【トレシャカSS】冷たい朝に、温もりを

  • 1◆q.2J2dQVmm2K25/02/08(土) 20:51:05

    「う"~……さっみィ……」

     早朝、寮の玄関を出てすぐにポケットに手をつっこむ。
     気温がすっかり冷え込んだ今の季節はまさに真冬。刺すような冷たい空気に少しでも肌を晒さない為に、首を竦めてマフラーに顔の下半分を埋めた。
     今朝は朝練がある為、日の昇りきっていない薄暗い道をいつもより早足で歩む。周囲には、同じ目的とおぼしき他の生徒を何人か見掛けた。体温の上昇を抑えられるこの季節、この時間、トレーニングにはうってつけだ。
     とはいえ……今朝ははっきり言って寒すぎる。
     着替えの手間を省くためジャージ姿で寮を出た。学園指定のコートを羽織っているが、少々心許ない。規格外の寒さに体は無意識に震えて歯はかちかちと音を立てやがるし、ポケットの中の手も大して温もらない。カイロの一つでも持って出ればよかったか……今からでも取りに戻るかと、ほんの一瞬だけ後ろ髪を引かれたが、そんな事などさっさと振り払って学園へと向かう足を更に早めた。

  • 2◆q.2J2dQVmm2K25/02/08(土) 20:51:43

     トレーニングが始まれば、寒さなどすぐに気にならなくなる。オレ達ウマ娘は、ヒトより体温が高い。体を動かせば更に上がる。それこそ、真冬の冷たい空気がむしろ丁度良いくらいにだ。だから運動後のクールダウンが素早く済む今の季節は、正直嫌いではない。
     折角効率的にトレーニングが行えるのだから、一分一秒でも無駄にしない為に学園へ急ぐ。まあ、他にも急ぐ理由はあるのだが。

    (アイツ……どうせもう、外で待ってンだろうな……)

     この寒空の下で、少しでもオレを待たせまいと既に練習用のコース付近で待機しているであろうアイツの姿を思い浮かべる。
     呆れたように吐いた溜め息は、白く染まって空に漂う。それを置き去りにするようにもっと足を早めると、ふわふわと白い軌跡を描いて、やがてゆっくり消えていった。

  • 3◆q.2J2dQVmm2K25/02/08(土) 20:52:00

     暫くして学園に到着した。朝日を浴びる校舎は昼間の喧騒を感じさせず、冷たい空気に包まれて静かに佇んでいる。
     そんな穏やかな校舎を尻目に、真っ先にコースへと向かった。
     練習用のコースからは地面を軽やかに蹴る音や、溌剌とした掛け声が聞こえてくる。そして、そのコースに繋がる石段の一番上に、案の定アイツの──トレーナーの後ろ姿が見えた。
     寒さからか、ダウンジャケットに包まれた大きな背は縮こまり、良く見ると小さく震えている。一体いつからここにいたのか……。
     少しでも時間を無駄にしたくないオレに合わせる為に、トレーナーは朝練の際には、こうして早くから外で待機するようになった。まあ、そのせいで風邪を引いてしまうこともあるのだが。

  • 4◆q.2J2dQVmm2K25/02/08(土) 20:52:22

    「……ハァ」

     いつの事だったか、そのせいでトレーニングに遅れが生じてしまったことを思い出し、また一つ溜め息を吐く。眉間に皺を寄せてゆっくりと近づくと、トレーナーがぶつぶつと呟いているのが聞こえてきた。
     背後からそうっと覗き込むと、トレーナーはタブレットで今朝のトレーニングメニューを確認している最中だった。というか、オレがここまで近づいていることにまるで気が付いていない。
     それほど集中しているのだろう。側には役目を終えたであろう缶コーヒーが、寂しそうにポツンと突っ立っていた。
     なんと言うかまぁ……ご苦労なこった。こんな寒いなかガタガタ震えて、別に暗記する必要の無いメニューを何度も確認しながら、オレが来るのを待つ。
     何も外で待つ必要は無い、トレーナー室で待ってりゃ良いだろうと、何度もそう伝えた。だがトレーナーは

    『君に少しでも時間を取らせたくないから』

    と聞く耳を持たなかった。全くもって意地っ張りな奴だ。

  • 5◆q.2J2dQVmm2K25/02/08(土) 20:52:48

    (それで風邪引いてぶっ倒れてちゃ意味ねェだろうが……)

     ふと、一つ良いことを思い付いた。今のトレーナーにそれを実行すれば、恐らく跳び上がるほど驚くだろう。コイツのリアクションを想像するだけで、笑いが込み上げてくる。
     悪戯?バカ言え、これは戒めだ。オレの言うことを聞いて暖かい部屋で待っていれば、こんな目に遭わなかったのに……てな。
     ニヤニヤと口角を吊り上げながら、冷えた両手をトレーナーの顔を挟むようにしてゆっくりと近づける。えらく集中しているおかげで、全くバレる気配もない。そしてそのまま、トレーナーの首元にしっかりと巻かれているマフラーを掻き分けるように、ニット生地と肌の間に指を強引に挿し入れた。マフラーによって温められた首筋に、キンキンに冷えた指先が触れる。

  • 6◆q.2J2dQVmm2K25/02/08(土) 20:53:05

    「◎△$♪︎×¥●&%♯︎ッ!?」

     どうやら効果は絶大だったようで、トレーナーは意味不明な悲鳴を上げた。その声に驚いた他の生徒やそのトレーナー達が皆一斉にこちらに顔を向け、様子を伺っていた。中には、トレーナーの素っ頓狂な声に笑みを浮かべている者もいた。
     まあオレも、トレーナーの悲鳴がとにかく可笑しくて。思わず声を出して笑いそうになるのを、必死に堪えていた。

