう続けた。
「……そろそろ、契約を解除するよう、頼んでみちゃどうだい?」
その瞬間、周りの従業員たちが、一斉にざわめき始めた。
誰もが驚きの表情を浮かべ、声をひそめながら囁き合う。
だが、銭婆が片手をゆるりと上げる。
たったそれだけで、ざわめきは一瞬にして鎮まった。 - 547湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 16:35:16
環奈は、そっと息を吐く。
そして、しばらく目を伏せた後、決意を固めるように顔を上げた。
「……うん」
しっかりとした声が、静かな空間に響く。
「私、元の世界に帰る覚悟はついた。カンナはどう?」
カンナは、しばらく黙っていた。
けれど、その瞳はどこか遠くを見つめるように静かで、迷いを振り払うように言葉を紡ぐ。
「……待っていてくれる人がいるなら、帰った方がいい」
カンナは、一度目を閉じ、ゆっくりと開いた。
「私は、釜爺さんのその言葉が正しいと思ってる」
環奈は、その言葉を噛み締めながら、そっと笑みを浮かべた。
「それじゃ……!」
カンナも、小さく微笑み返す。 - 548湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 16:35:42
そのやりとりを見ていたリンが、ニヤリと笑いながら口を挟んだ。
「……で?」
環奈とカンナが、同時にリンの方を向く。
リンは腕を組み、面白がるように肩をすくめながら言った。
「どうやって、あの湯婆婆と交渉するつもりだ?」
その一言で、環奈とカンナは思わず顔を見合わせる。
「……」
——考えなくてはならない。契約を解除してもらう方法を。
だが、湯婆婆が簡単にそれを認めるはずもない。
環奈とカンナの表情が、次第に真剣なものへと変わっていった。 - 549湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 16:36:13
- 550二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 18:02:08
- 551二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 18:16:49
千尋がここを去るときに豚に変えられた両親を見つけるという問題を湯婆婆は出してきた
今回もそうした試練のようなものがあったとき、湯婆婆のことだから恐らくイカサマのような物を使ってくるはず
それを見破れば勝てる - 552二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 18:37:27
- 553湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 19:26:27
- 554湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 19:36:45
緊張した空気の中、誰もが固唾を呑んで環奈とカンナの言葉を待っていた。
しばらくの沈黙の後——
「……それでも」
環奈が、静かに口を開いた。
カンナがその横顔を見つめる。
環奈の瞳には、もう迷いはなかった。
「堂々と申し出たらいいと思う」
リンや周囲の従業員たちが、驚いたように目を瞬かせる。
だが、環奈はまっすぐ前を向いたまま続けた。
「私たちには、やましいことなんてないんだから」
——湯婆婆とお客さんのために働き、尽くしてきた。
ここで過ごした時間を、決して後ろめたいものにはしない。
だから、堂々と湯婆婆に申し出る。
「契約を解除してほしい」と。
カンナは、そんな環奈の言葉を噛み締めるように静かに頷いた。
「……ええ。その通りね」
その決意を聞いた銭婆は、満足げに微笑むと、カオナシと顔を見合わせて、ゆっくりと頷いた。 - 555湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 19:37:35
ぽつりぽつりと、従業員たちの間から声が漏れ始める。
「……お前ら、すごいな」
「……自由になれるといいな……!」
「……頑張れ!」
気づけば、リンをはじめとする従業員たちが、次々に声をかけてくる。
環奈とカンナは、驚きつつも、その温かい言葉を胸に刻むように頷いた。
そして——
「行こう」
二人は、湯婆婆の部屋へと向かった。
背後には、彼女たちを見送る湯屋の者たちの視線があった。 - 556湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 21:09:28
ガタン……ゴトン……
エレベーターが静かに揺れながら、最上層へと昇っていく。
環奈とカンナは、無言のまま、エレベーターの中で並んで立っていた。
扉の向こうに待つのは、湯婆婆。この湯屋の絶対的な支配者。
彼女と対峙し、自分たちの願いを通すことは簡単なことではない。
だが、二人の決意は揺らがなかった。
やがて、エレベーターが静かに止まり、重厚な扉が彼女たちの前に現れる。
環奈は、ぐっと息を吸い込んだ。
カンナが一歩前に出て、扉に備え付けられた金色のノッカーを掴む。
コン、コン……!
