- 1Y.25/01/31(金) 23:18:54
- 2Y.25/01/31(金) 23:19:57
青春――。
それはあらゆるものの輪郭をぼかし、人生において代えがたい一生分の輝きを残す。
生徒が送る日常は、青春の物語は……そんな奇跡のように尊いものだと、私は思わずにはいられないんだ。
ハナコにモモトークで呼び出され、私はトリニティの古書館に来ていた。
「相変わらず広いな……」
キョロキョロと周囲を見渡しながら歩いていると、ポツリと一人で本を開くハナコの後姿が視界に映る。
「やぁハナコ」
「あ、先生。お待ちしておりました」
特に驚いた様子も無く、ふふっと笑みを浮かべて振り返るハナコの手元には、古びた羊皮紙の本が広げられていた。
「何読んでるの?」
「ウイさんのお手伝いでずっと放置されていた書庫を整理していたら見つけたんです、どうやらキヴォトスの神話に関わるお話が書かれているようで……先生をお呼びしたのも、この本が理由です」
「へぇ……?」
私はハナコの隣に腰かけて本を覗き込んでみるが、内容どころか文字すら読めない始末だった。
「うーん、私じゃ何のお役にも立てないと思うなぁ」
頭を掻きながら苦笑いを浮かべていると、再びハナコがフフッと微笑む。 - 3Y.25/01/31(金) 23:24:21
「いえ、解読をお手伝いしていただきたい訳ではありませんよ」
「それじゃあ?」
「この本に記述されている神話に"先生"と呼ばれる存在が出てくるんです」
「……」
私はハナコの言葉に何と返せばいいか分からず、言葉に詰まる。
ここキヴォトスにおいて"先生"とは異質な存在だ、それは”先生”である自分だからこそよく分かることだった。
生徒たちはBDによる映像学習で勉強し、それを補佐する講師などはいても、大人として生徒たちを導く先生は存在しない。
――そう、自分を除いて。
「どんな話なの?」
数瞬の沈黙を経て私がそう口にすると、ハナコはペラペラとページを捲った。
見てみれば、そこには巨大な城のようなナニカが空に浮かんでいる様子の挿絵が描かれている。
「これは、方舟なのだそうです」
「方舟」
「はい、曰く――」
ハナコは一呼吸おいて本の内容を語り出す。 - 4Y.25/01/31(金) 23:27:21
世界が戦乱に包まれていた頃、先生と呼ばれる存在が方舟と共に訪れた天使の軍勢を率いて戦乱の時代を終わらせた。
世界に平和と秩序をもたらせた方舟と先生に敬意を示し、世界はキヴォトスと名を改め、教育を重んじる学園都市へと成った。
「――とのことです」
「凄いね、初めて聞いた話だよ」
とりわけトリニティの生徒と話していると、キヴォトスの神話に紐づいた話題が出ることが度々ある。
しかしこのような話は聞いたことが無かった。
「えぇ……私もです。これは現在広く知られる神話とは全く異なる体系で構築されています」
顎に指を当てながら、ハナコが本を見つめる。
「でも不思議だね、遥か昔に私と同じように先生をしている大人がいたのかもしれない」
「はい、何故かとても気になって……直接先生にお話したかったのです」
「聞かせてくれてありがとう、ハナコ」
そう言うと、思案気味だった彼女の表情が和らいだ。
「……私は少し気になるので、もう少しこのお話について調べてみるつもりです。何か分かったら連絡しますね」
「うん、楽しみにしているよ!」 - 5Y.25/01/31(金) 23:30:27
「ところで先生?」
「ん?」
「放課後に、人気のない古書館で二人きり……ですねぇ?」
「……ソウダネ」
ニマニマと小悪魔的な笑みを浮かべるハナコが、私の方へズイと身体を寄せる。
「何しても、バレなさそうですねぇ?」
「じゃ! そゆことで! 楽しかったよハナコ!」
「ああっ⁉」
