【SS】これにて世紀末推理劇、幕切れだよ!

  • 1◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:24:26
  • 2◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:24:42

    ―――

     日が傾き始めた頃。オレンジ色の光が差し込む保健室には、2人のウマ娘しかいなかった。
    「タイシンさん……なんで……」
     ベッドで眠っているタイシンの横で、アーチは彼女の手を握る。体温は伝わっても、タイシンは目覚めない。それでもアーチはそこに座り、彼女のことをじっと見つめていた。

    「役者は揃っているね。では始めよう」

     突然の声に、アーチの背筋が伸びる。しかし、オペラオーの姿を見るや、すぐに怪訝そうな顔になった。
    「……あなた、何しに来たの?」
    「決まっているだろう? 推理だよ。ボクの頭脳は、この難解な事件の真相に気付いてしまったんだ。君も聞きたいだろうと思ってね。タイシンさんと仲のいい、君なら」
     不機嫌なアーチに、笑顔を見せるオペラオー。その横で申し訳なさそうに縮こまるドトウ。
    「ドトウちゃん。その人をどこかへ連れてって。気分が悪いわ」
    「で、でもぉ……オペラオーさん、犯人がわかったみたいで……」
    「いいよ。そんな人の推理、当たってるとは思えないし」
     刺々しいアーチの話し方に、身を引いてしまうドトウ。
    「まあそう言わず、特等席で聞いてくれたまえ。いずれこの学園一の探偵になるボクの推理だ。聞かないのは人生の損失というものさ」
    「こんな茶番に付き合ってる方が損よ。いいからこの部屋から出てって」
     だんだん声が大きくなるアーチ。

    「迷える羊は、ある時から人生が上手くいかなくなった」
     彼女の様子に構わず、オペラオーは語り始める。
    「目指すべき夢が見つかったのに、そこに向かって進んだはずなのに、全く手に入らない。それまでの自分では幸せを感じられず、さらに上の幸せを求めてしまったのさ。そして、彼女は他人に救いの手を求めた。誰かになぐさめてほしくて、自分が正しいと認めて欲しくて。だが、彼女が手を伸ばした先にいたのは、全てを見通してしまうサージュだった。見透かされた彼女は、賢者を敵だと見なし、暗殺する計画を企てた。彼女の不幸は、その企ての前に、全てを救い出せるこのボクと出会えなかったことだね」

  • 3◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:25:10

    「……わけがわからないわ。何が言いたいの?」
    「ボクなりに考えた過去の話さ。次は、今の話をしようか」
     オペラオーの瞳が、鋭くアーチをにらむ。

    「アーチさん。なぜ、タイシンさんは気を失ったんだと思う?」
    「なぜって……水の温度が低くて体温が下がったから、とか」
     そう言う彼女の眼前で、オペラオーは人差し指を左右に揺らす。
    「違うね。今日はよく晴れた日だ。水温はそれほど低くないのさ。水に腕を思い切り突っ込んだドトウも、気を失ってないしね」
    「それじゃあ、息ができなかったから……」
    「それも無いね。タイシンさんは仰向けで川に浮いてたんだ。引き上げた後も問題なく呼吸はできていた」
    「じゃあ何? 川に落ちて気を失う理由って。まさか、水面や地面にぶつかった衝撃でなんて言わないでよ? あんな低い場所で」
     ぶっきらぼうに言う彼女に対し、人差し指をビシッと突きつけられる。
    「そう、そこさ! 川に落ちて気を失う。そこが違うんだよ」
     口角を上げながら、オペラオーは説明を続ける。
    「逆なのさ。川に入ってから気を失ったんじゃない。川に入る前に気を失ったんだ。気絶した彼女を川の近くに連れていけば、すんなりと川へ落とせるだろう?」
    「そんな、どうやって気絶させるのよ……」
     呆れた顔をするアーチに、オペラオーの顔が真顔になる。

