(SS注意)x

  • 1二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 12:39:30

    「────ハッピーバレンタイン、ですわね」

     学園近くのジムにて。
     日課となっているトレーニングを終えた頃、突然、彼女はやってきた。
     鹿毛のドーナッツヘア、愛くるしさの中に鋭さを残す真紅の瞳、ハート型の髪飾り。
     担当ウマ娘のジェンティルドンナは、私服姿で小さな箱を携え、それを悠然と差し出している。

    「あっ、ありがとう……そういえば、今日はバレンタインだったね」

     正直、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
     この日は休養日に当てていたため、この時間までジェンティルと会うこともなかったのである。
     どこか思わせぶりな微笑みを浮かべている彼女からの贈り物を受け取った。
     彼女の髪飾りと同じ形をした、華やかなラッピングの施されている箱。
     重さからして去年と同じようにウェイトということはなさそうだ、これは、お菓子の類だろうか。
     そして、彼女は何かを急かすように、こちらをじいっと見つめ続けていた。
     この場で開けろ、ということなのだろうか。
     俺はなるべく丁寧に封を解きながら、何気なく話題を振った。

  • 2二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 12:39:48

    「わざわざここまで来なくても、去年みたく配送でも良かったのに」
    「今年はこちらへの贈り物も少なくて、手が空いていたの、誰かさんのおかげで、ね?」
    「そっか、それは良かったな」
    「ええ、本当に…………おかわいそうなことで」

     最後に小さな声で何か呟きながら、くすりと楽しげな笑みを浮かべるジェンティル。
     去年までは、色んな手段を用いて彼女への贈り物が婚約者候補から来ていたのだが、今年はなかったようである。
     色々と手を打った甲斐があったな、と密かな達成感を覚えながら、俺は箱を開けた。
     ふわりと香り立つ、品のあるアーモンドとカカオの匂い。
     そこにはマカロンのような、どこか唇の形を彷彿とさせる一口サイズの焼き菓子が並んでいた。
     確か、バーチ・ディ・ダーマというお菓子だっただろうか、以前、彼女が話していた覚えがある。
     そして、傍らには小さなメッセージカード。

     親愛なるトレーナーへ
     貴方が捧げてくださる力に、
     期待を込めて──
     x

     そこには、達筆な字でそう記されていた。
     これまた、ジェンティルから聞いたことがある。
     確か、手紙の最後にxと書くのはキスのスラングで、別れの挨拶などを表現しているものだったはず。

  • 3二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 12:40:10

     だが────この場において、その理解で正しいのだろうか。

     バーチ・ディ・ダーマ、というお菓子の名前が持つ意味合い。
     そして何故か、これ見よがしに手で口元を隠しながら、じっと見つめているジェンティル。
     まさか、と思った瞬間、全てを察したかのように彼女は少しだけ口角を吊り上げた。

    「ふふ、贈り物の意図は、ご理解いただけたようね」

     ジェンティルは黒のメンコに覆われた耳をぴょこぴょこと動かしながら、試すような視線を向ける。
     これはとんでもない物を受け取ってしまったのかもしれない。
     心の中で苦笑しながら、貰った箱にまずは蓋をし、傍らへと置いてから一歩踏み出す。
     それを見た彼女は満足そうに頷いてみせた。
     
    「それではどうぞ、想いに応えてくださる? ……私に、恥をかかせないでね?」
    「……もちろん」

     それは、他でもない彼女から教わった、レディに対するマナー。
     こういう場で行うのは初めてで少し緊張するけれど、もうすでに何度もこなしている。
     少しだけ間を置いてから、俺は彼女の手を取るべく、声をかけようと────。

  • 4二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 12:40:29

    「ところで」
    「……はい?」
    「バレンタインデーが、乙女にとって、特別な日なのはご存知かしら?」
    「まあ、それは」

     当然、理解はしている。
     本来の意味合いはともかく、日本においては女性の愛情表明の機会という意識が根強い行事。
     ジェンティルがそうだと考えるほど思い上がってはいないが、年頃の少女にとって特別な日なのは間違いない。
     現に、トレセン学園においてもここ数日はどこか浮足立った雰囲気を感じていた。
     しかし、それが今、何の関係があるというのだろうか。
     俺がその意図を掴み損ねていると、彼女は悪戯っぽく目元を緩ませながら、言葉を紡ぐ。

    「そんな日に想いを伝えたというのに────いつも通りで済ませるおつもりは、ないのでしょう?」

     特別な日なのだから、特別な形で応えなさい。
     口では言っていないが、ジェンティルの赤い双眸は、雄弁にそう語っていた。
     そして、そこには揶揄いの意思と密かな期待の光を湛えている。
     なるほど、あのメッセージカードは、ある種の果たし状といえるのだろう。
     去年のバレンタインで届くかもと冗談で話していたが、まさかジェンティル本人から来るとは思わなかった。
     先手を打ち、逃げ場を塞ぎ、それでいて自由に打って来なさいと言わんばかりの態度。
     ああ、なんとも彼女らしいのだろう、と笑みを浮かべてしまう。
     あのジェンティルドンナから、直々に果たし状を貰ったのだ、これほど光栄なことはない。

  • 5二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 12:40:51

    「────もちろん」
    「…………ふふっ」

     先刻と同じ返し、けれど込めた想いは全く違う。
     まず俺は、ジェンティルの口元を隠している手をそっと掴み取り、それをゆっくりと降ろした。
     その行動に、彼女は何の抵抗も示さない。
     微細な輝くを放ち、ふっくらと柔らかそうで、艶やかに赤く彩られた唇が晒された。
     そっと顔を近づけると、甘く華やかな香りがふわりと漂う。
     俺は囁くような声色で、彼女へと声をかけた。
     