すると——
「なんだい、こんな遅くに」
扉に取り付けられたノッカーが、口を開いた。
「入ってもいいが、さっさと終わらせな」
ギィィィ……ッ!
巨大な扉が、ひとりでに開き始める。
扉の向こうに広がるのは、豪華絢爛な通路。そこに漂う空気は、いつも以上に重く、張り詰めていた。
環奈とカンナは、互いに視線を交わし、静かに通路を歩き出した。 - 557湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 21:10:40
足音だけが響く。
やがて、二人は湯婆婆の部屋の扉へと辿り着いた。
扉が勝手に開く。
そこには——暖炉の前に立つ、湯婆婆の姿があった。
ゆらめく炎が、姿を照らしている。
環奈とカンナが扉を閉め、静かに部屋の奥へと進むと、湯婆婆はゆっくりと振り返った。
湯婆婆は、鋭い目つきで、二人を睨みつける。
「何の用だい。一言で言いな」
有無を言わせぬ声音。
環奈は、ごくりと息を飲んだ。だが、躊躇わずに一歩前に出る。
「……ここを辞めさせてください」
ピキッ——と、湯婆婆の顔が引きつる。
室内の空気が、急激に冷え込むように感じた。 - 558湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 21:11:54
「お前……」
湯婆婆は、ゆっくりと環奈を睨みつける。
「自分から『働きたい』と言ったのを忘れたかい……?」
その声には、明らかな怒りが滲んでいた。
環奈は一瞬足がすくみそうになるが、それを振り払うように拳を握る。
そして、まっすぐ湯婆婆を見つめながら——
「はい……! でも、あのときの償いは十分したと思います!だから、ここを辞めさせてください!」
はっきりと、そう言い切った。 - 559湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 21:12:08
湯婆婆の目がさらに険しくなる。
すると、環奈の横で、カンナが一歩前に出た。
そして、静かに頭を下げると——
「……私も……!」
しっかりとした声で、湯婆婆に告げる。
「ここを辞めさせていただきたく、お願いに参りました……!」
その言葉に、湯婆婆の手がわずかに震えた。
「……っ!!」
ワナワナと震える湯婆婆の指先。
それに呼応するように、背後の暖炉の火が一層激しく燃え盛る。
まるで、この場の怒気をそのまま反映したかのように、炎が部屋全体を赤く染める。
環奈とカンナは、ぐっと唇を引き結び、湯婆婆の次の言葉を待った—— - 560湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 21:12:30
- 561二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 21:41:48
- 562二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 21:44:39
湯婆婆はかつて千尋にしたような試練をすることを思い付いたようだ
- 563二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 22:30:25
- 564湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 22:34:51
- 565湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/19(水) 22:35:19
- 566二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 23:01:36
- 567二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 23:11:48
巻かれて筒にいれられた契約書を持つ、飲食街で見たような暗い影を二体呼ぶ
影たちの持つ片方の筒にだけ契約書が入っており、契約書の入っている筒を持つ影を選べば達成
なお影たちには一回だけ質問が許され、片方だけが真実を話しもう片方は虚言を話す - 568二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 23:52:48
- 569二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 00:50:00
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- 570湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 04:57:39
- 571二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 09:20:30
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- 572二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 16:20:43