私はどんどんと距離を縮めてくるハナコからぴょんと離れると、手を振りながら小走りでその場を後にした。 - 6Y.25/01/31(金) 23:31:02
夕日が稜線にかかり、暖かな光と夜空が交わる帰り道。
私はハナコに聞かされた神話を思い返す。
「先生、か」
キヴォトスで過ごしてきた日常がまるでコマ送りのように脳裏に駆け巡った。
「色々あったなぁ」
アビドスで遭難しかけたあの日から、様々出会いと経験を経て来た。
もちろん、別れも。
別の世界の自分であった彼の事を思い返していると、聞き慣れた声が耳を撫でる。
「……先生」
「やぁ」
こちらへ伸びる影を辿ると、そこには大人になったシロコがガードレールに腰かけていた。
彼女は風に揺られる長髪を抑えながらこちらへ手を軽く挙げる。
「どうしたの?」
「ん、何故か先生に会いたくなって」
「はは、一緒に帰ろうか?」
「……ん」 - 7Y.25/01/31(金) 23:35:31
私の隣に並んだシロコに、最近はどうなのか、しっかり食べているかなど、まるで親の気分になって話していると、ふと彼女が立ち止まった。
「先生、これ」
「……これは?」
シロコが差し出した手の平には、古びた懐中時計。
「あげる」
「いいの?」
「ん、これは元々、先生のだったから」
「……そう、なんだ」
「これも先生の持ってるタブレットみたいなオーパーツらしい、前の世界で連邦生徒会の秘密金庫を襲った時に見つけたの」
色々とツッコミどころはあるが、私は苦笑いを浮かべながら懐中時計を受け取る。
殆どの金メッキが剥がれ、見るからに年代物の懐中時計だった。
「どうして今これを?」
「……分からない、ただ猛烈にこれを先生に渡しておかなきゃって思ったの。だから、来た」
「そっか」
私はそう言って懐中時計を開こうとするが、シロコの言葉に遮られてポケットに仕舞う。 - 8Y.25/01/31(金) 23:36:13
「じゃあ、私はもう行くから」
「そうなの? ご飯でも一緒に食べようと思ったんだけど」
「バイトを抜け出してきちゃったから」
「それは戻らないとだね、また連絡するよ!」
「……ん、またね。先生」
「うん! またね」
手を振って歩き出すシロコを見送る。
やがて見えなくなったことを確認して、ポケットの中の懐中時計を指でいじりながら再び帰路に着いた。
しばらく歩いてシャーレに着くと、もはや見慣れた後ろ姿が視界に映る。
「……お前さあ、どうやって毎度毎度侵入してるんだよ?」
「ククク……これでもゲマトリアですから」
シャーレの窓からキヴォトスの街並みを見下ろす黒服が、背中越しにそう告げた。 - 9Y.25/01/31(金) 23:38:11
「答えになってねーよ」
着ていたジャケットをハンガーにかけていると、黒服の声が再び響く。
「先生は、シュミレーション仮説というものをご存じですか?」
「……急になんだよ?」
黒服はクルリとこちらに振り返ると、コツコツと靴音を出しながら部屋の中を歩き出した。
「私たちが認識しているこの世界は高度にプログラミングされた世界で、全てはシュミレーションに過ぎない。というものです」
「ミレニアムの生徒に聞いたことがあるかも」
ネクタイを緩め、ソファに腰かけた私を気にかけることも無く、黒服は歩き続けながら続ける。
そんな黒服を、私は視線で追い続けた。 - 10Y.25/01/31(金) 23:46:27
「もしこの世界が、我々の理解の及ばないような存在が創り上げたプログラミングだとしましょう。さて、どのような存在が作ったにせよ、必ずバグと呼ばれるものは生まれてしまう」
「……話が見えないんだけど?」
私の疑問を無視して、黒服は続ける。
「ここに、条件が揃ってしまった」
「……条件?」
