【SS】美鈴「そわそわしてしまいます」

  • 1◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 22:16:07

    【注意点】
    ・地の文付きでどちらかといえば堅苦しい文章です(シリアスではありません)
    ・筆を置いて久しいため出来はお察しです
    ・NIA編を進められていないキャラクターが多いため、知識や理解度に欠ける場合があります
     ・特に、秦谷さんの掘り下げがあるであろう月村さんのNIAはほとんど手が付けられていません
    ・キャラクターの性格/口調/人称には注意していますが、間違っている箇所などある場合があります
    ・↑を抜きにしてもキャラクターの解釈違いなどある場合があります

  • 2◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 22:16:18

    ・学Pが秦谷美鈴をプロデュースしている世界線です
    ・イベント時空やサポカ時空のように、各々が抱える問題が深刻化していない/快方に向かっているとお考えください

    秦谷美鈴やそのプロデューサー、あるいは彼との関係性を初星学園の生徒の視点から見た小話です。
    現在最終確認中ですので、23時頃から投下させていただきたいと思います。

  • 3二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 22:24:28

    たておつ
    配給助かる

  • 4二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 22:28:21

    wktk

  • 5◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:01:41

     初星学園の敷地にチャイムが鳴り響く。それは六時間の授業が終わり、学生たちの時間が放課後に移行することを告げる鐘の音だ。
     高等部アイドル科一年二組の六限は通常の座学であったが、教室に秦谷美鈴の姿はなかった。厳密には、授業の最中に消失していた、と言い表すほうが正確か。
     行方をくらました彼女がすることといえば昼寝であると相場は決まっており、それは今回も例外ではない。六限の最中、野外ステージにほど近い森の中――敷地内を流れる川沿いの木陰を探せば、六月の陽気と木漏れ日を浴びて熟睡する美鈴を確保できただろう。もっとも、今回は発見に至らなかったのだが。
    「うぅ……ん」大仰に持ち上げた瞼の陰から、アイオライトにも似た瞳が覗く。「まあ……もうこんな時間。もう少し、ゆっくりしていたいですけど……授業が終わって、こちらにも人が増え始めたら……面倒なことになってしまいそう」
     重い腰を上げる、というもののたとえが似つかわしい億劫そうな動きで立ち上がり、秦谷美鈴は移動を始めた。

  • 6◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:04:39

     当てもなく彷徨っていた美鈴が葛城リーリヤとすれ違ったのは、アイドル科教室の方向へ足を向けだした時のこと。いつもなら互いに意識するような間柄ではないが、彼女が胸の前に抱えた教科書やファイルの中から、一枚のプリントがするりと抜け出たことでそうも言っていられなくなる。
    「待ってください」大きくはない声だったが確かに届いたらしく、リーリヤは足を止め、振り返ってくれる。「落としましたよ」
    「えっ? あ、本当だ! え、ええと……ありがとうございます」
     プリントを受け取ったリーリヤはひどく恐縮していた。美鈴との身長差はないも同然だというのに、一回り以上も小さく見える。
    「あっはは。そんなに縮こまってたら、相手の人も困っちゃうよ?」
     絶賛恐縮中の彼女と並んで歩いていた紫雲清夏が近寄ってくる。
    「あれっ? あなた……二組の。拾ってくれてありがとね」
    「いえいえ。では、わたしはこれで」
     言うが早いが、初夏の穏やかな風に流されるようにして美鈴が去る。残された二人の視線は、その背中に注がれた。
    「一年二組の六時間目って……確か、教室で座学だったよね?」
    「そうだった気がする。んで、放課後になってそれほど経ってないのに、教室とは真逆のほうから歩いてきたってことは……」
     幾許かの間を置いて口を開く。「筋金入りのサボり魔って噂、本当だったんだねぇ」