    「アルコールだよ」
     冷たく告げる彼女に、アーチはフッと笑った。
    「まさか! じゃあ犯人はお酒を飲ませたの? どこで? 少なくとも、お昼ご飯の時は酔っ払ってなかったよ」
    「おや? あなただって見ているはずだよ? タイシンさんがフラついているところを。保健室にも連れて行こうとしたって言ってたじゃないか」
    「でも、学園内にお酒なんてあるわけ……」

  • 4◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:25:42

    「あるだろう? 消毒液が」
     それを聞いたアーチの顔が引きつる。
    「タイシンさんは、マイノーン君がこぼした消毒液を拭いたんだろう? その時、気化するエタノール、もといアルコールを吸っている。気化したものを吸った場合、肺から直で血液にアルコールが入るんだ。飲んで摂取した時よりも、酔いが回るのは速いそうだよ。タイシンさんの体質次第だけど、酔っ払う可能性は充分ある」
     彼女の説明を聞き、アーチは鼻で笑う。
    「たかが消毒液で酔っ払うわけ……」
    「消毒液に含まれるアルコール濃度は、お酒なんかの比じゃない。そのことも、あなたはよくわかっているはずだ。普段からポケットに消毒スプレーを入れているくらいだからね」
     オペラオーはアーチの左ポケットを指差す。
    「マイノーン君は消毒液にぶつかり落としただけだ。消毒液の容器のフタが、それだけで外れるとも思えない。誰かがあらかじめフタを緩め、ぶつかりやすいところに置いたと考える方が自然だね」
     鼻を高くして歩くオペラオー。
    「何が言いたいわけ?」



    「あなただろう? スミレアーチさん。タイシンさんを落とした犯人は」

    「えぇぇぇぇ!? そ、そうなんですかぁぁぁぁ!?」
     オペラオーの横で目を丸め、大袈裟に叫ぶドトウ。
    「どうして君が驚いてるのさ。役者は揃ったって言っただろう?」
     オペラオーが両手をだらんと広げていると、アーチが立ち上がった。
    「ふざけるのもいい加減にしてよ!」
    「ひいっ!?」
     ドトウの体が震え上がったが、オペラオーは動じない。
    「消毒液の容器を緩めるのなんて、誰でもできるでしょう!? なんで私がやったことに!」
    「あなたは今日、タイシンさんと一緒に昼食を食べたと言っていた。とすれば、彼女の座席を決めることができたわけだ。お盆の返却口と、席の間のところに消毒液を置けば、タイシンさんが消毒液と接触しやすくできるし、その後の彼女の動向も追いやすい。君はタイシンさんと川沿いまで一緒に行き、彼女の意識があやふやなのを確認してから、彼女を落としたのさ」
    「言いがかりよそんなの! 証拠が無いでしょう! 証拠も無しに犯人呼ばわりなんて……」

  • 5◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:26:30

    「あるよ」
     その一言で、アーチの顔が固まる。そう思ったのも束の間、すぐに鬼のような形相へと変化した。
    「あるですって!? どこに!?」
    「見せられるものじゃないよ」
    「見せられないなら、無いのと同じよ!」
    「なぜなら、アーチさん。証拠はあなたの証言だからさ。あなたが犯人じゃないのなら、おかしな発言が2つあるんだ」
     彼女に怯まず、2本の指を立て笑顔のまま、オペラオーは説明を続ける。

    「1つ目は、タイシンさんが外周しなきゃと言っていたことさ。川に浮かんでいた彼女は制服姿だった。外周しに行くのなら、ジャージ姿の方がいいだろうに、なぜ彼女は制服だったのかな?」
    「そ、それは、外周っていうのは覚え違いで、本当は散歩だって言ってたかも……」
     不安気に言う彼女に、オペラオーはいやらしく笑顔で覗き込む。
    「おや? 歯切れが悪いね。ボクが間違っているのなら、違うと主張していいんだよ?」
    「でも、こんなものだけで証拠にはならないわ! あなたの言うことは……」

