- 1◆HNIQ2PydKg25/02/20(木) 23:01:51
- 2◆HNIQ2PydKg25/02/20(木) 23:03:22
『1着はジェンティルドンナっ、1着はジェンティルドンナです!!圧巻の走りを見せてくれましたっ!!』
あらゆる方向からの大歓声が、場を満たしていた。平時ならば思わず耳を塞ぎたくなるほどの轟音なのだが、今のトレーナーがいる場所────レース会場においては、それは轟音としてはカウントされない。ただの日常の一部として扱われる。
この歓声の源となっていたレースの勝敗は既に決したというのに……いや、決したからこそ、人々は声を興奮に染めていた。
GIレース。大阪杯。
阪神レース場で開催される、芝2000mのレース。
彼の担当ウマ娘であるオルフェーヴルが出場していたレースであり、オルフェーヴルの────ライバルのような存在となっていた『貴婦人』ことジェンティルドンナも同時に出場していたレース。
始まる前からお互いにバチバチと火花を散らし合っていたのをトレーナーも観客席から見ていた。
そして暴君と貴婦人。そのぶつかり合いを制し1着に輝いたのは……ジェンティルドンナだった。
国内最強という呼び声も高かったオルフェーヴルを実力で下してみせての勝利。
そのことに会場は大いに盛り上がっていた。
「…………」
ジェンティルドンナよりも後ろで、らしくなく肩で息をしているオルフェーヴルを……客席で臣下のウマ娘たちの隣に立つトレーナーは、無言で見つめていた。
……曲がりなりにもオルフェーヴルのトレーナーだからこそ、わかる。今日のオルフェーヴルは、間違いなく120%の力を出しきっていた。
にもかかわらず、ジェンティルドンナには勝てなかった。
これが意味するのは……
「まぐれなんかじゃ、ない……!ジェンティルドンナは……オルフェを超えたんだ!強い!!強過ぎるよ!!」
トレーナーの後ろにいた男性観客が叫ぶように言った。その言葉は、新たな伝説を目撃したという興奮と……本人は決して意図していなかったであろうが、敗けてしまったオルフェーヴルへの、追い討ちのような色が滲んでいた。
トレーナーの隣にいた臣下たちもようやく状況を飲み込みだしたか、一斉にどよめき始める。 - 3◆HNIQ2PydKg25/02/20(木) 23:05:00
……そう。
オルフェーヴルがジェンティルドンナに敗けたのは、これで二度目だった。
一度目は、前回のジャパンカップ。まだオルフェーヴルがジェンティルドンナを意識もしていなかった頃。
そこでの敗北によって彼女はジェンティルを『同格』と認め、そして玉座を取り戻すべくこの大阪杯にて再び戦いを挑んだ。
……そして、また敗けてしまった。全力を懸けたというのに。より一層のトレーニングに励んだというのに。
……つまりこの結果は観客の言う通り、ジェンティルドンナの一度目の勝利がまぐれでなかったこと、そしてオルフェーヴルが明確に『前時代』の王になったことを意味していた。
「この余が、またしても……」
聞こえてきた声に、トレーナーは顔を上げた。
ターフの上で、前方のジェンティルを睨め付けるように立っているオルフェーヴル。……客席までは距離があるはずなのに、呟いた声は何故かはっきりと彼にも聞こえた。
「……ジェンティル、ドンナ……」
……無意識故の動作だったのだろうか。オルフェーヴルは右腕を伸ばす。
まるで、前方のジェンティルドンナを追い掛けようとするように。彼女の肩を、必死に掴もうとしているように。
そしてその手が、ゆっくりと────
「オルフェ様ーーーーっ!!」
瞬間、大量のジェンティルドンナへの称賛を切り裂くように、一つの声が響いた。トレーナーもオルフェーヴルも、思わず動きを止めてしまう。
声の方に目を向けてみれば、声の主はトレーナーたちから離れた位置に立っていた女性だった。先ほど『叫ぶように』と表現した男性と違い、こっちの女性は本当に叫んでいる。
「オルフェ様ーーっ!今回は敗けちゃいましたけどっ……でも、それでも貴女は、強い……っ!次は必ず勝利を、その頭上に!」
力の限り声を張り上げる女性観客。それを追い風としたのか、オルフェーヴルの臣下のウマ娘たちもお互いに頷き合い両手をメガホンの形にする。 - 4◆HNIQ2PydKg25/02/20(木) 23:06:20
「その通りですオルフェーヴル様ーー!!」
「わたしたち、これからも貴方についていきますからーーっ!!」
「どうか、また夢を見せてくださーーい!!」
一つ、また一つと増えていくオルフェーヴルへの声。大きさもトーンも違えど、いずれも今までと変わらない、忠誠と期待の声。
それらをオルフェーヴルは、一身に受けていた。
「────」
(……ん?)