    「だ、誰っ!?シャカールッ!?」

     トレーナーは訳が分からないといった様子で振り返り、やがてオレの仕業だと判明すると更に驚いていた。
     首元に手をあて、真ん丸とした目で見上げてくる。驚いたことで呼吸が荒くなり、口から激しく白い息を吐く様子はまるで、白煙を噴き上げる蒸気機関車のようだった。

  • 7◆q.2J2dQVmm2K25/02/08(土) 20:53:23

    「プッ……ククッ……お前、驚き過ぎだろ……なンださっきの声はよ、クッ……ふふ……」

     結局堪えきれず笑い声を漏らしていると、驚愕に歪んでいたトレーナーの表情が次第に変わっていった。眉を八の字に曲げたその表情は、まるでオレを心配しているかのようだ。
     次の瞬間、トレーナーは立ち上がった。さっきまで丸められていた、無駄に大きな体が勢い良く立ち上がったために、少したじろいでしまう。

    「ア?なンだよ?」
    「シャカール、手凄く冷たいぞ……。大丈夫か……?」

     トレーナーはそう言いながら、オレの手元に視線を落としていた。
     こんな寒い日に手袋も着けず出歩いていれば、たとえ体温が高くとも、当然手は冷たくなる。というか、冷たくなったからこそさっきの悪戯……じゃなくて、戒めを実行したのだが。

     それにしてもコイツ……オレに注意したりするワケでもなく、真っ先にオレの手の冷たさを心配してきやがった。……ホント、そういうところが……ウザい。

  • 8◆q.2J2dQVmm2K25/02/08(土) 20:53:42

    「アァ?別にこれぐらい大したことねェよ。体動かしてりゃすぐ温まンだろ」
    「そうは言っても……手が悴んでいると、上手くパソコン扱えないだろ?なにより手が冷えると、色んな体調不良を引き起こすし……あぁそうだ」

     するとトレーナーは、ダウンのポケットからカイロを取り出し、オレに差し出してきた。

    「ほらこれ、使ってくれ」
    「いやいらねェって。アンタが使ってろよ」
    「いいからいいから!」

     トレーナーはオレが断るのも聞かず、手を取り無理矢理持たせた。冷えきった指先に、じんわりとした温もりが伝わってくる。

    「あ……でも、俺がずっと持ってたやつ使うの、シャカール嫌だよな……たしかトレーナー室に新品があったと思うから、それ取ってくるよ。ちょっと待っててくれ!」
    「あ!オイ……!」

     言うが早いかトレーナーは、オレの制止を聞かずに走って行ってしまった。

  • 9◆q.2J2dQVmm2K25/02/08(土) 20:54:05

     全く……コイツはいつもこうだ。さっきまでお前が使ってた……だとか、別に気にしない。手が冷たいのだってすぐに治まる。そもそも、朝練の度に、オレが来るのを外で待つ必要もない。今だって、結局トレーナー室に戻るのなら、外で待ってた時間が全部無駄になるだろう。
     本当にそそっかしくて騒々しい、ノイズまみれなヤツ。無駄になるかもしれない事でも、少しでもオレの為になるかもしれないなら、なんだって全力で取り組む。
     全くもって非効率な……ロジカルじゃないヤツだ、アイツは……

     けれども……そんな騒がしいアイツに、慣れてしまっているオレがいる。こんなノイズを、悪くないと思ってしまっている……だなんて……

    「……バカかよ、マジで……」

     遠のいていくトレーナーの背を睨み付け、握らされたカイロに力を込める。

  • 10◆q.2J2dQVmm2K25/02/08(土) 20:54:39

     凍てついた指が、氷が溶けるように解れていく。普通のカイロより温かいようだが、それはきっと気のせいなのだろう。
     そう言い聞かせながら天を仰ぎ、口元を隠していたマフラーをずり下げてふうっと息を吐いた。

     その後、戻ってきたトレーナーに新品のカイロを渡されたが『温まるのに時間掛かンだろ』と突っぱねた。
     そんなオレの態度にトレーナーは、困ったような様子だった。
     マフラーを摘み、口元を覆うように持ち上げる。自然と吊り上がっていく口角と、熱を帯び始めた頬を隠すように。

    ──手放すワケねェだろ、こンな温かいモンをよ

  • 11◆q.2J2dQVmm2K25/02/08(土) 20:56:03

    おしまいです
    最後にスレ立てしたのが去年の11月て……時が経つのは早いものですね……

  • 12二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 21:22:34

    例のドロワ後日談ぶりだ……久しぶりのトレシャカが身に染みる…

    戒めという名目があれど悪戯心が勝るぐらいにはシャーたんもデレきってるし、シャカトレも無自覚でカウンターしてくるからほんと……

  • 13二次元好きの匿名さん25/02/08(土) 21:24:37

    カイロの熱…とはまた別の、目の前でてんやわんやするその人の「熱」に拘るシャカール……なるほどロジカルじゃないですなぁ……
    トレーナーが代えのカイロ持ってきても、それとなく理由付けてポッケの中でにぎにぎしてるんやろなぁ
    いーいSSでした

  • 14◆q.2J2dQVmm2K25/02/09(日) 07:15:13

    感想ありがとうございます


    >>12

    前回も読んで頂いていたとは……ありがとうございます。シャカールはトレーナーを揶揄って遊んでそうだし、たまに反撃(無自覚)喰らってそうなんですよね……

    >>13

    トレーナーから貰ったカイロを一日中持っててほしいし、捨てる時にちょっと躊躇ったりしてると可愛いですね……

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