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- 573湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 18:30:32
環奈とカンナの決意に満ちた眼差しを受け、湯婆婆はしばらく沈黙したまま二人を睨みつけていた。
やがて——
「……いいだろう」
低く、含みを持った声が湯婆婆の口から零れる。
環奈とカンナが、息を詰める。
「昔、千がここを出ていくときにしたのと同じような試験をしてやるよ」
その言葉に、環奈は一瞬目を丸くした。
湯婆婆はゆっくりと椅子に座り、にやりと笑った。
「試験は明日の朝行うよ」
炎の揺らめきに合わせるように、湯婆婆の目が妖しく光る。
「それまでに、せいぜい覚悟を決めておくことだね」
環奈とカンナは、互いに短く頷き合った。
「……わかりました」
静かに答えると、二人は深く一礼し、その場をあとにした—— - 574湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 18:32:01
翌朝——一面に畳の敷かれた広間に、環奈とカンナは並んで座っていた。
湯屋で一番広いこの部屋には、静謐な空気が漂っている。
しかし、緊張感は尋常ではなかった。従業員全員が、この場に集まり、成り行きを見守っている。
リンや釜爺、その他の仲間たちも、固唾を飲んで事の成り行きを見つめている。
誰もが無言のまま、試験の始まりを待っていた。
「……来たぞ」
釜爺が小声で呟いた。
次の瞬間——広間の襖がゆっくりと開く。
そこには、湯婆婆の堂々たる姿があった。
その背後には、3人のカエル男が続いていた。カエル男たちは、それぞれお膳を手にしている。
畳の上に座る環奈とカンナの目の前に、その3つのお膳が、慎重に並べられた。
環奈は、膳の上に乗った料理を見て、一瞬息をのんだ。
——あの料理だ。
環奈がこの世界に来たとき、最初に目にした——そして口にしそうになった、大きなゼラチン質の料理。
プルプルと震えるそれは、どこか奇妙な光を放っている。
「……。」
環奈はゴクリと唾を飲み込む。 - 575湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 18:32:54
広間の空気が張り詰める中、湯婆婆がゆっくりと口を開いた。
「その料理には、一つだけ、食べれば豚になる呪いがかけられているよ」
その言葉に、従業員たちがざわめく。だが、湯婆婆は構わず続けた。
「お前たちが、そのうちの二つを食べれば、契約は取り消しだ」
環奈の指先がわずかに震える。
「(つまり……)」
二人が食べたものが安全なら、無事に人間のまま解放される。
しかし、どちらかが呪われた料理を食べてしまえば、豚になる——
湯婆婆は目を細め、意地悪く笑った。
「ただし、豚になった方がどうなるかは、わかってるね?」
環奈は、隣のカンナをちらりと見た。カンナの表情は、変わらず冷静だった。
湯婆婆の笑みが、さらに深くなる。
「もし、二人とも呪いがかけられていない方を食べれば、どっちも人間の姿で放免だ」
従業員たちは、誰もが息を詰めて成り行きを見つめていた。
環奈とカンナは、並んだ料理を見つめ、静かに呼吸を整えた。 - 576湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 18:34:31
- 577二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 18:53:08
- 578二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 19:53:00
環柰がやぶれかぶれで食べた後、湯婆婆がこのまま自分達を勝たせるわけがないと確信し、試練はこれで最後かとか豚になっても殺したりはしないかとか尋ねて時間を稼ぐ
その内に豚になる呪いを必ず両方の皿にかける筈だと見抜いた環柰は、カンナが選ばなかった皿をカンナが食べる前に誰かに食べさせる事を提案し河の神の団子があるから直ぐに戻れるとも話す
その様子を銭婆とカオナシが陰で見ていた
「なるほどねぇ、借金に苦しむ若い娘に貸し元が白と黒の二つの小石を袋に入れ、娘に一個だけ引かせるーー。
白い石が出れば借金が帳消しになり、黒い石が出れば娘は貸し元の妻にされちまう。
しかし娘はその袋に入れた石が二つとも黒である事を見ていた。
そこで娘は掴んだ石を放り投げて袋に残った石は黒なのだから自分が引いたのは白だと言い張る、って話さ。
フン、策士策に溺れると言うより身から出た錆ってやつだねカオナシ」 - 579二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 20:05:55
- 580湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 20:50:55
- 581二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 21:01:36
賢い娘の童話だな
- 582湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 21:10:48
「……まずは、私が食べる。」
