- 1125/02/10(月) 20:10:38
- 2125/02/10(月) 20:10:50
すっかり黄色く染まってしまった欅並木を俺は進んでゆく。トレセン学園へは俺の住むトレーナー寮から歩いて10分もかからない。いつものトレーナー室に向かう足取りに躊躇いはない。薄っぺらいスーツでは肌寒くなってきた今日日、舞い落ちる黄色い葉を横目で眺め通り過ぎる。そういえば彼女にとって3度目の「秋」なのか、と俺は今更当たり前のことを噛み締める。去年のこの時期、この時間もこんなにも暗かっただろうか。そんなことを考えてしまったのは早朝で目が覚めきっていなかったからだろう。いかんいかんと首を振りつつ俺は誰もいない廊下の中トレーナー室へ向ける足を早めた。トレーナー室の前に着くと小さなクリスタルのついたキーホルダーがついた鍵を取り出し鍵穴へ差し込んだ。ガチャリ、と鍵の開く冷えた音を確認して扉を開けようとすると。
「トレーナーさん……?」
声のした方向には俺の愛バ、もとい担当ウマ娘のメジロアルダンが後ろ手を組んでそこに立っていた。
「なんだ、随分早いな、アルダン。」
「ふふっ、なんだか今日は早く目が覚めてしまって。トレーナーさんこそ今日はお早いのですね。」
そう言いながら微笑む彼女の儚げな顔に俺はいつもながら少しどきりとさせられる。
「いや、今日のトレーニングに少し器具を準備する必要があって、結構重さがあるからその準備でちょっとね。」
「あら、そうでしたか。よかったらその準備、ぜひ私にお手伝いさせてくださいな。」
「いいのか?でも、その…まだ」
「はい、大丈夫ですよ。」
そう言い切る彼女の表情はいつかのレース前の練習で見たことがあったような気がした。
「そうか、じゃあ2人でさっさと用意しちゃおうか。」
「はい、2人で早めに終わらせてしまいましょう。」
そんな会話をしてまだ薄暗い中、俺たちは何往復かしてなんとかトレーニング倉庫からお目当てのトレーニング器具を取り出し、トレーナー室へ運び終えた。 - 3125/02/10(月) 20:12:32
「ふぅ……意外と終わるのに時間かかったな。少し紅茶でもどうだ?」
「まぁ、いつものトレーニング後のトレーナーさんのお紅茶、こんな朝から入れていただけるんですか?」
「あぁ、アルダンがいなかったらこの倍以上は時間がかかっていただろうからな。これはそのお礼だ。そのソファーで座って待ってて。」
「ふふっ、では、ありがたくいただきます」
そう言いながら俺はトレーナー室に備え付けられたキッチンで水を入れたやかんに火をかけ、その間にティーポットと茶葉、ティーカップを用意する。やがて沸騰したお湯をティーポットに注いで蓋をすると、か茶葉のすかな良い匂いが鼻口をくすぐる。紅茶を蒸らしている間、横目でアルダンの方をちらりと見ると彼女は手持ち無沙汰そうにその滑らかな足を少しぶらぶらさせている。そんな彼女の姿はまるで、西洋絵画の中から飛び出して来たような淡い水色をした人魚のようで、時間が止まったような、そんな錯覚を覚える。紅茶を蒸らし終わり、ティーカップに薄紅色の雫を注ぐ。アルダンの好きな薄めのダージリンティー。2人分のカップに注ぎ終え、ティーカップを彼女へ手渡す。そのまま彼女の隣に腰掛け、分け合った2つのティーカップをチン、と鳴らして俺たちは中身を味わう。いつもより大分早めのティータイムはしばしの静寂をもたらす。
「………あと、1週間で天皇賞か」
「………はい、そうですね」
「………これで、終わりなんだな」
「………はい、そうですね」
静寂を破って飛び出した言葉はそれっきりで、また沈黙が訪れる。
「………結局、メジロラモーヌには…」
「……仕方がありません。このガラスの靴は、割れてしまいましたから。この前のレースタイムも去年から比べて縮まりませんでしたので。」
「……そう、か」
「ヤエノさんとチヨノオーさんには一度は勝ちたかったですけれど……」
「……あれだけ、色々と、準備したのに、本当にすま」
「トレーナーさん、それ以上はダメです。」
いつのまにか、俺の唇に押し当てられる彼女の人差し指。驚いた俺に彼女は微笑み、人差し指を俺の唇からそっと離す。
「どちらにせよ、私はもう長くは持たなかったんです。タイムリミットが早かったか、遅かったかの違いだけなのです。」
「……アルダン」
「それに、私は」
- 4125/02/10(月) 20:14:09
そう途中で話すのをやめ、彼女は可憐な花のような満面の微笑みを俺に向ける。
「トレーナーさんのお陰で、私はこの一瞬でも輝くことができたんですよ?確かに他の方と比べれば、その旅路は短いかもしれないけれど、私は私自身の生きた軌跡を、今に残すことが出来ております。」
「……アルダン」
「だから、トレーナーさんはそんなに自分のことを責めないでください。あなたは、私との約束をちゃんと守ってくださりました。」
「……アルダン」
俺たちは、冷めきった紅茶を一口啜る。
「……このレースを終えたら、どうするつもりなんだ?」
「そうですね……ご存知かと思われますが、私のこの体ではもうトゥインクルシリーズを駆け抜けることは厳しいと言わざるを得ません。」
「……そうだな」
「実は以前からばあやに、卒業後に保養地へ移り住む提案を受けておりました。卒業後は、そちらへ参るのもよろしいのかもしれませんね。」
「………」
「中国にメジロ家が保有する、緑豊かな保養地だそうです。水も空気もとっても澄んでいて、温泉だってあるんですよ」
「そうか……それは、よかった、な」
「……ええ、」
そのままどちらも口を開くことのなく、ただ紅茶を啜る音だけが2人だけしかいないトレーナー室に響き渡る。