    「その口紅、良く似合っているね」
    「……言葉選びが稚拙ですわね、減点」
    「……精進します」
    「ほほほ……ですが、気づいたのは加点要素、今日のために用意した、新作なの」

     ジェンティルの唇が、喜びを表現するかのように形を変えた。
     透けるような薄い質感でありながらも、瑞々しい潤いも感じさせ、ぴったりと彼女へフィットしている。
     無論、その口紅自体も素晴らしいのだけれど、その宝石のような美しさは、元が至高だからこそだろう。
     俺はその光沢に目を奪われつつも、もう片方の手で、彼女の顎の下に触れた。

    「……っ」

     一瞬だけ、ジェンティルの瞳が揺らぐ。
     その隙を突くように、俺は彼女の顎を、くいっと少しだけ持ち上げた。
     しかし、そこは流石の貴婦人、目を合わせた頃には揺らぎなどはなく、ただこちらを捉え続けている。

  • 6二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 12:41:14

    「…………」

     やがて、ジェンティルは静かに瞳を閉じて、自らの唇を差し出すように少しだけ尖らせた。
     誘われるように、吸い込まれるように、俺はゆっくりと彼女へと顔を近づけていき、リップ音を響かせる。
     その、真っ赤な唇────ではなく、その下で白く細く伸びている、彼女の首筋へと。

    「んっ」

     ……勢い余って、ちょっと唇が触れてしまい、血の気が引いた。
     ぶわっと冷や汗を流しながらも、慌てて身体を離して、ジェンティルの様子を窺う。
     彼女はぽかんとした、珍しい表情をしながらも、指先で首筋に触れていた。
     しばらくして、不満そうに、というよりは若干拗ねているかのように眉を歪ませて、小さく口を開いた。

    「………………意気地なし」
    「さすがに、まだキミの唇を奪えるほどの男にはなれていないから」
    「ですが意表を突いた見事な奇襲、だから、及第点は付けてあげる」

     ジェンティルは、どこか愛おしそうに首筋を撫でながら、少女のように可愛らしい微笑みを浮かべた。
     色々と失策はあったものの、彼女の御眼鏡には適ったようで、とりあえずは一安心。
     何だかどっと疲れてしまったので、一度座ろう、そう考えた矢先であった。

  • 7二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 12:41:47

    「あら、でも首筋に、跡が残ってしまいましたわね?」
    「……は?」

     その言葉に、呼吸が止まった。
     心臓が激しい音を鳴らし始めて、落ち着いたはずの冷や汗が再び滝のように流れ始める。
     いやいやいや、唇はほんのちょっと触れただけ、跡なんか付くはずもない。
     そもそも、手鏡もないのに、自分の首筋なんて見られるはずがないのだ。
     慌てて確認をしようとするが、ジェンティルの細い指先は、口付けをした首筋を隠し続けていた。
     彼女は、にっこりと、心底愉しそうな笑みを浮かべている。

    「ふふっ、傷物にされちゃった」
    「言い方……っ!」
    「さて、トレーナーは淑女に対するこの仕打ちに、どう責任を取って下さるのかしら?」
    「まっ、待ってくれ、これは冤罪……!」
    「ですが、私も鬼ではありませんの、具体的な手段を一つ、提示して差し上げますわ」

     そう言いながら、どこか妖艶な笑みを浮かべて、今度はジェンティルの方が迫って来た。
     優美で上品な足取りながら、その真紅の瞳はこちらを決して逃してはくれない。
     そっと俺の首の後ろへと両手を回して、身体を押し付けるようにしながら、じっと見上げた。
     彼女は少しだけ背伸びをして、こちらの耳元へと唇を寄せる。
     そして、小さな声で、そっと囁いた。

    「貴方の首筋にも、同じ跡を残してあげる────ふふ、覚悟なさって?」

  • 8二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 12:42:06

    お わ り
    バレンタインデー五日目──

  • 9二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 12:43:51

    唇へのキスよりえっちなのでは!?

  • 10二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 12:44:30

    最後までドキドキさせられた
    良きSSでした

  • 11二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 14:01:14

    なんてこった
    もう逃げられないぞ

  • 12二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 14:17:30

    首筋へのキス……独占欲、愛情表現、身体の関係へと発展させたいetc.
    “ADLT”だね

  • 13125/02/19(水) 20:36:26

    >>9

    どう見ても健全

    >>10

    そういった空気が表現出来てれば幸いです

    >>11

    元からお互い逃げる気も逃がす気もないからセーフ

    >>12

    きっと知らずにやったんやろなあ

  • 14二次元好きの匿名さん25/02/19(水) 23:57:43

    減点くらっても加点が3倍くらいありそう

  • 15二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 02:02:34

    翌日のジェントレは首筋に絆創膏貼ってて、
    誰かに理由を聞かれてる隣でㅎvㅎ顔になるんだ…

  • 16二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 06:49:52

    目立つところにキスマークを付けて「この男は私のもの」とアピールするジェンティルだと!?

  • 17125/02/20(木) 07:38:59

    >>14

    ダンブルドア校長みたく最後にまとめて加点してくれそう

    >>15

    すごい噂が立ってそう

    >>16

    勝利の証だから・・・

  • 18二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 08:08:49

    ゆうべはいいもん見せてもらったよ ありがとうな!!

  • 19125/02/20(木) 14:43:01

    >>18

    こちらこそ感想ありがとうございます

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