- 1二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 14:01:30
- 2二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 14:02:46
今日も早朝から私有のレッスン室を訪れると、私よりも先に来ていたらしいプロデューサーが一人で事務仕事をしていた。
「お早う、プロデューサー。今日も早いわね、もしかして待たせたかしら」
「おはようございます、星南さん。アイドルより先に来て諸般の用意を済ませておくのはプロデューサーとして当然のことですよ」
「……用意周到なところは相変わらずよね、先輩」
そんな雑談をしながら私は軽くストレッチをする。そうしてまだ寝ている筋肉を起こしてから鏡の前に立つ。
全身にバランスよく付いた筋肉と脂肪、艶のある髪、自信に溢れた顔つき。
「うん、今日も完璧……?」
と、そこで私は違和感に気づく。一歩鏡に近づき、じっと私を見つめる。 - 3二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 14:04:46
「──ところで星南さん、次の予定なのですが……、星南さん?」
鏡の前に立ちつくす私を見てプロデューサーが何事かと尋ねてきていたが、私はそれに答える余裕を失っていた。
それは見間違いでは無い。こんなにもはっきりと見えているのだ。私に客観的な事実を教えてくれたこれが、揺るぎない現実を見せつけている。
「星南さん、どうしたんですか」
「…………ッ!」
いつの間にか隣に来ていたプロデューサーに肩を叩かれて、私はようやく振り返った。私の顔から何を読み取ったのか、彼の顔が少し険しくなる。
「……体調不良ですか?それならすぐ休んでください。予定の調節は俺が──」
「違うわ」
「だったら、一体……」
私はそれを説明しようと口を開き、そして閉じた。乾ききった唇を湿らせ、もう一度口を開く。
「……以前、アイドルの能力値を見ることができると言ったことがあったわよね」 - 4二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 14:05:48
冷静さを失ってしまわないよう努めながら言葉を続ける。
「この能力はもちろん私にも作用する。昔、私にもう伸び代がないと思っていたのも、この能力が客観的な数値を見せていたからだわ」
いきなり何の話です、と言いたげな顔をした彼は、それでも黙って頷いてくれる。
「あのときの壁を壊してから、私は今まで常に数値を伸ばし続けてきた。微々たる数値でも確実にね」
私は話しながら近くの長机に座り、彼も私の向かいに続いた。
「そのおかげで、私は今もトップアイドルの座にいられている。──でも、でもね……」
自分の意思とは関係なく、声が震えるのを感じた。この先の言葉を言いたくない、認めたくないと思ってしまう。
「星南さん……」
多分彼はもう気づいているのだろう。それでも、何も言わずに私をじっと見つめている。私の覚悟を待ってくれている。
私は短く息を吐き、続けた。 - 5二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 14:10:39
「──下がっていたわ。少しだけだけど」
「……それは、間違いないのですか」
「間違いないわ。自分自身のコンディションのことだもの」
横目で鏡写しの私を見る。昨日より確実に少なくなっているステータスは、無情にも現実を見せつけている。私は鏡像の私から目を逸らして、床を見つめた。私の靴跡で傷だらけの床は、いつも通りに鈍い光を反射している。
「──十王星南のピークは、終わったのね」
小さく呟いたその言葉が重く、重くのしかかる。心臓がぎゅうと痛んで、思わず崩れ落ちてしまいそうなくらい頭がくらくらした。
「プロデューサー、一ついいかしら」
私は目を伏せたままそう問いかけた。彼が今どんな顔をしているのか怖くて顔を見られなかった。
「なんでしょう」
「早急に会見の機会を設けて頂戴」
「………………」
肯定でも否定でもすぐに返事をしてくれる私のプロデューサーは珍しく押し黙る。あまりに珍しかったから、私は思わず顔を上げてしまう。
彼の揺れる瞳が、私を真っ直ぐ見つめていた。 - 6二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 14:15:26
「……なんの、会見ですか」
今まで見たことない顔で彼はそう尋ねた。悲しさと、苦しさと、それから──色々な感情が入り交じって今にも泣きそうに見える。鏡を見なくたってわかる。きっと私も似たような顔をしているのだろう。
