【トレウマSS】二人は梅の花に希う

  • 1◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:05:57

    2月———
    新年の慌ただしさが一段落したものもより一段と寒くなる季節。そんな季節の昼下がり、一人の男性が外を歩いていた。

    「寒いなぁ……この上着もまだ手放せないか」

    彼はトレセン学園に在籍しているトレーナー……周囲から女帝と称されているエアグルーヴの専属トレーナーである。
    トレーナーは昼休みという事で気ままに学園の中を歩いていると一つの木が彼の目に留まった。よく見れば所々に蕾が出来ており中には花を開かせているものも見える。

    「おっ、桜……じゃなくてこれは梅か」

    綺麗に咲いた梅の花。彼はその姿を眺めながら歩き、同時に自分の担当であるエアグルーヴの事を思い浮かべていた。
    凛々しく美しく、そして周囲から尊敬される女帝。
    自らの理想を理解されなかった故にトレーナーという存在に不信感を持っていた……そんな彼女の信用を勝ち取り、女帝の杖として歩んできた道のりを思い出す。

    「思えばこんな自分を、みっともなかった新人の自分の事を信じてくれたんだよな……」

  • 2◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:06:57

    2月———
    厳しい寒さを感じながらも春の足音が聞こえ始める季節。そんな季節の昼下がり、一人のウマ娘が外を歩いていた。

    「まだ冷えるが、芽や蕾も見えてきたか。もう少しで春がやってくるのが楽しみだな」

    彼女はトレセン学園に在籍しているウマ娘……女帝と称されるエアグルーヴその人である。
    昼食を終え、微かに見えてきた春の兆しを感じながら学園の中を歩いていると一つの大きな木の前に辿り着く。

    「梅か……」

    厳しい寒さを乗り越えて咲く梅の花。そんな姿を眺めながら歩き、同時にエアグルーヴは自身のトレーナーの事を思い浮かべていた。
    新人だが他と違い彼女の夢を否定せずに尊重してくれた彼。もう否定されまいと厳しい言葉で接してしまっても萎縮せずぶつかりながらも向き合ってくれた事を思い出す。

    「思えばこんな私を……厳しく当たってしまう私を受け止め、支えてきてくれた……」

  • 3◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:07:26

    「いつまでも君の杖でありたいな……」
    「これからもずっと、私の側にいて欲しい……」

    『…………………あ』

  • 4◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:07:44

    重なる声、合わさる視線
    硬直し静寂に包まれた空間を打ち破ったのはトレーナーの方からであった。

    「どうして、ここに?」
    「い、今は昼休みだぞ?き、貴様こそ……」
    「そりゃ休み時間だし……」

    『……………………』

    「とりあえずそこのベンチに座る?」
    「あ、あぁ……そうだな」

    その言葉に従いベンチへ向かうエアグルーヴと後に続くトレーナー。
    ぎこちなく近くのベンチに座る二人はどことなくお互いに何かを気にしている様であった。

    「……所でさっきの言葉、聞いていたのか?」
    「ん?ま、まぁ……そんな感じ……君も……?」
    「………貴様と同じだ。だからこそ聞く、"こんな自分"とは何だ?」
    「それならグルーヴだって……"こんな私"って……?」
    「うっ………」

  • 5◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:08:00

    再び静寂が訪れ周囲の喧騒と風が吹き抜ける音だけが聞こえている。そんな静かな水面の様な状況に一石を投じたのは今度はエアグルーヴの方からであった。

    「自らの目標を否定されたとはいえ……言ってしまえば我儘に近い形で契約を解消してきた……そして今度は否定されまいと貴様に厳しく当たっていた……」

    前を向きながら独白を語る彼女に続いてトレーナーも同じ様に語り始める。

    「……新人だから知識も自信も経験も何も無かった。君の様なウマ娘はもっと優秀なベテランが付くべきだと思った事も何度もあった……」

    片方が話し終えればもう片方が話し始め、互いを遮る事のない二つの独白が淡々と進む。

    「だがそれでも、貴様は私の事を受け入れてくれた。私の夢を笑わずに常に支えてくれた。どんな事があっても決して折れはしなかった……」

    「だけど君は信じてくれた。取り柄のない、情けない自分の事をトレーナーとして選んでくれた。そして君の立ち振る舞いや芯の強さが自分に力を与えてくれた……」

    正面を向いていた二人の視線が上へ動く。そこには二人が先程見つめていた梅の花が風に揺られている。

    「だからこそあの梅の花のように……どんな厳しさも越えていける強さを持った貴様の事を……」
    「あの綺麗に咲く梅の花のように……多くの人を魅了し尊敬される高潔な君の事を……」

  • 6◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:08:25

    「誰にも渡したくない……」
    「もっと支えていきたいんだ……」

    『……ふふっ』

  • 7◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:08:45

    再び重なる声、合わさる視線。
    少しの静寂の後、二人の顔には笑みが溢れていた。

    「こんな感じに話すのってらしくないな……」
    「ああ、全くだ……それと貴様はもっと自信を持て。新人やベテランなんて関係ない…貴様は貴様だ、女帝の杖……私だけのトレーナーだ」
    「そういう君もあまり思い込む事なんてないさ。それは君が他人に流されずに自分の夢や意志を押し通す芯の強さの現れなんだから」

