(SS)ぼくはそこにいます｜あにまん掲示板

1◆l7elE92Qk0.U25/02/02(日) 22:23:53

「トレーナー、作ってきたぞ」
「ありがとう！　エアグルーヴ！」
今日は節分、学園や府中の町ではどこでも豆まき行われ、恵方巻が売られている。
……最も俺は仕事にかまけて忘れていたが。前日まで。
『巻いて欲しい具は有るか？』
その問いかけで思い出すほど、俺は色々と忘れていた。
彼女はいつもこうやって生活にメリハリをつけてくれている。ありがたいことだ。

「貴様の希望通りだ。どうだ？」
「ありがとう！　これ好きなんだ！」
俺が頼んだ具は焼きアナゴにかんぴょう、きゅうり、そしてだし巻き卵。
思わず顔が綻ぶと、彼女も釣られるように微笑んだ。

「それはよかった。食べたら豆まきをしよう。今年の恵方は……」
「それならアプリが有るからそれを使おう。ほら、恵方が表示されてるだろ？」
「ほう、随分便利だな。今年は……西南西か」
アプリの示す方向に二人で向き、エアグルーヴお手製の恵方巻を食べる。
うーん、やはりおいしい。焼きアナゴの甘味と旨み、きゅうりとかんぴょうの食感。
そして柔らかなだし巻き卵の舌触りとやさしい甘さ。
無言で賞味していたが、"あること"が起きる。

喉に詰まった。

思わず胸を叩くが、何とか視線を恵方から外すまいと食べ進める。
「おい、無理はするな」
そう言いながら、いつの間にか用意されていたお茶を手渡される。
直ぐに流し込み、事なきを得た。

2◆l7elE92Qk0.U25/02/02(日) 22:24:10

「ありがとう！　エアグルーヴ！」
「気にするな……貴様、恵方から目を離したな？　まあ、私も同罪だがな」
思わず二人顔を向け合い吹き出してしまう。
何とも締まり無いが、こんな日が続けばいいのにと思えてしまう。

──

さあ、次は豆まきだ。
升に豆を入れて……準備完了だ。

「準備は出来たか？　よし、私から撒こう」
そう言いながら、彼女は豆をまき始めた。

"鬼は外、福は内"

美しい声がトレーナー室に響く。
その声に呼応するように妙な声も時折聞こえてくる。

"いたい、いたい、いたい"

彼女は特段気にしている様子はない。
ウマ娘の聴力は我々よりはるかに鋭敏だ。俺が聞こえているのであれば、気付くはずだ。

「どうした？　トレーナーも早くまけ」
妙な声の事を考えていると、そう告げられる。
……おそらく気のせいだろう。

「ああ、わかった。いっぱいまくぞ！」
「ほどほどにな。掃除が大変になるからな」
彼女は楽しそうに笑いながらそう言った。

3◆l7elE92Qk0.U25/02/02(日) 22:24:25

ぼくはこの日、我が身を呪う。己の魂を。
いつもはすぐそばにいられるのに、いつもはすぐそばで貴女の姿を見ていられるのに。
あな憎らしや憎らしや。その豆憎らしや。あな憎らしや憎らしや。我が身のさだめが憎らしや。

貴女にはぼくは見えない。ぼくからは貴女は見える。
そこに確かにいるのに、貴女にぼくは見えない。ぼくはそこにいるのに。

痛い、痛い、痛い、イタイ、いたい。

貴女が豆を投げるたび、ぼくの肌に食い込み身を焦がす。
痛い、イタイ、いたい。その豆憎らしや。我が身のさだめが憎らしや。

ああ悲しや悲しや、この身賜うたこと、いと悲し。

いっそ戻ってみよか、六文使うて戻ってみよか。
地獄へ出戻り亡者責め抜く獄卒稼業。
八大地獄廻り巡りて、気楽な獄卒稼業。

鏡に映るは己の所業、かつての行い悪党稼業。
浄玻璃鏡はお見通し、かつての行い悪党稼業。

ああ憎らしや憎らしや、己の業が憎らしや。
ああ憎らしや憎らしや、悪心塗れの己の所業。

ああ悲しや悲しや、この身のさだめ。
ああ悲しや悲しや、貴女を想う浅ましさ。