「…そろそろ、私は戻らないと。チヨノオーさんも起きてくる時間ですので。」
「あ、ああ、長々と付き合わせてしまってすまなかったな」
「いえいえ、私自身が望んで一緒にいたかっただけですから。」
「…そうか」
「お紅茶、ありがとうございました。それでは私はこれで。」
アルダンはトレーナー室の扉を閉めて去っていく。その彼女の後ろ姿は、どこか遠くて。その彼女の足音は、今にも割れてしまいそうで。 - 5125/02/10(月) 20:14:22
「………メジロアルダンっ」
「………っ」
気づけば、俺はトレーナー室を飛び出して、彼女の後を追いかけていた。その勢いのまま、階段を降りようとしていた彼女を後ろから抱きしめる。
「………嫌だ。君は、俺の永遠の輝きだ。俺は、君の未来を描くと約束した!俺じゃ力不足なのかもしれない!もしかしたら、今後一生GIなんて夢も叶わないのかもしれない!だけど!」
「………」
それでも、俺は
「……だけど、俺は、俺は君のトレーナーでいることを、諦めたくないッ……!」
「………やっぱり私も、あなたもずるい人です。」
そう言って、アルダンは背後から抱きしめる俺の手を優しく包み込む。
「…元々、私はトゥインクルシリーズを辞めるつもりなんてありませんよ。」
「………え?」
「ふふっ、先程はあんなことを言ってしまいましたけれど、私自身の気持ちとしては、まだまだトレーナーさんと一緒に走りたい思いは諦めていませんから。それにーーー」
甘い、かすかな匂いがふわりと舞い、アルダンは俺へと向き直る。
「あなたが今おっしゃってくれたでしょう?私とあなたの2人で、未来を描くと。」
そう微笑む彼女の表情は、どこか暖かくて、儚げで、…とても輝いていた。いつのまにか朝日は高く登って、人の喧騒も鳥の囀りも遠くなって。俺たちはいつまでも抱きしめ合って、互いの温もりを確かめ合っていた。 - 6125/02/10(月) 20:16:49
後で笛吹男にあげる予定ですのでそちらでもよろしくお願いします。あとはもしよろしければ3次創作にはなってしまいますがこちらの作品も読んでいただければ嬉しいです。
ここだけ没落した(当社比)名家系出身のトレーナー概念|あにまん掲示板dice1d123=@64 (64)@ 担当とするhttps://bbs.animanch.com/img/4197912/1bbs.animanch.com73レス目以降
- 7二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 21:00:32
切ないけど好き
でも大体のウマ娘はG1と無縁のままターフを去るんだよな… - 8二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 21:47:39
史実だと怪我ばっかりなんだっけ
- 9二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 22:38:26
14戦4勝、勝ち鞍はG2一勝のみで現役の半分以上は怪我してたんじゃないかな
- 10二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 23:35:04
アルダンラストランがマックイーン最初のジャパンカップだったかな
- 11二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 00:07:07
アルダンがアルダントレに引き止めて欲しそうにしてるの良き…
それはそれとしてアルダントレはここでもスパダリかましてんすね - 12二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 09:29:19
アルトレが次の担当でG1勝ったらどうなるんだろう…
- 13二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 11:35:31
アルダンntr脳破壊されちゃう
- 14二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 14:10:34
たぶんふつーに祝福して自分は身を引く覚悟決めると思う
自分に才覚が無かったのであって彼には責が無いって安堵して
Heartbroken って奴ですな - 15二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 16:54:24
- 16二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 19:57:21
- 17二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 03:07:21
この世界線のアルダンは限界を超えれなかったんだな…
天皇賞1週間前なのにこんな悲観的なのは怪我もあってなのかわからないけど実力が伸びなかったからなんだろうか
大体のウマ娘がそうなんだろうけど現実は非情だ - 18二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 03:53:02
去年からタイムが縮んでない=もう成長出来ないってのと「タイムリミット」の発言からしてレース勝利を考えてる場合じゃなくなってると推測
こっから怪我と衰えによる能力低下を抑えるのが限界で将来に希望を持てない状態なんじゃない?