環奈はそう言って、決意を込めた視線で湯婆婆を見つめた。
カンナが少し驚いたように環奈を見たが、何も言わず頷く。
周囲の従業員たちは、固唾を呑んで成り行きを見守っていた。
環奈は慎重に箸を手に取り、目の前の膳をじっと見つめる。
「(……全然違いが分からない……!)」
じっくりと皿を見つめても、呪いの有無など分かるはずもなかった。
「(……一か八か!)」
決意を固め、環奈はゆっくりと箸を伸ばす。右か、左か、中央か——
心を落ち着けて、慎重に選び、一つを掴んだ。
箸でつまむと、ぷるぷると揺れる。それを、恐る恐る口に運ぶ——
「……っ!」
ぐにゃりとした食感が舌に広がる。
環奈は覚悟を決め、ごくりと飲み込んだ。
——何も起こらない。
次の瞬間、広間にいた全員が一斉に息を吐いた。
安堵の声があちこちから漏れる。リンも笑っていた。
だが——湯婆婆の表情は変わらなかった。
その鋭い目は、依然として環奈とカンナをじっと見据えている。 - 583湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 21:21:15
次は、カンナの番だ。
カンナが静かに箸を手に取る——
その瞬間、環奈は声を上げた。
「待って!」
「……?」
カンナが怪訝そうに環奈を見る。
環奈の脳裏に、湯婆婆の笑みが焼き付いていた。
「(湯婆婆が、このまますんなり私たちを勝たせるはずがない……!)」
環奈は考える。
湯婆婆は、絶対に何か仕掛けている——
この試験は、純粋な運試しではない。 - 584湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 21:21:26
「……湯婆婆」
環奈は、わざと落ち着いた声で問いかけた。
「この試練で、本当に最後ですか?」
湯婆婆は、一瞬目を細めたが、すぐにゆっくりと頷いた。
「ああ、そうさ」
「この試練を乗り越えれば、私たちは自由……?」
「そういうことだよ」
「もし……豚になったら?」
湯婆婆の目が細まり、にぃっと笑う。
「そりゃあ、当然、料理にして神様たちにお出ししちまうよ」
環奈は、じっと湯婆婆の顔を見た。
「(——やっぱり)」
湯婆婆の態度が、どうにも妙だった。 - 585湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 21:24:03
そのとき——環奈の脳裏に、ひとつの考えが閃いた。
環奈は、カンナの箸を止めるように手を伸ばし、湯婆婆を見据えた。
「なら、こういうのはどうでしょう?」
湯婆婆が、怪訝そうに眉をひそめる。
環奈は、ぐっと息を吸い込んで——
「カンナが食べる前に、選ばれなかった方を誰かに食べてもらうのは?」
広間が、一瞬で静まり返った。
カンナが驚いたように環奈を見つめる。
湯婆婆は一瞬、口元の笑みを消した。
「……なんだって?」
「もし、その人が食べたのが呪いの方だったとしても……私には、河の神さまから貰った団子があります」
そう言って、環奈は懐からニガダンゴを取り出し、みんなの前に見せた。
「これは万能の解毒剤。これを使えば、元の姿に戻れるんです」
湯婆婆の顔が、ぴくりと引きつった。
それを見て——環奈は確信した。
湯婆婆は、自分が時を稼いでいる間に、豚になる呪いを両方の皿にかけたのだと—— - 586湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 21:33:56
「なるほどねぇ……」
広間の奥、誰にも気づかれぬように立っていた銭婆とカオナシ。
湯婆婆と環奈のやり取りをじっと見つめながら、銭婆は愉快そうに口元を歪めた。
「借金に苦しむ若い娘に、貸し元が白と黒の二つの小石を袋に入れ、娘に一個だけ引かせるーー」
カオナシが無言で首を傾げる。
銭婆は、ゆっくりと語り続けた。
「白い石が出れば、借金は帳消し。黒い石なら、娘は貸し元の妻にされちまう。けど、娘はその袋の中に入れられた石が、どっちも黒なのを見ていた」
その言葉に、カオナシの体がびくりと震える。
銭婆はゆっくりと微笑んだ。
「そこで娘は掴んだ石を放り投げちまう。そして袋に残った石が黒なら、自分が引いたのは白だと言い張る……って話さ」
その言葉の意味を察したカオナシが、「ア……」と頷く。
「フン、策士策に溺れると言うより、身から出た錆ってやつだね、カオナシ。」
銭婆は、環奈をじっと見据える。
そして、ゆっくりと前に歩み出た。 - 587湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 21:35:19
「——あんたの負けだよ」
場が静まり返る中、銭婆の低く響く声が、湯婆婆に突き刺さるように降りかかった。
湯婆婆は、ぎりっと奥歯を噛み締める。
「約束通り、この子たちは自由だ」
広間に、緊張が張り詰めた。
湯婆婆は唇を歪め、目を細めると、環奈とカンナをギロリと睨みつけた。
だが、彼女も分かっていた。——もう、言い逃れはできない。
「……ちっ……!」
舌打ちをしながら、湯婆婆は片手をあげて、指を鳴らす。
次の瞬間、どこからともなく、二枚の契約書が現れる。
契約書は宙に浮かび、環奈とカンナの名前が刻まれた文字が、くっきりと浮かび上がっていた。
湯婆婆は苦々しげに睨みつけながら、手を払う。
ボンッ!!!!