「──普段は不気味なほど勘がいいくせに、こういう時は鈍くなるのね?」
そんな意地悪を言うと、彼は泣きそうな顔のまま笑う。
「引退会見よ。……私、十王星南はアイドルを辞めるわ」
「…………それは」
「──全盛期を終えた十王星南にとって、トップアイドルの世界はあまりにも厳しすぎる」
彼は口を引き結んで黙った。熟練のプロデューサーとしてこの世界の厳しさを知っている彼は、私の言葉を否定できない。元々トップアイドルの器ではなかった。そんな私をトップアイドルたらしめていたのは、完璧な環境、完璧なトレーニング、そして完璧なプロデュース……。無数の『完璧』によって造られた鎧でもって、ようやく私はトップアイドルとどうにか渡り合えてきたのだ。この鎧が崩れた今、私に勝ち目は無い。
「だからアイドルとしての十王星南はここで終わりよ。……元々、学園アイドルとして終わるはずだった運命。むしろ長続きした方──」
そこまで言ったところでにわかに彼が立ち上がる。ガシャンと椅子が倒れる音が響き渡る。 - 7二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 14:17:56
「それでも……ッ!!」
けたたましい音を立てて倒れた椅子に目もくれず彼は私を見つめる。
「──それでも俺は、まだステージに立つ星南さんを見たい」
「プロデューサー、あなた……」
彼の瞳が、あの頃と変わらない情熱に溢れた視線が私を貫く。
「……でも、ピークを過ぎたアイドルがやって行けるほど甘くはないって……プロデューサーもわかっているでしょう?」
「ピークを過ぎた?何故そう言い切れるのですか」
まっすぐ私を見つめる彼は、私の言葉で揺らがない。
「何故って、だって私のステータスは──」
「昔にも言ったと思いますが、それは単にアイドルの三要素を示すものに過ぎませんよ。あなたの魅力は……そんなものでは到底表し切れるものではありません」
心から私を信頼する彼は、私が先に諦めることを許さない。
「それに、成熟したアイドルにとって歌って踊るだけが活動とは言えませんから」
そう続ける彼は、既に──
「星南さんはいま転換期にあります。今までのアイドルとしてのあり方から、変化する必要がある」
──既に、次のプロデュースのことを考えている。 - 8二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 14:21:16
「この際ですし、プロデューサーも同時にやってみましょう。あの十王星南がプロデューサー活動を始める……第二章の幕開けとして、これ以上ないインパクトです」
終わった私を、まだアイドルであると信じている。
これがプロデューサー。十王星南のプロデューサーだ。
「え、えええ!?そ、そんな急に……!その、準備とか、大丈夫なのかしら?」
「こんなこともあろうかと学園長──お父上に話は通してあります」
こんな突飛な話をされた父は一体どんな反応をしたのだろうか。とても気になるが、今はそれどころでは無い。
「あなた……いつから……」
「構想自体は数年前からですね。人間である以上、老化は止められませんから。いずれこのようなことが起こるだろうということは予測できます」
しれっととんでもないことを言っている自覚はあるのだろうか。 - 9二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 14:27:54
「……全く、こんなのが身近にいると、自分がプロデューサーになれるのか不安になるわね……」
「俺の仕事をずっと見ていたんでしょう?きっと大丈夫ですよ、後輩」
ずっと見ていたからよ、とは言わず、私はすっくと立ち上がる。年甲斐もなく心が弾んでいるのがわかる。
「プロデューサーのことだから、きっともう準備できてるんでしょう?」
「おや、何のことでしょうか」
とぼけた顔でしらばっくれるプロデューサーに、思わず笑ってしまう。そのくせ、目だけは期待で煌めいている。
「十王星南が第二章の幕開けを宣言するのよ。それに相応しい場を用意して頂戴!」
END. - 10二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 15:31:00
いい話だった!
ありがとう
ところで第二章は? - 11二次元好きの匿名さん25/02/13(木) 19:31:22
読んでいただいてありがとうございます!
これは元々、「ステータスが見えるせいでアイドルとしての終わりを見せられてしまいショックを受ける会長」が見たくて書いたものなので続きとかは無いです、申しわけない!