- 1◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 21:54:36
「おーッす!トレーナーさん!おはよう!」
とある日の早朝、まだ人が疎らなグラウンドに、聞き慣れた元気一杯な声が響いた。
その声の主は長袖長ズボンのジャージ姿に自身の好きな色だと言う赤色のマフラーをしっかりと巻き、黒いポニーテールと耳に付けられた赤い飾り紐を揺らしながらこちらに駆け寄ってきた。
彼女はカツラギエース。豪放磊落で明朗快活な、俺の担当ウマ娘だ。
「おはよう、エース」
笑顔で手を振る彼女に、こちらも小さく手を振り返す。
活力に満ち溢れた彼女の姿は、見る者に元気を与える。こんな真冬の朝の厳しい寒さなど、吹き飛ばしてしまうほどだ……と言いたいが、今日の俺に限っては、そうとも言いきれなかった。
近くまで来たエースは俺の異変に気付き、目を丸くした。 - 2◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 21:54:51
「どうしたんだよトレーナーさん!?マフラーしてねぇじゃねぇか!」
「いや~実は……」
そう……エースの言う通り、俺はこの極寒の中、マフラーを巻いていないのだ。理由はいたって単純……遅刻しそうになったから。
今朝はいつも通りの時間に目が覚めたのだが、あまりの寒さに布団から出るのを渋り、そのまま二度寝してしまった。そして二度寝から目を覚まし、慌てて支度をして家から飛び出したものの、その際にマフラーを忘れてしまった……というのが事の顛末。
恥ずかしい話だが、包み隠さずエースに伝えた。
「あっちゃ~……それはやっちまったなぁトレーナーさん……」
「けど分かるぜ。この季節の朝起きた時の布団って、すげぇ気持ち良いよなぁ……。パーマーも全然出てきたがらねぇからよ、よくあたしが布団から引っ張り出してやってんだ」
「まぁ斯く言うあたしも、子供の頃は母ちゃんに同じ事されてたし、今でもたまに『布団から出たくね~!』って躊躇する事あるからな。トレーナーさんの気持ち、あたしもよーく分かる」 - 3◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 21:55:11
腕を組み、うんうんと頷くエース。
どんな些細な失敗談でも、笑わず真摯に受け止めてくれる。多少笑い飛ばしてくれても良かったのだが、いかにも真面目で誠実な彼女らしいなと、胸が温かくなる。
「それにしても……すげぇ寒そうだな、トレーナーさん。耳なんて真っ赤になってんじゃねぇか」
エースの優しさを噛み締めていると、彼女は眉を折り曲げ、心配そうにこちらを見ていた。
確かに、先程から耳が少し痛い。しかし気温が上がってくれば自然と治まるだろうし、なによりこれは身から出た錆、自業自得だ。エースにこれ以上余計な心配を掛けさせたくなかった。
「心配してくれてありがとう、エース。でも大丈夫だよ?」
「全然大丈夫じゃねぇだろ、そんなガタガタ震えちまって……しもやけになったり、風邪引いちまったらどうすんだ?」 - 4◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 21:55:40
強がってみせる俺に、やれやれ……といった様子で腰に手を当てるエースだったが、やがて何か思い付いたように一瞬目を見開いた後、歩み寄ってきた。
「エース……?」
「まずは温めねぇとな……そらっ!」
そう言うとエースは俺に向かって飛び付くように両手を伸ばし、俺の両耳を覆うようにして摘まんだ。
「ちょ……エ、エースッ!?」
「うひゃあ!冷てぇ!氷みてぇになってんなぁ、トレーナーさんの耳!」
俺の耳を摘みながら顔をくしゃりとさせ、無邪気に笑うエース。その手をなんとか引き剥がそうと彼女の腕を掴むが、まるでびくともしない。流石ウマ娘、力では全く歯が立たない。
「遠慮すんなよ、トレーナーさん!それよりどうよ、温かいだろ?」
「あたしの手、温かいって評判でさ。この時期になると、シービーやマルゼンに『寒いから握らせて!』ってよく頼まれんだ!」 - 5二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 21:55:56
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- 6◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 21:56:09
エースの言葉通り、確かにその手はとても温かかった。
無防備な状態で寒空に晒されて冷え固まってしまった俺の耳は、エースの温かく柔らかい手に包まれ、優しく解きほぐされていく。
時折、彼女があやすように指を動かすと、まるでシルク生地の布で撫でられたような感覚に襲われ、その度に思わず肩を跳ねさせる。
それだけでは無い。俺よりも10cmほど背の低いエースが俺の顔を挟むように両手を伸ばしているため、必然的に彼女の顔が近くまで迫っている。
エースとは普段から、ハイタッチをしたり肩を組んできたりと距離が近くなる事があるのだが──
(な、何故か今日は……凄くドキドキする……!)