「誰も知らなかった神話の知識、この世界にあるはずのないオーパーツ。そして、その両方が、先生という存在によって観測され、事象は確定されてしまった」
黒服はそう言うと、私の向かいに腰かけた。
彼はゆっくりと指を絡め、両の手を組み合わせる。
隠された口元が、歪んで見えた。
「世界の歪みとでも申しましょうか、つまるところ、バグが発生する条件が揃ってしまったのですよ」
「は?」
戸惑いの声が出た刹那、まるであの日のように――世界が紅に染まった。
窓から見える空はまさにあの日と同じようで、私は弾かれたようにソファから飛び上がり窓辺へと駆ける。 - 11Y.25/01/31(金) 23:48:07
ご飯食べるので休憩。
感想とかアドバイスとかくれると嬉しい。
良さげな設定とか展開あったら盛り込むかも - 12二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 00:04:47
好きな概念のSSだわ…スレ立て感謝…
展開は急すぎる気もしなくはないがサクサク読めて良き❤️ - 13Y.25/02/01(土) 00:13:47
「黒服ッ! どういうことだ!」
「ご説明したでしょう、これは世界のバグです」
話にならないと黒服を無視し、眼下に広がる街を見下ろしてみれば――。
「騒ぎに……なってない?」
街行く人々はまるで普段通りのように、日常を送っていた。
買い物をする人々、友人と歩く生徒たち。
全てがいつも通りなのに、空だけがあの日のようにキヴォトスの破滅を示している。
その不気味なまでのギャップに、気味が悪くなった。
「この光景は、観測者としての資格がある我々にしか見えていません」
いつの間にか隣に並び立つ黒服がそう告げた。
「キヴォトスの外から来た、探究者ゲマトリアである我々、そして同じくキヴォトスの外から来た先生。貴方だけです……まぁ厳密には、あと2人ほどいるのでしょうが」
「何を、言って……」
「先生、この世界がただのシュミレーションなのだとすれば、我々の生に意味はあるのでしょうか?」
「……」
こちらをジッと見つめる黒服の顔を、ただ見返した。 - 14Y.25/02/01(土) 00:14:17
- 15Y.25/02/01(土) 00:15:02
「何千何万、いえ……何億何兆と繰り返され続ける偽りの世界に、果たして価値はあるのでしょうか。解を求める過程、いずれ消えてしまう記録に、一体何を見出せばいいのでしょう」
「……」
「先生は、この世界が好きですか?」
「ああ」
「先生は、生徒たちが大切ですか?」
「勿論」
「先生は、この世界を救いたいですか?」
「救ってみせるさ」
「これがシュミレーション……存在しない空虚な世界なのだとしても? 我々観測者は、この世界に固執する理由がないのですよ。このシュミレーションは上手くいっていた。行き過ぎていた、だからこそ救われるはずの無かった存在が救われ、それぞれは至るはずのない所へと至り、世界が想定すらしていなかった歪み――バグが産まれたのです。我々は別のシュミレーションに行けばいい、それは先生、貴方もです」
そう言って黒服はこちらへ手を差し伸べる。
「いつか私が言ったことを覚えていますか? 先生をゲマトリアに誘ったあの日の事です……えぇ、今こそ、我々と共に行きましょう。大丈夫です、貴方の愛する生徒は向こうにもいるのですから」 - 16Y.25/02/01(土) 00:34:56
私は、黒服の手を勢いよく払った。
「例えこの世界が紙芝居でも、吹けば消えてしまいそうな儚い灯であったとしても、私はこの世界を、生徒たちを助けるよ」
「えぇ……」
「それが、大人としての責任だからね」
「貴方は、きっとそう言うと思っていましたよ、クク……」
そう言って笑う黒服にジト目を向ける。
なんだか試されていたような気分だ。
「で、これどうすればいいの?」