  • 7◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:06:42

    「でも、成績もアイドルとしての実力もすごいって聞くよ。……まるでアニメのキャラクターみたい」
    「サボる姿まで様になるなんてずるいなー。ギャルの専売特許奪わないで、って感じ」
     その言葉に軽い自虐が含まれているのを察知したリーリヤが、彼女を肘で小突く。
    「レッスン、今は頑張って来てくれてるでしょ?」
    「リーリヤとの夢、叶えなきゃだからね」
     美鈴の背中はもう見えなくなっていた。清夏は続ける。
    「実力あるからって授業やレッスンサボるの傲慢だなー、とか思っちゃう?」
    「思わないよ、ちっとも」即答だった。「人のことを気にしてる暇があったら、まずは未熟な自分に集中しないと。それに――」
    「それに?」
     親友の脚に目を落とし、それから再び向き直って、
    「外から見ただけじゃ判らないこと、たくさんあるから。知りもしないで好き勝手に言うのはいけないこと――だよね」
     さっきまで人見知りを起こしていた少女とは思えない真っ直ぐな瞳で言う。
     清夏の表情は、彼女が大層ご満悦であると雄弁に物語っていた。
    「あたしの好きなリーリヤはそう言うと思ってた」
    「清夏ちゃんだって、あんなふうに思ってるわけじゃないでしょ?」
    「当たり前じゃーん。……手毬っちと親友、なんだよね。あの子」
    「そうみたいだね。喧嘩別れしちゃったとも聞いたけど……」
    「うん。……いやね、あたしがレッスンサボり続けてたら同じことになる未来もあったのかな、って思うと他人事とは思えなくて」
     センシティブで野暮な話題であることを、二人は百も承知である。同時に、彼女らの友情が修復することを願わずにはいられない。二人はお人好しだった。

  • 8◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:10:04

    「おや。そこにいるのは……美鈴じゃないか」
     耳慣れた声を背中に受けて足を止める。学生寮の寮生である秦谷美鈴と、声の主・寮長である有村麻央との面識は少なくなかった。
    「有村先輩、姫崎先輩、こんにちは」
    「こんにちは、美鈴ちゃん。一人だなんて珍しいね?」
     麻央とともに歩いていた彼女の同級生・姫崎莉波は生徒会役員であり、これは美鈴との共通項だ。
    「珍しい、ですか」
    「最近の美鈴は、二組の友達やプロデューサーと一緒にいる印象があるからね」
    「なるほど。そういうことでしたか」
    「そうだ、美鈴ちゃん。会長からの伝言。明日のお昼休み、生徒会で集まりがあるから来てほしいって。……大丈夫そう?」
    「ふふ。面倒……ですが、きっと倉本さんや佑芽さんに連れ出されてしまうでしょうね」
    「それなら大丈夫そうだね」
    「言伝が届いたようでよかった。引き止めてしまってすまなかったね」
     鷹揚に首を横に振ると、美鈴は「では」とだけ言って踵を返した。
    「麻央、変わったね」
     親愛を表す砕けた口調で莉波が言う。
    「何がだい?」

  • 9◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:12:45

    「前までだったら、美鈴ちゃんがサボってたんじゃないか、って突っ込んでたと思う」
    「そ、それはボクだって成長するさ。現行犯でもないのに、疑わしいってだけで探りを入れられたら、誰だって気分はよくない」
    「やっぱり、変わったよ。麻央、優しくてかっこいい王子様にさらに磨きがかかったね」
    「莉波には敵わないな。……キミこそ、〈お姉さま〉らしさが板についてきたんじゃないかな。千奈にそう呼ばれるのも、まんざらでもないだろ?」
     莉波ははにかみを見せた。自分を慕い、小犬のように駆け寄ってくる後輩を思うと、自然と顔がほころぶ。それを肯定と受け取ってくれたらしく、麻央は目を細めた。
    「それだけに、歯がゆいね」莉波が怪訝そうにするので付け加える。「美鈴のことだよ」
     言葉を選ぶためか、麻央は逡巡を見せた。
    「彼女は実力者としてだけでなく、問題児としても有名になってしまった。周囲のため、何より自分のためにも汚名を返上してほしいけど……〈王子様〉や〈お姉さん)は、彼女に何をしてやれるのかと思ってね」
     傍らの王子が言葉を途切れさせたところで、莉波が微笑する。
    「な、何か変なこと言ったかな」
    「ううん。でも、麻央はさっき言ったよ。最近の美鈴ちゃんは、二組の友達やプロデューサーと一緒にいる、って」
     はっとしたようで、細く婀娜っぽい眼を見開く。
    「そうだった。彼女の周りにはもう、寄り添ってくれる人がいる。ちょうど、ボクにとってのキミのように」
    「そういうこと。だから、私たちは見守っていよう? それで、もし目の前で困ってたら、その時はサポートすればいいんじゃないかな」
    「先輩として好もしい在り方かもしれないね」
     後輩とは庇護されるべき雛鳥ではなく、自らの翼で飛翔できるはずなのだ。それは自分たちも同じように。そのことに気づき、王子と姫は顔を見合わせて笑った。