    「もう1つは、割と決定的だよ」
     アーチの眼前に指を突き立て、彼女の言葉を遮るオペラオー。
    「ボクがあなたを疑っていた時の言葉だ。オグリさんが味噌ラーメンを食べてから突き落とした可能性や、メガネのウマ娘やボクらが犯人である可能性を指摘していたね?」
    「それの何がおかしいの?」
    「いわば、この事件の容疑者をまとめていたわけだ。だが、あなたが挙げた以外にもう1人、容疑者に入ってないとおかしい人物がいるのさ」
    「もう1人? いないわ、全員挙げてるもの」
     
    「ラーメン屋の店主だよ」
     アーチの顔は、再び引きつった。
    「彼が犯人なら犯行が目撃されていないことにも筋が通る。屋台は置いておけばアリバイ偽装もできる。状況的には最も犯行しやすい人物だ。なぜ、彼を容疑者に入れなかった?」
    「そ、それは……」
     アーチは見るからに焦っている。

  • 6◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:26:52

    「答えは簡単。ウマ娘を恨んで犯行に及ぶのは、ウマ娘しかいないと考えていたから。もしくは、他のウマ娘に罪を着せられるようにしたかったからかな? だから、正体のわからないメガネのウマ娘でさえ犯人扱いしたんだよ。だが、このことが逆に、あなたが犯人だと物語ってしまうのさ! ああ、なんと皮肉なことか!」
    「くっ……」

     酔いしれるオペラオーに反論できずにいたアーチが、急に二ヤリと笑う。
    「そう、そうよ。私が犯人だと成り立たないじゃない……」
    「何がだい?」
    「ハンカチのあった場所から落としたのなら、私のことをラーメン屋が見てるはずでしょ!? 私は何もやってないし、他の人がやったか、タイシンさんが勝手に落ちたかだよ!」
     勢いよくまくし立てたのも虚しく、オペラオーは笑みを崩さない。
    「アーチさん。あなたが川沿いでボク達に会った時、学園に向かおうとしたボク達の後ろから声をかけたよね?どこに行ってたんだい?」
    「そ、それは外周だって言ったでしょう? 何もおかしくないじゃない!」
     声を荒げる彼女に向かって、チッチッチ、と指を振るオペラオー。
    「クリークさんのハンカチは、君が後から置いたんだ。ボクらが聞き込みをしている間にね。実際にタイシンさんを落とした場所はあそこじゃない。もっと上流の方だったのさ。それなら、オグリさんやラーメン屋に見られずに行うことも可能だろう?」
    「え、あ……」
     アーチは戸惑っていたものの、すぐに敵意剥き出しの顔に戻った。

    「いや、まだ! あなたの推理は、タイシンさんが酔っ払ってたことが根拠でしょ? そんなの確かめようがないじゃない!」
    「あるよ。アルコールチェッカーがね」
    「へっ?」
     またしてもアーチの顔が固まる。
    「吐いた息に、どれだけアルコールが含まれているかわかる代物さ。保健室にならあるだろうって、ハヤヒデさんも言っていたよ。先生が戻ってくれば、確かめられるだろうね。最後に付け加えるなら、川沿いで会った時にあなたから消毒液の話が出なかったことも、君が犯人であることを裏付けているね。違うかい?」
     彼女の話を最後まで聞くと、アーチは失意の表情を浮かべ、がっくりとうなだれた。