窓の外を親指で指すと、黒服は顎を擦りながら口を開く。
「懐中時計をお持ちですね?」
「ああ」
「これは、言わば管理者権限をコピーしたものなのです」
黒服の言葉に対し、頭上にクエスチョンマークが浮かんだ。 - 17Y.25/02/01(土) 00:35:27
「先生の持つシッテムの箱、それも言ってしまえば管理者権限のようなものですが、その懐中時計はある一点においてのみ、ほぼ万能と言えるそのタブレットを上回ります」
ポケットから取り出した懐中時計に視線を落とすが、どこからどうみてもただの懐中時計にしか見えなかった。
だけれど、ただのタブレットにしか見えないシッテムの箱もオーパーツなのだから、あまり外観で判断しない方がいいのかもしれない。
「結局なんなの?」
「その懐中時計の本質は、跳躍――いえ、巻き戻しと言うべきでしょうか。シュミレーションを回す歯車が嚙み合わなくなった地点へと戻り、その事象を無かったことにする……あるいは、元に戻す。ふむ、表現が難しいですね」
いつもながらに要領を得ない黒服の説明に苦笑いを浮かべていると、少し黙り込んでいた黒服が再び口を開いた。
「とりあえず、その懐中時計を使えばこの状況を解決することができます。つまるところ、バグが起こってしまったシュミレーションの辻褄合わせが出来るのです」
「うーん? まぁいいや。私がこれを使えばいいんだね?」
「えぇ、しかし先生……」
「分かってるよ、どうせ私の身体に負担がかかるんでしょ?」
「いえ、いやまぁ。それもありますが」
珍しく黒服が口ごもる。 - 18二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 00:41:14
このレスは削除されています
- 19Y.25/02/01(土) 01:53:41
「……いえ、なんでもありません。使い方は簡単です、そのオーパーツを唯一扱える存在である先生が、時計の針を動かせばいい」
「針を動かす、ねぇ」
私は黒服の言う通り、懐中時計の裏にあるゼンマイを回す。
瞬間、凄まじい速度で針が逆時計周りに動き出した。
「おわっ!?」
思わず叫ぶと同時、視界が伸び縮みするゴムのようにグニャグニャと揺れ、急激な吐き気が込み上げてくる。
もはや自分がしっかり立っているのか、動いているのか止まっているのかすら分からない。
遠のいていく意識の中、黒服の姿が視界の端に映った。
「……先生、生徒の全生命を、その身で背負う覚悟はありますか?」
そんな言葉と共に、まるで電源を切られたテレビのようにプツンと意識が途切れる。 - 20Y.25/02/01(土) 01:53:52
――爆発音と銃声、そしてのその間に響き渡る悲鳴。
血と硝煙の臭いが鼻孔を突き、私は勢いよく瞼を開いた。
「おえっ……!」
仰向けに寝転んでいた私はすぐさま四つん這いになり、身体中の内臓がひっくり返ったかのように胃の中身を全て吐き出した。
「はぁっ、はぁっ……ここは?」
周囲を見渡してみるが、見えるのは草木のない荒野に有刺鉄線。
そして多頭の蛇が如くうねるように掘られた塹壕だった。
どこからどう見ても戦場のど真ん中だ。
「……どういうことだよ」
全く見覚えのない景色、しかしふと空を見上げて私は息を呑む。
「ここは、キヴォトス……なのか?」
暗雲立ち込め、戦場から立ち昇る煙に紛れてはいるが、天空に浮かぶ巨大な光の輪。
あれは間違いなくキヴォトスの空に浮かんでいるものと同じものだった。 - 21Y.25/02/01(土) 01:54:57
スレが落ちるまでに起きれたら継続。
落ちてたら終わります。
一応書き溜めして寝る。
ノシ - 22二次元好きの匿名さん25/02/01(土) 04:25:48
期待
ただ一つだけ、シミュレーションね