「結局、ラモーヌには…」はラモーヌすら妹と競う事を諦めてしまったのかね - 19二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 08:41:19
- 20125/02/12(水) 08:43:21
- 21二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 09:17:04
感想ありがとうございます!
まぁ担当トレに一生だの永遠だのあれだけ重い感情抱えてるのでねぇ…なんだかんだアルトレの次の担当とか自分の子供とかにも(表には出さないでしょうが)ねばる納豆みたくドロッとした感情を向けてそうだなぁと勝手に思ってます(そうであれ)。
- 22二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 09:58:09
レースという呪いから開放されないとドロドロし続ける奴じゃん……ヒェ
ラモーヌはラモーヌでいつか成長して自分に挑んで来るだろうと待ってた愛妹がもう同じターフに上がって来ない(これない)事に陰で重めの感情抱いて欲しいなと思うワケ
他に強いライバルはいくらでもいるけど、自分と競うかもしれなかった妹を来れないと分かってるのにターフで待ち続けるのとか芸術では? - 23二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 10:14:50
アプリのハッピーエンドもいいけど、こういう終わり方も実に良き
美しい… - 24二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 10:20:41
大丈夫、みんな生きてる
- 25二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 11:29:06
感想ありがとうございます!
そうなんですよ!実はもっとラモーヌと絡めて書きたいなぁとは思ってはいたんですが私自身がラモーヌを持ってなかったので…キャラエミュをちゃんと上手くできる程じゃないなぁと今回は泣く泣く諦めました。メジロシスターズは私のお気に入りで大体皆姉妹間で重い感情持ってそうだなぁと思ってるのでラモーヌ手に入れたらまたアルダンSSか別の視点のSSを書こうかなと思っています。
アプリ版のハッピーエンドは私も大好きですね!育成ストーリーを読んでる時からずっと「あれ?この2人想像の2、3倍はお互い離れる気なくね…?」ってなってたのでそこら辺をSSに落とし込むのに苦労しました。楽しんでいただけたのなら良かったです!
僕は死にませぇん!ってやつです笑
誰かが死ぬストーリーを書いても良いんですが他のSS書きの方ほど展開に自信がないのとあまり安易なバッドエンドは好みではないなと思っているのでそこは注意しています。でもいつか書きてぇな?
- 26二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 18:08:09
- 27125/02/12(水) 20:09:29
感想ありがとうございます!
他のメジロトレとの絡みは今回は意図的に省いて書いています。2人だけの世界と言いますか、1人の男と1人の女の重い感情の間に他の男女関係を描写するのは野暮かな?と個人的には思ってたり。もちろん、メジロトレーナーズの関係(多分定期的に飲み会やって惚気てる)も書いてはみたいのですがそれはまた別の機会に…
- 28125/02/12(水) 20:10:45
こちらの方でこのSSのアフターストーリー的なものをあげました。もしよろしければこちらも読んで感想を頂けると励みになります。よろしくお願いします。
深夜0時、魔法は解けても【メジロアルダンSS 甘】|あにまん掲示板2作目SSです!先日投稿したメジロアルダンSSのアフターストーリー的な立ち位置のSSです。今回は前回と違ってちょっと甘々な感じにしました。是非とも読んでいただければ幸いです。bbs.animanch.com - 29二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 20:51:08
- 30二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 00:10:27
感想ありがとうございます!
確かにアルトレとおばアサマはストーリー中では一切会っていないんですよね…一応最後の天皇賞(秋)でおばあさまが観客席にいる描写はあるのでもしかすると本当に会ったことがないか、もしくは作外で会談の形で一度は会っているのかも…?とは思っています。