  • 7◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:27:27

     
    「す、すごいですぅ、オペラオーさん! 本当に、犯人がわかってたんですね!」
    「はーっはっはっはっは! また1人、迷える羊を救ってしまった! ああ、なんて罪深いんだ! やはり、この世で最も罪深いのはこのボク! ボクの罪は、誰にも裁けないというのか……!?」
     ドトウの言葉で、すっかりいつもの様子に戻るオペラオー。
    「それで……どうするの?」
     上機嫌な2人の横で、アーチがゆっくりと顔を上げる。2人のことを、強く、にらみつけて。
    「私のやったことを知ってどうするの? 先生に報告すんの? それとも警察にでも通報する?」
     それを聞き、オペラオーはやれやれと言いたげな仕草をする。
    「どうもしないさ。ボクはただ、事件の真相を明らかにしたかっただけだからね。答え合わせができたのなら、それ以上することも無い」
    「え……?」
     毒気抜かれ、目を丸くするアーチ。
    「だから、どうするのかは君が選びまえ。自分がやったことをタイシンさんに話すのか。それとも、自分のやったことを誰にも明かさず、陰に生き続けるのか」
    「あ、うっ……」
     彼女の言葉に、アーチは曇った表情でうつむいた。

    「う……保健室……?」
     突然、ベッドから声がする。
    「あれ、アーチじゃん……それと、オペラオーと、ドトウだっけ?」
     タイシンは目をパチクリさせている。
    「やあタイシンさん。あなたは川に落ちて気を失っていたんだ。それをボクがここまで運んできたのさ。君の友人も、心配して来てくれたようだよ?」
    「そうなの?」
    「あっ……」
     アーチはバツの悪そうな顔をした。タイシンは宙を見つめて何かを考えた後、ああ、と漏らした。
    「アタシ、お昼食べて、消毒液を拭いたらフラフラになって、アーチが景色のいいところまで行こうって、それから2人で川を見ながら座って……そっか。だからアタシ……」
     タイシンは、穏やかな笑みを浮かべる。
    「ありがと、アーチ」
    「へ……!?」
    「あの時、結構ヤバくて、しんどかったから。隣座った時も、枕にしちゃって。でも、あの時のアンタの肩、あったかくて……」
     幸せそうに言う彼女を見て、アーチの口元が震えていた。

  • 8◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:28:56

    「違うの!」
     突然アーチがベッドに手を突き、前のめりになる。
    「私がやったの! 私が、タイシンさんのこと、川に、突き落として……!」
     告白した彼女の顔はぐちゃぐちゃだった。突然のことで驚いていたタイシンだったが、やがて彼女を見て、目を細めた。
    「ああ、そっか。やっぱそうなんだ」
     うなずく彼女の顔に、憎悪は一切無い。ただ、穏やかに話し続ける。
    「そうかもしれないって思ってたけど、なんか、それでもいいかなって思えてさ。優しいアンタを、それだけ怒らせちゃったのかもしれないって、思ったから」
     儚げに微笑む彼女に向かって、アーチは首を震わせている。そんな彼女の様子を見て、タイシンは宙を見つめ始めた。

    「アタシもさ、あったんだ。強いヤツが憎かった時が」
     彼女の言葉に、驚き固まるアーチ。
    「アタシが必死になってるのに、何の不自由も無く、幸せそうにしてる。そんなヤツらが、憎くて仕方ない時があった。自分が弱くて、嫌いで、どうしようもなくて……」
     ふと、タイシンは窓の方を向く。オレンジ色に傾いた夕日を見つめている。
    「けど、そんな時にも、信じてくれるヤツがいたんだ。そんなヤツがいっぱいいてさ。まだ、やり続けてもいいかもって思えて。アタシのことを不幸せにしてたのは、他でもない、アタシ自身だったって気付いて。だから、アンタの気持ちも、わかってたはずなのにね。どうしてだろ」
     口元は微笑んだままだが、タイシンは苦い顔をする。
    「やっぱ、弱いね。アンタも、アタシもさ」
     そう言って、タイシンはアーチにはにかんだ。