  • 10◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:15:06

     放課後を迎えてから三十分は経っただろうか、秦谷美鈴はどこに腰を落ち着けるでもなく、未だに歩を進めている。
    「今日は何だか、色々な方とお話しする機会が多いですね。少し、そわそわしてしまいます」
     その言葉が呼び水となったわけではあるまいが、行く手の人だかりがにわかに活気づいた。
    群衆は次第に左右へと退いて道を開けていく。陳腐なたとえになるが、モーゼの海割りのように。
     その中から現れた人物と目が合って、厄介なことになりそうだな――と美鈴は思った。
    「ごきげんよう、美鈴」
     気品の感じられる所作で生徒の波を切り開き、十王星南は迷いなく美鈴の許へ。生徒会会長にして学園ナンバーワンアイドルのカリスマ性は伊達ではない。
    「こんにちは、星南会長、雨夜副会長」
     星南の傍らに控え、生徒会副会長の証である制服をかっちりと着こなしている雨夜燕の表情は険しい。その佇まいは、星南の優雅な雰囲気も相まって彼女の護衛か付き人ではないかと思わされる。
    「秦谷……倉本や花海から聞いたぞ。六時間目の授業を途中で抜け出したそうだな」
     ポニーテールにまとめた黒髪と、武士を思わせる威厳ある口調が放つ威圧感はすさまじい。美鈴のように我の強い生徒でなければ萎縮してしまうことは請け合いである。
    「貴様は生徒会の一員。生徒の規範となる立場であることを自覚して――」
    「ありがとう、燕。でもそのあたりにしておきなさい」
     横槍を入れたのは星南だった。
    「何を言うか馬鹿者。役員の醜聞はすなわち生徒会の醜聞。我々が正さないでどうする」
    「そのとおりよ。私は生徒会長で、美鈴をスカウトしたのも私。責任は私にあるのだから、後は任せてちょうだい」と前置きしたところで、それにと付け加える。「この場には他の生徒も大勢いる。その面前で処分を下すなんて、見せしめみたいだと思わない?」
    「……もっともな言い分だ。判った。ならば貴様に任せよう」
     燕がおとなしく身を引いたので、美鈴の処遇は先送りとなる。
    「そうだ。美鈴、明日の昼休みの件は聞いているかしら?」
    「姫崎先輩から伺いました。倉本さんや佑芽さんと一緒に向かいますね」
    「伝わっているようでよかった。それから、もう一つ」
    「はい、何でしょう」
    「あなたにもプロデューサーがついて、二人三脚での活動が始まったわけだけれど……その後はどうかしら。自分のプロデューサーに満足している?」

  • 11◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:18:20

     眠たげな眼をさらに細めて、美鈴は首を傾げる。あくまでもマイペースに思考し、燕が業を煮やしかけたところで向き直った。
    「わたしに、〈走りたい〉と錯覚させるのが上手な人です」
    「その口ぶりだと優秀な人みたいね。けれど、まだあなたを御しきれていない」
    「これでもわたし、〈SyngUp!〉で一番の不良ですから」
     燕が呆れて肩を落とす。星南の引き入れた生徒会の新メンバーがことごとく胃痛の種になるとは、彼女の幼馴染である燕にも予想できなかっただろう。
    「プロデューサー科と競合した場合、私は手を引かなくてはならない。今の私はあなたをプロデュースできないけれど、サポートは惜しまないつもりよ。初星学園の未来のためにも。だから、今後も遠慮なく頼ってちょうだい」
    「お心遣いに感謝します、星南会長」
     用件は済んだとばかりに美鈴はその場を後にし、〈一番星〉である星南を目当てに集まった生徒らも気づけば散り散りになっていた。
    「秦谷に目を付けたプロデューサーは何を考えているのだろうな。中等部ナンバーワンユニットの元メンバー、という肩書きが魅力的なのはそうだろう。しかし同時に、その全員が問題児であるという噂も聞き及んでいるはずだ。自分なら御しきれると思ったか? それとも――」
    「それとも?」
     星南が復唱するのを待っていたのか、燕が薄笑いを浮かべる。
    「かつての貴様のように、『元・SyngUp!の中で唯一素行がよさそうだ』と判断したのかもしれんな」
    「む、蒸し返さないでちょうだい!」
     一番星が立腹し、その幼馴染はしてやったりと口許を緩める。
    「――話を戻すけれど、それはきっと違う。彼女のプロデューサーは、彼女が秦谷美鈴だからプロデュースしたのよ」断定してはばからない生徒会長は続ける。「鮮烈に輝く太陽と、その煌めきを懸命に反射する月。それらにも劣らない彼女だけの光を美鈴の中に見たから選び取った。手を伸ばさずにはいられなかった」
    「貴様の話はいつも抽象的で付き合いきれん」
    「あら? 十王星南のライバルを自称するなら、私のすべてを理解すべきではなくて?」
    「貴様の悪癖の話をしているのだ! 話をすり替えるな、馬鹿者!」燕は頭を抱える。「秦谷のプロデューサーがやつを矯正してくれれば、悩みの種も一つは減るのだがな」
     彼女のため息は大きかった。