客席からその光景を見ていたトレーナーは、ふとオルフェーヴルの顔にとある感情が渦巻き出したのを感じ取った。
一言も発さず。ただ、目を見開いているその顔は、まるで。
(オルフェーヴル……どこか、とまど────)
だがそれを言葉にする前に、オルフェーヴルは見間違いだったかと思う早さでその感情を引っ込めた。そのまま伸ばしかけていた腕を組んで、ジェンティルドンナの元に悠然と歩いていく。
ジェンティルドンナもまた、オルフェーヴルと正面から相対していた。
「────見よ、ジェンティル。余の牙城は、いまだ崩れぬ」
「そのようですわね。よほど堅牢に打ち立てたらしい」
「余は潰されぬ。貴様の力をもってしても。……貴様はいずれ、余が必ず堕とす。それまでせいぜい、献上する冠を積み上げておけ」
一つの啖呵が切られたと同時に、この後のウイニングライブの案内放送が鳴り響いた。
暴君と貴婦人の会話を耳に入れ終わったトレーナーは、すぐに地下バ道へと急いだ。 - 5◆HNIQ2PydKg25/02/20(木) 23:08:05
トレーナーが地下バ道までオルフェーヴルを迎えに行くのは、滅多に無いことだった。普段は控え室で待っていることが多いし、極論彼が行かなくても臣下のウマ娘たちが自主的にやってくれるからだ。
それでも、今日は行くべきだと思った。
彼も、オルフェーヴルに声をかけたかったから。
「オルフェーヴル!」
地下バ道にて。
トレーナーが呼び掛けると、彼の七歩ほど先の位置にいたオルフェーヴルは、ゆっくりと瞼を開けた。会場の光を逆光とする暗い通路で、空色の瞳だけが猫の目のように浮かんでいる。
タイミングが良かったのか、彼らの他にウマ娘の姿はなかった。
「…………」
彼の姿を捉えても、オルフェーヴルは歩幅も表情も緩めず腕組みをしたままだった。
「……お疲れ様。オルフェーヴル」
オルフェーヴルが隣に来たあたりで、トレーナーも合わせて歩き出す。
隣に立つと、オルフェーヴルの歩行に合わせて彼女の髪の毛が揺れているのがわかる。たてがみのように広がる彼女の髪。今はそれに、仄かに汗の匂いが混じっていた。
「…………」
コツ、コツ、コツ、と。しばらくは互いに何も話さず、ただ靴と地面がぶつかる音だけが響いていた。
その音が十回目になったあたりで、トレーナーは意を決した。
「……あのさ。オルフェーヴル」
彼女の方が歩幅が大きいので、話しながらついていくのは少々苦労する。
それでも。伝えたいことを伝えるために、彼は口を開いた。
「今日もすごい走りだったよ。次は、絶対に勝てると思う」 - 6◆HNIQ2PydKg25/02/20(木) 23:10:36
オルフェーヴルの耳が、少しだけ動いた。目だけが、トレーナーの方を向く。しばらく、追加の言葉が無いのかと待っているような間があった後……彼女は、ふっと息を吐いた。
「わざわざ余に伝えたかったことは、そんなことか?」
「……ごめん」
言外にいくつもの意味が含まれている台詞に、トレーナーは素直に頭を下げた。
『そんなこと』と評されても当然なほどに、トレーナーの言葉はありきたりだった。
しかしそれでも、伝えなければと彼は思った。……なんとなく、今伝えなければ、オルフェーヴルは────
「……貴様に、一つ問う」
思考を纏めきる前に、オルフェーヴルが割り込んできた。トレーナーが顔を上げると、いつの間にかオルフェーヴルは目線を正面に戻していた。空色の瞳には、薄暗い通路の先が映っている。
「貴様たちは何故、まだこの『王』を必要とする」
言葉は、ゆっくりと空気に溶けていった。
……『貴様に問う』と言っておきながら、その実自分個人に向けた問いではないのかもしれない、とトレーナーは思った。
どちらかというと……先ほどまでオルフェーヴルを取り巻いていた全てに向けられているようだった。オルフェーヴルの唇が小さく動く。
「何故、余の牙城はいまだ崩れぬ。何故、貴様たちはまだ『王』の統治を必要とするのだ」
……今度は、トレーナーが追加の言葉を待つ番だった。しかし待ってみても、オルフェーヴルはそれ以上言葉を追加しなかった。ただ、逸らすことを許さない目でトレーナーを見つめてくる。
……レース終了直後の、ジェンティルドンナとの会話。