契約書は、一瞬で煙に包まれ、弾けるように消滅した。 - 588二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 21:37:12
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- 589湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 21:37:28
次の瞬間——
「やった!やったぞ!!」
「本当に辞められた!!」
「環!アン様!おめでとう!!」
従業員たちから、一斉に歓声が上がる。
「すげぇな、環奈!あの湯婆婆を言い負かしたぞ!!」
リンが大きく笑いながら、環奈の背中をどんと押す。
環奈は、まだ実感が湧かないまま、弾けるような歓声の中に立ち尽くしていた。
自由になったのだ。
湯婆婆の元から——この湯屋から——
カンナがそっと、環奈の手を握る。
環奈はその温もりを感じながら、やっと笑みをこぼした。 - 590湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/20(木) 21:38:51
- 591二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 21:54:34
- 592二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 22:52:53
みんなにお別れの挨拶をしていき湯屋を去る二人
海のあった場所まで行くと真珠が光り出しアシナシが現れ入り口までの道を指差すのだった
「もしかしたら彼女を喚ぶための呪物だったのかもしれない……」
「結局使わなかったしいらなかったけどね……」 - 593二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 00:04:51
- 594二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:46:34
いよいよクライマックスだな
- 595湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/21(金) 11:02:44
- 596二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 14:02:36
アシナシからもらった真珠は最後の最後ででわかるのかな
- 597湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/21(金) 20:44:42
自由を手にした二人を、従業員たちは歓声と祝福で包んだ。
しかし——この湯屋で過ごした時間は、決して無駄ではなかった。
だからこそ、環奈は一人一人に感謝と別れを伝えたかった。
環奈は、小湯女の先輩たちや、カエル男たちナメクジ女たちのもとへ向かった。
「今まで本当にありがとうございました!」
環奈が深々と頭を下げると、誰もがちょっと寂しそうな顔をしながらも、温かく微笑んだ。
環奈は、一人一人の顔をしっかりと覚えておこうと思った。
次に、環奈は釜爺のもとへ向かった。
「釜爺……」
環奈は、心からの思いを込めて言葉を紡いだ。
「あなたがカンナに言った言葉のおかげで、私、元の世界に帰る勇気が出た。……本当に、ありがとう。」
釜爺は、環奈の言葉を静かに聞き、しばらく目を閉じていた。
そして——
「……グッドラック」
短く、それだけを言った。
けれど、その一言には、すべてが詰まっていた。 - 598湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/21(金) 20:46:36
次は、坊。環奈にとっては命の恩人でもある。
「坊、何度も私のこと守ってくれてありがとう」
坊は環奈を見つめ、一瞬寂しそうに口を尖らせたが——ぐっと拳を握りしめると、しっかりとした声で言った。
「……坊、強い子だから泣かないぞ!」
環奈はその言葉を聞き、目を細めて笑った。
「うん、そうだね。坊は強い子だよ」 - 599湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/21(金) 20:46:47
続いて、リン。リンがいなければ、環奈はここまで頑張れなかっただろう。
だから——環奈は、懐からニガダンゴを取り出した。
「リン、これはあなたが持っていて」
リンは、目を丸くした。
「は……? なんで?」
「人間の世界では必要ないと思うから」
そう言いながら、環奈はリンの手に団子を握らせた。
リンはしばらくそれを見つめた後、ふっと笑った。
「……そうか」