    「違った……」
     アーチはベッドを見つめたまま呟いた。
    「あの時、結局タイシンさんは強い人の味方なんだって思った。弱い私達のことなんか、理解できる人じゃないんだって。でも違ったんだ。本当は、世界は誰も悪くなくて、私が私を許せないだけだって。それなのに、こんなことしちゃいけないって、わかってたはずなのに……! ごめんなさい……!」
     声を震わせながら、アーチはベッドに頭を着ける。やがて頭を上げると、彼女の口角は上がっていた。
    「でも、もうおしまいだね。私、こんなひどいことしちゃって、普通に生きていけない」
     そう言って、自嘲気味に笑うアーチ。涙ぐむ彼女に、タイシンはクスッと笑った。

  • 9◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:29:37

    「終わらないでしょ。死んだわけじゃないし」
    「え……?」
     キョトンとするアーチの顔を見て、タイシンはまたクスっと笑う。
    「また走りなよ。アタシ、アンタのこと、信じてるから」
    「なんで!? なんでよ!? 私のことなんて、許しちゃ、ダメだよ……!」
     見開いた瞳を震わせ、声を荒げるアーチ。今度はタイシンはキョトンとしていた。
    「なんでって、アンタ、気付いたじゃん。世界は悪くないって。なら、もう同じこと、しないでしょ?」
    「あ、え、ああ……」
     涙が溢れ、タイシンへと落ちていく。
    「ごめんなさい、タイシンさん! 本当に、本当に、ごめんなさい……!」
     泣き崩れるアーチを、タイシンは笑顔で見守っていた。



    「これにて、世紀末推理劇は閉幕だね」
     雰囲気を壊さないためか、2人を横目にオペラオー達は保健室を静かに出た。
    「でも、これで本当に良かったんでしょうか……? アーチさん、また誰かにひどいことをするんじゃ……」
     不安そうなドトウの前で止まり、オペラオーは彼女の顔を覗く。
    「ドトウ。悪人は、自分の行いが悪だと気付かない。自らの行いを正義だと思い込むから、ためらいなく悪行へ走る。けど涙を流した彼女なら、その心配は無いだろう。自分の犯したことが罪だと、向き合えたのだからね」
    「な、なるほど……」
     うなずく彼女の前で、オペラオーは自身の胸に手を当てる。
    「そして! それもボクという圧倒的な光があったからこそ!」
     そう高らかに言った時、廊下に、ぐぅ~、という音が響いた。
    「す、すみません……事件が解決したら、お、お腹が……」
     ドトウがお腹を抑えるものの、その横でオペラオーも顔をしかめた。意識したことで、昼食を抜いていた空腹感が2人を襲う。しかし、すぐに笑みに戻った。
    「それじゃあ、もう少しこの喜劇を続けようか」
     そう言って、玄関へと駆け出すオペラオー。
    「へ? 続けるって、どこに行くんですかぁ?」

    「まだ降りていないはずさ。幕も、暖簾もね」

  • 10◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:30:18

    ―――



    「おや、オペラオー君。先に戻っていたか」
    「ああ。おかえり、ハヤヒデさん」
     湿気が残る髪を触りながら、ハヤヒデが部屋に入ってくる。
    「先週はご苦労だった。タイシンが世話になったね」
    「ボクにかかれば造作もないことさ。だが、まさかメガネのウマ娘の正体がハヤヒデさんだったとはね! 驚いたよ!」
    「ああ。タイシンから誘われて以来、ラーメンに興味が出てね。不定期だが食べに行くんだ」

     タイシンが川に落ちた事件の経緯は、オペラオーもハヤヒデに話していた。あの後、スミレアーチは自身のやったことを先生やトレーナーにも自白。ただ、被害者であるタイシンが追及を望まなかったこともあり、事件は公にはならず、このことを知る者も限られた。しかし、謹慎処分の代わりとして、また彼女自身の精神状態も鑑みて、アーチは1ヶ月間レース活動を休止することとなった。