  • 12◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:21:36

     秦谷美鈴がお気に入りの大きな木の許へ行くと、その木陰は既に占領されていた。安らかな表情で木漏れ日を浴びる三人には見覚えがあった。
     今年度の外部受験で首席合格を果たした新入生代表・花海咲季。中等部からの内部進学組であり、かの十王星南から人一倍目を掛けられている藤田ことね。そして――。
    「……まりちゃん」
     かつて中等部ナンバーワンとして名を馳せたユニット〈SyngUp!〉の元メンバー・月村手毬。
     彼女らは一年一組の生徒であり、美鈴との直接の交流は少ない。それでも名の知れた生徒、もといアイドルなので、日常の中で耳に入れる機会は少なくなかった。
    「あれっ。は、秦谷さん?」
     眠りが浅かったのか、美鈴の接近に勘付いたことねが意識を取り戻す。
    「もしかしてここ、秦谷さんのオキニだった?」
    「はい。ですが、お気になさらないでください」
    「そ、そっかぁ……。ごめんね? 三人でレッスンしてたんだけど、休憩しようって時に『今日は特別天気がいいから』って話になって、気づいたら寝ちゃってた」
    「そうですか。……まりちゃん、ちゃんと休憩してくれるようになったんですね」
     元ユニットメンバーの顔を覗き込み、安堵から相好を崩す。
     その隣で、慈愛の表情とはこういうものを言うのか、とことねは感心した。
    「では、失礼します。お昼寝に最適な場所は、他にも知っていますから」
    「その必要はないわ!」美鈴とことねの声に反応し、咲季までもが目を覚ます。「もう充分に休ませてもらったもの! 休憩は終わり。ここを明け渡してレッスンに戻るわ!」
    「それはいけません」
     突きつけるように毅然と言い放つ。美鈴に温厚でたおやかな印象を抱いていた二人は目を丸くする。

  • 13◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:24:13

    「……まりちゃんを、休ませてあげてください」
     彼女の言い分にことねが理解を示すのは早かった。
    「確かにここ最近の手毬、結構頑張ってたもんなー。自然に目ぇ覚ますまではこのままでいいんじゃね?」
    「駄目よ。事前に決めたとおりの時間、決めたとおりの質と量のレッスンをこなすから意味があるの」
    「んじゃあ、咲季一人でレッスンに戻るのは? 別にあたしら、ユニット組んでるわけじゃないし。仲良く一緒に同じレッスンする必要なくね?」
    「それは……そうだけど」
    「もしかしてぇ……咲季ちゃん、あたしらがいねーと寂しいのぉ?」
    「そっ、そんなこと……!」
     言いかけたところで、熟睡している手毬の顔を見やって口をつぐむ。
    「……仲が、よろしいんですね」
     美鈴の言葉はどこか冷たい。ついさっきの慈愛に満ちたお前はどこに行ったのだ、とことねは内心で呟く。
    「花海咲季さん。藤田ことねさん。……今後も、まりちゃんと仲良くしてあげてくださいね」
     白い花をあしらった髪飾りと紺青の髪を風に揺らし、美鈴は名残惜しそうに立ち去る。
     彼女にとって手毬は元メンバーの間柄である以上に同郷の幼馴染だ。メンバー間に生じた軋轢とそれを引き金としたユニットの解散は、少女らに絶交という選択肢を与えるには充分すぎた。
     少なくとも、今の彼女らに互いの胸裏を知るすべはない。