そして、環奈の肩を軽く叩きながら言った。
「約束、ちゃんと守れよ。またオレに会いに来るって」
環奈は、力強く頷いた。 - 600湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/21(金) 20:47:43
環奈は、銭婆と、ずっと静かに見守ってくれていたカオナシを見つめた。
「……二人と別れるのが、一番辛いよ……」
銭婆は、微笑んだまま何も言わず、ただ環奈の言葉を待っていた。
環奈は、ぐっと胸の奥を押さえるような気持ちになりながら続けた。
「でも銭婆……私、元の世界でも友達作ってみせるよ。銭婆、言ってくれたよね?もし、待ってくれる人がいなくても——これから、きっと現れるって」
銭婆の笑みが、少しだけ優しくなる。
環奈は、銭婆とカオナシにそっと歩み寄ると、二人を抱きしめた。
銭婆は、環奈の背を軽く叩いた。
「その調子だよ、環奈」 - 601湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/21(金) 20:48:23
環奈は、深く息を吸い込み、最後に湯婆婆のもとへ向かった。
湯婆婆の表情は、やはり不機嫌そうだった。
それでも、環奈はしっかりと立ち、礼をした。
「……お世話になりました!」
湯婆婆は、一瞬だけ環奈を見た。
そして——
「フンッ……!」
そっぽを向いて、鼻を鳴らした。
環奈は、その反応を見て、少しだけ微笑んだ。
湯婆婆は決して素直に言葉をかけるような相手ではない。
けれど、それでも何も言わずに見送ってくれたのなら、それが湯婆婆なりの「答え」なのだろう。 - 602湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/21(金) 20:55:12
ふと、隣にいるカンナを見る。
「……全員にお別れ言えたよ」
環奈がそう呟くと、カンナは微笑みながら頷いた。
「私もよ」
そう言って、カンナは手に持っていた丸められた紙を見せた。
「湯婆婆さまからこれも頂いたし」
環奈は驚いたように、それを見つめる。
「なにそれ?」
カンナは、紙を軽く振りながら言った。
「町に帰ったら、虎神さまにこれを見せなさいって。契約取り消しのことが、ちゃんと書いてあるそうよ。」
環奈は、驚きと安堵の入り混じった表情でカンナを見た。
「そっか……これがあれば、カンナが自由になった証明になるんだね」
カンナは微笑み、環奈に向かって手を差し出した。
環奈も、その手をしっかりと握る。
二人は、手を繋いで歩き出した。 - 603湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/21(金) 20:59:04
湯屋の入り口へ向かう彼女の背中を、仲間たちが見送る。
対岸へと続く赤い橋。
その向こうに続くのは、元の世界。帰るべき場所。
環奈とカンナは、玄関をくぐり、対岸へと続く橋に足を踏み出す。
そして——もう一度、振り返った。
湯屋の大きな建物、仲間たちの姿。
環奈とカンナは、大きく息を吸い込んで——
笑顔で手を振った。 - 604湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/21(金) 21:02:23
静寂に包まれた無人の商店街。
環奈とカンナは、ゆっくりとその道を進んでいた。
この場所は、環奈がこの世界に足を踏み入れた最初の場所だった。
そして——その先、河岸の石段までたどり着くと、目の前に広がっていたのは果てしなく続く草原。
「(……帰ってきた)」
環奈は、心の中でそう呟く。
最初にこの世界に来たときと、まったく同じ光景。
どこまでも広がっていた深い水は、すっかり引いていた。
透き通るような青空の下、柔らかな風が草を揺らしている。
——しかし。
二人の前、石段の下に、赤い目が光る黒い泥の塊がいた。
環奈の足が、一瞬だけ止まる。
——アシナシ。一度は敵対し、対峙した相手。
だが——今のアシナシからは、敵意も悪意も感じられなかった。
ただ、そこに佇み、静かに環奈たちを見つめていた。
カンナが小さく息をのむ。
けれど、環奈は躊躇うことなく、一歩前へ踏み出した。
恐れることなく、まっすぐに歩み寄る。そして、目線を相手に合わせた。
赤い瞳が、じっと環奈を見つめる。
環奈もまた、静かにその目を見つめ返していた。 - 605湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/21(金) 21:02:57
- 606二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 21:14:00
- 607二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 21:41:50