    互いの偽りない本音に言葉を返しあっているとふとエアグルーヴは咲いた梅の花……の隣にある蕾を見つめながらトレーナーに語りかける。

    「先程の最後の言葉……互いの想いは同じだが、私達がその言葉に答えるのはもう少し先だ」
    「………?」
    「まだ私達は花開く前の……厳しい寒さを耐えてその寒さの中でも負けずに花開く梅の花のような蕾だ」
    「梅の花………!」

  • 8◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:09:07

    梅の花の花言葉の一つは【忍耐】
    それを思い出したトレーナーは彼女が何を言おうとしているのか即座に理解できた。

    「私達という名の花が咲くにはまだ早い。これから来る寒さや雨や風を耐え抜き、その先で花を開くべきだ。急ぎ過ぎて徒花になんてしたくはない……」
    「……なら今は一緒に耐える時だ。二人でならきっとどんな雨風や寒さも乗り越えられる。約束する…その時が来たら一緒に誰よりも咲き誇ろうって」

    「ありがとう…トレーナー………」

    すると静寂な空間に響く予鈴の音。昼休みは終わりそれぞれの場所に戻る時が来た。

  • 9◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:09:33

    「それじゃトレーニングの時間にまた会おうグルーヴ」
    「貴様こそ時間に遅れるなよ」
    「それと…さ、グルーヴ」
    「なんだ?」
    「これからもずっと、二人であの梅の花をこうやって眺めていこうな」
    「……! ああ、勿論だ。ずっと…ずっとな……!」

    言葉を交わし、二人は互いの持ち場へ戻っていく。
    そう遠くない未来…長い冬を耐え忍んだ先の春が訪れるその瞬間を思い浮かべながら……


    二人が去り、再び静寂に包まれた空間の中、梅の花が一足早い春風を受けて静かに揺れていたのであった。

  • 10◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:09:55

    2月———
    寒さがより強くなる中、春の兆しも見えはじめる季節。
    そんな季節の昼下がり、一人のウマ娘が学園の中を歩いているとベンチに腰掛ける二人の老人と老ウマ娘の姿を見かけた。

    「こんにちは、あの……」
    「大丈夫だよ、学園の許可は取ってあるんだ」
    「こんにちは。びっくりさせてごめんなさいね」

    よく見ると首は許可証がかかっている。どうやら許可を取ってあるのは本当のようだ。

    「す、すみません!……ここ、お好きなんですか?」
    「そうだなぁ、昔から気に入っててなぁ」
    「ええ、ここにいた時に約束した頃からずっとね」
    「この学園の卒業生とトレーナーさんだったんですか!?」

    驚く彼女を見て微笑みながら二人は昔の事を語りだす。この梅の花を眺め始めた時の事を、この梅の花を共に眺めようと約束した時の事を。

  • 11◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:10:16

    「素敵な話ですね……!私もいつかそんな素敵な経験をしてみたいです! 」
    「ええ、きっと貴女にも訪れますよ」

    そんな話をしていると彼女が何か思い出したかのようにハッとしたような顔をする。

    「おっといけない。花壇のお世話をしなくちゃ」
    「花壇?」
    「はい、有名な先輩が…私の憧れの人が大切にしていた花壇なんです!今は私がお世話してまして……」

    照れくさそうに話す彼女を見て微笑む老人と老ウマ娘。すると老ウマ娘が彼女の目を見つめながら語りかけ………

    『———"あの花壇"の事、頼んだぞ』

    「………ッ!…まさか貴女は………!?」
    「ええ、そのまさかですよ」
    「あ……ありがとうございます!私!頑張ります!」
    「ふふっ、私も応援していますからね」

    深々と頭を下げて向こうへと去っていくウマ娘の姿を見送った後、老人と老ウマ娘は再び目の前にある梅の花へとその視線を移す。
    未だ寒さを感じる風。その風に負けないように梅の花は綺麗に咲き誇っていたのであった……

  • 12◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:10:33

    「今年も綺麗に咲いたなぁ……」
    「ええ、綺麗に咲きました」
    「こうして見るとあの時を思い出すなぁ」
    「はい、私もですよ」
    「またあの時の様に話してみないか?」
    「あの時……ふふっ、それも良いですね」

  • 13◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:10:49

    「それじゃ…来年もまた来ような、グルーヴ」

    「ふっ……当たり前だ、たわけ」

  • 14◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:11:35
  • 15二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 09:14:16

    書き乙、いくつになっても変わらない仲の良さって良いですね...

  • 16◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 09:17:22

    >>15

    ありがとうございます

    変わらぬ仲睦まじさって良いですよね……

  • 17二次元好きの匿名さん25/02/02(日) 17:48:37

    そうかもうそんな時期か

  • 18◆jsT6D/LwNw25/02/02(日) 19:07:53

    >>17

    「一月往ぬる、二月逃げる、三月去る」

    月日が過ぎるのはあっという間……

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