    「で、話ってなんだい? 事件についてと言っていたが……まさか、さらなる謎が現れ、ボクの手が必要になったのかな?」
     ハヤヒデは、オペラオーの胸に手を置く仕草を黙って見つめ、やがて口火を切った。
    「スミレアーチ君が今日、生徒会室に来た。厳密には、生徒会から呼び出したそうだが、彼女からも話したいことがあったらしい」
    「話したいこと? レース休止が不服だったのかい?」
    「いや、そうではない」
     ハヤヒデは、人差し指と中指でメガネの位置を直した。

    「妙だと思わなかったか? 彼女の偽装が」
     首をかしげるオペラオー。
    「偽装? なんのことだい?」
    「犯行の曜日とバナナの皮、そしてクリークさんのハンカチのことだ」
     それを聞いてもオペラオーはピンと来ていないようで、指を顎に当てて考えている。

  • 11◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:30:50

    「アーチ君はオグリさんと面識が無い。だがオグリさんが毎週、あの曜日にラーメン屋に通うことを知っていた。それだけじゃない。私があそこに行くことも知っていたんだ。だからバナナの皮を道端に置き、そのせいでタイシンが川に落ちたように見せかけた」
     説明を聞いてうなずくも、どこか納得していないオペラオー。
    「彼女は生徒会なんだろう? 学生の情報は集まりやすいんじゃないのかい?」
    「そう言われればそれまでだ。だが」
     一呼吸置いて、ハヤヒデは説明を続ける。
    「彼女が恨んでいたのはタイシンだけだったはずだ。目撃されるリスクを冒してハンカチを置き、他の生徒へ疑いを向けることまで頭が回るのなら、こんな手の込んだことはしないだろう。冷静に練られた犯行だと言える」
    「だとしたら、どうなるんだい?」
     
    「この犯行は彼女が計画したわけではない。別の誰かが計画を考え、メールで彼女へと伝えていた」
     それを聞き、オペラオーの顔は一気に険しくなる。
    「黒幕がいる、というわけだ。けど、メールなら相手のアドレスを特定できるじゃないか」
    「メールはすぐに削除するよう指示されていたそうだ。ゴミ箱の中にすら残っていない。だが、手がかりはある」

     ハヤヒデはスマホをせわしなくタップし、そしてオペラオーへと渡した。その画面に写っていたものは、背景が黒く、赤枠で囲われたページだった。
    「『トレセン学園の闇』……? ハヤヒデさん、これは?」
    「いわゆる学校裏サイトというものだ。2000年代に流行っていた匿名掲示板で、その学校の生徒が誹謗中傷を行う。現代では珍しいが、この学園にもひっそりと存在していたらしい」
    「学園は、そのことを知っているのかい?」
    「認知したのは最近のことだそうだ。検索エンジンで普通に検索するだけでは、サイトが表示されないようになっている。このサイトの利用者の1人が密告して判明したという話だ」
     顔をしかめるオペラオー。その表情には、怒りとも、悲しみとも取れるものがあった。
    「こんなものが存在していようとは……人が抱える業の深さはわかっていたつもりだったが、こう、目の前で相対すると、なかなかくるものがあるね」
    「不幸中の幸いか、掲示板の利用者数はさほど多くない。この手の輩は一定数存在するものさ」
     オペラオーからスマホを受け取り、再び操作するハヤヒデ。
    「中でも見て欲しいのは、このページだ」

  • 12◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:31:15

     見せられたページには、『報復の間』と白文字で大きく書かれていた。手に取ったオペラオーは、下にスクロールしていく。
    「『憎いあの人に天罰を。方法をお教えします』だって? なんなんだ、これは……」
    「この欄に憎い相手と自身のメールアドレスを書き込めば、その人物を陥れる計画を考え、メールを送ってくれるそうだ。アーチ君も、ここに書き込んでから1週間ほどでメールが届いたらしい」
     ハヤヒデが画面の一部を指差す。オペラオーは絶句していたが、やがて真剣な顔つきに戻る。