人の姿になると出口まで案内してくれた
- 608二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:15:35
- 609湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/21(金) 23:21:05
- 610二次元好きの匿名さん25/02/22(土) 02:18:35
いよいよだな
- 611二次元好きの匿名さん25/02/22(土) 10:47:50
最後
- 612湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 15:39:30
念のために保守です。
- 613湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 20:17:49
アシナシの黒い泥の塊が、ゆらりと揺れた。
その形が、次第に輪郭を持ち始める。
赤く光っていた瞳はそのままに、泥が滑るように流れ、やがてひとつの人の形を成していく。
——トレンチコートを羽織った、黒髪の女性の姿。
環奈にとっては、もう見慣れた姿だった。
アシナシは、何も言わず、ただ環奈とカンナを見つめる。
そして、ゆっくりと草原の奥へと踏み出した。
それは、「ついてこい」という、無言の意思だった。
環奈とカンナは、一瞬だけ視線を交わし、それから迷わずその後を追った。
青空の下、風に揺れる草を踏みしめながら、三人は進んでいく。 - 614湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 20:18:43
——やがてたどり着いたのは、大きな時計塔。
環奈がこの世界に来たときに通り抜けたトンネルがある場所だった。
懐かしくもあり、遠い記憶のようにも思えた。
環奈は、足を止め、トンネルの入り口をしばらく見つめた。
ふと、隣に立つアシナシを振り返る。
その瞳は相変わらず無表情だが、どこか以前よりも柔らかくなったように見えた。
環奈は、小さく微笑みながら言葉をかける。
「あなた……アシナシだっけ……?」
アシナシは何も言わない。
それでも環奈は続けた。
「あなたにも、きっと居場所が見つかる。私、応援してるから」
アシナシの赤い瞳が、わずかに瞬く。
環奈は、軽く頷くと、今度はカンナを振り向いた。 - 615湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 20:19:47
「私はここを通って元の世界に戻るの。カンナは?」
カンナは、一度だけ空を仰ぎ見て、それから環奈を見つめた。
「気長に歩くわ」
「……え?」
「大丈夫よ」
カンナは、どこか楽しげに微笑んだ。
「むしろワクワクしてるの。やっとお湯屋の外を、好きなだけ歩けるようになったんですもの」
環奈は、驚きと理解が混じった表情でカンナを見つめた。 - 616湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 20:19:59
「……私たち、また会えるよね?」
環奈の問いに、カンナは少しの間目を伏せた。
そして、確かな意志を込めて微笑む。
「……ええ。必ず」
環奈は、その答えを信じるように、静かに微笑み返した。
——そして。
二人は、最後に抱擁を交わした。
カンナの体温が、環奈の胸にじんわりと広がる。
名残惜しさと安堵が入り混じった、不思議な感覚だった。
やがて、カンナが環奈の肩を優しく叩き、そっと離れる。
「さあ、もう振り向いちゃダメよ。せっかく自由になれたのだから」
カンナが優しく微笑む。
環奈は、カンナとアシナシの顔を交互に見つめる。
それから、大きく頷いた。
「……うん。またね」
そして、時計塔の中へと足を踏み入れた。 - 617湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 20:21:15
- 618二次元好きの匿名さん25/02/22(土) 20:31:15
- 619二次元好きの匿名さん25/02/22(土) 20:32:47
しばらく忘れていたがアシナシの真珠を持っている事に気づいて思い出した
- 620二次元好きの匿名さん25/02/22(土) 20:34:32
- 621湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 20:39:17
- 622湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 21:46:56
静寂に包まれた、広く薄暗い空間。
環奈は、ゆっくりと奥に続く、長いトンネルの入り口へと足を踏み入れた。
