- 1二次元好きの匿名さん21/09/13(月) 23:54:05
ずっと、あの人の背中を追いかけてきた。幾多のレースを勝ち抜いてきた、私が一番尊敬している人。
その人はトゥインクルシリーズを引退してなお、後輩に指導をしてくれている。厳しい事も言うけれど、誰よりも私達を想ってくれていた。最初は戸惑ったけれど、今では色々とお世話になっている。
そんな人に、「一番思い出に残っているレースはなんですか?」と聞いてみた。その人は少し恥ずかしそうに、でも迷わず「オークス」と答えた。
そんな些細なことがきっかけだったのかもしれない。私はあの人が通った道を辿りたいと思うようになった。オークス。そこを勝った景色はどんなものなのだろう。あの人の言う「理想」に、私もなりたい。そう思った。 - 2二次元好きの匿名さん21/09/13(月) 23:59:04
……でも、その夢は叶わなかった。レースは甘くない。私の前に立ちはだかったライバルは、瞬く間にトリプルティアラを制覇していった。私は多くの人に応援されながら、その期待に全く応えられなかった。私はいつの間にか、レースへの熱意も自信も、全て無くしてしまった。
「すみません先輩。私はあなたの言う、理想にはなれそうにありません」
私は思いっきり弱音を吐いた。失望されて、才能が無いと言われたかった。そうして罵倒されて、早く楽になりたかった。
でも、先輩は厳しい人だった。
「理想の形は、決して一つではない」
「……え?」
「私とは違うお前の理想の形があるはずだ」
その人はそう言うと、「諦めるな」と言って立ち去ってしまった。
私にはその意味がわからなかった。正直、今もわかっていない。
こんな私でも、まだあの人のようになれるのだろうか?
私はターフに戻り、練習を再開した。
- 3二次元好きの匿名さん21/09/14(火) 00:29:57
「理想の形は一つじゃない……か」
練習中も、ずっとその言葉が頭の中をよぎっていた。
私にまだ期待してくれているのだろうか。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。こんな私より期待できる子なんていっぱいいるのに。そんな折、校門前に奇妙な人が立っていた。
「あら?あなたトレセン学園の生徒さんよね?」
「え?は、はい。そうですが……」
「あらまあ丁度良かった!ちょっと呼んできて欲しい人がいるんだけど」
そう言うと、その人は先輩の名前を口にした。私は驚いて、思わず聞いてしまった。
「あの……先輩とお知り合いなのですか?」
「知り合いも何も、あの子の母親よ」
「え」
衝撃的な一言。一瞬、家族を騙る詐欺ではないかと疑ったほどだ。
「あなたは私の娘とどういう関係なの?」
「え、あ、先輩には色々良くしてもらっていて……」
「あらそうなの!昔っからあの子ったら真面目ねぇ」 - 4二次元好きの匿名さん21/09/14(火) 00:40:17
私は恐る恐る聞いた。
「あの……先輩って昔はどんな方だったのですか?」
「今と変わらず頭でっかちのままよ」
「頭でっかち」
変なツボにでも入ったのか、私は笑いそうになってしまった。
「あの子ったらいつも変に真面目だからねぇ。トゥインクルシリーズを走ってた時も、あれをしなきゃこれをしなきゃと無茶しちゃって、体調を崩す事も多かったのよ」
「先輩がですか!?」
意外だった。てっきり先輩はいつでも万全のレースをしていると思っていたから。
「それでも、辛い時に辛そうな顔を一切見せないものだからね。定期的に顔を見にこないと、私も不安になっちゃうのよ」
先輩が隠している裏の顔……というと趣味が悪いけれど、なんとなく先輩に親近感を感じてしまった。 - 5二次元好きの匿名さん21/09/14(火) 00:54:30
その後私は先輩のお母さんにお礼をした後、先輩を呼びにいった。少し顔が赤かった気もするけれど、それは見なかったことにする。
「そっか。先輩も悩んでたんだ」
急に心が軽くなった気がした。てっきり完全無欠であることが理想の条件だと思っていたから。
しかし、それとは別に不安も重くのしかかってきた。先輩は辛くても走り切ってみせたのだ。果たして自分はそれができるだろうか。
「理想の形は一つじゃない」
先輩の言葉が反芻する。きっとまだ、私の中には理想になりたいという気持ちが残っているんだ。だからあの言葉が引っかかるんだ。
「なら……やるしかないよね」
その日の練習には熱が入った。
「私も理想になれる……私も誰かの理想になれる!」
私がなれる理想の形。それはまだわからないけれど。
がむしゃらに走っている内に、決戦の日はやってきた。 - 6二次元好きの匿名さん21/09/14(火) 01:05:23
エリザベス女王杯。多くの名ウマ娘達が名を轟かせた歴史あるレースだ。
その日の主役は私じゃない。主役はトリプルティアラを制した、私のライバルだった。
「頑張れー!」
「トリプルティアラの意地を見せろー!」
観客は皆ライバルを見ていた。それでも関係ない。私は私の、理想と思う走りをするだけ。
そのとき、私は観客席に先輩がいることに気がついた。わざわざ時間を割いて見に来てくれたのだ。すみませんと頭を下げようとして、思い留まる。
ここで卑下していたら理想じゃない。私は頭を下げる代わりに、自信たっぷりの顔で先輩を見た。
「先輩、見ていてください。私は勝って見せます」
先輩がようやくか、と言わんばかりに微笑んだ気がした。 - 7二次元好きの匿名さん21/09/14(火) 01:06:39
ウマ母話助かる
- 8二次元好きの匿名さん21/09/14(火) 01:21:22
レースは淀みなく進み、最終コーナーに差し掛かる。私は気合いで最後の末脚に賭けた。ライバルがすぐ横にいるのがわかる。一瞬の隙すら許さない、熾烈なデットヒートだった。
そして結果は……私のハナ差勝利。私はついにG1タイトルに手が届いた。
レース後、私が待合室で休憩していると、先輩が部屋を訪れた。
「やったじゃないか。おめでとう」
そう言って先輩は私を抱きしめてくれた。言いたいことはいっぱいあったけれど、まずこれだけは伝えたいと思った事がある。
あの日の返事だ。
「先輩。私、見つけた気がします。私だけの理想の形」
「ほう……?聞かせてもらってもいいか?」
先輩は優しい目で私を見つめる。私は自信をもって言った。
「私は先輩のように女帝にはなれません。でも、私は女王として、後輩からの理想になろうと思います」
「……そうか。精進しろよ。アドマイヤグルーヴ」
「はい。エアグルーヴ先輩」
私は今もレースを走っている。いつか私の背を見て、理想になりたいと思ってくれる子がいるのだろうか。その日を夢見て、走り続ける。