    「では、このサイトを作った者が黒幕なんだね?」
    「そうとは言い切れない」
    「どうして?」
    「密告者によると『報復の間』というページが作られたのは、ここ1ヶ月のことらしい。裏サイト自体は、その前から存在していた」
     彼女の言葉に、オペラオーの脳裏に1つの考えが過る。
    「1ヶ月ということは、ドトウのチームメイトの事件も……」
    「ああ。同じ者が計画した可能性はある」
     オペラオーの眉間にしわが寄る。

    「ハヤヒデさん。黒幕は誰なんだ? 一刻も早く捕らえるべきだろう」
     眉を吊り上げるオペラオーに対し、ハヤヒデは首を振った。
    「残念だが、今はまだわからない。手がかりもほとんど無い。が、わかっていることもある」
     再び、ハヤヒデはメガネの位置を直す。
    「1つは、学園の中にいる可能性が高いということだ。今回の事件でも、黒幕はオグリさんや私があのラーメン屋に通うことを知っていた。過去の事件にも関与しているのなら、ドトウ君がにゃーさんを譲り受けたことも知っていたことになる。生徒の情報を細かく把握できるのは、学園内の人物だからという他ないだろう」
     オペラオーはうなずきつつ、ハヤヒデに目線を送る。
    「『1つは』ということは、まだあるのかい?」
    「ああ、もう1つある。これだ」

     ハヤヒデがページを1番下までスクロールすると、『報復提案者』という肩書が表示された。そして、その下に大きく書かれた文言は。

    「『Mt.Shadow』……山の、影?」
    「そう。それが、黒幕のハンドルネームだ」

  • 13◆.SBffrpxUgai25/02/10(月) 21:35:20

    最後までお読みいただきありがとうございました。お疲れ様でした。

    続編ありきの最後なので好みが分かれてしまいそうですが、この部分を書くための話でもあるので割り切ります。


    以下に前作までのスレも貼りますが、後から文章を修正した箇所があるため、渋のシリーズからお読みいただけると幸いです。


    1つ目の事件

    キングちゃん!ウララ、探偵やりたい!|あにまん掲示板「むむむ? 『にゃーさん』が無くなったの~?」「はいぃ……私がドジなばっかりに……」 グラウンドの脇で落ち込むドトウさんと、いつも通りのウララさん。「ロッカーの奥にしまったはずなので、勝手に落ちること…bbs.animanch.com

    2つ目の事件

    キングちゃん! また事件だよ!|あにまん掲示板bbs.animanch.com

    3つ目の事件

    【SS】キングちゃん!スズカさんが犯人なの!?|あにまん掲示板――― 今から10分前くらいだったかしら。 学園の周りを走り終えて、ここのコースに入って走ってたの。元々、ここのコースは予約してたから、トレーナーさんが来るまで準備運動しておこうと思って。 走ってたら…bbs.animanch.com
    【SS】スズカさん激突事件、解決だね! キングちゃん!|あにまん掲示板https://bbs.animanch.com/board/4105192/お待たせしました。解決パートです。調査パートは、上のURLの1~32レス目にあります。解決パートも30レスくらいです。bbs.animanch.com

    渋のシリーズ

    「名探偵ウララと一流助手のキングヘイローの事件簿」/「菜目ルナ」のシリーズ [pixiv]突然、探偵をやりたがるハルウララ。 そして、運悪く起こってしまう事件。 仕方なく付き合うキングヘイローだったが、次第に正義の心が灯る。 謎を解く理由も、推理も、何もかも正反対な2人だが、 そんな2人だからこそ解ける謎がある。 コミカルだけどシリアスで、ちょっぴりハートフルなミステ...www.pixiv.net
  • 14二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 06:30:17

    続きが来てた
    おもしろかったです

スレッドは2/11 16:30頃に落ちます

オススメ

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