  • 14◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:27:32

     幸運にも利用者がいなかった四阿で腰を落ち着けていると、遠くから自分を呼ぶ声が近づいてきたので、まだ眠りに落ちていなかった秦谷美鈴は瞼を開く。
    「美鈴ちゃあーん! 探したよっ!」
     遠くからでもひときわよく聞こえていた声の持ち主・花海佑芽は目尻を下げて言った。
    「花海さんが秦谷さんの居場所を捉えても、着いた頃には移動してしまっていて、追いつくのが大変でしたわーっ!」
    「ふふ……学園中を歩き回った。今日は普通のレッスンもあったのに……。過酷で楽しい、ね」
     ぴょんぴょんと飛び跳ねながらお嬢様言葉で訴えるのは倉本千奈。今にも膝から崩れ落ちそうなのが篠澤広だ。
     入試の成績が芳しくなかった、という奇妙な共通項から友情を育んだ三人は、揃って一年二組の生徒である。波長が合ったのか、内部進学組であり問題児と目される美鈴とも特に懇意な間柄だ。
    「わたしのせいで駆け回らせてしまったみたいですね。申し訳ありません」
    「大丈夫。歩き回るの、楽しかったから」
    「篠澤さんが今にも事切れてしまいそうですわーっ!」
    「そういえばあたしたち、なんで美鈴ちゃんのこと捜してたんだっけ?」
    「花海さんったら。本来の目的を忘れてはいけませんわ!」
    「美鈴、六限の途中でいなくなったから。先生が捜してた、よ」
    「そうだった!」照れ隠しに頭を掻いてから、腰に両手を当てる。「というわけで美鈴ちゃん! あたしたちが連行します!」
     三人が視線を移すと、ベンチに腰掛けた美鈴はすっかり寝息を立てていた。
    「ちょっと目を離した隙に寝ちゃった。さすが美鈴」
    「感心してる場合じゃありませんわーっ! 秦谷さん、起きてくださいまし!」
    「あれっ? 誰か来るよ。あれは……男の人?」
     美鈴の寝顔を覗き込む二人をよそに、佑芽は別のところに意識を向けていた。人間離れした身体能力を有する佑芽ではあるが、今回彼女が視認した対象は千奈や広の目にも確かに映った。
    「見覚えのあるお顔だと思えば、秦谷さんのプロデューサーさんではないですの」
    「プロデューサーさんも美鈴ちゃんの回収に来たんだね! じゃあ、あたしたちはもうお役御免かな?」
    「千奈、佑芽。ちょっとやってみたいことがある」
     広の申し出に二人の友人が振り返る。ダメダメトリオの頭脳は、謀ることを隠そうともしない顔をしていた。

  • 15◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:30:47

    「一組のお二人の証言と普段の傾向から、この場所は予想できましたが……」男は四阿に踏み入って呟く。「まさかご友人も巻き込んでお昼寝中とは」
     秦谷美鈴のプロデューサ―――正確を期すのなら、専門大学プロデューサー科の生徒――は自身の担当アイドルの前に歩み寄り、片膝をつく。
    「秦谷さん。起きてください、俺です」
     現役女子高生の華奢な肩を軽く揺さぶり、眠り姫の目覚めを促す。
    「うぅ……ん」眠りを阻害されたその顔はやや不満げだったが、すぐに柔和な表情を取り戻す。「まあ、プロデューサー」
    「おはようございます。気持ちよく熟睡中のところを申し訳ございません。先生が秦谷さんを捜しています――六時間目の件、と言えば察しはつきますか?」
    「ええ。――プロデューサーにも迷惑をかけてしまったみたいですね。わたしのほうこそ、申し訳ございません」
    「反省は今後の行動で示していただければと。……俺〈にも〉ということは、こちらの皆さんも秦谷さんを捜しに?」
    「はい」と言って周囲を見回す。「皆さんも、眠ってしまったみたいですね」
    「今日は特別いい天気ですからね。倉本さんや篠澤さんは極端に体力が不足しているとのことなので、秦谷さんを捜し回っていたのならそれも一因でしょう」
    「先生が私を捜していた、と。皆さんのことは、ここに残していくのでしょうか」
    「……起こすのは忍びないですね。かといって、いくら天気がいいとはいえこのままでは風邪をひいてしまうかもしれない」
    「それでは、こちらを」
     美鈴は三人分の毛布を取り出すと、それを友人らの体に手際よく被せていく。