『────見よ、ジェンティル。余の牙城は、いまだ崩れぬ』
あんなことを言いながらも、実際のところオルフェーヴルは、その理由に心当たりがなかったのだろう。
だから今、トレーナーに質問をしている。……いや、聡明な彼女のことだから、もしかするとその答えには既に至っているのかもしれない。改めてトレーナーに尋ねることで確認をしたいのかもしれない。
────『戸惑っている』ように見えた、あの時の彼女は。 - 7◆HNIQ2PydKg25/02/20(木) 23:11:58
トレーナーは、一つ深呼吸を挟んだ。
「『王』がどうとか、統治がどうとかは、僕にはよくわからないけれど」
……相変わらず、オルフェーヴルの言い回しは少しわかりにくいし言葉足らずなとこが多い。先の予測が正解かはわからないし、そうでなくてもトレーナーは彼女の言葉の意図を全て理解できた自信はなかった。
それでも────いやだからこそ、思ったことをそのまま伝える。
「きっと皆、『オルフェーヴル』だから、ついていくんだと思うよ」
「…………」
「『王だから』とか『統治してくれるから』だなんて、きっと関係ない。オルフェーヴルが『オルフェーヴル』でいてくれる限り、皆離れないと思う」
もちろん僕も。
そうトレーナーは続けようとした。だが、できなかった。
ふと横を見てみた時に、オルフェーヴルの姿がなかったのだ。
おや、と辺りを見回してみる。確かにこれまで彼とオルフェーヴルは、同じ歩幅で歩いていたはずなのだが……
「────くだらん」
不意に、オルフェーヴルの声が聞こえた。トレーナーの背中から。
「オルフェーヴ────」
いつの間にか、彼女は立ち止まっていたらしい。それで歩き続けていた自分と距離が空いてしまったのか。
そう思いながらトレーナーは後ろを振り返ろうとしたのだが……それもできなかった。
それよりも先に、背中にとある衝撃が来たからだった。 - 8◆HNIQ2PydKg25/02/20(木) 23:12:53
彼の後ろに移動していたオルフェーヴルが、トレーナーの背中に自分の額を付けていたのだ。
そのままほんの少しだけ、体重を預けてくる。
呼吸が止まる。代わりのように時折背中に掛かる息遣いを、彼は感じることしかできなかった。
決して、振り向いてはいけない。
トレーナーはそう直感した。
だから彼は、黙って背中を貸し続けていた。
そのまま、時計の秒針が半周ほどした後。不意にオルフェーヴルの口から言葉が発された。
「────次は、絶対に私が勝つ」
いつもとトーンが違ったその声を、トレーナーはきっとこれからも忘れることはないのだろうな、と思った。
やがて、ゆっくりと背中に掛かっていた重みが離れる。代わりのように、またコツコツと靴の音がした。
オルフェーヴルが再び、トレーナーの前を歩いている。まるで先ほどまでの光景が全て幻覚だったかと思えるほどの、軽やかな足取りだった。
そして、三歩ほど前に行ったところで、彼女はトレーナーの方を振り返る。
「疾くついてこい。余が導いてやる」
頷く前に、トレーナーは足を動かしていた。 - 9◆HNIQ2PydKg25/02/20(木) 23:16:23
- 10◆HNIQ2PydKg25/02/20(木) 23:17:38
- 11二次元好きの匿名さん25/02/20(木) 23:26:21
意外と脆さを持ってる王様か……悪くないね
- 12◆HNIQ2PydKg25/02/20(木) 23:38:43
ありがとうです!意外とオルフェーヴルって内面ではナイーブだったりと思いましたが……実際はどうなんでしょうねぇ
- 13二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 00:12:02
着眼点がすごい乙
- 14◆HNIQ2PydKg25/02/21(金) 00:36:59
ありがとうです!そう言っていただけると嬉しいです!
- 15二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 02:04:01
育成ではどうなるんだろう
- 16◆HNIQ2PydKg25/02/21(金) 11:03:51
ありがとうです!確かに楽しみですね……