目の前のエースは得意気な表情を浮かべながら、じっとこちらをみている。
エースの瞳は夏の空のような鮮やかな青色で、その中では、静かに燃える炎のような、彼女の闘志を表した赤色が小さく……けれどもはっきりと輝いていた。 - 7◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 21:56:34
「なぁ、トレーナーさん」
とても強く美しい、カツラギエースというウマ娘そのもののような瞳に目を奪われていると、彼女が声を掛けてきた。それはいつもの溌剌とした声ではなく、どこかしっとりとしたものだった。
「な、何?エース……」
平静を装う俺を、目を薄めて口角をニッと吊り上げながら見つめてくるエースに、俺の胸は思わず高鳴った。
シャープな目鼻立ち、キリッとした眉や力強い眼差しなど、どちらかというと黄色い声援が目立つような凛々しい顔つきのエース。
しかし、目元に影を落とすほど長い睫毛や艶々とした血色のよい唇、きめ細かな白い肌など俗に言う"美人"の要素も備えており、それがエースの事を、男友達のようにすら思っていた俺の頭を混乱させてしまう。
俺があらぬ事を考えていると、エースは耳を摘まんでいた片方の手を緩めた。指の隙間から冷たい空気とともに、彼女の声が耳に入ってくる。 - 8◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 21:57:06
「耳、こんなに熱くなっちまってよ。もしかして…………見惚れてんのか……?」
時には少年のようにすら聞こえるエースの低めの声が、今は妙な艶を含んで俺の鼓膜を震わせる。
青く輝く双眸で覗き込むように見上げてくるエースに、俺はただ……口から白い息を吐きながら、声にならない声を上げるしか出来なかった。
「……ッ!」
「アッハハ!今度は顔が真っ赤になっちまったな!」
エースに指摘され顔に触れると、カイロか何かと思えるほど顔に熱が集まっていた。
「エ、エース……!」
「悪ぃ悪ぃ。トレーナーさん、妙に緊張してたからさ。それがなんか可笑しくってつい揶揄っちまった!」 - 9◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 21:57:37
腕を組み、わははと笑うエースはいつも通りの様子に戻っていた。さっきの色っぽい雰囲気は、何かの間違いだったのだろうか……。
ぼんやりと考えていると、エースはおもむろにマフラーを外し、こちらに差し出してきた。
「ほら、トレーナーさん。あたしのマフラー貸すよ」
「えっ……!?い、いいよ……エースだって寒いだろ?」
「だから遠慮すんなって!あたしとトレーナーさんの仲だろ?それにあたしは、これから走って温まるからさ!ほらちょっと屈んでくれ、巻いてやっから!」
ニコニコと笑いながら、マフラーを広げているエースに何故だか逆らえなかった俺は、彼女の言う通りに身を屈めた。
エースは少し背伸びをして俺の首にマフラーを掛けた後、慣れた手つきでスルスルと巻いていく。
「知ってるか?トレーナーさん。この巻き方、ウィンディ巻きっていうんだぜ。パーマーに教わったんだ」
「風に強いから形が崩れにくくて、しっかり温かくて。しかもお洒落な巻き方なんだってさ!」 - 10◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 21:58:00
マフラーを巻きながら、エースが色々と説明してくれているが、正直……殆ど頭に入ってこなかった。
直前までエースの首を暖めていたマフラーには、まだ彼女の温もりが残っていて。更には、柑橘系のような爽やかさの中にフローラルな甘さを含んだ香りが、ニット生地が擦れる度にふんわりと立ち上り、俺の鼻孔をくすぐる。
「……!」
エースの温もりも匂いも、どうしようもなく心地良くて、どうしようもなく俺の心を乱してくる。
これ以上余計な事を考えないように俺は目を瞑り、この後のトレーニングについて思考を巡らせていた。
「よしっ!出来たぜ、トレーナーさん!」
エースの一声で目を開けると、彼女は腕を組んで満足気にこちらを見ていた。
俺の首には、確かにしっかりとマフラーが巻かれている。とても温かいが、それはマフラーのお陰なのか、それとも俺の体温が上がっているだけなのかは、区別がつかなかった。 - 11◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 21:58:29
「どうよ、トレーナーさん!温けぇだろ?」
「そうだね……ありがとう、エース……」
「へへっ!良いってことよ!それじゃあ、ロードワーク行ってくっから!」
そう言ってエースは、笑顔で手を振りながら駆けていった。そんな彼女の後ろ姿を見送り、俺はふうっと息を吐いた。
先程のエースの突飛な行動には、本当に驚かされてしまった。耳を手で温めながらじっと見つめ、緊張している俺を揶揄いながら上目遣いで覗き込んでくる。
『もしかして…………見惚れてんのか……?』
先程のエースは、本当に俺の知るカツラギエースなのか。そう疑ってしまうほど、妖艶な雰囲気を纏っていた。 - 12◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 21:59:00
けれども、自分の担当をそんな風に見てしまうなんて。マフラーを巻かれている間も、『結婚して、自分の奥さんにネクタイを結んでもらうのって、こんな感じなのかな……』と、一瞬でも考えてしまうなんて。
「トレーナー失格だな、俺は……」
トレーニングのメニューが記されたファイルを開きながら、そう独りごつ。
そうだそうだと責め立てるような、一陣の冷たい風が、俺の体に吹き付ける。けれども、エースによって温められた耳や首元は、いつまでも温かいままだった。 - 13◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 22:00:32
おしまいです
初挑戦のトレエスSSです - 14二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 22:01:54
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- 15二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 22:02:24
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- 16二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 22:02:53
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- 17二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 22:03:22
スマホとPCで見え方も変わって来るんじゃないかな?
- 18二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 22:03:59
乙
トレエス供給助かる
快活な子が見せる色気って良いよね…… - 19二次元好きの匿名さん25/02/11(火) 22:08:41
妖艶エースだと!?こんなの僕のデータにないぞ!?
- 20◆q.2J2dQVmm2K25/02/11(火) 22:15:15
- 21二次元好きの匿名さん25/02/12(水) 00:51:34
エースに温めてもらってその上マフラー巻いてもらうなんて…羨ましいぞ、エストレ……
寝る前に良いSS読めて良かったよ、ありがとう