踏みしめるたび、足音がわずかに響く。
壁の向こうには、もう湯屋の喧騒も、仲間たちの声も届かない。
ただ、自分の鼓動だけがはっきりと聞こえていた。
「(本当に……戻るんだ)」
そう思うと、不思議な気持ちになった。
名残惜しさもある。けれど、それ以上に——
「さあ、もう振り向いちゃダメよ」
カンナの言葉が、環奈の背を押していた。
環奈は、もう振り返らなかった。暗闇の中を、前へ、前へと進む。
——やがて。
遠くに、ぼんやりとした光が見えてきた。
光は徐々に広がり、トンネルの出口がはっきりと形を成していく。
環奈は足を速めた。
そして——
光の中へと、踏み出した。 - 623湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 21:48:35
——そこには、何事もなかったような森の景色が広がっていた。
鳥のさえずり、木々のざわめき。
まるで、環奈が不思議の世界に足を踏み入れる前と何も変わらない。
まるで、時間が止まっていたかのように——
環奈は、ゆっくりと呼吸を整えた。
「(……あれ?)」
どこか、何かを忘れているような気がする。
けれど、その「何か」が思い出せない。
——その時。
ポケットの中に、何かが入っているのに気づいた。
環奈はそっと手を入れ、取り出してみる。
それは——虹色に輝く真珠。
光を受け、七色の柔らかな輝きを放っていた。
環奈は、無意識にそれを両手で包み込んだ。
その瞬間——ぶわっと記憶が蘇る。
湯屋、カンナ、銭婆、湯婆婆、リン、アシナシ——
すべてが、まるで映画のフィルムのように、一瞬で脳裏を駆け巡る。
「(私……忘れてたの?)」
あんなにも大切な時間を? - 624湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 21:49:17
環奈は、思わず後ろを振り返った。
そこには、真っ暗なトンネルが静かに口を開けている。
環奈は、その闇をしばらく見つめていた。
けれど——
「(私は……この世界で生きていくんだ)」
そう、心の中で強く思い直す。
環奈は、虹色の真珠をそっと胸に抱くように握りしめた。
そして、大切にポケットへとしまう。
ラベンダー色のランドセルを担ぎ直し、深呼吸をする。ゆっくりと前を向く。
そして——
一歩、踏み出した。 - 625湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 21:50:48
木漏れ日が差す獣道を、家へと向かって歩き出す。
「(もし、この世界でも一週間ぐらい経っていたとすれば……)」
お母さんは、なんて言うだろう?
先生は、どれだけ怒っているだろう?
何をどうやって説明すればいい?
そんなことを考えながらも、環奈は小さく微笑んだ。
きっと、大丈夫。
また新しい一歩を踏み出せる。
それを、あの世界で学んだから——
そうして、環奈はゆっくりと森の奥へと進んでいった。
どこまでも、木漏れ日が優しく降り注いでいた。 - 626湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/22(土) 21:51:16
——
海の彼方には もう探さない
輝くものは いつもここに
わたしのなかに 見つけられたから
——
おわり - 627二次元好きの匿名さん25/02/22(土) 22:34:03
お疲れ様でした!
寂しくもあるけどこれで完結か…… - 628二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 04:08:40
乙です
- 629二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 09:04:29
カンナも元気でいてほしい
- 630二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 17:28:01
ハッピーエンドで良かった
- 631二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 23:49:55
完走おめでとうございます
好きな映画だっただけに見つけられてよかった - 632二次元好きの匿名さん25/02/24(月) 01:22:35
後日談とかは無し?
- 633二次元好きの匿名さん25/02/24(月) 10:58:58
もう落としますか?
- 634湯屋 ◆va2KrOhAnM25/02/24(月) 12:25:41
ご感想、誠にありがとうございます!
私も完走することができて満足です。
もういつでも落として大丈夫です。
またいつかお会いしましょう。 - 635二次元好きの匿名さん25/02/24(月) 20:50:47