  • 16◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:34:05

    「どこから取り出したんですか、そんなにたくさんの毛布。……ですが、これで罪悪感なく先生のところへ向かえますね。俺からも、酌量の余地がないか進言してみます」
    「まあ。札付きの不良の庇い立てをしてくれるんですか?」
    「プロデューサーと担当アイドルは一蓮托生です。不良生徒の擁護をするなんて、俺も不良の仲間入りですね」
    「これでわたしたち、共犯者ですね。プロデューサー」
    「あなたの背中を初めて見た時から、覚悟は決めています。秦谷さんの、誰にも預けたことのない背中を――必要以上に背負い込むことをしてこなかったその背中を、一目見た時から。俺はあなたの背中を押したいと思ったんです」
     呆気にとられたように、口をぽかんと開ける。プロデューサーにもあまり見せることのない、レアな表情だった。
    「ちょっとだけ、そわそわしてしまいますね」
     頭一つ分ほど身長差のあるプロデューサーを見上げる。
    「わたしは、わたしのペースで歩きたいんです。そうすれば、いずれ頂点に辿り着けますから」
    「秦谷さんのペースを乱すことはしません。俺にできることは舵取りや、近道を教えてあげることくらいです」
    「頂点には一人分の足の踏み場しかありませんよ。そんなに背中を押されてしまったら、転げ落ちてしまいます」
    「まだ寝ぼけているんですか? 秦谷さんが頂点だと思っているそこは、真の頂点なんかじゃない」
    「プロデューサーがいれば、わたしは本当の頂点に辿り着ける、と?」
    「そもそも、努力すれば他のアイドルでも登り詰められるような場所は、秦谷さんにとっての頂点にふさわしくない。秦谷さんにとっての頂点は、あなたにしか到達できない場所を言うのだと俺は思います」
     淀みなく語るプロデューサーの饒舌に、美鈴は目を細めて微笑した。
    「わたしのプロデューサーがこんなに不遜だったなんて。初めてお会いした時は思いもしませんでした」
    「傲慢極まりないアイドルをプロデュースするんです。並大抵の気構えでは務まりませんよ」
     やがて、迫りくる夕刻の気配の中に二人の声が、足音が溶け込んでいき、木々を揺らす薫風がすべてを押し流していった。

  • 17◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:37:34

     静寂が訪れ、真っ先に飛び起きた佑芽は美鈴とそのプロデューサーの姿がないことを今一度確認すると、残る二人に知らせた。
    「ふふ。わたしたちをよそに眠っちゃったくせして、毛布一枚だけ被せて自分はどこかへ行っちゃうなんて……美鈴はやっぱり不良」
     狸寝入りの発案者・広が恍惚とした表情で言う。
    「いつかバレちゃうんじゃないかって、ドキドキしたよ!」
    「それどころじゃありませんわーっ! わたくしたち、軽い気持ちで寝たふりをしていたら、何だかとんでもないお話を聞いてしまった気がいたしますわ!」
    「うん。美鈴もプロデューサーも、すごい野心家だった」
    「二人とも話し方は穏やかなのに、とんでもなく自信満々なのが言葉から伝わってきてた!」
    「頑張っている方や非凡な方が身近にいて、しかも昵懇にさせていただいている……!」二人の友人と、今ここにはいない友人の顔を見比べる。「わたくしは果報者ですわ!」
    「そういう人たちに囲まれてると、あたしも頑張らなきゃ! って気分になるもんね!」
    「わたしたち三人、今はダメダメだけど……これからも頑張っていこう、ね」
     少女たちが天高く拳を突き上げたところで、敷地内のスピーカーから呼び出しのチャイムが鳴り響く。
     ――一年二組の秦谷美鈴さんとそのプロデューサー。至急、アイドル科職員室までお越しください。
    「もう着いててもおかしくない頃合いなのに、ね」
    「あのお二人、今度はどこで何をなさっているんですのーっ!?」
     四阿に、倉本千奈と放送部部長の声が競り合うように響いた。

    〈了〉

  • 18◆EHJOHYkB8H3c25/02/10(月) 23:39:52

    山も谷もない話にはなってしまいましたが、せっかくなので供養させていただきました。
    スレ主は席を外します。
    お読みいただいた皆様、ありがとうございます。

  • 19二次元好きの匿名さん25/02/10(月) 23:42:52

    とても良いSSですね。

  • 20二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 09:29:42

    こういうゆったりとした日常の一コマみたいな雰囲気、大好きです

スレッドは2/11 19:29頃に落ちます

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